説明

RNAi法を用いた紅麹菌におけるカビ毒シトリニン生産抑制方法

【課題】効率よく、安定に、紅麹菌におけるシトリニン生産を抑制する方法の提供。
【解決手段】シトリニン生産能を有する紅麹菌において、RNAi法を用いて、ポリケタイドシンターゼの発現を阻害することを特徴とする、紅麹菌におけるシトリニンの生産を抑制する方法、および紅麹菌におけるシトリニン生産を抑制する特定の塩基配列である遺伝子、該遺伝子を含むベクター、該ベクターの組合せにより形質転換されたシトリニン生産能が低下した紅麹菌。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紅麹菌によるカビ毒シトリニンの生産を抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
糸状菌は、二次代謝により多様な有用物質を生産する。糸状菌の一つである紅麹菌(Monascus purpureus)は、天然着色料の赤色色素、高脂血症作用を示すモナコリンK等の有用物質を生産する一方、カビ毒であるシトリニンを生産する。シトリニンは、アオカビ(Penisillium)属、モナスカス(Monascus)属などの多種の糸状菌によって生産されるカビ毒であり、自然界において農作物をはじめとする食品への混入が報告されており、摂取したヒトに対して腎障害をもたらす。
【0003】
モナスカス(Monascus)が生産する赤色色素は食用着色料として広く利用されているだけでなく、本菌を用いた麹が薬効を有することから健康食品として利用されており、シトリニンの生産の抑制が重要な問題である。
【0004】
近年、複数の糸状菌でゲノム解析が完了し、二次代謝産物生合成に関する知見が集まりつつあるが、糸状菌は多核であり、細菌や酵母と比較して相同組換え率が低いため、遺伝子破壊による機能解析は未だに困難である。
【0005】
生物工学の分野において、糸状菌類について工業的に有望な株が探索されているが、上記シトリニンが生産されないということが、当該探索における制限条件になっている。このような工業的に有望な株を入手する方法として、例えば、シトリニン生産株から、突然変異誘導剤を用いてシトリニン非生産株を得る方法が知られている(特許文献1)。しかし、特許文献1に開示される方法は、突然変異誘導剤を用いて得られた変異株について、有用性(有用物質産生)およびシトリニン非生産性という二重の観点から選抜を行わなければならず、偶然性に頼る方法であり、実際に工業的に有望な株を入手するには長い時間と労力が必要となる。
【0006】
上記のようにシトリニンに関する研究は以前より行われているが、そのほとんどがシトリニン生産の変化を見る培養条件の検討や古典的育種によるシトリニン低生産株の育成であり、遺伝学的根拠に基づく知見が得られておらず、復帰株の出現等、安全性に不安が残るものである。
【0007】
本願発明者らは、シトリニン生合成に関わるポリケタイドシンターゼ遺伝子(以下、pksCT遺伝子と称する)を既に同定している(非特許文献1および特許文献2)。非特許文献1および特許文献2では、pksCT遺伝子を相同組換えにより破壊し、シトリニン合成能破壊株を作成しているが、上記のように糸状菌は多核であるため、相同組換えによる遺伝子破壊は大腸菌や酵母などと比較して効率が低いこと、得られた破壊株において復帰株が生じることなどの問題があった。
【特許文献1】特開平7−274978号公報
【特許文献2】特開2004−321176号公報
【非特許文献1】Applied and Environmental Microbiology, July 2005, p.3453-3457
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、効率よく、安定に、紅麹菌におけるシトリニン生産を抑制する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
