説明

Ni系金属ガラス合金

【課題】本発明の課題は、粘性流動加工を行うことができる安価なNi系金属ガラス合金を提供することにある。
【解決手段】本発明に係るNi系金属ガラス合金は、(Ni1-xFex100-a-b-cSiabcの組成(ただし、MはCr及びCuから選択される少なくとも1種類の元素である)を有する。なお、ここで、x、a、b及びcは、0≦x≦0.4、10原子%≦a+b≦30原子%、0原子%≦a≦25原子%、0原子%≦b≦30原子%、0原子%<c≦30原子%(ただし、MがCuであるかCuを含む場合、Cuの含有率は4原子%未満である)の条件を満たし、結晶化開始温度からガラス転移温度を差し引いた値ΔTxが40℃以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Ni系金属ガラス合金に関する。
【背景技術】
【0002】
従前から、アモルファス合金や金属ガラス合金が一般的に広く知られている。このアモルファス合金や金属ガラス合金は、原子配列がランダムであり、その原子配列の特異性から種々の優れた特性、例えば、低ヤング率、高強度、高耐食性などの特性を有する。
【0003】
しかし、アモルファス合金は、ガラス形成能が低いため、成形時に溶湯が105K/sec以上の高い冷却速度で凝固される必要がある。その結果、アモルファス合金は、数十μmの厚さのリボン形状、細線状又は粉末形状にしか成形することができない。
【0004】
これに対し、金属ガラス合金は、ガラス形成能が高いため、成形時に溶湯が比較的遅い冷却速度で凝固されてもかまわない。このため、金属ガラス合金の成形では、厚みが数十mmのバルク状のものを得ることができると共に種々の形状のものを作製することができる。このような事情から、近年、金属ガラス合金の優れた特性を利用した製品の開発が積極的に行なわれている。このようなバルク状の金属ガラス合金としては例えばMg系金属ガラス合金、ランタノイド(Ln)系金属ガラス合金、Zr系金属ガラス合金、(Fe,Co)系金属ガラス合金、Ni系金属ガラス合金、Pd−Cu系金属ガラス合金、Ti系金属ガラス合金などが知られているが、その中でもNi系金属ガラス合金はガラス形成能、加工性、機械的強度に優れている。なお、このようなNi系金属ガラス合金としては、例えば、Ni−P−M(MはTi、Zr、Hf、Nb、またはTaの1種以上)のようなNi基金属ガラス合金(例えば、特許文献1参照)や、Ni−Nb系の金属ガラス合金(例えば、特許文献2、3および非特許文献1参照)、Ni−Ti−Zr系の金属ガラス合金(例えば、特許文献4参照)、Ni−Fe−Si−B−Nb系の金属ガラス合金(例えば、特許文献6参照)、Ni−Ta−Ti−(Zr,Hf)系の金属ガラス合金(例えば、特許文献5参照)、Ni−Nb−Sn基金属ガラス合金(例えば、非特許文献2参照)、Ni−Cu−Ti−Zr−Al系の金属ガラス合金(例えば、非特許文献3参照)などが知られている。特に、Ni−Fe−Si−B−Nb系の金属ガラス合金は、高いガラス安定性を有すると共にガラス形成能に優れている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−87197号公報
【特許文献2】特開2000−345309号公報
【特許文献3】特開2001−49407号公報
【特許文献4】特開2002−105608号公報
【特許文献5】特開2005−298858号公報
【特許文献6】特開2007−247037号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Tao Zhang、Akihisa Inoue,"New Bulk Glassy Ni-Based Alloys with High Strength of 3000MPa",Materials Transactions,日本国,The Japan Institute of Metals,2002年4月,第43巻,第4号,p.708−711
【非特許文献2】Haein Choi-Yim、外2名,"Ni-based bulk metallic glass formation in the Ni-Nb-Sn and Ni-Nb-Sn-X (X=B, Fe, Cu) alloy systems"、Applied Physics Letters、 米国、American Institute of Physics、2003年2月17日、第82巻、第7号、p.1030−1032
【非特許文献3】Donghua Xu、外3名,"Formation and properties of new Ni-based amorphous alloys with critical casting thickness up to 5mm"、Acta Materialia、オランダ国、Elsevier Ltd.、2004年7月12日、第52巻、第12号、p.3493−3497
