説明

3−アリールグルタル酸無水物の製造方法

【課題】 3−アリールグルタル酸無水物を短い反応工程で製造する方法を提供する。
【解決手段】 アリールアルデヒドとケテンをルイス酸触媒下反応させることより、3−アリール無水グルタル酸を製造する。触媒として例えばルイス酸を用いることができ、例えば4−フェニル−ジヒドロ−2H−ピラン−2,6(3H)−ジオン、4−(4−メトキシフェニル)−ジヒドロ−2H−ピラン−2,6(3H)−ジオン、4−(3,4−ジフルオロフェニル)−ジヒドロ−2H−ピラン−2,6(3H)−ジオン、4−(4−クロロフェニル)−ジヒドロ−2H−ピラン−2,6(3H)−ジオン、または4−(4−ブロモフェニル)−ジヒドロ−2H−ピラン−2,6(3H)−ジオンが製造できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、3−アリールグルタル酸無水物を製造する方法に関する。3−アリールグルタル酸誘導体は医薬品などの合成中間体として有用である。また、3−アリールグルタル酸無水物は光学活性な化合物の合成中間体として有用である。
【背景技術】
【0002】
従来より、3−アリールグルタル酸無水物を製造する方法として、(1)桂皮酸エステルへのマロン酸エステルのマイケル付加反応、生成するトリエステルの加水分解、脱炭酸反応を行った後、生成する3−アリールグルタル酸の脱水反応により合成する方法(例えば、非特許文献1、2参照)、(2)多種の方法で合成した3−アリールグルタル酸を無水酢酸、アセチルクロライド、DCCなどの脱水反応により合成する方法が報告されている。
【0003】
一方、アリールアルデヒドとケテンとの反応に関しては、酸または塩基触媒下でケテンがケトン、アルデヒドに付加して4−アルキルまたはアリール−2−オキセタノン(β−ラクトン)を与えることは知られている(例えば、非特許文献3、4参照)。
【0004】
しかしながら、一般に芳香族のケトン、アリールアルデヒド(芳香族アルデヒド;化合物1)とケテンの反応により4−アリール−2−オキセタノン(β−ラクトン;化合物2)を単離し得る例は少ない。例えば、ベンズアルデヒドとケテンの反応では化合物2は安定に単離することが難しく、その脱炭酸体であるスチレン型化合物(化合物3)または桂皮酸誘導体(化合物4)が得られる(例えば、非特許文献5、6参照)。
【0005】