近年、動物や植物細胞においてRNAiによる解析が行われていることから、本発明者らは、糸状菌である紅麹菌においてpksCT遺伝子を標的としてRNAiの有効性を検討した。即ち、pksCT遺伝子の一部からなる遺伝子断片を紅麹菌に導入し、二本鎖RNAを形成するように発現させたところ、シトリニン生産が抑制されることを初めて見いだした。
【0010】
本発明は、シトリニン生産能を有する紅麹菌においてRNAi法を用いて、ポリケタイドシンターゼの発現を阻害することを特徴とする、紅麹菌におけるシトリニンの生産を抑制する方法を提供する。
【0011】
具体的には後述のRNAi遺伝子またはRNAi用遺伝子の組合せを用いてシトリニン生合成経路に関する酵素のひとつであるポリケタイドシンターゼ(pksCT)を標的とし、該酵素の発現を阻害することによってシトリニン生合成を抑制することにより本発明の方法が達成される。
【0012】
本発明はまた、シトリニン生産能を有する紅麹菌においてRNAi法を用いて、ポリケタイドシンターゼの発現を阻害することを特徴とする、シトリニン生産能が低下した紅麹菌株の製造方法および該方法によって得られるシトリニン生産能が低下した紅麹菌株を提供する。
【0013】
さらに本発明は、プロモーターの下流に、ポリケタイドシンターゼ遺伝子の少なくとも一部と相同的な正方向配列、および、該正方向配列に相補的な逆方向配列を含む遺伝子であって、上記いずれかの方法に用いられる遺伝子を提供する。本明細書においてこの遺伝子を「RNAi遺伝子」と称する。
【0014】
また、本発明は、プロモーターの下流に、ポリケタイドシンターゼ遺伝子の少なくとも一部と相同的な正方向配列を含む遺伝子、および、プロモーターの下流に、該正方向配列に相補的な逆方向配列を含む遺伝子を含む、遺伝子の組合せであって、上記いずれかの方法に用いられる遺伝子の組合せを提供する。本明細書においてこの遺伝子の組合せを「RNAi用遺伝子の組合せ」と称する。
【0015】
「ポリケタイドシンターゼ遺伝子の少なくとも一部と相同的な正方向配列」とは、配列番号2に記載の紅麹菌由来ポリケタイドシンターゼ(pksCT)をコードする配列の全体または一部に対して相同性を有する配列であって、その長さが50bp〜8110bp、好ましくは、100bp〜1000bpの配列からなり、ベクターなどのコンストラクトにおいて転写と同じ方向に挿入された配列のことを指す。好ましくは、該正方向配列は、配列番号1からなる塩基配列を有する。
【0016】
ここで、「ポリケタイドシンターゼ遺伝子」は、ポリケタイドシンターゼをコードする遺伝子の翻訳領域(コード領域)のみならず、5’および3’非翻訳領域の配列も含むものである。ポリケタイドシンターゼ遺伝子(全長ゲノムDNA)を配列番号2に示す。
【0017】
本発明のRNAi遺伝子およびRNAi用遺伝子の組合せにおいて「該正方向配列に相補的な逆方向配列」とは、上記の「ポリケタイドシンターゼ遺伝子の少なくとも一部と相同的な正方向配列」に対して相補性を有する配列からなる。
【0018】
本発明のRNAi遺伝子においては、「該正方向配列に相補的な逆方向配列」は、ベクターなどのコンストラクトにおいて転写と逆方向に挿入された、正方向配列と相補性を有する配列をいう。
【0019】
本発明のRNAi用遺伝子の組合せにおいては、「該正方向配列に相補的な逆方向配列」は、ベクターなどのコンストラクトにおいて転写と同じ方向に挿入された、正方向配列と相補性を有する配列をいう。
【0020】
本発明のRNAi遺伝子においては該正方向配列と逆方向配列はともにプロモーターの下流に位置する必要があるが、正方向配列と逆方向配列のどちらを上流に位置させてもよい。
【0021】
好ましくは、RNAi遺伝子においては、該正方向配列と逆方向配列の間にスペーサー配列を介在させる。スペーサーを介在させることによって、正方向配列と逆方向配列(以下、正方向配列と逆方向配列が並んでいる配列をインバーテッドリピートと称する)が対合できるための空間的なゆとりが生じる。スペーサー配列は特に限定されないが、通常20bp〜300kbの長さの配列、好ましくは50bp〜200kbの長さの配列が用いられ、例えばイントロン配列が好適に用いられる。
【0022】
正方向配列、スペーサー配列、および逆方向配列を含むRNAi遺伝子を紅麹菌内で発現させることにより、該紅麹菌におけるpksCTの発現が抑制される。
