説明

α‐ヒドロキシケトンの生体触媒的ラセミ化

ラクトバチルス属菌のアセトインラセミ化酵素の存在下で光学的に活性なα‐ヒドロキシケトンをインキュベートすることにより、該α‐ヒドロキシケトンをラセミ化する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はα‐ヒドロキシケトン(アシロイン)の生体触媒的ラセミ化法に関する。
【背景技術】
【0002】
ラセミ化は、ラセミ体を単一の立体異性体生成物に定量的に変換することを可能とする、いわゆる脱ラセミ化法における重要な工程である。多くの化学的ラセミ化法は過酷な反応条件を必要とするため、速度論的分割の間に形成されたキラル生成物からラセミ化される物質を分離した後に、ex-situで行わなければならない。穏和な反応条件で可能なラセミ化法もわずかにあるため、in-situで使用することができ、遷移金属触媒に特に注目すべきである。
【0003】
アシロイン(アセトイン)の酵素的相互変換は、クレブシエラ(Klebsiella)生物に存在すると仮定されていただけの(非特許文献1)、いわゆるアセトインラセミ化酵素の作用によるとされているが、詳細なデータを入手することはできない。
【非特許文献1】M. Voloch, M. R. Ladisch, V. W. Rodwell, G. T. Tsao, Biotechnol. Bioeng. 1983, 25, 173-183.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、ラセミ体のα−ヒドロキシケトンを1つの光学的に活性なα−ヒドロキシケトン又はα−ヒドロキシケトン誘導体に完全に変換させることが可能な方法を提供することであった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、ラクトバチルス(Lactobacillus)属菌のアセトインラセミ化酵素の存在下で光学的に活性なα‐ヒドロキシケトンをインキュベートすることにより、上記α‐ヒドロキシケトンをラセミ化する方法を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
アセトインラセミ化酵素は、酵素分類体系においてE.C.5.1.2.4として分類されており、アセチルメチルカルビノールラセミ化酵素としても命名されている。
【0007】
本発明によるアセトインラセミ化酵素の原料として適切な生物はラクトバチルス属菌である。ラクトバチルス属菌の好ましい種は、ラクトバチルス・パラカゼイ(L. paracasei)、ラクトバチルス・サケイ(L. sakei)、ラクトバチルス・ハロトレランス(L. halotolerans)、ラクトバチルス・デルブリッキー(L. delbrueckii)、ラクトバチルス・コンフューサス(L. confusus)、ラクトバチルス・オリス(L. oris)である。これらの生物は当技術分野で周知であり、既知の方法で単離できるか、又は公的な微生物寄託機関から入手することができる。
【0008】
ラクトバチルス・パラカゼイはDSM 20008、DSM 20207、DSM 2649、ATCC 25598、及びNCIB 9713から入手することができる。
【0009】
ラクトバチルス・サケイはDSM 20017、及びATCC 15521から入手することができる。
【0010】
ラクトバチルス・ハロトレランスはDSM 20190、及びATCC 35410から入手することができる。
【0011】
ラクトバチルス・デルブリッキーはDSM 20074、ATCC 9649、及びNCIB 8130から入手することができる。
【0012】
ラクトバチルス・コンフューサスはDSM 20196、ATCC 10881、及びNCIB 9311から入手することができる。
【0013】
ラクトバチルス・オリスはDSM 4864、ATCC 49062、及びNCIB 8831から入手することができる。
【0014】
これらのラクトバチルス属菌の一部は再分類されているか、又はこれらの命名法は改正されている。例えば、ラクトバチルス・ハロトレランスはヴァイセラ・ハロトレランス(Weissela halotolerans)とも命名されており、ラクトバチルス・コンフューサスはヴァイセラ・コンフューサ(Weissela confusa)とも命名されている。これらの同義語は周知であり、例えばDSMZカタログにおいて引用されている。
【0015】
本発明の好ましい実施形態は、ラクトバチルス属菌のアセトインラセミ化酵素の存在下で光学的に活性なα‐ヒドロキシケトンをインキュベートすることにより、上記α‐ヒドロキシケトンをラセミ化する方法であり、α−ヒドロキシケトンは式(Ia)又は(Ib):
【化1】

