説明

cGMPの産生抑制を指標とする皮膚バリアー機能回復促進物質のスクリーニング方法

【課題】皮膚バリアー機能回復効果物質をスクリーニングする新規手段の提供。
【解決手段】本発明は、候補薬剤が比較してケラチノサイトにおけるcGMPの産生を有意に抑制する場合に、当該候補薬剤が皮膚バリアー機能の回復を促進させると評価する、皮膚バリアー機能回復促進物質のスクリーニング方法、を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、cGMPの産生抑制を指標とする皮膚バリアー機能回復促進物質のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
種々の皮膚疾患、例えば、アトピー性皮膚炎、乾癬、接触性皮膚炎等に見られる肌荒れ症状においては、皮膚からの水分の消失が、健常な皮膚に比べて盛んであることが知られている。このいわゆる経皮水分蒸散量(TEWL)の増加には、皮膚内において水分の保持やバリアーとしての機能を担っていると考えられる成分の減少が関与しているものと考えられてきた。
【0003】
これまでに、皮膚バリアー機能の低下に伴い皮膚の皮膚機能が低下し、その結果皮膚増殖性異常等が起こることが報告されている。特に高齢者の場合、低下した皮膚バリアー機能の回復には長い時間がかかるため、加齢に伴う皮膚の皮膚機能の低下による皮膚増殖性異常等を防止するのに有効な、新たな皮膚バリアー機能回復剤が要望されている。
【0004】
一酸化窒素(NO)は血管拡張物質であるとともに、皮膚における細胞分裂や細胞毒性に関与する細胞シグナル伝達物質であることが知られている。また、NOは細胞内カルシウムの放出を促進させる(Horn et al., FASEB J 16:pp. 1611-22)。本発明者らは以前、NOが皮膚バリアー機能の回復に及ぼす影響について検討した結果、NO合成酵素(NOS)阻害剤及び神経性一酸化窒素合成酵素(nNOS)が、テープストリッピングにより破壊された皮膚のバリアー機能の回復を促進させることを明らかにした(Journal of INvestigative Dermatology (2007), Vol. 127, pp. 1713-1719)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Journal of INvestigative Dermatology (2007), Vol. 127, pp. 1713-1719
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
NOは、細胞内でグアニリルシクラーゼ(GC)を活性化し、環状グアノシン3’,5’一リン酸(cGMP)を増大させることでシグナル伝達に関与している。しかしながら、cGMPと皮膚バリアー機能の回復との関係は明らかとなっていなかった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、cGMPの産生抑制又は分解促進を指標とすることで、皮膚バリアー機能の回復を促進させる薬剤がスクリーニングされ得ることを見出し、本願発明を完成させるに至った。
【0008】
即ち、本願発明は、候補薬剤がケラチノサイトにおけるcGMPの産生を有意に抑制する場合に、当該候補薬剤が皮膚バリアー機能の回復を促進させると評価する、皮膚バリアー機能回復促進物質のスクリーニング方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
cGMPは皮膚バリアー機能の回復と密接に関連していると考えられる。本発明によれば、多数の候補薬剤の中からcGMPの産生を低下させる薬剤を優先的に選択することで、皮膚バリアー機能回復促進物質を確実にスクリーニングすることが可能となる。また、皮膚バリアー機能の回復は、皮膚に赤色光を照射した場合にも顕著に促進されることが知られているが、本発明者らは、cGMPの産生が赤色光の照射によっても低下することを確認している。従って、cGMPを指標とする本発明のスクリーニング方法は、赤色光に匹敵する皮膚バリアー機能回復効果を発揮する薬剤をスクリーニングすることも可能にするものである。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は、コントロール(テープストリッピング前)のヘアレスマウスの皮膚凍結切片を用いたcGMPの免疫染色写真である。
