説明

かみそりの原子層蒸着コーティング

かみそり刃に共形コーティングを生成するための原子層蒸着(ALD)プロセスの新たな適用例を開示し、刃側面の表面全体及び刃本体の少なくとも一部又は表面全体に均一で共形的な高密度コーティングを蒸着する。コーティング刃のエッジの剃毛能力を向上させる(例えば、刃先端半径を減らす)ため、ALDプロセス中、プロセス後、又はプロセス中及びプロセス後の両方においてALDで作製したコーティングをエッチングしてもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コーティング構成要素に関し、より詳細にはかみそり刃などのかみそり構成要素の改善されたコーティングに関する。
【背景技術】
【0002】
市販のほとんどのかみそり刃は、研いだステンレス鋼基材に薄膜硬質コーティングを施すことにより作製される。これらのコーティングは一般的に、標的材料と呼ばれる原材料(すなわち、蒸着される材料)が一般的に固体形状である真空状態を有する物理蒸着(PVD)技術により、刃のエッジに蒸着される。一般的なPVD技術は、スパッタコーティング又はパルスレーザー蒸着(PLD)などのプロセスを組み込む。
【0003】
薄い硬質コーティングは、特定の役割及び利点を有する。1つの利点は、硬質コーティングが、刃のエッジを補強し、したがって剃毛時の過度な損傷からエッジを保護することにより、エッジ、特に薄い形状を有するエッジを一般に強化することである。
【0004】
更に、PVD形成コーティングは、一般に刃のエッジ表面によく付着し、その結果、次のコーティング(例えば、Teflon(登録商標)、すなわちテロマーコーティング、又はその他の高分子材料コーティング)の蒸着に適した表面をもたらす。
【0005】
しかしながら、現在のPVDプロセスの主な欠点は、PVDプロセスが主として「視線(line of sight)」プロセスであることであり、その結果、最高品質のコーティングは平坦な表面又は構成要素上に蒸着される。PVDプロセスでは、三次元形状の構成要素上に最適な被覆を得るために、構成要素を真空槽内で一般的に回転及び遊星回転させる。これらの追加の回転及び遊星回転工程は、より均一な被覆を作製するのに役立つが、当該技術分野において既知のように、コーティングの密度は入射角とともに極めて急激に低下し、またPVDプロセスはその蒸着の性質上、柱状成長を有する薄膜又はコーティングを生じることが知られているため、作製されるコーティングの品質が損なわれる。このような薄膜の柱状成長に関する一般的な説明は、J.A.Thornton、Ann.Rev.Mater.Sci 7,239(1977)、「High Rate Thick Film Growth」に見ることができる。
【0006】
PVD形成コーティングは、皮膚を切ったり又は傷つけたりすることなく毛髪を切断するのに最適に刃エッジ又は刃先端の最先端を形成できるようにするために蒸着プロセスを中断する必要がないので、蒸着と同時に形成可能である。したがって、密度を高めかつ薄膜の柱状成長を制限するためには、多くの場合、現状のPVDスパッタ薄膜又はコーティングは高バイアスで蒸着され、薄膜の機械的特性を最適化する。ただし、高バイアスの欠点は、(例えば、刃先端領域にコーティングがほとんどない〜全くないという点で)刃の最先端を鋭利にしすぎることがあり、後述するような望ましい最適な先端半径(tip radius)を得るのに限界を有することである。
【0007】
したがって、従来技術ではかみそり刃のエッジを均一にコーティングすることは困難であった。
【0008】
多くの場合に入射角が小さく(例えば、15°以下)、更には高バイアスも印加された従来技術の刃エッジ上のコーティングは、一般に依然として低密度の柱状であり、不十分な機械的特性及び薄膜の粗さを有する。
【0009】
更に、一般に真空技術を使用したコーティングを蒸着するのに固有の問題は、刃エッジ上のコーティングが、剃毛可能な刃エッジには大きすぎる刃先端半径値をもたらすことがあり、また望ましくない高いウールフェルト切断抵抗を有することがある(例えば、ウールフェルトの切断から得られる最低の切断抵抗が高い)。一般には、切断抵抗は、各刃がウールフェルトを切断するのに要する力を測定することにより刃の切断抵抗を測定する、ウールフェルト切断試験により測定される。各刃を一定回数(例えば、5回)ウールフェルトカッターに通過させ、それぞれの切断力を記録装置で測定する。最低値を切断抵抗として定義する。
【0010】
刃エッジが効果的に毛髪を剃毛するために(例えば、剃毛能力)、好都合なことに、ウールフェルト切断抵抗は、約20nmの刃先端半径値に合致する約7.1N(1.6ポンド)未満である必要があり得ることが一般に知られている。ウールフェルト切断抵抗及び刃先端半径の説明は、本発明の譲渡人に譲渡された、2007年10月4日公開の米国特許出願公開第2007/0227008号「Razors」、1991年10月15日発行の米国特許第5,056,227号「Razor Blade Technology」、及び1991年9月17日発行の米国特許第5,048,191号「Razor Blade Technology」に見ることができる。
【0011】
更に、PVDなどの既知の従来技術のプロセスは、一般に刃側面の上部のみのコーティングに限定され、一般に刃側面全体を被覆しない。更に、蒸着されたコーティングの厚さは、刃側面の末端部方向で厚さが一般にゼロに近づき得るように、最先端から離れる(例えば、刃本体に近づく)につれて減少する。
【0012】
ただし、かみそり刃が一般に刃本体及び2つの刃側面を有する場合、一度に1つのプロセスを使用して、刃側面の一部をコーティングするだけでなく、刃側面全体及び刃本体の一部又は全体も同様に均一にコーティングすることが望ましいことがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】米国特許出願公開第2007/0227008号
【特許文献2】米国特許第5,056,227号
【特許文献3】米国特許第5,048,191号
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】J.A.Thornton、Ann.Rev.Mater.Sci 7,239(1977)、「High Rate Thick Film Growth」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
したがって、かみそり刃のコーティングプロセスをよりよく発展させ、剃毛能力を維持しながらコーティングの品質(例えば、均一性及び緻密性)及び適用範囲を向上させる必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、真空槽内に配置された少なくとも1つのかみそり刃上に少なくとも1種の材料の少なくとも1つのコーティングを原子層蒸着(ALD)プロセスを使用して蒸着し、少なくとも1つのコーティングが少なくとも1つのかみそり刃の少なくとも1つの刃側面の表面全体及び刃本体の表面の少なくとも一部を被覆する、蒸着する工程と、少なくとも1つのコーティングをエッチングする工程と、を含む、かみそり刃のコーティング方法を提供する。エッチングは、ALDプロセス中、プロセス後、又はプロセス中及びプロセス後の両方で行うことができる。
