説明

かび付け魚節及びその製造方法

【課題】魚節上で速く成長する微生物Eurotium repens(寄託番号NITE P-738号)を使用して、品質の良いかび付け魚節及びその製造方法を提供する。
【解決手段】魚節に、魚節上で速く成長する微生物Eurotium repens(寄託番号NITE P-738号)を使用して、湿度と温度条件を最適化して培養することによって、Eurotium repens(寄託番号NITE P-738号)の作用で乾燥工程未実施の条件化で短期間で高品質なかび付け魚節を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、魚節とりわけ魚節の中でも製造するのに手間の掛かるかび付け魚節及びその製造に関するものであり、特に、高品質のかび付け魚節を従来よりも短期間で安定的に製造できる魚節の枯れ節及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
魚節のかび付けは、使用する魚節類の品質や気候や天候の影響を受け易く、かび付けに必要な期間や得られる品質を一定にすることは非常に難しく、職人の匠の技の感覚でかび付けの工程管理を行っていた。この工程の再現性を実現させるために、かび付けに使用する菌株を選抜し、かび付けを行う方法が提案され、実用化されている(特許文献1及び特許文献2参照)。
【0003】
しかし、かかる従来の技術では、単に品質と製造期間は安定化することができるのみであり、多少の製造工程日数の短縮にはなっているが、伝統的製法の改善の範疇に留まっている。また、かつお節の伝統的製法と言われている天日干し等による乾燥工程は、季節や天候に左右され、製造期間や品質が安定しない。
【0004】
また、一度に大量の処理を行うには、作業効率が悪く、生産性が低い上に、得られる品質が天候任せで、職人の勘と経験によって調整しているのが実情である。そのかび付け期間は、従来法では1番かびで2週間から3週間掛り、天日干し後、2番かびで1週間から3週間かかっている。
【0005】
また、天日干しという作業は直射日光があたる屋外で実施され、その効果を発揮するためには、各一本一本の節にまんべんなく日光を当てる必要があり、更に節の品質を上げるためには、日光の当たっていない影の部分にも日光を当てる必要があり、屋外の直射日光下で一本づつ手作業で節の裏表面を反転させる作業を行う必要がある。その為、一日に処理できる魚節の量も限られており、生産性が高いとは言えない。また、従来の天日干し作業は、その作業の特性上、屋外での実施は、必須である。しかし、魚節は食品であり、食品衛生的な立場から見ると、かび付け工程といえども、製造工程中は他の汚染源より隔離して外部汚染の無い様に衛生的に加工処理するべきである。外部空間とは明確に遮断されていない屋外では、天候の急変による雨による水濡れによる品質低下や不良微生物の繁殖、突風による砂・埃等の混入は容易に起こり得る。さらにまた、昆虫の飛来による虫害、鳥や鼠類、犬猫などの鳥獣類による食害や汚染、異物混入等の発生も完全に阻止することは難しい。その為、日乾の代替となる方法が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公昭57-50459号公報
【特許文献2】特公平 1-31858号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、本願の発明者が開発した有用微生物である微生物菌体YM-1418を使用することによって、魚節の製造期間を短縮できしかも製造工程を合理化できる高品質のかび付け魚節及びその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記の目的を達成するために、本発明の第1の発明によれば、魚節上での成長が早いかびEurotium repens YM-1418寄託番号NITE P-738号を焙乾後の魚節に接種して得られるかび付け魚節が提供される。
【0009】
