説明

スエヒロタケによる真菌症の検査方法および検査用試薬

【課題】再現性や定量性に優れた、スエヒロタケによる真菌症の検査手段を提供する。
【解決手段】本発明の一形態によれば、生体試料中の、グルコアミラーゼタンパク質を特異的に認識する抗体を検出することを含む、スエヒロタケによる真菌症の検査方法が提供される。また、本発明の他の形態によれば、グルコアミラーゼタンパク質を特異的に認識する抗体を検出する物質を含む、スエヒロタケによる真菌症の検査用試薬が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スエヒロタケによるアレルギー性気管支肺真菌症を検査するための新規な検査方法および検査用試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
スエヒロタケ(Schizophyllum commune)は、環境中に遍在している担子菌の1種である。このスエヒロタケは、1950年代になって病原性真菌であることが認識されるようになり、スエヒロタケがヒトにおける真菌症の原因菌であるとの報告もいくつかなされている(非特許文献1〜3を参照)。
【0003】
その後、世界中、特に先進国においてスエヒロタケによる真菌症の症例が数多く報告され、スエヒロタケは現在では、アレルギー性気管支肺真菌症(ABPM;Allergic BronchoPulmonary Mycosis)、アレルギー性真菌性副鼻腔炎(AFS;Allergic fungal sinusitis)、および肺担子菌真菌症等のヒト真菌症の原因菌であることが広く知られている(非特許文献4を参照)。
【0004】
スエヒロタケに感染した患者の症状は特徴的なものではなく、また、スエヒロタケを臨床試料(唾液、BALF等)から単離することも困難であることが多い。さらに、仮にスエヒロタケを臨床試料から単離することができたとしても、その形態学的な同定は非常に難しいことから、確定診断を可能とする手段が十分に確立されてはいないのが現状である。
【0005】
なお、非特許文献5には、スエヒロタケによるアレルギー性気管支肺真菌症(ABPM)の補助診断法が開示されている。具体的には、スエヒロタケの培養上清中に抗原物質が含まれていることに着目し、当該培養上清を用いて患者血清の抗体価を測定することを含む、ABPMの臨床的な補助診断法が開示されている。
【0006】
しかしながら、非特許文献5に開示の方法で用いられる培養上清は、抗原の本態としてのタンパク質(抗原タンパク質)以外にも種々のタンパク質を含むものである。また、培養上清を用いる方法では、調製ロット毎に培養上清の組成が大きく変動することが懸念される。したがって、非特許文献5に開示の手法では、バックグラウンドの上昇、交差反応の発生、培養上清の組成の変動等により、再現性や定量性が低下するという問題がある。
【0007】
ところで、グルコアミラーゼ(1,4−α−D−グルカングルコヒドロラーゼ、EC3.2.1.3)は、デンプンまたは近縁のオリゴ糖および多糖分子の非還元末端からのD−グルコースの遊離を触媒する酵素であり、食品工業において広く利用されている(非特許文献6を参照)。そして、スエヒロタケがこのグルコアミラーゼを産生することも知られている(非特許文献7を参照)。
【0008】
一方、スエヒロタケ以外の真菌が産生するグルコアミラーゼがアレルギー性疾患の抗原として機能しうるという報告がいくつかなされている。例えば、ある種の喘息(Baker's asthma)の患者はクロコウジカビ(Aspergillus niger)由来のグルコアミラーゼに陽性反応を示し、グルコアミラーゼに対するIgE抗体を産生するということが報告されている(非特許文献8を参照)。また、いわゆる青カビとして知られるペニシリウム・クリゾゲナム(Penicillium chrysogenum)由来のグルコアミラーゼが外来抗原であるとの報告もある(非特許文献9を参照)。しかしながら、スエヒロタケが産生するグルコアミラーゼが何らかの抗原性を有するということについては、これまでに報告が存在しない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Kligman, A.M.: A Basidiomycete Probably Causing Onychomycosis1. The. Journal. of. Investigative. Dermatology. 14:67-70, 1950
【非特許文献2】Batista, A.D., Maia, J.A., Singer, R.: Basidioneuromycosis on man. An. Soc. Biol. Pernambuco. 13:52-60, 1995
【非特許文献3】Ciferri, R., Batista, A.C., Campos, S.: Isolation of Schizophyllum commune from a sputum. Atti. Ist. Bot. Lab. Crittogam. Univ. Pavia. 14:118-120, 1956
