説明

高耐食耐摩耗性硼化物系タングステン基焼結合金及びその製造方法

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、硼化物とタングステンからなる焼結合金であり、さらに詳しくは、アルミニウム、マグネシウム、亜鉛、鉛、ナトリウムなどの溶融金属に対してきわめて優れた耐食性を示すと共に、高い常温および高温硬度と、優れた耐摩耗性、耐凝着性、熱衝撃抵抗および靭性を有し、また良好な被加工性を有する硼化物系タングステン基合金に関する。
【0002】
【従来の技術】産業機械の自動化、高速化やメンテナンスフリー化などの高性能化に伴い、そこで用いられる耐摩耗材料の特性に対する要求は益々厳しくなっている。例えばダイカスト関連部品や熱間あるいは冷間での押し出しダイスなどもより高温で、しかもより強い腐食環境で使用されるようになり、それに伴って耐摩耗性の他に耐食性に優れること、耐凝着性、即ち相手材とくっつきがないこと、常温および高温での硬度が高く変形に耐えること、高い熱衝撃抵抗を持つことなどが従来にもまして要求されるようになってきた。
【0003】ダイカスト法は非常に高い生産性により大量生産に適し、さらに製品の品質、寸法精度がともに高いなど多くの利点を有するため、亜鉛合金、マグネシウム合金、アルミニウム合金など比較的低融点金属に幅広く用いられている鋳造法であり、ダイカスト関連部品とは、このダイカスト法に用いる金型、スリーブ、プランジャーチップなどを指す。これらに共通して求められる特性は、溶融金属に侵食されないこと、硬度が高く耐摩耗性に優れること、高温硬度が高く高温での変形に耐えること、熱衝撃によって破壊しないこと、被加工性が良いことなどである。また、冷間あるいは熱間押し出しダイスでは、銅やアルミニウムなどの押し出しや線引き加工、成形加工を行う際、銅やアルミニウムが粘い材料であるので、これらと凝着をおこさないことが製品の品質を高めるために重要となる。
【0004】このような要求に対して、SKD61などの熱間工具鋼に熱処理、窒化処理を施した材料が早くから用いられてきた。しかし、窒化処理を施しても、その窒化層が20〜30μm程度と薄く、溶融金属に対する長時間にわたる耐食性は十分とはいえない。このため、これをアルミダイカストスリーブに用いると、寿命が短いためにスリーブの取り替えを頻繁に行わなければならず、ランニングコストが高くなり、また連続操業では著しく生産性が低下する。さらにアルミニウムに侵食された鉄が溶け出してダイカスト製品の中へ巻き込まれ、製品の品質低下を招くこともある。
【0005】また、溶融金属に対して優れた耐食性および耐凝着性を示す炭化物、炭窒化物のWC,TiCNを用い、これにNi,Co等鉄族金属を添加して焼結したWC−Co系超硬合金、TiCN−Ni系サーメットが開発され、工具類として用いられている。しかし、これらはいずれも添加した鉄族金属が焼結後に結合相として残るため、この結合相が溶融金属に侵食されたり、あるいは相手材と凝着をおこすなど、耐食性および耐凝着性に問題がある。
【0006】さらに、優れた耐食性と、高い常温および高温硬度を持つ材料としてセラミックスがあり、その中でも特にアルミニウムなど非鉄金属との耐凝着性およびその溶融金属に対する耐食性に優れていると言われている硼化物系セラミックス(例えば特開昭59−45971号公報、特開昭57−129876号公報、特開昭57−42578号公報など)が提案されている。しかしセラミックスは脆性材料であるために、高い靭性および熱衝撃抵抗が必要なダイカスト関連部品には適用できず、その用途は切削工具など工具類が主である。またセラミックスの中では比較的高い熱衝撃抵抗を有するサイアロンのダイカストスリーブへの応用も試みられているが、製造コストが非常に高く、被加工性にも問題があり、さらに、あまりにも硬度が高いためにプランジャーチップのように低硬度材と摺動する場合、相手材を摩耗させてしまうという欠点もある。