【0017】
本発明の別の態様では、かみそり刃は、ALDプロセスを使用して形成された少なくとも1種の材料の層の少なくとも1つのコーティングを含み、少なくとも1つのコーティングの内の1つがエッチングされる。
【0018】
本発明の更に別の態様では、かみそり刃は、第1材料の第1コーティング及び第2材料の第2コーティングを含み、第1及び第2コーティングの少なくとも1つはALDプロセスを使用して蒸着され、第2コーティングは第1コーティングの上面に蒸着される。
【0019】
本発明の更に別の態様は、ALDプロセスを使用して、真空槽内に配置された少なくとも1つのかみそり構成要素上に少なくとも1種の材料の少なくとも1つのコーティングを蒸着することにより、かみそり構成要素をコーティングする方法を提供する。かみそり構成要素は、カートリッジクリップ、刃の支持体、かみそり刃本体、かみそり刃側面、屈曲刃、かみそりハンドル、又はこれらの任意の組み合わせを含んでいてもよい。
【0020】
他に定義されない限り、本明細書において使用されるすべての技術的用語及び科学的用語は、本発明の属する分野の当業者に慣例的に理解されるものと同じ意味を有する。本明細書に記載されているものと同様又は同等の方法及び材料を本発明を実施又は試験するために使用することが可能であるが、好適な方法及び材料を以下に記載する。本明細書で言及されるすべての刊行物、特許出願、特許、及び参照は、参照することによりその全体を本明細書に組み込む。不一致である場合、定義を含め本明細書に従うものとする。更に、材料、方法、及び実施例は一例に過ぎず、制限することを意図していない。
【0021】
本発明の他の特徴及び利点は、以下の「発明を実施するための形態」及び「特許請求の範囲」から明らかとなるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0022】
本明細書は、本発明を形成すると思われる主題を特定して指摘し明確に請求する請求項にて結論とするが、本発明は、添付図と関連づけて行う次の説明によってよりよく理解されると考えられ、添付図中では同様の表記は実質的に同一の要素を示すのに使用する。
【図1】本発明に従って原子層蒸着(ALD)によりコーティング可能なかみそり刃を示す真空槽の概略図。
【図1A】本発明に従って原子層蒸着(ALD)によりコーティング可能なかみそり刃を示す真空槽の概略図。
【図2】第1前駆体を真空槽に導入した後の2つのかみそり刃のエッジ部分の断面を示す図1の拡大概略図。
【図3】第1前駆体がかみそり刃のエッジに材料の表面単分子層を形成した後の図2の拡大概略図。
【図4】第2前駆体を真空槽に導入した後の図3の拡大概略図。
【図5】第2前駆体がかみそり刃側面に材料の単分子層を形成した後の図4のかみそり刃側面の断面図を示す。
【図6】図1〜5のALDプロセスを何度も繰り返し、かみそり刃側面に材料の最終コーティングを形成した後のかみそり刃側面の断面図を示す。
【図7】本発明に従って図6のコーティング上にその場イオンエッチングプロセスを実施する前及び実施後のかみそり刃側面の断面図を示す。
【図8】本発明に従ってエッチングする前及びエッチングした後の、ALDコーティングされた刃の先端及び斜面領域の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を示す。
【図9】本発明のプロセスのフローチャート。
【図10】本発明に従ってALDプロセスを使用して蒸着した、対照的な特性(例えば、色)を備えた2つのコーティングを有するかみそり刃(側面及び本体)を示す。
【図11】本発明に従って刃側面及び刃本体にALDプロセスを使用して蒸着した2つのコーティングのエッチングを示す。
【図12】本発明に従ってALDプロセス及びステンシル又はマスクを使用して蒸着した2つのコーティングを有する刃側面及び本体を示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明は、かみそり刃の本体及び側面をコーティングするための原子層蒸着(ALD)プロセスの新規な適用例を開示する。
【0024】
ALDは、様々な組成物の基材上に材料の共形薄膜を蒸着する自己制限的で、逐次的な表面化学として一般に当該技術分野において既知である。ALDは、化学反応において化学蒸着(CVD)とほぼ同じであるが、ALD反応では、CVD反応を2つの半反応に分け、反応中に前駆物質を分離しておく点が異なる。ALD薄膜の「成長」は、自己制限的であり、表面反応に基づくため、原子規模で蒸着を達成でき、その結果として蒸着を制御することができる。更に、コーティングプロセスを通じて前駆体を分離しておくことにより、単分子層あたり約0.1ナノメートル(nm)程度の微細さで成長薄膜の原子層制御を達成できる。
【0025】
ALDプロセス及び特性は、一般に、例えば、1977年11月15日発行の米国特許第4,058,430号「Method for Producing Compound Thin Films」及びM.Ritala及びM.Leskela、「Atomic layer deposition」、in Handbook of Thin Films Materials,H.S.Nalwa編、vol.1,chapter 2,pp.103〜159,Academic Press,2002に記載されている。従来技術の適用では、ALD蒸着は一般に平坦表面上の溝で行われる。
【0026】
本発明では、ALD蒸着は、斜角の交点でのかみそり刃の側面にある刃先上、及び刃本体上に行われる。ALDは、後述するように、本発明に従ってかみそり刃などのかみそりシステムのコーティング構成要素の新規な適用例に使用されるとき、多くの利点をもたらす。
【0027】
ALDの1つの主な利点は、一般に基材の露出面を一度に単一の原子層で均一にコーティングできることであり、従来技術のPVDプロセスのような「視線」技術ではないため、ALDはその形状(単数又は複数)、構造、又は配置を問わずに表面をコーティングすることができる。したがって、ALDプロセスをかみそり刃のコーティングに使用すると、刃側面の斜面全体及び刃本体のあらゆる露出部を一度に1つの単分子層で均一にコーティングすることができる。一度に1つの単分子層を蒸着する又は生成するため、最適な密度を有するコーティング又は薄膜を達成できる。高密度の薄膜又はコーティングは、腐食しにくく良好な耐磨耗性を有するため、有利であることが一般に知られている。
【0028】
以下の用語は、本発明に従って下記のように定義され得る。
【0029】
本発明における用語「単分子層」は、1つの層、又は「原子」若しくは1つの層に形成された材料を意味する。互いの上に配置されたいくつかの単分子層は、「コーティング」又は「薄膜」を意味することができる。
【0030】