【0023】
即ち、該正方向配列、スペーサー配列および、該正方向配列に相補的な逆方向配列を含むDNAは、紅麹菌内においてプロモーターにより誘導されてmRNAへと転写される。正方向配列から転写された一本鎖RNA部分と逆方向配列から転写された一本鎖RNA部分は、相補的であるため互いに水素結合により、好ましくはスペーサー配列を介してヘアピン構造の二本鎖RNA(dsRNA)を形成し、これがRNAi、即ち、標的であるpksCTの発現の抑制を引き起こすと考えられる。
【0024】
また、RNAi用遺伝子の組合せを用いる場合は、プロモーターの下流に正方向配列を含むベクター(センスベクターとも呼ばれる)と、プロモーターの下流に逆方向配列を含むベクター(アンチセンスベクター)の両方を紅麹菌に導入する。該正方向配列および逆方向配列は、紅麹菌においてプロモーターにより誘導されてmRNAへと転写され、正方向配列から転写された一本鎖RNAと逆方向配列から転写された一本鎖RNAが、互いに水素結合により二本鎖RNA(dsRNA)を形成し、これがRNAi、即ち、標的であるpksCTの発現の抑制を引き起こすと考えられる。
【0025】
このようにして、RNAi遺伝子あるいはRNAi用遺伝子の組合せを用いることにより、二本鎖RNAが生じる結果、pksCTの発現が阻害され、該酵素を含むシトリニン生合成経路の最終産物であるシトリニンの生産が抑制される。
【0026】
「ポリケタイドシンターゼ遺伝子の少なくとも一部」は、必ずしも該遺伝子のコード領域のみからなる必要はなく、5’UTR領域や3’UTR領域に位置する配列あるいはプロモーター領域を含むものでもよい。RNAiはこのような非コード領域の配列を用いることによっても起こる現象である。ポリケタイドシンターゼ遺伝子の少なくとも一部と相同的な正方向配列の好ましい例である配列番号1に示す配列は、5’UTR領域の一部とコード領域の一部からなる。
【0027】
さらに本発明は上述したようなRNAi遺伝子を含むベクターおよびRNAi用遺伝子の組合せを含むベクターの組合せならびにそれらにより形質転換された紅麹菌株を提供する。
【発明の効果】
【0028】
本発明によりdsRNAを用いたRNAi法が、カビ毒であるシトリニンの生合成経路におけるpksCTの発現の抑制に有効であることが明らかとなった。本発明により得られる紅麹菌はカビ毒シトリニンの含量が著しく低下したものであり、紅麹菌による、天然着色料の赤色色素、高脂血症作用を示すモナコリンK等の有用物質の生産をより安全にすることが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
本発明において、紅麹菌とはモナスカス・パーピュレウス(Monascus purpureus)およびモナスカス・ピロサス(Monascus pilosus)をいう。好ましくは本発明における紅麹菌はモナスカス・パーピュレウスである。本発明において標的とされる紅麹菌株は、シトリニン生合成経路を有する菌株であれば特に限定されない。
【0030】
また、RNAi遺伝子を導入される標的紅麹菌株と、導入するRNAi遺伝子の起源は、同じであっても異なっていてもよい。標的遺伝子と導入遺伝子の相同性を考慮すると、同じ菌株由来のものが特に好ましい。
【0031】
本発明の方法においてRNAiによる阻害の標的となる酵素は、シトリニン生合成経路の酵素のひとつであるpksCTである。pksCTの全長ゲノムDNAのヌクレオチド配列および全長アミノ酸配列をそれぞれ配列番号2および3に示す。
【0032】
かかる酵素の発現をRNAiにより阻害することにより、紅麹菌におけるシトリニン含量が大幅に低下する。
【0033】
本発明のRNAiを引き起こす遺伝子は好ましくは、非翻訳領域を含むpksCTの転写領域またはその一部である。RNAiを引き起こすためのdsRNAの長さは特に限定されないが、少なくとも20塩基以上、好ましくは50塩基対から8キロベースであり、最も好ましくは100塩基対〜1000塩基対である。
【0034】