本発明において使用するかびEurotium repens YM-1418寄託番号NITE P-738号は、節上で菌糸の成長速度が早い菌株を選抜している。その菌糸成長速度は、通常の鰹節かびの約5倍の成長速度を持っている。その為、理論上は一定期間培養後に該当菌株に覆われる面積は通常菌株の5倍×5倍=25倍の面積を覆うことのできる株である(図1参照)。
【0010】
本発明の第2の発明によれば、魚節上での成長が早いかびEurotium repens YM-1418寄託番号NITE P-738号を焙乾後の魚節に接種し、高湿度でかびの発生を促す第一の培養工程と、それに引き続き低湿度条件でかびによる発酵作用を促進させる第二の培養工程とを、間に乾燥工程なしで連続して実施することから成るかび付け魚節の製造方法が提供される。
【0011】
第一の培養工程は温度20〜30℃で湿度80〜100%の培養条件に設定され得、又第二の培養工程は温度20〜30℃で湿度60〜90%の培養条件に設定され得る。
【0012】
ところで、魚節は、固体発酵食品であり、基本的に節と菌体が接触することによってのみ発酵が開始される。従って、かびと節の接触する機会(菌体密度)が発酵の進行には重要な律速因子となる。また、本発明においては、微生物菌体を魚節上で効率的に培養し、より効果を得るために、培養期間中の温度と湿度を正確に調節する必要がある。常法で製造した魚節の表面に予め前培養した微生物菌体YM-1418の種菌液を満遍なく噴霧する。種菌液を噴霧後速やかに温度と湿度が一定に調整可能な培養庫で培養を開始する。
【0013】
前述のように、培養は、高湿度でかびの発生を促す第一の培養工程と、それに引き続き低湿度条件でかびによる発酵作用を促進させる第二の培養工程が実施され得る。かびの発生を促す第一の培養工程は、本発明の一実施形態によれば、温度20〜30℃、湿度80〜100%であり、3〜7日間実施され、また、かびによる発酵作用を促進させる第二の培養工程は、温度20〜30℃、湿度60〜90%で3〜7日間行われることが望ましい。この様な第一の培養工程にて培養開始3日後には節全体に満遍なくかびが発生し、荒節独特の風味であるくん臭や酸味臭が減少する。かびが節全体に満遍なく発生した時点で、培養条件を第二の培養工程の条件(温度28℃、湿度80%)に変更して培養を継続する。培養開始から7日後には、荒節の風味が完全に消失し、枯れ節独特の風味を持った従来の乾燥処理を行った2番かび付け節と官能的に同等以上の風味を持つかび付け節が得られる。更に、種菌を接種しなかった場合と比較するとかび付け期間は4週間から1週間へ短縮される。
【発明の効果】
【0014】
本発明の第1の発明によれば、YM-1418株NITE P-738号を用いてかび付けを行うことにより、通常のかつお節かびよりも不快な風味が非常に少なく、短期間で良質な風味の枯れ節となる。その為、通常の枯れ節では、風味改善のための日干などの乾燥工程が必須であるが、YM-1418株NITE P-738号を用いてかび付けを行うと通常のかつお節かびよりも不快な風味が非常に少なく、短期間で良好な風味の枯れ節を提供できる。
【0015】
本発明の第2の発明によれば、乾燥工程なしで従来のものと同等以上の風味の枯れ節を短期間で製造することができる。また、乾燥工程を挟むことなしにかび付け工程を行うことにより、天候に左右される天日干しに囚われることなく枯れ節を計画的に生産できる。また、天日による乾燥の天候不順に因る品質ムラを防ぐことが可能であり、品質の再現性や生産性も向上する。
【0016】
また、培養期間が短くなることにより、長期培養により、かつお節等の魚節自体や魚節上に発生する優良かびを喰害する害虫の異常繁殖も未然に防止することが可能となる。
【0017】
さらに、屋外で実施が必要な天日干し工程が伴わないので、本発明による魚節の製造方法は食品工場建屋内において、全ての製造工程を完了することが可能となり、外部汚染の危険性を大幅に低減することができる。例えば、天候の急変による雨による水濡れによる品質低下や不良微生物の繁殖、突風による砂・埃等の混入、昆虫の飛来による虫害、鳥や鼠類、犬猫などの鳥獣類による食害や汚染、異物混入等の発生を完全に阻止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明において使用するかびEurotium repens YM-1418の鰹節上での菌糸成長状態を従来のかびと比較して示すグラフ。