【0007】耐食性、耐凝着性、靭性、熱衝撃抵抗に優れ、セラミックスよりもはるかに加工が容易な材料としてはタングステンが挙げられる。タングステンはアルミニウム、マグネシウム、亜鉛、鉛、ナトリウムなど多くの溶融金属に対して高温まで安定で耐食性に優れ、また、それらとの反応性が低いために、常温および高温における耐凝着性にも優れていることは早くから知られていた。タングステンは融点が3410℃と金属の中で最高であるため、工業的な溶解−鋳造法によってインゴットを得ることは困難であり、通常は粉末冶金法が用いられる。しかし、焼結には約2500℃以上の高温と高純度の水素ガスが必要であり、100%ち密化させるためには、さらにスエージング、鍛造、圧延等が必要であるため製造コストが高くなる。また、タングステン単体は硬度がHv(ビッカース硬度)で約400と低いために耐摩耗性に問題があり、さらに、300℃付近から伸展性を示し、高温で容易に変形してしまうなどの欠点もあり、ワイヤーやフィラメントなど、ごく一部の用途のみで、構造用材料としては用いられていない。
【0008】タングステンの焼結をより低温で行うために、その焼結を促進する目的でFe,Ni,Coなどの鉄族金属を添加することは公知の技術であり、このような焼結タングステン合金が数多く開発されている。しかし、このような焼結タングステン合金は添加した鉄族金属が焼結後に結合相として残り、前述したようなWC−Co系超硬合金、TiCN−Ni系サーメットと同様に、この結合相が溶融金属に侵食されるため耐食性に劣り、相手材との耐凝着性も悪くなる。さらに、タングステンの硬度が低く、高温で軟化するという欠点は何等解決されていない。また、焼結タングステン合金に微量のTiBを添加して耐酸化性、硬度、耐摩耗性を向上させた電気接点材料(特開昭56−55548号公報)も提案されているが、やはり結合相が鉄属金属のNiであるため、この結合相が溶融金属に侵食されるなど、耐食性や相手材との耐凝着性は改善されていない。また、TiB添加量が少なく、硬度が低いためダイカストスリーブのように高い耐摩耗性を必要とする用途には適さない。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】本発明はタングステンの持つ優れた耐食性、靭性を損なわず、しかも高い常温および高温硬度、優れた耐摩耗性、耐凝着性、熱衝撃抵抗、被加工性を有するタングステン基合金を提供することを目的としている。
【0010】
【課題を解決するための手段】本発明請求項1の高耐食耐摩耗性硼化物系タングステン基焼結合金は、硬質相と、これを結合する結合相とからなる硬質焼結合金であって、硬質相が主としてタングステンからなり、結合相が主として3元系複硼化物からなり、かつ、前記結合相の割合が1〜30体積%であることを特徴とする。請求項2の焼結合金は、前記3元系複硼化物が、MoFeB,MoCoB,MoNiB,WFeB,WCoB,WNiB,MoCoB,WFeB,WCoBの中から選ばれた1種以上を混合したものであることを特徴とする。請求項3の高耐食耐摩耗性硼化物系タングステン基焼結合金は、硬質相と、これを結合する結合相とからなる硬質焼結合金であって、硬質相が主としてタングステンからなり、結合相が、主として、1〜20体積%の3元系複硼化物及び1〜20体積%の2元系複硼化物からなることを特徴とする。請求項4の焼結合金は、前記3元系複硼化物が、MoFeB,MoCoB,MoNiB,WFeB,WCoB,WNiB,MoCoB,WFeB,WCoBの中から選ばれた1種以上を混合したものであり、前記2元系複硼化物が、MxBy(ただしMはTi,Zr,Ta,Nb,Cr,Vのいずれであり、x=1〜2,y=1〜4)で表せる硼化物の中から選ばれた1種以上を混合したものであることを特徴とする。