説明

H+−ATPアーゼ遺伝子

【課題】アマモ(Zostera marina)の新規H−ATPアーゼ、それをコードする遺伝子、及びそれらの利用方法を提供すること。
【解決手段】アマモのH−ATPアーゼの塩基配列を決定し、新規遺伝子の同定をするなかで、多種の植物の細胞膜型H−ATPアーゼと部分的に相同性を有する新規遺伝子Zha2遺伝子を同定し、そのcDNAを単離する。細胞にZha2タンパク質を導入するための方法として、Zha2遺伝子又はそのcDNAを組み込んだ発現ベクターを、適当なホストに導入し、発現させることにより、ホスト内でZha2タンパク質を生成させることができる。このZha2タンパク質を酵母で発現させると、低いpHの培地でもこの酵母が生育できるようになる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アマモ(Zostera marina)の細胞膜H−ATPアーゼの塩基配列をコードする遺伝子、及びそのアミノ酸配列をコードするタンパク質に関する。
【背景技術】
【0002】
運搬体タンパク質は、特定の溶質を結合し、コンフォメーション変化を起こして溶質結合部位を膜の一方から逆側に向けて、脂質二重層を超えた溶質輸送を行う。そして、運搬体タンパク質の一つであるH−ATPアーゼは、ATPを消費して、プロトン(H+)の能動輸送を行う細胞膜タンパク質として知られている。
【0003】
従来、pH2で最もよく増殖するイデユコゴメ(Cyanidium caldarium)由来のH−ATPアーゼをコードする遺伝子のクローニング及び同酵素の構造解明が行われたが(例えば、特許文献1参照)、その遺伝子の機能の詳細は明らかではなかった。
【非特許文献1】特開平9-252786号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで、本発明はアマモ(Zostera marina)の新規H−ATPアーゼ、それをコードする遺伝子、及びそれらの利用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、アマモ(Zostera marina)由来のH−ATPアーゼの塩基配列を決定し、新規遺伝子の同定をするなかで、多種の植物の細胞膜型H−ATPアーゼと部分的に相同性を有する新規遺伝子Zha2遺伝子を同定し、そのcDNAを単離した。また、Zha2タンパク質を酵母で発現させたところ、低いpHの培地でもこの酵母が生育できることが明らかになり、本発明が完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明にかかるタンパク質は、以下の(a)又は(b)のタンパク質であることを特徴とする。
(a)配列番号1のアミノ酸配列を有するタンパク質。
(b)配列番号1のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、又は付加したアミノ酸配列からなり、H−ATPアーゼ活性を有するタンパク質。
構造上は、例えば、遺伝子多型、クローニングの際のエラー、あるいは人為的変異導入等により、前記配列番号1のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、又は付加したアミノ酸配列からなることが考えられる。
【0007】
また、本発明にかかるDNAは、前記のタンパク質をコードすることを特徴とする。
【0008】
さらに、本発明にかかるDNAは、前記DNAであって、以下の(a)又は(b)のDNAであることを特徴とする。
(a)配列番号2の塩基配列を有するDNA。
(b)配列番号2の塩基配列において、1もしくは数個の塩基が欠失、置換、又は付加した塩基配列を有し、H−ATPアーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。
構造上は、例えば、遺伝子多型、クローニングの際のエラー、あるいは人為的変異導入等により、前記配列番号2の塩基配列において、1もしくは数個の塩基が欠失、置換、又は付加した塩基配列からなることが考えられる。
【0009】
また、本発明にかかる発現ベクターは、前記タンパク質を発現させることを特徴とする。
【0010】
さらに、本発明にかかる細胞は、前記発現ベクターを保持することを特徴とする。この細胞は、例えば、大腸菌のような原核生物でも、酵母のような単細胞真核生物でも、昆虫や哺乳類などの培養細胞でもよい。
【0011】
また、本発明にかかる細胞に耐低pH性を付与する方法は、前記タンパク質を該細胞に導入することを特徴とする。
【0012】
さらに、本発明にかかる細胞の耐塩性を増強する方法は、前記タンパク質を該細胞に導入することを特徴とする。
【0013】
なお、前記いずれかの方法は、前記タンパク質を発現させる発現ベクターを前記細胞に導入することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、本発明はアマモ(Zostera marina)の新規H−ATPアーゼ、それをコードする遺伝子、及びそれらの利用方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下に、本発明の実施の形態において実施例を挙げながら具体的かつ詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0016】
