説明

γ−アミノ酪酸の製造方法

【課題】γ−アミノ酪酸を効率よく製造する方法を提供すること。
【解決手段】本発明は、グルタミン酸脱炭酸酵素をコードする遺伝子を含む、γ−アミノ酪酸生産能を有するコリネ型細菌を提供する。本発明はまた、γ−アミノ酪酸生産能を有するコリネ型細菌を培養することによる、γ−アミノ酪酸の製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、γ−アミノ酪酸の製造方法に関する。より詳細には、本発明は、γ−アミノ酪酸生産能を有するコリネ型細菌を用いたγ−アミノ酪酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
γ−アミノ酪酸(GABA)は、タンパク質合成に用いられないアミノ酸であり、グルタミン酸からの不可逆的な脱炭酸反応によって生産される。この反応は、グルタミン酸脱炭酸酵素(GAD)によって媒介される。
【0003】
GABAは、生体内で抑制性の神経伝達物質として働き、血圧降下作用、利尿作用などを有する。GABAは、化成品原料としても用いられ得る。GABAをアミド結合によって重合させてポリアミドを形成することで、6ナイロンに構造の類似した生分解性高分子を生産することができる。
【0004】
一部の乳酸菌(ラクトバチルス属細菌など)がGADを有し、乳酸菌を用いた発酵食品(キムチなど)にはGABAが含まれることが知られている。乳酸菌を用いるGABAの生産が多く報告されている(例えば、特許文献1〜7)。乳酸菌以外には、麹菌を用いるGABAの生産が報告されている(例えば、特許文献8)。
【0005】
GABAを高生産する菌の探索が行われている。例えば、特許文献5および非特許文献1には、GABA高生産乳酸菌のスクリーニングにより、鮒ずしより単離されたLactobacillus paracasei NFRI7415株が記載されている。GABA大量生産のための発酵条件の検討もまた行われている。例えば、非特許文献2には、ヨーグルト、チーズの製造に用いられる乳酸発酵菌であるStreptococcus salivarius subsp. thermophilus Y2株のGABA生産についての培養条件の検討が記載されている。
【0006】
また、遺伝子組換え技術による乳酸菌または他の菌への外来遺伝子の導入によってGABAを生産した例が報告されている。宿主が乳酸菌である場合に関しては、非特許文献3に、Bifidobacterium longumを宿主としてイネのGADを発現させ、グルタミン酸ナトリウムの添加下でGABAを生産したことが記載されている。宿主が乳酸菌以外の場合に関しては、非特許文献4に、Lactobacillus brevis OPK-3株由来GADを枯草菌Bacillus subtilis 168(ATCC23857)で発現させ、グルタミン酸ナトリウムの添加下でGABAを生産したことが記載されている。
【0007】
ところで、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)に代表されるコリネ型細菌は、グルタミン酸生産菌として知られ、グルタミン酸生産能の改良が行われている(特許文献9)。コリネ型細菌によるGABA生産に関する報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008−086292号公報
【特許文献2】特開2008−054555号公報
【特許文献3】特開2007−020527号公報
【特許文献4】特開2005−312438号公報
【特許文献5】特開2005−102559号公報
【特許文献6】特開2004−187501号公報
【特許文献7】国際公開第2007/097374号
【特許文献8】特開2004−159612号公報
【特許文献9】特開2008−283863号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Biosci. Biotechnol. Biochem., 2008年, 72(2)巻, 278-285頁
【非特許文献2】Amino Acids, 2008年, 34(3)巻, 473-478頁
【非特許文献3】Biotechnol. Lett., 2005年, 27巻, 1681-1684頁
【非特許文献4】Biotechnol. Lett., 2006年, 28巻, 1459-1463頁
【非特許文献5】Appl. Microbiol. Biotechnol., 2007年, 77巻, 533-541頁