【0016】
[式中、R1及びR2は置換されていてもよいアルキル基、好ましくはC1-C10アルキル基、アリール基、好ましくは置換されていてもよいホモアリール、例えばフェニル若しくはナフチル基、又はヘテロアリール基、例えばピリジニル若しくはピリミジニル基、又はアラルキル基、例えばベンジル基、又はシクロアルキル基から互いに独立して選択される]
を有する。好ましいR1及びR2残基はメチル、エチル、n-プロピル、i-プロピル、n-ブチル、i-ブチル、及びtert-ブチル残基である。
【0017】
環状のアセトインが形成されるように、R1がR2に直接結合することも可能である。好ましくは、これらの環状アセトインは5〜8員の環である。好ましいアセトインは(R)-2-ヒドロキシ-1,2,3,4-テトラナフタリン-1-オン又は(R)-2-ヒドロキシインダン-1-オン及びそれぞれの(S)-エナンチオマーである。
【0018】
上記の残基において、1以上のH原子は、例えばOH、SH、CN、NO2、NH2、NH(アルキル)、N(アルキル)2、F、Cl、Br、J、CO、COOH、COO(アルキル)などの基によって置換されていてもよい。
【0019】
アセトインラセミ化酵素とのα−ヒドロキシケトンのインキュベーションは0〜80℃、好ましくは10〜50℃の温度で行うことができる。
【0020】
通常、インキュベーションは、緩衝溶液を加えることにより特定のpH値に調節することができる水相で行われる。最適なpH値は選択した酵素に特異的であり、通常の試験によって判断することができる。通常、6〜8のpHが本発明の方法に選択される。基質の溶解度を改善するために有機溶媒を水相に加えることが可能である。
【0021】
アセトインラセミ化酵素は、α−ヒドロキシケトンを対応するラクトバチルス属菌株の全細胞とインキュベートすることにより加えることができる。これは本発明の好ましい実施形態である。酵素精製の通常の工程を利用することによって、より精製された形態、又はあまり精製されていない形態の酵素を各ラクトバチルス属菌株から単離することも可能である。
【0022】
アセトインラセミ化酵素を全細胞の形態で使用する場合は、各ラクトバチルス属菌株を、好ましくは実施例に記載するような成長培地で培養し、採取する。全細胞は本発明による方法に直接使用することもできるし、好ましくは凍結乾燥形態で保存して後で使用することもできる。
【0023】
本発明の別の態様は、ラクトバチルス属菌のアセトインラセミ化酵素の存在下で光学的に活性なα‐ヒドロキシケトンをインキュベートすることにより上記α‐ヒドロキシケトンをラセミ化する方法を含む、ラセミ体α‐ヒドロキシケトンのエナンチオ選択的アシル化により光学的に活性なアシル化α‐ヒドロキシケトンを製造する方法である。かかる方法を以下の反応スキームに記載する。
【化2】

【0024】
この方法により、ラセミ体基質を光学的に活性なアシル化α−ヒドロキシケトンに完全に変換(100%)することができる。
【実施例】
【0025】
全微生物細胞、特にラクトバチルス・パラカゼイ亜種 パラカゼイ DSM 20008、DSM 20207、DSM 2649、ラクトバチルス・サケイ亜種 サケイ DSM 20017、ラクトバチルス・ハロトレランス DSM 20190、ラクトバチルス・デルブリッキー亜種 デルブリッキー DSM 20074、ラクトバチルス・コンフューサス DSM 20196、及びラクトバチルス・オリス DSM 4864は、以下の一般構造のα−ヒドロキシカルボニル化合物1〜4をラセミ化することが示された。R1及びR2は以下の通りである。
【化3】

【0026】
生体触媒の調製
ラクトバチルス・パラカゼイ亜種 パラカゼイ DSM 20008、DSM 20207、DSM 2649、ラクトバチルス・サケイ亜種 サケイ DSM 20017、ラクトバチルス・ハロトレランス DSM 20190、ラクトバチルス・デルブリッキー亜種 デルブリッキー DSM 20074、ラクトバチルス・コンフューサス DSM 20196、及びラクトバチルス・オリス DSM 4864は、DSMZが推奨するように培地#11で培養した。培地の以下の成分を5つの別個のグループで滅菌した。グループI:カゼインペプトン(10g/L、Sigma)、細菌学的ペプトン(10g/L、Oxoid)、酵母抽出物(5g/L、Oxoid)。グループII:グルコース(20g/L、Fluka)。グループIII:Tween 80(ポリオキシエチレン‐ソルビタン‐モノオレエート、1g/L、Aldrich)。グループIV:K2HPO4(2g/L、Merck)。グループV:酢酸ナトリウム三水和物(8.3g/L、Fluka)、(NH4)2-シトレート(2g/L、Fluka)、MgSO4*7H2O(0.2g/L、Fluka)、MnSO4*H2O(0.05g/L、Fluka)。株をフラスコ培養で振盪することなく30℃(ラクトバチルス・パラカゼイ亜種 パラカゼイ DSM 20008、DSM 20207、DSM 2649、ラクトバチルス・サケイ亜種 サケイ DSM 20017、ラクトバチルス・ハロトレランス DSM 20190、及びラクトバチルス・コンフューサス DSM 20196)及び37℃(ラクトバチルス・デルブリッキー亜種 デルブリッキー DSM 20074、及びラクトバチルス・オリス DSM 4864)で培養した。微生物を3日間培養した。次に、細胞を遠心分離(18000*g)によって採取し、BIS-TRIS緩衝液(50mM、10-2M MgCl2、pH6)で2回洗浄し、凍結乾燥し、+4℃で保存した。
【0027】
α−ヒドロキシカルボニル化合物の生体触媒的ラセミ化のための一般的方法
ラクトバチルス属種をフラスコ培養で振盪することなく、30℃及び37℃のそれぞれで、DSMZが推奨するように培地#11で培養した。3日後、細胞を遠心分離(18000*g)によって採取し、凍結乾燥し、+4℃で保存した。生体触媒的ラセミ化のために、50mgの全凍結乾燥細胞を150rpmで振盪しながら42℃で1時間、0.5mlの水性BIS-TRIS緩衝液(50mM、10-2M MgCl2、pH6)中で再水和した。基質1〜4(5mg)を加えた後、反応混合物を150rpm、42℃で24時間、48時間、及び72時間振盪した。次に、反応混合物を酢酸エチルで抽出し、有機層を硫酸ナトリウムで乾燥した。有機層を減圧下で蒸発させ、残留物をHPLC−溶出液に溶解した。基質のエナンチオマー過剰率はキラル固定相のHPLCにより決定した。時間に対するエナンチオマー組成の分析によりラセミ化の初期速度を得た。これらは基準(100%)として設定した基質(R)-1に対する%として表わされる。
【0028】
基質1〜4についてのラセミ化の相対速度の決定
アシロイン1〜4の生体触媒的ラセミ化はラクトバチルス・パラカゼイ亜種 パラカゼイ DSM 20207の再水和凍結乾燥(休止)細胞を使用し、pH6の水性緩衝液中で行い、アシロイン5〜6のラセミ化はラクトバチルス・ハロトレランス DSM 20190の再水和凍結乾燥(休止)細胞を使用することによって行った。早いラセミ化速度がアセトイン(R)-(1)で観測され、その相対速度を基準(100%)として任意に設定した。高いラセミ化率も基質2の両エナンチオマーと(R)-フェニルアセチルカルビノール(R)-(3)について得られた。(R)-2-ヒドロキシプロピオフェノン(4)の相対的ラセミ化速度はわずかに減少した。(R)-2-ヒドロキシ-1,2,3,4-テトラナフタリン-1-オン(R)-(5)と(R)-2-ヒドロキシインダン-1-オン(R)-(6)は高いラセミ化を示す。
【表1】

