説明

アシネトバクター・バウマニのファージ

【課題】アシネトバクター・バウマニに対して特異的に感染するため、アシネトバクター・バウマニの数量を低減させる用途に利用することができるファージの提供。
【解決手段】単離されたアシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii)のファージを提供するものであり、前記4種の分離ファージは配列類似度が80%以上である配列を有する群より選ばれた一種又は二種以上のゲノム配列を保有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なファージ、特にアシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii)のファージに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、院内感染(nosocomial infection)が、病院にとって最も解決が困難な課題となっており、統計によると、通常、病院の院内感染率は約3%〜5%である。この院内感染の細菌としては、通常、日和見病原体(opportunistic pathogen)が挙げられる。即ち、正常な免疫力を有する宿主にとっては、これらの細菌は無害であり、甚だしくは、これらの細菌には人体表面に存在する常在菌叢(normal flora)も含まれる。
【0003】
しかし、宿主の免疫力が低下した場合、これらの細菌は感染を引き起こし易く、疾病の原因となる。
【0004】
院内感染を引き起こすこれら細菌は、聴診器、カルテ、止血帯、手袋、注射針、呼吸装置、吸入器、家具、床板、通気孔、モニターなどの設備に、或いは水、土壌及び食物(果物、野菜中)と下水道の汚物中に、又は、例えば、皮膚、脇下、結膜、口腔、上気道、上咽頭、消化管などの人体に生存している可能性がある。
【0005】
院内感染の発生について、集中治療室(intensive-care unit, ICU)を例に取ると、患者の多くは重症患者であり、免疫力は弱く、且つ、例えば気管挿管や血管装置の利用による侵襲的治療を必要とすることから、院内感染の可能性が著しく増大しており、統計によれば、ICUにおける感染率は約千分の20〜30程度となっている。
【0006】
今日、最もよく知られる院内感染細菌としては、例えば、緑膿菌(シュードモナス・エルジノーサ;Pseudomonas aeruginosa)、黄色ブドウ球菌(スタフィロコッカス・アウレウス;Staphylococcus aureus)、アシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii)等が挙げられる。
【0007】
通常、細菌感染における治療方法としては、抗生物質が使用される。しかし、抗生物質の乱用により、細菌の淘汰が進み、より多くの薬剤耐性が派生し、現在、院内感染において、抗生物質に対して薬剤耐性を有する細菌が日増しに増加する結果となっている。そのため、これら薬剤耐性を獲得した細菌に感染した患者を治療するためには、更に高価な新しい抗生物質を必要とする。しかも、こうした細菌の薬剤耐性の派生が引き続き進展した場合、最後には治療に有効な抗生物質そのものが無くなってしまうことも考えられる。
【0008】
アシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii、本明細書においてはAB菌とも略称する)は、グラム(Gram)陰性細菌に属する。一般的に、約10%の人体の皮膚、気道、消化管などにおいて当該AB菌が存在することが知られている。AB菌は暖かく湿った環境を好んで生育するため、病院内のカート、医療器具、水槽、ベッド、マットレス、呼吸装置、更に空気中にも生存する。臨床上、すでに多剤耐性のAB菌が分離されている。例えば、ゲンタマイシン(gentamicin)、アミカシン(amikacin)、ピペラシリン(piperacillin/tazobactam)、チカルシリン(ticarcillin/clavulanate)、セフタジジン(ceftazidime)、セフェピム(cefepime)、セフピロム(cefpirome)、アズトレオナム(aztreonam)、イミペネム(imipenem)、メロペネム(meropenem)、シプロフロキサシン(ciprofloxacin)、及びレボフロキサシン(levofloxacin)などに対して薬剤耐性を有するものがそれである。AB菌は、容易に多剤耐性を獲得し、且つ物体の表面に一定時間生存できることから、院内感染の予防と治療上大きな問題となっている。
【0009】
