説明

アクリル系樹脂延伸シートおよびそれを用いた車両用グレージング材

【課題】透明性を維持しつつ、破壊時の破片の形状が丸みを帯びたアクリル系樹脂シートを得る。
【解決手段】質量平均分子量が20万〜100万のアクリル系樹脂からなり、延伸前に比べ面積比で2倍〜20倍に同時二軸延伸された厚みが0.5mm〜5mmである透明なシートであって、デュポン落錘衝撃試験にて破壊した際、次式で規定されるクラックの曲率C値が1.1以上となるアクリル系樹脂延伸シート。
【数1】


ただし、C:クラックの曲率、L1:クラック発生点からクラック消滅点までのクラックに沿って測定した長さ、L2:クラック発生点からクラック消滅点までの直線距離である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、破壊時に発生する破片が丸みを帯びた形状となるアクリル系樹脂延伸シートおよびそれを用いた車両用グレージング材に関する。
【背景技術】
【0002】
車両用グレージング材として要求される性能は、耐衝撃性、表面の硬度、耐摩耗性、耐候性、破壊時の安全性等である。アクリル樹脂は、通常のグレージング材として広く使用されているガラスと比べ耐衝撃性はほぼ同等であり、他の樹脂に比べると表面硬度や耐摩耗性、耐候性についても高い性能を有しているが、破壊時には鋭利な破片が飛び散るという問題がある。そのため、現在では樹脂グレージングとしては耐衝撃性に優れるポリカーボネートが用いられる機会が増えている。しかしながらポリカーボネートは表面硬度や耐候性が問題となっており、ガラスに代替するまでには至っていない。
【0003】
航空機の窓用など限られた分野においては、架橋アクリル系樹脂シートの物性を延伸によって向上させ、強度、耐熱性、軽さを両立させた製品が知られている(特許文献1等)。しかしながら、これらの製品は破壊することを前提として作られたものではないので、破片の飛散防止やその形状に関する検討はなされていない。
【0004】
また、特許文献2は、自動車や鉄道車両など人輸送車両用のグレージング向けとして、表層に延伸したアクリル系樹脂シートを設け内層にゴムを共重合させた強化アクリル樹脂を使用した積層シートを開示している。この積層シートは、耐候性、透明性および耐衝撃性能を高め、破片の飛散防止性能の向上を達成している。しかしながら、この特許文献においても破片の飛散防止と破片の形状の関係に関する検討はなされていない。また、この技術で使用されているアクリル樹脂は、質量平均分子量が5万〜20万の押出成形品及び100万以上である超高分子量のセルキャスト品である。押出成形品程度の低分子量のものはこの文献にも記載されているように延伸による配向がかかりにくく、延伸条件を十分検討しても満足な結果を得ることは困難である。また、超高分子量のセルキャスト品は、基本的にバッチ方式で生産されること、及び十分に分子量を上げるために長い重合時間を要する方法であることから生産性に問題がある。自動車や鉄道車両など人輸送車両用の各種グレージング用途を想定した場合、このような生産性の低い手法では工業生産によって製品を供給することは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−231610号公報
【特許文献2】特公平3−68824号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、透明性を維持したまま、シート破壊時の破片の形状が丸みを帯びたアクリル系樹脂延伸シートを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題は、以下の本発明によって解決される。
本発明は、質量平均分子量が20万〜100万のアクリル系樹脂からなり、延伸前に比べ面積比で2倍〜20倍に同時二軸延伸された厚みが0.5mm〜5mmである透明なシートであって、デュポン落錘衝撃試験にて破壊した際、次式で規定されるクラックの曲率C値が1.1以上となるアクリル系樹脂延伸シートである。
【0008】
【数1】