請求項5の焼結合金は、前記MxByが、TiB,ZrB,TaB,CrBの中から選ばれた1種以上を混合したものであることを特徴とする。本発明請求項6の高耐食耐摩耗性硼化物系タングステン基焼結合金の製造方法は、硬質相と、これを結合する結合相とからなる硬質焼結合金の製造方法であって、硬質相としての役割を果たすタングステン粉末と、結合相としての役割を果たす3元系複硼化物粉末を1〜30体積%と、を混合し、成形し、焼結することを特徴とする。請求項7の製造方法は、前記3元系複硼化物粉末が、MoFeB,MoCoB,MoNiB,WFeB,WCoB,WNiB,MoCoB,WFeB,WCoBの中から選ばれた1種以上の粉末を混合したものであることを特徴とする。請求項8の高耐食耐摩耗性硼化物系タングステン基焼結合金の製造方法は、硬質相とこれを結合する結合相とからなる硬質焼結合金の製造方法であって、硬質相としての役割を果たすタングステン粉末と、結合相としての役割を果たす3元系複硼化物粉末を1〜20体積%と、結合相としての役割を果たす2元系複硼化物粉末を1〜20体積%と、を混合し、成形し、焼結することを特徴とする。請求項9の製造方法は、前記3元系複硼化物粉末が、MoFeB,MoCoB,MoNiB,WFeB,WCoB,WNiB,MoCoB,WFeB,WCoBの中から選ばれた1種以上の粉末を混合したものであり、前記2元系複硼化物粉末が、MxBy(ただしMはTi,Zr,Ta,Nb,Cr,Vのいずれであり、x=1〜2,y=1〜4)で表せる硼化物粉末の中から選ばれた1種以上の粉末を混合したものであることを特徴とする。請求項10の製造方法は、前記MxByが、TiB,ZrB,TaB,CrBの中から選ばれた1種以上の粉末を混合したものであることを特徴とする。すなわち、本発明の焼結合金は、MoFeB,MoCoB,MoNiB,WFeB,WCoB,WNiB,MoCoB,WFeB,WCoBの中から選ばれた1種以上の3元系複硼化物粉末を1〜30体積%と、残部がタングステン粉末ならびに不可避的不純物からなる混合粉末を成形して焼結することによって、タングステンの持つ優れた耐食性、靭性を損なわず、しかも高い常温および高温硬度、優れた耐摩耗性、耐凝着性、熱衝撃抵抗、被加工性を有する硼化物系タングステン基合金が得られる。この合金を合金Aと呼ぶ。なお、3元系複硼化物は必ずしも化学量論比と一致する必要はなく、また不可避的な不純物を含んでも良い。なお、これらの3元系複硼化物は単独で用いても良く、2種以上を組み合わせて用いても良いし、さらに2種以上が相互に固溶したものを用いても良い。
【0011】3元系複硼化物の第1の効果は焼結時に液相となって焼結を促進し、焼結体をち密化することである。そして、これらの3元系複硼化物はそれ自体が耐食性に優れているため、焼結体の耐食性を低下させることもない。タングステンは難焼結材料であるが、液相の出現によってち密化を促進させる、いわゆる液相焼結を行えば比較的低温でち密な焼結体が得られることは良く知られている。液相として用いる材種は耐食性に優れることが必要であり、また、2000℃以下のできるだけ低い温度で液相になり焼結を促進させることが必要である。例えば、Fe,Ni,Coのような鉄族金属を液相として用いると、焼結後も鉄族金属が結合相として残り、この結合相が溶融金属に侵食されるため、溶融金属に対する耐食性は著しく低下する。また、一般的に耐食性に優れる金属間化合物やセラミックスは融点が高く、2000℃以下で液相になるものは少ないし、仮に液相となってもタングステンとの濡れ性が悪く、タングステンを十分ち密化できるものはさらに少なくなる。このような条件を満たす材料としては、MoFeB,MoCoB,MoNiB,WFeB,WCoB,WNiB,MoCoB,WFeB,WCoBなどの3元系複硼化物が適している。
