説明

魚類、棘皮類又は甲殻類用飼料原料の製造方法

【課題】動物性タンパク質原料の代替タンパク質源として重要な植物性タンパク質原料の消化性を高めて、より有用な動物用飼料原料およびその飼料原料を使用した動物用飼料、特に魚類、棘皮類又は甲殻類用飼料原料を提供すること。
【解決手段】大豆、脱脂大豆粕、小麦、コーングルテンミール、米糠、脱脂米糠、加工糠、ナタネ油粕、綿実油粕、ポテトプロテインなどの難消化性糖質を含有する植物性タンパク質原料に、自己消化処理されていないオキアミ成分にプロテアーゼ阻害作用を有する飼料原料または飼料添加物を加えた成分を作用させて難消化性糖質を部分分解し、消化性を高めた飼料原料を提供する。また、その飼料原料を使用した飼料を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大豆、大豆粕(脱脂大豆)、小麦、大麦、コーングルテンミール、米糠など植物性タンパク質原料を含む動物用飼料原料及びそれを原料とする動物用飼料、特に魚類、棘皮類又は甲殻類用飼料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
畜産物ならびに養殖魚介類は、ヒトにとって重要なタンパク質供給源であることは周知のとおりであり、それらを飼育・養殖するための飼料は多くの分野で古くから研究が行われ、効率の良い飼料原料が開発されてきた。畜産用原料では大豆粕が供給安定であり、かつ安価なため注目されているものの、少糖類や消化酵素阻害物質、吸収阻害物質、成長阻害物質などが含まれているためにその利用が伸び悩んでいるのが実態である。そのため、アルコール洗浄や酸洗浄により不要成分を除去して良質の飼料を提供する手法や、あるいはカビ類(Aspergillus属、Rhizopus属)や酵母類(Saccharomyces属)、細菌類(Bacillus属、Lactobacillus属)などを単独、あるいは2種以上の組合せで接種発酵して消化吸収性の良い飼料原料を製造したり、動物飼料原料中の不要成分除去法として、糖質あるいは少糖類分解酵素であるセルラーゼ、ガラクタナーゼ、ラムノガラクチュロナーゼや、フィチン(フィチン酸)分解酵素であるフィターゼを添加して分解除去するとともに、さらに消化性を高めるためにタンパク質分解酵素を添加することが行われている。これらの分解酵素もやはりカビ類(Aspergillus属、Rhizopus属)や酵母類(Saccharomyces属)、細菌類(Bacillus属、Lactobacillus属)などに由来するものであり、これら酵素の供給源となる微生物を培養するか、あるいは遺伝子組換えによる生産によって必要とする酵素を提供するものである。しかしながら、これらの技術ではカビ類、酵母類、細菌類など微生物の予備培養が必要で、微生物的な管理を徹底する必要があるため、全工程を考慮すると更に簡便化する必要がある。
【0003】
一方、魚介類の蓄養殖産業は国際的にも益々盛んになりつつあり、飼料タンパク質源である沿岸魚粉の需要が著しく高まっているが、沿岸魚の漁獲量の変動が著しいため、生産者は魚粉の価格変動に苦しんでいるのが実情である。こういった中で、以前より魚粉代替タンパク質として植物性タンパク質、特に脱脂大豆粕が注目されてきたが、蓄養殖魚介類の必要アミノ酸が、植物性タンパク質の構成アミノ酸と異なるためアミノ酸バランスが崩れること、消化酵素阻害活性因子が含まれていること、植物の難消化性糖質が消化吸収を阻害することなど、その添加量には限界があった。アミノ酸バランスに関しては複数の飼料原料を用いることによって克服できるが、難消化性糖質、フィチン(フィチン酸)などの消化吸収阻害物質の分解除去には新たな技術の開発が望まれていた。
このような背景から、蓄養殖魚介類の飼料においても麹菌類(Aspergillus属、)を脱脂大豆粕に作用させて発酵し、消化性を高める研究がなされており、大豆粕無添加の場合に比べると成長性は劣るものの、無加工の大豆粕を用いた場合よりは成長性が改善されると報告されている(非特許文献1)。
また、特許文献1では微生物を大豆粕に接種して発酵処理し、大豆粕中の蔗糖、ラフィノース、スタキオースなどの少糖類を分解除去する方法が開示されている。この際使用する微生物はAspergillus属、Saccharomyces属、Bacillus属、Lactobacillus属など通常の醸造食品、発酵食品でされるものでよいとしており、これらを接種して発酵処理した大豆粕をハマチ稚魚に投与して成長性が改善されると開示している。