したがって、用語「薄膜」及び「コーティング」は、本発明では交換可能に使用でき、両用語は一般に蒸着された材料を意味する。
【0031】
用語「吸着層」は、ALDプロセスで第1前駆体を真空槽に導入し蒸着させた後に形成される層を意味する。吸着層は、気体、液体、又は溶質の蓄積により凝縮層として基材(例えば、かみそり刃のステンレス鋼材料)の表面上に集積される。
【0032】
「高密度」材料は、「最密充填」であるか又は気孔率が実質的にゼロであることを特徴とする材料である。「最密充填」とは、分子間に孔又は開口が実質的に形成されず、分子の柱状物が一般に形成されない(例えば、柱状でない)ように、(互いに隣接して互いの上に)密集して入れ子構造になった材料の分子又は元素の原子層の形成を意味する。例えば、図6では、コーティング62は「最密充填」又は「高密度」であるように図示されている。一般に、コーティングの「密度」は、気孔率に反比例するであろう(例えば、密度が高いほど気孔率が低くなる)。
【0033】
「均一」な材料とは、全体を通じて実質的に同じ一定の特性又は度合を有する材料である。例えば、均一な厚さを有する蒸着した材料は、蒸着領域全体を通じて実質的に同じ厚さの材料を意味することができる。
【0034】
「平滑」な表面は、一般に突起又は凹凸がなく粗くない表面を意味する。
【0035】
「薄い」コーティング又は材料は、約2nm〜約500nmの範囲にあり、望ましくは約5nmの厚さを有することができる。
【0036】
「均質」なコーティング又は材料は、2nm未満の厚さを有する。本発明のALDプロセスは、薄いコーティング及び均質なコーティングの両方で蒸着することができる。
【0037】
「共形」(例えば、「共形」コーティング)は、(例えば、真空槽内の)構成要素の形状、構造、又は角度若しくは配置にかかわらず全面が被覆されるように、構成要素の全面積を被覆することを意味する。特に、ALDプロセスの蒸着の性質上、共形コーティングがもたらされるため、本発明におけるALDプロセスは、望ましくは構成要素を回転又は遊星回転させないことが必要である。
【0038】
本発明における用語「かみそり刃」は、望ましくは刃本体と少なくとも1つの側面とを備えるステンレス鋼から構成される「基材」を意味する。望ましくは、かみそり刃は、刃エッジを形成する2つの側面と、刃本体とを備える。2つの側面は、先、若しくは先端、又は多くの場合に最先端と呼ばれる位置で交差する。各側面は、1つ、2つ、又はそれ以上の斜面を有することがある。刃本体は、一般に側面又は斜面の下に位置するかみそり刃の残りの領域である。図1のコールアウト部分に示されるように、刃12は、刃本体21と、先端23で交差してエッジ25を形成する2つの側面24のそれぞれに2つの斜面26を備える。「基材」は、本発明でALDプロセスの作用を受ける物質又は材料を意味する。本発明の基材は、その他の金属、プラスチック、紙、又は任意の他の物質からも構成され得ることが考えられる。本明細書における例証の実施形態は、かみそり刃の形成に一般に使用されるステンレス鋼基材に関する。
【0039】
「刃先端半径」(多くの場合に「最先端半径」と呼ばれる)は、2つの側面の交差位置に近いかみそり刃の最先端の円形領域で測定され、かみそり刃上で刃のコーティングの有無を測定可能な、半径測定値を意味する。刃先端半径の説明は、一般に当該技術分野において既知のように、本発明の譲渡人に譲渡された1991年9月17日発行の米国特許第5,048,191号「Razor Blade Technology」及び1991年10月15日発行の同第5,056,227号「Razor Blade Technology」に見られる。
【0040】
図1〜7は、本発明に従ってステンレス鋼のかみそり刃基材上に酸化ジルコニウム(すなわち、ZrO)コーティングを蒸着するための原子層蒸着(ALD)プロセスの説明例を示す。
【0041】
ここで図1を参照すると、真空槽11内に配置された複数個のかみそり刃12を有する真空槽システム10のブロック図が示されている。かみそり刃12は、刃本体21、刃先端23、及び刃エッジ24を一般に有する。任意の方法でかみそり刃12を槽内に配置することができる。図示されるように、かみそり刃は、多くの場合にかみそり刃スピンドルと呼ばれる配列で互いに隣接して配置される。ただし、スペーサ18を使用して(図1Aに示されるように)かみそり刃を互いの間に間隔をあけて配置してもよい。スペーサ18の使用により、刃12の刃本体21上へのコーティングの適用範囲が増加する。
【0042】
刃12は、エッジ及び先端が反対方向に向くか又は互いから異なる角度で向かい合うように配置されてもよい(図示なし)。本発明ではあらゆる実施可能な刃12の配向が考えられる。
【0043】
ALDプロセスの準備では、最初に真空ポンプ13を使用してバルブ14を通じて真空槽11を排気する(又はすべての化学物質若しくは気体を除去する)ことが望ましい。次にヒーター8a及び8bの電源を入れ、周囲温度又は室温(20〜25℃)〜約500℃、望ましくは約150℃〜約400℃に設定してもよい。本明細書に記載のALDプロセスを通して、真空槽11内の圧力条件は、約1.33Pa〜約399.9Pa(0.01トール〜約3.0トール)の範囲であってもよく、望ましくは約133.3Pa(1トール)であってもよい。
【0044】
ほぼこの時点で、図2に示されるように、投入バルブ15を通じて真空槽11に第1蒸着前駆体22を導入する。この実施例では、第1前駆体22は、蒸気形態の塩化ジルコニウム(ZrCl)である。図2は、先端23及び側面24を有する2つの刃先端領域の拡大図を示す図1の刃先端の断面12aと、槽11内に浮遊するZrCl気体分子22とを示す。
【0045】
その後、第1蒸着前駆体22、すなわちZrCl蒸気は、槽11内で図3に示されるように刃側面24に材料の吸着層32を形成する。層32は、槽11内で蒸気22から刃側面24の表面に集積した凝縮層であるため、吸着されると考えられる。
【0046】
図2及び3の拡大図には刃側面24及び刃先端23のみが示されているが、真空条件内にある刃本体21及び側面24を含む刃12の任意の露出面は、本発明のプロセスで全体的にかつ共形的にコーティングされるであろうことに留意すべきである。このことは、例えば、刃側面24がコーティングにより共形的に被覆されている図6と、刃本体121及び刃側面124が共形的にコーティングされている図10とに示される。
【0047】
温度及び気圧に関して上述したように達成される第1真空条件は、吸着層32を形成させるのに有効である。吸着層32は厚さが約0.1nm〜約0.3nmの範囲であってもよく、図3に示されるように、吸着層32は望ましくは全体を通じてかなり均一な厚さを有することができる。
【0048】
次に、投入バルブ16を通じて不活性ガス(望ましくはアルゴン又は窒素ガス)を導入することにより槽11内に残っている第1蒸着前駆体22、又はZrCl蒸気を真空槽11から除去し、それにより第2蒸着前駆体を槽内に導入して後述するような材料の別の単分子層を形成するのに有効な第2真空条件を提供する。
【0049】
