説明

高強度熱延鋼板の製造方法

【課題】少ない鋼種で幅広い特性を高精度に実現可能な高強度熱延鋼板の製造方法を提供する。
【解決手段】熱間圧延後の巻取り時に、巻取温度T(℃)で保持し、鋼中の炭化物形成元素の炭化物としての析出量Xを、下記の式(1)、(2)で予測して特性制御を行うことを特徴とする高強度熱延鋼板の製造方法;X=X0{1-exp(-kt)}・・・(1)、k=Aexp[-Q/{R(T+273)}]・・・(2)、ただし、X0は最終析出量、A、Qは炭化物形成元素の種類に依存する定数、tは巻取温度Tで保持開始後からの経過時間(min)、Rは気体定数8.31J・mol-1・K-1を表す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度熱延鋼板、特に、自動車の足まわり部材などに適した高強度熱延鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
環境保護につながる燃費向上の観点から、自動車用熱延鋼板の高強度化、薄肉化の検討が進められている。なかでも、複雑な形状をしているホイールやサスペンションアームなどの足まわり部材には、高強度化、薄肉化と同時に優れた伸びや伸びフランジ性を有する高強度熱延鋼板が求められている。
【0003】
こうした高強度熱延鋼板として、例えば、特許文献1には、実質的にフェライト単相からなるマトリックス中に平均粒径が10nm未満のTiおよびMoを含む炭化物を分散析出させた引張強度が590MPa以上の高張力鋼板が提案されている。また、特許文献2には、実質的にフェライト単相からなるマトリックス中に大きさが20nm未満のTiおよび/またはVを含む炭化物を分散析出させ、かつマトリックス中に一定量の固溶V量を残存させた引張強度が780MPa以上の高強度熱延鋼板が提案されている。さらに、特許文献3には、フェライト相を主体としたマトリックス中に大きさが20nm未満のNb、V、Ti、Mo、Wのうちから選ばれた少なくとも一種を含む炭化物を分散析出させ、かつ炭化物として析出したNb、V、Ti、Mo、Wの量とマトリックス中に残存したNb、V、Ti、Mo、Wの固溶量との比を制御した引張強度が590MPa以上の高張力鋼板が提案されている。
【0004】
上記技術は鋼板中炭化物形成元素の析出量または固溶量を制御して所望の材料特性を得るものであり、炭化物形成元素の析出量もしくは固溶量を予測することも重要である。特許文献4には、鋼組織がベイナイトおよび/またはマルテンサイトからなる熱延鋼板において、Ti、Nb、V、Bから選択される元素の固溶量とそれから予測される機械的材質の関係を調べ、所望とする機械的材質が得られる元素固溶量となるように熱延条件を制御する高強度熱延鋼板の製造方法が開示されている。また、特許文献5には、析出モデルに基づいて鋼材中の析出物を予測する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3591502号公報
【特許文献2】特開2009-52139号公報
【特許文献3】特開2009-293067号公報
【特許文献4】特開2006-341261号公報
【特許文献5】特開平10-267917号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】M.Avrami: J.Chem.Phys., 7 (1939) 1103
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1〜3に記載の高強度熱延鋼板では、幅広い特性、例えば広範な強度レベルを実現するには、数多くの鋼種(成分系)が必要になり、工程管理の煩雑さや在庫増による歩留まり低下の一因となる。特許文献4に記載の高強度熱延鋼板の製造方法は、鋼組織がベイナイトおよび/またはマルテンサイトであり、Ti、Nb、V、Bが析出しにくく、変態前後でTi、Nb、V、Bの固溶量がほぼ同じである場合に限定されるため、析出量が大きくなるよう制御する必要がある場合には適用できない。特許文献5に記載の方法では、この文献の図2や図4に示されているように、析出率の予測値と実験値が20%以上乖離する点が認められ、析出モデルを基に機械的材質を制御するには、精度上不十分であると言わざるを得ない。
【0008】
本発明は、少ない鋼種で幅広い特性を高精度に実現可能な高強度熱延鋼板の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の目的について鋭意検討した結果、以下のことを見出した。
i) 幅広い特性を実現するために数多くの鋼種が必要になる主因は、同一鋼種において制御できる炭化物の析出状態の範囲が狭いことにある。
ii) 同一鋼種で炭化物の析出状態の範囲を広げるには、予め熱間圧延後に巻取温度で恒温保持したときの保持時間と炭化物形成元素の炭化物としての析出量との関係を求めておき、その関係に基づいて炭化物の析出状態を制御することが効果的である。
【0010】
本発明は、このような知見に基づきなされたもので、熱間圧延後の巻取り時に、巻取温度T(℃)で保持し、鋼中の炭化物形成元素の炭化物としての析出量Xを、下記の式(1)、(2)で予測して特性制御を行うことを特徴とする高強度熱延鋼板の製造方法を提供する。
【0011】
X=X0{1-exp(-kt)}・・・(1)
k=Aexp[-Q/{R(T+273)}]・・・(2)
ただし、X0は最終析出量、A、Qは炭化物形成元素の種類に依存する定数、tは巻取温度Tで保持開始後からの経過時間(min)、Rは気体定数8.31J・mol-1・K-1を表す。
【0012】
本発明の高強度熱延鋼板の製造方法として、例えば、巻取温度Tで所望の析出量Xとなる時間t(min)保持後急冷する方法を挙げることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、少ない鋼種で幅広い特性を有する高強度熱延鋼板を製造できるようになった。そのため、これまでの工程管理の煩雑さや歩留まり低下の大幅な改善が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】Ti析出量と引張強度TSとの関係を示す図。
【図2】保持時間とTi析出率との関係を示す図。
【図3】保持温度とTi析出率との関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
非特許文献1には、相変態現象における変態率は下記の式(3)に従うことが示されている。
変態率=1-exp(-k0tn)・・・(3)
ここで、k0は定数、tは時間であり、k0は、上記の式(2)に示すようなアレニウス型の温度依存性を示す。また、nは、核生成機構に依存して0.5〜4の範囲の値をとる。
【0016】
本発明者らが、熱間圧延後の恒温処理における炭化物の析出量ついて検討したところ、炭化物の析出量は上記の式(3)でn=1とした場合に相当することが明らかになった。これは、巻取り時に析出する炭化物が、いずれも板状であることに起因していると考えられる。
【0017】
上記の妥当性を確認するために、表5の化学組成を持つ鋼を熱間圧延後、650℃で1/12〜60min保持して急冷した鋼板、および550〜650℃で60min保持して急冷した鋼板を作製し、鋼板中の保持時間とTi析出率の関係および保持温度とTi析出率の関係を調べたところ、図2、3に示したように、保持時間を変化させた場合でも、保持温度を変化させた場合でも、上記の式(1)、(2)で精度良く析出率を求めることができた。本鋼種においては、X0=0.77、A=1.7x107min-1、Q=137kJ/molであった。いずれの場合においても、析出率の実測値と式(1)、(2)によって求めた析出率の差は0.05未満と小さかった。
【0018】
【表5】