【非特許文献6】J. Ind. Microbiol.Biotechnol., 2009年, 36(7)巻, 911-921頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、γ−アミノ酪酸を効率よく製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、グルタミン酸脱炭酸酵素をコードする遺伝子を含む、γ−アミノ酪酸生産能を有するコリネ型細菌を提供する。
【0012】
1つの実施態様では、上記γ−アミノ酪酸生産能を有するコリネ型細菌は、上記グルタミン酸脱炭酸酵素をコードする遺伝子の導入により該酵素を発現するように形質転換された細菌である。
【0013】
別の実施態様では、上記コリネ型細菌は、コリネバクテリウム・グルタミカムである。
【0014】
本発明はさらに、γ−アミノ酪酸を製造する方法を提供し、この方法は、上記γ−アミノ酪酸生産能を有するコリネ型細菌を培養する工程を含む。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、γ−アミノ酪酸を効率よく製造する方法が提供される。コリネ型細菌は、本来グルコースを資化してグルタミン酸を生産するので、本発明のγ−アミノ酪酸生産能を有するコリネ型細菌を用いれば、グルコースを出発物質としてGABAを効率よく生産できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】コリネバクテリウムと大腸菌とのシャトルベクターのプラスミドpCHの模式図である。
【図2】gad遺伝子導入用プラスミドpCH-Lb-gadB(6477bp)(A)、pCH-W3110-gadA(6435bp)(B)、pCH-W3110-gadB(6405bp)(C)のそれぞれの模式図である。
【図3】形質転換コリネバクテリウム株におけるgad遺伝子発現の確認のためのウェスタンブロッティングの結果を示す電気泳動写真である。
【図4】W3110-gadB導入コリネバクテリウム株を用いたGABA発酵における発酵開始後48時間の培養上清のHPLCクロマトグラムである。
【図5】W3110-gadB導入コリネバクテリウム株を用いたGABA発酵における菌体濃度、グルタミン酸濃度、およびGABA濃度の経時変化を示すグラフである。
【図6】Lb-gadB導入コリネバクテリウム株を用いたGABA発酵開始後48時間の菌体内画分のHPLCクロマトグラムである。
【図7】Tween40添加培地、MSG初期添加培地、またはMSG20時間後添加培地およびLb-gadB導入コリネバクテリウム株を用いたGABA発酵における発酵開始後24時間の培養上清または菌体内画分のGABA濃度を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、グルタミン酸脱炭酸酵素をコードする遺伝子を含む、γ−アミノ酪酸生産能を有するコリネ型細菌を提供する。γ−アミノ酪酸生産能を有するコリネ型細菌は、グルタミン酸脱炭酸酵素をコードする遺伝子の導入により該酵素を発現するように形質転換されることで得られ得る。
【0018】
本明細書で「コリネ型細菌」とは、グルタミン酸を生産し得る、コリネバクテリウム属または近縁の属に属する細菌をいう。例えば、コリネ型細菌としては、コリネバクテリウム属に属する微生物、ブレビバクテリウム属に属する微生物などが挙げられ、より好ましくは、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム(Brevibacterium lactofermentum)などが挙げられる。グルタミン酸生産菌の標準菌として知られる、コリネバクテリウム・グルタミカムのATCC13032株が特に好ましい。コリネ型細菌は、例えば、微生物寄託分譲機関から分譲を受けることによって入手され得る。例えば、ATCC13032株は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(ATCC)から分譲を受けられ得る。微生物寄託分譲機関では、各菌株に対応する登録番号が付与されており、この登録番号を利用して分譲を受けることができ、各菌株に対応する登録番号は各機関のカタログに記載されている。
【0019】
