説明

Cu−Ni−Si合金

【課題】ばね性とはんだ濡れ性とを高いレベルで同時に実現したCu−Ni−Si合金を提供する。
【解決手段】本発明のCu−Ni−Si合金は、Niを1.0〜4.5質量%、Siを0.3〜1.5質量%、Mgを0.05〜0.3質量%を含有し、更にZn,Sn,Fe,Ti,Zr,Cr,Al,P,Mn,Ag,又はBeのうち1種類以上を総量で0.05〜2.0質量%含有し、残部がCu及び不可避的不純物からなる銅基合金であって、0.2%耐力が500MPa以上、0.2%耐力とばね限界値との差が100MPa以下であり、酸化膜厚が10nm以下とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種端子、コネクタ、リレー又はスイッチ等の電子部品の製造に使用するCu−Ni−Si合金に関し、特に、ばね性とはんだ濡れ性とを高いレベルで同時に実現したCu−Ni−Si合金に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、電子機器の各種端子、コネクタ、リレー又はスイッチ等の電気伝導性及びばね性が必要な材料においては、製造コストを重視する用途には低廉な黄銅が適用されていた。また、ばね性が重視される用途にはりん青銅が適用されていた。更に、ばね性及び耐食性が重視される用途には洋白が適用されていた。しかしながら、近年における電子機器類及びその部品の軽量化、薄肉化及び小型化に伴い、これらの材料を使用したのでは必要強度を十分に満足することができないのが現状である。
【0003】
近年電子機器の各種端子、コネクタ、リレー又はスイッチ等の電気伝導性及びばね性が必要な材料においては、従来のりん青銅、黄銅等に代表される固溶強化型合金に代わり、高強度及び高導電性の観点から、時効硬化型の銅合金の使用量が増加している。時効硬化型の銅合金は、溶体化処理された過飽和固溶体を時効処理することにより、微細粒子が均一に析出して耐力又はばね限界値等の強度特性の向上と共に固溶元素量が減少し導電率の向上に寄与する。
【0004】
従って、益々厳しくなる電子機器類及びその部品の軽量化、材料の高強度化の要求を満足する材料として、時効硬化型の銅合金が使用されている。時効硬化型銅合金のうち、Cu−Ni−Si合金は高強度と高導電率とを併せ持つ代表的な銅合金であり、電子機器の各種端子、コネクタ、リレー又はスイッチ等の材料として実用化されている(特許文献1、2)。Cu−Ni−Si合金のSiは活性な元素であり、更に合金の特性を改良する目的で活性金属を更に添加する場合もある。この銅合金では、微細なNi−Si系金属間化合物粒子が析出して、強度及び導電率が上昇し、曲げ加工性及び応力緩和特性に優れた材料が得られる。
【0005】
一方、Cu−Ni−Si合金は活性な元素Siを含有するため、最終工程の時効処理において強固な酸化膜が生成される。このため、はんだ濡れ性が著しく低下するという問題がある。この問題を回避するためには、時効後に化学研磨・機械研磨を実施して酸化膜を除去する必要がある。本明細書における化学研磨は下述するような酸洗のこととする。
【0006】
この化学研磨・機械研磨工程では、まず化学研磨を行なう。SiOを含有するCu−Ni−Si合金の酸化膜は酸に対して非常に安定である。このため化学研磨には、弗酸又は硫酸に過酸化水素を混合した溶液等の極めて腐食力の高い化学研磨液を用いる必要がある。このように、極めて強い腐食力を有する化学研磨液を用いることで、酸化膜だけでなく未酸化部分も腐食されることがあり、化学研磨後の表面には不均一な凹凸及び変色が生じるおそれがある。また、腐食が均一に進行せず、酸化膜が局部的に残留するおそれもある。そこで、表面の凹凸、変色及び残留酸化膜を除去するため、上記化学研磨を施した後に例えばバフ等を用いて機械研磨が施される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2001−181759号公報
【特許文献2】特開2001−207229号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、この化学研磨・機械研磨を順次施したCu−Ni−Si合金には、耐力(試料を引張った場合に永久変形を生じさせる応力)は変化しないものの、ばね限界値(試料を曲げた場合に永久変形を生じさせる応力)が低下するという問題点がある。これは、時効処理で上昇したばね限界値が、化学研磨・機械研磨で再び低下することに起因する。従って、従来の電子部品には、耐力と比較してばね限界値が著しく低いCu−Ni−Si合金、又は、耐力レベルのばね限界値を有するとしても酸化膜が厚いCu−Ni−Si合金が使用されていた。