ファージ(phage、又はバクテリオファージ;bacteriophage)は、ウイルスの一種であり、その特徴は、細菌を宿主とし、細菌体内でしか生長し増殖することができない点にある。ファージは、溶菌性(lytic)と溶原性(lysogenic)に分けられる。溶菌性ファージは、宿主の細菌に感染し、宿主内で増殖した後、ファージが細菌を溶解して放出され、細菌は破裂して死滅する。溶原性ファージは、比較的温和なファージであり、溶菌性又は溶原性の生活史を有し、溶原性の経路において、宿主と共存できる。
【0010】
既に、ファージを利用して細菌性疾患を治療する方法が報告されている。例えば、米国特許第5,688,501号公報、第5,997,862号公報、第6,248,324号公報、第6,485,902号公報などにおいて、ファージを含有した医薬組成物を利用して、A型連鎖球菌(Streptcoccus A)、皮膚感染を引き起こす細菌、大腸菌O157菌株等の細菌性疾患を治療する方法がそれぞれ開示されている。又、米国特許第6,121,036号公報においても、一種以上のファージを含有する医薬組成物が開示されている。更に、米国特許第6,699,701号公報にも、サルモネラ・エンテリティディス(Salmonella enteritidis)特異性ファージを包装材料に塗布し、これを食品(例えば果物、野菜)包装に利用する方法が開示されている。
【0011】
しかし、上記の特許公報には、アシネトバクター・バウマニのファージに関する記載は無く、又、アシネトバクター・バウマニのファージによりアシネトバクター・バウマニの菌量を減少させ、院内感染の防止に応用した報告は見当たらない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】米国特許第5,688,501号公報
【特許文献2】米国特許第5,997,862号公報
【特許文献3】米国特許第6,248,324号公報
【特許文献4】米国特許第6,485,902号公報
【特許文献5】米国特許第6,121,036号公報
【特許文献6】米国特許第6,699,701号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上記とその他の問題点を解決するため、一種の単離されたアシネトバクター・バウマニ・ファージ(Acinetobacter baumannii Phage)を提供する。当該ファージは、SEQ ID No.1、2、3、4の配列と、SEQ ID No.1、2、3、4の配列との類似度が80%以上である配列からなる群より選ばれる一種又は二種以上の配列のゲノムDNA配列を有する。前記SEQ ID No.1、2、3、4の配列は、本明細書に附記した配列表に示した。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の技術分野において、既に、RNAポリメラーゼ遺伝子配列はウィルスの遺伝物質の高保存領域(highly conserved region)であり、種間のRNAポリメラーゼ遺伝子配列の類似度を比較することで、種の系統関係を判別することが可能となることが知られている。本発明中、SEQ ID No.1〜2の配列はDNA配列であり、AB菌ファージのRNAポリメラーゼをコードづけするものである。本発明において、SEQ ID No.1〜2の配列を遺伝子ライブラリーと比較したところ、同様又は類似するウイルス配列を得ず新規な配列であることが分かった。
【0015】
本発明のアシネトバクター・バウマニ・ファージは、ドイツ微生物および培養細胞収集機関(DSMZ)に、寄託番号DSM23599、DSM23600として寄託されている。本発明の一つの形態として、本発明のAB菌ファージは、上記の寄託番号のファージの変異株であってもよく、当該変異株は寄託番号DSM23599、DSM23600のいずれか一方のファージと比較し80%以上の配列類似度を有するものである。
本発明のAB菌ファージは、アシネトバクター・バウマニに対して特異的に感染するファージであり、溶菌性ファージに属する。即ち、本発明のファージは宿主細菌としてのAB菌に感染し、細菌細胞内で複製、増殖した後、アシネトバクター・バウマニの細胞壁を溶解し、増殖したファージを放出するため、アシネトバクター・バウマニを破裂させ死滅させることが可能である。これにより、本発明のファージは、AB菌の菌数を減少させることが可能となり、環境消毒に応用でき、特にAB菌の院内感染の防止に有用である。
【0016】
本発明の一つの態様において、本発明のAB菌ファージは、アシネトバクター・バウマニに対して、急速に吸着する能力を有し、その潜伏期間は短く、アシネトバクター・バウマニを溶解して増殖したファージを放出する放出量(burst size)が大きい。
【0017】
本発明のファージは、二本鎖DNA(double-strand DNA)を遺伝物質とし、該DNAの全長は約35〜40Kbであり、図1に示すようなウイルス粒子の外型を呈し、頭部と尾部を有し、頭部は20面体構造を呈し、尾部は糸状構造により宿主細胞の表面に附着する。ウイルス粒子のサイズは、頭部は約60nmであり、尾部は約9〜11nmである。
