説明

Mg基構造部材

【課題】
本発明は、環境に安全な元素で構成された耐食性皮膜を有するMg基構造部材を提供することを目的とする。また、その製造方法においても製造工程での環境負荷が低いものを提供することを目的とする。
【解決手段】
本発明は、環境負荷が低いリン酸カルシウムの中でも熱力学的安定性が高いアパタイトを主成分とする皮膜を耐食性膜とすることとした。具体的には以下の通りである。
本発明のMg基構造部材は、基材の表面がアパタイト結晶を主成分とする皮膜により覆われていることを特徴とし、Mg基構造部材において、前記皮膜と基材とが水酸化マグネシウム層を介して一体化されてなることを特徴とする。
本発明は上記のMg基構造部材において、前記皮膜の表面が、樹脂塗料により塗装されてなることを特徴とし、上記Mg基構造部材において、前記皮膜の厚さが1〜5μmであることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車などの輸送機器の部材、携帯電話、テレビなどのIT機器、家電製品の筐体等の所望の構造形状に形成されたマグネシウムおよびマグネシウム合金からなるMg基構造部材に関し、より詳しくは、その耐食性の向上に関するものである。
【背景技術】
【0002】
マグネシウム合金は比強度が高く資源が豊富であることから、自動車や航空機の燃費を向上するための軽量化部材としての応用が検討されている。また、プラスチックよりも強度や電磁波遮蔽効果が高いことから、携帯電話やパソコン、テレビなどをはじめとするIT機器や家電品の筺体に利用されている。これらの部材には、多様な環境での高い耐食性が必要である。
一方、マグネシウムは化学的に活性な物質であるために、特に塩化物イオンを含む酸性・中性環境での耐食性が低いという欠点がある。輸送機器や家電製品は、塩化物イオンを含む雨や海水の飛沫や人の汗に曝される。このため、高耐食性皮膜の形成と、部材によっては高耐食性皮膜に加えて塗装が必要とされている。
従来のマグネシウム材の耐食性改善のための皮膜は、クロム、マンガンやフッ素などの環境負荷が高い元素を含むものが主流である。このため、製造工程での環境負荷が小さく、使用中の環境への安全性も高い元素で構成されている耐食性皮膜が求められている。
リン酸を主成分とする環境負荷の低い元素で構成されている溶液中での陽極酸化により形成した高耐食性皮膜(特許文献1)の報告もあるが、陽極酸化は消費電力量が大きいという欠点がある。
また、リン酸、マンガン酸および酸化カルシウムを含む化成処理溶液および陽極酸化用電解液が開発されており(特許文献1〜5)、製造された皮膜は高い耐食性および塗料との密着性を示している。しかし、マンガン酸は廃液処理が必要な物質であることから、さらに環境負荷の低い耐食性皮膜およびその製造方法が望まれている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、このような実情に鑑み、環境に安全な元素で構成された耐食性皮膜を有するMg基構造部材を提供することを目的とする。また、その製造方法においても製造工程での環境負荷が低いものを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、上記目的を達成するために、環境負荷が低いリン酸カルシウムの中でも熱力学的安定性が高いアパタイトを主成分とする皮膜を耐食性膜とすることとした。具体的には以下の通りである。
発明1のMg基構造部材は、基材の表面がアパタイト結晶を主成分とする皮膜により覆われていることを特徴とする。
発明2は、発明1のMg基構造部材において、前記皮膜と基材とが水酸化マグネシウム層を介して一体化されてなることを特徴とする。
発明3は、発明1又は2のMg基構造部材において、前記皮膜の表面が、樹脂塗料により塗装されてなることを特徴とする。
発明4は、発明1から3のいずれかのMg基構造部材において、前記皮膜の厚さが1〜5μmであることを特徴とする。
【0005】
発明5は、発明1から4のいずれかのMg基構造部材の製造方法であって、所望の形状に成形された前記基材を、リン酸イオンおよび過飽和状態で溶解している非塩化物系カルシウムイオンを含む水溶液中に浸漬して、前記基材の表面にアパタイト結晶を主成分とする皮膜を析出させることを特徴とする。