【0009】
ばね限界値が低い素材を用いてコネクタ、リレー又はスイッチ等のばね部品を製造した場合には、コネクタを挿入する際又は引き抜く際に、可動部に永久変形(へたり)が発生し易いという不具合があった。へたりが発生すると、電気接点での接圧が低下し、接点部での電気抵抗が増大する。一方、酸化膜が厚い素材を用いてばね部品を製造した場合には、Cu−Ni−Si合金の酸化膜は特に強固であるため、はんだ濡れ性が著しく劣化するという不具合があった。従って、上記へたりを生じ得ない高いばね限界値を有することで優れたばね性を実現し、しかもはんだ濡れ性にも優れたCu−Ni−Si合金の開発が要請されていた。
【0010】
よって本発明は、以上のような要請に鑑みてなされたものであり、ばね性とはんだ濡れ性とを高いレベルで同時に実現したCu−Ni−Si合金を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明のCu−Ni−Si合金は、Niを1.0〜4.5質量%、Siを0.3〜1.5質量%、Mgを0.05〜0.3質量%を含有し、更にZn,Sn,Fe,Ti,Zr,Cr,Al,P,Mn,Ag,又はBeのうち1種類以上を総量で0.05〜2.0質量%含有し、残部がCu及び不可避的不純物からなる銅基合金であって、0.2%耐力が500MPa以上、0.2%耐力とばね限界値との差が100MPa以下であり、酸化膜厚が10nm以下であることを特徴としている。
これにより近年における電子機器類及びその部品に対する軽量化等の要請の下においても十分な強度を満足することができる。また本発明のCu−Ni−Si合金は、0.2%耐力が500MPa以上であり、しかも0.2%耐力とばね限界値との差が100MPa以下である。このため電子機器類等に使用するのに十分な耐力を具備した上で、従来の化学研磨・機械研磨を順次施したCu−Ni−Si合金のように、耐力に対してばね限界値が著しく低下せず、高いばね限界値を有することで優れたばね性を実現することができる。更に本発明のCu−Ni−Si合金は、酸化膜厚を10nm以下としたことで、優れたはんだ濡れ性を実現することができる。
【0012】
また本発明の他のCu−Ni−Si合金は、Niを1.0〜4.5質量%、Siを0.3〜1.5質量%、Mgを0.05〜0.3質量%を含有し、更にZn,Sn,Fe,Ti,Zr,Cr,Al,P,Mn,Ag,又はBeのうち1種類以上を総量で0.05〜2.0質量%含有し、残部がCu及び不可避的不純物からなる銅基合金であって、表面の残留応力の絶対値が100MPa以下であり、酸化膜厚が10nm以下であることを特徴としている。
本発明のCu−Ni−Si合金は、上述したとおり、Niを1.0〜4.5質量%,Siを0.3〜1.5質量%含有することで十分な強度を満足することができるとともに、酸化膜厚を10nm以下としたことで優れたはんだ濡れ性を実現することができる。ところで、本発明者らは、時効後の化学研磨・機械研磨工程でCu−Ni−Si合金のばね限界値が低下する原因を調査した結果、化学研磨後の機械研磨によって材料の最表層に残留応力が生じ、この残留応力の作用によりばね限界値が低下するとの知見を得た。この知見に基づき、本発明のCu−Ni−Si合金では、表面の残留応力の絶対値を100MPa以下としている。従って、本発明によれば、電子機器類等に使用するのに好適なばね性を実現することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明のCu−Ni−Si合金によれば、ばね性とはんだ濡れ性とを高いレベルで同時に実現することができる。よって本発明は、近年における軽量化、薄肉化及び小型化の要請に十分対応することができる各種電子部品の製造に好適なCu−Ni−Si合金の製造が可能となる点で極めて有望である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】残留応力の測定原理を示す図である。
【図2】スパッタリング時間と酸素の検出強度との関係を示すグラフである。
【図3】たわみ試験方法を示す図である。
【図4】(0.2%耐力−ばね限界値)と残留応力との関係を示すグラフである。