【0012】3元系複硼化物の第2の効果は焼結後、タングステンのまわりを取り囲む形で残り、300℃以上の高温で容易に変形してしまうというタングステンの欠点をなくすことである。さらに第3の効果は、タングステンの高温抗折力や高温硬度の低下を防ぐことである。
【0013】以上の効果により合金Aは優れた耐食性、高温での耐変形性および高い高温抗折力、高温硬度を持つが、さらに優れた靭性、熱衝撃抵抗、被加工性も有している。この理由は正確には解明されていないが、次のように考えられる。液相を出現させるために添加する材料とタングステンが反応し、その大部分が金属間化合物を形成したり結晶粒を粗大化させると、タングステンの有する高い靭性や熱衝撃抵抗が損なわれてしまう。しかし、本発明の3元系複硼化物を用いると、3元系複硼化物とタングステンの急激な反応がなく、焼結後も合金の結晶粒の粗大化が少なく、しかも金属タングステンの結晶構造がほとんど失われないため、タングステンの有する高い靭性、熱衝撃抵抗および良好な被加工性が損なわれないものと推定される。
【0014】3元系複硼化物の添加量は1〜30%が良く、好ましくは3〜20%が良い。1%未満では前述第1,第2,第3の効果が十分あらわれない。また、30%を越えるとタングステンと3元系複硼化物が反応して形成される硼化物の量が多くなり、この硼化物の影響で靭性、熱衝撃抵抗および被加工性が著しく低下する。また、添加量が1%以上3%未満でも焼結体はほぼち密化するが、液相量が少なくなるため100%ち密化させることが難しく、ミクロな気孔が僅かに残り強度がやや低くなる。また、20%を越えると相対的にタングステン量が少なくなるため靭性がやや低下する。従って高強度、高靭性を得るためには3〜20%の添加量がより好ましい。
【0015】合金Aは旋盤による加工が可能であるなど非常に被加工性が良く、また、溶融金属、酸類、アルカリ類にきわめて優れた耐食性を示す。従って、高耐食性を必要とする金属溶解用るつぼ、溶融金属測温用熱電対の保護管、ダイカストマシン用ラドル、酸やアルカリ溶液の蒸発皿などに好適な材料である。
【0016】次に合金Aの常温および高温硬度、耐摩耗性について調べた結果、純タングステンや鉄族金属を添加した焼結タングステン合金に比べると非常に優れており、前述の用途には好適な材料であるが、耐食性に加えて非常に高い耐摩耗性を必要とする溶融金属ダイカストマシン用スリーブやプランジャーチップなどに適用するにはやや低いと思われた。そこでMoFeB,MoCoB,MoNiB,WFeB,WCoB,WNiB,MoCoB,WFeB,WCoBの中から選ばれた1種以上の3元系複硼化物を1〜20%と、MxBy(ただし、MはTi,Zr,Ta,Nb,Cr,Vを表し、x=1〜2、y=1〜4である)で表せる2元系硼化物粉末の中から選ばれた少なくとも1種以上を1〜20%と、残部がタングステン粉末ならびに不可避的不純物からなる混合粉末を成形して焼結した焼結体とすることによって、耐食性を損なうことなく常温および高温硬度を高くし、耐摩耗性を向上させることができる。なお、これらの3元系複硼化物および2元系硼化物は必ずしも化学量論比と一致する必要はなく、また不可避的な不純物を含んでも良い。3元系複硼化物および2元系硼化物は単独で用いても良いし、2種以上を組み合わせて用いても良く、さらに2種以上が相互に固溶したものを用いても良い。この合金を合金Bと呼ぶ。即ち、合金Bは合金Aに、非常に高い硬度、耐摩耗性を有する2元系硼化物を添加することにより、合金の常温および高温硬度を高くし、耐摩耗性をさらに向上させた材料である。
【0017】合金Bの3元系複硼化物の効果は合金Aと同様である。これらの3元系複硼化物は2元系硼化物と複合添加しても同様の効果があらわれる。