材料の吸着層32で前もってコーティングされた刃側面24の拡大図として図4に示されるように、本発明に従って、次に投入バルブ17を通じて槽内に第2蒸着前駆体42を導入する。この実施形態では、第2蒸着前駆体42は、望ましくは「水蒸気」と呼ばれることもある、気体として存在する「水」である(例えば、HOガス)。図4は、槽11内に導入された直後の、槽11内で浮遊する元素により表される、第2蒸着前駆体42を示す。前述のように、刃本体21を含む刃12の全体は図示されていないが、槽の条件に従う。
【0050】
次に、槽11内の第2蒸着前駆体42、又はHOガスは、ZrCl層32と反応し、図5に示されるように材料の第1単分子層52(この実施例では、酸化ジルコニウム、すなわちZrO)を生成する。ZrO材料の第1単分子層52は、望ましくはZrCl材料の吸着層32のような吸着層ではないであろう。第1単分子層52は、厚さが約0.1nm〜約0.3nmの範囲であってもよい。図5に示されるように、第1単分子層52は、実質的に均一な厚さを有することができる。
【0051】
事実上、吸着層32は、第1ALDプロセスサイクルの間、ZrO材料の第1単分子層52の形成に寄与する。ALDプロセスを使用すると、一度に1つの単分子層(例えば、ZrO)のみが生成されるため、必要な回数だけ上記のプロセスを繰り返すことにより、所望のコーティング又は薄膜の厚さを得ることができる。このように、所望のコーティング又は厚さを得るまで、第2単分子層52’を一般に第1単分子層52の上に形成し、第3単分子層52’’を第2単分子層52’の上に形成するなど、(例えば、単分子層の入れ子構造の層形成を生じるように)続行する。したがって、図6に示されるように、任意数の更なる材料の単分子層を第1単分子層52の上面に蒸着し、望ましい最終コーティング又は薄膜62を形成できることが理解されるであろう。
【0052】
このような各ALDプロセス又はサイクルを繰り返す前に、残ったガスを(排出バルブ14を通じて排出真空ポンプ13により)槽11から除去することが望ましくい。
【0053】
図を簡単にするために、図6に、図1〜5に関して上述したプロセスを約3回繰り返した、コーティング62を生成する刃側面24上に蒸着させたほぼ3つの単分子層52を示す。したがって、図6のコーティング62の厚さは、それぞれ個々の単分子層52、52’、及び52’’の厚さの約3倍未満であると見積もられ得る。コーティング62の厚さは、それぞれ個々の単分子層52、52’、及び52’’の厚さのほぼ合計に近くなり得るが、個々に層形成した単分子層の最密充填特性のために、コーティング62の厚さは、それぞれ個々の単分子層52、52’、及び52’’の厚さのほぼ線形倍数(linear multiple)未満であり得ることは理解されるであろう。
【0054】
ALDを繰り返す回数又はサイクル数は、蒸着される材料の性質(例えば、原子の大きさ)及び所望の最終コーティングの厚さに一般に依存することができる。所望の最終コーティングの厚さは、望ましくは約5nm〜約500nmの範囲であってもよい。より厚いコーティング(例えば、最大約2000nm)が望ましい場合は、ALDサイクルをより多く繰り返す。より薄い均質なコーティング(例えば、2nm未満)が望ましい場合は、ALDサイクルをより少なく繰り返す。したがって、ALDプロセスを必然的に3回を超えて繰り返し、使用する材料の性質及び種類に望ましい厚さを得る。例えば、本発明では、ALDプロセスを約50〜約5000回程度繰り返してもよく、したがって最終コーティングを形成する約50〜約5000の蒸着された個々の単分子層が存在してもよい。例えば、図6に示される最終コーティング62は、(厚さ及びその他の品質の点で)所望の最終コーティングであってもよく、説明目的で約100nmの厚さを得るために約1000回のALDプロセス又はサイクルを繰り返して形成されたと仮定されることは容易に推測できる。
【0055】
したがって、図6の最終コーティングは、望ましくはかみそり刃などの構成要素の全表面を完全に被覆できるガス状化学物質を使用するALDプロセスにより形成された共形コーティングである。更に、図6に示されるような最終コーティングは、望ましくは気孔率が実質的にゼロであり、薄膜の柱状成長を実質的に有さない(例えば、高密度を有する)であろう。また、最終コーティング62は、一般に蒸着領域全体で同じ特性及び厚さを有し、更にALDプロセスの完了後に平滑かつ平坦な表面モルホロジーを有するであろうという点で、均一であることが望ましい。これらのコーティングの品質は、上述した従来技術のプロセスのコーティング品質から大いに改善している。
【0056】
更に、ALDプロセスの完了後、コーティング62の厚さは刃の全領域を通じて均一であることが望ましいが、一部の例では、コーティング62の(図7に示される)刃先端半径63は約80nm〜約300nmの範囲に入る可能性がある。そしてまた、これらのALDコーティングされた刃は、潜在的に比較的高いウールフェルト切断抵抗(例えば、8.9〜13.3N(2〜3ポンド))を有することがあり、したがって「背景技術」の項で記載したように、高いウールフェルト切断抵抗を有する場合に刃エッジは剃毛能力が低いことがあるため、望ましくない。毛髪を望ましく剃毛できる刃エッジは、約7.1N(1.6ポンド)未満のウールフェルト切断抵抗(例えば、L5)を有する必要がある。
【0057】
必要に応じてウールフェルト切断抵抗を低下させるために、ALDプロセス完了後又はALDプロセス中の合間のいずれかに、及び/又はALDプロセス完了後に、本発明の別の態様に従ってコーティングのエッチング又は望ましくは方向性エッチング(directional etching)を施すことができる。本発明におけるエッチングは、蒸着したコーティングの特定領域を選択的に除去して効果的により薄くする能力を意味する。
【0058】
従来技術でのALD蒸着は、薄膜の成長を妨げ、競合する反応経路が存在しないため、薄膜又は基材のエッチングを伴わないことに留意すべきである。本発明では、ALD蒸着層のエッチングは、特に薄膜の成長を最小限に抑える(例えば、刃エッジ領域にコーティングを形成し、刃先端半径を改善する)ため、多くの場合に望ましい。
【0059】
方向性エッチングは、エッチングが発生する方向又は角度がエッチングプロセス中に制御され得ることを意味する。ウールフェルト切断抵抗を低下させるため、エッチングプロセスを刃エッジ領域又は刃先端領域又は刃側面でのコーティング上に実施するよう調整できるが、本発明は、図11に関して後述するように、刃本体上のコーティングのエッチングも同様に想定する。
【0060】
方向性エッチングは、望ましくは刃を槽11内で再配置ないしは別の方法で移動する必要がない「その場」で実施されるイオンエッチングプロセスにより発生し得る。本発明のイオンエッチングは、望ましくはVeeco 3cm gridded DC(CSC)Ion Sourceなどの機器と共にアルゴンガス中で約1.33Pa(10ミリトール)の真空条件を有する約1.5kW出力の高周波供給装置を使用して実施できる。
【0061】