本発明においてRNAiを引き起こす遺伝子の発現を誘導するプロモーターとしては、紅麹菌へ導入した際に目的とする遺伝子を発現させることができるものであれば特に限定されない。かかるプロモーターは当業者によく知られており、例えば、A. nidulans 由来trpCプロモーターなどの構成的プロモーター、A. oryzae由来amyBプロモーターなどの誘導性プロモーターが挙げられる。
【0035】
本発明の遺伝子において、正方向配列と標的のpksCTをコードする遺伝子との完全な相同性は、必須ではない。好ましくは正方向配列は、pksCTの少なくとも一部と100%の相同性を有する配列、例えば、配列番号1からなる塩基配列であるが、遺伝子の突然変異、多型、又は進化上の分岐による配列の変動は容認される。標的遺伝子に対する挿入、欠失、及び一塩基点突然変異を有するdsRNA鎖もまた、抑制に有効である。具体的には、RNAiに用いる遺伝子は、標的遺伝子と完全に同一である必要はないが、少なくとも90%以上、好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上、最も好ましくは99%以上の配列の同一性を有するものが好適に用いられる。
【0036】
また、正方向配列と逆方向配列は、転写された後に二本鎖RNAを形成し得るものであればよい。両者の相補性は、少なくとも95%、好ましくは少なくとも97%、さらに好ましくは少なくとも98%、最も好ましくは少なくとも99%であると、効率的にdsRNAが形成される。
【0037】
換言すると、本発明は、
ポリケタイドシンターゼ遺伝子の少なくとも一部と相同的な正方向配列が、配列番号1の塩基配列からなるRNAi遺伝子;および、
ポリケタイドシンターゼ遺伝子の少なくとも一部と相同的な正方向配列が、配列番号1の塩基配列からなるRNAi用遺伝子の組合せ;
を提供するが、本発明はさらに、
ポリケタイドシンターゼ遺伝子の少なくとも一部と相同的な正方向配列が、配列番号1の塩基配列に相補的な配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、転写された後、その相補鎖と一緒になってポリケタイドシンターゼの発現を阻害することにより、紅麹菌におけるシトリニン生産を抑制する配列である、RNAi遺伝子;および、
ポリケタイドシンターゼ遺伝子の少なくとも一部と相同的な正方向配列が、配列番号1の塩基配列に相補的な配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、転写された後、その相補鎖と一緒になってポリケタイドシンターゼの発現を阻害することにより、紅麹菌におけるシトリニン生産を抑制する配列である、RNAi用遺伝子の組合せ;
を提供する。
【0038】
ここで、「ストリンジェントな条件」とは、特異的なハイブリダイゼーションのみが起こり、非特異的なハイブリダイゼーションが起きないような条件をいう。このような条件は、通常、DNAを固定化したフィルターに対して、0.7〜1.0mol/lの塩化ナトリウム存在下、65℃でハイブリダイゼーションを行った後、0.1〜2倍濃度のSSC溶液(1倍濃度のSSC溶液の組成は、150mmol/l塩化ナトリウム、15mmol/lクエン酸ナトリウムよりなる)を用い、65℃条件下でフィルターを洗浄する条件などをあげることができる。ハイブリダイゼーションにより得られるヌクレオチドは配列番号1の塩基配列からなるヌクレオチドと90%以上の高い相同性を有することが望ましく、さらに95%以上の相同性を有することが好ましい。
【0039】
用いる正方向配列が、転写された後、その相補鎖と一緒になってポリケタイドシンターゼの発現を阻害することにより、紅麹菌におけるシトリニン生産を抑制する配列であるかどうかは、実際にその配列を用いたRNAi遺伝子またはRNAi用遺伝子の組合せを紅麹菌に当該技術分野で周知の方法によって導入し、該紅麹菌におけるシトリニン含有量を測定することにより判定可能である。
【0040】