【0018】
本発明の一つの態様において、本発明のAB菌ファージは、耐酸性と耐アルカリ性を有し、pH4以上〜pH12以下の環境条件下において、ファージの生物活性を保有する。本明細書において、ファージの生物活性とは、ファージがその環境下で宿主のアシネトバクター・バウマニに対して感染力を有し、宿主に感染し、宿主細胞内で増殖し、及び/又は宿主細胞を溶解する能力を指す。
【0019】
本発明の一つの態様において、本発明のAB菌ファージは、界面活性剤中においてファージの生物活性を保持するものである。
【0020】
本発明の一つの態様において、前記界面活性剤は、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性イオン性界面活性剤、及び/又は非イオン性界面活性剤からなる群より選ばれる少なくとも一種である。
【0021】
より好ましい実施例において、前記アニオン性界面活性剤としては、例えば、ラウリル硫酸アンモニウム、ラウリルアルコールポリエーテルスルホコハク酸エステルジナトリウム、オクチルスルホニルコハク酸エステルジナトリウム、ドデシルベンゼンスルホン酸(ソフト型)、ドデシルリン酸エステル(MAP)、セカンダリアミノリン酸塩(SAS)、パルミトイルヒドロキシエチルスルホン酸ナトリウム(SCID)、ラウリルアルコールポリエーテル硫酸エステルナトリウム(SLES)、ラウロイルサルコシン酸ナトリウム、ラウロイルエーテル硫酸ナトリウム(SLS)、メチルパルミトイルタウリンナトリウム等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0022】
より好ましい実施例において、前記カチオン性界面活性剤としては、例えば、セチルトリメチルアンモニウムクロリド、ジココイルジメチルアンモニウムクロリド、ジデシルジメチルアンモニウムクロリド、ジエステル第四級アンモニウム塩、アルキルベンジルジメチルアンモニウムクロリド、ジタロージメチルアンモニウムクロリド(DTDMAC)、イミダゾリニル第四級アンモニウム塩等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0023】
より好ましい実施例において、前記両性イオン性界面活性剤としては、例えば、ココイルイミダゾリニウムベタイン、パルミトイルアミノプロピルヒドロキシスルホベタイン、パルミトイルアミノプロピルジメチルベタイン、パルミトイルアムホジプロピオン酸ジナトリウム、ラウロイルアミノプロピルジメチルベタイン、アルキルアムホプロピオン酸ナトリウム、タロー油ジヒドロキシエチルベタイン等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0024】
より好ましい実施例において、前記非イオン性界面活性剤としては、例えば、アルキルポリグリコシド(APG)、ココアミドDEA(cocoamide DEA)、ラウリルアミンオキシド、ラウリルエーテルカルボン酸エステル、トリトンX(例えば、TritonX-100、TritonX-405等)、PEG-150ジステアリン酸塩、トウィーン(例えば、Tween-40、Tween-80等)、スパン(例えば、Span-20、Span-80等)等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0025】
より好ましい実施例において、前記界面活性剤としては、非イオン性界面活性剤が使用される。
【0026】
より好ましい実施例において、前記界面活性剤としては、市販品が用いられ、特に洗剤が使用される。
【0027】
本発明のファージは、特異的にAB菌に感染するため、殺菌用、又はAB菌により生じる疾病の治療用薬物の製造用に利用される。又、一つの態様において、本発明のAB菌ファージは、介護施設、医療機関、又は医療に関連する研究機関の殺菌用途に使用される。即ち、有効量の前記ファージを前記介護施設、医療機関又は医療に関連する研究機関など(例えば、在宅介護、病院、又は療養所)に施用することで、これら施設内に存在するアシネトバクター・バウマニの菌量を減少させることが可能である。
【0028】
更に詳しくは、本発明のAB菌ファージは、例えば集中治療室、手術室、回復室、診療室、面会室などといった在宅介護、病院、又は療養所等の環境に施用され、又は、例えば気管挿管器具、血管装置、聴診器、カルテ、止血帯、手袋、呼吸装置、吸入器、家具、床板、通気孔、モニターといった病院或いは療養所内の設備の表面に施用されるが、これらに限定されるものではない。
【0029】