【非特許文献4】Kamei, K., Unno, H., Ito, J., Nishimura, K., Miyaji, M.: [Analysis of the cases in which Schizophyllum commune was isolated] Nippon. Ishinkin. Gakkai. Zasshi. 40:175-181, 1999
【非特許文献5】Kamei, K., Unno, H., Nagao, K., Kuriyama, T., Nishimura, K., Miyaji, M.: Allergic bronchopulmonary mycosis caused by the basidiomycetous fungus Schizophyllum commune. Clin. Infect. Dis. 18:305-309, 1994
【非特許文献6】Kumar, P., Satyanarayana, T.: Microbial glucoamylases: characteristics and applications. Crit. Rev. Biotechnol. 29:225-255, 2009
【非特許文献7】Ohm, R.A., de Jong, J.F., Lugones, L.G., Aerts, A., Kothe, E., Stajich, J.E., de Vries, R.P., Record, E., Levasseur, A., Baker, S.E., Bartholomew, K.A., Coutinho, P.M., Erdmann, S., Fowler, T.J., Gathman, A.C., Lombard, V., Henrissat, B., Knabe, N., Kues, U., Lilly, W.W., Lindquist, E., Lucas, S., Magnuson, J.K., Piumi, F., Raudaskoski, M., Salamov, A., Schmutz, J., Schwarze, F.W., Vankuyk, P.A., Horton, J.S., Grigoriev, I.V., Wosten, H.A.: Genome sequence of the model mushroom Schizophyllum commune. Nat. Biotechnol. 2010. Jul. :11, 2010
【非特許文献8】Quirce, S., Fernandez Nieto, M., Bartolome, B., Bombin, C., Cuevas, M., Sastre, J.: Glucoamylase: another fungal enzyme associated with baker's asthma. Ann. Allergy. Asthma. Immunol. 89:197-202, 2002
【非特許文献9】Luo, W., Wilson, A.M., Miller, J.D.: Characterization of a 52 kDa exoantigen of Penicillium chrysogenum and monoclonal antibodies suitable for its detection. Mycopathologia. 169:15-26, 2010
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述したような従来技術に鑑み、本発明は、再現性や定量性に優れた、スエヒロタケによる真菌症の検査手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上述した課題を解決することを目指して、鋭意研究を行なった。その結果、予期していなかったことに、スエヒロタケの培養上清中に含まれる抗原性物質の本態がグルコアミラーゼであることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、本発明の第1の形態によれば、生体試料中の、グルコアミラーゼタンパク質を特異的に認識する抗体を検出することを含む、スエヒロタケによる真菌症の検査方法が提供される。当該検査方法において、生体試料は体液であることが好ましく、当該体液は血清であることが好ましい。また、当該検査方法において、真菌症は好ましくはアレルギー性気管支肺真菌症(ABPM)である。
【0013】
さらに、本発明の第2の形態によれば、グルコアミラーゼタンパク質を特異的に認識する抗体を検出する物質を含む、スエヒロタケによる真菌症の検査用試薬が提供される。当該検査用試薬において、「グルコアミラーゼタンパク質を特異的に認識する抗体を検出する物質」は、グルコアミラーゼタンパク質および/またはその部分ペプチドであることが好ましく、当該グルコアミラーゼタンパク質は、好ましくは組換えタンパク質である。また、当該検査用試薬において、真菌症は好ましくはアレルギー性気管支肺真菌症(ABPM)である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、再現性や定量性に優れた、スエヒロタケによる真菌症の検査手段が提供されうる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施例において、スエヒロタケの培養上清を電気泳動(SDS−PAGE)し、CBB染色を行った結果、および、アレルギー性気管支肺真菌症(ABPM)患者の血清を用いてウエスタンブロットを行った結果を示す写真である。