コリネ型細菌は、グルタミン酸を生産し得る菌であれば、いずれも用いられ得る。本明細書で用いられる用語「グルタミン酸を生産し得る」とは、コリネ型細菌を培養した場合に、菌体内または培地(好ましくは菌体内)にグルタミン酸を蓄積する能力をいう。コリネ型細菌は、自ら生産、蓄積したグルタミン酸をGABA生産の材料として用いることができるようにグルタミン酸を生産し得ることが望ましい。グルタミン酸を生産し得る能力は、コリネ型細菌の野生株の性質として有するものであってもよく、通常の育種、変異処理、遺伝子組換えなどの手法によって付与または増強された性質であってもよい。
【0020】
グルタミン酸脱炭酸酵素(GAD)は、ビタミンBリン酸エステル化合物の一種であるピルドキサル-5'-リン酸(PLP)を補酵素とすることが知られている。GADは、GadAとGadBとに分類されるが、本発明においてはいずれも用いられ得る。GADをコードする遺伝子(以下、gadまたはgad遺伝子とも称する)は、その由来は特に限定されない。例えば、大腸菌(E.coli)由来のgadAおよびgadB遺伝子、ラクトバチルス・ブレビス(Lactobacillus brevis)由来gadB遺伝子、ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)由来gadB遺伝子、アカパンカビ(Neurospora crassa)由来gad遺伝子、リステリア菌リステリア・モノサイトゲネス(Listeria monocytogenes)由来gadAおよびgadB遺伝子、赤痢フレキシネル菌(Shigella flexneri)由来gadA遺伝子およびgadB遺伝子、麹カビ アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)由来gadA遺伝子などが挙げられるが、これらに限定されない。原核微生物由来のgad遺伝子が好ましい。大腸菌W3110株由来のgadAおよびgadB遺伝子、ラクトバチルス・ブレビス118-8株由来のgadB遺伝子が好適に用いられ得る。gad遺伝子は、公知の配列情報に基づいて調製したプライマーまたはプローブを用いるPCRまたはハイブリダイゼーションによって調製され得る。
【0021】
gad遺伝子を用いて遺伝子発現カセットを構築し得る。遺伝子発現カセットは、その遺伝子の発現を調節するオペレーター、プロモーター、ターミネーター、エンハンサーなどのいわゆる調節因子を含み得る。プロモーターまたはターミネーターは、発現させる遺伝子自身のものであっても、他の遺伝子由来のものであってもよい。プロモーターおよびターミネーターの選択は、当業者によって適宜選択され得る。例えば、プロモーターとしてはHCE(high-level constitutive expression)プロモーター、cspBプロモーター、tacプロモーター、lacプロモーターなど、ターミネーターとしては、rrnBT1T2ターミネーター、lacターミネーターが挙げられる。発現カセットは、必要に応じて、さらなる調節因子(例えば、オペレーターおよびエンハンサー)などをさらに含み得る。オペレーター、エンハンサーなどの発現調節因子についても、当業者によって適宜選択され得る。発現カセットは、遺伝子発現の目的に応じて、必要な機能配列をさらに含むこともできる。発現カセットは、必要に応じてリンカーも含み得る。
【0022】
各種塩基配列を含むDNAの合成および連結は、当業者が通常用い得る技術で行われ得る。
【0023】
gad遺伝子または該遺伝子を含む発現カセットは、プラスミドの形態のベクターに挿入され得る。DNAの取得の簡易化の点から、コリネ型細菌と大腸菌とのシャトルベクターであることが好ましい。必要に応じて、ベクターは、上述したような調節配列を含み得る。ベクターは、例えば、コリネ型細菌および大腸菌の複製開始点および選択マーカーなどを有し得る。プラスミドベクターの例としては、pCH(非特許文献5)などが挙げられる。pCHは、コリネバクテリウムと大腸菌とのシャトルベクターであり、その模式図を図1に示す。図1の記号は以下の通りである:「HCE promoter」HCEプロモーター;「rrnBT1T2 terminator」rrnBT1T2ターミネーター;「Km」カナマイシン耐性マーカー;「Corynebacterium repA」コリネバクテリウム複製起点;「E.coli ori」大腸菌複製起点;「ORF4」および「ORF5」は共に、pCHの出発プラスミドであるコリネバクテリウムプラスミドpBL1の複製起点repAの近傍に位置する機能未知ポリペプチドをコードするオープンリディングフレームである。pCHでは、HCEプロモーターとrrnBT1T2ターミネーターとの間にgad遺伝子が挿入され得る。