より好ましい実施例において、前記殺菌用途における施用方法は、施用する目的物により異なるが、直接的噴霧、間接的噴霧、浸漬、又は直接に人体皮膚表面に塗布する方法などの方法が利用される。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】アシネトバクター・バウマニ・ファージを走査型電子顕微鏡により観察して得た影像を示す。
【図2A】アシネトバクター・バウマニ・ファージのDNA電気泳動図であり、その内、Mは分子量の標準試料を示し、No.1〜9は、それぞれ制限酵素HincII、HindIII、SnaBI、SspI、EcoRV、BglII、MluI、XbaI、及びEcoRIを用いて作用したDNA試料を示す。
【図2B】アシネトバクター・バウマニ・ファージのDNAの制限酵素切断地図を示す。
【図3】アシネトバクター・バウマニ・ファージのタンパク質電気泳動図であり、その内、Mは分子量の標準試料を示す。
【図4】アシネトバクター・バウマニ・ファージの宿主細菌における吸着率を示した図である。
【図5】アシネトバクター・バウマニ・ファージの一段増殖曲線を示した図である。
【図6】界面活性剤におけるアシネトバクター・バウマニ・ファージの生存率を示した図である。
【図7A】異なる温度下におけるアシネトバクター・バウマニ・ファージの生存率を示した図である。
【図7B】異なる温度と解凍条件下におけるアシネトバクター・バウマニ・ファージの生存率を示した図である。
【図8】異なるpHにおけるアシネトバクター・バウマニ・ファージの生存率を示した図である。
【図9】化学物質中におけるアシネトバクター・バウマニ・ファージの生存率を示た図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、特定の具体的実施例により本発明の実施形態について説明する。本技術分野に精通した者は、本明細書の記載内容によって、本発明のその他の利点や効果を十分に理解できる。
【実施例1】
【0032】
アシネトバクター・バウマニのファージの単離:
台湾の花蓮に所在する慈済医院より導管洗浄液、排水系統の廃水、未処理の汚水など計87個の試料を収集し、当該試料をそれぞれ遠心分離機で4℃、5000×gで10分間遠心分離し、上澄液を口径0.45μmのメンブレンフィルターにより濾過し、続いて、以下のプラークテストを行う。
【0033】
AB菌の細菌層(bacterial lawns、その調製方法は実施例2で詳しく説明する)に、10μlの上記の試料濾液を滴下する。試料濾液中にファージが含まれている場合、細菌層上に透明なゾーン(clear zone)が形成される。これを取り出してLB培地に浸し、濾過により細菌を除去すると、高濃度のファージが得られる。このファージを稀釈した後、LB培地に平塗りしてプラークを形成させる。上記の単一プラークの単離手順を少なくとも2回行うことでファージの純系株を得る。
【0034】
上記の試料より単離したアシネトバクター・バウマニ・ファージを鑑定したところ、AB菌ファージ4株を得た。それぞれをψAB1(寄託番号:DSM23599)、ψAB2(寄託番号:DSM 23600)、ψAB3(ψAB2の変異株)、ψAB4(ψAB2の変異株)と命名する。その内、ψAB3とψAB4は、ψAB2の変異株であり、ψAB2との配列類似性は、それぞれ80%以上である。上記の4株のファージは、すべてAB菌に感染でき、且つ、AB菌の異なる菌株(strain)に対してそれぞれ若干異なる感染性を示した。
【実施例2】
【0035】
宿主特異性試験:
表1に示した菌種を用いて、本発明のアシネトバクター・バウマニ・ファージにおける宿主特異性を調べた。当該菌種の内、アシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii、下記においてAB菌とも略称する)の35菌株は前記花蓮の慈済医院で収集したものであり、他の2菌株はATCC(American Type Culture Collection)より入手したものである。
【0036】
上記の細菌を、37℃下、LB培地(Difco Laboratories、米国、ミシガン州、デトロイト)で培養し、混濁度により細菌の成長度を監視し、600nm(OD600)における吸光度を測定した。ODが1の場合は細菌濃度が3×108細胞数/mlを示した。更に、1.8%のLB寒天培地上に、宿主細菌(例えば、表1中の菌株)を含む0.7%のLB寒天培地を広げて宿主細菌層(bacterial lawns)を調製した。
【0037】
実施例1において単離したファージの培養液(ファージ濃度は1010PFU/ml)10μlを前記細菌層に滴下し、この培地シャーレを無菌層流装置内で、上記の培地皿を10分間乾燥させ、37℃下で18〜20時間培養を続け、プラークが発生するかどうかを観察した。
【0038】
【表1】