【図2】実施例において、大腸菌で発現させた組換えグルコアミラーゼタンパク質が単一のバンドを示すことを、SDS−PAGE後のCBB染色により確認した結果を示す写真である。
【図3】実施例において、アレルギー性気管支肺真菌症(ABPM)の患者群と健常ボランティア群との間で、ELISA法により血清のIgG力価を定量・比較した結果を示すグラフである。
【図4】実施例において、アレルギー性気管支肺真菌症(ABPM)の患者群と健常ボランティア群との間で、ELISA法により血清のIgE力価を定量・比較した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の第1の形態は、生体試料中の、グルコアミラーゼタンパク質(以下、「グルコアミラーゼ」という場合もある)を特異的に認識する抗体を検出することを含む、スエヒロタケによる真菌症の検査方法である。
【0017】
本発明の検査方法を適用することができる対象としては、動物であれば特に限定されないが、例えば、哺乳動物等が挙げられる。哺乳動物としては、例えば、霊長類、実験用動物、家畜、ペット等が挙げられ特に限定されるものではないが、具体的には、例えば、ヒト、サル、ラット、マウス、ウサギ、ウマ、ウシ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ネコなどが挙げられる。好ましくは、対象動物はヒトである。
【0018】
本発明の方法に用いられうる生体試料としては、特に限定されないが、例えば、検査対象である動物由来の組織、細胞、細胞抽出成分、体液等が挙げられる。組織としては、脾臓、リンパ節、腎臓、肺、心臓、肝臓等が、細胞としては、脾細胞、リンパ細胞、好中球、単球、マクロファージ、樹状細胞、抗体産生細胞等が、体液としては、血液、血清、血漿、尿、汗、脊髄液等が挙げられる。検出の容易性などを考慮すると、生体試料としては体液、特に血清・血漿、尿が好ましく、血清が最も好ましい。
【0019】
本発明の検査方法において検査される「スエヒロタケによる真菌症」の具体的な形態について特に制限はなく、本技術分野において「スエヒロタケによる真菌症」として認識されうるすべての疾患、症状、障害などがいずれも包含されうる。スエヒロタケによる真菌症の一例としては、例えば、アレルギー性気管支肺真菌症(ABPM;Allergic BronchoPulmonary Mycosis)、アレルギー性真菌性副鼻腔炎(AFS;Allergic fungal sinusitis)、肺担子菌真菌症、脳膿瘍、気管支粘液栓(Mucoid impaction of bronchi)などが挙げられるが、これらには限定されない。ただし、本発明の検査方法は、スエヒロタケによる真菌症のなかでもアレルギー性気管支肺真菌症(ABPM)の検査方法であることが好ましい。
【0020】
本発明の検査方法において検出される抗体(以下、「抗グルコアミラーゼ抗体」という場合もある)により認識されるグルコアミラーゼは、1,4−α−D−グルカングルコヒドロラーゼ(EC3.2.1.3)とも称され、デンプンまたは近縁のオリゴ糖および多糖分子の非還元末端からのD−グルコースの遊離を触媒する酵素である。グルコアミラーゼとしては、スエヒロタケ由来のものであれば特に限定されない。本発明において用いられるグルコアミラーゼとしては、例えば、スエヒロタケ由来の天然のグルコアミラーゼが用いられうる。グルコアミラーゼのアミノ酸配列等は公知であり、例えば、スエヒロタケ由来のグルコアミラーゼは以下のID番号に基づき各公的機関のデータベースを参照することができる:SCHCODRAFT_57589 glycoside hydrolase family 15 and carbohydrate-binding module family 20 [ Schizophyllum commune H4-8 ] Gene ID: 9591574。
【0021】
また、グルコアミラーゼとして、
(a)天然のグルコアミラーゼのアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、グルコアミラーゼの生物学的活性を有するタンパク質;または
(b)天然のグルコアミラーゼのアミノ酸配列と90%以上、好ましくは93%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは99%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、グルコアミラーゼの生物学的活性を有するタンパク質、
も同様に、本発明において用いられうる。これらのグルコアミラーゼは、当業者に公知の任意の遺伝子工学的手法で作製されうる。
【0022】