【0006】
【非特許文献1】Lee Tai Liu ら,Tetrahedron:Asymmetry 12 (3) 419-426 (2001)
【非特許文献2】G. A. G. Sulyok, C. Gibson, S. L. Goodmann, M. Wiesner, H. Kessler, J. Med. Chem., 2001, 44, 1938-1950.
【非特許文献3】L. Lee, J. Hamer, 1,2-Cycloaddition Reactions, Intersience Publishers, 1967.
【非特許文献4】A. Pommier, J.-M. Pons, Synthesis, 1993, 441-459.
【非特許文献5】C. D. Hurd, C. L. Thomas, J. Am. Chem. Soc., 1933, 55, 275-283.
【非特許文献6】S. Kinastowski, A. Nowacki, Tetrahedron Lett., 1982, 23, 3723-3724.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来の製造法は、反応工程が長く、煩雑な処理工程を必要としており、十分満足のいくものではなかった。従って、これらの問題点を解決して、効率的な製造法の提供が求められていた。本発明の目的は、3−アリールグルタル酸無水物を短い反応工程で製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意検討の結果、アリールアルデヒドとケテンをルイス酸触媒下反応させることより、3−アリール無水グルタル酸を製造する方法を見いだし、本発明を完成するに至った。
【0009】
本発明は、下記の項1から項6などである。
1. アリールアルデヒドとケテンとの反応による3−アリールグルタル酸無水物の製造方法。
2. アリールアルデヒドが6員芳香環アルデヒドである項1に記載の3−アリールグルタル酸無水物の製造方法。
【0010】
3. 式(1)で表されるアリールアルデヒドとケテンとの反応による3−アリールグルタル酸無水物の製造方法。
ArCHO (1)
式中、Arは、フェニル、1−ナフチルまたは2−ナフチルであり、これらの環において任意の水素がアルキル、アルケニル、アリール、アルコキシル、またはチオアルキルで置き換えられてもよく、そしてこれらの任意の水素がハロゲンで置き換えられてもよい。
【0011】
4. 式(1)のArが、フェニル、任意の水素がハロゲンで置き換えられたフェニル、任意の水素がアルキルで置き換えられたフェニル、または任意の水素がアルコキシルで置き換えられたフェニルである項3に記載の3−アリールグルタル酸無水物の製造方法。
【0012】
5. 触媒としてルイス酸を用いる項1〜4のいずれか1項に記載の3−アリールグルタル酸無水物の製造方法。
【0013】
6. 製造される3−アリールグルタル酸無水物が4−フェニル−ジヒドロ−2H−ピラン−2,6(3H)−ジオン、4−(4−メトキシフェニル)−ジヒドロ−2H−ピラン−2,6(3H)−ジオン、4−(3,4−ジフルオロフェニル)−ジヒドロ−2H−ピラン−2,6(3H)−ジオン、4−(4−クロロフェニル)−ジヒドロ−2H−ピラン−2,6(3H)−ジオン、または4−(4−ブロモフェニル)−ジヒドロ−2H−ピラン−2,6(3H)−ジオンである項1から5のいずれか1項に記載の3−アリールグルタル酸無水物の製造方法。
【0014】
本発明で、「任意の」語は、「区別なく選択された少なくとも1つの」を意味する。
【発明の効果】
【0015】
アリールアルデヒドとケテンから一工程で3−アリール無水グルタル酸を製造することができた。煩雑な合成経路を必要としないため、工業上意義のあるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明において、アリールアルデヒドとは、芳香族アルデヒドのことで、芳香環において任意の水素が−CHOに置き換えられた化合物である。アリールおよび芳香環は、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン、テトラセン、フェナントレン、フラン、ピリジン、アズレンなどである。好ましい芳香環は、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン、テトラセン、フェナントレンなどである。さらに好ましい芳香環は、ベンゼン、ナフタレンである。
【0017】
本発明において、6員芳香環アルデヒドとは、6員芳香環において任意の水素が−CHOに置き換えられた化合物である。6員芳香環には、単環、双環、三環などがある。6員芳香環は、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン、テトラセン、フェナントレンなどである。
【0018】
これらの芳香環において任意の水素が、炭素数1から15のアルキル、炭素数2から15のアルケニル、5から7員環脂環式基、任意の水素が炭素数1から4のアルキルに置き換えられた芳香環、炭素数1から10のアルコキシ、炭素数1から10のチオアルコキシなどに置き換えられてもよい。さらに、環および置き換えられた基において、任意の水素はハロゲンに置き換えられてもよい。ハロゲンは、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素である。
【0019】
使用するケテンは、製造法により特に制限されなく、アセトンの熱分解、酢酸の熱分解などにより得られたケテンが使用できる。
【0020】
触媒としては、塩化アルミニウム、臭化アルミニウム、塩化亜鉛、臭化亜鉛、塩化チタン、塩化ホウ素、臭化ホウ素などの各種のルイス酸を用いることができるが、特に活性の点で、三フッ化ホウ素エーテル錯体が好ましい。触媒はアリールアルデヒドに対して通常0.01〜10mol%、好ましくは0.1〜5mol%用いることが望ましい。
【0021】
有機溶媒としてはジクロロメタン、クロロホルムなどのハロアルカン、酢酸エチルなどのエステル、トルエンなどのアルキルベンゼン、ジエチルエーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒、またはこれらの混合溶媒を用いることができる。有機溶媒の使用量は、特に限定されるものではないが、通常、アリールアルデヒドに対して、重量で0.5〜30倍程度で使用される。
【0022】
ケテンの付加反応は、上記溶媒中で行われ、ケテンとアリールアルデヒドの仕込み順序は特に限定されず、どちらを先に仕込んでもよい。反応温度は、−78℃〜100℃、好ましくは、−40℃〜30℃である。
【0023】