本発明において標的とする紅麹菌へのベクターの導入には、プロトプラスト/ポリエチレングリコール法、電気穿孔法(エレクトロポレーション法)、アグロバクテリウムを介する方法、パーティクルガン法など、当業者に公知の種々の方法を用いることができる。それぞれの方法に適したベクターの調製、形質転換方法は、当業者に公知の方法で行うことが可能である(Toki S, et al: Plant Physiol 100: 1503, 1995)。
【0041】
例えば、形質転換紅麹菌を作出する手法については、ポリエチレングリコールを用いてプロトプラストへ遺伝子導入する方法(Datta SK: In Gene Transfer To Plants(Potrykus I and Spangenberg, Eds) pp.66-74, 1995)、電気パルスによりプロトプラストへ遺伝子導入する方法(Toki S, et al: Plant Physiol 100: 1503, 1992)、パーティクルガン法により細胞へ遺伝子を直接導入する方法(Christou P,et al: Biotechnology 9: 957, 1991)、およびアグロバクテリウムを介して遺伝子を導入する方法(Hiei Y, et al: Plant J 6: 271, 1994)など、いくつかの技術が既に確立し、本願発明の技術分野において広く用いられている。本発明においては、これらの方法を好適に用いることができる。
【0042】
本発明において、pksCT遺伝子発現の抑制のためにRNAi遺伝子またはRNAi用遺伝子の組合せを紅麹菌に導入する際に用いるベクターは、遺伝子導入手段に応じて適宜選択すればよく、特に限定されない。例えば、アグロバクテリウムによる遺伝子導入法を用いる場合は、バイナリーベクター、例えば、pART、pBI101、pBI121、pIG121Hm等が好適に用いられる。また、糸状菌用ベクターとして開発されたp−SilentベクターおよびpCSN44ベクターが特に好適に用いられる。
【0043】
本発明のベクターの作成方法としては、特に限定されず、当業者に周知のいかなる方法を用いてもよい。本発明のベクターにおいては、3’末端側へターミネーターを挿入するが、ターミネーターとしては公知のものがいずれも好適に用いられ、A.nidulans由来trpCターミネーターなどが例示される。
【0044】
本明細書中、塩基配列の同一性は、カーリンおよびアルチュールによるアルゴリズムBLAST(Proc. Natl. Acad. Sei. USA 87:2264-2268, 1990、Karlin S &Altschul SF: Proc Natl Acad Sci USA 90: 5873, 1993)を用いて決定できる。BLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTNやBLASTXと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul SF, et al: J Mol Biol 215: 403, 1990)。これらの解析方法の具体的な手法は公知である(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)。
【実施例】
【0045】
以下に本発明を特定の実施例に言及して記載するがこれは本発明を例示する目的のものであり、限定する意図のものではない。
【0046】
(実施例の概要)
糸状菌である紅麹菌に対してRNAiを適用し、工業原料となる有用二次代謝産物を生産する一方で、有害なカビ毒シトリニンの生産が著しく低下している紅麹菌株の育成を試行した。この目的のために、pksCT遺伝子のコード領域の一部および5’UTRに対して特異的な二本鎖RNA(dsRNA)を合成する発現ベクターを構築し、その高い抑制効果により、紅麹菌において、pksCT遺伝子の発現を効果的に抑制し、シトリニン産生を抑制できることを実証した。
【0047】
(実施例についての具体的説明)
形質転換が可能な糸状菌である紅麹菌から単離されているpksCT遺伝子(配列番号2)に対して既知の配列情報によりプライマーを設計し、PCR法により当該pksCT遺伝子の一部からなるDNA断片を得た。この断片の配列を配列番号1に示す。このDNA断片をもとにdsRNAを形成するようなpksCT−dsRNA発現ベクターを構築した(図1)。ついで、同ベクターを紅麹菌に導入し、pksCT−dsRNAを発現する形質転換体を得ることにより、シトリニン生合成経路の最終産物であるシトリニンの含量が著しく抑制された形質転換紅麹菌を確立した。