なお、「相同性」(または、「同一性」)とは、ポリペプチドのアミノ酸配列における2本の鎖の間で当該鎖を構成している各アミノ酸残基どうしの互いの適合関係において同一であると決定できるようなものの量(数)を意味し、2つのポリペプチド配列または2つのポリヌクレオチド配列の間の配列相関性の程度を意味するものである。この相同性は容易に算出されうる。2つのポリヌクレオチド配列またはポリペプチド配列間の相同性を測定する方法は数多く知られており、「相同性」なる用語は、当業者には周知である (例えば、Lesk, A. M. (Ed.), Computational Molecular Biology, Oxford University Press, New York, (1988); Smith, D. W. (Ed.), Biocomputing: Informatics and Genome Projects, Academic Press, New York, (1993); Grifin, A. M. & Grifin, H. G. (Ed.), Computer Analysis of Sequence Data: Part I, Human Press, New Jersey, (1994);von Heinje, G., Sequence Analysis in Molecular Biology, Academic Press,New York, (1987); Gribskov, M. & Devereux, J. (Ed.), Sequence Analysis Primer, M-Stockton Press, New York, (1991) 等)。2つの配列の相同性を測定するのに用いる一般的な方法には、Martin, J. Bishop (Ed.), Guide to Huge Computers, Academic Press, San Diego, (1994);Carillo, H. & Lipman, D., SIAM J. Applied Math., 48: 1073 (1988) 等に開示されているものが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0023】
抗体としては、特にそのクラスは限定されず、IgG、IgD、IgE、IgA、sIgA、IgM等のいずれのものであってもよい。好ましくはIgGまたはIgEであり、特に好ましくはIgGである。また、抗体の結合性断片(Fab、Fab’、F(ab’)等)等も、グルコアミラーゼに対して特異的に結合する限り、「抗体」に含まれる。
【0024】
生体試料中の「グルコアミラーゼを特異的に認識する抗体」を検出する方法としては、自体公知の方法を用いることができ、特に限定されないが、液相または固相で起こる反応(例えば抗原抗体反応)を直接測定する方法や、阻害物質を加えることにより免疫反応の阻害を測定する方法などを利用することができる。
【0025】
上記方法としては、例えば、グルコアミラーゼまたはその部分ペプチドを生体試料と接触させ、生体試料中の抗体のグルコアミラーゼまたはその部分ペプチドに対する特異的結合を、直接的または間接的に検出する方法が挙げられる。
【0026】
また、本発明においてグルコアミラーゼの部分ペプチドとしては、本発明で検出される抗グルコアミラーゼ抗体が認識する抗原決定基を含む部分ペプチドであれば特にその長さは限定されない。一般的にタンパク質抗原の抗原決定基は、少なくとも5〜6個のアミノ酸残基により構成されるため、少なくとも5個以上、好ましくは8個以上、より好ましくは10個以上のアミノ酸残基を含むグルコアミラーゼの部分ペプチドを、本発明では用いることができる。
【0027】
グルコアミラーゼまたはその部分ペプチドは修飾されていてもよい。このような修飾としては、例えば、リン酸、糖または糖鎖、リン脂質、脂質、ヌクレオチド等による修飾などが挙げられる。
【0028】
本発明で用いられるグルコアミラーゼまたはその部分ペプチドは、例えばスエヒロタケから自体公知の方法によって得ることができる。例えば、スエヒロタケ菌体破砕物もしくは培養上清から種々のカラムクロマトグラフィーを用いて分離するといった手法によって、スエヒロタケからグルコアミラーゼまたはその部分ペプチドを精製することができる。
【0029】
本発明のグルコアミラーゼまたはその部分ペプチドは、グルコアミラーゼまたはその部分ペプチドをコードする核酸を含有する発現ベクターを導入した形質転換体を培養してグルコアミラーゼまたはその部分ペプチドを産生させ、得られる培養物からグルコアミラーゼまたはその部分ペプチドを分離・精製することによっても製造できる。
【0030】
本発明で用いられるグルコアミラーゼまたはその部分ペプチドは、公知のペプチド合成法により製造することもできる。このようなペプチド合成法としては、例えば、固相合成法、液相合成法のいずれであってもよい。グルコアミラーゼを構成しうる部分ペプチドまたはアミノ酸と残余部分とを縮合し、生成物が保護基を有する場合は保護基を脱離することにより、グルコアミラーゼまたはその部分ペプチドを製造することができる。
【0031】
本発明で用いられるグルコアミラーゼの部分ペプチドは、上述または後述のいずれかの方法により得られるグルコアミラーゼを、適当なペプチダーゼで切断することによっても製造することができる。
【0032】
