説明

1,5−ジアミノペンタンの発酵産生方法

本発明は、DAP含有発酵ブロスからの1,5-ジアミノペンタン(DAP)の単離方法と、この単離方法を用いるDAPの発酵産生方法と、この方法に従って単離または発酵産生されたDAPを用いるDAP含有ポリマーの製造方法と、に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、DAP含有発酵ブロスからの1,5-ジアミノペンタン(DAP)の単離プロセスと、該単離方法を用いるDAPの発酵産生プロセスと、このようにして単離および発酵産生されたDAPを利用することによるDAP含有ポリマーの調製プロセスと、に関する。
【背景技術】
【0002】
1,5-ジアミノペンタン(ペンタメチレンジアミンまたはカダベリンとして参照されることも多く、 本明細書中の以下ではDAPとして参照される)は、化学工業における重要な原材料である。DAPは、たとえば、ポリアミド、ポリウレア、またはポリウレタン、およびそれらのコポリマーの調製に使用される。
【0003】
さらに、リシン脱カルボキシル化を介するDAPの発酵産生または酵素的産生は、以前から知られている。発酵ブロスからの対象産物の種々の単離プロセスは、これに関連して報告されてきた。
【0004】
たとえば、欧州特許出願公開第1482055号明細書には、反応時にpHを調整するためのジカルボン酸の存在下でのリシンの酵素的脱カルボキシル化が記載されている。プロセスで産生されたDAPジカルボキシレートは、最初に、対象産物を含む溶液を脱色および濃縮し、次に、冷却結晶化プロセスでDAPジカルボキシレートを結晶化させることにより、単離される。
【0005】
国際出願公開第2006/123778号パンフレットには、二酸化炭素の存在下でリシンを酵素的脱カルボキシル化することによるDAPカーボネートの調製が記載されている。DAPは、反応溶液の濃縮および二酸化炭素の排出により形成される。
【0006】
特開2004-208646号公報には、L-リシンジカルボキシレートを含む溶液を酵素的脱カルボキシル化することと、アルコール、ケトン、およびニトリルの中から選択される有機溶媒を添加することによりDAPジカルボキシレートを沈殿させることと、によるDAPジカルボキシレートの調製が記載されている。
【0007】
特開2004-222569号公報には、L-リシンデカルボキシラーゼを発現するコリネ型細菌を利用することと、培養物上清をpH12に調整することと、DAPを極性有機溶媒で抽出することと、によるDAPの調製が記載されている。
【0008】
最後に、特開2004-000114号公報には、L-リシンデカルボキシラーゼを発現する大腸菌(E. coli)細胞を用いて高濃度のL-リシンモノヒドロクロリドを変換することと、反応溶液をpH≧13に調整することと、反応産物を極性有機溶媒で抽出することと、続いて蒸留することと、によるDAPの調製が記載されている。
【0009】
しかしながら、有機溶媒を用いるDAP抽出に基づく従来技術のプロセスは、対象産物の収率が最適未満であるうえにとくに抽出工程が遅すぎて全プロセスの時間がかかりすぎるという点で、とりわけ不利であり、このことは、該調製を工業規模に応用するのにきわめて不利である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】欧州特許出願公開第1482055号明細書
【特許文献2】国際出願公開第2006/123778号パンフレット
【特許文献3】特開2004-208646号公報
【特許文献4】特開2004-222569号公報
【特許文献5】特開2004-000114号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
したがって、本発明の目的は、発酵ブロスからのDAP(カダベリン)の単離をさらに改良することである。より特定的には、対象産物の収率をさらに増大させることと、単離とくに溶媒抽出の所要時間を短縮することと、が意図される。
【課題を解決するための手段】
【0012】
驚くべきことに、この目的は、a)最初に、発酵ブロスをアルカリ性pHに調整し、次に、熱処理し、その後、好適な有機抽出剤で抽出するプロセスを提供することにより達成された。発酵のDAP含有副産物とくにアセチル-DAPは、驚くべきことに、この場合、対象産物の遊離を伴って加水分解切断されることが判明した。他の驚くべきことは、抽出工程での相分離速度を大幅に増大させることが可能であるという新たな知見であった。この増大された相分離速度は、たとえば酵母抽出物のような複合栄養培地の存在下での微生物の発酵から得られる発酵ブロスの後処理で、とりわけはっきりと認められる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】発酵ブロスからのDAPの単離プロセス全体を表す本発明の特定の実施形態のフロー図を示している。
【図2】pH13.7で還流することによる発酵ブロスの5時間熱処理時のDAP(菱形)の形成を伴うアセチル-DAP(三角)の加水分解切断を示している。残留リシン分(四角)は、熱処理時、不変のまま保持される。
【図3】発酵ブロスの昇温プロセス時および後続の還流時のアンモニア放出を示している。下側の曲線:ガスの量、上側の曲線:内部温度プロファイル。
【発明を実施するための形態】
【0014】
発明の詳細な説明
1. 好ましい実施形態
本発明は、DAP含有発酵ブロスからの1,5-ジアミノペンタン(DAP)の単離プロセスに関する。このプロセスでは、a)発酵ブロスをアルカリ化し、b)発酵ブロスを熱処理し、c)DAPを有機抽出剤で抽出し、そしてd)取り出された有機相からDAPを単離する。
【0015】
プロセスの第1の特別な改良点として、発酵ブロスのpHは、>11、たとえばとくに≧11.5または≧12、たとえばとくに≧12〜14または12.5〜13.8または13〜13.8または13.5〜13.7に調整される。この目的で、pHは、とくに、アルカリ金属水酸化物またはアルカリ土類金属水酸化物、たとえば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、または水酸化カルシウムを添加することにより、調整される。
【0016】
pHを適合化させることにより、物質の分布をさらに最適化することが可能であり、結果的に、最適物質移動条件を約pH12.5超に設定することが可能である。
【0017】
pHを適合化させることにより、場合により存在するアセチル-DAPの切断をさらに最適化することも可能であり、結果的に、存在するアセチル-DAPの量に依存して、最適切断条件(切断速度)を約pH13超に設定することが可能である。
【0018】
適切であれば、アルカリ化前に細胞成分を発酵ブロスから除去してもよい。該細胞成分の除去方法は、当業者の熟知するところである(たとえば、セパレータープロセス、デカンタープロセス、フロキュレーションプロセス、濾過プロセス、または複数のそのようなプロセス工程の組合せ)。
【0019】
プロセスの他の改良点として、アルカリ化された発酵ブロスは、還流温度に加熱することにより、たとえば、バッチ式または連続式のいずれかで、たとえば、大気圧で90〜110℃にまたは過剰圧力でより高い温度に加熱することにより、熱処理される。該熱処理は、場合により存在するアセチル-DAPの加水分解切断を好ましくは本質的に定量的に引き起こす条件下で行われる。この目的で、当業者は、所要により、圧力、温度、および滞留時間のような重要なプロセスパラメーターを調整することが可能である。「アセチル-DAP」という用語は、モノ-アセチル-DAPおよびジ-アセチル-DAPを包含するが、通常はモノ-アセチル形が優位である。他の実施形態では、該加熱を多段で行うことが可能であり、たとえば、放出されたアンモニアを中段で膨張させて回収しながら行うことも可能である。