MDRAB:多剤耐性のAB菌であり、ゲンタマイシン、アミカシン、ピペラシリン(タゾバクタム)、チカルシリン(クラバラネート)、セフタジジン、セフェピム、セフピロム、アズトレオナム、イミペネム、メロペネム、シプロフロキサシン、及びレボフロキサシンに対して薬剤耐性を示す。
Amp:アンピシリン(ampicillin)
Imi:イミペネム(imipenem)
Mei:メロペネム(meropenem)
r:薬剤耐性(resistance)
s:感受性(susceptibility)
【0039】
この結果から、実施例1において単離されたAB菌ファージは、アシネトバクター・カルコアセティカス、エシェリキア・コリ(大腸菌)の10菌株、クレブシエラ・ニューモニエの6菌株と、シュードモナス・エルジノーサ(緑膿菌)の3菌株の細菌層のいずれにおいてもプラークを形成せず、且つ、AB菌の細菌層のみにプラークを形成することが明らかとなり、本発明のファージは、確かにAB菌に対して宿主特異性を有することが判る。実施例1により単離したAB菌ファージは、表1に示されたAB菌の細菌層上においてプラークを形成することができるため、本発明のファージが、臨床分離により得られた多剤耐性のAB菌菌株に対して感染性をもつことが証明され、その内、ψAB2が、ATCCより入手した二つの標準菌株に対して感染性を有するだけでなく、臨床分離により得られた多剤耐性のAB菌菌株に対しても感染性をもつことも証明された。
【実施例3】
【0040】
透過型電子顕微鏡によるAB菌ファージの形態観察:
単離して得たψAB2(濃度は1012PFU/ml)をポリビニルホルマールを塗布したメッシュ(200メッシュの銅メッシュ)上に滴下し、2%のウラニールアセテート(uranyl acetate)によりネガティブ染色を行い、透過型電子顕微鏡(日本日立(株)社より購入、H-7500型、操作条件:80KV)下において観察した。その結果を図1に示す。
【0041】
ψAB2のウイルス粒子は、頭部と尾部を有し、頭部は20面体構造を呈し、サイズは約60nmであり、尾部は宿主細胞表面に附着するための糸状構造を有し、サイズは約9〜11nmである。
【実施例4】
【0042】
PFGE電気泳動分析:
対数増殖期の早期にあたるAB菌の培養液200mlを、感染多重度(Multiplicity Of Infection、MOIと略称する)約1.0のψAB2により感染させ、AB菌が完全に溶解されるまで通気培養を続けた。培養液を遠心分離し、上澄液を口径0.45μmのメンブレンフィルターで濾過し、さらに、濾液をベックマンアバンティJ-251型の遠心分離機により18,000rpmの速度で2時間分離することで、沈澱物としてファージ粒子を得た。次に、その沈澱物を1.0mlのTEバッファー溶液(1.0mMのEDTAを含む10mMのトリス−塩酸バッファー液、pH7.0)に溶解し、ベックマンLE-80K型遠心分離機とSW41Ti型スイングローター中、4℃で25,000rpmの速度で2時間超遠心分離を行うことで、ファージバンド(band)を純化した。純化して得たファージバンドを透析法によりTEバッファー溶液を除去し、使用するまで4℃で保存した。
【0043】
20%のポリエチレングリコール6000を用いて前記ファージ粒子を濃縮し、次に、フェノール/クロロホルムにより抽出し、エタノール沈澱によりファージDNAを得た後、制限酵素(restriction enzyme)ApaI、BamHI、BanII、BglII、EcoRI、EcoRV、HincII、HindIII、KpnI、MluI、PstI、PvuII、SacI、SmaI、SnaBI、SphI、SspI、StuI及びXbaIを用いてそれぞれ処理した後、0.8%と1.0%のゲルとTAEバッファー溶液中においてパルス電気泳動(PFGE)を行った。
【0044】
その結果を図2に示す。ψAB2のファージDNAは、制限酵素BglII、ECORI、ECORV、HINCII、HINDIII、MLUI、SNABI、SPHI、SSPIとXBAIにのみ作用され、分子量の標準試料(M)は、1-kb plus DNA Ladder(Invitrogen社、CAより購入)を用いた。制限酵素の作用によりフラグメントを検出したところ、ファージDNAの全長は約35〜40Kbであった。当該ファージDNAの制限酵素切断地図を図2Bに示すが、当該図面では、制限酵素BglII、EcoRI、EcoRV、MluI及びXbaIにより切断された場所が示されている。
【実施例5】
【0045】
SDS-PAGE電気泳動分析:
純化したファージ粒子と試料用バッファー溶液(5%の2-メルカプトエタノール、2%のドデシル硫酸ナトリウム(SDSと略称)、10%のグリセリン及び0.01%のブロモフェノールブルーを含む62.5mmのトリス−塩酸バッファー溶液、pH6.8)とを混合し、沸騰浴中で3分間加熱した後、12.5%のSDS-PAGEで電気泳動させる。
【0046】