【0019】
そこで、予め熱間圧延後巻取温度Tで恒温保持したときの保持時間tと炭化物形成元素の炭化物としての析出量Xとの関係、すなわち上記の式(1)、(2)を求めておけば、式(1)、(2)にしたがって炭化物の析出状態を幅広く制御でき、幅広い特性の範囲を実現できることになる。なお、式(1)、(2)を確定するためには炭化物の析出量を測定する必要があるが、それには炭化物を電解抽出後ICP発光分析する方法などを用いることができる。
【0020】
また、実際に巻取温度でコイル状の熱延鋼板を恒温処理するには、例えば加熱機構を備えた保熱カバーを用いることができる。
【0021】
本発明で対象としている炭化物は、高強度鋼板に用いられる析出強化能を有する微細な炭化物、特にナノメートルオーダーの炭化物であり、Nb、V、Ti、Mo、Wなどの炭化物やこれらの元素の複合炭化物である。なお、複合炭化物の場合は、式(1)で求める析出量は、複合炭化物を構成する各合金元素ごとの析出量のことである。
【0022】
このとき、巻取温度で時間t(min)恒温処理した後は、そのときの炭化物の析出状態を凍結するために、上記の保熱カバーからコイル状の鋼板を取り出し、直ちに水冷などの手段で急冷することが好ましい。
【実施例1】
【0023】
まず、表1の鋼種Aを用いて、熱間圧延後巻取って放冷した鋼板中のTi析出量と引張強度TSの関係を調べた結果を図1に示す。これより、Tiの析出量を制御すれば任意の引張強度を持つ鋼板が得られることが分かる。また、鋼種Aは式(1)、(2)においてX0=0.88、A=1.2x107min-1、Q=137kJ/molであることが分かっている。
【0024】
そこで、鋼種Aのスラブを1200℃に加熱し、仕上温度900℃で熱間圧延後、式(1)、(2)から計算されるTiの析出量になるように、巻取り後に保熱カバーをかけて所定の時間保持し、その後急冷した鋼板を作製した。また、比較例として、鋼種A〜Fのスラブを1200℃に加熱し、仕上温度900℃で熱間圧延後、種々の巻取温度で巻取って放冷した鋼板を作製した。
【0025】
作製した鋼板からJIS 5号引張試験片および穴広げ試験片を採取し、引張試験および穴広げ試験を行なって、機械特性値(TS、伸びEl、穴広げ率λ)を求めた。
【0026】
その結果を表2に示す。No.1〜4は、巻取り後に保熱カバーをかけ、所定の時間保持した後水冷した本発明例である。No.5〜11は、巻取り後放冷した比較例である。本発明例であるNo.1〜4では、同一鋼種(成分)から605〜804MPaの幅広いTSで、良好なElとλの鋼板が得られることがわかる。それに対し、比較例であるNo.5〜11では、巻取温度でしか析出量を制御できないため、幅広いTSを得るには鋼種(成分)を変更せざるを得ず、そのため必ずしも良好なElやλが得られないことがわかる。
【0027】
このように、本発明法によれば、少ない鋼種で幅広いTS、良好なElとλを有する高強度熱延鋼板を製造できることがわかる。
【0028】
【表1】