【図2】図2は、テープストリッピング後のヘアレスマウスの皮膚凍結切片を用いたcGMPの免疫染色写真である。
【図3】図3は、赤色光照射後のヘアレスマウスの皮膚凍結切片を用いたcGMPの免疫染色写真である。
【図4】図4は、赤色光照射及びZaprinast(Merck社製)適用後のヘアレスマウスの皮膚凍結切片を用いたcGMPの免疫染色写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、候補薬剤が皮膚組織等におけるcGMPの産生を有意に抑制する場合に、当該候補薬剤が皮膚バリアー機能の回復を促進させると評価する、皮膚バリアー機能回復促進物質のスクリーニング方法を提供する。
【0012】
環状グアノシン3’,5’一リン酸(cGMP)は、環状ヌクレオチドの1つであり、環状アデノシン3’,5’一リン酸(cAMP)と同様に、細胞内シグナル伝達物質として種々の役割を果たしている。cGMPは、生体内において、グアニルシクラーゼ(GC)によってGTPから合成される。cGMPはイオンチャネルに作用し、細胞内へのCa2+流入を引き起こし、細胞内Ca2+レベルを上昇させる。本発明者らは、以前の研究において、細胞内へのカルシウムイオンの流入が皮膚バリアーの機能を低下させることを確認している(WO2003/053466)。cGMPは、ホスホジエステラーゼ(PDE)によってそのリン酸エステルが加水分解された後、グアノシン5’リン酸に変換される。
【0013】
NOによりGCが活性されると、GTPからcGMPへの合成が促進され、その結果、細胞内Ca2+レベルが上昇する。このカスケードにおける、NOによるカルシウムレベルの上昇は、細胞膜カルシウムチャネルの阻害剤であるニフェジピンをケラチノサイトに作用させた場合でも変化しない。そのため、NOによるカルシウムレベルの上昇は細胞内に存在するCaストアによるものと考えられる。
【0014】
かかる細胞内Ca2+レベルの上昇により、皮膚バリア機能の回復が抑制される。事実、上記カスケードの最上流に位置するNOを供給するNOドナー、例えばS−ニトロソ−N−アセチル−DL−ペニシラミン(SNAP)は、ヘアレスマウスのケラチノサイト内のカルシウム濃度を上昇させ、皮膚バリアー機能の回復を遅らせた(上掲Denda et al.)。GC活性化剤であるSIN−1クロリドも同様の結果を示す。対照的に、GC阻害剤であるH−[1,2,4]オキサジアゾール[4,3−a]キノキサリン−1−オン(ODQ)は、SNAPによるカルシウム濃度の上昇を抑制し、バリア回復を促進させる。
【0015】
上記カスケードによれば、GCが阻害されると、cGMPの産生が抑制されることになる。すなわち、候補薬剤が皮膚組織におけるcGMPの産生を有意に抑制する場合に、当該候補薬剤が皮膚バリアー機能の回復を促進させると評価することができる。
【0016】
本明細書で使用する場合、「皮膚バリアー機能」とは、皮膚のなかでも表皮による体内の水分保持及びウイルス、細菌等の進入阻止、などを意味する。ここで、当該機能は、発汗しない条件下で経皮水分蒸散量(TEWL)(単位:g/m2・h)を測定することにより評価することができる。また、本発明において、「皮膚バリアー機能の回復を促進する」とは、皮膚のテープストリッピング直後のTEWLの値を0%、テープストリッピング前の値を100%として、各測定時間におけるTEWLの値が、コントロールと比較した場合に明らかに有意差が認められ、TEWL回復率を促進させる効果を有することを意味し、Andrewらの方法(J Invest Dermatol,86;598,1986)に従って、4%のドデシル硫酸ナトリウム(SDS)水溶液をしみ込ませたCotton ballにより皮膚を処理して判定を行ういわゆる肌荒れ改善防止効果とは異なる。
【0017】