例として、ψAB2のタンパク質電気泳動図を図3に示す。ここで、ファージは、少なくとも10個の異なるタンパク質バンドを有し、分子量は21〜140KDaを示し、その内、33KDaのタンパク質の含量が最も多く、ファージの主要な外皮タンパク質(coat protein)である可能性が極めてと考えられる。
【実施例6】
【0047】
配列分析:
ファージゲノムのSau3A1-局部フラグメント(約15kb)をpUC18にクローン(clone)し、さらに、6株の挿入株より得たDNAにより配列を決定した。
【0048】
NCBIゲノムつめ込み法により配列分析を行った。
【0049】
DNA配列決定と対照検査の結果、下記の配列表に示されるSEQ ID No.1~4の配列を得た。その内、SEQ ID No.1とSEQ ID No.2の配列は、RNAポリメラーゼ(RNA polymerase)遺伝子配列であり、AB菌ファージのRNAポリメラーゼをコード付けるものである。又、SEQ ID No.3とSEQ ID No.4の配列は、AB菌ファージの頭部−尾部の結合部(head-tail connector)をコード付けるものである。
【0050】
又、SEQ ID No.1〜No.4の配列について、NCBIゲノムデータベースの資料と対照検査したところ、同様或いは類似するウイルスの配列は見当らなかった。
【0051】
例を挙げると、本発明の特許出願の際に、SEQ ID No.1のDNA配列は、NCBIゲノムデータベースの資料と対照検査したところ、phi AB1-LKA1との類似度は39.4%、phi KMVとの類似度は41.3%、phi PT5との類似度は41.3%、phi PT2との類似度は41.5%、phi LKD16との類似度は41.5%であった。総体的に言えば、SEQ ID No.1の配列とゲノムデータベースのデータ中のDNA配列との対照検査によると、類似度の最も高いものでも僅か40%と低い値を示した。
【0052】
又、SEQ ID No.1によりコードして得たアミノ酸配列とphi AB1-LKA1との類似度は30.6%、phi KMVとの類似度は29.4%、phi PT5との類似度は29.4%、phi PT2との類似度は29.3%、phi LKD16との類似度は29.2%であった。総体的に言えば、SEQ ID No.1によりコードして得たアミノ酸配列とゲノムデータベースのデータ中のタンパク質との対照検査において、類似度の最も高いものでも僅か30%と同様に低い値を示した。
【0053】
本分野において、RNAポリメラーゼ遺伝子配列が、ウイルス遺伝物質の高保存領域(highly conserved region)であり、種間のRNAポリメラーゼ遺伝子配列の類似性を比較対照することにより、種の系統関係を判断することが可能であることが既に知られている。それ故、上記における対照検査の結果から、本発明のAB菌ファージと既存のファージとのRNAポリメラーゼ遺伝子配列における類似度が極めて低いことにより、本発明のファージが新規なものであることが立証された。そこで、本発明者らは、SEQ ID No.1とSEQ ID No.2の配列をNCBIゲノムデータベースにそれぞれ登録番号bankit1192576 FJ809932とbankit1192679 FJ809933(本発明の出願日において、未公開)として登録・寄託している。
【実施例7】
【0054】
殺菌効果:
AB菌を濃度0.6UのOD600値までに培養した際、MOIが0.0005であるAB菌ファージを宿主細菌の培養液に添加し、室温下で培養した。培養の際、0、1、2、3、4、5、10、20、30分のそれぞれの時点において100μlの試料を採取し、0.9mlの冷却したLBを用いて稀釈し、12,000×gの速度で5分間遠心分離を行い、上澄液を採取し、宿主細菌に吸着していないファージ量を測定した。その内、ψAB2のA. baumannii ATCC17978に対する試験結果を図4に示す。
【0055】
ファージを添加した宿主細菌の培養液を観察すると、培養液は100分間以内に、混濁した状態から透明した状態に変化し、ファージが宿主細菌を完全に溶解したことが判る。このことから、本発明の殺菌組成物が確かに殺菌効果を有することが立証された。
【0056】
図4から分かるように、約75%のファージ粒子が2分間以内に宿主細菌に吸着し、約95%のファージ粒子が4分間以内に宿主細菌に吸着し、10分間で100%の吸着を達成できた。
【0057】