【0029】
アシロインの化学的ラセミ化のメカニズムは、対応するエンジオール中間体を介して進行すると一般的に考えられている。中性pHではアシロインのラセミ化はより遅いプロセス(2ヶ月以内にラセミ化が完了)であると報告されたが、塩基性pH(例えば、pH8.0〜8.5)では顕著に増進されるため、有機媒体中には有機塩基の存在が必要とされる。
【0030】
生体触媒ααのための成長培地
DSM培地11:
カゼインペプトン、トリプシン消化物 10.00g
肉抽出物 10.00g
酵母抽出物 5.00g
グルコース 20.00g
Tween 80 1.00g
K2HPO4 2.00g
酢酸ナトリウム 5.00g
(NH4)2シトレート 2.00g
MgSO4 x 7H2O 0.20g
MnSO4 x H2O 0.05g
蒸留水 1000.00ml
pHを6.2〜6.5に調節

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクトバチルス(Lactobacillus)属菌のアセトインラセミ化酵素の存在下で光学的に活性なα‐ヒドロキシケトンをインキュベートすることにより、上記α‐ヒドロキシケトンをラセミ化する方法。
【請求項2】
α−ヒドロキシケトンが式(1a)又は(1b):
【化1】

[式中、R1及びR2は置換されていてもよいアルキル基、アリール基、アラルキル基、シクロアルキル基から互いに独立して選択される]
を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
R1がフェニル又はメチルであり、R2がメチル又はフェニルである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
R1が4-tert-ブトキシ又はメチルであり、R2がメチル又は4-tert-ブトキシである、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
式(1a)が(R)-2-ヒドロキシ-1,2,3,4-テトラナフタリン-1-オン又は(R)-2-ヒドロキシインダン-1-オンを意味する、請求項2に記載の方法。
【請求項6】
ラクトバチルス属菌のアセトインラセミ化酵素がラクトバチルス・パラカゼイ(L. paracasei)、ラクトバチルス・サケイ(L. sakei)、ラクトバチルス・ハロトレランス(L. halotolerans)、ラクトバチルス・デルブリッキー(L. delbrueckii)、ラクトバチルス・コンフューサス(L. confusus)、ラクトバチルス・オリス(L. oris)の群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
ラクトバチルス属菌の全細胞がアセトインラセミ化酵素として使用される、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
インキュベーションを10〜50℃の温度で行う、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
請求項1に記載の方法を含むラセミ体α‐ヒドロキシケトンのエナンチオ選択的アシル化により、光学的に活性なアシル化α‐ヒドロキシケトンを製造する方法。

【公表番号】特表2009−525737(P2009−525737A)
【公表日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−553723(P2008−553723)
【出願日】平成19年1月31日(2007.1.31)
【国際出願番号】PCT/EP2007/050925
【国際公開番号】WO2007/090767
【国際公開日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【出願人】(508020155)ビーエーエスエフ ソシエタス・ヨーロピア (2,842)
【氏名又は名称原語表記】BASF SE
【住所又は居所原語表記】D−67056 Ludwigshafen, Germany
【Fターム(参考)】