説明

ばら積貨物船用耐食鋼材およびばら積貨物船の船倉

【課題】S分を含むばら積貨物に起因する厳しい腐食性環境下においても優れた長期耐食性を示し、ばら積貨物船の構造部材として好適に用いることができるばら積貨物船用耐食鋼材およびその耐食鋼材を用いて建造されたばら積貨物船の船倉を提供することを課題とする。
【解決手段】質量%で、C:0.04〜0.30%、Si:0.28〜0.60%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.010〜0.040%、S:0.003〜0.025%、Al:0.010〜0.10%、Cu:0.10〜1.0%、Ni:0.10%以下(0%を含まない)、N:0.0030〜0.010%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、CP1が0.10以上、CP2が0.80〜7.00である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ばら積貨物船の構造部材として用いられる耐食鋼材およびその耐食鋼材を用いて建造されるばら積貨物船の船倉に関するものであり、より詳しくは、特に石炭や鉄鉱石などの硫黄分を含む貨物に起因する腐食性環境下において好適に用いることができるばら積貨物船用耐食鋼材およびばら積貨物船の船倉に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ばら積貨物船、あるいはバルクキャリア、バルカーは、梱包されていない穀物、鉱石、セメントなどのばら積み貨物を船倉に収納して輸送するために設計された貨物船である。尚、本明細書では、バルクキャリア、バルカーを含めてばら積貨物船と説明する。このばら積貨物船の場合もその他の船舶と同様に海水による腐食作用を受けて鋼材の腐食が発生するが、石炭や鉄鉱石などのばら積み貨物が硫黄(S)分を含有する場合には、そのS分の影響を受けて鋼材腐食が更に加速されるため、その他の船舶より腐食損傷が顕著となる傾向がある。特にそれらS分を含むばら積み貨物が直接接触する船倉内では鋼材腐食がより顕著に表れることが多い。
【0003】
このように、船倉を始めとする鋼材の腐食が顕著である場合には、鋼材の板厚摩耗によって構造体としての強度低下を招くことになり、また場合によれば鋼材の腐食により形成された孔から浸水することで、沈没などの海難事故が発生する可能性もあり、従来から効果的なばら積貨物船を採用することが必要不可欠となっていた。
【0004】
この防食手段として、従来からばら積貨物船においては、エポキシ樹脂系塗料による塗装を始めとする防食塗装や、亜鉛などの犠牲陽極を鋼材と短絡するように設置する電気防食が施されることが一般的であった。
【0005】
これら防食手段の中でも防食塗装は特に一般的に採用されている方法であるが、様々な外的要因や経年劣化などによって、塗装に疵がついてしまったり、塗装が剥離してしまったりすることが多々あり、長い年月にわたり防食性能を維持することは困難であり、また、防食塗装の検査および補修のためのメンテナンスが必要不可欠であった。更には、この塗装の検査や補修には足場を組む必要がある場合が多く、メンテナンスに要する時間や費用が多大となるという問題も発生していた。
【0006】
特にばら積貨物船の船倉内部では貨物の荷役時にバケットとの接触により塗装剥離が発生することがあり、また、航海中の振動で接触している貨物により塗装が削られる場合もある。このように、ばら積貨物船の船倉、特にその内壁面、天井面、床面等は、船舶の外板やバラストタンクと比べると塗装の損傷の発生が著しく、特に塗装寿命は短かった。
【0007】
また、バラストタンクの場合は内部に電気防食を施すと、海水を注入するために腐食が進行しやすくなり、犠牲陽極による電気防食作用が効果的に現れるが、ばら積貨物船の船倉内部は電気防食に必要不可欠な海水などの電解質水溶液で満たされることはなく、湿潤雰囲気での腐食環境に過ぎないため、電気防食作用を効果的に得ることは困難である。
【0008】
このような背景もあり、ばら積貨物船には、その安全性向上や長寿命化を図るために、これまでより効果的な防食手段を講じることが要求されるようになっている。このような背景もあり、化学成分や硬さを調整することなどによって鋼材自体の耐食性を向上させた耐食鋼材に関する技術も、例えば、特許文献1や特許文献2として提案されている。これらの鋼材を適用することによって従来の防食手段よりも優れた耐食性を確保することは可能になった。