実施の形態及び実施例に特に説明がない場合には、J. Sambrook, E. F. Fritsch & T. Maniatis (Ed.), Molecular cloning, a laboratory manual (3rd edition), Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, New York (2001); F. M. Ausubel, R. Brent, R. E. Kingston, D. D. Moore, J.G. Seidman, J. A. Smith, K. Struhl (Ed.), Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons Ltd.などの標準的なプロトコール集に記載の方法、あるいはそれを修飾したり、改変した方法を用いる。また、市販の試薬キットや測定装置を用いる場合には、特に説明が無い場合、それらに添付のプロトコールを用いる。
【0017】
なお、本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的な実施例などは、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図ならびに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々に修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0018】
===本発明のタンパク質及びDNA===
本発明にかかるタンパク質は、以下の(a)又は(b)のタンパク質である。
(a)配列番号1のアミノ酸配列を有するタンパク質(アマモZha2タンパク質)。
(b)配列番号1のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、又は付加したアミノ酸配列からなり、H−ATPアーゼ活性を有するタンパク質。
これらのタンパク質を合成するには、そのタンパク質をコードするDNAを用いて、以下に記載のようにタンパク質を発現させてもよく、あるいは、そのタンパク質を化学合成してもよい。
【0019】
上記の(a)又は(b)のタンパク質をコードするDNAとしては、そのタンパク質のアミノ酸配列よりコドン表を用いて作成された配列を有するDNAでもよいが、以下の(a)又は(b)のDNAが特に好ましい。
(a)配列番号2の塩基配列を有するDNA(アマモZha2遺伝子cDNA)。
(b)配列番号2の塩基配列において、1もしくは数個の塩基が欠失、置換、又は付加した塩基配列を有し、H−ATPアーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。
なお、これらのDNAを得るには、そのDNA配列を有するクローンが含まれるゲノムライブラリーやcDNAライブラリーをスクリーニングしてもよく、そのDNA配列を有する生物種のゲノムやRNAを用いてPCRやRACE法等で増幅してもよく、これらを組み合わせてもよい。また、そのDNAを化学合成してもよい。
【0020】
===細胞へのZha2タンパク質の導入===
細胞にZha2タンパク質を導入するための方法として、Zha2遺伝子又はそのcDNAを組み込んだ発現ベクターを、適当なホストに導入し、発現させることにより、ホスト内でZha2タンパク質を生成させることができる。発現ベクターは、導入するホストで機能するプロモーターを備えていれば、どんなベクターでもよく、プラスミドベクターでも、ウイルスベクターでもよい。ホストは、哺乳類や昆虫などの培養細胞、酵母などの単細胞真核生物、大腸菌等の原核生物など、遺伝子導入ができる細胞であれば、どんな細胞でもよい。また、遺伝子導入の系としては、発現ベクターを染色体の外におく一過的発現(transient expression)の系や、発現ベクターが染色体に組み込まれた永久発現(permanent expression)の系を用いてもよい。遺伝子導入は、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法、ウイルス感染法など、常法に従って行う。
【0021】
細胞にZha2タンパク質を導入するための別法として、Protein Transduction Domains (PTD) 融合タンパク質としてTATやVP22との融合タンパク質を用いてもよく、BioPorterTM、ChariotTMなどのタンパク質導入試薬を用いてもよい。
【0022】
以上のようなタンパク質導入系を用いて、細胞にZha2タンパク質を導入することによって、その細胞にZha2タンパク質の機能を付与することが可能になる。
【0023】
===Zha2タンパク質の有用性===
本発明の実施例に示すように、Zha2タンパク質を導入した細胞は、pHが低い培地においても生育することができるようになる。従って、Zha2タンパク質を細胞に導入することにより、その細胞に耐低pH性を与えることができる。
【0024】