皮膚バリアー機能の回復が必要な皮膚としては、皮膚疾患、種々のストレス、そして肌荒れ等により皮膚バリアー機能が低下した肌、移植皮膚で皮膚バリアー層の形成が充分でないため皮膚バリアー機能が低い肌、あるいは移植によって皮膚バリアー機能が低下した肌等が挙げられる。従って、本発明のスクリーニング方法は、低下した皮膚バリアー機能の回復だけでなく、皮膚バリアー機能が低い肌に対してその機能を向上させる物質のスクリーニングも意図する。このように、本発明によりスクリーニングされた皮膚バリアー機能回復促進物質を適用する対象者としては、哺乳類が考えられ、特にヒトの皮膚に対して適用される。
【0018】
更に、上述の加齢に伴う皮膚機能の低下による皮膚増殖性異常等を防止する観点から、皮膚バリアー機能回復促進物質は、高齢者の皮膚に適用されることが考えられる。当該物質はまた、人工皮膚にも適用することができる。これは、生体より単離された皮膚細胞等を培養することによって得られる人工皮膚は、皮膚バリアー層の形成が不完全なことがあり、その皮膚バリアー機能は概して低いためである。
【0019】
本発明の方法は、皮膚バリアー機能回復促進物質の候補化合物をケラチノサイト等のケラチノサイト等のcGMPを産生している細胞又は細胞画分に適用し、皮膚組織中のcGMPの産生が抑制された場合に、当該候補化合物を皮膚バリアー機能回復促進物質として選定する工程を含んで成る。前記候補化合物としては、GC阻害剤等が考えられる。当該候補化合物は、皮膚組織に直接適用し、cGMPの産生を確認してもよい。cGMPの産生抑制とは、コントロールと比較して、細胞内のcGMP量が少ないことを意味する。候補化合物の効果は、対照薬剤と比較して、例えばそれぞれ20%以上、又は50%以上、又は100%産生が抑制される場合、cGMPの産生を有意に抑制するとみなすことができる。更に、候補化合物のcGMP産生抑制効果は、対照薬剤に代えて、あるいは対照薬剤とともに、赤色光によるcGMP産生抑制効果と比較してもよい。この場合、赤色光の光源は特に限定されず、例えば、市販の赤色光ランプであってもよい。本発明では、出力1W、波長550〜670nmの市販の赤色光ランプを使用した。
【0020】
細胞内のcGMP量は、抗cGMP抗体を用いる免疫染色により定量することができる。また、ラジオアイソトープでラベル化したcGMPの増減によってもcGMP量を評価することができる。あるいは、cGMP量の減少に伴い、小胞体からのカルシウム放出も抑制されるため、細胞内のカルシウムイオン濃度の低下を測定することでcGMPの産生抑制を間接的に評価することもできる。細胞内のカルシウムイオンの濃度は慣用の方法で測定することができる。
【0021】
別の態様において、本発明は、cGMPの産生を抑制する物質を含んで成る皮膚バリアー機能回復促進製剤を提供する。本発明の製剤の形態には、本発明の製剤は、化粧水、クリーム、乳液、ローション、ファンデーション、パック、浴用剤、軟膏、ヘアーローション、ヘアートニック、ヘアーリキッド、シャンプー、リンス、養毛・育毛剤等を包含するものである。
【0022】
更に別の態様において、本発明は、皮膚バリアー機能の回復を促進させるための美容方法であって、cGMPの産生を抑制する物質を皮膚上に適用することを含んで成る方法を提供する。
【0023】
本発明の美容方法は、皮膚バリアー機能回復が必要とされる皮膚にcGMPの産生を抑制する物質を適用するものである。適用方法は特に限定されず、例えば、前記物質を含有するパック又はシートを皮膚上に載せ、あるいは貼り付けることで前記物質を皮膚に適用してもよい。その他、前記物質を有効成分として含む化粧料として皮膚に塗布されることもある。前記物質を皮膚に適用する回数、時間は、その皮膚の状態によって変化するが、セロテープ(登録商標)によるストリッピングで破壊された皮膚の場合、1時間あれば皮膚バリアー機能の回復を達成することができる。
【実施例】
【0024】
次に、本願発明を以下の実施例により更に具体的に説明する。
【0025】
皮膚バリアー機能回復促進効果試験
以下の実験において、GC阻害剤であるODQによる皮膚バリアー機能回復促進効果を、水、NOドナーであるSNAP、又はGC活性化剤であるSIN−1クロリドを適用した場合と比較して評価した。皮膚バリアー機能回復促進効果は、ヘアレスマウス(Type HR−1, HOSHINO, Japan)の皮膚にテープストリッピングを施すことによって破壊された皮膚バリアー機能がもとの状態へ回復していく過程を経皮水分蒸散量(TEWL)を指標とし、以下の通り評価した。