発明6は、発明5のMg基構造部材の製造方法において、前記水溶液のカルシウムイオンはカルシウムキレート化合物の溶解により得られたものであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
アパタイトをはじめとするリン酸カルシウムは、中性環境での溶解度は低く、塩化物イオンによる腐食を受けない。アパタイトはリン酸カルシウムがとりうる種類の結晶構造の中で、熱力学的安定性が高い結晶構造であるため、他のリン酸カルシウムよりも水溶液中での溶解度が低い。また、リン酸カルシウムは、生体骨の主成分であることが示しているように、環境負荷の低い元素で構成されている環境安全性の高い材料である。
以上の特性より、アパタイトをはじめとするリン酸カルシウム、特にアパタイトをマグネシウム表面に析出させることで、低環境負荷の高耐食性マグネシウム材を提供することができる。さらに、アパタイトを主成分とする皮膜の作製を水溶液中で行うことができれば、製造過程の環境負荷を軽減することができる。
ところが、マグネシウムは、アパタイトの結晶化を阻害する元素であるため、マグネシウム材表面に水溶液中から直接アパタイトを析出させることは不可能とされていたのが従来技術常識であった。
本発明は、このような技術常識を打破したものである。
【0007】
本発明のマグネシウム材は、アパタイトを主成分とする皮膜が存在することで、マグネシウム又はマグネシウム合金の腐食を抑制する効果を有する。
さらに、本発明の皮膜を有するマグネシウム材は、環境に安全な元素からのみ構成されるため、マグネシウム材のリサイクル時の環境負荷を軽減する効果も有する。
また、皮膜作製の溶液を環境に安全な元素のみを含む水溶液とすることで、工場周辺の環境保全や廃液コストの削減に効果を発する。
一般にリン酸を含む皮膜は塗料の付着性が高いため、本発明のアパタイト結晶を主成分とする皮膜には塗料との高い密着性が期待できる。さらに、アパタイト結晶は透明又は白色の結晶であるため、上塗りする塗料の発色を妨げないという利点も期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】試料A〜DのXRDパターンを示すグラフ。
【図2】試料Bの表面の電子顕微鏡写真。
【図3】試料Bの断面の電子顕微鏡写真。
【図4】試料Cの表面の電子顕微鏡写真。
【図5】試料Cの断面の電子顕微鏡写真。
【図6】試料H、IのXRDパターンを示すグラフ。
【図7】試料K〜MのXRDパターンを示すグラフ。
【図8】試料Hの表面の電子顕微鏡写真。
【図9】試料N〜PのXRDパターンを示すグラフ。
【図10】試料Q〜TのXRDパターンを示すグラフ。
【図11】試料U〜WのXRDパターンを示すグラフ。
【図12】試料Cの96時間乾湿繰り返し試験後に、表面処理層および腐食生成物を除去した表面の写真。
【図13】試料Jの24時間乾湿繰り返し試験後に、表面処理層および腐食生成物を除去した表面の写真。
【図14】試料Kの24時間乾湿繰り返し試験後に、表面処理層および腐食生成物を除去した表面の写真。
【図15】研磨まま試料の24時間乾湿繰り返し試験後に、表面処理層および腐食生成物を除去した表面の写真。
【図16】試料C、J、Kおよび研磨まま試料の3.5wt% NaCl溶液中でのアノード分極曲線。
【図17】−1.45V(SCE)におけるアノード電流密度を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明のアパタイト結晶を主成分とする皮膜は、処理溶液に含まれるリン酸イオンおよびカルシウムイオンがアパタイト結晶として基材表面に析出したものであるため、基材の組成に依らず作製することができる。したがって、基材の組成は特に限定されず、純マグネシウムであってもよくマグネシウム合金であってもよい。
本発明の皮膜は、水溶液中への浸漬処理により作製されるため、基材の表面形状が複雑であってもその影響を受けない。