図7に示されるように、本発明の一態様では、図1〜6のALDプロセスに続いてイオンエッチングプロセス工程71を実施でき、ALDプロセス後上部76a(例えば、刃先端領域)でコーティング74をエッチングした後、刃先端半径63を減らして改善された刃先端半径72を提供するように刃先端23領域周辺のコーティング62を成形することができる。図7に示されるように、エッチングの完了後、刃先端77の両側に2つの斜面75a及び75bが形成される。これらの斜面75a及び75bは、図7に示されるように刃側面の長さ78を有する刃側面部分76の上部76aの範囲に入る。刃側面の長さ78は、図7に示されるような刃12の最先端77から約100nm、すなわち0.1マイクロメートル(例えば、T.1)以上の範囲であってもよい。刃の刃側面部分全体24(部分的に示されている)は、典型的に図7に示される長さ78を越えて延びており、約150マイクロメートル〜約350マイクロメートルの範囲であってもよい。したがって、この実施例ではエッチングが行われる領域は刃先端77付近であるが、望ましくはかみそり刃の刃側面部分24全体に1つ以上の更なる斜面が存在してもよく、したがって図示されていない一部の斜面は長さ78を越えて(例えば、最先端77から100nmを超えて)配置されてもよく、望ましい場合には同様にエッチングされてもよい。
【0062】
エッチング又は異方性エッチングは、その性質上角度依存性であり、したがって、エッチングは一般に角度が異なれば異なる速度で行われることに留意されたい。典型的には、エッチングの速度は、先端で速く、側面で遅くなり、それにより最適な鋭角を成形するのに役立つことができる。エッチングは、典型的に小さな角度では遅く、大きな角度では速く起こり得る。
【0063】
図6に関して上述したように、刃先端半径63は、約80nm〜約300nmの範囲に入っていてもよい。図7の刃先端半径72(エッチングプロセス工程71及びALDプロセスの両方の完了後)は、約15nm〜約40nmの範囲であってもよく、望ましくは約20nmである。したがって、刃先端半径63からエッチング後の刃先端半径72への減少量は、少なくとも約10%であってよい。こうして、エッチングプロセスの完了後、エッチングされたコーティング74のウールフェルト切断抵抗も、望ましくは剃毛可能な刃エッジの最適範囲内の約4.4N〜約6.7N(1.0ポンド〜約1.5ポンド)に低下させることができる。エッチングプロセスは一般的には作製されたALDコーティングの均一性及び緻密性に影響を与えないことに留意すべきである。
【0064】
上述したように、本発明のエッチングプロセスは、刃先端コーティングを形成して望ましい刃先端半径を得るように、ALDプロセスに続いて及び/又は望ましい場合にはALDプロセス中の1つ以上の合間に行うことができる。エッチングをALDプロセスの1つ以上の合間に実施する場合、一般にALDプロセスを中断してエッチングを実施する。このことは、上述したような蒸着と同時にエッチングが可能な多くの従来技術の蒸着プロセスとは著しく異なる。
【0065】
同様の改善をもたらす、本発明で更に考えられるその他のエッチング方法には、光による(例えば、レーザー)エッチング、高周波エッチング、プラズマエッチング、化学エッチング、又はこれらの任意の組み合わせが挙げられるが、これらに限定されない。
【0066】
図1〜6に関して上述したように本発明でALDプロセスを使用して刃に最終コーティング62を蒸着するための合計所要時間は、約1分〜約10時間、望ましくは約6〜15分の範囲であってもよい。本発明で刃に追加のその場イオンエッチングプロセスを実施するための所要時間は(ALDで最終コーティングを蒸着した後に実施する場合)、約2分〜約60分、望ましくは約20〜30分の範囲であってもよい。
【0067】
本発明の上記の実施形態とは別の説明例では、第1蒸着前駆体は塩化ハフニウムであってもよく、刃側面上にHfClの吸着層を形成し、第2蒸着前駆体は水蒸気であってもよく、酸化ハフニウム、すなわちHfOの1つの単分子層コーティングを生成する。上記のように、HfClの吸着層を蒸着して第1酸化ハフニウム(すなわちHfO)の単分子層コーティングを形成するプロセスは、必要な回数だけ繰り返して望ましい薄膜厚を有する多重のHfO単分子層を作製することができる。一般に、上記のように、このような各サイクルを繰り返す前に、望ましくは残ったガスを(バルブ14を通じて真空ポンプ13により)槽11から除去する。したがって、図6に関して上述したように、多数の更なるHfO材料の単分子層を最初のHfO単分子層の上に蒸着し、望ましい特性(例えば、厚さ、密度、均一性)を有する最終コーティングを形成することができる。同様に、図7に関して上述したように、必要に応じて刃先端半径を減らすために、HfOの最終コーティングの生成中又は生成後にその場イオンエッチングプロセスを実施してもよい。
【0068】
図8は、酸化ハフニウムコーティングのALD蒸着後にエッチングを行った及び行っていない刃先端を撮影した実物の走査型電子顕微鏡(SEM)写真の比較を示す。示されるように、SEM写真82は、ALDプロセス使用後にエッチングを行っていない、コーティングされた(エッチングされていない)刃先端83を示す。SEM写真84及び86は、本発明に従ってその場イオンエッチングを実施することでエッチングされたコーティングを有する改善された刃先端85を生成した、写真82のALDコーティングされた刃先端83を示す。SEM写真86は、エッチング後の刃先端85を有する写真84の断面を示す。エッチングされていないALDコーティングの刃先端83に対する、ALDプロセス後にエッチングされた刃先端85の刃先端半径及び均一性並びにその他の特性における改善は、写真を比較すると肉眼で見ることができる。刃先端83の刃先端半径83aは、約80nm〜約300nmの範囲に入ることができる。刃先端85の刃先端半径85aは(ALD及びエッチングプロセスの両方の完了後)、約15nm〜約40nmの範囲であってもよく、望ましくは約20nmである。その結果、刃先端83の刃先端半径83aからエッチング後の刃先端85の刃先端半径85aへの減少は、少なくとも約10%、望ましくは少なくとも約50%であってもよい。エッチングプロセスの完了後、刃先端83に対するエッチングされたコーティング刃先端85のウールフェルト切断抵抗は、望ましくは(剃毛可能な刃の最適範囲内の)約4.4N〜約6.7N(1.0ポンド〜約1.5ポンド)に低下させることができる。
【0069】
従来技術のプロセスと比較して、かみそり刃基材にALDプロセス又はエッチングを伴うALDプロセス(ALD/エッチング)を適用すると、多くの利点があることが分かる。1つの主要な利点は、ALD又はALD/エッチングプロセスでは、どの時点でも、真空槽内でかみそり刃を回転又は遊星回転させる必要がないことである。ALD又はALD/エッチングプロセスは、従来技術のプロセスのように刃側面の一部のみでなく、刃本体21及び刃側面24の全露出面を含む、刃基材の全領域を被覆する共形コーティングを生成する。したがって、ALD又はALD/エッチングプロセスは、PVDなどの従来技術のプロセスの場合のように物理的な標的に到達する能力ではなくガス状の化学物質によって左右される一群のコーティング全体を作製することができる。このように、ALDは、従来のPVDプロセスより低コストなプロセスである可能性がある。