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、Tiや、Zr、Hf、Nb、Ta等は、レアメタルと呼ばれ、その名の通り希少価値が高いため、他の金属に比べると価格が著しく高い。このため、このようなレアメタルが組成中に含まれているNi系金属ガラス合金は、ほとんど実用化まで至っていない。
【0008】
また、Ni系金属ガラス合金から粘性流動加工により成形品を製造することが所望されているが、Ni系金属ガラス合金の粘性流動加工は、結晶化開始温度からガラス転移温度を差し引いた値が40℃以上なければ困難であることが一般に知られている。
【0009】
本発明の課題は、粘性流動加工を行うことができる安価なNi系金属ガラス合金を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るNi系金属ガラス合金は、(Ni1-xFex100-a-b-cSiabcの組成(ただし、MはCr及びCuから選択される少なくとも1種類の元素である)を有する。なお、ここで、x、a、b及びcは、0≦x≦0.4、10原子%≦a+b≦30原子%、0原子%≦a≦25原子%、0原子%≦b≦30原子%、0原子%<c≦30原子%(ただし、MがCuであるかCuを含む場合、Cuの含有率は4原子%未満である)の条件(以下「第1条件」という)を満たす。
【0011】
なお、第1条件を満たす組成(以下「第1組成」という)のNi系金属ガラス合金において、Fe含有量が少ない場合、結晶化開始温度からガラス転移温度を差し引いた値、すなわち過冷却液体領域の幅ΔTxが小さくなりNi系金属ガラス合金の加工性が悪化する傾向にあるが、その反面、靭性が高くなる傾向にある。また、同Ni系金属ガラス合金において、Niに対するFeの置換濃度が0.4よりも大きくなると、Ni系金属ガラス合金の靭性が悪化する傾向が見られる。このため、本発明に係るNi系金属ガラス合金の靭性を良好に維持するためには、xの値は、0.3以下であることが好ましく、0.2以下であることがより好ましい。
【0012】
また、Crの元素濃度が30原子%よりも大きい場合、ΔTxの値が急激に低下しNi系金属ガラス合金の加工性が悪くなる傾向にある。このため、本発明に係るNi系金属ガラス合金の加工性を良好に保つためには、Crの元素濃度が30原子%以下である必要がある。
【0013】
また、SiおよびBの合計元素濃度が30原子%よりも大きい場合、成形体が脆化しやすくなる傾向が見られる。また、SiおよびBの合計元素濃度が10原子%よりも小さい場合、Ni系金属ガラス合金のガラス形成能が低下すると共にΔTxが低下しNi系金属ガラス合金の加工性が悪くなる傾向にある。このため、良好な成形体を得るためには、SiおよびBの合計元素濃度が10原子%以上30原子%以下である必要がある。なお、SiおよびBから選択される1種又は2種の元素が30原子%を超えると冷却速度が低い作製プロセスで成形体を作製した場合、Ni系金属ガラス合金が脆化やすくなる傾向にある。
【0014】
また、本発明において、Ni系金属ガラス合金は(Ni1-xFex100-a-b-cSiabCrcの組成を有するのが好ましい。なお、ここで、x、a、b及びcは、0≦x≦0.4、16原子%≦a+b≦22原子%、0原子%≦a≦15原子%、8原子%≦b≦22原子%、10原子%≦c≦20原子%の条件(以下「第2条件」という)を満たすのが好ましく、0≦x≦0.4、a+b=20原子%、4原子%≦a≦10原子%、10原子%≦b≦16原子%、15原子%≦c≦17原子%の条件(以下「第3条件」という)を満たすのがさらに好ましい。
【0015】
なお、本願発明者等が実験を行いその実験結果を鋭意検討した結果、第1組成のNi系金属ガラス合金中には、ΔTxが40℃〜100℃のものが存在し、これらのNi系金属ガラス合金は、粘性流動加工を行うことができることが明らかとなっている。また、第1組成のNi系金属ガラス合金は、空気雰囲気中350℃での30分間の熱処理後の換算MIT耐折回数が3500回〜20000回となることが明らかとなった。また、第1組成のNi系金属ガラス合金は、熱処理前の換算MIT耐折回数が5000回〜10000回となることも明らかとなっている。なお、N78Si109Cr3のNi系金属ガラス合金は、第1条件を満たしているが、ガラス転移温度が検出されない。
【0016】
なお、本願において、換算MIT耐折回数は、JIS−P 8115に規定されるMIT耐折疲労試験機により、JIS−P 8115に準拠した方法に基づき測定される。なお、換算MIT耐折回数は、下式(1)により求められる。