【0009】
しかしながら、これらの技術を採用しても十分な耐食性向上効果を得ることは不可能で、ばら積貨物船の厳しい環境下においては、依然として十分な耐食性を発揮することができず、更に効果的な防食に関する技術が開発されることが待ち望まれていた。
【0010】
このような状況の下、本発明者らも添加元素の含有量を適切に制御することで、鉱物・鉱石を貯蔵または輸送(運搬)するための容器用として、耐食性に優れた長寿命の構造部材として用いることができる鋼材を、特許文献3として提案している。しかしながら、この特許文献3記載の技術でも、S分に起因する鋼材の腐食については十分に検討されておらず、S分を含有する石炭や鉄鉱石を運搬するばら積貨物船に用いるには更なる改善の余地があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2007−262555号公報
【特許文献2】特開2008−174768号公報
【特許文献3】特開2010−100872号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上記従来の問題を解決せんとしてなされたもので、S分を含むばら積貨物に起因する厳しい腐食性環境下においても優れた長期耐食性を示し、ばら積貨物船の構造部材として好適に用いることができるばら積貨物船用耐食鋼材およびその耐食鋼材を用いて建造されるばら積貨物船の船倉を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
請求項1記載の発明は、質量%で、C:0.04〜0.30%、Si:0.28〜0.60%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.010〜0.040%、S:0.003〜0.025%、Al:0.010〜0.10%、Cu:0.10〜1.0%、Ni:0.10%以下(0%を含まない)、N:0.0030〜0.010%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、下記(1)式で規定されるCP1が0.10以上であると共に、下記(2)式で規定されるCP2が0.80〜7.00であり、硫黄分を含む貨物に起因する腐食性環境下での耐腐食性に優れることを特徴とするばら積貨物船用耐食鋼材である。
CP1=[Si]+2×[Cu]−5×[Ni]・・・(1)式
CP2=([P]/4+[S])/[N]・・・(2)式
但し、上式で[ ]は各元素の含有量(質量%)である。
【0014】
請求項2記載の発明は、質量%で、更に、Cr:0.01〜0.3%を含有する請求項1記載のばら積貨物船用耐食鋼材である。
【0015】
請求項3記載の発明は、質量%で、更に、Sn:0.005〜0.3%、Sb:0.005〜0.3%の1種または2種を含有することを特徴とする請求項1または2記載のばら積貨物船用耐食鋼材である。
【0016】
請求項4記載の発明は、質量%で、更に、Ca:0.0003〜0.005%を含有することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のばら積貨物船用耐食鋼材である。
【0017】
請求項5記載の発明は、質量%で、更に、Ti:0.001〜0.05%、V:0.001〜0.05%、Nb:0.001〜0.05%、B:0.0003〜0.005%の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のばら積貨物船用耐食鋼材である。
【0018】
請求項6記載の発明は、表面にZnを含有する厚さ5μm以上の被覆層が形成されている請求項1乃至5のいずれかに記載のばら積貨物船用耐食鋼材である。
【0019】
請求項7記載の発明は、請求項1乃至6のいずれかに記載の鋼材を用いて構成されていることを特徴とするばら積貨物船の船倉である。
【発明の効果】
【0020】
本発明のばら積貨物船用耐食鋼材によると、S分を含むばら積貨物に起因する厳しい腐食性環境下においても優れた長期耐食性を示し、ばら積貨物船の構造部材として好適に用いることができる。
【0021】