また、塩ストレスに対して耐性を有する植物細胞においては、H−ATPアーゼによって生じるプロトン輸送と協同して、Naイオンのような有毒性のイオンを細胞膜のアンチポーターを通じて細胞から排出する(Vitart V, Baxter I, Doerner P, Harper JF (2001) Evidence for a role in growth and salt resistance of a plasma membrane H+-ATPase in the root endodermis. Plant J 27: 191-201, Kerkeb L, Donaire JP, Rodriguez-Rosales MP (2001) Plasma membrane H+-ATPase activity is involved in adaptation of tomato calli to NaCl. Physiol Plantarum 111: 483-490, Morsomme P, Boutry M (2000) The plant plasma membrane H+-ATPase: structure, function and regulation. Biochim Biophys Acta 1465: 1-16, Ballesteros E, Kerkeb B, Donaire JP, Belver A (1998) Effects of salt stress on H+-ATPase activity of plasma membrane-enriched vesicles isolated from sunflower roots. Plant Sci 134: 181-190, Niu X, Narasimhan ML, Salzman RA, Bressan RA, Hasegawa PM (1993a) NaCl regulation of plasma membrane H+-ATPase gene expression in a glycophyte and a halophyte Plant Physiol 103: 713-718)。そのため、そのような細胞に本発明のZha2タンパク質を発現させれば、その細胞の耐塩性を増強させる
ことが可能になる。
【実施例】
【0025】
本発明者らは、アマモを用いて、新規H-ATPアーゼ遺伝子の同定をするなかで、アマモZha2遺伝子を同定した。この遺伝子を含む領域で、エキソン/イントロン構造を予測し、エキソン領域に相補的なPCRプライマーを用いたRT−PCRによってZha2cDNAを増幅させ、塩基配列を決定した(配列番号2)。
【0026】
===Zha2遺伝子の同定とcDNAの単離===
(1)材料
アマモ(Zostera marina)を広島県安浦海岸で採取し、このアマモを水道水で洗い、直ちに液体窒素で凍結し、-80℃で保存した。
【0027】
(2)アマモDNAゲノムの調製方法
アマモDNAゲノムは、Saghai-Maroof等の方法(Saghai-Maroof MA, Soliman KM, Jorgensen RA, Allard RW (1984) Ribosomal DNA spacer-length polymorphisms in barley: Mendelian inheritance, chromosomal location, and population dynamics. Proc Natl Acad Sci USA 81: 8014-8018)に基づいたCTAB法により単離した。
【0028】
(3)Zha2cDNAの単離
新規遺伝子Zha2に対応するcDNAをクローニングするため、まず、図1に示す通り、シロイヌナズナ、大麦、トウモロコシ、アマモ、ソラマメ、ジャガイモ、コメ、タバコ、トマトの細胞膜型H−ATPアーゼのアミノ酸配列を比較することによって、2つの高く保存された領域を確認した。そして、このコンセンサス領域から特異的なプライマーを設計した。以下にプライマーの配列を示す。
【0029】
<プライマーの配列>
コンセンサス領域(フォワードプライマー):5’-GCA GTG ATA AAA CTG GAA CTT TGA CC-3’(配列番号3)
コンセンサス領域(リバースプライマー):5’-ATC ATT GAC ACC ATC ACC AGT CAT TC-3’(配列番号4)
【0030】
次に、前述(2)の方法によって得られたアマモのゲノムDNAを鋳型とし、上記のプライマーを用いて、95℃で4分間処理後、95℃30秒−57℃60秒−72℃3分のサイクルを30回繰り返し、72℃で7分間処理する条件でPCRを行ったところ、1182bpのcDNA断片が増幅した。その塩基配列は、自動シークエンサーによって決定した。なお、PCRポリメラーゼは、ExTaq DNAポリメラーゼ(東洋紡株式会社)を用いた。また、PCRに用いた溶液の組成は、10mM Tris-HCl(pH 8.3)、50mM KCl、1.5mM MgCl2、200μM dNTP、0.2μMの各プライマー、0.5単位のExTaq DNAポリメラーゼである。
【0031】
次に、H−ATPアーゼ遺伝子cDNAの全長を単離するため、上記のcDNAライブラリーを鋳型とし、以下配列番号5と配列番号6のプライマーペア及び配列番号7と配列番号8のプライマーペアを用いて、インバースPCRを行った。以下にプライマーの配列及びインバースPCRの条件を示す。
【0032】
<プライマーの配列>
ATPアーゼ(フォワードプライマー1):5’-CCA ATT AGA TTT TTG TCA ATA CTG AGC-3’(配列番号5)
ATPアーゼ(リバースプライマー1):5’-ATG TTG TTT TGT TAG CTG CTA GAG C-3’(配列番号6)