【図5】永久変形量と(0.2%耐力−ばね限界値)との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは、上記したとおり、ばね限界値の低下原因が化学研磨後の機械研磨による残留応力の発生であるとの知見を得た。次に本発明者らはこの知見により、時効時にCu−Ni−Si合金表面において酸化膜の形成を防止して機械研磨を省略することによって、時効後に残留応力が低い状態を実現できるとの知見を得た。また、化学研磨・機械研磨工程で一旦残留応力が増大しても、その後の工程で残留応力を低減する処理を行うことによっても、残留応力が低い状態を実現できるとの知見も得た。そこで本発明者らは以上のような知見に基づき、更に鋭意研究を重ねた結果、Cu−Ni−Si合金の具体的な製造方法として、
(1)水素を多量に含有する雰囲気下で露点(水蒸気濃度)、温度及び保持時間を適当に選択して時効処理を行ない、時効時にCu−Ni−Si合金表面において酸化膜の形成を防止する態様、
(2)高真空雰囲気下で温度及び保持時間を適当に選択して時効処理を行ない、時効時にCu−Ni−Si合金表面において酸化膜の形成を防止する態様、
(3)Cu−Ni−Si合金表面にCuめっきを施した後、温度及び保持時間を適当に選択して時効処理を行ない、その後化学研磨によってCuめっき層(Cuめっきの表面酸化層を含む)を除去する態様、
(4)温度及び保持時間を適当に選択して時効処理を行ない、その後化学研磨・機械研磨工程により酸化膜を除去し、次いで水素を多量に含有する雰囲気下で露点(水蒸気濃度)、温度及び保持時間を適当に選択して後、残留応力を除去するための歪取り焼鈍を行なう態様
をそれぞれ採用することが有効であることを見出した。以下、本発明のCu−Ni−Si合金の製造方法を上記(1)〜(4)のそれぞれについて説明する。
【0016】
本発明のCu−Ni−Si合金の製造方法は、溶体化処理後に冷間圧延を行ない、水素濃度が50vol%以上で残部が不活性ガスから成り、露点が−40℃以下で、350〜650℃で10秒〜15時間保持することにより時効処理を施すことを特徴としている。本発明は上記(1)の態様を具現化したものである。本発明のCu−Ni−Si合金の製造方法では、機械研磨を施さない。このため、従来の化学研磨・機械研磨を順次施したCu−Ni−Si合金のように、機械研磨による残留応力の発生に起因してばね限界値が低くなることはなく、高いばね限界値を有することで優れたばね性を実現することができる。また、本発明のCu−Ni−Si合金の製造方法では、水素を多量に含有する雰囲気下で露点(水蒸気濃度)、温度及び保持時間を適当に選択して時効を行う。このため、時効時にCu−Ni−Si合金表面において酸化膜の形成が防止され、優れたはんだ濡れ性を実現することができる。
【0017】
本発明のCu−Ni−Si合金の他の製造方法は、溶体化処理後に冷間圧延を行ない、圧力が10−2Pa以下で、300〜650℃で10秒〜15時間保持することにより時効処理を施すことを特徴としている。本発明は上記(2)の態様を具現化したものである。本発明のCu−Ni−Si合金の製造方法では、機械研磨を施さないので上記したとおり優れたばね性を実現することができる。また、本発明のCu−Ni−Si合金の製造方法では、高真空雰囲気下で温度及び保持時間を適当に選択して時効処理を行なう。このため、時効時にCu−Ni−Si合金表面において酸化膜の形成が防止され、優れたはんだ濡れ性を実現することができる。
【0018】
本発明のCu−Ni−Si合金の他の製造方法は、溶体化処理後に冷間圧延を行ない、表面に厚さが0.5〜10μmのCuめっきを施した後、300〜650℃で10秒〜15時間保持することにより時効処理を施し、次いで化学研磨によってCuめっき層を除去することを特徴としている。本発明は上記(3)の態様を具現化したものである。本発明のCu−Ni−Si合金の製造方法では、機械研磨を施さないので上記したとおり優れたばね性を実現することができる。また本発明のCu−Ni−Si合金の製造方法では、Cu−Ni−Si合金表面に後の工程で除去し易い厚さのCuめっきを施した後、温度及び保持時間を適当に選択して時効処理を行ない、その後化学研磨によってCuめっき層(Cuめっきの表面酸化層を含む)を除去する。このため、時効処理においてCuめっき層上に酸化膜が形成されても、その後Cuめっき層を化学研磨によって除去することにより、上記酸化膜をも確実に除去することができる。このように、時効後にCu−Ni−Si合金表面において酸化膜の除去がなされるため、優れたはんだ濡れ性を実現することができる。
【0019】