【0017】
(換算MIT耐折回数[回・%/mm])=(MIT耐折回数[回])×(曲げ歪[%])÷(試料幅[mm])
なお、本願において、換算MIT耐折回数は、3回の測定値の平均値とした。
【0018】
なお、本願において、強度評価に換算MIT耐折回数を採用したのは、本発明に係るNi系金属ガラス合金を多次元応力のかかる用途、例えば、10nm〜100μm程度の厚みしかない医療用ステント等に適用する場合を想定したからである。通常、ある成形品が多次元応力のかかる用途に適用される場合、その成形品の疲労耐折強度が重要となるが、従来、疲労試験はそのほとんどが一次元応力下の繰り返し引張試験であった。しかし、このような疲労試験では、多次元応力のかかる用途における成形体の正確な疲労強度が求められないおそれがある。このような考えから本願では強度評価に換算MIT耐折回数を採用している。
【0019】
また、第2条件を満たす組成(以下「第2組成」という)のNi系金属ガラス合金のほとんどは、ΔTxが40℃〜100℃となっており、粘性流動加工を行うことができることが明らかとなっている。また、第2組成のNi系金属ガラス合金は、空気雰囲気中350℃での30分間の熱処理後の換算MIT耐折回数が3500回〜10000回となることも明らかとなっている。また、第2組成のNi系金属ガラス合金は、熱処理前の換算MIT耐折回数が5000回〜10000回となることも明らかとなっている。また、第2組成のNi系金属ガラス合金は、65重量%硝酸水溶液に対して良好な耐蝕性を示すことも明らかとなっている。
【0020】
また、第3条件を満たす組成(以下「第3組成」という)のNi系金属ガラス合金は、ΔTxが40℃〜100℃となっており、粘性流動加工を行うことができることが明らかとなっている。また、第3組成のNi系金属ガラス合金は、空気雰囲気中350℃での30分間の熱処理後の換算MIT耐折回数が3600回〜7000回となることも明らかとなっている。また、第3組成のNi系金属ガラス合金は、熱処理前の換算MIT耐折回数が5000回〜8000回となることも明らかとなっている。また、第3組成のNi系金属ガラス合金は、65重量%硝酸水溶液に対して良好な耐蝕性を示すことも明らかとなっている。
【0021】
また、本発明において、空気雰囲気中350℃での30分間の熱処理後の換算MIT耐折回数は3500回以上であることが好ましく、4000回以上であることがより好ましく、5000回以上であることがさらに好ましく、6000回以上であることがさらに好ましく、7000回以上であることがさらに好ましく、8000回以上であることがさらに好ましく、9000回以上であることがさらに好ましく、10000回以上であることがさらに好ましく、15000回以上であることがさらに好ましい。
【0022】
また、本発明において、空気雰囲気中400℃での30分間の熱処理後の換算MIT耐折回数は5000回以上であることが好ましく、6000回以上であることがより好ましく、7000回以上であることがさらに好ましく、8000回以上であることがさらに好ましい。
【0023】
また、本発明において、熱処理前の換算MIT耐折回数は5000回以上であることが好ましく、5500回以上であることがより好ましく、6000回以上であることがさらに好ましく、7000回以上であることがさらに好ましく、8000回以上であることがさらに好ましい。
【0024】
また、本発明において、ΔTxは40℃以上であり、ΔTxは60℃以上であることが好ましく、80℃以上であることがより好ましく、90℃以上であることがさらに好ましい。ΔTxが大きいものほど加工性に優れているためである。
【0025】
また、本発明に係るNi系金属ガラス合金は、安価なNiや、Fe、Si、B、Cr、Cuの金属により構成され、レアメタルを一切含んでいない。したがって、本発明に係るNi系金属ガラス合金は、廉価であり、実用化することができる。
【0026】
また、本発明において、Ni系金属ガラス合金のガラス転移温度は350℃から500℃までの範囲内にあることが好ましく、380℃から480℃までの範囲内にあることがより好ましい。ガラス転移温度が350℃以上であると、フッ素樹脂や、ポリイミド樹脂、シリコーン樹脂等のような耐熱樹脂がその成形体に被覆される場合であっても、成形体が十分な耐熱性を有しているため、成形体の脆化を防ぐことができる。なお、このような成形体にポリエチレン樹脂や、ポリウレタン樹脂、ポリプロピレン樹脂のような汎用樹脂が被覆されてもかまわない。一方、ガラス転移温度が500℃以下であると成形加工時のエネルギー消費量が低くなり好ましい。
【0027】