【0024】
本発明では、ケテンとアリールアルデヒド(化合物1)をルイス酸触媒下付加させて4−アリール−2−オキセタノン(化合物2)を中間体として生成させ、単離することなくこれにさらにケテンを反応させて3−アリールグルタル酸無水物(化合物5)を合成することができる。
【0025】
ルイス酸触媒下、アリールアルデヒド(化合物1)にケテン1当量を反応させ、直ちに後処理した場合には主生成物が4−アリール−2−オキセタノン(β−ラクトン;化合物2)であることがH−NMRで確認される。電子吸引性基で置換されたアルデヒドから生成する化合物2は比較的安定であり、クロマトグラフィーなどの操作により化合物2を単離できる場合がある。一方、ベンゼン環が無置換、電子供与性置換またはハロゲン置換基をもつ場合は4−アリール−2−オキセタノン(化合物2)は室温下でも脱炭酸され、スチレン誘導体(化合物3)になる。これらのβ−ラクトンを単離することなく、ルイス酸存在下でさらにケテンを反応させると3−アリールグルタル酸無水物(化合物5)が得られる。反応機構は以下のように推定される。すなわち、β−ラクトン2がルイス酸により開環してベンジルカチオン種(化合物6)が生成し、このカチオンにもう1分子のケテンが付加して3−アリールグルタル酸無水物(化合物5)を与える。
【0026】

【0027】
ケテンのフィード量は、アリールアルデヒドに対して2当量以上で、好ましくは、3当量以上である。ケテンフィード量が少なすぎた場合、3−アリールグルタル酸無水物の生成量が少なくなり、β−ラクトンに起因するスチレン誘導体、桂皮酸誘導体の生成量が増大する。
【0028】
3−アリールグルタル酸無水物は、ケテンフィードの停止、反応停止剤を添加した後、溶媒留去後、濃縮残渣のクロマトグラフィー、再結晶等により精製を行うことができる。
【実施例】
【0029】
H−NMR:プロトン核磁気共鳴スペクトルは日本電子 Delta ECA 500 (500 MHz) を用い、テトラメチルシランを内部標準として測定した。
IR:赤外吸収スペクトルは島津 FT-IR 8400S を用い、DuraSampl IR II により液体、結晶をそのまま測定した。
以下、実施例により本発明の効果を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0030】
(実施例1)
4−フェニル−ジヒドロ−2H−ピラン−2,6(3H)−ジオン(5a)の合成
ベンズアルデヒド(212.2mg,2mmol)のジクロロメタン(20mL)溶液にBF−OEt(12.7μL,0.1mmol)を加えた。この溶液を−40℃に冷却し、ケテン3当量を30分かけて導入した。さらに1時間撹拌後、水(20mL)を加え、ジクロロメタン(20mL)で二回抽出した。有機層を無水硫酸マグネシウムで乾燥後濃縮し油状物を得た。これをシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=3:1)で精製し、淡黄色の結晶(118mg,31%)を得た。これをヘキサン−酢酸エチルで再結晶し、mp105°C無色の針状晶を得た。H−NMRデータは(文献 P. E. Reed, J. A. Katzenellenbogen, J. Med. Chem., 1991, 34, 1162-1176.)に一致した。
【0031】
(実施例2)
4−(4−メトキシフェニル)−ジヒドロ−2H−ピラン−2、6(3H)−ジオン(5b)の合成
p−メトキシベンズアルデヒド(272.3mg,2mmol)のジクロロメタン(20mL)溶液にBF・OEt(12.7μL,0.1mmol)を加える。この溶液を−40℃に冷却後、溶液にケテン6当量を1.2時間かけて導入した。その後2時間撹拌した。水(20mL)で反応を止め、ジクロロメタン(20mL)で二回抽出後、有機層を硫酸マグネシウムにて乾燥した。濃縮後、カラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=3:1)で精製し、淡黄色の結晶(224mg,50%)を得た。これを酢酸エチルで再結晶し、mp145〜147°C無色の針状晶を得た。
H−NMR(CDCl)δ:2.83(2H,dd),3.09(2H,dd),3.38(1H,m),3.80(3H,s),6.91(2H,d),7.10(2H,dd).IR(neat)1751,1805cm−1
【0032】
(実施例3)
4−(4−クロロフェニル)−ジヒドロ−2H−ピラン−2,6(3H)−ジオン(5c)の合成
4−クロロベンズアルデヒド(281.1mg,2mmol)とケテンを5aの合成に準じて反応させた。ジクロロメタン抽出液を濃縮後、カラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=3:1)で精製し、5c(175mg,39%)を油状物として得た。
H−NMR(CDCl)δ:2.68(2H,dd),3.00(2H,dd),3.66(1H,m),7.30(4H,m).
【0033】
(実施例4)
4−(4−ブロモフェニル)−ジヒドロ−2H−ピラン−2,6(3H)−ジオン(5d)の合成
4−ブロモベンズアルデヒド(370mg,2mmol)とケテンを5aの合成に準じて反応させた。ジクロロメタン抽出液を濃縮後,カラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=3:1)で精製し、5d(328mg,61%)を油状物として得た。
H−NMR(CDCl)δ:2.82(2H,dd),3.07(2H,dd),3.89(1H,m),3.80(3H,s),7.08(2H,d),7.50(2H,d).
【0034】
(参考例1)
4−フェニルオキセタン−2−オン(2a)の合成
ベンズアルデヒド(212.2mg,2mmol)のジクロロメタン(20mL)溶液にBF−OEt(12.7μL,0.1mmol)を加えた。この溶液を−40℃に冷却後、ケテン1当量を20分かけて導入した。冷却したまま水(20mL)を加えて反応を止め、ジクロロメタン(20mL)で二回抽出した。有機層を硫酸マグネシウムで短時間乾燥後直ちに濃縮し、粗製4−フェニルオキセタン−2−オン2aを無色油状物として得た。内部標準物質としてジブロモメタンを用いて本油状物をH−NMR分析した結果、2aの収率は80%であった。また、4−フェニル−ジヒドロ−2H−ピラン−2,6(3H)−ジオンは、ほとんど、取得されなかった。2aは室温下で一夜放置すると脱炭酸し、定量的にスチレンを与えた。2a:H−NMR(CDCl)δ:3.44(1H,dd),3.89(1H,dd),5.51(1H,m),7.41(5H,m).
【0035】
(参考例2)
4−(4−ニトロフェニル)オキセタン−2−オン(2e)の合成
4−ニトロベンズアルデヒド(302.2mg,2mmol)のジクロロメタン(20mL)溶液にBF−OEt(12.7μL,0.1mmol)を加えた。この溶液を−40℃に冷却後、ケテン3当量を37.5分かけて導入した。その後1時間撹拌し、更に室温で1時間撹拌した。水(20mL)で反応を止め、ジクロロメタン(20mL)で二回抽出後、有機層を硫酸マグネシウムにて乾燥した。濃縮後、カラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=3:1)で精製し、黄色の結晶340mg(88%)を得た。この時、4−(4−ニトロフェニル)−ジヒドロ−2H−ピラン−2,6(3H)−ジオンは、取得できなかった。粗4−(4−ニトロフェニル)オキセタン−2−オンをヘキサン、酢酸エチルにて再結晶し、無色の結晶(mp91〜92℃)を得た。
H−NMR(CDCl)δ:3.44(1H,dd),4.01(1H,dd),5.61(1H,m),7.58(4H,m).
IR(neat):1822cm−1