【0024】
本明細書で遺伝子の「導入」とは、細胞の中に遺伝子またはDNAを導入するだけでなく、発現させることも意味する。「形質転換」は、細胞の中に遺伝子またはDNAを導入して発現させることにより宿主の遺伝的形質を変えること、またはその操作をいう。遺伝子またはDNAの導入、または形質転換のために、当業者が通常用いる手法が用いられ得、コリネバクテリウムに関しては、例えば、エレクトロポレーション法(電気穿孔法)が用いられ得る。導入されるDNAは、プラスミドの形態で存在してもよく、あるいは宿主の遺伝子に挿入して、または宿主の遺伝子と相同組換えを起こして染色体に取り込まれてもよい。
【0025】
コリネ型細菌にgad遺伝子が導入され、形質転換されたかどうかは、上記のように宿主への遺伝子導入を行って得られた形質転換体が、GABAを生産するかどうかを調べることによって確認することができる。
【0026】
本発明はさらに、GABAの製造方法を提供する。この方法は、上記のように調製されたγ−アミノ酪酸生産能を有するコリネ型細菌を培養する工程を含む。培養条件は、コリネ型細菌が良好に増殖し、GABAが生産される限り限定されない。例えば、前培養では、コリネ型細菌の培養で通常用いられる培地(例えば、BY培地(バクトイースト培地))、培養温度(例えば30℃)、培養時間(例えば24〜48時間)、培地のpH(例えば6〜7)が用いられ得る。GABA発酵のための本培養では、培養温度は、例えば28〜33℃、好ましくは30℃である。培養期間は、例えば2〜5日間、好ましくは3〜4日間である。培地のpHは、例えば4.5〜7、好ましくは5.5〜7である。
【0027】
本培養のGABA発酵用培地としては、コリネ型細菌のグルタミン酸生産のために通常用いられ得るグルコースを含む培地、例えば、GP培地(グルコースペプトン培地)の改変培地が挙げられる。GABAの発酵のためには、GABAの合成に関与するGADの補酵素として知られているPLPが、GABA発酵用培地に添加され得る。Tween40のような界面活性剤もまた、GABA発酵用培地に添加され得る。好ましくは、GABA発酵用培地は、PLPおよびTween40を含む。
【0028】
培養物からのGABAの回収、分離および精製は常法に従って行われる。例えば、培養物から遠心分離によって菌体を除去して得られた培養上清をそのまままたは濃縮して使用することもできるが、各種クロマトグラフィーなどの公知の精製手段に供することによってさらに純度の高いGABAを得ることができる。
【0029】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこの実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0030】
本実施例に示す全てのPCRは、KOD Plus DNA polymerase (TOYOBO製)を用いて実施した。コリネバクテリウム・グルタミカスの形質転換は、エレクトロポレーション法を用いた。エレクトロポレーション法では、2μlのプラスミドDNAを100μlのコンピテントセルと共に入れた幅0.2cmのキュベットをgene pulsar (Bio-Rad製)に装着して、電圧2.5kV・抵抗200Ω・キャパシタンス25μFのパルスをキュベットに負荷した。
【0031】
(実施例1:グルタミン酸脱炭酸酵素遺伝子(gad)の調製)
PCRの鋳型にするため、大腸菌(E.coli)W3110株のゲノムDNAを定法により抽出した。ラクトバチルス・ブレビス(Lactobacillus brevis)118-8株(ATCC 367株)のゲノムDNAは、ATCC(American Type Culture Collection )より購入した。
【0032】
プライマー対は、フォワードプライマーについて、付加配列−制限酵素SacI部位−開始コドン−Gadの5'末端配列、そしてリバースプライマーについて、付加配列−制限酵素XhoI部位−終止コドン(TTA)−FLAGタグに相当する遺伝子配列(配列番号1)−Gadの3'末端配列となるように設計した。
【0033】
ラクトバチルス・ブレビス(Lactobacillus brevis)118-8株のゲノムDNAを鋳型としてフォワードプライマー(Lb-gadB-F:配列番号2)およびリバースプライマー(Lb-gadB-R:配列番号3)を用いてPCRを行い、ラクトバチルス・ブレビス118-8株由来gadB(1.44kb)断片を得た。
【0034】