グルコアミラーゼまたはその部分ペプチドは、精製作業等を容易にすることを目的に、適当なタグが連結されたものであってもよい。このようなタグとしては、イムノグロブリンFc領域、マルトース結合タンパク質(MBP)、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)、c−Mycタグ、FLAGタグ、HAタグ、Hisタグ等が挙げられる。
【0033】
抗体を検出するための検出方法としては、特に限定されないが、より具体的には以下の方法が挙げられる。
(1)血球やゼラチン粒子の表面に、グルコアミラーゼまたはその部分ペプチド(抗原)を被覆し、生体試料を加えることにより抗原抗体反応を起こさせ、凝集塊を作らせる凝集反応;
(2)グルコアミラーゼまたはその部分ペプチドを含む抽出液と生体試料とを寒天ゲル内で拡散させて沈降反応を起こさせる二重免疫拡散法(DID:double immune diffusion:オクタロニー法);
(3)精製したグルコアミラーゼまたはその部分ペプチドをプレートに固相化し、生体試料を加えて反応させた後、
i)酵素と結合した二次抗体をさらに反応させて、基質の発色を分光光度計で検出するELISA法;
ii)蛍光色素と結合した二次抗体をさらに反応させて、蛍光発色を測定する蛍光免疫測定法(FIA);または、
iii)化学発光物質と結合した二次抗体をさらに反応させて、化学蛍光(ケミルミネッセンス)を測定する化学発光免疫測定法(CLIA);
(4)ラテックス粒子やガラスビーズなどの表面をグルコアミラーゼまたはその部分ペプチドで被覆し、当該粒子が抗体と遭遇したときに起こる凝集反応液に光をあて、その透過光を測定する免疫比濁法またはその散乱光を測定する免疫比朧法(ネフロメトリー法);
(5)グルコアミラーゼまたはその部分ペプチドを放射性同位元素で標識し、生体試料と反応させ抗原抗体反応を検出するラジオイムノアッセイ;
(6)グルコアミラーゼまたはその部分ペプチドを含む組織の凍結薄切片または細胞をスライドガラス上に貼り付け、生体試料を切片上に滴下することにより反応させ、蛍光色素と結合した二次抗体とさらに反応させて、蛍光を顕微鏡下で検出する蛍光抗体法;
(7)グルコアミラーゼまたはその部分ペプチドをチップ上に固定して生体試料を流すことにより親和性をみる表面プラズモン共鳴解析法;
(8)電気泳動により分離展開したゲル内のグルコアミラーゼまたはその部分ペプチドを、ニトロセルロース膜等に転写し、生体試料と反応させ抗原抗体反応を検出するウエスタンブロッティング法。
【0034】
例えば検出手段がELISA法の場合、具体的には、下記のように検出および/または定量を行なうことができる(後述する実施例を参照)。すなわち、慣用のELISAの手法に従い、例えば、グルコアミラーゼまたはその部分ペプチドで被覆したマルチウェルプレートの各ウェルに生体試料を供し、各ウェルに酵素標識した二次抗体を添加して反応させ、酵素基質を添加した後、当該酵素により生じた産物を検出および/または定量することにより、抗原抗体反応の検出および/または定量を行うことができる。
【0035】
上述したELISA法の場合、標識に用いられる酵素としては、通常ELISA法に用いられる慣用の酵素であればよく、例えば、ペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ、β−D−ガラクトシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、ルシフェラーゼ、エステラーゼ、β−D−グルクロニダーゼなどが挙げられる。より高感度で安定な検出を達成することが可能であるという観点からは、ペルオキシダーゼまたはアルカリホスファターゼが公的に用いられうる。また、酵素基質は、用いる酵素により適宜選択することができ、例えば、ペルオキシダーゼの場合、3,3’,5,5’−テトラメチルベンジジンなどが用いられ、アルカリホスファターゼの場合、パラニトロフェニルリン酸ナトリウムなどが用いられる。
【0036】
酵素により生じた産物の検出および/または定量は、当該産物の吸光度を測定することにより行なうことができる。例えば、酵素基質として、3,3’,5,5’−テトラメチルベンジジンを用いた場合には、655nmにおける吸光度を測定すればよい。
【0037】
例えば、検出手段が蛍光免疫測定法(FIA)の場合、蛍光色素としては、FITC(Fluorescein Isothiocyanate)、PE(phycoerythrin)、APC(Allophycocyanin)、Cy−3、Cy−5等が挙げられる。
【0038】
また、例えば、検出手段が化学発光免疫測定法(CLIA)の場合、化学蛍光(ケミルミネッセンス)としては、アクリジニウムエステル等が挙げられる。
【0039】
生体試料中にグルコアミラーゼを特異的に認識する抗体が検出された場合、当該生体試料の由来する対象は、スエヒロタケによる真菌症を発症する/している可能性が高いと判断することができる。この場合、生体試料中のグルコアミラーゼを特異的に認識する抗体価が高いほどスエヒロタケによる真菌症を発症する/している可能性が高いとすることもできる。逆に、生体試料中にグルコアミラーゼを特異的に認識する抗体が検出されない場合、当該生体試料の由来する対象は、スエヒロタケによる真菌症を発症する/している可能性が低いと判断することができる。
【0040】