【0018】合金Bの3元系複硼化物の添加量は1〜20%が良く、好ましくは3〜15%が良い。1%未満では3元系複硼化物の添加効果が充分あらわれない。また、添加量が20%を越えるとタングステンと3元系複硼化物が反応して形成される硼化物の量が多くなり、この硼化物の影響で、靭性および熱衝撃抵抗が著しく低下する。また、添加量が1%以上3%未満でも焼結体はち密化するが、液相量が少なくなるため100%ち密化させることが難しく、ミクロな気孔が僅かに残り強度がやや低くなる。また、15%を越えると相対的にタングステン量が少なくなるため靭性がやや低下する。従って高強度、高靭性を得るためには、3〜15%の添加量がより好ましい。
【0019】次に2元系硼化物の第1の効果は焼結体中均一に分散することによって合金の常温および高温硬度を高め、さらに耐摩耗性を向上させることである。2元系硼化物、例えばTiB、ZrBおよびCrBの硬度はそれぞれHv3400、Hv2200およびHv1700と非常に高く、耐摩耗性にも優れるため、少量の添加でも合金の常温および高温硬度を高め、耐摩耗性を向上させることができる。第2の効果は、合金の強度を向上させることである。これは、タングステンは高温での粒成長が大きいことが知られているが、合金Aでは3元系複硼化物が粒成長を抑制し、合金Bでは、さらに2元系硼化物の粒成長抑制効果が大きいために結晶粒がより細かくなり、この結晶粒微細化効果によって合金Bの強度が向上するものと考えられる。
【0020】2元系硼化物の添加量は1〜20%が良く、好ましくは5〜15%が良い。1%未満では2元系硼化物を添加した前述の効果があらわれない。20%を越えるとタングステンと2元系硼化物が反応して形成される硼化物の量が多くなるために、靭性および熱衝撃抵抗が著しく低下するし、また、硬度が高くなりすぎて被加工性も低下する。添加量が1%以上5%未満では添加した効果はあるものの十分ではないために、合金Aと比べて強度、硬度、耐摩耗性が僅かしか改善されない。また、15%を超え20%までの添加は、相対的にタングステン量が少なくなるため靭性がやや低下する。従って、添加量は5〜15%とすることがより好ましい。
【0021】合金Bは耐食性に優れ、しかも、常温および高温硬度が高く、耐摩耗性にも優れる材料である。また、合金Bの被加工性は合金Aよりも劣るが、やはり切削加工が可能であり、セラミックスに比べれば、はるかに加工の容易な材料である。したがって、溶融金属ダイカストマシン用スリーブ、プランジャーチップ、金型、押し出しダイスなどに好適である。
【0022】本発明の高耐食耐摩耗性硼化物系タングステン基合金の製造は次のようにして行うことができる。合金Aでは、例えば、タングステン粉末に3元系複硼化物MoNiB粉末を所定の組成となるように添加し、合金Bでは、例えば、タングステン粉末に3元系複硼化物MoFeB粉末と2元系硼化物ZrB粉末を所定の組成となるように添加して、アトライターあるいは振動ボールミルで湿式混合と粉砕を十分に行った後、窒素ガス中で乾燥造粒する。この混合粉末を黒鉛型に充填し、真空中またはアルゴンガス、窒素ガスおよび水素ガスのような中性または還元性雰囲気中、100kg/cm以上の圧力下において1400℃〜1900℃の温度で加熱するホットプレスによるか、あるいは、前記の混合粉末を油圧プレスによってあらかじめ圧粉成形した圧粉体とし、真空中またはアルゴンガス、窒素ガスおよび水素ガスのような中性または還元性雰囲気中、あるいは雰囲気加圧中、1500℃〜2000℃の温度で加熱する普通焼結することによって製造することができる。なお、ホットプレスや普通焼結によって得られた焼結体は、さらに熱間静水圧プレスを行っても良い。また、圧粉成形は油圧プレスを用いず、冷間静水圧プレスを行っても良く、また混合粉末をキャンニングし直接熱間静水圧プレスを行って焼結体を得ることもできる。
【0023】