大腸菌(E.coli)W3110株のゲノムDNAを鋳型としてフォワードプライマー(W3110-gadA-F:配列番号4)およびリバースプライマー(W3110-gadA-R:配列番号5)を用いてPCRを行い、大腸菌W3110株由来gadA(1.40kb)断片を得た。
【0035】
大腸菌(E.coli)W3110株のゲノムDNAを鋳型としてフォワードプライマー(W3110-gadB-F:配列番号6)およびリバースプライマー(W3110-gadB-R:配列番号7)を用いてPCRを行い、大腸菌W3110株由来gadB(1.37kb)断片を得た。
【0036】
上述したそれぞれのグルタミン酸脱炭酸酵素遺伝子断片、すなわち、ラクトバチルス・ブレビス118-8株由来gadB(1.44kb)断片、大腸菌W3110株由来gadA(1.40kb)断片、および大腸菌W3110株由来gadB(1.37kb)断片は、5'末端の制限酵素SacI部位および3'末端のXhoI部位を含み、Gadの3'末端側にFLAGタグ(配列番号9)をコードする遺伝子配列(配列番号8)が付加されている。
【0037】
(実施例2:形質転換コリネバクテリウム株の調製)
実施例1で調製したそれぞれのグルタミン酸脱炭酸酵素遺伝子断片、すなわち、ラクトバチルス・ブレビス118-8株由来gadB(1.44kb)断片、大腸菌W3110株由来gadA(1.40kb)断片、および大腸菌W3110株由来gadB(1.37kb)断片を、大腸菌-コリネバクテリウムシャトルプラスミドpCH(非特許文献5:その構成は図1に示す通りである)のHCEプロモーターの下流にある制限酵素SacI部位およびXhoI部位を用いて、HCEプロモーター下に組み込んだ。得られたプラスミドをそれぞれ、pCH-Lb-gadB(6477bp)、pCH-W3110-gadA(6435bp)、pCH-W3110-gadB(6405bp)と命名した。これらのプラスミドのそれぞれの模式図を図2に示す(A:pCH-Lb-gadB;B:pCH-W3110-gadA;およびC:pCH-W3110-gadB)。図2(A)の「Lb-gadB」はバチルス・ブレビス118-8株由来gadB断片、(B)の「W3110-gadA」は大腸菌W3110株由来gadA断片、(C)の「W3110-gadB」は大腸菌W3110株由来gadB断片、(A)〜(C)の「Flag」はFLAGタグ配列を表す。図2の残りの記号は、図1と同じである。
【0038】
これらのプラスミドを用いて、コリネバクテリウム・グルタミカム(C.glutamicum)ATCC13032株を形質転換した。コントロールとして、プラスミドpCHを用いた。得られた形質転換体をそれぞれ、Lb-gadB導入コリネバクテリウム株、W3110-gadA導入コリネバクテリウム株、W3110-gadB導入コリネバクテリウム株、およびコントロール株と命名した。
【0039】
(実施例3:ウェスタンブロッティングによる形質転換コリネバクテリウム株におけるgad遺伝子発現の確認)
実施例2で調製した各形質転換コリネバクテリウム株を、BY培地(バクトイースト培地)を用いて30℃にて24時間好気的に培養した。BY培地の組成は、以下の通りである:バクトペプトン10g/L、肉エキス10g/L、酵母エキス5g/L、およびNaCl 5g/L。培養後、遠心を行って菌体を得た。得られた菌体に滅菌水およびガラスビーズ YGB01 0.1mm(安井器械製)を加え、マルチビーズショッカー(安井器械製)によって破砕し、破砕液を遠心して上清を菌体内画分として回収した。
【0040】
各形質転換コリネバクテリウム株について得られた菌体内画分をSDS−PAGEで分離し、ウェスタンブロッティングで解析した。一次抗体としてマウス抗FLAG抗体および二次抗体として抗マウスIgG抗体−アルカリフォスファターゼconjugateを用いた。ウェスタンブロッティングの結果を図2に示す。
【0041】
図3は、形質転換コリネバクテリウム株におけるgad遺伝子発現の確認のためのウェスタンブロッティングの結果を示す電気泳動写真である。図3のレーンは以下の通りである:M、分子量マーカー;1、Lb-gadB導入コリネバクテリウムの菌体破砕液(菌体内画分);2、pW3110-gadA導入コリネバクテリウムの菌体破砕液(菌体内画分);3、W3110-gadA導入コリネバクテリウム株;および4、W3110-gadB導入コリネバクテリウム株の菌体破砕液(菌体内画分)。
【0042】