上述した発症可能性を判断する場合、その判断基準は抗体の検出・未検出のみに限定されるわけでない。例えば、健常対象由来の生体試料中のグルコアミラーゼを特異的に認識する抗体量の平均値±3SD等をカットオフ値と設定し、カットオフ値以上であれば対象はスエヒロタケによる真菌症を発症する/している可能性が高いと判断し、逆にカットオフ値以下であれば対象はスエヒロタケによる真菌症を発症する/している可能性が低いと判断してもよい。
【0041】
また、本発明の第2の形態によれば、生体試料中のグルコアミラーゼタンパク質を特異的に認識する抗体を検出する物質を含む、血管炎の検査用試薬が提供される。
【0042】
本形態の検査用試薬に含まれる上記「物質」としては、上述の方法においてグルコアミラーゼを特異的に認識する抗体の検出を達成しうるものであれば特に限定されないが、好ましくはグルコアミラーゼまたはその部分ペプチドである。また、本発明で検出される抗グルコアミラーゼ抗体が、複数の抗原決定基を認識する抗体群である場合、グルコアミラーゼ中に存在する多くの抗原決定基に、それぞれ特異的に認識する抗体を網羅的に検出させることにより、検出感度を向上させるという観点から、当該物質はグルコアミラーゼ(タンパク質の全長)であることが好ましい。
【0043】
グルコアミラーゼまたはその部分ペプチドは、粉末、溶液等の形態で提供されてもよく、血球、ゼラチン粒子、プレート、ラテックス粒子、ガラスビーズ、スライドガラス、チップ、マイクロタイタープレート、遠心管、マイクロビーズ、メンブレン、ペーパーディスク等の不溶性担体に担持された形で提供されてもよい。なお、容器上の担体においては、当該担体に保持される溶液が接触する部位、例えばマイクロタイタープレートの場合には、ウェルの部位にグルコアミラーゼまたはその部分ペプチドが担持される。なお、グルコアミラーゼまたはその部分ペプチドの不溶性担体への担持は、公知の方法により行なうことができる。
【0044】
本発明の検査用試薬を用いれば、上述の方法により、容易にスエヒロタケによる真菌症を検査することができる。
【0045】
本発明の検査用試薬はまた、上述の検出方法で使用される試薬等をさらに含む、スエヒロタケによる真菌症の検査用キットとすることもできる。上記試薬等として具体的には、試薬や生体試料を希釈するための緩衝液、蛍光色素、反応容器、陽性対照、陰性対照、検査プロトコールを記載した指示書等が挙げられる。これらの要素は、必要に応じて予め混合しておくこともできる。このキットを使用することにより、本発明のスエヒロタケによる真菌症の検査が簡便となり、早期の治療方針決定に非常に有用である。
【実施例】
【0046】
以下、実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0047】
≪真菌・細胞・増殖条件・血清≫
本実施例では、真菌として、スエヒロタケの二核性菌株であるIFM47458(千葉大学真菌医学研究センターから入手したもの)を用いた。この菌株は、通常、ポテトデキストロース寒天(PDA)培地上で25℃にて培養されているものである。
【0048】
また、本実施例では、組換えタンパク質の産生に用いるための細胞株として、大腸菌(Escherichia coli)DH5株を用いた。この大腸菌DH5株は、通常、適当な抗生物質の存在下/不存在下、L培地中で培養されているものである。
【0049】
また、本実施例においてヒト血清を用いるにあたっては、千葉大学真菌医学研究センターの倫理委員会の承認を得ており、各血清を採取した患者または健常ボランティアからのインフォームド・コンセントも取得した。
【0050】
≪培養濾液の調製≫
0.5%酵母窒素塩基(yeast nitrogen base w/o amino acids、BD、フランクリン レイクス、ニュージャージー、アメリカ合衆国)および1%グルコースを含有する液体培地(YNBD)に、スエヒロタケIFM47458株を接種し、35℃にて5週間、静置培養した。培養後の培地を濾過した後、培養上清をトリクロロ酢酸およびアセトンによるタンパク質沈殿に供した。得られた沈殿物をバッファーに溶解させて、SDS−PAGEに用いた。
【0051】
≪ウエスタンブロット≫
SDS−PAGEによってゲル上に展開されたタンパク質を、クマシーブリリアントブルーR−250(CBB)(Quick-CDD、和光純薬工業株式会社、大阪)を用いて可視化(染色)し、または、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)メンブレン上に転写した。その後、常法に従い、アレルギー性気管支肺真菌症(ABPM)患者の血清を用いてイムノブロット分析を行った。CBB染色およびウエスタンブロットの結果を図1に示す。なお、図1において、「M」のレーンは分子量マーカーを示し、「SDS−PAGE」のレーンはCBB染色の結果を示し、「Western blot」のレーンはウエスタンブロットの結果を示す。
【0052】
図1に示すように、CBB染色によっていくつかのタンパク質が検出され、さらにウエスタンブロットでは2つの強いバンドが確認された。この2つのバンドに対応するバンドをゲルから切り出そうと試みたが、別々に切り出すことが困難であったことから、これらをまとめて切り出し、後述する質量分析に用いた。
