説明

高強度ポリエチレン繊維

【課題】超高分子量ポリエチレンから製造される高強度、高弾性率繊維の製造方法において、生産性を低下させることなく、また、得られるポリエチレン繊維の物性を低下させることなく、得られるポリエチレン繊維の物性の均一性をより向上させることを目的とする。
【解決手段】超高分子量ポリエチレンとその溶媒、および、超高分子量ポリエチレンに対して0.1〜5重量%のアルキルイミダゾールを混合、加熱して得られたゲル状物質を、オリフィスから押し出し、冷却させた後、フィラメント糸条を延伸することによって製造するポリエチレン繊維の製造方法、および、その繊維。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超高分子量ポリエチレンから製造される高強度、高弾性率繊維の製造方法、および、その繊維に関する。
【発明の開示】
【0002】
従来、分子量が高い超高分子量ポリエチレンを、高倍率で延伸することにより、繊維の高強度化・高弾性率化を実現する技術が広く知られている。そして、かかる技術に関する代表的な紡糸方法として、超高分子量のポリエチレンを原料とし、溶媒を用いて超延伸を可能とする、いわゆる“ゲル紡糸法”が知られており、既に産業上広く利用されている(例えば、特許文献1、特許文献2参照)。
【特許文献1】特公昭60―47922号公報
【特許文献2】特公昭64−8732号公報
【0003】
超高分子量ポリエチレンとその溶媒からなるゲル状物質を紡糸するゲル紡糸法において、ゲル状物質中の超高分子量ポリエチレンの濃度を上がるにつれて、ゲル状物質は非常に粘調になるため、ゲル状物質を調製する段階で均一に撹拌することが困難になり、均一なゲル状物質を得るのが困難になるという問題点がある。ゲル状物質の均一性が悪いと得られる繊維の物性も不均一になり、さらに、安定に紡糸することが困難になるという問題点がある。
ゲル状物質の粘度を下げることで、より均一なゲル状物質を調製することが可能になると考えられる。ゲル状物質の粘度を下げる方策として、ゲル状物質中の超高分子量ポリエチレンの濃度を下げる、使用する超高分子量ポリエチレンの分子量を下げる、などの方策があるが、それぞれ、生産性を低下させる、得られる繊維物性を低下させる、などの問題点がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、超高分子量ポリエチレンから製造される高強度、高弾性率繊維の製造方法において、生産性を低下させることなく、また、得られるポリエチレン繊維の物性を低下させることなく、得られるポリエチレン繊維の物性の均一性をより向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
筆者らは、得られる繊維の物性の低下がほとんど見られない範囲で添加剤を添加することにより、超高分子量ポリエチレンとその溶媒からなるゲル状物質の粘度を下げることができれば、生産性を低下させることなく、より均一なゲル状物質を得ることが可能になり、ひいては、そのゲル状物質を紡糸して得られる繊維の物性の均一性をより向上させることができると考えた。鋭意検討した結果、添加剤としてアルキルイミダゾールを少量添加することで、超高分子量ポリエチレンとその溶媒からなるゲル状物質の粘度を下げることができることを見出し、本発明に至った。すなわち、本発明は、以下の構成からなる。
1.極限粘度[η]が5〜40dL/gの範囲にある高分子量ポリエチレン(A)に対し、0.1〜5重量%のアルキルイミダゾール(B)を重量比で(A):(B)=95:5〜99.9:0.1含むことを特徴とするポリエチレン繊維。
2.アルキルイミダゾールがヘプタデシルイミダゾールであることを特徴とする、前記1に記載のポリエチレン繊維の製造方法。
3.超高分子量ポリエチレンとその溶媒、および、超高分子量ポリエチレンに対して0.1〜5重量%のアルキルイミダゾールを混合、加熱して得られたゲル状物質を、オリフィスから押し出し、冷却させた後、フィラメント糸条を延伸することによって製造するポリエチレン繊維の製造方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明によると、超高分子量ポリエチレンとその溶媒からなるゲル状物質にアルキルイミダゾールを少量添加することにより、生産性を低下させることなく、より均一なゲル状物質を得ることが可能になり、ひいては、そのゲル状物質を紡糸して得られる繊維の物性の均一性をより向上させることができるという利点を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、本発明を詳細に記述する。本発明に係る繊維を得る手法に関しては、新規な手法が必要であり、例えば以下のような方法が推奨されるが、それに限定されるものでは無い。
