説明

Pt系形状記憶合金

【課題】広範囲の形状回復開始温度を設定することができ、医療分野への適用を可能とするNiを含まない形状記憶合金を提供する。
【解決手段】本発明は、Pt、Ti、Coからなる形状記憶合金であって、Tiをモル濃度で45〜55%、Coをモル濃度で7〜30%含み、残部Ptである形状記憶合金である。本発明に係る形状記憶合金は、Co添加量の増大による形状回復開始温度の低下が一方向なものとはならず、その変化曲線は、ボトム−ピークを有するラインを描く。これを考慮し、Co濃度をモル濃度で9〜30%とすることで、形状回復開始温度400℃以下とすることができ、Co濃度を12〜18%とすると、形状回復開始温度を更に低下させ150℃以下とすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Pt(白金)系の形状記憶合金に関し、詳しくは、形状回復開始温度が600℃以下の温度範囲である形状記憶合金に関する。
【背景技術】
【0002】
形状記憶合金は、アクチュエータのような機械部品における機械要素やパイプ締結部品などの締め具、歯列矯正具、カテーテル、ボーンプレート等の医療器具といった様々な分野への応用が期待される合金材料である。ここで、形状記憶合金として実用性の観点より古くから知られたものとして、Ni−Ti系合金がある。
【0003】
このNi−Ti系の形状記憶合金は、形状回復開始温度(逆変態開始温度(As点)と同義である)が100℃以下であることから、室温雰囲気での使用を前提とするものである。従って、上記の機械部品用途について、高温で使用されるものへの適用は困難である。
【0004】
また、Ni−Ti系の形状記憶合金は、Niを含有するものであることから、医療器具への適用を考慮したとき、金属アレルギーによる生体適合性が懸念されるところであった。更に、Ni−Ti系合金は、比較的軽元素から構成されることから、レントゲン撮影の際の造影性に乏しいという問題があった。
【0005】
形状記憶合金に関する検討は、上記Ni−Ti系合金以外の合金系についても様々あるが、上記のような形状回復開始温度の上昇、金属アレルギーを発生させ難い化学的安定性を考慮した合金材料として、特許文献1記載のPt−Ti系合金がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平11−168343号公報
【0007】
Pt−Ti系合金は、その形状回復開始温度が900℃〜1000℃であり、高温で使用される機械部品への適用を可能とする。また、Niを含まずに、Ptという化学的に安定な金属を多く含むために生体適合の観点からも好ましい。更に、Ptは重金属であることからレントゲン造影性も改善が見込まれ、これらの観点から医療分野への適用も有望視できる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、Pt−Ti系合金は形状回復開始温度が900℃以上と高すぎる傾向がある。そのため、超高温下で動作する機械部品へは適用できるが、それ以下の温度での使用は望めない。また、この合金は、構成元素の観点からは医療分野での活用が期待できるが、そのためには形状回復開始温度をより低温にすることが必要である。このように、形状記憶合金については、用途に応じて幅広い温度領域に形状回復開始温度を有するものが望まれるところである。
【0009】
そこで、本発明は、構成元素の観点から医療分野への適用が可能であり、かつ、広範囲の形状回復開始温度を設定することができる形状記憶合金を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、上記課題を解決すべく、上記従来の形状記憶合金であるPt−Ti系合金を基礎に検討を行った。上記の通り、この合金はNiを含まず、Ptを多く含有するものであり、金属アレルギー防止、レントゲン造影性向上の観点から医療分野への適用が期待できるからである。そして、本発明者等は、Pt−Ti系合金の形状回復開始温度の低下の手段として、Ptの一部をCoで置換した合金の適用に想到した。
【0011】
即ち、本発明は、Pt、Ti、Coからなる形状記憶合金であって、Tiをモル濃度で45〜55%、Coをモル濃度で7〜30%含み、残部Ptである形状記憶合金である。
【0012】
上記の通り、本発明に係る形状記憶合金は、Pt−Ti系合金のPtの一部をCoで置換してなる合金であり、Coの添加により合金の形状回復開始温度の低下を図ることができる。そして、Co添加量を調整することで、形状回復開始温度を低温(室温程度)から高温まで変化させることができる。具体的には、Co濃度(モル濃度)を7%以上とすることで、形状回復開始温度600℃以下の形状記憶合金とすることができる。但し、Co濃度(モル濃度)が30%を超えると、合金の加工性が悪化する。