【0070】
別の利点は、一度に1つの単分子層を蒸着する必要がある原子層形成プロセスを使用してコーティングを適用するため、また前の原子層に以降の各原子層を入れ子構造にするか又は最密充填にするため、の両方により、得られるコーティングは高密度であり、実質的に気孔率がゼロであるコーティングが得られる。コーティングが高密度になるほど、従来技術のコーティングなどの低密度なコーティングに比べて経時的な耐久性がよくなることが一般に知られている。ALDで作製したコーティングは、一般に従来技術のコーティングより高密度である。恐らくは、ALDで作製したコーティングは、従来技術のコーティングより少なくとも約5%高密度であり、望ましくは約10%を超えてより高密度であることができる。
【0071】
最新技術において刃は常に薄型化の方向に発展するため、この薄型化が強まるにもかかわらず強いエッジ領域を確保する要望が実現される。ALDプロセスは、かみそり刃に共形特性を有する薄膜又はコーティングを提供し、それにより刃の表面全体(刃側面及び刃本体)を均一かつ高密度にコーティングすることができる。この向上した均一性及び緻密性は、特に刃側面領域においてより高強度のより硬質なコーティングをもたらし、その結果、改善された高強度で硬質な刃エッジ領域(又は本体)をもたらすのに役立つ。
【0072】
実際において、ALDプロセスは、従来技術と比べて刃又は刃エッジ(又は側面)に強度をもたらす手段を提供することができる。実施例とは別に言えば、「薄い」200nm厚の(例えば、上記のPVD技術で作製した)従来技術のコーティングを比較すると、ALDで作製した「薄い」200nm厚のコーティングと同じように強く又は硬い可能性はないので、一方、従来技術のコーティングと同じ厚さにALDで作製したコーティングでは、ALDで作製したコーティングは従来技術のコーティングより高密度でかつより均一であると考えるのは妥当である。
【0073】
したがって、恐らくは、ALDで作製したより薄いコーティング(例えば、100nm)は、より厚い従来技術のコーティング(例えば、200nm)と同じ強度及び硬度の品質をもたらすことができる。このことは、蒸着時間及びコストを減らして製造時の効率を上げるために、コーティングにALD蒸着プロセスを使用することが望ましいこと示す。
【0074】
したがって、当然の結果として、ALDプロセスの最大の利点は、おそらくは、より薄いALDコーティングを刃又は刃側面に蒸着して従来技術のプロセス(PVDなど)を使用して蒸着したより厚いコーティングと同程度の強度及び硬度を得ることができることであろう。
【0075】
図9に示されるフローチャートに本発明の基本的なプロセスを示す。工程91では、真空槽をパージ及び排気して第1真空条件をもたらし、次に工程92で第1蒸着前駆体を導入し、それにより工程93で吸着層を形成する。工程94では、真空槽をパージしかつ再度排気して第2真空条件を準備し、次に工程95で第2蒸着前駆体を導入し、それにより工程96で第1単分子層を形成する。工程97では、所望の単分子層の厚さが達成されていない場合は、プロセス工程91〜96を繰り返し、所望の単分子層の厚さを達成した場合は、工程98でエッチングプロセス(例えば、その場イオンエッチング)を実施し、必要に応じて刃先端周囲のコーティングを改善する。工程98aは、中間体又は中間層のエッチングが望ましい場合に、サイクルを繰り返す間にエッチングプロセスを実施することもできることを示す。工程99では、エッチングの有無にかかわらず最終コーティングが達成される。
【0076】
本発明の別の態様では、第1蒸着前駆体としての使用に任意の種類の材料を導入してもよく、また第2蒸着前駆体としての使用に任意の種類の材料を導入してもよいと考えられる。
【0077】
例えば、上記に詳述した前駆体の実施例の他に使用可能なその他の化合物は、塩化チタン又は塩化アルミニウムなどである。本発明で第1蒸着前駆体の化合物を選択する際に一般に望ましい特性は、前駆体が一般に高い誘電率及び熱安定性を有し、自己分解又はフイルム若しくは基材への溶出がないことである。
【0078】
第2蒸着前駆体に関しては、酸素を含むと考えられる最終コーティング62は、必然的に酸素源を必要とするであろう。したがって、上述したような水蒸気などの酸素源を有する任意の化合物が好適であり得る。ただし、酸素源として水蒸気を使用する潜在的な欠点は、槽から水蒸気を十分に除去するのに要するパージ時間が長くなり得ることであり、長いパージ時間は一般に低処理量(例えば、単位時間あたりのコーティングされる刃数)と、その結果として高コストとをもたらす可能性がある。第2蒸着前駆体として水蒸気を使用する代わりに、任意のその他の化合物を酸素源に使用してもよい。本発明で考えられるその他の酸素源化合物の1つは、オゾン(O)である。
【0079】
異なる材料のコーティングを互いの上に層状に重ねる場合、本発明では、最終コーティング又はことによると異なる種類の単分子層の混合層を使用して超格子コーティング又は多層コーティングを形成することが考えられる。異なる種類のコーティング材料の数及び層の数は、望みどおりに選択でき、これらの超格子コーティングは、有用な硬度及び密度を有するコーティングを提供することができる。
【0080】
本発明の更に別の態様では、かみそり刃基材は、クロム(Cr)、ダイヤモンド状カーボン(DLC)、非晶質ダイヤモンド、クロム/プラチナ(Cr/Pt)、チタン(Ti)、窒化チタン(Ti/N)、若しくはニオブ(Nd)、又はこれらの任意の組み合わせからなる上層コーティングを有する又は有さない、鋼鉄から構成される刃を含むことができるが、これらに限定されない。
【0081】
更に、かみそり刃基材は、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、パラジウム(Pd)、ハフニウム(Hf)、タンタル(Ta)、クロム(Cr)、タングステン(W)、ダイヤモンド状カーボン(DLC)、又はこれらの任意の組み合わせなどの、任意の種類であり得る中間層から構成されてもよいが、これらに限定されない。
【0082】
本発明の更に別の態様では、ALDプロセスの開始前に基材を改質してもよい。例えば、かみそり刃基材を改質して基材に化合物がよりよく付着するようにすることができる。前駆体及びその結果として最終コーティングの付着を向上させるために、基材(例えば、刃本体及び/又は側面)を最初にUVオゾン、高周波プラズマ又は直流プラズマ環境で約5〜約15分間洗浄してもよい。
【0083】
従来技術のPVDプロセスとは異なり、本発明のALDプロセスは、上述したように当初から(例えば、刃側面のみでなく)刃本体全体に適用されるため、ALDプロセスをかみそり刃側面及びかみそり刃本体の両方に更に適用することができる。
【0084】