まず、本発明におけるアルキルイミダゾールについて説明する。本発明におけるアルキルイミダゾールとは、以下の一般式(1)で示される。
【化1】

n数は特に限定されないが、アルキルイミダゾールがプロセス中で揮発しないように、少なくともプロセス中の最高温度以上の沸点を有すること、また、添加したアルキルイミダゾールが得られる繊維中に残留することから、通常の使用範囲において繊維からアルキルイミダゾールがブリードアウトしないように、融点が少なくとも常温以上であること、などを考慮して、n数を選択する必要がある。n数が増えるにつれて、アルキルイミダゾールの融点、沸点は上がる傾向にあり、上記の点を考慮すれば、nは少なくとも10以上、より好ましくは15以上である。例えば、市販されているアルキルイミダゾールとして、ウンデシルイミダゾール(n=11)、ヘプタデシルイミダゾール(n=17)などが挙げられるが、なかでも、融点、沸点が最も高い、ヘプタデシルイミダゾールが最も好ましい。
【0008】
次に、本発明で用いられる、原料のポリエチレンについて説明する。
本繊維の製造に当たっては、その原料となる高分子量のポリエチレンの極限粘度[η]は5dL/g以上であることが必要であり、好ましくは8dL/g以上、さらに好ましくは10dL/g以上である。極限粘度が5dL/g未満であると、所望とする繊維強度20cN/dtexを超えるような高強度繊維が得られない。一方、上限については、40dL/g以下であること必要であり、35dL/g以下であることが好ましく、より好ましくは30dL/g以下、さらに好ましくは25dL/g以下である。極限粘度が高過ぎると、加工性が低下して繊維化が困難になり易い。
【0009】
本発明における超高分子量ポリエチレンとは、その繰り返し単位が実質的にエチレンであることを特徴とし、少量の他のモノマー例えばα−オレフィン,アクリル酸及びその誘導体,メタクリル酸及びその誘導体,ビニルシラン及びその誘導体などとの共重合体であっても良いし、これら共重合物どうし、あるいはエチレン単独ポリマーとの共重合体、さらには他のα−オレフィン等のホモポリマーとのブレンド体であってもよい。特にプロピレン,ブテンー1などのαオレフィンと共重合体を用いることで短鎖あるいは長鎖の分岐をある程度含有させることは本繊維を製造する上で、特に紡糸・延伸においての製糸上の安定を与えることとなり、より好ましい。しかしながらエチレン以外の含有量が増えすぎると反って延伸の阻害要因となるため、高強度・高弾性率繊維を得るという観点からはモノマー単位で0.2mol%以下、好ましくは0.1mol%以下であることが望ましい。もちろんエチレン単独のホモポリマーであっても良い。
【0010】
超高分子量ポリエチレンとその溶媒、アルキルイミダゾールを混合、加熱、撹拌してゲル状物質を得る方法としては、公知の方法を用いて行なうことができる。例えば、超高分子量ポリエチレンの溶媒にアルキルイミダゾールを分散させてアルキルイミダゾール分散液を調製し、これを超高分子量ポリエチレンとその溶媒からなるゲル状物質と混合、加熱、撹拌する方法、アルキルイミダゾールの分散液に超高分子量ポリエチレンを添加して混合、加熱、撹拌してゲル状物質を得る方法、超高分子量ポリエチレンとその溶媒、アルキルイミダゾールを混合した分散液を混合、加熱、撹拌してゲル状物質を得る方法、等が挙げられる。混合、加熱、撹拌する装置としては、例えば、撹拌翼型混練機、二軸混練機、等が挙げられる。
【0011】
超高分子量ポリエチレン樹脂(A)に対するアルキルイミダゾール(B)の分量は、重量比で(A):(B)=95:5〜99.9:0.1、好ましくは(A):(B)=97:3〜99.9:0.1である。アルキルイミダゾールの含量が少ないと、添加することによる期待効果が小さくなり、好ましくない。逆にアルキルイミダゾールの含量が多すぎると、紡糸時・延伸時の糸切れを誘発する、あるいは、繊維物性を低下させてしまうので好ましくない。
【0012】