また、本発明のばら積貨物船の船倉によると、S分を含むばら積貨物であっても長期耐食性の問題なく収容することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】実施例で腐食試験に用いた裸試験片を示す平面図である。
【図2】実施例で腐食試験に用いたZnを含有する被覆層を表面の略半分に形成した表面処理試験片を示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明を実施形態に基づいて更に詳細に説明する。
【0024】
本発明者らは、S分を含むばら積貨物に起因する厳しい腐食性環境下においても優れた長期耐食性を示し、ばら積貨物船の構造部材として好適に用いることができる鋼材を見出すために鋭意研究を重ねた。その結果、鋼材中のC、Si、Mn、P、S、Al、Cu、NiおよびNの含有量と、[Si]+2×[Cu]−5×[Ni]という式から求められるCP1、([P]/4+[S])/[N]という式から求められるCP2を厳密に調整することにより、ばら積貨物船のS分を含むばら積貨物に起因する厳しい腐食性環境下においても耐食性に優れた鋼材を得ることができることを見出し、本発明を完成した。
【0025】
ばら積貨物船の船倉内部などは、船倉などを構成する鋼材表面に結露して形成される薄い水膜により腐食が進行する湿潤腐食環境である。本発明者らは、石炭や鉄鉱石などのばら積み貨物がS分を含有する場合に、特に鋼材の腐食が進行しやすいことに鑑み、ばら積み貨物のS分により鋼材の腐食が促進される原因について研究した。その結果、腐食の促進は石炭や鉄鉱石などのばら積み貨物に結露が発生した場合に、ばら積み貨物が含有するSと水分が反応して硫酸が生成され、その硫酸が鋼材の腐食を促進することと、それに加えて、S自体も腐食の電気化学反応に関与して鋼材の腐食を更に促進していることを突き止めた。即ち、ばら積み貨物が含有するSは結露水中の水素イオンと反応し、S+H+2e→HSというカソード反応を引き起こし、硫酸による腐食を更に加速していることを発見した。
【0026】
このようなばら積み貨物由来のS分による腐食促進に対する鋼材の耐食性の発現について鋭意検討を行った結果、鋼材中の化学成分の含有量を適宜調整することによって鋼材の表面にSiの酸化物とCuの硫化物を主体とする複合腐食生成物皮膜を形成することができ、その複合腐食生成物皮膜により鋼材の腐食速度を大幅に抑制できることを見出した。
【0027】
Siの酸化物とCuの硫化物による複合腐食生成物皮膜は、S分による腐食環境下において安定であり、Sと水分が反応して生成される硫酸とS自体の電気化学反応に対して鋼材を保護し、耐食性を発現すると考えられる。このような耐食性の発現は、ばら積貨物船の船倉内部のような薄い水膜により腐食が進行する湿潤腐食環境において特に有効であると考えられる。
【0028】
以上説明したように、本発明のばら積貨物船用耐食鋼材およびばら積貨物船の船倉は、鋼材の表面にSiの酸化物とCuの硫化物による複合腐食生成物皮膜を形成することで耐食性を発現させようというものであるが、単に鋼材にSiとCuを適量添加するのみではなく、それに加えて、P、S、Ni、Nの含有量を適切な含有量とし、更にCP1およびCP2を調整する必要がある。また、鋼材としての基本特性(機械的特性や溶接性)を確保するために、C、Mn、Alの含有量も適切に制御する必要がある。以下に、これら必須添加元素の成分範囲の限定理由について説明する。尚、単位は全て%と記載するが、質量%のことを示す。次の必須添加元素以外の説明においても同様に%は質量%を示す。
【0029】
・C:0.04〜0.30%
Cは、鋼材の強度確保のために必要な基本的添加元素である。ばら積貨物船用の鋼材として必要な強度を得るためには、少なくとも0.04%以上は含有させる必要がある。しかし、Cを過剰に含有させると、耐食性が劣化することに加えて靱性も劣化する。このようなCの添加による悪影響を発生させないためには、Cの含有量は多くても0.30%に抑える必要がある。尚、Cの含有量の好ましい下限は0.045%であり、より好ましくは0.05%以上とするのが良い。また、Cの含有量の好ましい上限は0.29%であり、より好ましくは0.28%以下とするのが良い。
【0030】
・Si:0.28〜0.60%