又、一段増殖曲線(one-step growth curve)により、ファージの複製曲線を測定し、OD600が0.8UのAB菌培養液を遠心分離した後、沈殿物を収集し、さらに、0.8mlのLB培地を用いて再度溶解・分散し、濃度を109CFU/mlに調製した。次に、MOIが0.0001のAB菌ファージを宿主細菌培養液中に添加し、4℃下で30分間放置し、ファージを宿主細菌に吸着させた。この混合物を12,000×gの速度で10分間遠心分離を行い、この感染細菌を含有する沈殿物を20mlのLB培地に再度溶解分散させ、37℃で培養し、5分間ごとに試料を採取し、直ちにその試料を稀釈し定量した。その内、ψAB2のA. baumannii ATCC17978に対する試験結果を図5に示す。
【0058】
潜伏期の定義は、吸着(前処理の10分間を含まず)より第一回のバースト(ファージが細菌を溶解して放出される)が始まるまでの期間を指し、例えば、図5においてその潜伏期は15分間である。最終的なファージ粒子量と感染細菌の初期量との比例により、平均バースト量を計算したところ、約200PFU/細胞であった。
【0059】
上記の同様の方法により、本発明のψAB1〜ψAB4の感染性を測定した結果、本発明のファージψAB1〜ψAB4は、すべて感染が早く、潜伏期は短く、バースト量は大きく、殺菌効果が極めて早いという利点を示した。
【実施例8】
【0060】
和合性:
界面活性剤として、Tween20、Tween80とTritonX-100(米国、シグマアルドリッチバイオテクノロジー社より購入)をそれぞれ用いて、実施例1において単離して得たAB菌ファージとの和合性を調べた。周知の如く、界面活性剤の常用濃度は、0.1〜1重量%の範囲にある。そのため、上記の界面活性剤をそれぞれ1重量%用い、濃度が5×107PFU/mlのAB菌ファージと混合し、室温において培養し、24時間ごとに試料を採取してファージ濃度を測定し、下記式によりファージの生存率(survival fraction)を求めた。
【0061】
ファージ生存率=試料中のファージ濃度/ファージの初期濃度
【0062】
これにより界面活性剤の影響を測定したところ、0.1〜1重量%範囲の界面活性剤は、いずれもψAB1〜ψAB4のAB菌ファージの活性に対して影響を及ぼさないことが判った。その内、ψAB2の結果を図6に示す。図6において、AB菌ファージは、TritonX-100中で最も安定し、Tween20がこれに次いで安定し、又、Tween80中においては、AB菌ファージの生存率の変化は比較的大きいが、感染宿主細菌に感染するのに十分な活性を維持できている。しかも、時間の経過に従い、ファージ濃度の下降傾向は緩和され、その後に、再度徐々に上昇している。変異係数(coefficient of variation)により評価したところ、3種類の界面活性剤の変異係数(CV)は、いずれも20%以下を示しており、ファージがこれら3種類の界面活性剤中において極めて安定していること、即ち、ファージの生物活性を維持することが可能であることが証明された。
【0063】
従って、ψAB1〜ψAB4のAB菌ファージ中、少なくとも1種の純化株を用い、担体(例えば、水、界面活性剤(例えば、TritonX-100、Tween20、又はTween80等))とで殺菌組成物を調製し、環境又は器具の消毒に使用することができる。より好ましくは、この組成物中、そのAB菌ファージの初期含量を1×107〜1×109PFU/mlとし、界面活性剤の含量を0.1〜2重量%とする。
【実施例9】
【0064】
実施例1において単離したファージの異なる環境条件下における生物活性試験:
(1) 温度
ファージを無菌水により108PFU/mlに稀釈した後、それぞれ4℃、25℃、37℃、42℃、-20℃及び-80℃の異なる温度条件下に放置した。4℃、25℃と37℃の温度下の実験においては、24時間培養している間、3時間ごとに試料を採取してファージ濃度を測定し、その後、12週間毎週持続的に追跡した。その結果を図7Aに示す。又、-20℃と-80℃の温度下の実験においては、それぞれ2組に分け、第1組は凍結と解凍を繰り返して、12週間追跡し、第2組は1回だけ解凍して5週間追跡した。その結果を図7Bに示す。
【0065】
(2) pH
ファージを酸性(pH4)とアルカリ性(pH11)の水溶液でそれぞれ稀釈し、ファージ濃度を108PFU/mlに調製した後、pH4.7、pH7とpH11の実験において、24時間の間に3時間ごとにファージ濃度を測定し、その後、毎週1回追跡し、12週間続けて追跡実験を行った。その結果を図8に示す。
【0066】
(3) 化学物質
ファージにクロロホルム溶液(0.5%と2%)を加え、ファージ濃度を108PFU/mlに稀釈した後、24時間の間に3時間ごとにファージ濃度を測定し、その後、0.5%のクロロホルム溶液を用いた実験では、毎週1回追跡し、3週間続けて追跡し、2%のクロロホルム溶液を用いた実験においては、6週間追跡した。その結果を図9に示す。
【0067】
(4) 乾燥処理
濃度1010PFU/mlのファージを、AとBの2組に分け、A組はペプトン(peptone)を、B組は無菌水を、それぞれ用いて、ファージ濃