ATPアーゼ(フォワードプライマー2):5’-GCA AAC TTA TCA ATA ACA TTG TGA GC-3’(配列番号7)
ATPアーゼ(リバースプライマー2):5’-GAG CAC AAA TAT GAA ATT GTT AAG AGG-3’(配列番号8)
【0033】
インバースPCRは、以下の通りに行った。
(i)DNA5μgをBamHIによって切断し、フェノール/クロロホルムで抽出し、エタノールによって沈殿を得た。切断されたDNAは、Ligation High kit(東洋紡株式会社)を用いて、16℃で一晩ライゲーションを行った。ライゲーションを行ったDNAをフェノール/クロロホルムで抽出し、エタノールによって沈殿を得、この沈殿物を20μlの蒸留水に懸濁した。このDNA(self-ligated DNA)1μlを鋳型とし、上記のプライマーを用いて最終的に25μlの溶液を調製し(溶液の組成は以下に示す)、インバースPCRを実施した。
(ii)溶液の組成:10mM Tris-HCl(pH8.3)、50mM KCl、1.5mM MgCl2、200μM dNTP、0.2μMの各プライマー、0.5単位のExTaq DNAポリメラーゼ
(iii)インバースPCRの条件:95℃で4分間処理後、95℃30秒−57℃1分−72℃5分のサイクルを30回繰り返し、72℃で7分間処理する。
インバースPCRによって増幅された約8.6kbpのDNA断片をpGEM-T Easy VectorのBamHIサイトにクローニングし、自動シークエンサーを用いて、塩基配列を決定したところ、ゲノムDNA配列と一致し、コーディング領域を含む8613bpであることが明らかになった。
【0034】
次に、以下のようにcDNAを単離した。
まず、LiCl法(Valderrama-Chairez ML, Cruz-Hernandez A, Paredes-Lopez O (2002) Isolation of functional RNA from cactus fruit. Plant Mol Biol Rep 20: 279-286)を改良して、アマモ(Zostera marina)の葉から総RNAを単離し、精製し、RNase-free DNaseI(Roche Applied Science, Indianapolis, USA)で37℃20分処理した。次に、ReverTra Ace Kit(東洋紡株式会社)を用いて総RNA(1μg/μl)を鋳型とし、以下配列番号9と配列番号10のプライマーペアを用いて、RT−PCRを行い、cDNAを得た。
【0035】
<プライマーの配列>
cDNA−1(フォワードプライマー):5’-GAG AGA GAG AAA GGC GTG GTG CG-3’(配列番号9)
cDNA−1(リバースプライマー):5’-GGG GGC AAA CAT CAC TTT CCT CC-3’(配列番号10)
【0036】
そして、ReverTra Ace Kit(東洋紡株式会社)を用いて、得られたcDNAをpGEM-T Easy Vector(Promega, Wisconsin, USA)へ挿入し、Thermo Sequenase(登録商標)Primer Cycle Sequencing kit(Amersham Biosciences, New Jersey, USA)及びALF red automated DNA sequencer(Amersham Biosciences)を用いて、このcDNAの塩基配列を決定した。十分な量のcDNAを得るために、このcDNAを鋳型とし、以下配列番号11と配列番号12のプライマーペアを用いて、PCRを行った。
【0037】
<プライマーの配列>
cDNA−2(フォワードプライマー):5’-CCG TGT TTG GTA CCT CTT CGT-3’(配列番号11)
cDNA−2(リバースプライマー):5’-ATG ACA CAG GCT CGA GTT CCC -3’(配列番号12)
【0038】
図2に示す通り、この塩基配列は、2892bpのORFを有し、964のアミノ酸残基をコードすることが分かった。さらに、図3Aに示す通り、Zha2は、アマモの細胞膜型H−ATPアーゼであるZha1と85%の相同性を示した。
【0039】
また、アミノ酸配列解析により、Zha2の配列の最初のメチオニンから752位にPPTNKNDPDYN(配列番号13)の特殊なモチーフが見つかった(図3Bに示す)。これは、Zha1や他の生物の細胞膜型H−ATPアーゼには存在しない。そして、このモチーフは、膜貫通スパン7と8の間の外部領域に位置し、強い親水性を有する(図3Cに示す)。
【0040】
(4)酵母におけるZha2の発現
