説明

ころ軸受用保持器

【課題】ころ軸受用分割型保持器の分割に起因する、ころ数、ころ長さの減少、およびころ数、ころ長さの減少に伴う軸受負荷容量の低下の防止を図ることができるころ軸受用保持器を提供する。
【解決手段】ころ軸受1を構成するころ2の両端部に対峙する2個の円環状の耳部11と、前記両耳部11を軸方向に連結する複数の柱部12を有し、対峙する前記両耳部11と柱部12で、ころを転動可能に保持する複数のポケットを区画形成するころ軸受用保持器10であって、少なくとも1個のポケットを形成する一組の耳部11に、断面S字形状に折り曲げることにより、1つのポケット13aを形成する折り曲げ部11aを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、針状ころ軸受等のころ軸受に使用されるころ軸受用保持器に係り、より詳しくは、自動車のトランスミッション、その他に使用されるころ軸受用保持器に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車用トランスミッションの入力軸や中間軸としては、装置の構造上の制約から、ころ軸受組込み部の両側に段部が形成されていることがある。ころ軸受を上記軸に組込むには上記軸の段部を乗り越えるため、前記ころを保持する保持器を拡径し、ころの内接円径を広げる必要がある。従来拡径可能な保持器としては、円周上1箇所または2箇所に切割りを入れた分割型ころ軸受が使用されている。
【0003】
保持器の分割位置をポケット部とした場合には、分割位置のポケットに、ころを組込むことができず、ころの個数が減少してしまい、軸受負荷容量の低下を招くという問題があった。そこで、分割された保持器の分割部をポケット両側の耳部として、組付け後分割部の耳部を結合して一体化する分割型転がり軸受用保持器が提案されている。(特許文献1参照)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10−281165号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、前記提案の分割された耳部を組付け後結合する形式の保持器では、構造上、分割部両側の耳部の幅を広げる必要があり、そのため保持器に組み込まれるころの長さが減少し、軸受負荷容量の低下を招くという問題がある。またこの形式の保持器は分割部のポケットにあらかじめころを装着することができず、軸への組込みが煩雑になる。
【0006】
本発明は、ころ軸受用分割型保持器の分割に起因する、ころ数、ころ長さの減少、およびころ数、ころ長さの減少に伴う軸受負荷容量の低下を防止できる、ころ軸受用保持器を提供することを目的としている。
【0007】
また、本発明は、ころ軸受用分割型保持器の分割に起因する、軸受に組み込まれるころのころ数、ころ長さの減少防止、およびころ数、ころ長さの減少に伴う軸受負荷容量の低下を防止でき、さらに組込み前に、保持器にころを装着することによる段付き軸への軸受の組込みが容易なころ軸受用保持器を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するため、請求項1に係る発明の構成上の特徴は、ころ軸受を構成するころの両端部に対峙する2個の円環状の耳部と、前記両耳部を軸方向に連結する複数の柱部を有し、対峙する前記両耳部と柱部で、ころを転動可能に保持する複数のポケットを区画形成するころ軸受用保持器であって、少なくとも1個のポケットを形成する1組の耳部に、断面S字形状に折り曲げることにより、1つのポケットを形成する折り曲げ部を有することである。
【0009】
本発明の保持器によると、軸へ組込む前は前記折り曲げ部は略円弧形状であり、組込み後折り曲げ部を折り曲げた状態にくらべ、直径が大きく、組込まれる軸の段部を容易に乗り越えることができる。また、本発明の保持器によると、前記耳部は円周上連続した構造であり、切割り部を再結合するための結合手段を必要としない。このため耳部の幅を広げる必要が無く、通常のころを組込むことができ、負荷容量が低下することはない。
【0010】
上記の課題を解決するため、請求項2に係る発明の構成上の特徴は、前記ころ軸受用保持器は樹脂材料により形成されることである。
【0011】
本発明によれば、樹脂材料は金属材料にくらべ変形抵抗が小さいため、容易に折り曲げることができ、保持器を軸に組込んだ後の前記折り曲げ部の形成が容易となる。