Siは、鋼材の表面に複合腐食生成物皮膜を形成するために必須の元素であり、ばら積貨物船の腐食環境において耐食性を確保するために必要である。また、脱酸と強度確保のためにも必要な元素でもある。このような作用を発現させるためには、少なくとも0.28%以上含有させる必要がある。しかし、Siを0.60%を超えて過剰に含有させると溶接性が劣化する。尚、Siの含有量の好ましい下限は0.29%であり、より好ましくは0.30%以上とするのが良い。また、Siの含有量の好ましい上限は0.58%であり、より好ましくは0.55%以下とするのが良い。
【0031】
・Mn:0.1〜2.0%
Mnは、脱酸および強度確保のために必要な元素であり、0.1%に満たないと構造部材としての最低強度を確保できない。しかし、2.0%を超えて過剰に含有させると靱性が劣化する。尚、Mnの含有量の好ましい下限は0.15%であり、より好ましくは0.20%以上とするのが良い。また、Mnの含有量の好ましい上限は1.9%であり、より好ましくは1.8%以下とするのが良い。
【0032】
・P :0.010〜0.040%
Pは、ばら積貨物船の腐食環境において鋼材の表面に複合腐食生成物皮膜を形成させる元素であり、また、溶解した場合にインヒビターとして作用するリン酸塩を生成して耐食性を高める元素であり、本発明の鋼材において必要不可欠な添加元素である。このようなリン酸塩によるインヒビター効果は、特に薄い水膜形成による腐食が進行する湿潤環境において顕著に発現する。こうした作用を発現させるためには、Pは0.010%以上含有させる必要がある。しかし、Pを過剰に含有させると靱性や溶接性が劣化するので、その含有量は多くても0.040%とする。尚、Pの含有量の好ましい下限は0.011%であり、より好ましくは0.012%以上とするのが良い。また、Pの含有量の好ましい上限は0.038%であり、より好ましくは0.035%以下とするのが良い。
【0033】
・S :0.003〜0.025%
Sは、ばら積貨物船の腐食環境において溶解した後に、同じく溶解したCuと共に鋼材表面にCuの硫化物を形成する元素であり、Siの酸化物と共に鋼材の表面に複合腐食生成物皮膜を形成することによって、鋼材の腐食反応を低減させる作用を発揮する。よって、鋼材の耐食性向上に必要な元素である。こうした作用を発現させるためには、Sは0.003%以上含有させる必要がある。但し、SもPと同様に、過剰に含有させると靱性や溶接性が劣化するので、許容される含有量は多くても0.025%とする。尚、Sの含有量の好ましい下限は0.004%であり、より好ましくは0.005%以上とするのが良い。また、Sの好ましい上限は0.024%であり、より好ましくは0.023%以下とするのが良い。
【0034】
・Al:0.010〜0.10%
Alも前記したSi、Mnと同様に脱酸および強度確保のために必要な元素である。こうした作用を有効に発揮させるためには、0.010%以上含有させることが必要である。しかし、0.10%を超えて含有させると溶接性を害するため、Alの添加は0.10%までとする。尚、Alの含有量の好ましい下限は0.011%であり、より好ましくは0.012%以上とするのが良い。また、Alの含有量の好ましい上限は0.095%であり、より好ましくは0.090%以下とするのが良い。
【0035】
・Cu:0.10〜1.0%
Cuは、ばら積貨物船の腐食環境において溶解した後に、同じく溶解したSと共に鋼材表面に硫化物を形成する元素であり、Siの酸化物と共に鋼材の表面に複合腐食生成物皮膜を形成することによって、鋼材の腐食反応を低減させる作用を発揮する。よって、鋼材の耐食性向上に必要な元素である。こうした作用を発現させるためには、Cuは0.10%以上含有させることが必要である。しかし、過剰に含有させると鋼材の溶接性や熱間加工性が劣化することから、1.0%以下とする必要がある。Cuの含有量の好ましい下限は0.11%であり、より好ましい下限は0.12%である。また、Cuの含有量の好ましい上限は0.95%であり、より好ましい上限は0.90%である。
【0036】
・Ni:0.10%以下(0%を含まない)
Niは、鋼材の靭性を向上させる作用を発揮するが、耐食性確保に必要なSiの酸化物とCuの硫化物による複合腐食生成物皮膜の形成を妨げる作用も発現するため、鋼材の耐食性を劣化させてしまうという作用も有する。よって、Niの含有量は極力少ない方が良いが、このような悪影響は含有量が0.10%を超えると顕著となるため、上限を0.10%とした。Niの量の好ましい上限は0.09%であり、0.08%以下が更に好ましい。