度を10倍に稀釈した後、真空遠心乾燥機(speed vac)で乾燥処理し、乾燥後のA、B2組を更にそれぞれ0.5mlのペプトンと0.5mlの無菌水に再溶解し、乾燥前後におけるファージの濃度変化を観察した。その結果を表2に示す。
【表2】

【0068】
上記の試験結果により、本発明のファージは、低温(-20℃、-80℃、4℃)条件下において、少なくとも8週間以上生存し、且つ、その生存率は5%以上に達することが明らかになった。環境温度(25℃と37℃)の条件下においては、ファージは11週間以上生存し、且つ、その生存率も14.9%以上に達することが示された。高温環境(42℃)の条件下において2週間追跡したところ、ファージの生存率はなおも14.8%に達した。又、本発明のファージは、アルカリ性(pH11)の環境下において約11週後でも、約30%のファージ生存率を保持することができ、酸性(pH4)の環境下においても、第11週目に至ってもなお生存するファージを測定することができた。又、本発明のファージは、0.5%と2%のクロロホルム溶液中において、3週間以上生存し、且つ、その生存率も30%に達した。真空乾燥後、再度溶解した後測定した場合でも、その生存率は、20%以上に達した。
【0069】
上記を総括すると、本発明のファージは、環境の温度、乾湿度、pH及び化学物質の条件下のいずれにおいても耐性を有し、一定した生存率を保持することが可能であり、後続する応用面においても優れた特性を発揮できることが立証された。
【0070】
上記の実施例は、本発明のファージとその調製方法を例示的に説明するものに過ぎず、本発明の特許請求の範囲を限定するものではない。これらの技芸を熟知する者は、本発明の主旨と範囲を逸脱しない範囲において、本発明の実施例に対して修正又は変更を与えることができる。本発明の権利保護範囲を下記の特許請求の範囲に示す。
【受託番号】
【0071】
DSM 23587、DSM 23599、DSM 23600。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
単離されたアシネトバクター・バウマニのファージであり、SEQ ID No.1、No.2、No.3、No.4の配列と、SEQ ID No.1、No.2、No.3、No.4の配列との配列類似度が80%以上である配列からなる群より選ばれた一種又は二種以上のゲノム配列を有することを特徴とするアシネトバクター・バウマニのファージ。
【請求項2】
前記アシネトバクター・バウマニに対して特異的に感染することを特徴とする請求項1に記載のファージ。
【請求項3】
溶菌性ファージに属することを特徴とする請求項1に記載のファージ。
【請求項4】
pH4〜12の範囲の条件下において、ファージの生物活性を保持することを特徴とする請求項1に記載のファージ。
【請求項5】
寄託番号DSM23599、DSM23600からなる群より選ばれたファージ又はその変異株であることを特徴とする請求項1に記載のファージ。
【請求項6】
前記寄託番号DSM23599、DSM23600からなる群より選ばれたファージと、前記変異株とは、80%以上の配列類似度を有することを特徴とする請求項5に記載のファージ。
【請求項7】
界面活性剤中においてファージの生物活性を保持することを特徴とする請求項1に記載のファージ。
【請求項8】
前記界面活性剤は、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性イオン性界面活性剤、及び非イオン性界面活性剤からなる群より選ばれた少なくとも一種の界面活性剤であることを特徴とする請求項7に記載のファージ。
【請求項9】
前記界面活性剤は、非イオン性界面活性剤であることを特徴とする請求項8に記載のファージ。

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7A】
image rotate

【図7B】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図1】
image rotate

【図2A】
image rotate

【図2B】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2011−36246(P2011−36246A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−180902(P2010−180902)
【出願日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年4月10日 Elsevier Masson SAS発行の「Research in Microbiology」に発表
【出願人】(504187858)財團法人佛教慈濟総合醫院 (7)
【Fターム(参考)】