【0048】
(実験材料および方法)
コンストラクトの作製には、作製が容易であることから、インバーテッドリピート作成用ベクターとして広く用いられているpSilent−1を用いた。pSilent−1はPtrpCプロモーターの下流に両端に複数の制限酵素サイトをもつイントロン領域があり、さらに、その下流にTtrpCターミネーターを有する構造をもつ。イントロンをはさんだ形で、逆向きにDNA配列を挿入することにより、紅麹菌内で転写されたのち、インバーテッドリピート、すなわち、二本鎖RNA(dsRNA)が生産される。なお、本発明は、本ベクターの使用に限定されるものではない。
【0049】
pksCT遺伝子断片の単離
データベースにすでに登録されている配列をもとに、3'arm(本明細書において逆方向配列と称される部分)にBglII,KpnI制限酵素サイト、5'arm(本明細書において正方向配列と称される部分)にはXhoI,SnaBI制限酵素サイトを持つような紅麹菌pksCT遺伝子のコード領域の一部および5’UTRからなる約500bp断片(配列番号1)をPCRにより紅麹菌ゲノムDNAから単離した。
【0050】
用いたプライマーを以下に示す。
pksCT-arm-forward(FW):GGGGTACCTCGAGTGGATTTTCAGTTCAGCCTC(配列番号4)
reverse(RV):GAAGATCTACGTAAACTGTCCTATGACCACGAG(配列番号5)
【0051】
こうして単離した遺伝子をpUC19ベクターにクローニングしたのち、塩基配列決定機(アプライドバイオシステムズ ABI3100)により塩基配列を確認した。
【0052】
pksCT抑制ベクターの構築(図1)
pksCT-arm-FWとRVのプラーマーペアにより得られたPCR産物のうち正方向配列として用いたものを5'armと称し、逆方向配列として用いたものを3'armと称する。
【0053】
ベクターpSilent−1へのインサート(3'armおよび5'arm)の導入
pSilent−1ベクターに対して、制限酵素XhoI,SnaBI処理およびアルカリフォスファターゼ (Calf Intestine Alkaline Phosphatase : CIAP)処理を行なった。また、先に作製した5'armも同様にXhoI,SnaBI処理し、インサートを調製した。こうして得られたベクター、インサートそれぞれの反応液をフェノール抽出、クロロフォルム抽出、エタノール沈殿したのち、TEバッファーに溶解させ、ライゲーションをおこなった。選択はアンピシリンを用いて行った。得られたコロニーからプラスミドを抽出し、制限酵素処理し、目的とするインサートが挿入されていることを確認した。続いて該プラスミドに制限酵素BglII,KpnI処理およびアルカリフォスファターゼ (Calf Intestine Alkaline Phosphatase : CIAP)処理を行なった。また、先に作製した3'armも同様にBglII,KpnI処理し、インサートを調製した。こうして得られたベクター、インサートそれぞれの反応液をフェノール抽出、クロロフォルム抽出、エタノール沈殿したのち、TEバッファーに溶解させ、ライゲーションをおこなった。選択はアンピシリンを用いて行った。得られたコロニーからプラスミドを抽出し、制限酵素処理し、目的とするインサートが挿入されていることを確認した。さらに、インサートの塩基配列決定をおこない、目的とするdsRNAを発現するベクターpSilent−1−pksCT−dsRNAが作製されていることを確認した。
【0054】
紅麹菌株の培養