【0012】
上記の課題を解決するため、請求項3に係る発明の構成上の特徴は、前記一組の耳部の前記折り曲げ部にぬすみによる肉薄部が形成されていることである。
【0013】
上記構成によれば、前記耳部の薄肉部によって、保持器を軸に組込む際、前記折り曲げ部の折り曲げが容易となり形成後の寸法も安定する。
【0014】
上記の課題を解決するため、請求項4に係る発明の構成上の特徴は、前記折り曲げ部の前記耳部の一部に円周方向ポケット側に突出する突起を有することである。
【0015】
上記構成によれば、前記耳部の突起によって、保持器を軸に組込んだ後の前記折り曲げ部が弾性によって拡径するのを防止できる。
【0016】
上記の課題を解決するため、請求項5に係る発明の構成上の特徴は、前記折り曲げ部において軸方向に対峙する両耳部の一部と、一方の柱部とでポケットを構成し、かつ、ころを保持する保持プレートを設けたことである。
【0017】
上記構成によれば、折り曲げにより形成される折り曲げ部のポケットにおいて、折り曲げ前に、ころを保持できるため、保持器に全てのころを装着した状態で軸受を軸へ組込むことにより、組込み工数を大幅に削減することができる。
【0018】
上記の課題を解決するため、請求項6に係る発明の構成上の特徴は、前記ころ保持用プレートは鋼材で形成されたことである。
【0019】
本発明によれば、保持プレートは樹脂材料にくらべ強度が大きく、かつ変形抵抗が大きい鋼材で形成されているため、前記保持プレートの厚さを樹脂材料にくらべ薄くすることができ、軸受けとして、より直径の大きいころを使うことができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、ころ軸受用分割型保持器の分割に起因する、ころ数、ころ長さの減少、およびころ数、ころ長さの減少に伴う軸受負荷容量の低下を防止できるころ軸受用保持器を提供することができる。さらに、組込み前に、保持器にころを装着することにより段付き軸への軸受の組込みが容易なころ軸受用保持器を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施形態のころ軸受用保持器の正面図である。
【図2】図1の保持器の折り曲げ部の拡大正面図である。
【図3】図1の保持器の折り曲げ部の拡大斜視図である。
【図4】図1の保持器の折り曲げ前の折り曲げ部の拡大斜視図である。
【図5】本発明の実施形態のころ軸受用保持器の組込み状態を説明する説明図である。
【図6】本発明の実施形態のころ軸受用保持器の拡径した状態の正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
この発明の実施の形態を、以下図面を参照して説明する。
【0023】
図1は、軸へ組込み後の本発明の第1の実施形態のころ軸受用保持器の正面図である。
図2は図1の保持器の折り曲げ部の拡大正面図であり、図3は図1の保持器の折り曲げ部の拡大斜視図である。
【0024】
図1から図3に示すように、ころ軸受用保持器10(以下保持器10と称す)は軸3と外輪部材4の間で複数のころ2を回転自在に保持して軸受部1を形成している。保持器10は例えば強化プリアミド等の樹脂を射出成型でリング状に形成されている本体部と、鋼板をプレスで成型した保持プレート14からなる。
【0025】
図2および図3に示すように、保持器10は軸方向に対峙する2個の耳部11と複数の柱部12から構成され、柱部12は円周方向両側面が凹面に形成され、両耳部11を軸方向に連結し、これにより複数のころ2を転動可能に保持する複数のポケット13と2個のポケット13aを区画形成する。
【0026】
また、円周上対称2箇所の軸方向に対峙する両耳部11は折り曲げ部11aを形成している。軸方向に対峙する両折り曲げ部11aと隣り合う2個の柱部12とでポケット13aを区画形成する。2個のポケット13aは他の複数のポケット13より円周方向幅が大きい。対峙する両耳部11は同一形状なので、以下の説明は一方の耳部11についてのみおこなう。また、2個の折り曲げ部11aも同一形状なので、以下の説明は一方の折り曲げ部11aについてのみおこなう。
【0027】