例えば、望ましくは刃側面又は刃本体上に広範囲の色、文字、図形、又はその他の証印若しくは特徴又はこれらの任意の組み合わせを提供することができる。
【0085】
例証の一実施形態である、図10に示されるようなかみそり刃100では、側面124、先端123、エッジ125、及び本体121を有するかみそり刃112の第1又は下層コーティング114は、ALDプロセスを使用して形成され、特定の特性又は色(例えば、青)を有していてもよく、第2又は上層コーティング116は、下層コーティング114の上面に形成され、別の特性又は色(例えば、緑)を有していてもよく、その結果、使用とともに上層コーティング116の茶/金色が次第に消えて下層コーティング114の青色が現れる。本明細書に記載のHfO2の最終コーティングは青色を与えることができ、TiO2のコーティングは茶/金色〜赤色を与えることができることに留意すべきである。したがって、場合によっては、色が(例えば、交通信号灯のように)緑から赤に変わると、刃がもはや安全に使用できないことをユーザーに知らせることができる。多くのチタン材料は色を与えることができる。ただし、本発明では、様々な特性若しくは色又は多数のコーティングを提供できる任意の種類の材料が考えられ、かみそり刃のカラーコーティングに使用される材料の更なる説明は、本発明の譲渡人に譲渡された2004年6月3日出願の米国特許出願公開第2005/0268470A1号「Colored Razor Blades」に見ることができる。
【0086】
更に、本発明は、図11のかみそり刃110の実施形態をも想定し、かみそり刃110は、ALDプロセスにより適用された、第1色(例えば、緑)を有する第1コーティング114及び第2色(例えば、ピンク)を有する第2又は上層コーティング116を有する刃側面124を含み、第2コーティング116は、第1コーティング114の色がエッチアウトした領域で現れるように、図11に示されるような特定領域でALDプロセスに続いてエッチングできる。図11において、エッチアウトした領域が刃側面124上に商品名であるVenus(登録商標)という単語を綴った文字が例示されている第1コーティング114を示す。本発明では、多数の位置の変更又は異なる態様又は特性が考えられる。
【0087】
また、図11にはALDプロセスを使用して刃本体121にも上記のようなコーティング114及び116を提供し、次いでエッチアウトした領域が刃側面124上に商品名であるVenus(登録商標)という単語を綴った文字が再度例示されている第1コーティング114を示すという概念が示されている。
【0088】
本発明では、ALDプロセス中又はプロセス後のいずれにも、任意の色、文字、図形、特徴、若しくはその他認証又はこれらの任意の組み合わせを蒸着する又はエッチングすることができる。
【0089】
更に、エッチングの代わりに、図形、デザイン、又は文字を基材上に配置するために、(例えば、鋼鉄又はガラス製のリソグラフ的にエッチングされたマスクを使用して)鋼鉄製マスク又はテンプレートと共に本明細書に記載のALDプロセスを使用することもできる。この配置には、図形、デザイン、又は文字を基材上に塗装又は印刷(例えば、レーザー印刷又はインクジェット印刷)することも含み得る。図12に示されるように、刃の選択領域126上にそれぞれ設置した開口部127aを有する鋼鉄製マスク又はステンシル127を使用して、ALDプロセス中又はプロセス後に、かみそり刃の本体及びエッジ上の選択領域126を実現することができる。開口部127aは、図12に示されるように、選択領域126に商品名であるVenus(登録商標)という単語を綴った文字、又は花、若しくはその他のデザインを提供することができる。
【0090】
特定のマスク又はステンシルに依存して、選択領域126は、所望の結果に応じてALDコーティングを蒸着する位置、又は別の方法としてはALDコーティングを蒸着しない位置を示すであろう。
【0091】
このように、ALD蒸着領域は選択可能であり、本発明では多数の位置の変更及び異なる態様又は特性が想定し得る。
【0092】
更に、本発明は、ALDプロセスをかみそり刃のコーティングに使用することに限定されない。例えば、本明細書に記載のALDプロセスを使用して、かみそりカートリッジクリップ、刃の支持体、屈曲刃、又は任意のかみそりハンドルの部品(例えば、金属部品)、又はこれらの任意の部分などを含むがそれらに限定されない、任意のかみそり構成要素上に材料を設置することができる。したがって、任意の前記金属製かみそりの構成要素を、本発明に記載したようにコーティング及びエッチングすることができる。
【0093】
更に、本発明は、家庭、健康/医療、美容、女性用品、幼児、パーソナル、ファブリック、ペット、及び食品などを含むがこれらに限定されない応用分野において、紙、木材、セラミックス、プラスチック、ガラス、布地などを含むがこれらに限定されない非金属表面又は基材等の任意の種類の基材又は材料をコーティングするために、本明細書に記載のALDプロセスを使用することを想定する。
【0094】
上述したようにALDプロセスを使用して金属上に蒸着される無機材料に加えて、本発明は、本明細書に記載の一般的なALDプロセスを使用して任意のポリマー又はエラストマーを任意の有機材料又は有機金属材料(例えば、炭素に結合した金属又は半金属を含む有機化合物)でコーティングできることを想定する。
【0095】
一例として、かみそりカートリッジ、カートリッジ接続構造、ハウジング及び/又はエラストマー又は任意の潤滑体などの、その他のかみそり構成要素上にALDプロセスを適用することが挙げられる。
【0096】
例えば、本発明は、ALD蒸着を使用してエラストマー製のかみそりハンドル又は歯ブラシ上に抗真菌及び抗細菌の両特性を示し得る銀又はイソチアゾリノンなどの有機金属又は抗菌コーティング若しくは剤を設置でき、またエッチングを使用してコーティングの外表面内又は外表面上に隆起部若しくは文字又はその他の態様を形成できることを想定する。均質コーティング(例えば、典型的に厚さが2nm未満)が望ましい場合、抗菌コーティングの実現に要するALDサイクルの合計数はより少なくてもよいことが考えられる。
【0097】
したがって、本発明の新規な態様がALD蒸着技術及び/又はエッチングプロセスを使用してコーティング可能な任意の基材に等しく適用されることは当然である。これらのALD蒸着の厚さは、所望の設計選択及び選択した蒸着材料に応じて約0.1nm〜約2000nmの広範囲に及ぶことがある。材料の単分子層が望ましい場合、厚さは約0.5nmであってもよく、又は材料の薄層が望ましい場合、このような層の蒸着コーティングの厚さは約5nmであってもよい。
【0098】
更に、かみそり刃に関して、ALDプロセス及びエッチングプロセスに続いて、刃側面はおそらくポリテトラフルオロエチレン、すなわちPTFE(すなわち、Teflon(登録商標)の形態)(多くの場合にテロマーと呼ばれる)などの高分子材料でコーティングされることがあるため、本発明は、既知の従来技術の蒸着プロセスを使用するALDプロセス及び/又はエッチングプロセスの間に高分子材料のコーティングが起こることをも想定する。