【0053】
≪質量分析≫
患者の血清中の抗体と反応したタンパク質のバンドを、CBB染色後のゲルから切り出しトリプシンでゲル内消化を行い、質量分析計(LTQ XL、サーモフィッシャー・サイエンティフィック)でMS/MS測定した。測定データはSEQESTサーチを行い、タンパク質を同定した。なお、データベースはhttp://genome.jgi-psf.org/Schco1/Schco1.download.ftp.htmlからダウンロードしたS.commune.allModels.proteins.fasta(2009年1月27日)を用いた。また、SEQESTとは異なるデータベースサーチエンジンのMASCOTでの検索も行った。この際、データベースとしてはNCBInr_Fungi(2011年1月21日)を使用した。SEQUESTサーチ、MASCOTサーチともにデコイデータベースサーチを行い、false discovery rate(FDR)は1%未満を満たすことを同定の条件とした。結果を下記の表1に示す。
【0054】
【表1】

【0055】
表1に示すように、目的のバンドから複数のタンパク質が同定された。しかしながら、第一候補と第二候補タンパク質との間にはスコア・シーケンスカバレージ・帰属に用いられたMS/MSスペクトルに大幅な差が認められるため、目的のバンドにはglycoside hydrolase family 15 and carbohydrate-binding module family 20が一番多く含まれていると考えられ、このタンパク質は全体のホモロジーからグルコアミラーゼと推定される。また、異なる2つのサーチエンジンを用いても同一のタンパク質が同定された。シーケンスカバレージが異なる値となっているが、これはデータベースに登録されている配列のN末端のシグナル配列が含まれるか否かの違いであり、シグナル配列以外は同一の配列である。以上のことから、目的のタンパク質はglycoside hydrolase family 15 and carbohydrate-binding module family 20(すなわち、グルコアミラーゼ)であることが示された。
【0056】
≪グルコアミラーゼ遺伝子のクローニングおよび大腸菌でのグルコアミラーゼの発現≫
グルコアミラーゼ遺伝子の公知の塩基配列(SCHCODRAFT_57589 glycoside hydrolase family 15 and carbohydrate-binding module family 20 [ Schizophyllum commune H4-8 ] Gene ID: 9591574)に基づき、GeneOptimizerを用いてそのコドン利用率を最適化し、最適化後の遺伝子を外部委託(GENEART AG、レーゲンスブルク、ドイツ)により合成した(配列番号:1)。この遺伝子をpQE−80L中にクローニングしたものを用いて大腸菌DH5株を形質転換し、Hisタグタンパク質を組換えタンパク質として発現させた。得られた組換えタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:2に示す。
【0057】
具体的には、まず、形質転換された大腸菌DH5株を25℃にて24時間培養した。培養後、菌株をバッファーA(50mM Tris-HCl、500mM NaCl、20mMイミダゾール、pH 7.5)中に懸濁させて、ソニケーター(BIORUPTOR、コスモ・バイオ株式会社、東京)によりこれを破砕した。遠心分離によって溶解物を分離し、組換えタンパク質の封入体を含有するペレットをバッファーAで洗浄し、さらに8M尿素を添加したバッファーA中に優しく懸濁させた。得られた懸濁液を遠心分離によって分離し、Hisタグタンパク質を精製する目的で、上清をNi Sepharose 6 Fast Flow(GE Healthcare UK Ltd.、バッキンガムシャー、イギリス)のスラリー(ビーズを含む)中に移した。室温にて15分間静置して結合を進行させた後、8M尿素を添加したバッファーAを用いてスラリーを洗浄し、次いで8M尿素を添加したバッファーB(50mM Tris-HCl、500mM NaCl、500mMイミダゾール、pH 7.5)を用いて3回溶出させた。このようにして精製されたタンパク質をその後の分析に用いた。なお、精製によって単一のバンドが得られることを、SDS−PAGE後のCBB染色により確認した(図2)。
【0058】
≪ELISAによる組換えグルコアミラーゼに対する血清のIgG/IgE力価の定量≫
以下の手法によりELISAを行い、組換えグルコアミラーゼに対するヒト血清の力価を定量した。
【0059】