本発明の皮膜はアパタイト結晶を主成分としている。浸漬処理条件によっては、基材との境界に結晶性Mg(OH)を主成分とする層を有している。熱力学的に安定な結晶構造であるアパタイト結晶の塩類溶液中での溶解度は非常に低い。さらに、結晶性Mg(OH)の溶解度は、マグネシウム材表面に大気中で形成されるアモルファスMg(OH)よりも非常に低い。このために、本発明の皮膜を有するマグネシウム材は、大気酸化皮膜を有するマグネシウム材に比べて高い耐食性を示すことができる。
本発明の皮膜を有するマグネシウム材を製造するための表面処理溶液は、カルシウムキレート化合物およびリン酸イオンを含むpH5〜pH13の水溶液である。
【0010】
広いpH範囲で高濃度のカルシウムイオンを溶解させることができるカルシウム化合物としては、EDTA, NTA, HEDTE, アミノポリカルボン酸等のキレートのカルシウム化合物などが挙げられる。中性付近から酸性の処理溶液であれば、水酸化カルシウム、硝酸カルシウム、炭酸カルシウム、酢酸カルシウム、リン酸2水素カルシウム、チオ硫酸カルシウムなどの無機塩を用いることもできる。また、無機塩とともにキレート剤を加えることで、カルシウムイオン濃度を増加させることもできる。このように、カルシウム源をキレート化合物にすることで、酸性水溶液中はもとより、アルカリ性水溶液中においても比較的高濃度のカルシウムイオンを溶解することができる。
EDTAなどのキレート剤を含むアルカリ性水溶液は、酸洗したマグネシウム材表面からのスマット除去に用いられることもある(特許文献6)。このため、キレート剤濃度が高いと、基材マグネシウム表面が荒れる傾向がある。例えば、純マグネシウムにおいてEDTA濃度が2.5×10-1 Mより高いと、マグネシウム基材表面の荒れが大きくなり、リン酸カルシウムを主成分とする皮膜が均質に表面を覆えなかった。
一方、キレート剤の存在により、皮膜形成と併行して基材表面の脱脂および離型剤、酸化皮膜やスマットの除去を進めるため、形成される皮膜中の不純物が軽減できることが期待される。
【0011】
処理溶液を構成する無機リン酸塩としては、リン酸2水素カリウム、リン酸水素2ナトリウム、リン酸2水素アンモニウム、リン酸水素2アンモニウム、リン酸1水素カルシウムなどの種々のアルカリ塩、アンモニウム塩、アルカリ土類オルト2水素塩などが挙げられる。
カルシウム塩およびリン酸塩濃度が5×10-4M未満であると、アパタイト結晶の析出速度が非常に小さくなる傾向がみられた。この場合は、浸漬時間を長くする必要が生じてしまう。
上記のカルシウム化合物および無機リン酸塩より調整した処理溶液のpHを調整するために、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニアなどのアルカリ性溶液を用いる。調整するpHの範囲はpH5〜pH13が望ましい。これは、処理溶液に浸漬したマグネシウム基材の溶解が起こり、溶解反応によるpH上昇により、マグネシウム基材表面近傍のpHが、アパタイト結晶相が安定なpH7以上になりうるpHだからである。pH11以上の水酸化マグネシウムが不溶になるpH範囲においてもアパタイト結晶相が安定なため、マグネシウム基材表面にアパタイトを析出させることができる。
【0012】
本発明のアパタイト結晶を主成分とする皮膜の厚さは、1×10-2μm〜5×10μmが好ましい。より好適には1×10-1μm以上、好適には5×10-1μm以上、さらに好適には1μm以上である。また、より好適には2.5×10μm以下、1×10μm以下、さらには5μm以下である。皮膜の厚さが薄すぎると表面を均一に覆うことができずに耐食性が悪くなるおそれがあり、厚すぎると基材表面から剥離しやすくなる。
本発明のアパタイト結晶を主成分とする皮膜を有するマグネシウム材は、各種の用途に使用することができる。自動車や2輪車用部品や、携帯電話、パソコン、ビデオカメラなどの筺体などに使用することができる。
本発明のアパタイト結晶を主成分とする皮膜を有するマグネシウム材は、処理ままでも高い耐食性を示すが、さらに耐食性を向上させるために、あるいはマグネシウム材の美観性を向上させるために、必要に応じて塗装がなされる。塗装に用いる塗料は特に限定されず、水系、溶剤系のいずれでもよい。また、塗装方法も特に限定されず、浸漬塗装、スプレー塗装、電着塗装など公知のいずれの方法であってもよい。
【実施例1】