本発明の推奨する製造方法においては、先に述べたような超高分子量ポリエチレンに対する溶媒として、デカリン・テトラリン等の揮発性の有機溶剤を用いて溶解することが好ましい。常温固体または非揮発性の溶剤では、紡糸での生産性が非常に悪くなる。濃度は30wt%以下、好ましくは20wt%以下、さらに好ましくは15wt%以下が好ましい。原料の超高分子量ポリエチレンの極限粘度[η]に応じて最適な濃度を選択する必要性がある。さらに紡糸の段階において紡糸口金温度をポリエチレンの融点から10度以上、用いた溶媒の沸点以下にする事が好ましい。ポリエチレンの融点近傍の温度領域では、ポリマーの粘度が高すぎ、素早い速度で引き取ることが出来ない。また、用いる溶媒の沸点以上の温度では、紡糸口金を出た直後に溶媒が沸騰するため、紡糸口金直下で糸切れが頻繁に発生するので好ましくない。
【0013】
得られた未延伸糸をさらに加熱し、溶媒を除去した後に延伸、あるいは、溶媒を除去しながら数倍に延伸、場合によっては多段延伸することにより前述の、延伸性に優れた高強度ポリエチレン繊維を製造することが可能となる。この時、延伸時の繊維の変形速度が重要なパラメータとして上げられる。繊維の変形速度があまりにも速いと十分な延伸倍率到達する前に繊維の破断が生じてしまい好ましくない。また、繊維の変形速度があまりにも遅いと、延伸中に分子鎖緩和してしまい延伸により繊維は細くなるものの高い物性の繊維が得られず好ましくない。好ましくは、変形速度で0.005s−1以上0.5s−1以下が好ましい。さらに好ましくは、0.01s−1以上0.1s−1以下である。変形速度は、繊維の延伸倍率、延伸速度及びオーブンの加熱区間長さより計算可能である。つまり、変形速度(s−1)=(1―1/延伸倍率)延伸速度/加熱区間の長さである。
【実施例】
【0014】
以下実施例により本願発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
なお、本発明における特性値に関する測定法および測定条件は下記のとおりである。
(極限粘度)
ポリエチレンの極限粘度は、135℃のデカリンにてウベローデ型毛細粘度管により、種々の希薄溶液の比粘度を測定し、その比粘度を濃度で除した値の濃度に対するプロットの最小2乗近似で得られる直線の原点への外挿点より極限粘度を決定した。測定に際し、サンプルをポリマーに対して1wt%の酸化防止剤(商標名「ヨシノックスBHT」吉富製薬製)を添加し、135℃で24時間攪拌溶解して測定溶液を調整した。
(動的粘弾性測定)
ゲル状物質の動的粘弾性測定は、TA Instruments社製の動的粘弾性測定装置(ARES)を用いて実施した。Fixtureとして25mmφのパラレルプレートを使用し、プレート間Gap:2mm、温度:160℃、Strain:10%の条件で、Dynamic Frequency Sweep Testを実施し、Frequency:10rad/secにおける複素粘度η(Pa・sec)を評価した。
なお、ゲル状物質から5箇所、無作為にサンプリングを行い、サンプリングしたそれぞれのゲル状物質に対して動的粘弾性測定を実施し、5回の測定値の平均値、および、そのばらつきとして、変動係数CV(%)を評価結果として使用した。
変動係数CV(%)=標準偏差/平均値×100(%)
(繊維の強度、弾性率)
本発明における強度は、オリエンティック社製「テンシロン」を用い、試料長100mm(チャック間長さ)、伸長速度100%/分の条件で歪−応力曲線を雰囲気温度20℃、相対湿度65%条件下で測定し、破断点での応力と伸びから強度(cN/dTex)を計算して求めた。また曲線の原点付近の最大勾配を与える接線から弾性率(cN/dTex)を計算して求めた。尚、各値は10回の測定値の平均値、および、そのばらつきとして、変動係数CV(%)を評価結果として使用した。
変動係数CV(%)=標準偏差/平均値×100(%)
繊度測定は、単糸約3mを各々取り出し、該単糸1mの重さを測定し10000mに換算して繊度(dTex)とした。
【0015】
(実施例1)
ヘプタデシルイミダゾール(東京化成工業株式会社製)0.16g、パラフィンワックス(日本精蝋株式会社製LUVAX−1266)184g、極限粘度が21.5dL/gの超高分子量ポリエチレンを16g、酸化防止剤としてBHTを0.16g、を混合した後、160℃の温度に設定した2本の撹拌翼を備えたミキサー型の混練り機で2時間、減圧状態(−0.02MPa)で溶解し、ゲル状物質を形成させた。さらに、該ゲル状物質から気泡を取り除くため、1時間、減圧(−0.08MPa)させた。該ゲル状物質の動的粘弾性測定を行った結果、複素粘度ηは424(Pa・sec)であり、変動係数CVは5.7(%)であった。