200ngの組換えグルコアミラーゼを、0.05M炭酸バッファー(pH 9.6)200μLで希釈し、Nunc-immuno plate MaxiSorp(ThermoFischer Scientific Inc.、ウォルサム、マサチューセッツ、アメリカ合衆国)のウェル上にコートした。TBSで3回洗浄した後、Protein-Free Blocking Bufferを用いて25℃にて1時間、ウェルをブロックした。ImmunoWash Model 1575(Bio-Rad Laboratories)を用い、0.1%Tween-20を添加したTBS(TBS−T)でこのウェルを3回洗浄し、次いで1%ヒト血清(スエヒロタケによるアレルギー性気管支肺真菌症(ABPM)患者または健常ボランティアのもの)を含有するTBS−Tとともに25℃にて2時間インキュベートした。その後、TBS−Tを用いてウェルを3回洗浄し、そこにTBS−Tで希釈したヤギ抗ヒトIgG抗体(MP Biomedicals, LLC、ソロン、オハイオ、アメリカ合衆国)を添加した。このプレートを37℃にて1時間インキュベートし、TBS−Tで3回洗浄した。指示書の指示に従い、HRP基質(TMB Peroxidase EIA Substrate Kit、Bio-Rad Laboratories)を用いて検出を行った。反応の後、Sunrise Rainbow Thermo(Tecan Group Ltd.、マンネドルフ、スイス)を用い、プレートの450nmでの吸光度を読み取った。この際、タンパク質でコートされていないウェルの吸光度を、コートされたウェルの吸光度から差し引いた。患者群(n=13)のデータと、健常ボランティア群(n=20)のデータとを、マン−ホイットニーのU検定により解析した。結果を図3に示す。
【0060】
図3に示すように、健常ボランティア群におけるIgG力価の平均値±標準偏差は、0.1470±0.0743であった。これに対し、患者群におけるIgG力価の平均値±標準偏差は、1.235±0.6318であり、有意水準1%で有意に高い値を示した。このことから、組換えグルコアミラーゼタンパク質も抗原性を保持しており、患者血清と特異的に反応しうることが示された。
【0061】
一方、上記抗IgG抗体に代えて、ビオチン共役マウス抗ヒトIgE抗体(クローンNo.f0822、Biomatrix Research, Inc.製)およびストレプトアビジン−HRP(ThermoFischer Scientific Inc.)を用いたこと以外は同様のELISA法により、血清のIgE力価を定量した。この際、インキュベートは、25℃にて1時間の条件で行った。結果を図4に示す。
【0062】
図4に示すように、健常ボランティア群におけるIgE力価の平均値±標準偏差は、0.04425±0.07937であった。これに対し、患者群におけるIgE力価の平均値±標準偏差は、1.812±1.118であり、有意水準1%で有意に高い値を示した。
【0063】
以上に示す結果から、スエヒロタケによるABPM患者のほとんどにおいてグルコアミラーゼに特異的なIgGおよびIgEが産生されていることが示唆される。よって、本発明によれば、生体試料中のグルコアミラーゼタンパク質を特異的に認識する抗体を検出することで、スエヒロタケによる真菌症(例えば、ABPM)の検査を行うための手段(検査方法、検査用試薬)が提供されうる。
【0064】
本発明によれば、従来の粗抗原(培養上清)とは異なり、単一のタンパク質を抗原として用いて検査を行う手段が確立された。したがって、粗抗原(培養上清)を用いる従来の技術におけるバックグラウンドの上昇、交差反応の発生、培養上清の組成の変動等の問題の発生が抑制(好ましくは防止)され、再現性や定量性に優れる検査手段が提供されるという利点がある。
【配列表フリーテキスト】
【0065】
〔配列番号:1〕
実施例において合成したグルコアミラーゼ遺伝子の塩基配列を表す。
〔配列番号:2〕
配列番号:1の遺伝子によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列を表す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体試料中の、グルコアミラーゼタンパク質を特異的に認識する抗体を検出することを含む、スエヒロタケによる真菌症の検査方法。
【請求項2】
前記生体試料が体液である、請求項1に記載の検査方法。
【請求項3】
前記体液が血清である、請求項2に記載の検査方法。
【請求項4】
血清中の、グルコアミラーゼタンパク質を特異的に認識する抗体を検出することを含む、スエヒロタケによるアレルギー性気管支肺真菌症の検査方法。
【請求項5】
グルコアミラーゼタンパク質を特異的に認識する抗体を検出する物質を含む、スエヒロタケによる真菌症の検査用試薬。
【請求項6】
前記物質が、グルコアミラーゼタンパク質および/またはその部分ペプチドである、請求項5に記載の検査用試薬。
【請求項7】
前記グルコアミラーゼタンパク質が、組換えタンパク質である、請求項6に記載のスエヒロタケによるアレルギー性気管支肺真菌症の検査用試薬。
【請求項8】
前記真菌症がアレルギー性気管支肺真菌症である、請求項5〜7のいずれか1項に記載の検査用試薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−163405(P2012−163405A)
【公開日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−22878(P2011−22878)
【出願日】平成23年2月4日(2011.2.4)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)