本発明のCu−Ni−Si合金の他の製造方法は、溶体化処理後に冷間圧延を行ない、300〜650℃で10秒〜15時間保持することにより時効処理を施し、次いで時効処理の際に生じた表面酸化層を化学研磨及び機械研磨によって除去し、更にH濃度が50vol%以上、露点が−40℃以下、400〜650℃で5秒〜2分間保持することにより歪取り焼鈍を施すことを特徴としている。本発明は上記(4)の態様を具現化したものである。本発明のCu−Ni−Si合金の製造方法では、温度及び保持時間を適当に選択して時効処理を行ない、その後化学研磨及び機械研磨を行うことで酸化膜を除去している。この機械研磨によって材料の最表層に残留応力が生じ、この残留応力の作用によりばね限界値が低下する。そこで、機械研磨後に残留応力を除去するための歪取り焼鈍を行なっている。このように、化学研磨・機械研磨工程で一旦残留応力が増大しても、その後の工程で残留応力を低減する処理を行うことによって残留応力が低い状態を実現することができる。従って、高いばね限界値を有することで優れたばね性を実現することができる。更に、この歪取り焼鈍を水素を、多量に含有する雰囲気下で露点(水蒸気濃度)、温度及び保持時間を適当に選択して行なうことにより、歪取り焼鈍の際のCu−Ni−Si合金表面の酸化を抑制し、優れたはんだ濡れ性を得ることができる。
【0020】
次に、本発明の成分組成及び製造条件の限定理由を具体的に説明する。
Ni及びSi濃度
Ni及びSiは、時効処理を行う事によりNiとSiとが相互に微細なNiSiを主とした金属間化合物の析出粒子を形成し、合金の強度を著しく増加させる一方、電気的伝導度も高く維持する。ただし、Ni含有量が1.0質量%未満及びSi含有量が0.3質量%未満の場合は、他方の成分を添加しても所望の強度が得られず、また、Ni含有量が4.5質量%を超え又はSi含有量が1.5質量%を超える場合は十分な強度が得られるものの、所望とする電気伝導性が低くなってしまい、更には強度の向上に寄与しない粗大なNi−Si系粒子(晶出物及び析出物)が母相中に生成し、曲げ加工性、エッチング性及びめっき性の低下を招く。よって、Niの含有量を1.0〜4.5質量%、Si含有量を0.3〜1.5質量%と定めた。
【0021】
Mg濃度
Mgは応力緩和特性を大幅に改善する効果及び熱間加工性を改善する効果があるが、0.05質量%未満ではその効果が得られず、0.3質量%を超えると鋳造性(鋳肌品質の低下)、熱間加工性及びめっき耐熱剥離性が低下するためMgの含有量を0.05〜0.3質量%と定めた。
【0022】
Zn,Sn,Fe,Ti,Zr,Cr,Al,P,Mn,Ag,又はBe
Zn,Sn,Fe,Ti,Zr,Cr,Al,P,Mn,Ag,又はBeには、Cu−Ni−Si合金の強度及び耐熱性を改善する作用がある。また、これらの中でZnには、半田接合の耐熱性を改善する効果もあり、Feには組織を微細化する効果もある。更にTi,Zr,Al及びMnは熱間圧延性を改善する効果を有する。この理由は、これらの元素が硫黄との親和性が強いため硫黄と化合物を形成し、熱間圧延割れの原因であるインゴット粒界への硫黄の偏析を軽減するためである。Zn,Sn,Fe,Ti,Zr,Cr,Al,P,Mn,Ag,又はBeの含有量が総量で0.05質量%未満であると上記の効果は得られず、相含有量が2.0質量%を越えると電気伝導性が著しく低下する。そこで、これらの含有量を総量で0.05〜2.0質量%と定める。
【0023】
酸化膜厚
酸化膜厚が10nmを超えると、はんだ濡れ性が低下する。そこで、酸化膜厚は10nm以下に限定した。
【0024】
0.2%耐力
0.2%耐力はコネクタの設計において500MPa以上とする必要がある。なお、十分なばね強度を得るためには、600MPa以上が望ましい。
【0025】
ばね限界値
合金の0.2%耐力に見合ったばね特性を得るためには、ばね限界値を(0.2%耐力−100)MPa以上とする必要がある。コネクタの設計は素材の耐力に基づいて行われるため、ばね限界値が(0.2%耐力−100)MPaを下回ると上記へたりが生じ、所望の接圧が得られない。なお、発明品においては、ばね限界値が(0.2%耐力+100)MPaを大幅に上回るケースはない。
【0026】
残留応力
(0.2%耐力−100)MPa以上のばね限界値を得るためには、表面の残留応力の絶対値を100MPa以下にする必要がある。
【0027】
溶体化処理