【0037】
・N:0.0030〜0.010%
Nは、耐食性の確保に必要なSiの酸化物とCuの硫化物による複合腐食生成物皮膜の形成を促進する作用があり、鋼材の耐食性の確保に必要な元素である。こうした作用を発現させるためには、Nは0.0030%以上含有させることが必要である。しかし、Nを過剰に含有させると、複合腐食生成物皮膜の形成を阻害するばかりでなく、固溶Nが増加し、鋼材の延性や靱性に悪影響を及ぼすため、上限を0.010%とする。尚、Nの含有量の好ましい下限は0.0033%であり、より好ましくは0.0035%以上である。またNの添加量の好ましい上限は0.09%であり、より好ましい上限は0.08%である。
【0038】
・CP1=[Si]+2×[Cu]−5×[Ni]:0.10以上
[Si]+2×[Cu]−5×[Ni]から求められるCP1値は、本発明の耐食性発現に必要なSiの酸化物とCuの硫化物による複合腐食生成物皮膜の形成能力を表すパラメータである。本発明の鋼材はSi、Cu、およびNiの含有量を上述の範囲に調整することに加えて、更にCP1値を0.10以上にする必要がある。CP1値が0.10に満たない場合には複合腐食生成物皮膜の形成が不十分となり、耐食性が向上しない。CP1値は0.10以上であれば複合腐食生成物皮膜は形成されるため、本発明では特にCP1値の上限は規定しないが、Siの添加量およびCuの添加量が多すぎる場合には上述した溶接性や熱間加工性が劣化する。よって、CP1値は、Siの添加量およびCuの添加量の上限から定まる2.60以下とすることが好ましい。
【0039】
・CP2=([P]/4+[S]):0.80〜7.00
本発明の耐食性発現に必要なSiの酸化物とCuの硫化物による複合腐食生成物皮膜の形成には、P/4+SとNの添加量の比(質量比)も影響しており、([P]/4+[S])/[N]から求められるCP2値も複合腐食生成物皮膜の形成能力を表すパラメータである。CP2値が0.80に満たない場合には、(P/4+S)量に対するN量が過剰となり、複合腐食生成物皮膜が形成されない。一方、CP2値が7.00を超えると、(P/4+S)量に対するN量が不足し、この場合も複合腐食生成物皮膜が形成されない。よって、耐食性発現の観点からCP2値は0.80〜7.00に調整する必要がある。
【0040】
以上が、本発明の鋼材の必須添加元素の成分範囲の限定理由であり、残部は鉄および不可避的不純物である。不可避的不純物としては、O、H等を挙げることができ、これらの元素は鋼材の諸特性を害さない程度で含有していても構わない。但し、これら不可避的不純物の合計含有量は、0.1%以下、好ましくは0.09%以下に抑えることによって、本発明による耐食性発現効果を極大化することができる。
【0041】
また、本発明の鋼材には、以下に示す元素を含有すれば更に有効である。これら元素を含有させる場合の成分範囲の限定理由について次に説明する。
【0042】
・Cr:0.01〜0.3%
Crは、鋼材の表面に酸化物皮膜を形成して、複合腐食生成物皮膜による保護性を更に向上させて腐食反応を低減させる作用を発揮するため、耐食性向上に有効な元素である。このような作用を発揮させるためには、0.01%以上含有させることが好ましい。しかし、Crを過剰に含有させると、腐食先端のpH低下を招いてかえって耐食性を劣化させることに加えて、溶接性や熱間加工性が劣化することから、0.3%以下とすることが好ましい。Crを含有させるときのより好ましい下限は0.02%であり、0.03%以上とすることが更に好ましい。また、Crを含有させるときのより好ましい上限は0.28%であり、0.26%以下とすることが更に好ましい。
【0043】
・Sn:0.005〜0.3%、Sb:0.005〜0.3%
SnおよびSbは、鋼材の表面に硫化物皮膜を形成して、複合腐食生成物皮膜による保護性を更に向上させて腐食反応を低減させる作用を発揮し、耐食性向上に有効な元素である。このような作用を発揮させるためには、夫々0.005%以上含有させることが好ましい。しかし、Sn、Sbを過剰に含有させると、靭性や溶接性が劣化することから、夫々0.3%以下とすることが好ましい。尚、Sn、Sbを含有させるときのより好ましい下限は夫々0.008%であり、夫々0.01%以上とすることが更に好ましい。また、Sn、Sbを含有させるときのより好ましい上限は夫々0.28%であり、夫々0.26%以下とすることが更に好ましい。