しかしながら、植物性タンパク質原料が飼料原料中に占める割合が増加するにつれて、ハマチ、マダイなど肉食性魚類は摂餌行動が低下することが知られており改善が必要とされており(非特許文献2)、オキアミミールを5〜10%添加して摂餌を誘引しなければならないのが実情である。
また、植物性タンパク質原料を動物飼料原料とする際には、通常の醸造や発酵食品で用いられる微生物を予備培養して植物性タンパク質原料を発酵処理する必要があり、工程の単純化が必要であった。
特許文献2にはクリル酵素(オキアミ酵素)を使用した水生動物用飼料が開示されている。これはオキアミ酵素の活性を保持したままで飼料に混合するものである。すなわち、飼料とともにオキアミ酵素を給餌することにより動物の消化を助けるという考え方である。オキアミ酵素の活性を保持したまま、精製して飼料に添加しなければならないため、加熱することができないなど、その取り扱いには制限が多く、汎用性のある飼料原料としては使いにくいものである。
特許文献3には自己消化させたオキアミを飼料原料として用いることが記載されている。オキアミに含まれるプロテアーゼにより消化されやすくなると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平5−268881
【特許文献2】特開平8−242777
【特許文献3】WO98/34498
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】日本水産学会誌、59巻、1883−1888(1993)
【非特許文献2】Aoki,et al.:Suisanzoshoku,48,73−79,(2000)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、大豆、脱脂大豆粕、小麦、コーングルテンミール、米糠、脱脂米糠、加工糠、ナタネ油粕、綿実油粕、ポテトプロテインなどの植物性タンパク質を用いて、該タンパク質の消化性を高め、摂餌誘引効果をもった動物用飼料原料、ならびに、それを原料とした動物用飼料、特に魚類、棘皮類又は甲殻類用飼料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下の(1)ないし(5)の魚類、棘皮類又は甲殻類用飼料の製造方法を要旨とする。
(1)(B)自己消化処理されていないオキアミにプロテアーゼ阻害作用を有する飼料原料または飼料添加物を加えたもの、を用いて植物性タンパク質原料を処理することを特徴とする、植物性タンパク質原料を自己消化処理されていないオキアミ成分に含まれる難消化性糖質分解酵素で処理した魚類、棘皮類又は甲殻類用飼料原料の製造方法。
(2)上記の処理方法が、植物性タンパク質原料と(B)を混合後、熟成処理させる方法である(1)の魚類、棘皮類又は甲殻類用飼料原料の製造方法。
(3)植物性タンパク質原料が、大豆、脱脂大豆粕、コーングルテンミール、生糠、加工糠、小麦、ナタネ油粕、綿実油粕およびポテトプロテインからなる群より選ばれる1種以上の植物性タンパク質原料である(1)または(2)の魚類、棘皮類又は甲殻類用原料の製造方法。
(4)オキアミ成分が南極オキアミ成分である(1)ないし(3)のいずれかの魚類、棘皮類又は甲殻類用原料の製造方法。
(5)魚類がタイ類、サケ・マス類、ブリ類、マグロ類である(1)ないし(4)のいずれかの魚類、棘皮類又は甲殻類用原料の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、植物性タンパク質を用いて、該タンパク質の消化性が向上し、かつ、摂餌誘引効果をもった動物用飼料原料を提供することができる。
また、本発明は、その動物用飼料原料を原料としとした動物タンパク質原料の使用割合を著しく低減できる動物用飼料、特に魚類、棘皮類又は甲殻類用飼料を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】プロテアーゼ阻害作用を有するきな粉、豆乳、卵白のオキアミ酵素に対する作用を示す図面である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明における動物用飼料原料とは、畜産、養鶏、養魚用に使用される飼料原料であって、タンパク質補給源として用いる飼料原料である。本発明の飼料は特に養魚用、甲殻類の養殖用に適している。養魚、棘皮類、甲殻類としてはマダイ、サケ、ハマチ、シマアジ、マス、ヒラメ、マグロ、ウナギ、ウニ、エビ等の養殖対象魚が例示される。
【0011】