溶体化処理条件は特に限定していないが、時効処理で高強度の材料を得るためにはNi−Siを十分に固溶させることが必要であり、そのためにはNi−SiがCu中に完全に溶解する温度で加熱することが望ましい。この温度は、750℃〜850℃である。また、より高い強度を得るためには、加熱の際に結晶粒を粗大化させないことが肝要である。更に、溶体化処理後の冷却方法については、冷却過程においてNi−Siが析出しないように、冷却速度が十分に大きい空冷又は水ミスト噴霧冷却を採用することが望ましい。
【0028】
冷間圧延
溶体化処理と時効処理との間に行う冷間圧延は、より高い強度を得るために施される。冷間圧延での加工度については特に限定しないが、加工度が高くなると、強度が上昇する反面、曲げ性が低下するので、用途に応じた加工度設計を行う必要がある。Cu−Ni−Si合金において工業的に用いられる通常の加工度は、10〜70%の範囲である。なお、加工度(R)は次式で定義される。
R=(t−t)/t×100(%)(t:圧延前の厚み、t:圧延後の厚み)
【0029】
時効温度及び時効時間
強度及び導電性を向上させるために、300〜650℃の温度範囲において、10秒から15時間の時効処理を行なうことが肝要である。なお、時効温度とは加熱炉内部の雰囲気温度であり、時効時間とは加熱炉中に材料が滞留する時間である。Cu中のNi−Si固溶量は温度が低いほど減少するため、低温で時効するほどNi−Si粒の析出量が増大し、より高い強度と導電率を得ることができる。ただし、時効処理に必要な時間が長くなるので、製造コストが割高になる。一方、Ni−Si粒の析出速度は温度が高いほど大きくなるため、高温で時効するほど、より短時間で所定の導電率と強度を得ることができる。ただし導電率及び強度の到達値が低くなるおそれがある。従って、上記製造コスト及び目標とする特性によって時効温度及び時効時間を適宜選択することが望ましい。
【0030】
時効温度が300℃未満では、時効処理に極めて長い時間がかかり製造経済上好ましくない。一方、時効温度が650℃を超えると、Ni−Si粒の析出量が減少し、強度及び導電性がほとんど向上しないので好ましくない。時効時間が10秒未満では、Ni−Si粒が十分に析出せず、強度及び導電性が向上しないので好ましくない。一方、時効時間が15時間を超えると、製造コストが割高になるだけでなく、比較的高い時効温度を選択した場合には析出物が粗大化し強度が低下するので好ましくない。以下に、バッチ焼鈍炉を用いる場合について好適な時効条件を示す。
バッチ焼鈍炉:400℃〜500℃、1時間〜15時間
【0031】
酸化膜の形成を抑制する手段
酸化膜厚を10nm以下とする手段を以下の(1)〜(4)の場合に分類して詳細に説明する。
【0032】
(1)時効処理を、水素を混合した不活性ガス中で行なう。酸化膜厚を10nm以下に制御するためには、水素濃度を50vol%以上とすること、及び露点を−40℃以下にすることが必要である。不活性ガスには窒素又はアルゴンを用いることができる。ガスの圧力については限定していないが、通常は大気圧より若干高い圧力が採用される。
【0033】
(2)高真空雰囲気中で時効を行なう。酸化膜厚を10nm以下に制御するためには、圧力を10−2Pa以下にする必要がある。
【0034】
(3)時効前の材料表面にCuめっきを施す。CuはCu−Ni−Si合金と比較すると酸化しにくく、またその酸化膜はめっきされたCu自身と共に化学研磨で容易に除去することができる。Cuめっき後、不活性ガス等の従来の雰囲気下で時効処理を施し、最後に化学研磨でCuめっき上に生成した酸化膜を、Cuめっき層とともに溶解・除去する。Cuめっきは、硫酸銅等の浴を用いて一般的な製造条件下で行うことができる。ただし、めっきの厚みは0.5〜10μmに制御する必要がある。めっき厚が0.5μm未満の場合には、母材であるCu−Ni−Si合金に酸化膜が形成されるおそれがある。この酸化膜を除去するまで化学研磨を行なうと表面に凹凸及び変色が生じ易く、機械研磨を省略することができない。一方、Cuめっきの厚みが10μmを超える場合には、製造コストが割高となるだけでなく、化学研磨でCuめっき層を除去することが困難である。なお、化学研磨液としては、例えば硫酸に少量の過酸化水素を混合した溶液を用いることができる。
【0035】