【0013】
表1に示す、50mMのCa−EDTA/50mMのKHPO水溶液に対して、0、1/40、1/20もしくは3/40の1N NaOH溶液を添加してpHを調整した溶液に、表面を0.1μmアルミナラッピングフィルムで仕上げた純マグネシウムを基材として浸漬し、95℃にて8時間静置し、試料A〜Dを作製した。
図1に処理した試料A〜DのXRDパターンを示す。いずれの試料においても、ヒドロキシアパタイト(HAp)およびMg(OH) (Brucite型)のピークが観察された。処理溶液のpHの上昇にともないHApピーク強度は増加し、Mg(OH) (Brucite)ピーク強度は減少した。
試料BおよびCの表面および断面の電子顕微鏡写真を図2〜5に示す。いずれの試料も表面をアパタイト結晶が均一に覆っていることが確認された。アパタイトは径1μmから10μm程度の板状もしくは針状結晶であった。断面観察、EDS分析およびXRD測定より、処理皮膜はCa、PとO濃度が高いアパタイト結晶を主成分とする層と、OとMg濃度が高いMg(OH)が主成分の境界層で構成されていた。試料BのようにMg(OH)境界層がSEM観察レベルでは明瞭に観察されないほど薄いか、もしくは存在しない試料もあった。 形成された皮膜の厚さを表1に示す。処理溶液のpHの上昇にともない、厚さが増加する傾向がみられた。
これらの結果より、処理溶液のpH制御により、アパタイト結晶のサイズや皮膜の厚さを制御できることが示された。
【0014】
【表1】

【実施例2】
【0015】
表2に示す、1N NaOHを1/40添加してpHを調整した50mMのCa−EDTA/50mMのKHPO水溶液中に、実施例1と同様の表面仕上げをした純マグネシウムを基材として浸漬し、95℃にて24、96および168時間静置し、試料E〜Gを作製した。また、表2に示す、1N NaOHを1/20添加してpHを調整した50mMのCa−EDTA/50mMのKHPO水溶液中に、実施例1と同様の表面仕上げをした純マグネシウムを基材として浸漬し、95℃にて2、4、16、24、96および168時間静置し、試料H〜Mを作製した。図6にpH7.1〜7.4溶液で処理した試料HおよびIのXRDパターンを、図7にpH7.1〜7.4溶液で処理した試料K〜Mの表面のXRDパターンを示す。いずれの処理時間でもHApのピークが観察され、処理時間が長い試料ではMg(OH) (Brucite)のピークも観察された。一方、処理時間が2時間の試料HではMg(OH) (Brucite)のピークは観察されなかった。
処理時間の増加に伴いHApピークは先鋭になり、強度が大きく増加した。Mg(OH)ピーク強度も処理時間の増加にともない増加した。一方、基材のマグネシウムピーク強度は、処理時間の増加にともない大きく減少した。pH6.1〜6.5溶液で処理した試料E〜Gにおいてもほぼ同様の結果が得られた。
試料の断面観察などにより求めた形成された皮膜の厚さを表2に示す。1μmより薄い皮膜の厚さは処理時間と皮膜厚さの関係より求めた推測値である。処理時間が2時間と短い場合でも、図8 に示すようにアパタイト結晶は表面を均一に覆っており、処理時間が長くなるのにともない、アパタイト結晶層の厚さが増加する傾向がみられた。また、処理時間が96時間以上と長い場合では、アパタイト結晶の析出量は増加したが、基材表面から皮膜の一部又は全部が剥離する場合が多かった。
これらの結果は、処理時間が短くてもアパタイト結晶層を作製できること、および処理時間を変化することによりアパタイトの結晶の析出量を変化させて膜厚を調整できることを示している。しかし、処理時間が長すぎて皮膜厚さが50μmを超えると皮膜の剥離の原因になることがわかった。
【0016】
【表2】

【実施例3】
【0017】
表3に示す、250mMのCa−EDTA/250mMのKHPO水溶液に1/40、1/20もしくは3/40の1N NaOH溶液を添加してpHを調整した溶液中に、実施例1と同様の表面仕上げをした純マグネシウムを基材として浸漬し、95℃にて8時間静置し、試料N〜Pを作製した。本処理溶液中のリン酸イオンおよびカルシウムイオン濃度は、実施例1および実施例2で使用した溶液の5倍である。