【0044】
・Ca:0.0003〜0.005%
Caは耐食性向上に有効な元素である。Caは腐食先端のpH低下を緩和する作用を有しており、pH低下による腐食促進を抑制する効果を発揮して、耐食性を発現するのに有効である。こうした作用は、Caを0.0003%以上含有させることによって有効に発揮される。しかしながら、0.005%を超えて過剰に含有させると加工性と溶接性とを劣化させることになる。Caを含有させるときのより好ましい下限は0.0005%であり、0.0008%以上が更に好ましい。Caを含有させるときのより好ましい上限は0.0045%であり、0.004%以下が更に好ましい。
【0045】
・Ti:0.001〜0.05%、V:0.001〜0.05%、Nb:0.001〜0.05%、B:0.0003〜0.005%
Ti、V、NbおよびBは、鋼材の強度向上に有効な元素である。Ti、V、Nbを含有させるときの含有量は、夫々0.001%以上とすることが好ましいが、過剰に含有させると鋼材の靭性が劣化することから、夫々0.05%以下とすることが好ましい。Ti、V、Nbを含有させるときのより好ましい下限は夫々0.002%であり、夫々0.003%以上とすることが更に好ましい。また、Ti、V、Nbを含有させるときのより好ましい上限は夫々0.045%であり、夫々0.04%以下とすることが更に好ましい。一方、Bを含有させるときの含有量は0.0003%以上とすることが好ましいが、過剰に含有させると鋼材の加工性と溶接性が劣化することから0.005%以下とすることが好ましい。Bを含有させるときのより好ましい下限は0.0004%であり、0.0005%以上とすることが更に好ましい。また、Bを含有させるときのより好ましい上限は0.0045%であり、0.004%以下とすることが更に好ましい。
【0046】
本発明のばら積貨物船用耐食鋼材は、その表面に塗装などによって被覆層を形成しなくとも優れた耐食性を発揮するものであるが、更にその表面にZnを含有する厚さ5μm以上の被覆層を形成することで、耐食性は更に向上する。Znはばら積み貨物由来のSと反応して、硫化亜鉛の沈殿被膜を鋼材の表面に生成し、鋼材の腐食進展を抑制する作用を有する。Znを含有する被覆層の厚さが十分でない場合には硫化亜鉛の沈殿被膜の厚さが薄くなり、十分な保護性が得られない。このような観点からZnを含有する被覆層の厚さは5μm以上とすることが好ましく、10μm以上が更に好ましい。しかしながら、Znを含有する被覆層の厚さが厚すぎる場合には鋼材の溶接性を劣化させるため、Znを含有する被覆層の厚さは50μm以下にすることが好ましい。Znを含有する被覆層としては、例えば、鋼材の一次防錆を目的として塗布するジンクプライマーを適用することができる。
【0047】
また、本発明のばら積貨物船用耐食鋼材の表面には、必要に応じて塗装を施すことも可能である。表面に塗装を施すことにより、疵や剥離など塗膜劣化による鋼材が露出した場合の鋼材の腐食進展を抑制することができ、ばら積貨物船の安全性向上を図ることができる。塗装に用いる塗料は特に限定されず、エポキシ樹脂系塗料、塩化ゴム系塗料、アクリル樹脂塗料、ウレタン樹脂塗料、フタル酸樹脂系塗料、フェノール樹脂系塗料、シリコン樹脂系塗料、フッ素樹脂系塗料等を挙げることができる。これらの塗料の中でも、鋼材或いは必要に応じて形成するZnを含有する被覆層との密着性等の観点から、エポキシ樹脂系塗料を用いることが推奨される。エポキシ樹脂系塗料としては、ビヒクル(展色剤)としてエポキシ樹脂を含むものであれば良く、例えば変性エポキシ樹脂塗料やタールエポキシ樹脂塗料等が挙げられる。
【実施例】
【0048】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含されるものである。
【0049】
[供試材の作製]
表1に示す種々の成分組成の鋼材を電気炉により溶製し、40kgの鋼塊とした。得られた鋼塊を1150℃に加熱した後、熱間圧延を行って、板厚10mmの鋼素材とした。このとき、熱間圧延終了温度は650〜850℃の範囲、熱間圧延終了後から500℃までの冷却速度を0.1〜15℃/秒以下の範囲で適宜調整した。