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アリールアルデヒドとケテンとの反応による3−アリールグルタル酸無水物の製造方法。
【請求項2】
アリールアルデヒドが6員芳香環アルデヒドである請求項1に記載の3−アリールグルタル酸無水物の製造方法。
【請求項3】
式(1)で表されるアリールアルデヒドとケテンとの反応による3−アリールグルタル酸無水物の製造方法。
ArCHO (1)
式中、Arは、フェニル、1−ナフチルまたは2−ナフチルであり、これらの環において任意の水素がアルキル、アルケニル、アリール、アルコキシル、またはチオアルキルで置き換えられてもよく、そしてこれらの任意の水素がハロゲンで置き換えられてもよい。
【請求項4】
式(1)のArが、フェニル、任意の水素がハロゲンで置き換えられたフェニル、任意の水素がアルキルで置き換えられたフェニル、または任意の水素がアルコキシルで置き換えられたフェニルである請求項3に記載の3−アリールグルタル酸無水物の製造方法。
【請求項5】
触媒としてルイス酸を用いる請求項1〜4のいずれか1項に記載の3−アリールグルタル酸無水物の製造方法。
【請求項6】
製造される3−アリールグルタル酸無水物が4−フェニル−ジヒドロ−2H−ピラン−2,6(3H)−ジオン、4−(4−メトキシフェニル)−ジヒドロ−2H−ピラン−2,6(3H)−ジオン、4−(3,4−ジフルオロフェニル)−ジヒドロ−2H−ピラン−2,6(3H)−ジオン、4−(4−クロロフェニル)−ジヒドロ−2H−ピラン−2,6(3H)−ジオン、または4−(4−ブロモフェニル)−ジヒドロ−2H−ピラン−2,6(3H)−ジオンである請求項1から5のいずれか1項に記載の3−アリールグルタル酸無水物の製造方法。


【公開番号】特開2006−117578(P2006−117578A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−306333(P2004−306333)
【出願日】平成16年10月21日(2004.10.21)
【出願人】(000002071)チッソ株式会社 (658)
【Fターム(参考)】