図9に処理した試料N〜PのXRDパターンを示す。いずれの試料においても、HApのピークが観察された。処理溶液のpHの上昇にともない、HApピーク強度が増加した。Mg(OH) (Brucite)のピークは試料OおよびPでは観察されたが、処理溶液のpHが比較的低い試料Nでは明瞭に観察されなかった。また、試料OおよびPのMg(OH)のピークは試料A〜Dに比較して非常に小さかった。これより、カルシウムイオンおよびリン酸イオン濃度が高い溶液中では、水酸化マグネシウム層は形成されにくいことが示された。形成された皮膜の厚さを表3に示す。
実施例1で50mMのCa−EDTA/50mMのKHPO溶液で処理した表面と比較すると、HApピーク強度は250mMの溶液中における方が高い傾向がみられた。一方、Mg(OH)ピーク強度は、250mMの溶液中における方が小さい傾向がみられた。
これらの結果は、処理溶液中のリン酸イオンおよびカルシウムイオン濃度の増加により、アパタイト結晶の析出量を増加できること、および境界層のMg(OH)層の成長を抑制できることを示している。
【0018】
【表3】

【実施例4】
【0019】
表4に示す、pHを調整した50mMのCa−EDTA/50mMのKHPO水溶液中に、表面を0.1μmアルミナラッピングフィルムで仕上げたAZ31合金、AZ61合金、AZ91合金およびMg−1.0Al合金を基材として浸漬し、95℃にて8時間静置し、試料Q〜Tを作製した。図10に試料Q〜TのXRDパターンを示す。いずれの試料でもHApのピークが観察された。AZ系合金の場合、合金中のAl濃度が増加するにともない、HApの基材合金に対する相対ピーク強度が増加した。一方、Mg(OH) (Brucite)の明瞭なピークは観察されなかった。これより、基材の種類によって水酸化マグネシウム層の形成されやすさが異なることが示された。皮膜の厚さを表4に示す。基材合金の種類により皮膜の厚さが変化した。
これより、基材であるマグネシウム合金の組成にかかわらず、本発明の処理により表面にアパタイト結晶を主成分とする皮膜を形成できることが明らかになった。
【0020】
【表4】

【実施例5】
【0021】
表5に示すCa/P比をHApと同様の1.67になるようにCa−EDTAおよびKHPO濃度を決めた水溶液中に、表面を0.1μmアルミナラッピングフィルムで仕上げた純マグネシウムを基材として浸漬し、95℃にて8時間静置し、試料U〜Wを作製した。図11に試料U〜WのXRDパターンを示す。カルシウムイオン濃度が1mMの時にはHAp(002)面に由来するピーク以外は痕跡程度のHApピークしか現れなかったが、カルシウムイオン濃度の増加にともないHApピークは増加した。これより、HAp結晶化を阻害するマグネシウムが主成分である材料表面にアパタイト結晶を主成分とする皮膜を形成するには、処理溶液中のカルシウムイオンおよびリン酸イオン濃度が高い方がよりよいことが示された。また、カルシウムイオンおよびリン酸イオン濃度が低い試料UおよびVでは、Mg(OH)の明瞭なピークは得られなかった。これより、水酸化マグネシウム層の存在は処理溶液中のカルシウムイオンおよびリン酸イオン濃度に依存することが示された。
【0022】
【表5】

【実施例6】
【0023】
表1および表2に示す、試料C、J、Kおよび研磨まま試料の表面に1g/mのNaClを付着させ、室温下で、相対湿度を55%から95%、再び55%に8時間周期にて制御し、合計96時間の乾湿繰り返し試験を行った。比較材の研磨試料は、0.1μmアルミナラッピング仕上げの試料である。ここで、1g/mというNaCl付着量は海浜地域でのNaCl付着量に近く、腐食環境としては非常に過酷である。本試験で腐食がみられても、必ずしも実環境で腐食がおこるとは限らない。
図12〜図15に96時間の乾湿繰り返し試験後の試料C、J、Kおよび研磨まま試料表面から、表面処理層と腐食生成物を除去した表面の写真を示す。96時間試験後の試料CおよびKでは端の方に小さな糸状腐食が発生していたが、試料Jでは顕著な腐食はみられなかった。一方、研磨まま試料はほぼ全面が糸状腐食に覆われていた。これより、本発明における表面処理により、大気腐食に対する耐食性が十分に得られることが明らかになった。また、5μmよりも薄い皮膜でも、十分な耐食性を示すことがわかった。