【0099】
更に、本発明のALDプロセス及び/又はエッチングプロセスは、従来技術の薄膜又はコーティングの蒸着前、蒸着中、又は蒸着後に使用されてもよい。例えば、ALDプロセス及び/又はエッチングプロセスを使用して、従来技術のコーティング又はこれらの任意の組み合わせと共に、1つ以上の中間層、下層、又は上層を提供することができる。そしてまた、従来技術のPVDプロセスを使用して既にコーティングされているかみそり刃は、続いて本発明のALDプロセス及び/又はエッチングを伴うALDプロセスを使用して上層を蒸着し、表面平滑性又は緻密性を向上させることができる。
【0100】
本明細書に開示されている寸法及び値は、列挙した正確な数値に厳しく制限されるものとして理解すべきではない。それよりむしろ、特に規定がない限り、こうした各寸法は、列挙された値とその値周辺の機能的に同等の範囲との両方を意味することが意図される。例えば、「40mm」として開示された寸法は、「約40mm」を意味することを意図する。
【0101】
「発明を実施するための形態」で引用したすべての文献は、関連部分において本明細書に参考として組み込まれるが、いずれの文献の引用も、それが本発明に関して先行技術であることを容認するものとして解釈されるべきではない。この文書における用語のいずれかの意味又は定義が、参考として組み込まれる文献における用語のいずれかの意味又は定義と対立する範囲については、本文書におけるその用語に与えられた意味又は定義を適用するものとする。
【0102】
本発明の特定の実施形態が例示され、記載されてきたが、本発明の趣旨及び範囲から逸脱することなく、他の様々な変更及び修正を実施できることが、当業者には明白であろう。したがって、本発明の範囲内にあるそのようなすべての変更及び修正を、添付の「特許請求の範囲」で扱うものとする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原子層蒸着(ALD)プロセスを使用して、真空槽内に配置された少なくとも1つのかみそり刃上に少なくとも1つの材料からなる少なくとも1つのコーティングを蒸着する工程であって、前記少なくとも1つのコーティングが前記少なくとも1つのかみそり刃の少なくとも1つの刃側面の表面全体及び刃本体の表面の少なくとも一部を被覆する、蒸着する工程と、
前記少なくとも1つのコーティングをエッチングする工程と、
を特徴とする、かみそり刃のコーティング方法。
【請求項2】
前記コーティングの前記エッチング工程が、前記少なくとも1つの刃側面又は前記刃本体又は前記刃側面と前記刃本体との両方で行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記エッチング工程が、前記コーティングを除去して約15nm〜約40nmの範囲の刃先端半径をもたらす、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記エッチング工程が、前記ALDプロセス中、前記ALDプロセス後、又は前記ALDプロセス中とプロセス後との両方で行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記エッチング工程が、方向性エッチング、その場イオンエッチング、化学エッチング、高周波エッチング、プラズマエッチング、光によるエッチング、又はこれらの任意の組み合わせを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記コーティングが、共形であり、実質的に均一な厚さ、平滑表面形態、及び実質的にゼロの気孔率を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記コーティングが、約0.1nm〜約500nmの範囲の厚さを有する、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記ALDプロセスが、
a.前記少なくとも1つのかみそり刃上に第1材料の第1単分子層を蒸着する工程と、
b.前記少なくとも1つのかみそり刃上に第2材料の第2単分子層を蒸着する工程と、
c.前記少なくとも1つのコーティングの最適な厚さが得られるまで工程(a)及び(b)を繰り返す工程と、を更に特徴とし、
工程(a)又は工程(b)が、
d.前記真空槽を排気する工程と、
e.前記槽内に第1蒸着前駆体を導入して前記少なくとも1つのかみそり刃上に吸着層を形成する工程と、
f.前記真空槽をパージする工程と、
g.前記槽内に第2蒸着前駆体を導入して前記少なくとも1つのかみそり刃上に前記材料の単分子層を生成する工程と、を更に含む、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記第1材料と前記第2材料とが同じである、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記第1蒸着前駆体が、塩化ジルコニウム、塩化ハフニウム、塩化アルミニウム、若しくは塩化チタン、又はこれらの任意の組み合わせを含み、前記第2蒸着前駆体が、水蒸気を含み、前記かみそり刃が、鋼鉄、クロム(Cr)、ダイヤモンド状カーボン(DLC)、非晶質ダイヤモンド、クロム/プラチナ(Cr/Pt)、チタン、窒化チタン、若しくはニオブ、又はこれらの任意の組み合わせを含む、請求項10に記載の方法。
【請求項11】
請求項1に記載の方法を使用して形成される、カミソリ刃。
【請求項12】
第1材料の第1コーティング及び第2材料の第2コーティングであって、前記第1コーティング及び第2コーティングの少なくとも1つがALDプロセスを使用して蒸着され、前記第2コーティングが前記第1コーティングの上面に蒸着されることを特徴とする、かみそり刃。
【請求項13】
前記第2コーティングが、前記第1コーティングを部分的に被覆する、請求項12に記載のかみそり刃。
【請求項14】
前記第2コーティングの少なくとも一部がエッチングにより除去される、請求項12に記載のかみそり刃。
【請求項15】
前記第1材料が第1の特性を有し、前記第2材料が第2の特性を有する、請求項12に記載のかみそり刃。

【図1】
image rotate

【図1A】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate


【公表番号】特表2012−533344(P2012−533344A)
【公表日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−520674(P2012−520674)
【出願日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際出願番号】PCT/US2010/041304
【国際公開番号】WO2011/008617
【国際公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【出願人】(593093249)ザ ジレット カンパニー (349)