【図2】本発明による枯れ節における胞子数を既存の枯れ節における胞子数と比較して示すグラフ。
【図3】本発明によりかびEurotium repens YM-1418を用いたかび付けによる香気成分の変化を示すグラフ。
【図4】本発明において使用するかびEurotium repens YM-1418による脂肪分の変化を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下実施例に基いて本発明の実施形態について説明する。
【実施例1】
【0020】
魚節粉砕物にNITE P-738号を接種し種かびを培養する。培養後100gを水100Lに懸濁し噴霧用種菌液を得る。一般的な製法で製造したかつお荒節の表面研磨を行ったかつお節の表面に満遍なく種菌液を噴霧する。種菌液を噴霧後速やかに温度28℃、湿度94%に設定した培養庫で培養を開始する。培養開始3日後には節全体に満遍なくかびが発生し、荒節独特の風味であるくん臭や酸味臭が減少する。かびが節全体に満遍なく発生した時点で、培養条件を温度28℃、湿度80%に変更して培養を継続する。培養開始から7日後には、荒節の風味が完全に消失し、枯れ節独特の風味を持った従来の2番かび付け節と官能的に同等以上の風味を持つ枯れ節が完成した。従来法による枯れ節と本発明の手法を用いて作成した枯れ節およびその原料である裸節を用いて削り節を作成し、官能評価を行った結果を、表1に示す。従来の枯れ節と比較するとかび付け期間は4週間から1週間へ短縮された。大幅に期間短縮がされたにも関わらず、原料である裸節の色や風味特徴は、明らかに消失し、全ての項目に関して従来枯れ節と同等もしくは同等以上の官能評価が得られた。
【0021】
【表1】

【実施例2】
【0022】
実施例1に示した方法と同様にして、本発明によるかつおの枯れ節を得る。日本全国の異なる枯れ節を製造販売する業者よりかつおの枯れ節6種類すなわち試料A、試料B、試料C、試料D、試料E及び試料Fを入手した。各枯れ節の一本あたりの表面積を採寸して求める。各かつお枯れ節の表面に付着しているかび菌体を洗浄により完全に回収する。それぞれの回収した溶液量を測定する。回収した溶液中の胞子数を顕微鏡下でカウントして各節由来の胞子濃度(個/ml)を得る。回収液量と胞子濃度及び節表面積から単位面積当りの胞子数を得る。
胞子濃度(個/ml)×回収液量(ml)/節表面積(cm2)=単位面積当りの胞子数(個/cm2
【0023】
測定結果を図2に示す。各社枯れ節の単位面積当りの胞子数は、1.6〜4.5×107個/cm2の範囲であり、本発明による枯れ節はかび付け期間が一週間と明らかに短いにも関わらず、6.2×107個/cm2と明らかに多い傾向が確認できる。本発明の実施により、培養期間が短期間にも関わらず、従来の枯れ節と同等以上の密度のかびが生育していることが確認された。また、実施例1と同様の官能検査を実施したが同様な傾向であり、短期間で魚節上のかび菌体濃度が従来の枯れ節と同等以上に繁殖する為、従来の枯れ節と同等以上の品質を実現できることが確認された。
【実施例3】
【0024】
実施例1に示した方法と同様にして、本発明によるかつおの枯れ節を得る。魚節粉砕物にNITE P-738号を接種し種かびを培養する。培養後100gを水100Lに懸濁し噴霧用種菌液を得る。一般的な製法で製造したかつお荒節の表面研磨を行ったかつお節の表面に満遍なく種菌液を噴霧する。種菌液を噴霧後速やかに温度28℃、湿度94%に設定した培養庫で培養を開始する。官能的に風味の変化が感じられる4日目、5日目、6日目、7日目にサンプルを抜き取った。培養開始3日後には節全体に満遍なくかびが発生し、荒節独特の風味であるくん臭や酸味臭が減少する。