【実施例7】
【0024】
表1および表2に示す、試料C、J、Kおよび研磨まま試料を、室温の3.5wt% NaCl溶液中でアノード分極した。NaCl濃度3.5wt%は、海水と同等の塩類濃度である。試料C、J,Kおよび研磨まま試料の分極曲線を図16に示す。電位−1.45V(SCE)におけるアノード電流密度を図17および表6にまとめる。研磨まま試料は分極開始直後から急激に電流密度が増加し、10mA/cmより大きなアノード電流密度を示したのに対し、本発明の皮膜を有するマグネシウム材は腐食電位付近に数十mVの電位幅の疑似不働態域が存在し、皮膜破壊による電流密度の急激な増加が起こった後も、1mA/cmよりも低い電流密度を示した。
これらの結果より、海水と同等の濃度のNaClを含む水溶液中であっても、本発明の皮膜を有するマグネシウム材は高い耐食性を示すことが明らかになった。また、水溶液中での腐食に対しては、皮膜が厚い方が高い耐食性を示すことがわかった。
【0025】
【表6】

【実施例8】
【0026】
表1および表2に示す、試料H、I、Cおよび研磨まま試料表面に水性エポキシ塗料を塗布し、クロスカット試験(JIS K 5600―5―6)を行った。JIS規格の分類法にのっとって、塗装の剥離の割合を評価した。試験結果を表7にまとめる。研磨まま表面の結果が分類3であったのに対し、試料Iの結果は分類2であった。本発明の皮膜の存在により、塗料との付着性が向上することが明らかとなった。また、水性エポキシ塗料との付着性は皮膜の厚さに依存し、1から2μmが望ましいことが示された。
【0027】
【表7】

【先行技術文献】
【特許文献】
【0028】
【特許文献1】WO2003/080897
【特許文献2】特開平11―131225
【特許文献3】特開2003―286582
【特許文献4】特開2003―3237
【特許文献5】特開2005―281717
【特許文献6】特開平6−220663

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネシウム又はマグネシウム合金を基材とし、所望の構造形状に成形されてなるMg基構造部材であって、前記基材の表面がアパタイト結晶を主成分とする皮膜により覆われていることを特徴とするMg基構造部材。
【請求項2】
請求項1に記載のMg基構造部材において、前記皮膜と基材とが水酸化マグネシウム層を介して一体化されてなることを特徴とするMg基構造部材。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のMg基構造部材において、前記皮膜の表面が、樹脂塗料により塗装されてなることを特徴とするMg基構造部材。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載のMg基構造部材において、前記皮膜の厚さが1〜5μmであることを特徴とするMg基構造部材。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載のMg基構造部材の製造方法であって、所望の形状に成形された前記基材を、リン酸イオンおよび過飽和状態で溶解している非塩化物系カルシウムイオンを含む水溶液中に浸漬して、前記基材の表面にアパタイト結晶を主成分とする皮膜を析出させることを特徴とするMg基構造部材の製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載のMg基構造部材の製造方法において、前記水溶液のカルシウムイオンはカルシウムキレート化合物の溶解により得られたものであることを特徴とするMg基構造部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2010−174363(P2010−174363A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−21268(P2009−21268)
【出願日】平成21年2月2日(2009.2.2)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】