(4)不活性ガス等の従来の雰囲気下で時効処理を施した後、時効で生成した酸化膜を化学研磨・機械研磨により除去する。これらの研磨工程のうち、機械研磨工程で材料の最表層に残留応力が生じ、この残留応力の作用によりばね限界値が低下する。しかしながら、次工程で歪取り焼鈍を行い、残留応力を除去してばね限界値を向上させる。歪取り焼鈍は連続焼鈍を採用し、400〜650℃の温度で5秒から2分間行う。温度が400℃未満では残留応力が除去されず、650℃を超えると強度及び導電率が著しく低下する。また、時間が5秒未満では残留応力が除去されず、2分間を超えると0.2%耐力が著しく低下する。歪取り焼鈍で生成する酸化膜厚を10nm以下に制御するためには、水素濃度を50vol%以上にすること、及び露点を−40℃以下にすることが必要である。不活性ガスには窒素又はアルゴンを用いることができる。ガスの圧力は限定していないが、通常は大気圧より若干高い圧力を採用することができる。
【実施例】
【0036】
次に、本発明の実施例について説明する。
電気銅又は無酸素銅を原料とし、高周波真空溶解炉を用いてNi濃度が2.5質量%、Si濃度を0.55質量%、Mg濃度を0.16質量%のCu−Ni−Si合金インゴット(厚さ150mm)を製造した。このインゴットを熱間圧延により10mmまで加工し、冷間圧延と焼鈍を繰り返し、最終冷間圧延により厚さ0.2mmまで更に加工した。その後、780℃で溶体化処理を行って結晶粒径を約10μmに仕上げ、次いで冷間圧延により厚さ0.15mmまで加工した。この0.15mmの材料を用いて、種々の条件で時効処理を行い、残留応力、酸化膜厚、はんだ濡れ性及びばね限界値(ばね性)を評価した。更にばね限界値とはんだ濡れ性とが共に優れた結果を示すか否かの総合評価を行った。それぞれの評価方法を以下に示す。
【0037】
残留応力
X線回折法により(113)面に対し、圧延方向と平行な方向に生じている残留応力を求めた。応力測定の原理及び計算式を以下に示す。
【0038】
・残留応力測定原理
図1のように、試料面法線Nと格子面法線N'とのなす角度ψを変化させてその回折角度(2θ)の変化を調査すると、次式によって残留応力σを求めることができる。
【0039】
【数1】

【0040】
上式において、K(応力定数)は材料及び回折角度により決定される定数である。測定値から2θ/sinψの線図を書き、次いで最小二乗法で勾配を求め、Kを乗じて残留応力を得る。
【0041】
酸化膜厚
オージェ電子分光法により酸化膜厚を測定した。酸素強度の測定と表面のArスパッタリングを交互に行ない、図2に示すグラフを得た。同図において、酸素の検出強度が表面での最大値と非酸化部での値との中間の値になるときのスパッタリング時間を求め、この時間を酸化膜のスパッタリングに要した時間とみなした。酸化膜厚は、上記時間にSiO皮膜のスパッタリング速度を乗じて得た。
【0042】
はんだ濡れ性
JIS−0053(1996年)に準じ、メニスコグラフ法により、濡れが始まる時間を測定した。測定条件は以下のとおりである。試料の前処理としてアセトンを用いて脱脂した。次に10vol%硫酸水溶液を用いて化学研磨を施した。はんだには60%Pb−40%Snを用い、測定温度は235℃とした。フラックスには(株)アサヒ化学研究所製GX5を使用した。また、浸漬深さを2mm、浸漬時間を10秒、浸漬速度を15mm/秒、試料の幅を10mmとした。評価基準は、濡れが始まるまでの時間が1秒以下のものを良好(○)とし、1秒を越えるものを不良(×)とした。
【0043】
0.2%耐力及びばね限界値
引張試験機により圧延方向と平行な方向における耐力を測定した。またJIS−H3130に規定されているモーメント式試験により圧延方向と平行な方向のばね限界値を測定した。ばね性の評価基準は、ばね限界値が(耐力−100(MPa))以上のものを良好(○)とし、(耐力−100(MPa))未満のものを不良(×)とした。
【0044】
たわみ試験
電子部品素材としての性能を評価するために、図3に示すように、試験片の一端を固定し、この固定端から距離lの位置に荷重Pを付加してたわみfを与えた。荷重を除去した後、試料の永久変形量δを測定した。試料の幅Wは10mmとし、試料の長手方向が圧延方向と平行になるように試料を作成した。また、l=10mm、f=5mmとした。このときの試料表面に生じる応力を片持ちはりの式
σ=6P・l/(W・t) (t:試料の厚み)
を用いて計算したところ、約550MPaであった。
【0045】
以下、実際に発明者が検討した事項について説明する。
[従来の製造方法についての検討]
露点−10℃のArガス雰囲気中において、430℃で8時間の時効処理を行った後、表面に機械研磨を施した。この研磨では研磨量を種々変化させた。研磨後に0.2%耐力、ばね限界値、表面の残留応力、酸化膜厚及びはんだ濡れ性を測定した。また、図3の方法で試料に所定のたわみを与えたときの永久変形量を測定した。これらの結果を表1に示す。