【0013】
ここで、本発明に係る形状記憶合金においては、Co添加量の増大による形状回復開始温度の低下は一方的なものとはならない。詳細は後述するが、本発明に係る形状記憶合金のCo添加量に対する形状回復開始温度の変化曲線は、ボトム−ピークを有するラインを描くようになっている。この形状回復開始温度の変化曲線は、形状記憶合金においては特異的な性質である。そして、その原因は明らかではないが、この特性を利用して用途に応じた合金の組成設計を行うことができる。
【0014】
即ち、Co濃度がモル濃度で9〜30%の合金は、形状回復開始温度400℃以下であり、室温や体温近傍から中程度の高温域で作動する機械部品に好適である。また、Co濃度(モル濃度)を12〜18%とすることで、形状回復開始温度が150℃以下の形状記憶合金を製造することができる。この合金は、体温での作用を期待した医療分野での使用や、宇宙空間などの特殊環境で使用される締結部品等に好適である。
【0015】
更に、形状記憶合金は、一般的に、加工により形状回復開始温度が変化(上昇)するという特性がある。これは、加工により導入された加工誘起マルテンサイトの作用によるものであり、本願発明でも見られる現象である。加工は、医療器具等の本願発明の用途で常用されることが想定されることから、その影響を考慮した組成設定は有用である。そして、加工による形状回復開始温度の上昇を考慮しても、形状回復開始温度を150℃以下とすることができる組成として、Co濃度がモル濃度で14〜17%とすることが好ましい。また、この組成の合金は、本願発明の組成範囲の中で、加工性が特に優れていることから、この観点からも好ましい合金である。
【0016】
尚、本発明に係る合金のTi濃度をモル濃度で45〜55%、及びCo濃度を30%以下とするのは、加工性を考慮するものであり、この範囲外の合金は加工が困難となる。
【発明の効果】
【0017】
以上説明したように、本発明に係るPt−Ti−Co系合金からなる形状記憶合金は、Co濃度の調整により広範囲の形状回復開始温度を有する。そして、Niを含まないことから生体適合性を有すると共に、Ptを多く含むことからレントゲン造影性も良好である。以上の利点から、本発明は、カテーテル、ボーンプレート、歯列矯正具、ステント等の医療器具への応用が期待できる。また、アクチュエータ等の機械要素への適用についても好適である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】Pt−Ti−Co系合金のCo濃度と形状回復開始温度との関係を示す図。
【図2】Pt−Ti−Co系合金(Co濃度20%)の室温および400℃におけるX線回折分析結果。
【図3】Pt−Ti−Co系合金(Co濃度15%、16%)のDTA昇温曲線。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態について説明する。本実施形態では、まず、Co濃度を変化させた各種組成のPt−Ti−Co系合金(Ti濃度50%、残部Pt)を製造し、示差熱分析等により形状回復開始温度(逆変態開始温度)を測定し、また、形状回復性能の評価を行った。
【0020】
形状回復開始温度の測定
試料となるTi−Pt−Co合金の作製は、溶解原料として純度99.99%Ti、純度99.9%Co及び純度99.95%Ptを用いた。非消耗W電極型アルゴンアーク溶解炉を用いてこれらの原料をAr−1%H雰囲気において溶解して合金インゴットを製造した。合金の均質性を高めるために、各合金の溶解前にひっくり返すという作業を6回行った。
【0021】
次に、製造した合金インゴットについて偏析を解消するための均質化処理を行った。均質化処理は、インゴットを内圧4×10−3Pa以下にした不透明石英管の中に封入し、1100℃の電気炉の中に入れ3時間保持した後に炉冷した。更に、溶体化処理のため、インゴットを1100℃に再度加熱して1時間保持後、直ちに水中で石英管を割って水冷した。そして、インゴットをファインカッターにより切り出し形状を整え、研磨して試料表面の酸化膜を取り除いた。
【0022】
上記工程で製造したTi−Pt−Co合金について、形状回復開始温度の測定を行った。この測定試験では、試験片(厚さ0.25mm(但し、加工性の関係上、Co20%合金、25%合金は0.3mm))を丸棒(直径7mm(但し、Co20%合金、25%合金は10mm))にU字状に巻き付けて加工歪みを導入し、これについて示差熱分析(DTA)を行なった。示差熱分析では形状回復の際の相変態による吸熱反応の変化を測定した。このように曲げ加工後の試験片について示差熱分析を行ったのは、加工による歪を導入した場合の方が分析時の吸熱ピークを検出し易いという便宜的な理由からである。