【0020】
本発明に係るプロセスの他の改良点として、DAPは、水との混和性ギャップを有する有機溶媒(可能なかぎり極性でありかつアルカリ性pHで安定である)、たとえば、特定的には極性有機溶媒、より特定的には双極性プロトン性有機溶媒で抽出される。好適な溶媒については、本明細書中の以下の節に記載する。
【0021】
好ましい実施形態では、DAP抽出および/または後続の相分離は、高温でバッチ式で行われる。抽出のさらなる改良点およびDAP含有抽出物の後処理については、本明細書中の以下の節に記載する。
【0022】
本発明に係るプロセスは、複合培養培地たとえば酵母抽出物含有培地での微生物の発酵に由来する発酵ブロスを後処理するのにとくに好適である。
【0023】
本発明はまた、DAPの発酵産生プロセスに関する。このプロセスでは、リシン産生条件下で、適切であればDAP産生条件下でリシン産生微生物を培養し、形成されたDAPを、以上に規定されるDAP単離プロセスを適用することにより単離する。
【0024】
該発酵は、特定的には、複合培地成分を含む培養培地で実施可能である。これは、たとえば異種リシンデカルボキシラーゼ(LDC)すなわち異なる生物由来のリシンデカルボキシラーゼのようなリシンデカルボキシラーゼの活性を追加的に発現するリシン産生微生物を用いることを含みうる。
【0025】
本発明によれば、「複合栄養培地もしくは複合培養培地」または「複合培地」とは、複合組成の物質混合物、たとえば、コーンスティープリカー、トリプトン、バクトン(bactone)、ダイズ加水分解物、とくに酵母抽出物を含むそれ自体公知の培地のことである。
【0026】
一方、リシンを脱カルボキシル化してDAPを得るために、リシン含有発酵ブロスを場合により固定された精製リシンデカルボキシラーゼに接触させたり、または場合により固定されたさらなるLDC発現微生物をブロスに添加したり、または後者をそれに接触させたりすることも可能である。これに関連する好適なプロセスについては、本明細書で明示的に参照される従来技術で報告されている(たとえば、特開2002-223771号公報を参照されたい)。
【0027】
この場合、原理的には、以上に記載の単離プロセス全体もしくは以上に記載の発酵産生プロセスまたはそれらの各工程は、バッチプロセスもしくはセミバッチプロセスもしくはフェドバッチプロセスもしくは反復(フェド)バッチプロセスのようなバッチ式でまたは連続式で実施可能である。
【0028】
本発明はさらに、DAP含有ポリマーの調製プロセスに関する。このプロセスでは、最初に、以上に規定されるプロセスによりDAPモノマーの発酵産生および単離を行い、次に、少なくとも1つのさらなるコモノマーと一緒に重合を行う。該コモノマーは、特定的には、ポリカルボン酸、たとえば、特定的には、4〜12個の炭素原子を有するジカルボン酸、そのエステルおよびアンヒドリド、さらにはポリイソシアネート、たとえば、特定的には、C2〜C10-アルキレン架橋基または環状架橋基を有するジイソシアネートの中から選択可能である。好適なジカルボン酸の例は、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸などであるが、これらに限定されるものではない。好適なジイソシアネートの例は、メチレンジフェニルジイソシアネート(MDI)、トルエンジイソシアネート(TDI)、ヘキサメチレンジイソシアネート(HDI)、およびイソホロンジイソシアネートであるが、これらに限定されるものではない。この結果、特定的には、ポリアミド型、ポリウレア型、またはポリウレタン型のポリマー、たとえば、ポリアミド5,10またはポリアミド5,6が形成される。
【0029】
重合プロセスは、少なくとも1つのコモノマーを単離されたDAPに添加することまたはDAP沈殿によりDAPと少なくとも1つのコモノマーとの混合物を利用することを含む。好適なDAP/コモノマー混合物は、以上に記載したように蒸留により後処理されたDAP抽出物からDAPを塩析沈殿させることにより生成可能である。該コモノマーは、好ましくはポリカルボン酸たとえばセバシン酸である。
【0030】
2. リシンまたはDAPの発酵産生に関する一般的情報
2.1 微生物
本発明は、原理的には、任意のDAP含有発酵ブロスの後処理に適用可能である。また、原理的には、発酵で利用される微生物に関してなんの制限もない。後者は、天然に存在する微生物、突然変異および選択により改良された微生物、とくに組換えにより産生された微生物、たとえば菌類、とくに細菌でありうる。これらの微生物は、DAPおよび/もしくはDAP誘導体たとえばアセチル-DAPを直接産生しうるか、または少なくともリシンとくにL-リシンを発酵産生しうるかのいずれかである。より特定的には、利用される組換え細菌は、ジアミノピメリン酸経路(「DAP経路」)、スクシニラーゼ経路、またはデヒドロゲナーゼ経路を介してリシンを生合成することが可能である。
【0031】
これらの微生物は、グルコース、スクロース、ラクトース、フルクトース、マルトース、糖蜜、デンプン、またはセルロースから、あるいはグリセロール、脂肪酸もしくは植物油、またはエタノールから、リシンとくにL-リシンを産生することが可能であり、かつ好ましくは、産生されたリシンの少なくとも一部分を細胞外空間内に放出することが可能である。それらは、好ましくはコリネ型細菌、より特定的にはコリネバクテリウム(Corynebacterium)属またはブレビバクテリウム(Brevibacterium)属のコリネ型細菌である。とくに挙げられうるのは、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属のコリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)種であり、この種は、L-アミノ酸を産生するその能力に関して当技術分野で公知である。
【0032】
コリネ型細菌の好適な株の例として挙げられうるのは、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属の株、特定的にはコリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)(C. glutamicum)種の株、たとえば、
コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum) ATCC 13032、
コリネバクテリウム・アセトグルタミカム(Corynebacterium acetoglutamicum) ATCC 15806、
コリネバクテリウム・アセトアシドフィラム(Corynebacterium acetoacidophilum) ATCC 13870、
コリネバクテリウム・サーモアミノゲネス(Corynebacterium thermoaminogenes) FERM BP-1539、
コリネバクテリウム・メラセコラ(Corynebacterium melassecola) ATCC 17965、
もしくは
ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属の株、たとえば、
ブレビバクテリウム・フラバム(Brevibacterium flavum) ATCC 14067、
ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム(Brevibacterium lactofermentum) ATCC 13869、および
ブレビバクテリウム・ディバリカタム(Brevibacterium divaricatum) ATCC 14020、
またはそれらに由来する株、たとえば、
コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum) KFCC10065、
コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum) ATCC21608
である。
【0033】
略号KFCCは、The Korean Federation of Culture Collectionを意味し、略号ATCCは、The American Type Strain Culture Collectionを表し、略号FERM BPは、The collection of the National Institute of Bioscience and Human-Technology, Agency of Industrial Science and Technology, Japanを表す。
【0034】
2.2 発酵手順
本発明に従って後処理される発酵ブロスは、たとえば、組換えコリネ型細菌の培養に由来する。この組換えコリネ型細菌は、リシン生合成を促進しかつ少なくとも1つのリシン生合成遺伝子に影響を及ぼすデレギュレート介入を介して、リシンとくにL-リシンもしくはリシン含有混合物の産生を増大させ、かつ/またはリシンデカルボキシラーゼ活性を有する酵素の追加的過剰発現ならびにDAPおよび/もしくはアセチル-DAPの蓄積を行う。したがって、後者は、DAPを直接産生することが可能である。
【0035】
リシン生合成に関与する遺伝子およびリシン生合成を促進する関連デレギュレート介入を以下の表1にまとめる。
【表1】

【0036】
デレギュレートされたリシンデカルボキシラーゼ遺伝子と、たとえばリシン生合成に関与する少なくとも1つのさらなるデレギュレートされた遺伝子と、を有する組換え微生物を用いるDAP産生プロセスは、本明細書で明示的に参照される国際公開第2007/113127号パンフレットに開示されている。
【0037】
「デレギュレーション」は、自明のことながら、最広義に解釈されるべきであり、多種多様な方法による、たとえば、微生物内の酵素分子のコピー数の増大もしくは低減によるまたはリシン生合成を低減する他の性質の改変による、酵素活性の増大または低減または消去を包含する。
【0038】
酵素リシンデカルボキシラーゼ(E.C. 4.1.1.18.)は、L-リシンからDAPへの脱カルボキシル化を触媒する。該酵素の例は、cadA遺伝子産物(Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes, Entry b4131)またはldcC遺伝子産物(Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes, Entry JW0181)である。カダベリン産生用の組換え微生物を作製するためのその使用は、当業者に公知である(たとえば、欧州特許出願公開第1482055号明細書を参照されたい)。
【0039】
当業者であれば、単独または組合せのいずれかでさまざまな手段を講じることにより過剰発現/デレギュレーションを達成することが可能である。たとえば、対応する遺伝子のコピー数を増大させたりまたはプロモーター領域および調節領域もしくは構造遺伝子の上流に位置するリボソーム結合部位を突然変異させたりすることが可能である。構造遺伝子の上流に組み込まれる発現カセットも、同様に作用する。それに加えて、誘導プロモーターにより発酵L-リシン産生の過程で発現を増大させることも可能である。mRNAの寿命を延長する手段も、同様に発現を改善する。さらに、酵素タンパク質の分解を防止することも、同様には酵素活性を増強する。遺伝子または遺伝子構築物は、さまざまなコピー数を有する1つ以上のプラスミド中に存在させるかまたは染色体中に組み込んで増幅させるかのいずれかが可能である。他の選択肢として、さらに、培地の組成および培養の手順に変更を加えることにより対象の遺伝子を過剰発現させることが可能である。
【0040】
当業者は、これに関連する教示を、とくに、Martin et al. (Biotechnology 5, 137-146 (1987))、Guerrero et al. (Gene 138, 35-41 (1994))、Tsuchiya and Morinaga (Bio/Technology 6, 428-430 (1988))、Eikmanns et al. (Gene 102, 93-98 (1991))、欧州特許第0472869号明細書、米国特許第4,601,893号明細書、Schwarzer and Puhler (Biotechnology 9, 84-87 (1991)、Remscheid et al. (Applied and Environmental Microbiology 60,126-132 (1994)、LaBarre et al. (Journal of Bacteriology 175, 1001-1007 (1993))、国際特許出願公開第96/15246号パンフレット、Malumbres et al. (Gene 134, 15-24 (1993))、特開平10-229891号公報、Jensen and Hammer (Biotechnology and Bioengineering 58,.191-195 (1998))、Makrides (Microbiological Reviews 60 : 512-538 (1996)、ならびに遺伝学および分子生物学の公知の教科書に見いだすであろう。
【0041】
好適なプロデューサー株は、所望の酵素活性をコードする核酸配列を調節核酸配列の遺伝子制御下に含む発現構築物または発現ベクターを用いて作製される。そのような構築物は、好ましくは、特定のコード配列の5'上流のプロモーターと、3'下流のターミネーター配列と、適切であれば、さらなる慣用的調節エレメントと、をいずれの場合もコード配列に機能的に連結された形で含む。「機能的連結」とは、該調節エレメントのそれぞれがコード配列の発現に必要とされるその機能を発揮しうるように、プロモーター、コード配列、ターミネーター、および適切であればさらなる慣用的調節エレメントを逐次的に配置することを意味する。機能的に連結可能な配列の例は、活性化配列さらにはエンハンサーなどである。さらなる調節エレメントとしては、選択性マーカー、増幅シグナル、複製起点などが挙げられる。好適な調節配列については、たとえば、Goeddel, Gene Expression Technology: Methods in Enzymology 185, Academic Press, San Diego, CA (1990)に記載されている。
【0042】
実際の構造遺伝子の上流には、人工調節配列に加えて、天然調節配列が依然として存在していてもよい。遺伝子改変により、適切であれば、この天然調節を停止させることが可能であり、かつ遺伝子の発現を増大または低減させることが可能である。しかしながら、遺伝子構築物はまた、より単純な構造を有していてもよい。すなわち、構造遺伝子の上流に追加の調節シグナルは挿入されず、かつその調節を行う天然プロモーターは欠失されない。その代わりに、天然調節配列は、調節がもはや起こらずかつ遺伝子発現が増強または低減されるように突然変異される。核酸配列は、遺伝子構築物中に1つ以上のコピーとして存在していてもよい。