本発明において植物性タンパク質原料とは、動物用飼料原料の動物性タンパク質原料の代替品として用いられている植物性タンパク質原料であれば何でも使用することができる。主なものとしては、大豆、脱脂大豆粕、コーングルテンミール、生糠、加工糠、小麦、ナタネ油粕、綿実油粕、ポテトプロテイン等が例示される。
【0012】
本発明において使用するオキアミは、資源量が豊富で、酵素活性が高い南極オキアミが好ましいが、同様の活性のあるオキアミであれば他のオキアミも使用できる。
オキアミ成分としては、オキアミまたはミンチ処理したオキアミの他に、圧搾処理により選択的に得たオキアミ内在酵素を植物性タンパク質原料に添加熟成することも可能である。
ただし、これらオキアミ内在酵素を含有するオキアミ、圧搾液は難消化性糖質分解活性を有さなければならず、その活性は薄層クロマトグラフィーにて容易に確認できる。
【0013】
難消化性糖質の分解活性の測定は以下に述べるようにして行う。すなわち、オキアミであればオキアミをミンチ処理して固形分を分別除去し、これに終濃度1%となるようにセロビオースまたはマルトヘキサオースなどの少糖類を加えて40℃、2時間攪拌処理を行う。その後、3000rppm、10分間、4℃にて遠心分離を行って得られる上清10μLをシリカゲル薄層プレート上にスポットし、ブタノール:プロパノール:水(1:3:2)にて展開し、オルシノール硫酸溶液を用いて発色させる。この際に、セロビオース、マルトヘキサオースなどの少糖類のスポットが完全に消滅し、β−グルコース、α−グルコースなどと考えられる単糖のスポットのみが出現する活性を有するものに限定される。
オキアミ圧搾液に関しても同様の方法で活性を確認したものを用いる。
【0014】
本発明の動物用飼料原料は、難消化性糖質を含有する植物性タンパク質原料にオキアミ、ミンチ処理したオキアミ、または圧搾液を加えて20〜60℃、好ましくは30〜50℃にて1〜48時間、好ましくは2〜6時間熟成処理を行い、次いで80℃以上、好ましくは85℃、10分間維持して加熱殺菌処理を行い、乾燥処理に付することによって得られる。熟成の際に、撹拌処理を行うが、撹拌が困難で熟成が不充分とならないように清水を加えることも可能である。反応時間は植物性タンパク質に対する酵素量によって調節する必要があるが、遊離アミノ酸が多くなると飼料効率が悪くなるので、遊離アミノ酸が生成しにくい条件を選択するのが好ましい。
【0015】
本発明の動物用飼料原料を原料として使用した動物用飼料。
本発明の動物用飼料は本発明の動物用飼料原料及びその他の飼料原料を一緒に加工成形して製造することができる。本発明の動物用飼料原料はオキアミ処理後、加熱乾燥して粉末状の形態で提供できるもので、種々のタイプの飼料用原料として、特に動物性タンパク質の代替品として容易に使用することができる。養魚用の場合でいえば、魚粉の代替品として使用することができる。
【0016】
作用
難消化性糖質分解活性を有するオキアミ、ミンチ処理したオキアミあるいはオキアミ圧搾液を難消化性糖質含有の植物性タンパク質原料に添加し熟成することにより、タンパク質の消化性が向上する。
また、該タンパク質の消化性を高め、摂餌誘引効果をもった動物用飼料原料とする。
動物タンパク質原料の使用割合を著しく低減できる動物用飼料原料を提供することが可能となった。また、その動物性飼料原料を使用した動物用飼料を提供することができる。
【0017】
本願発明の詳細を実施例で説明する。本願発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【0018】
[比較例]
難消化性糖質分解活性を有するオキアミ25kgをミンチ処理した後、脱脂大豆粕30kgを加えて40℃、2時間加熱攪拌処理して分解脱脂大豆粕を作製した(以下、オキアミミンチ処理大豆粕と称する)。
【0019】
[参考例]
難消化性糖質分解活性を有するオキアミを圧搾処理して、オキアミ原料の10%重量の圧搾液(酵素液)を作製し、これに脱脂大豆粕30kgを加えて40℃、2時間加熱攪拌処理して分解脱脂大豆粕を作製した(以下、オキアミ酵素液処理大豆粕と称する)。
【実施例1】
【0020】
難消化性糖質分解活性を有するオキアミ25kgをミンチ処理した後、卵白250g、脱脂大豆粕30kgを加えて40℃、2時間加熱攪拌処理して分解脱脂大豆粕を作製した(以下、オキアミ処理大豆粕卵白添加と称する)。
【実施例2】
【0021】
マダイ(平均体重17.9g)を試験魚に用いて56日間の飼育実験を行った。用いた飼育用飼料の配合組成を表1に、飼育結果を表2、3に示した。
【0022】
【表1】

