説明

ω−不飽和脂肪酸の合成方法

【課題】主鎖中に少なくとも10個の互いに隣接する炭素原子を有する分子のような式:CH3-(CH2)m-CH=CH-(CH2)p-COORの長鎖モノ不飽和脂肪酸またはエステル(ここで、mとpは2〜11の整数で、互いに同一でも異なっていてもよい)から一般式:CH2=CH-(CH2)n-COORの短鎖のω−不飽和脂肪酸またはエステル(ここで、nは2〜11の整数であり、RはHまたは1〜4の炭素原子を有するアルキル基である)を合成する方法。
【解決手段】第1段階で、原料の長鎖モノ不飽和脂肪酸またはエステルをオキシゲナーゼ型酵素を含んだ微生物、例えばバクテリア、真菌またはイーストを使用した発酵によって酸化させて長鎖のω−ジアシッドまたはジエステルを形成し、第2段階で、第1段階で生じた生成物をルテニウム−とレニウムとをベースにした触媒の存在下で、エチレンでクロス−メタセシスして,出発原料の不飽和脂肪酸またはエステルの主鎖の長さに対する主鎖の長さの比が0.2〜0.8、好ましくは0.35〜0.75である2つの短鎖ω-不飽和脂肪酸またはエステルを形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、天然のモノ不飽和脂肪酸または脂肪酸エステルからメタセシスによってω-不飽和脂肪酸またはエステルを合成する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ω-不飽和酸またはエステルは、カルボニル化、ヒドロホルミル化およびエポキシド化反応のような反応系の全てで有用な分子である。この酸は一般にα−またはβ−不飽和酸を作り、ω-不飽和脂肪酸は作らない通常の不飽和酸の化学合成方法に従って製造されない。従って、このタイプの酸はより複雑な不飽和酸、特に天然起源の脂肪酸の変換で得る。そのためかなり複雑な処理が必要になる。
【0003】
従って、リルサン(登録商標)合成のベースである11-アミノウンデカン酸の製造の工業的製造方法はひまし油から抽出したリシノール酸を出発材料として使用している。このプロセスでは原料の熱分解によって中間生成物としてω-ウンデシレン酸をエステルの形のウンデシルネートで合成するが、副生成物としてヘプタンアルデヒドが形成される。このプロセスは非特許文献1に記載されている。
【0004】
「長鎖」の脂肪酸またはエステルからの短鎖のω-不飽和脂肪酸またはエステルを合成する他のタイプの方法は、長鎖の酸をエチレンでクロス・メタセシス(metathese croisee)する方法である。この操作はエテノリシス(ethenolysis)として知られている。この方法は非特許文献2に記載されている。この文献には異性化およびメタセシス間競合の問題が指摘されている。さらに非特許文献3も参照できる。
【0005】
これらの文献から分かるように、「短鎖」ω-不飽和脂肪酸の形成時には常にα-オレフィンが同時に形成されるということが分かる。しかし、反応で生じるこのα-オレフィンの存在はその工業的用途を見つけなければならないというプロセス経済上の問題を生じさせる。すなわち、α-オレフィンのマーケット価格はモノ不飽和脂肪酸のマーケット価格とほぼ同じであるので、ω−不飽和脂肪酸のみで合成コストの全てを負担しなければならないという財政的面からの課題がある。
【0006】
ペトロセリン酸のエテノリシス(ethenolysis)の例でこの反応のシェーマを書きに示す。