なお、本発明に係るNi系金属ガラス合金は、ガラス相を有する。なお、このガラス相は、X線回折法により試料を測定したプロファイルに結晶相に起因する鋭いピークが存在せず、ガラス相のブロードなピークのみが存在することによって確認される。また、ガラス相の含有率は、80体積%以上であることが好ましく、90体積%以上であることがより好ましい。ガラス相の含有率が80体積%未満であると、Ni系金属ガラス合金は急激に脆化する傾向にあるからである。なお、ガラス相の含有率は、示差走査熱量計により結晶化の発熱量を測定し、105K/s以上の高冷却速度で作製されたリボン状等の金属ガラス合金の結晶化の発熱量と比較することにより容易に決定することができる。
【0028】
また、本発明に係るNi系金属ガラス合金は、銅鋳型鋳造法の他、公知の種々の方法により成形加工を行うことができる。例えば、単ロール法や双ロール法により本発明に係るNi系金属ガラス合金を薄板形状に成形することができる。また、射出成形法により同Ni系金属ガラス合金を微細成形することができる。また、回転液中紡糸法や溝急冷法により同Ni系金属ガラス合金を細線形状に成形することができる。また、石英ガラス製などのるつぼ中で溶解した後に水中で急冷する方法によりバルク状に成形することができる。
また、ガスアトマイズ法などの方法によりNi系金属ガラス合金の粉末を作製し、その後に固化成形することもできる。また、本発明に係る金属ガラス合金は、上述のいずれの方法により成形された場合であっても、粘性流動を利用した二次加工が可能であり、また粉末の固化成形も容易である。
【0029】
また、本発明に係る金属ガラス合金は、銅鋳型鋳造法により、臨界直径が最大約5mmの棒材に成形することができる可能性がある。また、本発明に係る金属ガラス合金は、10nmから100μm程度の厚さの薄帯や細線から、肉厚が100μmよりも大きいバルク状まで種々の形状に成形することができる。
【0030】
また、本発明に係るNi系金属ガラス合金は、粘性流動加工を利用して熱間プレスによりナノメートルオーダーの精密な凹凸等を有する機械部品や医療部品等を形成することができる。
【発明の効果】
【0031】
先ず、本発明に係るNi系金属ガラス合金は、安価なNiや、Fe、Si、B、Cr、Cuの金属により構成され、レアメタルを一切含んでいない。したがって、本発明に係るNi系金属ガラス合金は、廉価であり、実用化することができる。
【0032】
また、本発明に係るNi系金属ガラス合金は、ΔTxが40℃〜100℃となっており、粘性流動加工を行うことができる。
【0033】
以上より、本発明に係るNi系金属ガラス合金は、安価であり、粘性流動加工されることができる。
【0034】
さらに、本発明に係るNi系金属ガラス合金は、空気雰囲気中350℃での30分間の熱処理後の換算MIT耐折回数が3500回以上である。このため、本発明に係るNi系金属ガラス合金は、フッ素樹脂やポリイミド樹脂等の耐熱樹脂が被覆等される場合や、熱間加工される場合であっても、良好な疲労強度を維持することができる。
【0035】
また、本発明に係るNi系金属ガラス合金の中には、優れた耐蝕性を示すものが存在する。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】実施例3のリボンの示差走査熱量測定結果である。
【図2】Ni、Si、BおよびCrから成る金属ガラス合金においてSiとBとの混合原子比を1:2とした場合の合金組成とΔTxとの関係を表す図である。
【図3】Ni65Sia20-aCr15の金属ガラス合金においてガラス転移温度および結晶化開始温度に及ぼすSiとBとの混合原子比の影響を表すグラフ図である。
【図4】Ni65Sia20-aCr15の金属ガラス合金においてΔTxに及ぼすSiとBとの混合原子比の影響を表すグラフ図である。
【図5】MIT耐折回数の測定における曲げ歪の詳細を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【実施例1】
【0037】
<合金およびリボンの調製>
合金組成がNi73Si817Cr2となるようにNi、Si、BおよびCrの純金属物質をArガス雰囲気中で混合し、その混合物をアーク溶解または高周波溶解により溶解させた後に冷却して母合金を作製した。次いで、単ロール法により母合金から幅0.4〜1.0mm、厚み10〜25μmのリボンを作製した
<物性測定>
(1)ガラス転移温度及び結晶化開始温度の測定
上記リボンのガラス転移温度Tg及び結晶化開始温度Txを示差走査熱量計(エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社製DSC6220,検出感度:1.6μW)により求めた。結果を表1に示す。なお、測定は、アルゴン雰囲気下において以下の手順で行われた。