【0050】
鋼素材より、鋼材自体の耐食性を評価するための図1に示す裸試験片aと、表面にZnを含有する被覆層1を形成した図2に示す表面処理試験片bを夫々作製した。
【0051】
まず、鋼素材より50×30×5(mm)の大きさの供試片を切り出して、表面全体を湿式回転研磨機でSiC#600まで研磨し、更に水洗およびアセトン洗浄を施したものを裸試験片aとした。尚、腐食試験時に吊り下げるためにテストピースの端部には3mmφの吊り下げ孔2を形成した。
【0052】
また、無機ジンクリッチプライマー層(Znを含有する被覆層1)を表面の略半分に形成した表面処理試験片bを作製した。まず、鋼素材より50×30×5(mm)の大きさの供試片を切り出して、表面の十点平均粗さ(Rz)が30〜40μmとなるようにサンドブラスト処理をその全面に施し、水洗およびアセトン洗浄をした。その後、無機ジンクリッチプライマーを試験片の表面略半分に塗布し、乾燥させたものを表面処理試験片bとした。無機ジンクリッチプライマー塗布前後の質量変化から求めたZnを含有する被覆層(表3にはZn層と記載)1の厚さは表3に示す通りである。尚、この表面処理試験片bでも、腐食試験時に吊り下げるためにテストピースの端部には3mmφの吊り下げ孔2を形成した。この表面処理試験片bを、Znを含有する被覆層1が一部剥離した状態での耐食性評価に用いた。
【0053】
[腐食試験方法]
Sを含有する石炭や鉄鉱石などのばら積み貨物を積載するばら積貨物船を模擬した腐食試験として、硫酸と硫黄(S)との混合溶液(試験溶液)を用いた浸漬腐食試験を実施した。詳しくは、pHを2.0に調整した硫酸水溶液1Lに対して、粉末状のS試薬10gを懸濁させたものを試験溶液とした。この際の試験溶液の温度は30℃とし、浸漬期間を72時間とした。腐食試験には、表1に示すNo.1〜33の試験片を夫々3枚ずつ準備して用いた。試験では試験前後の試験片の質量変化を測定し、各試験片の腐食速度を求めた。尚、試験後の試験片の質量は、30℃の10質量%クエン酸水素アンモニウム水溶液中での陰極電解により表面の腐食生成物を除去し、更に水洗およびアセトン洗浄をし、乾燥させた後に測定した。
【0054】
[試験結果]
裸試験片aを用いた腐食試験による試験結果を表2に示す。尚、腐食速度はNo.1の鋼材(通常用いられている鋼材)の腐食速度を100としたときの相対値で示している。また、総合評価は、腐食速度が60以下のものを「○」、腐食速度が50以下のものを「○○」、腐食速度が40以下のものを「○○○」、で示し、これら総合評価が「○」「○○」「○○○」の裸試験片aは、腐食性環境下においても優れた長期耐食性を示すばら積貨物船用耐食鋼材として用いることができるものと評価した。
【0055】
No.2〜No.7の鋼材は、順に、Si、P、S、Cu、Ni、Nの含有量が、夫々本発明で規定する化学成分組成の範囲を満足しないため、腐食速度が通常用いられている鋼材(No.1)と同レベルであり、腐食性環境下における耐食性の向上は認められなかった。また、No.8〜No.10の鋼材は、CP1またはCP2が、夫々本発明で規定する範囲を満足しないため、No.2〜No.7の鋼材と同様に、腐食速度が通常用いられている鋼材(No.1)と同レベルであり、腐食性環境下における耐食性の向上は認められなかった。
【0056】
これに対し、本発明で規定する要件を満足するNo.11〜No.37の鋼材は、いずれも腐食速度が60以下であり、優れた耐食性が発揮される結果となっている。これら耐食性は、C、Si、Mn、P、S、Al、Cu、NiおよびNの含有量と、CP1およびCP2の値を適正に制御することによって得ることができる、Siの酸化物とCuの硫化物とを主体とする複合腐食生成物皮膜の防食作用によって発現される。
【0057】
次に、Znを含有する被覆層1を表面の略半分に形成した表面処理試験片bを用いた腐食試験による試験結果を表3に示す。これはZnを含有する被覆層1が一部剥離した状態を擬似した腐食試験である。尚、腐食速度は無機ジンクリッチプライマー層(Znを含有する被覆層1)を形成した略半分の面の腐食速度を示しており、表2に示す試験結果と同じく、表2におけるNo.1の鋼材の腐食速度を100としたときの相対値で示している。
【0058】