【0043】
使用可能なプロモーターの例は、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)プロモーターddh、amy、lysC、dapA、lysA、さらには、Bacillus Subtilis and Its Closest Relatives, Sonenshein, Abraham L.,Hoch, James A., Losick, Richard; ASM Press, District of Columbia, Washington および Patek M. Eikmanns BJ. Patek J. Sahm H. Microbiology. 142 1297-309, 1996に記載されるようなグラム陽性プロモーターSPO2、さもなければ、グラム陰性細菌で有利に使用されるcos、tac、trp、tet、trp-tet、lpp、lac、lpp-lac、lacIq、T7、T5、T3、gal、trc、ara、SP6、λ-PR、またはλ-PLプロモーターである。同様に好ましいのは、誘導性プロモーター、たとえば、光誘導性プロモーターおよびとくに温度誘導性プロモーターなど、たとえばPrPlプロモーターを使用することである。原理的には、調節配列を有するすべての天然プロモーターを使用することが可能である。それに加えて、多重プロモーターのような合成プロモーターを有利に使用することも可能である(たとえば、国際公開第2006/069711号パンフレットを参照されたい)。
【0044】
該調節配列は、核酸配列の特異的発現を可能にすることが意図される。このことは、たとえば、宿主生物に依存して、誘導後にのみ遺伝子が発現もしくは過剰発現されることまたはただちに発現および/もしくは過剰発現されることを意味しうる。
【0045】
調節配列または調節因子はさらに、好ましくは、明確に影響を及ぼして、発現を増大または低減させうる。たとえば、プロモーターおよび/またはエンハンサーのような強力な転写シグナルを用いることにより、調節エレメントの増強を転写レベルで有利に引き起こすことが可能である。しかしながら、たとえば、mRNAの安定性を改善することにより、翻訳を増強することも可能である。
【0046】
発現カセットは、好適なプロモーター、好適なShine-Dalgarno配列を、リシン生合成ヌクレオチド配列および好適なターミネーターシグナルに融合することにより、調製される。たとえば、Current Protocols in Molecular Biology, 1993, John Wiley & Sons, Incorporated, New York New York、PCR Methods, Gelfand, David H., Innis, Michael A., Sninsky, John J. 1999, Academic Press, Incorporated, California, San Diego、PCR Cloning Protocols, Methods in Molecular Biology Ser., Vol. 192, 2nd ed., Humana Press, New Jersey、Totowa. T. Maniatis, E.F. Fritsch and J. Sambrook, Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY (1989)、および T.J. Silhavy, M.L. Berman and L.W. Enquist, Experiments with Gene Fusions, Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY (1984)、ならびに Ausubel, F.M. et al., Current Protocols in Molecular Biology, Greene Publishing Assoc. and Wiley Interscience (1987)に記載されるような組換えおよびクローニングの従来技術がこの目的で使用される。
【0047】
好適な宿主生物内で発現させるために、組換え核酸構築物または遺伝子構築物は、宿主内での遺伝子の最適発現を可能にする宿主特異的ベクター中に有利に挿入される。ベクターは、当業者に周知であり、たとえば、"Cloning Vectors" (Pouwels P. H. et al., Eds., Elsevier, Amsterdam-New York-Oxford, 1985)に見いだされうる。ベクターは、プラスミドだけでなく、当業者に公知のすべての他のベクター、たとえば、ファージ、トランスポゾン、ISエレメント、ファスミド、コスミド、および線状もしくは環状のDNAなどをも意味する。これらのベクターは、宿主生物内での自律複製または染色体複製を行いうる。
【0048】
好適なプラスミドは、コリネ型細菌内で複製されるものである。多数の公知のプラスミドベクター、たとえば、pZ1(Menkel et al., Applied and Environmental Microbiology (1989) 64: 549-554)、pEKEx1(Eikmanns et al., Gene 102: 93-98 (1991))、またはpHS2-1(Sonnen et al., Gene 107: 69-74 (1991))などは、潜在プラスミドpHM1519、pBL1、またはpGA1に基づく。他のプラスミドベクター、たとえば、pCLiK5MCSのようなプラスミドベクターまたはpCG4(米国特許第4,489,160号明細書)もしくはpNG2(Serwold-Davis et al., FEMS Microbiology Letters 66, 119-124 (1990))もしくはpAG1(米国特許第5,158,891号明細書)に基づくプラスミドベクターも、同様に使用可能である。
【0049】
さらに、好適なプラスミドベクターはまた、たとえば、hom-thrBオペロンの複製および増幅に関連してRemscheidら(Applied and Environmental Microbiology 60,126-132 (1994))により報告されているように、染色体中への組込みによる遺伝子増幅の過程を適用できるように支援するものである。この方法は、C.グルタミカム(C. glutamicum)以外の宿主(典型的には大腸菌(E. coli))内で複製可能なプラスミドベクター中への完全遺伝子のクローニングを含む。好適なベクターの例は、pSUP301(Sirnon et al., Bio/ Technology 1,784-791 (1983))、pK18mobおよびpK19mob(Schaefer et al., Gene 145,69-73 (1994)), Bernard et al., Journal of Molecular Biology, 234: 534-541 (1993))、pEM1(Schrumpf et al., 1991, Journal of Bacteriology 173: 4510-4516)、ならびにpBGS8(Spratt et al.,1986, Gene 41: 337-342)である。増幅される遺伝子を含むプラスミドベクターは、次に、トランスフォーメーションを介して所望のC.グルタミカム(C. glutamicum)株中に移入される。トランスフォーメーションの方法については、たとえば、Thierbach et al. (Applied Microbiology and Biotechnology 29, 356-362 (1988))、Dunican and Shivnan (Biotechnology 7, 1067-1070 (1989))、およびTauch et al. (FEMS Microbiological Letters 123,343-347 (1994))に記載されている。