【0009】
ただし、C:クラックの曲率、L1:クラック発生点からクラック消滅点までのクラックに沿って測定した長さ、L2:クラック発生点からクラック消滅点までの直線距離である。
【0010】
また本発明は、前記のアクリル系樹脂延伸シートを用いた車両用グレージング材である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、透明性を維持したまま、シート破壊時の破片の形状が丸みを帯びたアクリル系樹脂延伸シートが提供される。このアクリル系樹脂延伸シートは携帯電話を始めとするディスプレイ面板、または自動車や鉄道車両など人輸送車両用の各種グレージングなどに適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例1のシートの破壊状態を撮影した写真である。
【図2】比較例1のシートの破壊状態を撮影した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
アクリル系樹脂シートに利用されてきた延伸技術は、透明性を維持したまま耐衝撃性の向上を狙ったものが一般的であった。本発明は新たな視点でこの延伸技術を利用するものであり、アクリル系樹脂延伸シートを破壊した際に発生する破片の形状を丸みを帯びたものに制御するために適用したものである。
【0014】
〔アクリル系樹脂延伸シート〕
本発明のアクリル系樹脂延伸シートの基材となるアクリル系樹脂シートは、メチルメタクリレート単位を主成分とする重合体のシートである。前記重合体は、メチルメタクリレート単位を50質量%以上含有する範囲内であれば、その他の各種モノマー単位を含有することができる。各種モノマーとしては、例えば、エチルメタクリレート、イソプロピルメタクリレート、ブチルメタクリレート、2−エチルヘキシルメタクリレート、フェニルメタクリレート、ベンジルメタクリレート等のアルキルメタクリレート、メチルアクリレート、エチルアクリレート、ブチルアクリレート、2−エチルヘキシルアクリレート等のアルキルアクリレート、アクリル酸、メタクリル酸、マレイン酸、イタコン酸等の不飽和カルボン酸、無水マレイン酸、無水イタコン酸等の酸無水物、N−フェニルマレイミド,N−シクロヘキシルマレイミド、N−t−ブチルマレイミド等のマレイミド誘導体、2−ヒドロキシプロピルアクリレート、2−ヒドロキシエチルアクリレート、2−ヒドロキシプロピルメタクリレート等のヒドロキシ基含有単量体、(メタ)アクリルアミド、(メタ)アクリロニトリル、ジアセトンアクリルアミド、ジメチルアミノエチルメタクリレート等の窒素含有単量体、アリルグリシジルエーテル、グリシジルアクリレート、グリシジルメタクリレート等のエポキシ基含有単量体、スチレン、α−メチルスチレン等のスチレン系単量体、エチレングリコールジアクリレート、アリルアクリレート、エチレングリコールジメタクリレート、アリルメタクリレート、ジビニルベンゼン、トリメチロールプロパントリアクリレート等の架橋剤などが挙げられ、これらの中から1種または複数種選定し使用される。前記モノマーは公知の方法により重合して重合体にすることができる。前記重合体をシートにする方法としては、公知の方法が適用でき、例えばセルキャスト法、押出成形法が挙げられる。生産性、高分子量化の観点から、セルキャスト法の一形態である連続キャスト法が好ましい。
【0015】
〔質量平均分子量〕
アクリル系樹脂延伸シートの質量平均分子量は20万〜100万であるが、できるだけ高いものであることが好ましい。質量平均分子量が20万未満であると十分な配向度が得られず、延伸の効果が現れにくい。一方、質量平均分子量が100万を超えるシートは延伸成形が困難になる。なお、質量平均分子量はゲル浸透クロマトグラフ(GPC)により測定される値である。
【0016】
〔シート厚み〕
延伸後のアクリル系樹脂延伸シート厚みは0.5mm以上5mm以下である。5mmよりも厚いシートを得るためには非常に厚いシートを延伸する必要があり、延伸成形が困難となる。
【0017】
〔同時二軸延伸〕
本発明は、アクリル系樹脂シートを構成するアクリル系樹脂の高分子鎖を高度に配向させることによって、シートが破壊した際に発生する破片の形状を鋭利なものから丸みを帯びたものへと変化させるものである。延伸方式は同時2軸延伸方式であり、これによってアクリル系樹脂の高分子鎖を高度に配向させる。1軸延伸方式であると、アクリル系樹脂延伸シートを破壊した際に発生するクラックは、クラック発生点から延伸方向に沿って平行に進むため、鋭利な破片となる可能性が高くなる。同時二軸延伸機としては、突上成形機が挙げられる。
【0018】
〔延伸倍率〕
延伸倍率は面積比で2倍以上20倍以下である。延伸倍率が面積比で2倍未満であると十分な配向度が得られず、延伸の効果が現れない。一方、延伸倍率が20倍を超えると延伸成形は困難である。延伸倍率は面積比で4倍以上であることが好ましく、16倍以下であることが好ましい。
【0019】
〔その他の延伸条件〕
延伸温度はアクリル系樹脂シートのガラス転移温度以上かつ分解点未満であることが好ましい。より好ましくはガラス転移温度により近い温度である。また、延伸温度がガラス転移点未満であるとアクリル系樹脂シートが白化したり延伸成形が困難となる。一方、延伸温度が高すぎると十分な配向度が得られず、延伸の効果が現れない。
【0020】