【0023】
【表2】

【0024】
【表3】

【0025】
この結果から明らかなように、脱脂大豆粕を無添加の1区と成長には差が認められず、マダイ用飼料にオキアミのミンチや圧搾液(酵素液)を用いて処理した脱脂大豆粕を多量添加できることが分かり、オキアミによる熟成処理の有効性が確認された。
また、飼料中の遊離アミノ酸/総アミノ酸(%)と飼料効率には負の相関が認められた。
【実施例3】
【0026】
ニジマス(平均体重10.6g)を試験魚に用いて84日間の飼育実験を行った。用いた飼育用飼料の配合組成を表4に、飼育結果を表5、6に示した。
【0027】
【表4】

【0028】
【表5】

【0029】
【表6】

【0030】
表5から明らかなように、脱脂大豆粕を添加しなかった対照区に比してオキアミ酵素液処理区は体重増加(成長性)の点で有効であった。また、オキアミミールのみを混合した9区よりも効果があり、オキアミで脱脂大豆粕を処理することが有効であることが確認された。更に、通常市販されているセルラーゼ処理(市販酵素処理区)では、成長が劣ることも分かり、オキアミによる熟成処理の必要性が分かった。
また、飼料中の遊離アミノ酸/総アミノ酸(%)と飼料効率には負の相関が認めらた。
【0031】
試験例1:オキアミ圧搾液の酵素活性の阻害剤による影響
本試験例では、2002年2月に漁獲したオキアミより調製した圧搾液を「夏」ロット、2002年5月に漁獲したオキアミより調製した圧搾液を「冬」ロットと記載する。これは漁獲地である南極海における季節を反映させた命名である。
きな粉(焙煎大豆粉)および卵白粉末のそれぞれ12%(w/v)濃度の懸濁液を調製した。夏および冬ロットのオキアミ圧搾液3.0mLに対して、蒸留水、きな粉懸濁液、豆乳(固形分12%w/v)、または卵白懸濁液を0.1mL添加した。このとき、きな粉、豆乳、または卵白は固形分換算で0.4%濃度と計算される。これら添加したオキアミ圧搾液のプロテアーゼ活性、および糖質分解酵素活性を測定した。蒸留水(即ち固形分なし)を添加した場合の活性(吸光度の上昇値)を100%として、各添加物を添加した場合の活性を計算した。
図1に示すように、きな粉、豆乳、および、卵白はいずれのロットについてもオキアミ圧搾液のプロテアーゼ活性を阻害する一方、糖質分解酵素活性には影響を与えないことがわかった。




【特許請求の範囲】
【請求項1】
(B)自己消化処理されていないオキアミにプロテアーゼ阻害作用を有する飼料原料または飼料添加物を加えたもの、を用いて植物性タンパク質原料を処理することを特徴とする、植物性タンパク質原料を自己消化処理されていないオキアミ成分に含まれる難消化性糖質分解酵素で処理した魚類、棘皮類又は甲殻類用飼料原料の製造方法。
【請求項2】
上記の処理方法が、植物性タンパク質原料と(B)を混合後、熟成処理させる方法である請求項1の魚類、棘皮類又は甲殻類用飼料原料の製造方法。
【請求項3】
植物性タンパク質原料が、大豆、脱脂大豆粕、コーングルテンミール、生糠、加工糠、小麦、ナタネ油粕、綿実油粕およびポテトプロテインからなる群より選ばれる1種以上の植物性タンパク質原料である請求項1または2の魚類、棘皮類又は甲殻類用飼料原料の製造方法。
【請求項4】
オキアミ成分が南極オキアミ成分である請求項1ないし3のいずれかの魚類、棘皮類又は甲殻類用飼料原料の製造方法。
【請求項5】
魚類がタイ類、サケ・マス類、ブリ類、マグロ類である請求項1ないし4のいずれかの魚類、棘皮類又は甲殻類用飼料原料の製造方法。








【図1】
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【公開番号】特開2010−227128(P2010−227128A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−165547(P2010−165547)
【出願日】平成22年7月23日(2010.7.23)
【分割の表示】特願2004−527319(P2004−527319)の分割
【原出願日】平成15年8月1日(2003.8.1)
【出願人】(000004189)日本水産株式会社 (119)
【Fターム(参考)】