【0038】
手順1:リボンを室温から565℃まで40℃/分の昇温速度で加熱して第1回目の吸発熱変化曲線を得る。
【0039】
手順2:次に、手順1で加熱されたリボンを室温まで自然冷却した後、再び同条件で同リボンを加熱して第2回目の吸発熱変化曲線を得る。なお、第2回目の吸発熱変化曲線にはガラス転移温度Tgも結晶化開始温度Txも表れないが、この吸発熱変化曲線は後にリファレンスとして利用される。
【0040】
手順3:続いて、第1回目の吸発熱変化曲線から第2回目の吸発熱変化曲線を差し引いて吸発熱変化の差分曲線を得る。
【0041】
手順4:そして、図1に示す実施例7のDSC測定結果のように、低温側のベースラインを高温側に延長した直線と、ガラス転移の階段状変化部分の曲線のこう配が最大になるような点で引いた接線との交点の温度をガラス転移温度Tgとし、結晶化に伴う十分な熱量の放出が認められる発熱ピーク(発熱ピークが複数存在する場合は最も低温側の発熱ピーク)の低温側におけるベースラインの高温側への延長線と、発熱ピークの低温側の曲線に勾配が最大になる点で引いた接線との交点の温度を結晶化開始温度Txとする。なお、ガラス転移温度Tgの決定方法は「JIS−K7121 プラスチックの転移温度測定方法」に記載の「ガラス転移温度の求め方、補外ガラス転移開始温度」の記載を参考にしており、結晶化開始温度Txの決定方法は「JIS−H7151 アモルファス金属の結晶化温度測定法方」に記載の「結晶化温度の算出」の記載に基づいている。
【0042】
(2)MIT耐折回数の測定
上記リボンのMIT耐折回数を、JIS−P 8115に規定されるMIT耐折疲労試験機により、温度23℃、折り曲げ角度45°、荷重250g、クランプ曲率0.38、速度175cpmの条件にて測定した。結果を表1に示す。なお、リボンの磨耗による影響を取り除くため、クランプ曲率0.38のアール部分にフッ素樹脂テープ(厚み100μm)を貼り付けた。また、MIT耐折回数はリボンが完全に破断された時点までカウントされた。また、換算MIT耐折回数は下式により求めた。
【0043】
換算MIT耐折回数[回・%/mm]=MIT耐折回数(回)×曲げ歪(%)÷幅(mm)
なお、本実施例において曲げ歪εとは、リボンの引張応力負荷側の表面の歪であり、下式により求められる。
【0044】
ε=100t/2r(={(r+t/2)θ−rθ}/rθx100)
ここで、tはリボンの厚みであり、rは曲げ半径である(図5参照)。なお、曲げ半径rは、リボンをMIT耐折疲労試験機に取り付けた後、折り曲げクランプが45°に傾くようにMIT耐折疲労試験機を停止させた状態でマイクロスコープにより計測される。
【0045】
また、本実施例では、3回の測定値を平均したものを換算MIT耐折回数とした。
【0046】
また、本実施例では、マッフル炉を用いて350℃又は400℃で30分間の条件下で熱処理を行ったリボンについても上記と同様の測定を行った。結果を表1に示す。
【0047】
(3)ガラス相の体積分率の測定
ガラス相の体積分率は、示差走査熱量計により熱処理後のリボンの結晶化熱量を測定すると共に105K/s以上の高冷却速度で作製されたリボンの結晶化熱量を測定し、両結晶化熱量を下式に代入することにより求めた。結果を表1に示す。
【0048】
ガラス相の体積分率(%)=熱処理後のリボンの結晶化熱量(J/g)/高冷却速度で作製されたリボンの結晶化熱量(J/g)x100
【実施例2】
【0049】
合金組成がNi73Si817Cu2となるようにNi、Si、BおよびCuの純金属物質をArガス雰囲気中で混合した以外は、実施例1と同様にしてリボンを作製して各種物性の測定を行った。また、リボンの熱処理条件も同一である。結果を表1および表2に示す。
【0050】
なお、本実施例では、上記リボンの耐蝕性試験を行った。耐蝕性試験では、先ず、リボンを秤量した後、そのリボンを65重量%硝酸水溶液に浸した。そして、96時間後、そのリボンを硝酸水溶液から取り出して秤量した。結果を表3に示す。
【実施例3】
【0051】
合金組成がNi65Si713Cr15となるようにNi、Si、BおよびCrの純金属物質をArガス雰囲気中で混合した以外は、実施例1と同様にしてリボンを作製して各種物性の測定を行った。また、リボンの熱処理条件も同一である。結果を表1および表2に示す。
【0052】
なお、本実施例では、上記リボンの耐蝕性試験を行った。耐蝕性試験では、先ず、リボンを秤量した後、そのリボンを65重量%硝酸水溶液に浸した。そして、96時間後、そのリボンを硝酸水溶液から取り出して秤量した。結果を表3に示す。
【実施例4】
【0053】