Zha2タンパク質を細胞に導入したとき、Zha2タンパク質の機能を細胞に付与できるかどうか調べるため、以下の実験を行った。なお、Zha2タンパク質の機能を調べるため、PMA1遺伝子及びPMA2遺伝子(これらの遺伝子は、内因性のH+−ATPアーゼ遺伝子である)を欠損しているSaccharomyces cerevisiae由来のYAK2をホストとして使用した。Saccharomyces cerevisiae由来のYAK2は、細胞膜型H−ATPアーゼ遺伝子(PMA1遺伝子、PMA2遺伝子)の両方を欠損しているが、pRS-316プラスミド(p(GAL1)::PMA1, CEN6, ARSH4, URA3)上のPMA1遺伝子によって、細胞が生存できるようになっている。YAK2の遺伝子型は以下の通りである(Luo H, Morsomme P, Boutry M (1999) The two major types of plant plasma membrane H+-ATPase show different enzymatic properties and confer differential pH sensitivity of yeast growth. Plant Physiol. 119: 627-634)。YAK2: MATα, ade2-101, lue2Δ1, his3-Δ200, ura3-52, trp1Δ63, lys2-801, pma1Δ::HIS3, pma2-Δ::TRP1)
まず、アマモZha2遺伝子を含むcDNAクローンを、酵母の発現ベクターであるpKT10ベクター(Tanaka K, Nakafuku M, Tamanoi F, Kaziro Y, Matsumoto K, Toh-e A (1990) IRA2, a second gene of Saccharomyces cerevisiae that encodes a protein with a domain homologous to mammalian ras GTPase-activating protein. Mol Cell Biol 10: 4303-4313)のKpnI/XhoIと結合させ、GAP(glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase)プロモーター下に挿入した。この発現ベクターを、Becker and Guarente(Becker DM, Guarente L (1991) High-efficiency transformation of yeast by electroporation. Methods Enzymol 194: 182-187)に従って、Gene Pulser Xcell(Bio-Rad, California, USA)を用いて、YAK2に導入し、グルコース選択培地(2%グルコース含有SD培地)で選択し、形質転換細胞YAKZha2を得た。図4に、用いたYAKzha2の糖代謝形質を示す。すなわち、YAK2はグルコース培地で生育することができなかったが、形質転換体であるYAKzha2はW303と同様に、グルコース培地で生育することができる。これは、YAKzha2がpKT10で形質転換されたことを示す。
【0041】
なお、コントロールとしては、野生型酵母であるW303(MATα, lue2, his3, met15, ura3)を用いた。
【0042】
次に、上記の酵母を、2%寒天を含有するガラクトース培地(2%ガラクトース含有SD培地)において28℃で培養した。図4に示すように、YAKzha2は、様々なpH条件下において生育することができ、酸性条件では、pH3まで生育可能であった。このように、アマモZha2タンパク質は、細胞に抗酸耐性を付与する。
【0043】
さらに、グルコースを培地に添加することによって、上記各々の酵母からの酸流出をBoutryら(Zhao R, Moriau L, Boutry M (1999) Expression analysis of the plasma membrane H+-ATPase pma4 transcription promoter from Nicotiana plumbaginifolia activated by the CaMV 35S promoter enhancer. Plant Sci 149: 157-165)の方法に従って測定した。一般に、培地の酸性化は、細胞中の細胞膜型H−ATPアーゼによると考えられているため、細胞に導入したアマモZha2タンパク質がH−ATPアーゼ活性を有するかどうか、調べるためである。
【0044】
まず、100mlのYAGlc(pH6.5)培地(1% 酵母抽出物、2%ペプトン、0.0075% 1-アデニン及び2%グルコース)又は100mlのYAGal培地(pH6.5)(1% 酵母抽出物、2%ペプトン、0.0075% 1-アデニン及び2%ガラクトース)で上述の酵母を一晩中培養した。酵母の増殖が対数増殖期(後期)に達した時点で、遠心分離によって各々の酵母を回収し、氷冷した水で3回洗浄し、氷上に保存した。各アッセイを実施するために、10mlの250mMソルビトールをマグネチックスターラーバーとpH電極を備えたビーカーに入れ、この中で109個の各酵母を28℃でインキュベートした。そして、pHが定常状態に達した時に、250mMのグルコースをエネルギー源として添加し、15分ごとに培地のpHを測定した。その結果を図5に示す。
【0045】
図5に示すように、初期段階においてはpHの差はないが、その後W303とYAKzha2の酸性化は進み、YAK2を上回った。つまり、YAKzha2は、野生株W303と同様の細胞膜型H−ATPアーゼの活性を有することが判明した。このことは、アマモZha2タンパク質がH−ATPアーゼ活性を有することを示す。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明の一実施形態において、PCRプライマーを設計するために使用した、細胞膜型H−ATPアーゼのアミノ酸配列において高く保存された領域を示す図である。2つの離れた領域は、対応する位置番号(数字で記載)で示した。下線部はプライマーとして使用した領域を示し、対応する塩基配列を図の下部に示した。なお、矢印は増幅方向を示す。