gad遺伝子導入コリネバクテリウム株のレーン2〜4について、約55〜60kDaにそれぞれ目的のバンドを検出した(図3中、矢印で示す)。これらのバンドの位置は、それぞれのgad遺伝子により発現されたタンパク質の推定分子量とほぼ一致することを確認した(推定分子量:Lb-gadB発現タンパク質、53kDa;W3110-gadA発現タンパク質、53kDa;W3110-gadB発現タンパク質、51kDa)。
【0043】
(実施例4:形質転換コリネバクテリウム株によるGABA発酵)
<前培養>
発酵のための前培養は、20mlのBY培地を入れた200ml容のフラスコを用いて、30℃、pH6.5、振とう速度180rpmの条件下で24時間行った。前培養開始から24時間後に培養液2mLをとり、以下の本培養用培地に移した。
【0044】
<本培養(GABA発酵)>
本培養(GABA発酵)は、20mlの改変GP培地(グルコースペプトン培地)を入れた200ml容のフラスコを用いて、30℃、初期pH6.5、振とう速度120rpmの条件下で培養した。改変GP培地の組成は、以下の通りである:グルコース50g/l、(NH42SO4 50g/l、K2HPO4 1g/l、尿素3g/l、Tween40 5g/l、大豆ペプトン50g/l、ピルドキサル-5'-リン酸0.265g/l、MnSO4・5H2O 0.01g/l、MgSO4・7H2O 0.4g/l、FeSO4・7H2O 0.01g/l、チアミン200μg/l、およびビオチン50μg/l。上記の改変GP培地の組成は、既知のグルタミン酸生産用培地の組成(非特許文献6)に新たにTween40およびピルドキサル-5'-リン酸を添加することにより改変したものである。
【0045】
発酵開始から24時間毎に培養液をサンプリングし、菌体濃度(OD600)を測定した。サンプリングした培養液を遠心して培養上清を回収した。他方、沈殿として得た菌体に滅菌水を加え、マルチビーズショッカーによって破砕し、破砕液を遠心して上清を菌体内画分として回収した。
【0046】
培養上清または菌体内画分を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)にてアミノ酸含量を分析および定量し、グルタミン酸濃度およびGABA濃度を測定した。分析サンプルとして、遺伝子組換え株の培養上清は、クエン酸ナトリウム緩衝液(pH2.2)で100倍希釈して用い、菌体内画分は、クエン酸ナトリウム緩衝液(pH2.2)で100倍希釈して用いた。高速液体クロマトグラフィーでは、アミノ酸分析システム(島津)を用いてLi型アミノ酸分析方法、OPA標識法により分析を行った。分離条件および検出条件は以下の通りである:
[分離条件]
分析カラム Shim-pack Amino-Li(100mmL.×6.0mmI.D.)
アンモニアトラップカラム:Shim-pack ISC-30/S0504Li(50mmL.×4.0mmI.D.)
移動相(島津アミノ酸移動相キットLi型)
A液:クエン酸リチウム緩衝液
B液:ホウ酸含むクエン酸リチウム緩衝液
C液:水酸化リチウム溶液
流量:0.6ml/min
温度:39℃
注入量:10μl
[検出条件]
反応試薬:島津アミノ酸分析キットOPA試薬
A液:次亜塩素酸ナトリウム含むアルカリ溶液
B液:OPA、N-アセチル-L-システイン含むアルカリ溶液
反応試薬流量:各0.2ml/min
反応温度:39℃
検出:蛍光検出、 励起波長:350nm、蛍光波長:450nm。
【0047】
図4は、W3110-gadB導入コリネバクテリウム株を用いたGABA発酵における発酵開始後48時間の培養上清のHPLCクロマトグラムである。グルタミン酸(図中「Glutamate」)の保持時間は32.5分であり、GABA(図中「GABA」)の保持時間は92分である。W3110-gadB導入コリネバクテリウム株を用いた場合は、グルタミン酸も検出されたが、GABAの生産が検出された。
【0048】
図5は、W3110-gadB導入コリネバクテリウム株を用いたGABA発酵における培養時間の経過に伴う菌体濃度、グルタミン酸濃度、およびGABA濃度の経時変化を示すグラフである。図5のグラフの右の縦軸はグルタミン酸(「Glutamate」)濃度(g/l)またはGABA濃度(g/l)を表し、左の縦軸は菌体濃度(OD600)を表し、横軸は培養時間(時間)を表す。図5の記号は以下の通りである:黒丸、W3110-gadB導入コリネバクテリウム株の菌体濃度;黒菱形、W3110-gadB導入コリネバクテリウム株のグルタミン酸濃度;黒四角、W3110-gadB導入コリネバクテリウム株のGABA濃度;白丸、コントロール株の菌体濃度;白菱形、コントロール株のグルタミン酸濃度;白四角、コントロール株のGABA濃度。コントロール株では、発酵時間の経過につれて、グルタミン酸の生産が増大されたがGABAは全く検出されなかった。W3110-gadB導入コリネバクテリウム株では、発酵開始後24時間ぐらいまではグルタミン酸の生産が見られたが、発酵時間の経過につれてGABAの量が増大し、発酵開始後96時間では8.78g/lのGABAの生産が見られた。