紅麹菌株(Monascus purpureus)IFO30873は野生型株である。紅麹菌株TNP13およびTNC21はそれぞれ赤色色素およびシトリニンの高生産株である。すべての株はモナスカス用培地(MC:50g/lグルコース、7.5g/lポリペプトン、2.0g/l NH4H2PO4、0.5g/l MgSO4.7H2O、CaCl2.2H2O、2.0g/l KNO3)の2%寒天平板培地で維持し、7〜10日間28℃でインキュベートした。液体培養のために、寒天ごと約1.5cm四方に切り取り、その断片を500mlフラスコ中の100mlのMC培地に播種し、120rpmで振盪しながら28℃でインキュベートした。
【0055】
紅麹菌への遺伝子の導入
形質転換は、Kubodela et al(Biosci.Biotechnol. Biochem. 64:1416-1421(2000))に記載のように行ったが以下の点を改変した。紅麹菌を30g/lのN−アセチルグルコサミンを添加したMC培地中で120rpm、28℃で40時間培養した。プロトプラストバッファーは0.6Mスクロースを含む20mM MES[2-(N-モルホリノ)エタンスルホン酸](1M KOHによりpH6.0に調整)、20mg/ml Yatalase(Takara Bio, Inc., Otsu, Japan)および5mg/ml Usukizyme(Kyowa Chemical Products Co., Ltd., Osaka, Japan)からなるものとした。収集したプロトプラストを、溶液I(10mM Tris-HCl[pH8.0], 0.6M スクロースおよび10 mM CaCl2)で洗浄し、溶液Iに再懸濁し、4mlのMC軟寒天培地(0.5% Bacto agar (Difco, Detroit, Michigan))と混合し、200μg/mlのハイグロマイシンBを含むMC培地上に広げた。形質転換体は28℃で7〜10日間インキュベーションした後に同定した。
【0056】
シトリニン産生解析
菌糸体を500mlのフラスコ中100mlのMC培地中で培養し、28℃で6日間120rpmで振盪しながらインキュベートし、ろ過により培養液を回収した。培養液を0.20μmフィルター(DISMIC-13 cp;Advantec, Tokyo, Japan)に通し、HPLC分析にかけた。HPLC条件:C18カラム(CAPCELL PAK C18 UG; Shiseido Co., Ltd., Tokyo, Japan)、移動相=アセトニトリル/水/トリフルオロ酢酸(55/45/0.1[vol/vol])、流速=1.0ml/分、蛍光検出(330nm励起および500nm放射)。市販のシトリニン(Wako Pure Cehmical Industries, Ltd., Osaka, Japan)を標準として用いた。
【0057】
結果
pSilent−1−pksCT−dsRNAを導入した紅麹菌形質転換体は、4株得られた。pSilent−1導入株(コントロール)は、14株得られた。
【0058】
実際にHPLCによりシトリニン生産量を解析した結果、図2に示すように、野生型およびpSilent−1導入株(コントロール)におけるシトリニン含量と比較して、pSilent−1−pksCT−dsRNAを導入した形質転換体において、顕著なシトリニン生産の抑制が認められた。
【0059】
一方、上記の野生型株、pSilent−1導入株(コントロール)およびpSilent−1−pksCT−dsRNA導入株からmRNAをRNeasy Kit (QIAGEN社)により抽出し、pksCTに対するプライマーを用いたRT−PCRにより増幅した後、アガロースゲル電気泳動にかけたところ、図3に示すように、野生型(W)およびpSilent−1導入株(C)では、pksCT由来の283bpからなる強いバンドが見られたのに対し、pSilent−1−pksCT−dsRNA導入株では、ほとんどpksCTに対応するバンドは観察されなかった。
【0060】
このように、pksCTに対するdsRNAの発現によって、その代謝経路の最終生成物であるシトリニンの抑制が誘導されたことは、従来遺伝子操作により生合成遺伝子の破壊が困難であった紅麹菌において、RNAi法の利用が有効であることを示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】pksCT抑制ベクター(pSilent−1−pksCT−dsRNA)の構築を示す図である。