【実施例】以下実施例により本発明をさらに詳細に説明する。なお実施例に供した材料の組成を表1に示した。また比較例1には溶解−鋳造によって作製したSKD61(87.8Fe−1.1C−5.3Cr−0.9Mo−1.3V−3.6(Si,Mn,P,S))を窒化処理した鋼材を示し、比較例2には焼結タングステン合金(84W−5Fe−5Ni−6Mo)を示した。なお、組成はいずれも体積%である。
【0024】実施例1タングステン粉末およびMoNiB粉末を表2の実施例1に示す割合に配合し、アトライターにより、アセトン中で8時間混合粉砕を行った後、窒素雰囲気中で乾燥造粒した。次にこの混合粉末を金型に充填し、上下一軸方向の油圧プレスにより、1.5Ton/cmの圧力でプレスを行い圧粉体とした。この圧粉体をアルゴン雰囲気加圧(ガス圧9.8kg/cm)中、1700℃の温度で30分間加熱した。この焼結体をダイヤモンド砥石による研削加工、あるいはダイヤモンドペーストによる鏡面仕上げを施した後、表3に示す硬度、耐摩耗性、耐食性を調べた。硬さは常温、300℃および900℃におけるビッカース硬度(Hv)により評価した。測定は荷重5kgで5点測定し、平均値を求めた。比較例1のSKD61(窒化処理)は表面硬化相が非常に薄いためマイクロビッカース(荷重100g)によって測定した。耐摩耗性は大越式摩耗試験により評価した。大越式摩耗試験はプレートの形状に加工した試験片を回転するリングに押しつけて摩擦をおこさせ、リングで削られたプレート上の摩耗痕の体積を測定する方法である。摩耗体積が小さいほど耐摩耗性が優れていることになる。リングの材質はS35Cであり、試験条件は摩擦距離200m、最終荷重18.9kgとし、摩擦速度を低速(0.21m/秒),中速(0.94m/秒)および高速(4.39m/秒)と変化させた。耐食性は溶融アルミニウム中への浸せき試験により評価した。この試験では溶融アルミニウム(ADC10,750℃)の中にブロックを8時間浸せきした後、ブロックが溶融アルミニウムによって表面から侵食された深さを測定した。従って、侵食深さが小さいほど、耐食性が優れていることになる。
【0025】実施例1と比較例1,2の特性を表3に示す。実施例1の硬度は比較例2の焼結タングステン合金よりも高く、900℃では約1.5倍であった。次に比摩耗量は比較例1のSKD61(窒化処理)よりも、特に中、高速側で非常に小さく、また比較例2の焼結タングステン合金よりも全速度域にわたって小さい値であり耐摩耗性に優れていた。これは常温および高温硬度が高くなったこと、および耐凝着性が改善されたことによる効果であろうと考えられる。溶融アルミニウムに対する耐食性は、比較例1のSKD61(窒化処理)の侵食深さが650μm、比較例2の焼結タングステン合金の侵食深さが1800μmであるのに対し、実施例1の合金は全く侵食されず非常に優れていた。
【0026】実施例1の合金Aの抗折力は常温で85kg/mmであり、1000℃まで抗折力の低下がなかった。さらに抗折力測定の際、1000℃においても破壊に至るまで試験片の変形は認められず、高温での耐変形性にも優れていた。また、靭性値K1Cは28.7MPa/mm0.5と非常に高く、高靭性であった。
【0027】実施例2タングステン粉末およびMoCoB粉末を表2の実施例1に示す割合に配合し、振動ボールミルにより、アセトン中で52時間、混合粉砕を行った後、窒素雰囲気中で乾燥造粒した。次にこの混合粉末を黒鉛型に充填し、アルゴン雰囲気(大気圧)において、200kg/cmの圧力で上下の1軸方向に加圧しながら1550℃の温度で20分間加熱した。この焼結体から試験に適した形状にブロックを切り出し、ダイヤモンド砥石による研削加工、あるいはダイヤモンドペーストによる鏡面仕上げを施した後、表3に示す特性を調べた。