【0016】
(比較例1)
ヘプタデシルイミダゾールを加えずに、実施例1と同様にしてゲル状物質を形成させた。該ゲル状物質の動的粘弾性測定を行った結果、複素粘度ηは524(Pa・sec)であり、変動係数CVは7.1(%)であった。
【0017】
実施例1は、比較例1と比較して、粘度が低くなっており、変動係数CV(%)が低いことから、より均一なゲル状物質を形成できていることが分かる。
【0018】
(実施例2)
ヘプタデシルイミダゾール(東京化成工業株式会社製)0.16g、デカヒドロナフタレン(シス体、トランス体の混合物)184g、極限粘度が21.5dL/gの超高分子量ポリエチレンを16g、酸化防止剤としてBHTを0.16g、を混合してスラリー状液体を形成させた。該スラリー状液体を150℃の温度に設定した2本の撹拌翼を備えたミキサー型の混練り機で2時間、減圧状態(−0.02MPa)で溶解し、ゲル状物質を形成させた。さらに、該ゲル状物質から気泡を取り除くため、1時間、減圧(−0.007MPa)させた後、該ゲル状物質を冷却することなく、170℃に設定した円筒型のシリンダーに充填し、170℃に設定した直径0.8mmを1ホール有する口金より1.5g/分の吐出量で押し出した。吐出したドープフィラメントを5cmのエアギャップを介した後に水浴中に投入させ、冷却し、溶媒を除去することなしに紡糸速度40m/分でドープフィラメントを巻き取った。ついで、該ドープフィラメントを40℃、24時間の条件で真空乾燥させ、溶媒を除去した。得られた繊維を130℃に設定したスリット式延伸機を用いて延伸し、4倍の延伸比で延伸し延伸糸を巻き取った。ついで、該延伸糸を150℃で更に延伸し糸が切れる直前の延伸倍率を測定し、その値に4を乗じた数値を最大延伸倍率とした。最大の延伸倍率および得られたポリエチレン繊維の物性を表1に示した。
【0019】
(比較例2)
ヘプタデシルイミダゾールを加えずに、実施例2と同様にしてポリエチレン繊維を作製した。最大の延伸倍率および得られたポリエチレン繊維の物性を表1に示した。
【表1】

実施例2は、比較例2と比較して、強度、弾性率の平均値はほぼ同じであり、かつ、強度、弾性率のCV(%)が低い、すなわち、繊維の物性の均一性がより向上していることが分かる。これは、実施例2が比較例2と比較して、紡糸に用いたゲル状物質の均一性がより向上しているためと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0020】
本発明に係る高強度ポリエチレン繊維の製造方法により得られた繊維は、各種スポーツ衣料や防弾・防護衣料・防護手袋や各種安全用品などの高性能テキスタイル、タグロープ・係留ロープ、ヨットロープ、建築用ロープなどの各種ロープ製品、釣り糸、ブラインドケーブルなどの各種組み紐製品、漁網・防球ネットなどの網製品さらには化学フィルター・電池セパレーターなどの補強材あるいは各種不織布、またテントなどの幕材、又はヘルメットやスキー板などのスポーツ用やスピーカーコーン用やプリプレグ、コンクリート補強などのコンポジット用の補強繊維など、産業上広範囲に応用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
極限粘度[η]が5〜40dL/gの範囲にある高分子量ポリエチレン(A)に対し、0.1〜5重量%のアルキルイミダゾール(B)を重量比で(A):(B)=95:5〜99.9:0.1含むことを特徴とするポリエチレン繊維。
【請求項2】
アルキルイミダゾールがヘプタデシルイミダゾールであることを特徴とする、請求項1に記載のポリエチレン繊維の製造方法。
【請求項3】
超高分子量ポリエチレンとその溶媒、および、超高分子量ポリエチレンに対して0.1〜5重量%のアルキルイミダゾールを混合、加熱して得られたゲル状物質を、オリフィスから押し出し、冷却させた後、フィラメント糸条を延伸することによって製造するポリエチレン繊維の製造方法。

【公開番号】特開2011−241486(P2011−241486A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−112004(P2010−112004)
【出願日】平成22年5月14日(2010.5.14)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】