かびが節全体に満遍なく発生した時点で、培養条件を温度28℃、湿度80%に変更して培養を継続する。培養開始から7日後には、荒節の風味が完全に消失し、枯れ節独特の風味を持った従来の2番かび付け節と官能的に同等以上の風味を持つ枯れ節が完成した。枯れ節の原料となる荒節及び裸節とサンプリングした培養4日目〜7日目の本発明による枯れ節及び、従来の製法にてかび付け加工された枯れ節の香気成分をガスクロマトグラフ質量分析器を用いて分析した。その中でもかつお枯れ節の香気成分として代表的な香気成分の変化を図3に示す。培養開始後4日目までは、原料となる裸節と大差は無いが、かつおぶしかびによって増えると言われているグアヤコール類の増加と、分解されると言われているフェノールの減少傾向が確認できる。従来の方法でかび付けした枯れ節との比較においてもこれらの変化は同等以上に変化していることが確認できる。
【実施例4】
【0025】
魚節出汁抽出残渣の乾燥物にNITE P-738号を接種し種かびを培養する。培養後100gを水100Lに懸濁し噴霧用種菌液を得る。一般的な製法で製造したかつお荒節の表面研磨を行ったかつお節の表面に満遍なく種菌液を噴霧する。種菌液を噴霧後速やかに温度28℃、湿度94%に設定した培養庫で培養を開始する。培養開始3日後には節全体に満遍なくかびが発生し、荒節独特の風味であるくん臭や酸味臭が減少する。かびが節全体に満遍なく発生した時点で、培養条件を温度28℃、湿度80%に変更して培養を継続する。培養開始から7日後には、荒節の風味が完全に消失し、枯れ節独特の風味を持った従来の枯れ節と官能的に同等以上の風味を持つ枯れ節が完成した。従来法による枯れ節と本発明の手法を用いて作成した枯れ節およびその原料である裸節を用いて削り節を作成し、成分分析を行った結果を、表2に示す。従来の枯れ節と比較するとかび付け期間は4週間から1週間へ短縮された。大幅に期間短縮がされたにも関わらず、全ての分析項目に関して従来枯れ節と同等もしくは同等以上の測定値が得られた。特に脂肪分に関しては図4に示した通り本発明による製法の枯れ節が7日の短期間のかび付け期間にも関わらず、4.3%から2.1%へと半減しており一般製法の枯れ節より脂肪の分解効果が進んでいることが確認できる。また、魚節の旨味成分として重要な要因であるイノシン酸の量に関しても、一般製法の枯れ節が減少傾向にあるのに対し、増加している傾向が確認できる。脂肪分が低下し、旨味成分が増加することによって、より高品質の枯れ節へと短期間で改良できていることが確認できる。
【0026】
【表2】

【0027】
以上の実施例においては、魚節としてかつお節を用いたが、かつお節に限定されるものではなく、ソウダ節、サバ節など、その他の魚節でもよい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
魚節上での成長が早いかびEurotium repens YM-1418寄託番号NITE P-738号を焙乾後の魚節に接種して得られるかび付け魚節。
【請求項2】
魚節上での成長が早いかびEurotium repens YM-1418寄託番号NITE P-738号を焙乾後の魚節に接種し、高湿度でかびの発生を促す第一の培養工程と、それに引き続き低湿度条件でかびによる発酵作用を促進させる第二の培養工程とを、間に乾燥工程なしで連続して実施することを特徴とするかび付け魚節の製造方法。
【請求項3】
前記第一の培養工程が温度20〜30℃で湿度80〜100%の培養条件に設定され、前記第二の培養工程が温度20〜30℃で湿度60〜90%の培養条件に設定されることを特徴とする請求項2に記載のかび付け魚節の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2010−273548(P2010−273548A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−126433(P2009−126433)
【出願日】平成21年5月26日(2009.5.26)
【出願人】(000114732)ヤマキ株式会社 (16)