【0050】
酵素反応の速度が部分的にまたは完全に低減されるように、対応する遺伝子の突然変異により酵素の活性に影響を及ぼすことが可能である。そのような突然変異の例は、当業者に公知である(Motoyama H. Yano H. Terasaki Y. Anazawa H. Applied & Environmental Microbiology. 67:3064-70, 2001、Eikmanns BJ. Eggeling L. Sahm H. Antonie van Leeuwenhoek. 64:145-63, 1993-94.)。この手段は、たとえば、本発明に係るリシン生合成と競合する反応を消去または減速するための使用可能である(Nakayama: "Breeding of Amino Acid Producing Microorganisms", in: Overproduction of Microbial Products, Krumphanzl, Sikyta, Vanek (編), Academic Press, London, UK, 1982)。
【0051】
それに加えて、L-リシンの産生のために、リシン生合成遺伝子の発現および増強のほかに、上流の生合成経路、たとえば、ペントースリン酸代謝、クエン酸回路、またはアミノ酸輸出の1つ以上の酵素を増強することが有利なこともある。
【0052】
本発明に従って使用される微生物は、連続式で、またはバッチプロセスもしくはフェドバッチプロセスもしくは反復フェドバッチプロセスにおいてバッチ式で、L-リシンの産生のために培養可能である。公知の培養方法の概要は、Chmielの教科書(Bioprozestechnik 1. Einfuhrung in die Bioverfahrenstechnik [Bioprocess technology 1. Introduction to bioprocess technology] (Gustav Fischer Verlag, Stuttgart, 1991))またはStorhasの教科書(Bioreaktoren und periphere Einrichtungen [Bioreactors and peripheral equipment] (Vieweg Verlag, Braunschweig/Wiesbaden, 1994))に見出しうる。
【0053】
使用される培養培地は、それぞれの株の要件を好適な形で満たさなければならない。種々の微生物用の培養培地についての説明は、"Manual of Methods for General Bacteriology" of the American Society for Bacteriology (Washington D. C., USA, 1981)に見出しうる。
【0054】
本発明に従って利用可能なこれらの培地は、通常、1つの炭素源、窒素源、無機塩、ビタミン、および/または微量元素を含む。
【0055】
好ましい炭素源は、モノサッカリド、ジサッカリド、またはポリサッカリドのような糖である。非常に良好な炭素源の例は、グルコース、フルクトース、マンノース、ガラクトース、リボース、ソルボース、リブロース、ラクトース、マルトース、スクロース、ラフィノース、デンプン、またはセルロースである。糖はまた、糖蜜や他の精糖副産物のような複合化合物を介して培地に添加することも可能である。種々の炭素源の混合物を添加することが有利なこともある。他の利用可能な炭素源は、油および脂肪、たとえば、ダイズ油、ヒマワリ油、ラッカセイ油、およびヤシ脂肪など、脂肪酸、たとえば、パルミチン酸、ステアリン酸、またはリノール酸など、アルコール、たとえば、グリセロール、メタノール、またはエタノールなど、ならびに有機酸、たとえば、酢酸または乳酸などである。
【0056】
窒素源は、通常、有機もしくは無機の窒素化合物またはこれらの化合物を含む物質である。窒素源の例としては、液状もしくはガス状のアンモニアまたはアンモニウム塩、たとえば、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、カルバミン酸アンモニウム、もしくは硝酸アンモニウム、硝酸塩、尿素、アミノ酸、あるいは複合窒素源、たとえば、コーンスティープリカー、ダイズミール、ダイズタンパク質、酵母抽出物、肉抽出物などが挙げられる。窒素源は、単独でまたは混合物として使用可能である。
【0057】
培地中に存在しうる無機塩化合物としては、カルシウム、マグネシウム、ナトリウム、コバルト、モリブデン、カリウム、マンガン、亜鉛、銅、および鉄の、塩化物、リン酸塩、炭酸塩、または硫酸塩、さらにはホウ酸が挙げられる。
【0058】
硫黄源として、無機硫黄含有化合物、たとえば、硫酸塩、亜硫酸塩、亜ジチオン酸塩、テトラチオン酸塩、チオ硫酸塩、硫化物など、さもなければ有機硫黄化合物、たとえば、メルカプタンおよびチオールを使用することが可能である。
【0059】
リン源として、リン酸、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、または対応するナトリウム塩を使用することが可能である。
【0060】
金属イオンを溶解状態で保持するために、キレート化剤を培地に添加することが可能である。とくに好適なキレート化剤としては、カテコールやプロトカテクエートのようなジヒドロキシフェノールまたはクエン酸のような有機酸が挙げられる。
【0061】
本発明に従って利用される培養培地はまた、通常、ビタミンや増殖促進剤のような他の増殖因子を含み、増殖因子としては、たとえば、ビオチン、リボフラビン、チアミン、葉酸、ニコチン酸、パントテネート、およびピリドキシンが挙げられる。増殖因子および塩は、多くの場合、酵母抽出物、糖蜜、コーンスティープリカーなどのような複合培地成分に由来する。さらに、好適な前駆体を培養培地に添加することが可能である。培地配合物の厳密な組成は、具体的な実験に大きく依存し、それぞれの特定の場合に合わせて個別に選択される。培地の最適化に関する情報は、"Applied Microbiol. Physiology, A Practical Approach" (編集者P.M. Rhodes, P.F. Stanbury, IRL Press (1997) pp. 53-73, ISBN 0 19 963577 3)の教科書から取得可能である。増殖培地はまた、供給業者から購入することも可能であり、たとえば、Standard 1(Merck社)またはBHI(Brain heart infusion, DIFCO社)などである。
【0062】
すべての培地成分は、熱(たとえば、1barの過剰圧力(合計で2bar)および121℃で20分間)によりまたは滅菌濾過により滅菌される。成分は、一緒にまたは必要であれば別々に滅菌可能である。すべての培地成分は、培養の開始時に存在してもよく、または場合により連続式もしくはバッチ式で添加可能である。
【0063】