【図2】本発明の一実施例において、Zha2遺伝子構造の模式図(ゲノムDNAとcDNA)を示す図である。Pはプローブ、BはBamHI、EはEcoRIを表わす。黒いボックス部分はイントロンを表わし、白いボックス部分はエキソンを表わす。
【図3A】本発明の一実施例において、アマモ由来の細胞膜型H−ATPアーゼの2つの構造異性体(isoform)のアミノ酸配列を比較した図である。リン酸化されたアスパラギン酸(Asp)周囲の高度に保存された配列DKTGTLT(配列番号14)を二重線で示す。このモチーフは、Zha1では331位に、Zha2では333位に存在する。
【図3B】本発明の一実施例において、特殊なアミノ酸配列を示す図である。なお、Zha2タンパク質中に認められる特殊なアミノ酸配列は、PPTNKNDPDYN(配列番号13)である。これに対応する領域のアミノ酸配列を様々な植物の細胞膜型H−ATPアーゼと比較した。なお、略語は以下の通りである。ZHA2: Z.marinaのH−ATPアーゼ(本発明で用いたもの)、ZHA1: Z.marina(BAA08134), AHA1:A.thaliana (P20649)、PMA2:N.plumbaginifolia (AAA34052)、PMA4: N.plumbaginifolia (Q03194)、LHA1: L.esculentum (P22180)、PHA1: S. tuberostum (CAA54046)、Ha1:H.vulgare (AAN15220)、MHA2: Zea mays (CAA59800)、VHA1:V.faba (AAB35314)、OSA1:O.sativa (CAD29294)
【図3C】本発明の一実施例において、Zha2の親水性を示す図である。予想される膜貫通スパンを○で囲み、数字で番号付けした。なお、752位に位置する特殊なアミノ酸モチーフPPTNKNDPDYN(配列番号13)は○で囲んでいる。このモチーフは、とても強い親水性を有し、膜貫通スパンの7と8の間の外部領域に位置すると考えられる。
【図4】本発明の一実施例において、W303(野生型)、YAK2(Zha2遺伝子がないもの)、YAKzha2(Zha2遺伝子が導入されたもの)の生育状況をpHごとに示した図である。その結果、YAKzha2とW303は、pH3.0, 4.0, 5.0, 6.0及び7.0のYAGlc培地で生育することができた。
【図5】本発明の一実施例において、各酵母細胞からのHの流出を調べた結果を示す図である。この実験には、グルコースの誘導を用いた。まず、W303とYAKzha2はYAGlc培地で生育させ、YAK2はYAGal培地で生育させた。その後、氷冷した水で各細胞を洗浄し、5分間28℃でインキュベートした。その後、グルコース(250mM)を添加し、培地のpHを測定した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)又は(b)のタンパク質。
(a)配列番号1のアミノ酸配列を有するタンパク質。
(b)配列番号1のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、又は付加したアミノ酸配列からなり、H−ATPアーゼ活性を有するタンパク質。
【請求項2】
請求項1に記載のタンパク質をコードするDNA。
【請求項3】
請求項2に記載のDNAであって、以下の(a)又は(b)のDNA。
(a)配列番号2の塩基配列を有するDNA。
(b)配列番号2の塩基配列において、1もしくは数個の塩基が欠失、置換、又は付加した塩基配列を有し、H−ATPアーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。
【請求項4】
請求項1に記載のタンパク質を発現させる発現ベクター。
【請求項5】
請求項4に記載の発現ベクターを保持する細胞。
【請求項6】
細胞に耐低pH性を付与する方法であって、請求項1に記載のタンパク質を該細胞に導入することを特徴とする方法。
【請求項7】
細胞の耐塩性を増強する方法であって、請求項1に記載のタンパク質を該細胞に導入することを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項1に記載のタンパク質を発現させる発現ベクターを前記細胞に導入することを特徴とする請求項6又は7に記載の方法。


【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図3C】
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【図5】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−166921(P2007−166921A)
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−365059(P2005−365059)
【出願日】平成17年12月19日(2005.12.19)
【出願人】(000211307)中国電力株式会社 (6,505)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】