合金組成がNi65Si416Cr15となるようにNi、Si、BおよびCrの純金属物質をArガス雰囲気中で混合した以外は、実施例1と同様にしてリボンを作製して各種物性の測定を行った。また、リボンの熱処理条件も同一である。結果を表1および表2に示す。
【0054】
なお、本実施例では、上記リボンの耐蝕性試験を行った。耐蝕性試験では、先ず、リボンを秤量した後、そのリボンを65重量%硝酸水溶液に浸した。そして、96時間後、そのリボンを硝酸水溶液から取り出して秤量した。結果を表3に示す。
【実施例5】
【0055】
合金組成がNi65Si1010Cr15となるようにNi、Si、BおよびCrの純金属物質をArガス雰囲気中で混合した以外は、実施例1と同様にしてリボンを作製して各種物性の測定を行った。また、リボンの熱処理条件も同一である。結果を表1および表2に示す。
【0056】
なお、本実施例では、上記リボンの耐蝕性試験を行った。耐蝕性試験では、先ず、リボンを秤量した後、そのリボンを65重量%硝酸水溶液に浸した。そして、96時間後、そのリボンを硝酸水溶液から取り出して秤量した。結果を表3に示す。
【実施例6】
【0057】
合金組成がNi63Si713Cr17となるようにNi、Si、BおよびCrの純金属物質をArガス雰囲気中で混合した以外は、実施例1と同様にしてリボンを作製して各種物性の測定を行った。また、リボンの熱処理条件も同一である。結果を表1および表2に示す。
【0058】
なお、本実施例では、上記リボンの耐蝕性試験を行った。耐蝕性試験では、先ず、リボンを秤量した後、そのリボンを65重量%硝酸水溶液に浸した。そして、96時間後、そのリボンを硝酸水溶液から取り出して秤量した。結果を表3に示す。
【実施例7】
【0059】
合金組成が(Ni0.6Fe0.465Si713Cr15となるようにNi、Fe、Si、BおよびCrの純金属物質をArガス雰囲気中で混合した以外は、実施例1と同様にしてリボンを作製して各種物性の測定を行った。また、リボンの熱処理条件も同一である。結果を表1および表2に示す。
【0060】
なお、本実施例では、上記リボンの耐蝕性試験を行った。耐蝕性試験では、先ず、リボンを秤量した後、そのリボンを65重量%硝酸水溶液に浸した。そして、96時間後、そのリボンを硝酸水溶液から取り出して秤量した。結果を表3に示す。
【実施例8】
【0061】
合金組成がNi65Si612Cr17となるようにNi、Si、BおよびCrの純金属物質をArガス雰囲気中で混合した以外は、実施例1と同様にしてリボンを作製してガラス転移温度及び結晶化開始温度の測定を行った。結果を表1に示す。
【実施例9】
【0062】
合金組成がNi65Si5.514.5Cr15となるようにNi、Si、BおよびCrの純金属物質をArガス雰囲気中で混合した以外は、実施例1と同様にしてリボンを作製してガラス転移温度及び結晶化開始温度の測定を行った。結果を表1に示す。
(比較例1)
合金組成がNi75Si817となるようにNi、SiおよびBの純金属物質をArガス雰囲気中で混合した以外は、実施例1と同様にしてリボンを作製して各種物性の測定を行った。また、リボンの熱処理条件も同一である。結果を表1および表2に示す。
【0063】
なお、本実施例では、上記リボンの耐蝕性試験を行った。耐蝕性試験では、先ず、リボンを秤量した後、そのリボンを65重量%硝酸水溶液に浸した。そして、96時間後、そのリボンを硝酸水溶液から取り出して秤量した。結果を表3に示す。
(比較例2)
合金組成がNi78Si109Cr3となるようにNi、Si、BおよびCrの純金属物質をArガス雰囲気中で混合した以外は、実施例1と同様にしてリボンを作製して各種物性の測定を行った。また、リボンの熱処理条件も同一である。結果を表1および表2に示す。
【0064】
なお、本実施例では、上記リボンの耐蝕性試験を行った。耐蝕性試験では、先ず、リボンを秤量した後、そのリボンを65重量%硝酸水溶液に浸した。そして、96時間後、そのリボンを硝酸水溶液から取り出して秤量した。結果を表3に示す。
【0065】
なお、本比較例に係る合金組成は[課題を解決するための手段]の欄に記載の第1組成および第2組成の条件を満たしているが、表3から明らかなようにこのNi系金属ガラス合金ではガラス転移温度が検出されない。このため、本比較例に係るNi系金属ガラス合金は、本発明の趣旨を満たさず、本発明から除外される。
(比較例3)
合金組成がNi71Si817Ta4となるようにNi、Si、BおよびTaの純金属物質をArガス雰囲気中で混合した以外は、実施例1と同様にしてリボンを作製して各種物性の測定を行った。また、リボンの熱処理条件も同一である。結果を表1および表2に示す。
【0066】
なお、本実施例では、上記リボンの耐蝕性試験を行った。耐蝕性試験では、先ず、リボンを秤量した後、そのリボンを65重量%硝酸水溶液に浸した。そして、96時間後、そのリボンを硝酸水溶液から取り出して秤量した。結果を表3に示す。