【0049】
図6は、Lb-gadB導入コリネバクテリウム株を用いたGABA発酵における発酵開始後48時間の菌体内画分のHPLCクロマトグラムである。グルタミン酸(図中「Glu」)の保持時間は32.5分であり、GABA(図中「GABA」)の保持時間は92分である。Lb-gadB導入コリネバクテリウム株を用いた場合では、グルタミン酸はあまり検出されず、GABAの生産が検出された。
【0050】
(実施例5:形質転換コリネバクテリウム株によるGABA発酵)
Lb-gadB導入コリネバクテリウム株を、実施例4と同様に前培養した。本培養(GABA発酵)は、以下を除いて実施例4と同様に行った。本培養の培養時間は24時間であり、培地としては以下の3つのいずれかを用いた。第一の培養条件では、実施例4の培地組成の培地を用いた(Tween40添加培地)。第二の培養条件では、実施例4の培地組成からTween40を除き、代わりにグルタミン酸ナトリウム(MSG)17g/lを添加した(MSG初期添加培地)。第三の培養条件では、実施例4の培地組成からTween40を除き、代わりにグルタミン酸ナトリウム(MSG)17g/lを本培養(発酵)開始後20時間で添加した(MSG20時間後添加培地)。
【0051】
図7は、Tween40添加培地、MSG初期添加培地、またはMSG20時間後添加培地およびLb-gadB導入コリネバクテリウム株を用いたGABA発酵における発酵開始後24時間の培養上清または菌体内画分のGABA濃度を示すグラフである。図7の縦軸はGABA濃度(g/l)を表す。横軸の1はTween40添加培地、2はMSG初期添加培地、3はMSG20時間後添加培地を表す。それぞれ左側に培養上清、右側に菌体内画分を示す。
【0052】
Tween40添加培地では、約0.5g/lのGABAを培養上清中に生産した。Lb-gadB導入コリネバクテリウム株でGABAが良好に生産されることが示された。また、Tween40をGABA発酵培地に添加すると、GABA生産に有効であることも示された。
【産業上の利用可能性】
【0053】
コリネ型細菌は、グルコースを資化してグルタミン酸を生産するので、本発明のγ−アミノ酪酸生産能を有するコリネ型細菌を用いれば、グルコースを出発物質としてGABAを効率よく生産できる。また、コリネ型細菌は取り扱いが容易であり、好気培養が可能であるので、GABA製造のための設備の設計上有利である。本発明ではGABAの分離回収が容易であり、工業的利用に適している。特にコリネバクテリウム・グルタミカムに関しては、食品または化学品の生産のための使用が認可されているので、安全面でも有利である。したがって、本発明によってGABAを好適に製造でき、製造されたGABAは、医薬品、食品、あるいは化成品原料として好適に利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルタミン酸脱炭酸酵素をコードする遺伝子を含む、γ−アミノ酪酸生産能を有するコリネ型細菌。
【請求項2】
前記グルタミン酸脱炭酸酵素をコードする遺伝子の導入により該酵素を発現するように形質転換された細菌である、請求項1に記載のγ−アミノ酪酸生産能を有するコリネ型細菌。
【請求項3】
前記コリネバクテリウム属微生物がコリネバクテリウム・グルタミカムである、請求項1または2に記載のγ−アミノ酪酸生産能を有するコリネ型細菌。
【請求項4】
γ−アミノ酪酸を製造する方法であって、請求項1から3のいずれかに記載のγ−アミノ酪酸生産能を有するコリネ型細菌を培養する工程を含む、方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−167097(P2011−167097A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−32060(P2010−32060)
【出願日】平成22年2月17日(2010.2.17)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】