延伸速度はなるべく速いことが好ましい。例えば10〜30m/分程度である。延伸速度が遅すぎると、延伸中に分子鎖が緩和してしまい、十分な配向度が得られず、延伸の効果が現れない。一方、延伸速度が速すぎると延伸成形が困難になる。
【0021】
〔クラックの曲率〕
本発明のアクリル系樹脂延伸シートをデュポン落錘衝撃試験にて破壊した際の、クラックの曲率C値は1.1以上である。この落錘衝撃試験においては、発生した全てのクラックについてその長さを測定し、各クラックのC値をそれぞれ算出した後に、全てのクラックの平均値としてC値を算出する。また、シートのエッジまでクラックが到達した場合は、その地点をクラック消滅点とする。
【0022】
尚、シート厚みによって錘の質量及び錘の落下高さを適宜変更することができるが、必ずクラックが入る衝撃を与える必要がある。C値が1.1以上となるシートは、クラックの形状が湾曲しているのでその破片は丸みを帯びた形状であって安全性が高いものである。C値の上限値は、2.0である。
【0023】
〔デュポン落錘衝撃試験〕
デュポン落錘衝撃試験とは以下の試験をいう。
直径50mmの円形の穴が開いた金属製の台に、縦横各50mmにカットした正方形のシートサンプルを偏りなく設置する。径1/2インチの撃ち型をシートサンプル上に設置し、所定の重量の錘を所定の高さから落下させ、シートサンプルを破壊する試験である。
【0024】
L1の測定方法は以下の通りである。
縦横各60mmの正方形内に全てのシートの破片を並べ、全ての破片が1枚の写真に納まり、且つ可能な限り大きく写るよう、200万画素のデジタルカメラで真上から撮影する。ただし、解像度は180dpiとする。得られた写真を画像解析ソフトによってL1及びL2を測定する。使用する画像解析ソフトとしてはMedia Cybernetics社のImage−Pro Plusがあるが、同様の解析が可能な他のソフトを使用しても良い。また、クラックをトレースする際、1画素につき1点までとし、クラック上から1画素以上外れた位置に点を取ってはならない。なお、L1、L2の始点及び終点はそれぞれ一致させる。
【0025】
〔車両用グレージング材〕
前記方法により得られるアクリル系樹脂延伸シートは、破壊した際の破片の形状が丸みを帯びており、車両用グレージング材として好適である。
【実施例】
【0026】
以下、実施例により本発明を説明する。
【0027】
〔実施例1〕
質量平均分子量が約80万である三菱レイヨン株式会社製アクリライトLの3mm厚のアクリルシートを縦横各300mmの正方形にカットし、延伸温度113℃、延伸速度10m/分、延伸倍率4倍の条件で延伸を行い、厚み0.80mmのアクリル樹脂延伸シートを作製した。このシートを縦横各50mmの正方形にカットし、直径50mmの穴が開いた金属製の台へ設置した。径1/2インチの撃ち型を使用し、1kgの錘を高さ0.1mから落下させ、シートを破壊した。
【0028】
破壊後のシートを図1に示す。シートの破片を全て回収し写真撮影を行った。この時、縦横各60mmの正方形内に全てのシートの破片を並べ、全ての破片が1枚の写真に納まり、且つ可能な限り大きく写るよう、200万画素のデジタルカメラで真上から撮影した。続いて、得られた写真を画像解析ソフトによってL1及びL2を測定した。画像解析ソフトはMedia Cybernetics社のImage−Pro Plus Version 4.0を使用した。また、クラックをトレースする際、1画素につき1点までとし、クラック上から外れないように注意し、L1を測定した。C値の平均値は、1.23であった。
【0029】
〔比較例1〕
実施例1のアクリライトLと同等の質量平均分子量を持つ厚み1.26mmのアクリルシートをセルキャスト法により作製した。この未延伸のシートを縦横各50mmの正方形にカットし、実施例1と同様の条件にてデュポン落錘衝撃試験を実施した。破壊後のシートを図2に示す。C値の平均値は1.00であった。
【符号の説明】
【0030】
1 クラック発生点
2 クラック1
3 クラック2
4 クラック3
5 クラック発生点
6 クラック1
7 クラック2
8 クラック3

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量平均分子量が20万〜100万のアクリル系樹脂からなり、延伸前に比べ面積比で2倍〜20倍に同時二軸延伸された厚みが0.5mm〜5mmである透明なシートであって、デュポン落錘衝撃試験にて破壊した際、次式で規定されるクラックの曲率C値が1.1以上となるアクリル系樹脂延伸シート。
【数1】

ただし、C:クラックの曲率、L1:クラック発生点からクラック消滅点までのクラックに沿って測定した長さ、L2:クラック発生点からクラック消滅点までの直線距離である。
【請求項2】
請求項1に記載のアクリル系樹脂延伸シートを用いた車両用グレージング材。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−241249(P2011−241249A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−111990(P2010−111990)
【出願日】平成22年5月14日(2010.5.14)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】