【0026】
1.水分蒸散量測定装置MEECO(Meeco社製, Warrington, PA, USA)によりヘアレスマウス背部付近の経皮水分蒸散量(TEWL)を測定する。この際の値をTEWLの回復率100%とする。
2.皮膚のバリアーを、セロファンテープを使用し、ヘアレスマウスの表皮角層を剥がすことにより破壊する。このときTEWLの値が約800〜900となるまでこの作業を繰り返す。角層を剥がした後の測定値から角層を剥がす前の測定値を差し引いた値を、最もダメージの深い状態、即ち回復率0%とする。
3.角層を剥がしてから所定の時間(1,3,6又は24時間)経過後、試験物質を上記角層の上に塗布する。水を塗布した皮膚をコントロールとする。
4.1時間経過後、MEECOによりTEWLを測定する。角層除去時と同様、各時間の測定値から角層除去前のTEWL値を差し引き、回復率をもとめる。
即ち、回復率は以下の式に従い算出する。
【数1】

【0027】
当該試験によって測定された皮膚バリアー機能の回復率(%)を算出したところ、SNAPやSIN−1クロリドは、コントロールと比較しても皮膚バリアー機能の回復が遅れたのに対し、ODQは皮膚バリアー機能の回復を有意に促進させた(結果は示さず)。
【0028】
抗cGMP抗体を用いたヘアレスマウスの皮膚凍結切片の免疫染色
cGMPの産生に関与する因子がバリア破壊後の皮膚にどのような影響を及ぼすか、抗cGMP抗体を用いてヘアレスマウスの皮膚凍結切片を免疫染色した。
【0029】
約7μmのヘアレスマウス皮膚凍結切片をコントロールとし、1)当該切片の上記皮膚バリアー機能回復促進効果試験と同様にテープストリッピングしたもの、2)テープストリッピング後に波長550〜670nmの赤色光を照射したもの(出力1Wの日亜化学工業社製赤色光LEDランプ)、そして3)テープストリッピング後の切片にcGMP特異的ホスホジエステラーゼ阻害剤であるZaprinast(Merck社製)(1.5μM)を適用し、その後2)と同様に赤色光を照射したものを準備した。100%メタノールで固定した後、ヤギ血清により1時間ブロッキングした。当該切片を抗cGMP抗体液(Calbiochem社製)に4℃で一晩浸漬した後、PBS等のバッファーで洗浄した。
【0030】
洗浄後の切片を2次抗体(抗ウサギ−Alexa Fluor 594)溶液に室温で1時間浸漬し、バッファーで洗浄した後、蛍光顕微鏡によりcGMP量を評価した。結果を図1〜4に示す。
【0031】
テープストリッピングによりcGMP量は増大したが(図1及び図2)、赤色光を照射した切片では、cGMP量は有意に低下した(図3)。これはホスホジエステラーゼが活性化してcGMPを分解するためである。一方、Zaprinastを塗布した後赤色光を照射した切片は、Zaprinastを塗布せずに赤色光を照射した切片と比較してcGMP量低下が抑制された(図4)。図4の結果は、Zaprinastによりホスホジエステラーゼが阻害され、赤色光によるcGMP量の低下が抑制されたことを示している。
【産業上の利用可能性】
【0032】
以上の結果から、cGMPの産生を抑制する物質と皮膚バリアー機能回復促進効果の間には相関関係が認められる。本発明によれば、皮膚バリアー機能回復促進物質をスクリーニングする際、cGMPの産生抑制という新たな指標を採用することで、皮膚バリアー機能回復促進効果を有する物質を確実にスクリーニングすることが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
候補薬剤がケラチノサイトにおけるcGMPの産生を有意に抑制する場合に、当該候補薬剤が皮膚バリアー機能の回復を促進させると評価する、皮膚バリアー機能回復促進物質のスクリーニング方法。
【請求項2】
更に、赤色光との比較でcGMPの産生量を評価する、請求項1に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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