No.Aは通常用いられている鋼材(No.1)の表面の略半分に無機ジンクリッチプライマー層(Znを含有する被覆層1)を形成したものであるが、その腐食速度はZnを含有する無機ジンクリッチプライマー層が形成されていないものと殆ど同じであり、無機ジンクリッチプライマー層が早期に溶出し、Z無機ジンクリッチプライマー層による防食効果が認められなかった。また、No.B、No.E、No.Gは、夫々鋼材No.13、No.16、No.17の表面の略半分に無機ジンクリッチプライマー層(Znを含有する被覆層1)を形成したものであるが、被覆層1の厚さが5μm未満であるため、それらの腐食速度は無機ジンクリッチプライマー層が形成されていないものと殆ど同じレベルであった。
【0059】
これに対し、厚さを5μm以上の無機ジンクリッチプライマー層(Znを含有する被覆層1)を形成させたものは、無機ジンクリッチプライマー層が形成されていないものと比較すると10%以上腐食速度が抑制されており、無機ジンクリッチプライマー層を形成したことによる防食性の向上が認められた。
【0060】
以上のように、本発明の鋼材およびZnを含有する被覆層1による表面処理は、硫酸と硫黄の双方による腐食環境において耐食性が優れたものとなり、Sを含有するばら積貨物を積載するばら積貨物船の構造部材として極めて有用に用いることができる。
【0061】
【表1】

【0062】
【表2】

【0063】
【表3】

【符号の説明】
【0064】
1…Znを含有する被覆層
2…吊り下げ孔
a…裸試験片
b…表面処理試験片

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.04〜0.30%、Si:0.28〜0.60%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.010〜0.040%、S:0.003〜0.025%、Al:0.010〜0.10%、Cu:0.10〜1.0%、Ni:0.10%以下(0%を含まない)、N:0.0030〜0.010%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
下記(1)式で規定されるCP1が0.10以上であると共に、
下記(2)式で規定されるCP2が0.80〜7.00であり、
硫黄分を含む貨物に起因する腐食性環境下での耐腐食性に優れることを特徴とするばら積貨物船用耐食鋼材。
CP1=[Si]+2×[Cu]−5×[Ni]・・・(1)式
CP2=([P]/4+[S])/[N]・・・(2)式
但し、上式で[ ]は各元素の含有量(質量%)である。
【請求項2】
質量%で、更に、Cr:0.01〜0.3%を含有する請求項1記載のばら積貨物船用耐食鋼材。
【請求項3】
質量%で、更に、Sn:0.005〜0.3%、Sb:0.005〜0.3%の1種または2種を含有することを特徴とする請求項1または2記載のばら積貨物船用耐食鋼材。
【請求項4】
質量%で、更に、Ca:0.0003〜0.005%を含有することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のばら積貨物船用耐食鋼材。
【請求項5】
質量%で、更に、Ti:0.001〜0.05%、V:0.001〜0.05%、Nb:0.001〜0.05%、B:0.0003〜0.005%の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のばら積貨物船用耐食鋼材。
【請求項6】
表面にZnを含有する厚さ5μm以上の被覆層が形成されている請求項1乃至5のいずれかに記載のばら積貨物船用耐食鋼材。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれかに記載の鋼材を用いて構成されていることを特徴とするばら積貨物船の船倉。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−28853(P2013−28853A)
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−167072(P2011−167072)
【出願日】平成23年7月29日(2011.7.29)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)