【0023】
この示差熱分析の結果であるPt−Ti−Co系合金のCo濃度と形状回復開始温度との関係を示すのが図1である。図1からわかるように、合金の逆変態開始温度は、ボトム−ピークを有する曲線を描き、Co濃度の上昇に伴い、16%までは低下するが、20%までは増加し、更にCo濃度が上昇すると再び低下する。上述のように、このような形状回復開始温度の変化は、形状記憶合金としては特異的なものである。
【0024】
尚、上記の形状回復開始温度測定試験に際し、予備的に行った結果を以下に示す。製造した各合金試料については、未加工のものについて、室温および高温下でX線回折分析(線源:CuKα線)を行ない、合金の相構成を確認している。図2は、それらの中で一例としてCo濃度20%の分析結果を示す。室温におけるX線回折分析において、B19相による回折ピークが見られることから、この合金の大部分は室温では変態前(形状回復前)の状態にあることがわかる。一方、400℃での測定においては、B2相による回折ピークに変化していることからこの温度で逆変態がおこっていることがわかる。この結果は、図1の測定結果が加工した試験片についてのものであること(つまり、形状回復開始温度が高めに評価される)を考慮すると妥当なものといえる。そして、図2の結果は、本願発明の形状記憶合金の形状回復開始温度の変化は、Co濃度増大に伴い一方的に低下する傾向にあるという予測を否定するものといえる。
【0025】
また、各合金試料については未加工状態のものについても示差熱分析を行なっている。図3は、一例としてCo15%、16%合金のDTA昇温曲線である。図3のように、示差熱分析においては相変態による吸熱反応による変化に基づき、その開始温度を逆変態開始温度として測定する。この例における、Co15%、16%合金の形状回復開始温度(逆変態開始温度(A))は、それぞれ88℃、66℃と測定される。この結果は、図1の加工後の合金の形状回復開始温度より低く、加工されたCo15%合金(形状回復温度は140℃)の場合、加工により52℃増加することがわかる。上述の通り、このような加工による形状回復開始温度の上昇は、形状記憶合金では一般的なものであるが、本願に係る形状記憶合金の形状回復開始温度は、未加工のものについては、図1から算出されるものより低温となることが推察される。
【0026】
形状回復能力の評価
次に、Co濃度を14〜35モル%としたPt−Ti−Co系合金について、加工性、形状回復性能の評価を行った。この試験は、加工性に関しては冷間圧延機で破断が生じるまでの圧延を行い、破断が生じる最終圧延率を評価した。また、形状回復性能の評価試験は、上記の形状回復開始温度の測定と同様の曲げ加工を行い、除荷した試験片について、これをライターの火炎により加熱して形状回復させた。この一連の工程中、加工時(丸棒巻き付け時)の表面の歪(負荷歪)、除荷時の歪(塑性歪)、加熱後に残留した塑性歪を測定し、そしてこれらの値に基づき以下の式から形状回復率を求めた。
・形状回復率(%)=(塑性歪−残留塑性歪)÷(塑性歪)×100
以上の試験結果について、表1に示す。
【0027】
【表1】

【0028】
表1から、本発明に係るPt−Ti−Co系合金はいずれも良好な形状回復性能を有することがわかる。また、加工性については、Co濃度により相違するが、10%以上を確保している。尚、Co濃度35%の合金は、加工が不可能であり、評価そのものができなかった。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明に係るPt−Ti−Co系合金からなる形状記憶合金は、Niを含まないことから生体適合性を有すると共に、Ptを多く含むことからレントゲン造影性も良好である。そして、形状回復開始温度を体温程度とすることができ、カテーテル、ボーンプレート、歯列矯正具、ステント等の医療器具への応用が期待できる。Co濃度の調整により形状回復開始温度の調整が可能であり、アクチュエータ等の機械要素への適用についても好適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Pt、Ti、Coからなる形状記憶合金であって、Tiをモル濃度で45〜55%、Coをモル濃度で7〜30%含み、残部Ptである形状記憶合金。
【請求項2】
Co濃度がモル濃度で9〜30%である請求項1記載の形状記憶合金。
【請求項3】
Co濃度がモル濃度で12〜18%である請求項1記載の形状記憶合金。
【請求項4】
Co濃度がモル濃度で14〜17%である請求項1記載の形状記憶合金。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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