(比較例4)
合金組成がNi71Si817Nb4となるようにNi、Si、BおよびNbの純金属物質をArガス雰囲気中で混合した以外は、実施例1と同様にしてリボンを作製して各種物性の測定を行った。また、リボンの熱処理条件も同一である。結果を表1および表2に示す。
【0067】
なお、本実施例では、上記リボンの耐蝕性試験を行った。耐蝕性試験では、先ず、リボンを秤量した後、そのリボンを65重量%硝酸水溶液に浸した。そして、96時間後、そのリボンを硝酸水溶液から取り出して秤量した。結果を表3に示す。
(比較例5)
合金組成がNi71Si817Cr4となるようにNi、Si、BおよびCrの純金属物質をArガス雰囲気中で混合した以外は、実施例1と同様にしてリボンを作製して各種物性の測定を行った。また、リボンの熱処理条件も同一である。結果を表1および表2に示す。
(比較例6)
合金組成がNi69Si817Cr6となるようにNi、Si、BおよびCrの純金属物質をArガス雰囲気中で混合した以外は、実施例1と同様にしてリボンを作製して各種物性の測定を行った。また、リボンの熱処理条件も同一である。結果を表1および表2に示す。
【0068】
なお、本実施例では、上記リボンの耐蝕性試験を行った。耐蝕性試験では、先ず、リボンを秤量した後、そのリボンを65重量%硝酸水溶液に浸した。そして、96時間後、そのリボンを硝酸水溶液から取り出して秤量した。結果を表3に示す。
(比較例7)
合金組成がNi67Si817Cr8となるようにNi、Si、BおよびCrの純金属物質をArガス雰囲気中で混合した以外は、実施例1と同様にしてリボンを作製して各種物性の測定を行った。また、リボンの熱処理条件も同一である。結果を表1および表2に示す。
【0069】
なお、本実施例では、上記リボンの耐蝕性試験を行った。耐蝕性試験では、先ず、リボンを秤量した後、そのリボンを65重量%硝酸水溶液に浸した。そして、96時間後、そのリボンを硝酸水溶液から取り出して秤量した。結果を表3に示す。
(比較例8)
合金組成がNi71Si817Cu4となるようにNi、Si、BおよびCuの純金属物質をArガス雰囲気中で混合した以外は、実施例1と同様にしてリボンを作製して各種物性の測定を行った。また、リボンの熱処理条件も同一である。結果を表1および表2に示す。
【0070】
なお、本実施例では、上記リボンの耐蝕性試験を行った。耐蝕性試験では、先ず、リボンを秤量した後、そのリボンを65重量%硝酸水溶液に浸した。そして、96時間後、そのリボンを硝酸水溶液から取り出して秤量した。結果を表3に示す。
(比較例9)
合金組成がNi67Si612Cr15となるようにNi、Si、BおよびCrの純金属物質をArガス雰囲気中で混合した以外は、実施例1と同様にしてリボンを作製してガラス転移温度及び結晶化開始温度の測定を行った。結果を表1に示す。
(比較例10)
合金組成がNi63Si817Cr12となるようにNi、Si、BおよびCrの純金属物質をArガス雰囲気中で混合した以外は、実施例1と同様にしてリボンを作製してガラス転移温度及び結晶化開始温度の測定を行った。結果を表1に示す。
(比較例11)
合金組成がNi6520Cr15となるようにNi、BおよびCrの純金属物質をArガス雰囲気中で混合した以外は、実施例1と同様にしてリボンを作製してガラス転移温度及び結晶化開始温度の測定を行った。結果を表1に示す。
(比較例12)
合金組成がNi65Si218Cr15となるようにNi、Si、BおよびCrの純金属物質をArガス雰囲気中で混合した以外は、実施例1と同様にしてリボンを作製してガラス転移温度及び結晶化開始温度の測定を行った。結果を表1に示す。
【0071】
【表1】

【0072】
【表2】

【0073】
【表3】

【0074】
表1から明らかなように、本実施例1〜9に示されるNi系金属ガラス合金はΔTxが40℃〜100℃となっている。このため、このNi系金属ガラス合金は、粘性流動加工の対象となり得る。
【0075】
また、表1から明らかなように、本実施例1〜9に示される金属ガラス合金は、熱処理前の換算MIT耐折回数が4000回〜8200回となっており、優れた耐折疲労強度を示す。
【0076】
また、表1から明らかなように、本実施例1〜9に示される金属ガラス合金は、350℃×30分の熱処理後であっても換算MIT耐折回数が著しく低下することがない。
【0077】
また、表2から明らかなように、本実施例1〜7に示されるNi系金属ガラス合金は熱処理後であってもガラス相を80体積%以上有する。このため、このNi系金属ガラス合金は、良好な靱性を有し、優れた疲労強度を示す。
【0078】