培養の温度は、通常は15℃〜45℃、好ましくは25℃〜40℃であり、実験中、一定に保持するかまたは変化させることが可能である。培地のpHは、5〜8.5の範囲内、好ましくは約7とすべきである。発酵用のpHは、発酵中、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、重炭酸ナトリウム、アンモニア、もしくは水性アンモニアのような塩基性化合物、またはリン酸、塩酸、もしくは硫酸のような酸性化合物を添加することにより制御可能である。起泡は、たとえば、脂肪酸ポリグリコールエステル、ポリアルキレングリコール、シリコーンなどのような消泡剤を利用することにより制御可能である(たとえば、Biotechnol. Progr. 2007, 23, 767-784を参照されたい)。プラスミドの安定性は、選択的作用を有する好適な物質たとえば抗生物質を培地に添加することにより保持可能である。好気的条件は、酸素または酸素含有ガス混合物たとえば周囲空気を培養物中に導入することにより保持される。培養物の温度は、通常、20℃〜45℃である。培養は、所望の産物の生成が最大になるまで継続される。この目標は、通常、10時間〜160時間以内で達成される。
【0064】
このようにして得られた発酵ブロス(とくにL-リシンまたはDAPを含む)は、通常、3〜20重量%の乾物含有率を有する。
【0065】
そのほかに、少なくとも最後に、ただし特定的には発酵時間の少なくとも30%にわたり、糖制限発酵が有利である。このことは、この時間にわたり発酵培地中の利用可能な糖の濃度が≧0〜3g/Lに保持されるかまたは≧0〜3g/Lに低減されることを意味する。
【0066】
次に、発酵ブロスをさらに処理する。要件に応じて、たとえば、遠心分離、濾過、デカンテーション、フロキュレーションなどのような分離方法もしくはこれらの方法の組合せにより、バイオマスの全部もしくは一部を発酵ブロスから取り出すことが可能であり、または全部を発酵ブロス中に残存させることが可能である。好ましくは、バイオマスを取り出す。
【0067】
2.3 DAP含有発酵ブロスの後処理
次に、公知の方法により、たとえば、回転式蒸発器、薄膜式蒸発器、流下膜式蒸発器を用いて、逆浸透により、またはナノ濾過により、発酵ブロスを濃厚化または濃縮することが可能である。必要であれば、濃縮手順に基づいて沈澱させたものでありうる塩を、たとえば濾過または遠心分離により取り出すことが可能である。次に、この濃縮された発酵ブロスを本発明に係る方式で後処理してDAPを得ることが可能である。本発明に係る後処理のために、そのような濃縮手順が利用可能であるが、絶対に必要であるというわけではない。
【0068】
本発明によれば、DAPは、有機抽出剤を用いて発酵ブロスから抽出される。より特定的には、水との混和性ギャップを有する有機溶媒(可能なかぎり極性でありかつアルカリ性pHで安定である)、たとえば、とくに極性双極性プロトン性有機溶媒が使用される。好適な溶媒は、特定的には、3〜8個の炭素原子を有する環状もしくは開鎖状の場合により分岐状のアルカノール、特定的には、n-およびiso-プロパノール、n-、sec-、およびiso-ブタノール、またはシクロヘキサノール、さらにはn-ペンタノール、n-ヘキサノール、n-ヘプタノール、n-オクタノール、2-オクタノール、およびそれらの単分岐状もしくは多分岐状の立体異性形である。ここでとくに挙げるべきは、n-ブタノールである。
【0069】
好ましい実施形態では、抽出および/または後続の相分離は、水の沸点および抽出剤の沸点または生成する可能性のある共沸混合物の沸点により限定される高温でバッチ式で行われる。抽出剤n-ブタノールを用いて、抽出および相分離は、たとえば約25〜90℃でまたは好ましくは40〜70℃で実施可能である。抽出のために、2つの相は、分配平衡が確立されるまで、たとえば、10秒間〜2時間、好ましくは5〜15分間にわたり撹拌される。次に、完全に分離するまで相を静置する。これは、好ましくは10秒間〜5時間、たとえば15〜120分間または30〜90分間、また特定的には約25〜90℃またはn-ブタノールの場合には40〜70℃の範囲内の温度で行われる。
【0070】
さらなる好ましい実施形態では、DAPは、多段プロセスで(たとえばミキサー-セトラーの組合せで)連続的にまたは抽出塔で連続的に発酵ブロスから抽出される。
【0071】
当業者の作業により、いずれの場合も最適化手順の一部として相を分離するために本発明に従って利用可能な抽出塔の構成を確立することが可能である。好適な抽出塔は、原理的には、パワー入力を行わないものまたはパワー入力を行うもの、たとえば、脈動塔または回転内部構造物を有する塔である。また、当業者であれば、相分離を最適化するようにシーブトレーやカラムトレーのような内部構造物のタイプおよび材料を好適な形で定型作業の一環として選択することが可能である。小分子の液液抽出の基礎理論は、周知である(たとえば、H.-J. Rehm and G. Reed, 編, (1993), Biotechology, Volume 3 Bioprocessing, Chapter 21, VCH, Weinheimを参照されたい)。工業的に利用可能な抽出塔の構成は、たとえば、Loら, 編, (1983) Handbook of Solvent Extraction, JohnWiley& Sons, New Yorkに記載されている。以上の教科書の開示を明示的に参照する。
【0072】
相分離の後、DAPは、それ自体公知の方式でDAP含有抽出相から単離および精製される。DAPの回収に利用可能な手段は、特定的には、蒸留、好適な有機酸もしくは無機酸との塩としての沈殿、またはそのような好適な手段の組合せであるが、それらに限定されるものではない。
【0073】
蒸留は、連続式またはバッチ式で実施可能である。単一の蒸留塔または互いに結合された複数の蒸留塔を使用することが可能である。蒸留塔装置の構成および動作パラメーターの確立は、当業者の責務である。それぞれの場合に使用される蒸留塔は、それ自体公知の方式で設計可能である(たとえば、Sattler, Thermische Trennverfahren [Thermal separation methods], 第2版 1995, Weinheim, p. 135ff、Perry's Chemical Engineers Handbook, 第7版1997, New York, 13章を参照されたい)。たとえば、使用される蒸留塔は、分離に有効な内部構造物、たとえば、分離トレー、たとえば、有孔トレー、バブルキャップトレー、もしくはバルブトレー、配置される充填材、たとえば、板金充填材もしくは繊維充填材、またはランダム充填材床を含みうる。使用される塔(複数可)に必要とされる段数および還流比は、純度要件および分離される液体の相対的沸点位置に本質的に支配されるが、当業者であれば、公知の方法により特定の設計および操作データを確認することが可能である。
【0074】
塩としての沈殿は、好適な有機酸または無機酸、たとえば、硫酸、塩酸、リン酸、酢酸、ギ酸、炭酸、シュウ酸などを添加することにより達成可能である。他の好ましい実施形態では、有機ジカルボン酸を用いて、ポリアミドを与える後続の重縮合に直接使用可能な塩またはたとえば再結晶による精製後に使用可能な塩を形成する。より特定的には、そのようなジカルボン酸は、C4〜C12-ジカルボン酸である。
【0075】