【0028】実施例3タングステン粉末およびMoFeB粉末を表2の実施例3に示す割合に配合した後、実施例1と同様の方法で混合粉砕、圧粉成形および焼結を行った。但し、焼結雰囲気は大気圧とした。
【0029】実施例2および3で得られた合金Aの特性を表3に示すが、比較例1のSKD61(窒化処理)および比較例2の焼結タングステン合金よりも、いずれも耐摩耗性および耐食性に優れていた。また、硬度は比較例2の焼結タングステン合金よりも高かった。
【0030】実施例4タングステン粉末、MoNiB粉末およびTiB粉末を表2の実施例4に示す割合に配合した後、実施例2と同様の方法で焼結体を作製した。実施例4の硬度は比較例2の焼結タングステン合金よりも高く、900℃では約3倍であった。次に比摩耗量は比較例1のSKD61(窒化処理)よりも、特に中、高速側で非常に小さく、また比較例2の焼結タングステン合金よりも全速度域にわたって小さい値であり、耐摩耗性に優れていた。また溶融アルミニウムによる侵食はなく耐食性も非常に良好であった。抗折力は常温で140kg/mmであり、1000℃まで抗折力の低下がなかった。さらに抗折力測定の際、1000℃においても破壊に至るまで試験片の変形は認められず、高温での耐変形性にも優れていた。また、靭性値K1Cは8.5MPa/mm0.5であった。実施例1〜3の合金Aと比較すると、靭性はやや低いが、常温および高温硬度、耐摩耗性および抗折力が向上した。
【0031】実施例5タングステン粉末、MoNiB粉末およびZrB粉末を表2の実施例5に示す割合に配合した後、実施例2と同様の方法で焼結体を作製した。
【0032】実施例6タングステン粉末、MoCoB粉末およびTiB粉末を表2の実施例6に示す割合に配合した後、実施例1と同様の方法で焼結体を作製した。
【0033】実施例7タングステン粉末、MoNiB粉末およびTiB粉末を表2の実施例7に示す割合に配合した後、実施例1と同様の方法で焼結体を作製した。但し、焼結雰囲気は大気圧とした。
【0034】実施例8タングステン粉末、MoCoB粉末およびTiB粉末を表2の実施例8に示す割合に配合した後、実施例1と同様の方法で焼結体を作製した。但し、焼結雰囲気は大気圧とした。
【0035】実施例9タングステン粉末、MoNiB粉末およびZrB粉末を表2の実施例9に示す割合に配合した後、実施例1と同様の方法で焼結体を作製した。但し、焼結は真空中で実施した。
【0036】実施例10タングステン粉末、WNiB粉末、WCoB粉末およびTiB粉末を表2の実施例10に示す割合に配合した後、実施例2と同様の方法で焼結体を作製した。
【0037】実施例11タングステン粉末、WCoB粉末、MoCoB粉末およびTaB粉末を表2の実施例11に示す割合に配合した後、実施例2と同様の方法で焼結体を作製した。
【0038】実施例12タングステン粉末、WFeB粉末、WFeB粉末およびCrB粉末を表2の実施例12に示す割合に配合した後、実施例2と同様の方法で焼結体を作製した。
【0039】実施例4〜12で得られた合金Bの特性を表3に示すが、比較例1のSKD61(窒化処理)、および比較例2の焼結タングステン合金よりも、いずれも耐摩耗性および耐食性に優れていた。また、硬度は比較例2の焼結タングステン合金よりも非常に高い値であった。実施例1〜3の合金Aと比較すると、靭性はやや低いが、常温および高温硬度が高くなり、また耐摩耗性および抗折力が向上した。
【0040】
【表1】


【0041】
【表2】


【0042】
【表3】


【0043】
【発明の効果】以上説明したように本発明の高耐食耐摩耗性硼化物系タングステン基合金は高い常温および高温硬度と優れた耐食性、耐摩耗性を有する新しい材料であり、金属溶解用るつぼ、溶融金属測温用熱電対の保護管、ダイカストマシン用ラドル、酸やアルカリ溶液の蒸発皿、溶融金屈ダイカストマシン用スリーブ、プランジャーチップ、金型、押し出しダイスなど多くの工業分野に適用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 硬質相と、これを結合する結合相とからなる硬質焼結合金であって、硬質相が主としてタングステンからなり、結合相が主として3元系複硼化物からなり、かつ、前記結合相の割合が1〜30体積%である、高耐食耐摩耗性硼化物系タングステン基焼結合金。