折り曲げ部11aは図面上円周右方向に耳部11の内径部より延在する内耳部11b、内耳部11bの図中右端部から図面上円周左方向に内耳部の外径部に沿って折れ曲がって延在する中耳部11c、中耳部11cの図中左端部から図面上円周右方向に中耳部の外径部に沿って折れ曲がって折り曲げ部11aの端部まで延在する外耳部11dからなるS字形状に形成されている。
【0028】
図4は保持器10の折り曲げ前の折り曲げ部11aの拡大斜視図である。ここで折り曲げ前の折り曲げ部11aについて説明する。
【0029】
円周上対称2箇所の軸方向に対峙する折り曲げ部11aは図面上円周右方向に耳部11の内径部より延在する内耳部11b、内耳部11bの図中右端部から耳部11の外径部まで半径方向斜め外方に延在する中耳部11c、中耳部11cの図中右端部から耳部11の外周を折り曲げ部11aの端部まで延在する外耳部11dからなる。
【0030】
内耳部11b、中耳部11c、外耳部11dそれぞれの半径方向厚さ、tb、tc、tdはそれぞれ耳部11の半径方向厚さtの1/3より小さい。
また、内耳部11bと中耳部11cの接点には半径方向外方のぬすみによる肉薄部11g、中耳部11cと外耳部11dの接点にぬすみによる肉薄部11hが形成されている。
【0031】
中耳部11cの長さLは、後述の軸3の軌道部31の直径をD31、段部32の外径をD32とすると、L>(D82−D31)×Π/nを満足する。ここでΠは円周率で、nは折り曲げ部11aの個数であり、本実施形態においては2である。内耳部11bの長さは中耳部11cの長さLと略等しく、外耳部11dの長さは中耳部11cの長さLより長い。
【0032】
中耳部11cと外耳部11dの接点の外周部のポケット13a側には凹部11eが形成されている。保持プレート14は断面がポケット13a側が凹形状の円弧状で、長さはポケット13aの軸方向長さに等しく、幅は耳部11の半径方向厚さtに等しい。また、長手方向両端部の幅方向の一方の端部には係止用突起部14bが形成されており、係止用突起部14bを前記中耳部11cと外耳部11dの接点の凹部11eに挿入することにより、耳部11に係止されている。
【0033】
保持プレート14はポケット13aの外耳部11dの付け根側の柱部12の凹面の底から保持プレート14の外耳部11dの付け根側凹面の底までの距離が組み込まれるころ2の直径よりやや大きくなる位置に係止されている。また、前記柱部12の凹面12aの半径方向外方端部から前記保持プレート14の凹面14aの半径方向外方端部までの距離、および前記柱部12の凹面12aの半径方向内方端部から前記保持プレート14の凹面14aの半径方向内方端部までの距離は組み込まれるころ2の直径よりやや小さい。
【0034】
前記の前記柱部12の凹面12aと前記保持プレート14の凹面14aとの距離関係によって、ころ2は前記柱部12の凹面12aと前記保持プレート14の凹面14aとの間に脱落することなく保持されている。また、ころ2を半径方向に圧入することによって前記柱部12が弾性変形し、ころ2は前記柱部12の凹面12aと前記保持プレート14の凹面14aとの間に容易に挿入できる。
【0035】
前記折り曲げ部11aの内耳部11bの付け根より半径方向外方の外周側端部には円周方向にポケット13a側に突出する突起11fが形成されている。突起11fは中耳部11cと外耳部11dの接点の図中左端部の半径方向外方に介在している。
前記突起11fは折り曲げ部が弾性によって拡径するのを防止し、前記折り曲げ部11aをS字形状に保っている。
【0036】
図5は本発明の実施形態のころ軸受用保持器の組込み状態を説明する説明図である。
軸3は自動車用トランスミッションの入力軸であり、装置の構造上の制約から、軸受組込み部の両側に段部が形成されている。保持器10と、装着した複数のころ2で構成される軸受1を軸3の段部32を乗り越えて軸3に組込むには、軸受1の保持器10を拡径し、ころ2の内接円径を軸3の段部32の外径D32より大きく拡径する必要がある。
【0037】
図6は、本発明の実施形態のころ軸受用保持器の拡径した状態の正面図である。
複数のポケット13と2個の折り曲げにより形成される折り曲げ部のポケット13aの保持プレート14と柱部12の間に複数のころが保持されている。この状態で複数のころ2を保持したは保持器10は楕円形状である。保持器10は弾性体であり保持器に全てのころを装着した状態で治具によって真円形状に変形させると、前述のごとく中耳部11cの長さLが、L>(D82−D31)×Π/2/nを満足していることによって、ころ2の内接円径が段部32の外径D32より大きくなる。