抽出手順で生成された有機DAP相はまた、クロマトグラフィーにより後処理することも可能である。クロマトグラフィーのために、DAP相は、好適な樹脂、たとえば、強酸性もしくは弱酸性のイオン交換体(たとえば、Lewatit 1468 S、Dowex Marathon C、Amberlyst 119 Wetなど)に適用され、所望の産物または汚染物質は、クロマトグラフィー樹脂上に部分的にまたは完全に保持される。こうしたクロマトグラフィー工程は、必要であれば、同一もしくは他のクロマトグラフィー樹脂を用いて反復可能である。適切なクロマトグラフィー樹脂およびその最も有効な適用法を選択することは、当業者の熟知するところである。精製された産物を濾過または限外濾過により濃縮して適切な温度で貯蔵することが可能である。
【0076】
単離された化合物(複数可)の正体および純度は、従来技術により決定可能である。こうした技術としては、高性能液体クロマトグラフィー(HPLC)、ガスクロマトグラフィー(GC)、分光法、染色法、薄層クロマトグラフィー、NIRS、酵素アッセイ、または微生物学的アッセイが挙げられる。これらの分析法は、Patek et al. (1994) Appl. Environ. Microbiol. 60:133-140、Malakhova et al. (1996) Biotekhnologiya 11 27-32、およびSchmidt et al. (1998) Bioprocess Engineer. 19:67-70、Ullmann's Encyclopedia of Industrial Chemistry (1996) Vol. A27, VCH: Weinheim, pp. 89-90, pp. 521-540, pp. 540-547, pp. 559-566, 575-581、および pp. 581-587、Michal, G (1999) Biochemical Pathways: An Atlas of Biochemistry and Molecular Biology, John Wiley and Sons、Fallon, A. et al. (1987) Applications of HPLC in Biochemistry in: Laboratory Techniques in Biochemistry and Molecular Biology, Vol. 17にまとめられている。
【0077】
次に、以下の実施例に基づいてかつ添付の図面を参照しながら本発明をさらに詳細に説明するが、これらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0078】
発酵例1:
それ自体公知のDAP産生株のストック培養物(本明細書で明示的に参照される国際公開第2007/113127号パンフレットの14頁の実施例2を参照されたい)(-80℃で貯蔵)から細胞のアリコートを取得し、ペトリ皿中の固体培地(特定の培地組成(表2参照))上に画線し(培養物1)、次に、30℃で72時間インキュベートした。このようにして得られた細胞を濃度0.9%のNaCl溶液中に入れ、ペトリ皿中の固体培地上に再び画線し(培養物2)、次に、30℃でさらに24時間インキュベートした。次に、接種ループを用いてペトリ皿(培養物2)から細胞を採取して、2つのバッフルを有する2Lシェーカーフラスコ中の200ml(プレート培地およびバッチ培地に類似した組成)に接種し、そしてオービタルシェーカーを用いて250rpmおよび30℃で24時間インキュベートした。
【0079】
シェーカーフラスコの内容物は、50Lの充填容積を有する75L発酵槽に接種するための前培養物としての役割を果たした。ガス状アンモニアを用いてpHをpH6.8に調整した。ガス供給速度は、約0.33vvmであった。
【0080】
700Lの充填容積を有する5m3タンク内で本培養をバッチ式で行った。この目的のために、さらに24時間後、培養物を75L発酵槽から5m3タンクに移した。アンモニアを用いてpHをpH6.8に調整した。ガス供給速度および撹拌機回転数を適合化させることにより、溶存酸素を20〜30%(空気の飽和)の範囲内に調整した。
【0081】
約24時間後、バッチ培地のグルコース濃度は、1g/L未満に減少した。また、供給物の計量導入を開始した。約80時間後、約3200Lの最終発酵体積に達した。発酵での最終濃度は、次のとおりであった。OD610: 140、1,5-ジアミノペンタン: 72g/L、リシン・HCl: 15g/L、アセチル-ジアミノペンタン: 10g/L。
【0082】
細胞は、中実壁遠心分離機を用いて除去され、かつ混濁液として3.3倍に濃縮され、透明液の濁度は、OD610で約5であった。濃度50%のNaOHを用いて透明液をpH13.5に調整した。
【表2】

【0083】
0.2μmフィルターを用いて濾過により滅菌されたビタミンを除いて、すべての培地成分を121℃で30分間滅菌した。
【0084】
例示的実施形態1: リシンおよびDAPを産生する微生物の発酵ブロスからのDAPの回収
a) 熱処理および抽出手順(単一バッチ)
NaOHでpH13.5に調整された750kg(670L)の無細胞発酵ブロスを1m3ステンレス鋼タンクに充填した。反応器内容物を還流温度(約103℃)に加熱して5時間還流した。プロセスで生成されたアンモニア含有排ガスをガス洗浄器(洗浄液としての水を使用)に通して捕集した。60℃に冷却した後、140kgのn-ブタノールを供給導入し、続いて60℃で15分間攪拌し、そして混合物を2時間静置した。相分離後、下側水性相を1m3容器内に排出した。有機相を他の容器内に捕集した。いずれの場合も35Lの脱イオン水を添加した後、いずれの場合も140kgのn-ブタノールを用いて水性相を60℃でさらに2回抽出した。
【0085】
合計で590kgの有機抽出相を取得した。これは、44.2kgのDAP(約7.5%の含有率)を含んでいた。
【0086】
b) 蒸留手順:
塔(理論段数4段)に取り付けられた1m3ステンレス鋼タンクに抽出(サブ工程a)からの合わせた有機相の900kgの初期仕込みを行った。水/n-BuOHを留去しながら、さらなる1400kgの抽出溶液を一定体積で供給導入した。次に、圧力を200mbarに低下させ、360kgの底部生成物が残留した状態になるまで混合物を蒸留した。
【0087】
この底部生成物を、理論段数8段を有する塔に取り付けられた400Lの容積を有する他のステンレス鋼タンク内で40mbarでさらに蒸留した。BuOH前留分および混合画分の後、99.6重量%の平均純度を有する合計155.4kgのDAPを留出させた。二次成分のテトラヒドロピリジンは、いずれの1つの画分でも0.4%以下(GC面積)で見いだされた。
【0088】
試験実施例1: 抽出時の物質移動速度の調査
種々の時間点で底部バルブを介して二相サンプルを取り出して脱混合後ただちに相を分離することにより、本発明に従って調製された有機DAP抽出物の分配平衡の確立について60℃で強力に攪拌しながら2.5L反応器内で調べた。所要のサンプル静置時間に起因するある程度の不正確さにも関わらず、分配は、非常に迅速に起こると結論付けることが可能である。すなわち、15秒後に、サンプルは、5分後に見いだされたDAPの98.5%を有していた。したがって、15分間の追加の撹拌を行えば十分であるとみなすことが可能である。
【0089】
試験実施例2: 相分離速度の調査
三段ビームアジテーターと4つのバッフルとを有する2.5L二重壁ジャケット反応器内で相分離速度を調べた。
【0090】
熱処理を行ったときと行わなかったときの混合物の実験結果(いずれの場合も4回の逐次抽出)を表3および4にまとめる。
【表3】

【表4】

【0091】
試験実施例3: 沸騰濃縮およびアセチル-DAP切断
プロデューサー生物は、形成されたDAPの一部分を2つのアミノ基のいずれかにおいて追加的にアセチル化することが観測された。
【0092】