【0046】
【表1】

【0047】
同表中、番号の大きい試料ほど機械研磨量を多くしたものである。機械研磨を多く行うほど、試料表面に生ずる圧縮残留応力が大きくなることが判る。図4に示すように、残留応力が増加するとばね限界値が低下して次第にばね性が劣化し、残留応力が100MPaを超えると0.2%耐力とばね限界値との差が100MPaを超える。また、図5に示すように、0.2%耐力とばね限界値との差が100MPaを超えると、試料に所定のたわみを与えたときに永久変形が生じる。この永久変形量は、0.2%耐力とばね限界値との差が大きくなるほど増大する。このような永久変形は、コネクタ接点における接触圧の低下を引き起こすため好ましくない。
【0048】
一方、機械研磨量を多くするほど、酸化膜厚は減少し、酸化膜厚が10nm以下になると良好なはんだ濡れ性が実現されたが、酸化膜厚が10nmを越えるものについては良好なはんだ濡れ性が実現されなかった。以上から表1に示す従来例1〜9は、ばね限界値とはんだ濡れ性とが高いレベルで両立されておらず、総合評価において優れた結果が得られていない。
【0049】
[本発明の請求項3に記載の製造方法についての検討]
本発明の請求項3に記載の製造方法に関する発明例について説明する。発明例10〜12及び比較例13〜15のそれぞれについて表2に示す時効処理条件の下、表3に示す結果を得た。なお、各発明例及び各比較例については、時効後に化学研磨及び機械研磨等の表面処理は施していない。
【0050】
【表2】

【0051】
【表3】

【0052】
表2に示すように、発明例10〜12については、焼鈍炉内の露点を−40℃以下にして時効処理を行なっている。表3から明らかなように、発明例10〜12については、表面が酸化を起こさず良好なはんだ濡れ性を実現し、ばね性も良好であった。従って各発明例については総合評価において優れた結果が得られた。一方、比較例13〜15は焼鈍炉内の露点を−40℃より高くして時効処理を行なったものである。比較例13〜15については高いばね限界値が得らたことからばね性は良好であったものの、表面が酸化したため良好なはんだ濡れ性が得られなかった。従って各比較例については総合評価において優れた結果が得られなかった。
【0053】
[本発明の請求項4に記載の製造方法についての検討]
本発明の請求項4に記載の製造方法に関する実施例について説明する。発明例16〜18及び比較例19〜21のそれぞれについて表4に示す時効処理条件の下、表5に示す結果を得た。なお各発明例及び各比較例については、時効後に化学研磨及び機械研磨等の表面処理は施していない。
【0054】
【表4】

【0055】
【表5】

【0056】
表4に示すように、発明例16〜18は焼鈍炉内の真空度を10−2Pa以下にして時効処理を行なったものである。表5から明らかなように、発明例16はわずかに表面酸化を起こしているものの発明例17,18とともに良好なはんだ濡れ性を実現し、しかもばね性も良好であった。従って各発明例については総合評価において優れた結果が得られた。一方、比較例19〜21は、焼鈍炉内の真空度を10−2Paより高くして時効焼鈍を行なったものである。比較例19〜21は、ばね性は良好であったものの表面が酸化したため良好なはんだ濡れ性を実現することはできなかった。従って各比較例については総合評価において優れた結果が得られなかった。
【0057】
[本発明の請求項5に記載の製造方法についての検討]
本発明の請求項5に記載の製造方法に関する実施例について説明する。発明例22〜24及び比較例25,26のそれぞれについて、表6に示すめっき処理条件、時効処理条件及び表面処理条件の下、表7に示す結果を得た。
【0058】
【表6】

【0059】
【表7】

【0060】
表6に示すように、発明例22〜24は、最終圧延材にCuめっきを施した後に、時効処理を行ない、最後に表面のCuめっきを化学研磨により除去したものである。このため、表7から明らかなように、良好なばね性及びはんだ濡れ性を実現することができた。従って各発明例については総合評価において優れた結果が得られた。一方、比較例25は0.2μmのCuめっきを施したもので、Cuめっき層が薄いため母材表面が酸化し、良好なはんだ濡れ性を実現することはできなかった。また、比較例26は現行の製造方法を採用した態様であり、時効焼鈍後に材料表面に機械研磨を施したことから高いばね限界値が得らないため、良好なばね性が実現されなかった。従って各比較例については総合評価において優れた結果が得られなかった。