また、表3から明らかなように、本実施例3〜7に示されるNi系金属ガラス合金は、65重量%硝酸水溶液に対して良好な耐蝕性を示す。特に、本実施例3〜5に示されるNi系金属ガラス合金は、65重量%硝酸水溶液に浸漬しても重量減少が全くなく優れた耐蝕性を示す。
【0079】
また、図2では、SiとBとの混合原子比を1:2とした場合のNi系金属ガラス合金の組成図中に各実施例のNi系金属ガラス合金の組成をプロットすると共にΔTxの傾向を示した。図2から明らかなように、SiとBとの合計原子比率が20原子%でありCrの原子比率が14〜18原子%である場合、そのNi系金属ガラス合金は60〜70℃程度のΔTxを示す。そして、その組成から離れるに従ってΔTxが次第に小さくなる傾向が見られる。また、SiとBとの合計原子比率が25原子%でありCrの原子比率が6〜12原子%である場合、そのNi系金属ガラス合金は20〜30℃程度のΔTxを示す。そして、その組成からCrの原子比率が低くなるとΔTxが大きくなる傾向が見られるが、Crの原子比率が0原子%となると、ガラス転移温度が消失し、その結果、ΔTxが消失する。
【0080】
また、図3から明らかなように、Ni65Sia20-aCr15の金属ガラス合金(上記実施例3〜5および9ならびに比較例11および12参照)において、結晶化開始温度Txは、Si含有量が10原子%となる辺りまでSi含有量の増加に伴って徐々に高くなり、Si含有量が10原子%辺りを超えるとSi含有量の増加に従って徐々に低くなる。また、同金属ガラス合金において、ガラス転移温度Tgは、Si含有量が5原子%となる辺りまでほとんど変化しないが、Si含有量が5原子%辺りを超えるとSi含有量の増加に従って急激に低くなる。このため、結晶化開始温度Txからガラス転移温度Tgを差し引いた値ΔTxは、図4に示されるように、Si含有量が6原子%となる辺りまでSi含有量の増加に従って徐々に大きくなり、Si含有量が6原子%辺りを超えるとSi含有量の増加に従って急激に大きくなる。
【実施例10】
【0081】
実施例5の組成を有する厚さ0.1mmのNi系金属ガラス合金から単ロール液体急冷法によりリボンを作製した。その後、深さ0.25μm、幅1μmの三角溝を複数個有する金型をこのリボン材の上に置いた後、そのリボンに対してその金型を10MPaの圧力でプレスしながらそのリボンをアルゴン雰囲気中で390℃まで昇温し、その状態を10分間保持した後、そのリボンを急速に冷却した。そして、そのリボンの表面状態をコーンフォーカル顕微鏡により観察したところ、リボンの表面には深さ0.5μm、幅1μmの三角溝が形成されており、金型形状が良好に転写されていた。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明に係るNi系金属ガラス合金は、安価であり、粘性流動加工を行うことができるという特徴を有し、ガイドワイヤーや脳外科手術用ステント等の医療用精密小型部品や、精密樹脂部品用金型などの素材として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(Ni1-xFex100-a-b-cSiabcの組成(ただし、MはCr及びCuから選択される少なくとも1種類の元素である。また、x、a、b及びcは次の要件を満たす。0≦x≦0.4、10原子%≦a+b≦30原子%、0原子%≦a≦25原子%、0原子%≦b≦30原子%、0原子%<c≦30原子%(ただし、MがCuであるかCuを含む場合、Cuの含有率は4原子%未満である))を有し、
結晶化開始温度からガラス転移温度を差し引いた値ΔTxが40℃以上である
Ni系金属ガラス合金。
【請求項2】
前記組成は、0≦x≦0.4、16原子%≦a+b≦22原子%、0原子%≦a≦15原子%、8原子%≦b≦22原子%、10原子%≦c≦20原子%(ただし、MがCuであるかCuを含む場合、Cuの含有率は4原子%未満である)の要件を満たす、
請求項1に記載のNi系金属ガラス合金。
【請求項3】
前記ΔTxは、60℃以上である
請求項2に記載のNi系金属ガラス合金。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−189716(P2010−189716A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−35522(P2009−35522)
【出願日】平成21年2月18日(2009.2.18)
【出願人】(391059399)株式会社アイ.エス.テイ (102)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【上記1名の代理人】
【識別番号】110000844
【氏名又は名称】特許業務法人 クレイア特許事務所