【請求項2】前記3元系複硼化物が、MoFeB,MoCoB,MoNiB,WFeB,WCoB,WNiB,MoCoB,WFeB,WCoBの中から選ばれた1種以上を混合したものである請求項1記載の焼結合金。
【請求項3】硬質相と、これを結合する結合相とからなる硬質焼結合金であって、硬質相が主としてタングステンからなり、結合相が、主として、1〜20体積%の3元系複硼化物及び1〜20体積%の2元系複硼化物からなる、高耐食耐摩耗性硼化物系タングステン基焼結合金。
【請求項4】前記3元系複硼化物が、MoFeB,MoCoB,MoNiB,WFeB,WCoB,WNiB,MoCoB,WFeB,WCoBの中から選ばれた1種以上を混合したものであり、前記2元系複硼化物が、MxBy(ただしMはTi,Zr,Ta,Nb,Cr,Vのいずれであり、x=1〜2,y=1〜4)で表せる硼化物の中から選ばれた1種以上を混合したものである、請求項3記載の焼結合金。
【請求項5】前記MxByが、TiB,ZrB,TaB,CrBの中から選ばれた1種以上を混合したものである、請求項4記載の焼結合金。
【請求項6】 硬質相と、これを結合する結合相とからなる硬質焼結合金の製造方法であって、硬質相としての役割を果たすタングステン粉末と、結合相としての役割を果たす3元系複硼化物粉末を1〜30体積%と、を混合し、成形し、焼結する高耐食耐摩耗性硼化物系タングステン基焼結合金の製造方法。
【請求項7】 前記3元系複硼化物粉末が、MoFeB,MoCoB,MoNiB,WFeB,WCoB,WNiB,MoCoB,WFeB,WCoBの中から選ばれた1種以上の粉末を混合したものである請求項6記載の製造方法。
【請求項8】 硬質相とこれを結合する結合相とからなる硬質焼結合金の製造方法であって、硬質相としての役割を果たすタングステン粉末と、結合相としての役割を果たす3元系複硼化物粉末を1〜20体積%と、結合相としての役割を果たす2元系複硼化物粉末を1〜20体積%と、を混合し、成形し、焼結する高耐食耐摩耗性硼化物系タングステン基焼結合金の製造方法。
【請求項9】 前記3元系複硼化物粉末が、MoFeB,MoCoB,MoNiB,WFeB,WCoB,WNiB,MoCoB,WFeB,WCoBの中から選ばれた1種以上の粉末を混合したものであり、前記2元系複硼化物粉末が、MxBy(ただしMはTi,Zr,Ta,Nb,Cr,Vのいずれであり、x=1〜2,y=1〜4)で表せる硼化物粉末の中から選ばれた1種以上の粉末を混合したものである、請求項8記載の製造方法。
【請求項10】 前記MxByが、TiB,ZrB,TaB,CrBの中から選ばれた1種以上の粉末を混合したものである、請求項9記載の製造方法。

【特許番号】第2967789号
【登録日】平成11年(1999)8月20日
【発行日】平成11年(1999)10月25日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平3−65730
【出願日】平成3年(1991)1月11日
【公開番号】特開平5−140689
【公開日】平成5年(1993)6月8日
【審査請求日】平成6年(1994)7月28日
【審判番号】平9−9339
【審判請求日】平成9年(1997)6月12日
【出願人】(390003193)東洋鋼鈑株式会社 (265)
【合議体】
【参考文献】
【文献】特開 昭59−222556(JP,A)
【文献】特公 昭56−8904(JP,B2)