【図2】野生型株、コントロールおよび本発明のRNAi遺伝子導入株におけるシトリニン生産解析を示す図である。
【図3】野生型株、コントロールおよび本発明のRNAi遺伝子導入株におけるpksCT転写解析を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シトリニン生産能を有する紅麹菌においてRNAi法を用いて、ポリケタイドシンターゼの発現を阻害することを特徴とする、紅麹菌におけるシトリニンの生産を抑制する方法。
【請求項2】
シトリニン生産能を有する紅麹菌においてRNAi法を用いて、ポリケタイドシンターゼの発現を阻害することを特徴とする、シトリニン生産能が低下した紅麹菌株の製造方法。
【請求項3】
請求項2に記載の方法によって得られるシトリニン生産能が低下した紅麹菌株。
【請求項4】
プロモーターの下流に、ポリケタイドシンターゼ遺伝子の少なくとも一部と相同的な正方向配列、および、該正方向配列に相補的な逆方向配列を含む遺伝子であって、請求項1または2のいずれかに記載の方法に用いられる遺伝子。
【請求項5】
ポリケタイドシンターゼ遺伝子の少なくとも一部と相同的な正方向配列が、配列番号1の塩基配列からなる請求項4に記載の遺伝子。
【請求項6】
ポリケタイドシンターゼ遺伝子の少なくとも一部と相同的な正方向配列が、配列番号1の塩基配列に相補的な配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、転写された後、その相補鎖と一緒になってポリケタイドシンターゼの発現を阻害することにより、紅麹菌におけるシトリニン生産を抑制する配列である、請求項4または5に記載の遺伝子。
【請求項7】
プロモーターの下流に、ポリケタイドシンターゼ遺伝子の少なくとも一部と相同的な正方向配列を含む遺伝子、および、プロモーターの下流に、該正方向配列に相補的な逆方向配列を含む遺伝子を含む、遺伝子の組合せであって、請求項1または2のいずれかに記載の方法に用いられる、遺伝子の組合せ。
【請求項8】
ポリケタイドシンターゼ遺伝子の少なくとも一部と相同的な正方向配列が、配列番号1の塩基配列からなる請求項7に記載の遺伝子の組合せ。
【請求項9】
ポリケタイドシンターゼ遺伝子の少なくとも一部と相同的な正方向配列が、配列番号1の塩基配列に相補的な配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、転写された後、その相補鎖と一緒になってポリケタイドシンターゼの発現を阻害することにより、紅麹菌におけるシトリニン生産を抑制する配列である、請求項7または8の遺伝子の組合せ。
【請求項10】
請求項4〜6のいずれかに記載の遺伝子を含むベクター。
【請求項11】
請求項7〜9のいずれかに記載の正方向配列を含む遺伝子を含むベクターおよび該正方向配列に相補的な逆方向配列を含む遺伝子を含むベクターの組合せ。
【請求項12】
請求項10に記載のベクターまたは請求項11に記載のベクターの組合せにより形質転換された紅麹菌。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−48681(P2008−48681A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−229440(P2006−229440)
【出願日】平成18年8月25日(2006.8.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年3月5日 社団法人日本農芸化学会発行の「日本農芸化学会2006年度大会講演要旨集」(刊行物)に発表。 平成18年3月27日 社団法人日本農芸化学会主催の「日本農芸化学会2006年度大会」において文書をもって発表(3講演)。 平成18年6月3日 http://getentry.ddbj.nig.ac.jp/cgi−bin/get_entry.pl?AB243687を通じて発表。
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】