【0029】
【表2】

【実施例2】
【0030】
TSが780MPa以上のめっき鋼板を得ることを目的とし、表3に記載の化学成分を有するスラブを1200℃に加熱し、仕上温度920℃で熱間圧延を行い、巻取り後放冷した鋼板(No.1、2)と、巻取り後に保熱カバーをかけて所定の時間保持し、その後急冷した鋼板(No.3)を作製した。なお、この成分を持つ鋼は、式(1)、(2)において、X0Ti=0.90、ATi=4.7x108min-1、QTi=166kJ/mol、X0Mo=0.40、AMo=6.6x105min-1、QMo=117kJ/molであることが分かっているので、No.3の鋼板では、式(1)、(2)より780MPa以上のTSが得られる析出量となるよう巻取温度と保持時間を決定した。
【0031】
次に、作製した鋼板を酸洗後470℃に再加熱し、溶融亜鉛めっきを施した。
【0032】
めっき後の鋼板からJIS 5号引張試験片および穴広げ試験片を採取し、実施例1と同様にして機械特性値(TS、伸びEl、穴広げ率λ)を求めた。また、めっき性を目視で検査し、めっき不良・めっきムラの外観を検査した。
【0033】
結果を表4に示す。比較例のNo.1では、TSは780MPaを超えているが、巻取温度が高いため鋼板表面にSi、Mnの選択酸化が生じ、めっき鋼板の表面外観は劣っており、比較例のNo.2では、選択酸化が生じない温度域で巻取ったため、めっき性は良好であったが、巻取温度が低いため、巻取り後放冷では析出量が足らずTSが780MPaに達してないことがわかる。それに対し、本発明例であるNo.3では、780MPa以上のTSと良好なめっき性が得られた。
【0034】
このように、本発明法によれば、めっきには不適とされた従来の鋼種でもめっきが可能となり、少ない鋼種で機械特性値とめっき性を両立させた高強度熱延鋼板を製造できることがわかる。
【0035】
【表3】

【0036】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱間圧延後の巻取り時に、巻取温度T(℃)で保持し、鋼中の炭化物形成元素の炭化物としての析出量Xを、下記の式(1)、(2)で予測して特性制御を行うことを特徴とする高強度熱延鋼板の製造方法;
X=X0{1-exp(-kt)}・・・(1)
k=Aexp[-Q/{R(T+273)}]・・・(2)
ただし、X0は最終析出量、A、Qは炭化物形成元素の種類に依存する定数、tは巻取温度Tで保持開始後からの経過時間(min)、Rは気体定数8.31J・mol-1・K-1を表す。
【請求項2】
巻取温度Tで所望の析出量Xとなる時間t(min)保持後急冷することを特徴とする請求項1に記載の高強度熱延鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−167361(P2012−167361A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−256876(P2011−256876)
【出願日】平成23年11月25日(2011.11.25)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】