【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】A. Chauvel "Les Procedes de Petrochimie" [Petrochemical Processes] by A. Chauvel et al. published in Editions TECHNIP (1986)
【非特許文献2】Soon Hyeok Hong et al. "Prevention of Undesirable Isomerization during Olefin Metathesis" published in the Journal of the American Chemical Society 2005,127,17160-17161
【非特許文献3】J. C. Mol Catalytic metathesis of unsaturated fatty acid esters and oils" published in Topics in Catalysis Vol. 17, Nos 1-4, February 2004 pages 97 to 104
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、天然起源の脂肪酸またはエステルから「短鎖」のみのω-不飽和脂肪酸を製造する方法を提供することによって上記の欠点を克服することにある。
本発明方法では、脂肪酸はその酸の形またはそのエステル形で処理できる。一つの形から他方の形への変換はメタノリシス、エステル化または加水分解で実行できる。従って、以下では説明を簡単にするために主として酸について説明する。その反応はエステルの場合にもそのまま適用できる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の対象は、主鎖中に少なくとも10個の互いに隣接する炭素原子を有する分子のような式:CH3−(CH2)m−CH=CH−(CH2)p−COORの長鎖モノ不飽和脂肪酸またはエステル(ここで、mとpは2〜11の整数で、互いに同一でも異なっていてもよい)から一般式:CH2=CH−(CH2)n−COORの短鎖のω−不飽和脂肪酸またはエステル(ここで、nは2〜11の整数であり、RはHまたは1〜4の炭素原子を有するアルキル基である)を合成する方法であって、第1段階で原料の長鎖モノ不飽和脂肪酸またはエステルを発酵によって酸化して長鎖のω−ジアシッドまたはジエステルを形成し、第2段階で、第1段階で生じた生成物をエチレンでクロス−メタセシスして2つの「短鎖」ω−不飽和脂肪酸またはエステルを形成する方法にある。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明方法で、「短鎖」ω-不飽和脂肪酸またはエステルとは一般に互いに隣接する炭素原子数が5〜14である化合物を意味する。この炭素原子数は合成に使用するモノ不飽和脂肪酸またはそのエステルの主鎖の炭素原子数より常に以下である。出発材料の不飽和脂肪酸の鎖長に対するω-不飽和酸の鎖長の比は0.2〜0.8、好ましくは0.35〜0.75、より好ましくは0.42〜0.72、さらに好ましくは0.45〜0.64である。本発明方法の一つの好ましい変形例ではこのω-不飽和酸またはエステルは1分子当り6〜14の炭素原子を含む。
【0011】
本発明方法で、「主としてモノ不飽和脂肪酸またはエステルの原料」とはモノ不飽和脂肪酸またはエステルの含有量が50重量%以上、好ましくは80重量%以上であることを意味する。
【0012】
使用する原料および発酵酸化反応条件に従って、2つの異なる「短鎖」ω-不飽和脂肪酸か、形成される二酸が対称形の場合には、収率的に有利なでその一つのみが最終製品の「短鎖」ω-不飽和脂肪酸として得られる。
【0013】
本発明方法で、「天然起源の長鎖のモノ不飽和脂肪酸またはエステル」とは植物または動物、より一般的には藻を含む植物界から得られる、酸またはエステル、従って、再生可能な1分子当り少なくとも10、好ましくは少なくとも14個の炭素原子を有するものを意味する。
【0014】
そうした脂肪酸の例としては下記を挙げることができる:C10酸、オブツシル酸(シス-4-デセン酸)、カプロレン酸(シス−9-デセン酸)、C12酸、ラウロレン酸(シス-5-ドデセン酸)、リンデリン酸(シス-4-ドデセン酸)、C14酸、ミリストレイン酸(シス-9-テトラデセン酸)、フィセテリン酸(シス-5-テトラデセン酸)、ツズ酸(シス-4-テトラデセン酸)、C16酸、パルミトオレイン酸(シス-9-ヘキサデセン酸)、C18酸、オレイン酸(シス−9−オクタデセン酸)、エライジン酸(トランス−9−オクタデセン酸)、 バシン酸(シス-11-オクタデセン酸)、リシノレイン酸(12-ヒドロキシ-シス-9-オクタデセン酸)、 リシノール酸(12-ヒドロキシ-シス-9-オクタデセン酸)、C20酸、ガドレン酸(シス-9-エイコセン酸)、ゴンド酸(シス-11-エイコセン酸)、シス-5-エイコセン酸、レスケロリン酸(14-ヒドロキシ-シス-11-エイコセノ酸)、C22酸、セトレイン酸(シス-11-ドコセノ酸)、エルカ酸(シス-13-ドコセノ酸)。