【0038】
軸受部1は拡径した保持器10を真円形状に変形させた状態で軸3の端部より段部32を越えて軸方向に軌道部31の周囲の移動した後、保持器10は折り曲げ部11aを折り曲げることにより縮径して軌道13aの所定の位置に装着される。
また、内耳部11bと中耳部11cの接点、中耳部11bと外耳部11cの接点にはぬすみによる肉薄部11g、11hを有するため、折り曲げ部11aの折り曲げは容易である。
【0039】
従来、図5に示す段付き軸に使用される軸受の保持器としては、円周上1箇所、または2箇所に切割りを入れた、分割型転がり軸受が使用されている。前記分割型転がり軸受に使用される耳部に切割り部を有する構成の保持器の場合、耳部の強度確保のため通常の保持器にくらべ、耳幅を広げる必要があり、そのためポケットの軸方向長さが短くなり、軸受の負荷容量が小さくなる。
【0040】
本発明の実施形態のころ軸受用保持器10によると、保持器は分割されておらず、ころ軸受用型保持器の分割に起因する、ころ数、ころ長さの減少、および、ころ数、ころ長さの減少に伴う軸受負荷容量の低下を防止できる。さらに、本発明の実施形態のころ軸受用保持器10によると、組込み前に、保持器にころを装着することにより段付き軸への軸受の組込みが容易となる。
【0041】
上述の実施形態では樹脂で形成されたころ軸受用保持器について説明したが、この発明ではプレス成型された鋼板等の金属材料で形成されたころ軸受用保持器であっても良い。
【0042】
上述の実施形態では折り曲げ部に拡径防止の突起を有するころ軸受用保持器について説明したが、この発明では折り曲げ部に拡径防止の突起を有さず、摩擦抵抗等で拡径を防止する形式のころ軸受用保持器であっても良い。
【0043】
上述の実施形態では鋼板で形成された保持プレートを有するころ軸受用保持器について説明したが、この発明では樹脂等で形成された保持プレートを有するころ軸受用保持器であっても良い。
【0044】
上述の実施形態では鋼板で形成された保持プレートを有するころ軸受用保持器について説明したが、この発明では保持プレートを有せず、折り曲げ部のポケットに直接ころを挿入する形式のころ軸受用保持器であっても良い。
【符号の説明】
【0045】
1 ‥ 軸受
10 ‥ 保持器
11 ‥ 耳部
11a ‥ 折り曲げ部
11f ‥ 突起
12 ‥ 柱部
13,13a ‥ ポケット
14 ‥ 保持板
2 ‥ ころ
3 ‥ 軸
32 ‥ 段部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ころ軸受を構成するころの両端部に対峙する2個の円環状の耳部と、前記両耳部を軸方向に連結する複数の柱部を有し、対峙する前記両耳部と柱部で、ころを転動可能に保持する複数のポケットを区画形成するころ軸受用保持器であって、少なくとも1個のポケットを形成する一組の耳部に、断面S字形状に折り曲げることにより、1つのポケットを形成する折り曲げ部を有することを特徴とするころ軸受用保持器。
【請求項2】
前記ころ軸受用保持器は樹脂材料により形成される請求項1に記載のころ軸受用保持器。
【請求項3】
前記一組の耳部の前記折り曲げ部にぬすみによる肉薄部が形成されていることを特徴とする請求項2に記載のころ軸受用保持器。
【請求項4】
前記折り曲げ部の前記耳部の一部に円周方向ポケット側に突出する突起を有することを特徴とする請求項2または請求項3に記載のころ軸受用保持器。
【請求項5】
前記折り曲げ部において軸方向に対峙する両耳部の一部と、一方の柱部とでポケットを構成し、かつころを保持する保持プレートを設けたことを特徴とする請求項1から請求項4のいずれかに記載のころ軸受用保持器。
【請求項6】
前記ころ保持用プレートは鋼材で形成されたことを特徴とする請求項5に記載のころ軸受用保持器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−87874(P2013−87874A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−229407(P2011−229407)
【出願日】平成23年10月19日(2011.10.19)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】