アセチル-ジアミノペンタンは、13超のアルカリ性pHに設定された発酵ブロスを還流することにより、ジアミノペンタンの遊離を伴って加水分解可能であることが示された(図2参照)。これにより収率を増大させることが可能である。これとは対照的に、酸性条件下(pH1、H2SO4使用)での加水分解は、非常に遅い。
【0093】
還流中、約95℃でさえも還流が開始され、その後、約103〜105℃の還流温度が底部で確立されることが示された。アンモニアの放出は、とくに昇温手順の際の加水分解で観測される。(図3参照)。
【0094】
少なくとも13.5のpHは、沸騰濃縮で好結果を得る上で特に有利である。
【0095】
試験実施例4: 熱処理の継続時間の関数としての相分離速度
いずれの場合も、本発明に従って調製されたpH13.0の発酵ブロス300mlを、インペラー撹拌機付き0.75L二重壁ジャケット反応器内で、60℃で3回、熱処理後に、いずれの場合も100mlのn-BuOH(水飽和)と共に350rpmで攪拌した後、抽出した。結果を表5にまとめる。
【表5】

【0096】
試験実施例5: 分配係数のpH依存性
いずれの場合も、本発明に従って調製された2kgの発酵ブロスにDAPを添加してDAP含有率を10%に増加させ、NaOHを添加することによりpHを11.0、12.0、または13.5に調整した。いずれの場合も、60℃で150gの水飽和n-BuOHで5回抽出することにより、分配係数を決定した。分析により決定された水性相および有機相のDAP含有率ならびに分配係数を表6に列挙する。
【表6】

【0097】
試験実施例6: AcDAP切断速度のpH依存性
0.75L二重壁ジャケット反応器内で、いずれの場合も、高AcDAP含有率を有する本発明に従って調製された500gの発酵ブロスを濃度50%のNaOHの添加により所望のpHに調整し、そして還流温度に加熱した。0.5、1、2、および4時間後、サンプルを採取して定量的HPLCにより測定した。結果を表7にまとめる。
【表7】

【0098】
試験実施例7: 塩析沈殿
本発明に従って調製された約4.1重量%のDAP含有率を有する130gの抽出相に、70gの水飽和ブタノール中の7.2gのアジピン酸の溶液を25〜30℃で滴下した。反応混合物を3℃に冷却し、固形分を濾別し、そして窒素ストリーム中で一晩乾燥させた。これにより12.7gの白色固体を得た。この固体は、13C-NMRによりアジピン酸とDAPとの1:1混合物であると特徴付けられた。
【0099】
本明細書中で引用された全ての従来技術の開示について参照する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)発酵ブロスをアルカリ化し、b)発酵ブロスを熱処理し、c)DAPを有機抽出剤で抽出し、そしてd)取り出された有機相からDAPを単離する、DAP含有発酵ブロスからの1,5-ジアミノペンタン(DAP)の単離プロセス。
【請求項2】
前記発酵ブロスをpH>11に調整する、請求項1に記載のプロセス。
【請求項3】
前記pHを、アルカリ金属水酸化物またはアルカリ土類金属水酸化物を添加することにより調整する、請求項2に記載のプロセス。
【請求項4】
前記アルカリ化された発酵ブロスを、還流温度に加熱することにより熱処理する、請求項1〜3のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項5】
熱処理を、場合により存在してもよいアセチル-DAPの加水分解切断を引き起こす条件下で行う、請求項1〜4のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項6】
DAPを双極性プロトン性有機溶媒で抽出する、請求項1〜5のいずれかに記載のプロセス。
【請求項7】
前記抽出剤がアルカノールまたはシクロアルカノールである、請求項6に記載のプロセス。
【請求項8】
前記抽出および/または後続の相分離を高温で行う、請求項6および7のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項9】
細胞成分をアルカリ化前に前記発酵ブロスから除去する、請求項1〜8のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項10】
前記抽出工程のDAP含有相を蒸留により精製するか、またはDAPをそれから沈澱させる、請求項1〜9のいずれかに記載のプロセス。
【請求項11】
前記発酵ブロスが、複合培地成分を含む培養培地中での微生物の発酵に由来する、請求項1〜10のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項12】
リシン産生条件下で、かつ適切であればDAP産生条件下で、リシン産生微生物を培養し、形成されたDAPを、請求項1〜11のいずれかに記載のプロセスを適用することにより単離する、DAPの発酵産生プロセス。
【請求項13】
前記発酵を、複合培地成分を含む培養培地中で行う、請求項12に記載のプロセス。
【請求項14】
前記リシン産生微生物がリシンデカルボキシラーゼ活性を含む、請求項12および13のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項15】
前記リシン産生微生物が異種リシンデカルボキシラーゼを含む、請求項14に記載のプロセス。
【請求項16】
前記リシン産生微生物が異種リシンデカルボキシラーゼ遺伝子を含む、請求項14および15のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項17】
リシンを脱カルボキシル化してDAPを得るために、前記リシン含有発酵ブロスを、場合により固定されてもよいリシンデカルボキシラーゼと接触させる、請求項12または13に記載のプロセス。
【請求項18】
最初に、請求項1〜17のいずれか1項に記載のプロセスによりDAPモノマーの発酵産生および単離を行い、次に、少なくとも1つのさらなるコモノマーと一緒に重合を行う、DAP含有ポリマーの調製プロセス。
【請求項19】
前記コモノマーが、ポリイソシアネートおよびポリカルボン酸、ならびにそれらの塩、エステル、およびアンヒドリドの中から選択される、請求項18に記載のプロセス。
【請求項20】
前記単離されたDAPに少なくとも1つのコモノマーを添加するか、またはDAPとDAP沈殿からの少なくとも1つのコモノマーとの混合物を利用する、請求項18または19に記載のプロセス。
【請求項21】
前記DAP/コモノマー混合物が請求項10に記載の塩析沈殿により生成される、請求項20に記載のプロセス。
【請求項22】
前記コモノマーがポリカルボン酸である、請求項21に記載のプロセス。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2011−509679(P2011−509679A)
【公表日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−543506(P2010−543506)
【出願日】平成21年1月23日(2009.1.23)
【国際出願番号】PCT/EP2009/050778
【国際公開番号】WO2009/092793
【国際公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【出願人】(508020155)ビーエーエスエフ ソシエタス・ヨーロピア (2,842)
【氏名又は名称原語表記】BASF SE
【住所又は居所原語表記】D−67056 Ludwigshafen, Germany
【Fターム(参考)】