【0061】
[本発明の請求項6に記載の製造方法についての検討]
本発明の請求項6に記載の製造方法に関する実施例について説明する。発明例27〜29及び比較例30〜32のそれぞれについて表8に示す時効処理条件、表面処理条件及び歪取り焼鈍条件の下、表9に示す結果を得た。
【0062】
【表8】

【0063】
【表9】

【0064】
表8に示すように、発明例27〜29は、時効焼鈍後化学研磨・機械研磨を施し、次いで歪取り焼鈍を施したものである。表9から明らかなように、発明例27〜29では、機械研磨によって材料の最表層に生じた残留応力を除去することによりばね限界値が回復したため、良好なばね性が実現された。またこれらの発明例27〜29については、化学研磨により材料の表面酸化膜が除去されていることから、良好なはんだ濡れ性を実現することもできた。従って各発明例については総合評価において優れた結果が得られた。一方、比較例30は、炉内滞留時間が短いため表面に残留応力が残り、ばね限界値が回復せず、優れたばね性を得ることができなかった。また、比較例31は炉内滞留時間が長いため、ばね限界値は耐力レベルにまで回復したものの、耐力自体が低下した。更に、比較例32は現行の製造方法を採用した態様であり、時効焼鈍後に材料表面に機械研磨を施したことから高いばね限界値が得られないため、良好なばね性が実現されなかった。従って各比較例については総合評価において優れた結果が得られなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Niを1.0〜4.5質量%、Siを0.3〜1.5質量%、Mgを0.05〜0.3質量%を含有し、更にZn,Sn,Fe,Ti,Zr,Cr,Al,P,Mn,Ag,又はBeのうち1種類以上を総量で0.05〜2.0質量%含有し、残部がCu及び不可避的不純物からなる銅基合金であって、0.2%耐力が500MPa以上、0.2%耐力とばね限界値との差が100MPa以下であり、酸化膜厚が10nm以下であることを特徴とするCu−Ni−Si合金。
【請求項2】
Niを1.0〜4.5質量%、Siを0.3〜1.5質量%、Mgを0.05〜0.3質量%を含有し、更にZn,Sn,Fe,Ti,Zr,Cr,Al,P,Mn,Ag,又はBeのうち1種類以上を総量で0.05〜2.0質量%含有し、残部がCu及び不可避的不純物からなる銅基合金であって、0.2%耐力が500MPa以上、表面の残留応力の絶対値が100MPa以下であり、酸化膜厚が10nm以下であることを特徴とするCu−Ni−Si合金。
【請求項3】
溶体化処理後に冷間圧延を行ない、水素濃度が50vol%以上で残部が不活性ガスから成り、露点が−40℃以下で、350〜650℃である雰囲気中に10秒〜15時間保持することにより時効処理を施すことを特徴とする請求項1又は2に記載のCu−Ni−Si合金。
【請求項4】
溶体化処理後に冷間圧延を行ない、圧力が10−2Pa以下で、300〜650℃である雰囲気中に10秒〜15時間保持することにより時効処理を施すことを特徴とする請求項1又は2に記載のCu−Ni−Si合金。
【請求項5】
溶体化処理後に冷間圧延を行ない、表面に厚さが0.5〜10μmのCuめっきを施した後、300〜650℃である雰囲気中に10秒〜15時間保持することにより時効処理を施し、次いで化学研磨によってCuめっき層を除去することを特徴とする請求項1又は2に記載のCu−Ni−Si合金。
【請求項6】
溶体化処理後に冷間圧延を行ない、300〜650℃で10秒〜15時間保持することにより時効処理を施し、次いで時効処理の際に生じた表面酸化層を化学研磨及び機械研磨によって除去し、さらにH濃度が50vol%以上、露点が−40℃以下、400〜650℃である雰囲気中に5秒〜2分間保持することにより歪取り焼鈍を施すことを特徴とする請求項1又は2に記載のCu−Ni−Si合金。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−280919(P2009−280919A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−199738(P2009−199738)
【出願日】平成21年8月31日(2009.8.31)
【分割の表示】特願2002−299676(P2002−299676)の分割
【原出願日】平成14年10月11日(2002.10.11)
【出願人】(591007860)日鉱金属株式会社 (545)