【0015】
第1段階は微生物の存在下での発酵によって実行される。すなわち任意のバクテリア、真菌またはイーストを使用してフィードストックの脂肪酸またはエステルの酸化を行なうことができる。好ましくは原料を酸化して−COOHの酸または−COORのエステルタイプの三価官能基が形成することができるオキシゲナーゼ型酵素を含む微生物を使用する。
【0016】
この発酵は下記非特許文献4および特許文献1〜7に記載されているチトクロームP450モノオキシゲナーゼ酵素を含むカンジダトロピカリス(Candida tropicalis)株の存在下で実行できる。
【非特許文献4】W. H. Eschenfeldt et al., "Transformation of Fatty Acids Catalyzed by Cytochrome P450 Monooxygenase Enzymes of Candida tropicalis"、Applied and Environmental Microbiology, Oct. 2003, pp 5992-5999
【特許文献1】フランス特許第FR 2 445 374号公報
【特許文献2】米国特許第US 4474 882号明細書
【特許文献3】米国特許第US 3 823 070号明細書
【特許文献4】米国特許第US 3 912 586号明細書
【特許文献5】米国特許第US6660505号明細書
【特許文献6】米国特許第US56569670号明細書
【特許文献7】米国特許第US5254466号明細書
【0017】
第2段階で行なうメタセシス反応は古くから公知であるが、二酸に関して記載したものはない。また、工業的応用もほとんどない。脂肪酸(エステル)の変換での使用に関しては下記文献を参照できる。
【非特許文献5】J.C. Mol, Catalytic metathesis of unsaturated fatty acid esters and oil"、Topics in Catalysis, Vol. 27, Nos. 1-4, February 2004 (Plenum Publishing Corporation)
【0018】
メタセシス反応の触媒は多くの研究のテーマになっており、精密な触媒系が開発されている。例としては下記文献に記載のタングステン錯体が挙げられる。
【非特許文献6】Schrock et al., J. Am. Chem. Soc., 108 (1986), 2771
【非特許文献7】Basset et al., Angew. Chem., Ed. Engl., 31(1992), 628
【0019】
近年では下記のルテニウム-ベンジリデン錯体であるGrubbsの触媒がある。
【非特許文献8】Grubbs et al., Angew. Chem., Ed. EngI., 34 (1995), 2039, and Organic Lett., 1 (1999), 953
【0020】
これは均一触媒である。また、金属、例えばレニウム、モリブデンおよびタングステンベースにしたアルミナまたはシリカ上に担持させた不均一触媒も開発されている。さらに、固定触媒、すなわち主活性成分が均一触媒、特にルテニウム−カルベン錯体触媒で、それを不活性支持体上に固定した触媒を製造する方法の研究も行なわれている。この研究の目的は副反応、例えば存在する反応物間の「ホモ−メタセシス(homo metatheses)」に対する反応の選択性を増加させることにある。これは触媒の構造だけでなく反応媒体および添加剤の効果にも関係する。
【0021】
本発明方法ではメタセシス活性および選択性のある全ての触媒を使用できるが、ルテニウムとレニウムとをベースにした触媒を使用するのが好ましい。
【0022】
本発明の方法で、いかなる活性および選択的な複分解触媒も、使うことができるが、ルテニウムとレニウムをベースにした触媒を使用するのが好ましい。
【0023】
以下、第2段階の例を短鎖脂肪ジアシッドの合成で示す。説明を簡単にするために、以下では全ての機構を酸の形で説明するが、メタセシスをエステルを用いて行なうこともでき、その方が効果的なこともある。同様に、以下では反応を酸(またはエステル)のシス異性体で示すが、同じ機構をトランス異性体にも等しく適用できる。
【0024】
オレインジアシッドまたはα、ω−9−オクタデセン二酸とエチレンとを使用して第2段階の反応過程を行なう場合は以下のようになる:

【0025】
この場合、本発明方法は9−デセン酸のみが作られ、副生成物の生成が避けられるという点で特に有利である。
【0026】
反応過程は下記シェーマ1で示される。
シェーマ1

【0027】
マカダミヤ油またはシーバックソーン(argousier)油をある種の条件下で発酵させると部分的にC16二酸になる。これらの油に含まれるパルミトオレイン酸からはα、ω−7−ヘキサデセン二酸ができる。
【0028】
この二酸とエチレンとを用いて第2段階では2つの異なるω-不飽和酸、9-デセン酸と7−オクテン酸とができる。その反応過程は下記の機構で表すことができる:

【0029】
シェーマ2

【0030】
発酵でラウロレン(Lauroleic)酸はα、ω−5−ドデセン二酸へ変換される。本発明方法の第2段階で下記プロセスに従って異なる長さの2つのω−オレフィン酸、7-オクテン酸と5-ヘキセン酸とが作られる:

【0031】
発酵でミリストレイン酸はα、ω−5−テトラデセン二酸へ変換される。本発明方法の第2段階で下記プロセスに従って異なる長さの2つのω−オレフィン酸、9-デセン酸と5-ヘキセン酸とが作られる:

【0032】
以下、本発明方法の実施例を示す。
【実施例】
【0033】
実施例1
オレイン酸の発酵
この実施例ではソルビトール、微量元素、尿素およびオレイン酸を含む脱イオン水中でpH=7で少なくとも一つのオキシゲナーゼ酵素を含むイーストを培養する。混合物を120℃で15分間殺菌する。その後、イースト株を培地に接種する。培養中は30℃に維持する。pHを7〜7.5に維持するために水酸化ナトリウム溶液を連続的に加える。48時間培養後、不飽和ジアシッドをジエチルエーテルで抽出して回収する。蒸留して溶剤を除去回収し、再結晶後に9-オクタデセン二酸に対応する融点が69℃の結晶を回収した。
実施例2
エルカ酸の発酵
エルカ酸を用いて実施例1を繰り返した。9-ドコセン二酸が得られる。
【0034】
実施例3
9-オクタデセン二酸のクロス-メタセシス
この実施例は9-オクタデセン二酸から9−デセン酸を合成する例を示す。本発明方法の第2段階はエチレンを用いたクロス-メタセシスである。この反応には下記文献に記載のビスピリジン−ルテニウム型の複合触媒に類似したものを使用した。
【非特許文献9】Chen-Xi Bai et al., Org. Biomol. Chem., (2005), 3, 41 39-4142
【0035】
反応は9-オクタデセン二酸の2倍のモル濃度のエチレンを用いて、CH2Cl2中で、9-オクタデセン二酸に対して1モル%の濃度の上記触媒の存在下で、80℃の温度で12時間行った。収率はクロマトグラフ分析で求めた。9−デセン酸CH2=CH−(CH27−COOHの収率は実質的に等モルであった。
【0036】
実施例4
9-オクタデセン二酸のクロス-メタセシス
実施例2のジアシッドの9-オクタデセン二酸を用いて実施例3を繰り返した。9-デセン酸と13-テトラデセン酸を実質的に等モル収率で得た。
【0037】
実施例5
C18不飽和ジエステルのエテノリシス
窒素でパージした50mlのシュレンク管中に1gのメチル9-オクタデセンジオエート(octadecenedioate)(0.5mmol)と、47mg(7.5×10-2mmol)のAldrichから入手可能な第二世代のHoveyda-Grubbs触媒の(1,3-ビス(2,4,6-トリメチルフェニル)-2-イミダゾリジニリデン)ジクロロ(O-イソプロポキシフェニルメチレン)ルテニウム)(2mlのトルエン溶液)と、ベンゾフェノンナトリウム上で蒸留した15mlのトルエンとを入れる。170mg(6mmol)のエチレンを加え、磁気撹拌下に20℃で3時間反応させる。反応液をガスクロマトグラフィで分析する。不飽和ジエステルの変換率は83%である。2−メチルウンデセジオエートの収率は95%である。メチル9-デセノエートの収率は64%である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
主鎖中に少なくとも10個の互いに隣接する炭素原子を有する分子のような式:CH3−(CH2)m−CH=CH−(CH2)p−COORの長鎖モノ不飽和脂肪酸またはエステル(ここで、mとpは2〜11の整数で、互いに同一でも異なっていてもよい)から一般式:CH2=CH−(CH2)n−COORの短鎖のω−不飽和脂肪酸またはエステル(ここで、nは2〜11の整数であり、RはHまたは1〜4の炭素原子を有するアルキル基である)を合成する方法であって、
第1段階で、原料の長鎖モノ不飽和脂肪酸またはエステルをオキシゲナーゼ型酵素を含んだ微生物、例えばバクテリア、真菌またはイーストを使用した発酵によって酸化させて長鎖のω−ジアシッドまたはジエステルを形成し、
第2段階で、第1段階で生じた生成物をルテニウム−とレニウムとをベースにした触媒の存在下で、エチレンでクロス−メタセシスして,出発原料の不飽和脂肪酸またはエステルの主鎖の長さに対する主鎖の長さの比が0.2〜0.8、好ましくは0.35〜0.75である2つの短鎖ω−不飽和脂肪酸またはエステルを形成する、ことを特徴とする方法。
【請求項2】
第1の段階をシトクローム(Cytochrome)P450モノオキシジェナーゼ(Monooxygenase)酵素を含むカンジダトロピカリス(Candida tropicalis)の存在下で実行する請求項1に記載の方法。
【請求項3】
オレイン酸から9-デセン酸を合成する請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
エルカ酸から9−デセン酸と13-テトラデセン酸とを合成する請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。

【公表番号】特表2010−539226(P2010−539226A)
【公表日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−525402(P2010−525402)
【出願日】平成20年9月17日(2008.9.17)
【国際出願番号】PCT/FR2008/051665
【国際公開番号】WO2009/047445
【国際公開日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【出願人】(505005522)アルケマ フランス (335)
【Fターム(参考)】