説明

アデノウイルスベクターの作製方法

【課題】本発明は、アデノウイルス(以下「Ad」という。)ベクターの作製において、自己増殖能を獲得したAd(replication competent adenovirus;RCA)の出現を低減化させたAdベクターの作製方法を提供することを課題とする。
【解決手段】外来遺伝子発現カセットを含むAdベクターとベクター作製用細胞に存在するAdゲノムの相同組換えにより、増殖に必要な部位を含むAdゲノムであっても、その大きさがAdのカプシドで覆うことができる大きさを超えるように、即ちパッケージングリミットを超えるように設計した外来遺伝子を挿入したAdベクターを作製することにより、自己増殖能を有するウイルス粒子が形成されず、RCAの出現が低減化したAdベクターを提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
アデノウイルスベクターに関し、ベクター作製用細胞に組み込まれたアデノウイルス由来の遺伝子配列と、アデノウイルスベクターゲノムとの間で起こる相同組換えにより生じたアデノウイルスベクターゲノムが、自己増殖能を有するウイルス(RCA)とならないように、改良したアデノウイルスベクターの作製方法及びアデノウイルスベクターに関する。
【背景技術】
【0002】
アデノウイルスは増殖に必須のE1領域を欠損しているため、通常の細胞中では増殖できないが、ベクター製造過程にベクター作製用細胞(「パッケージング細胞」ともいう。)である293細胞の染色体に組み込まれているE1遺伝子とベクターのゲノムが相同組換えを起こすために、自己増殖能を獲得したアデノウイルス(replication competent adenovirus;RCA)が出現・混入することは避けられない(図1参照)。即ち、293細胞にはヒト5型アデノウイルスの1-4344 bpのDNAが組み込まれていると考えられており(非特許文献1)、例えば342-3523 bpを欠損しているE1領域を欠損したアデノウイルスベクターとは、E1領域の前後で相同な遺伝子配列(1-342 bp及び3523-4344 bp)を持つため、それらの領域で相同組換えを起こし、RCAが出現する場合がある。野生型ウイルスの出現のためには複数回の相同組換えを必要とするレトロウイルスベクターや、相同組換えによる野生型ウイルスの出現は起こり得ないアデノ随伴ウイルスベクターに比べ、アデノウイルスベクターにおける野生型ウイルスの混入確率は高いといえる。
【0003】
現在の米国FDA(Food and Drug Administration)が推奨しているRCA混入に関する許容値は、3×1010 VP(物理学的力価、vector particle)あたり、RCA が1 感染力価(生物学的タイター:infectious titer)未満となっている。RCAの検出に用いる試験方法としては、E1領域を欠損したアデノウイルスベクターを増幅しない通常の細胞(例えば、ヒト肺癌細胞株A549やヒト子宮頸癌細胞株HeLa)にベクターストックを感染させ、CPE(cytopathic effect;細胞中でウイルスが増殖する結果、細胞が死滅する現象)の出現を観察するのが通常である。即ち、RCAが混入していれば、通常の細胞においてもCPEが起こることになる。定量的PCRを用いたRCAの高感度検出法も開発されている(非特許文献2)。
【0004】
アデノウイルスベクターにおいて、RCAが理論上起こり得ないシステムについて、いくつか報告されている(非特許文献3、4)。Fallauxらの開発したシステム(非特許文献3)では、アデノウイルスベクター作製用のベクター作製用細胞とアデノウイルスゲノムは、E1遺伝子の459-3510 bpの配列を組み込んだPER細胞と、ウイルスゲノムの459-3510 bpの遺伝子配列を欠損したベクターゲノムからなる。このシステムでは、細胞とベクターにおいて、E1領域の前後で相同な遺伝子配列を有さないため、理論上相同組換えは起こり得ない構造となっている。しかしながら、非相同組換えにより低頻度ながらRCAが出現することが報告されている(非特許文献4)。他では、E1A発現カセットとE1B発現カセットを別々のベクターに搭載させて作製したE1A遺伝子とE1B遺伝子が異なる染色体部位に挿入されているパッケージング細胞が報告されており、この細胞を用いた場合は、前記PER細胞を用いた場合にRCAが検出された条件においても、RCAの出現は全く起こらないことが示されている(非特許文献4)。
【0005】
今後の遺伝子治療臨床試験では、上記の改変したベクター作製用細胞が用いられることが予想されるが、アデノウイルスゲノムを改変してRCAの出現を抑える試みは報告されていない。
【非特許文献1】Louis, N. et al., Virology, 233, 423-429 (1997)
【非特許文献2】Ishii-Watabe A. et al., Mol Ther., 8, 1009-1016 (2003)
【非特許文献3】Fallaux, F. et al., Hum. Gene Ther., 9, 1909-1917 (1998)
【非特許文献4】Farson, D. et al., Mol Ther., 14, 305-311 (2006)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、アデノウイルス(以下「Ad」という。)ベクターの作製において、自己増殖能を獲得したAd、即ちRCAの出現を低減化させたAdベクターを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために検討し、外来遺伝子発現カセットを含むAdベクターとベクター作製用細胞に存在するAdゲノムの相同組換えにより、増殖に必要な部位を含むAdゲノムであっても、その大きさがAdのカプシドで覆うことができる大きさを超える、即ちパッケージングリミットを超えるように設計した外来遺伝子を挿入したAdベクターにより、自己増殖能を有するウイルス粒子が形成されないことに着目し、RCAの出現を低減化させたAdベクターを作製可能なことを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち本発明は、以下よりなる。
1.少なくとも領域Aを欠損してなるAdゲノムに外来遺伝子を挿入し、前記領域Aをコードする遺伝子配列が組み込まれたAdベクター作製用細胞を用いてAdベクターを作製する方法において、
以下の特徴を含み、
Adゲノム由来の遺伝子配列と、細胞に組み込まれたAd由来の遺伝子配列の部分が相同組換えを起こすことによる自己増殖能を獲得したAdの出現を抑制しうる、Adベクターの作製方法:
1)Adゲノムの上記欠損した領域Aとは異なる部位に、目的遺伝子を含む外来遺伝子を挿入し;かつ、
2)Adゲノム由来の遺伝子配列と、細胞に組み込まれたAd由来の遺伝子配列の部分が相同組換えを起こした場合に、上記外来遺伝子を含む全Adの長さが、パッケージングリミットを超えるように設計された長さの外来遺伝子を挿入する。
2.上記2)において、パッケージングリミットを超えるように設計された長さの外来遺伝子が、野生型Adゲノムの長さを100とした場合に、全Adゲノムの長さが少なくとも107を超えるように設計されている外来遺伝子を挿入する、前項1に記載のAdベクターの作製方法。
3.上記において、細胞に組み込まれたAd由来の遺伝子配列の部分が相同組換えを起こさない場合に、野生型Adの長さを100とした場合に、全Adの長さが105以下となるように設計されている外来遺伝子を挿入する、前項1又は2に記載のAdベクターの作製方法。
4.少なくとも領域Aを欠損してなるAdゲノムが、E1領域欠損型Adゲノム又は制限増殖型Adゲノムである前項1〜3のいずれか1に記載のAdベクターの作製方法。
5.前項1〜4のいずれか1項に記載の作製方法により作製されるAdベクター。
【発明の効果】
【0009】
本発明のAdベクターの作製方法により、RCAの出現を低減化させたAdベクターを作製することができた。本発明の方法により作製されたAdベクターは、より安全性の高い遺伝子治療用のAdベクターとして利用可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明のAdベクター作製方法は、Adゲノム由来の遺伝子配列と、細胞に組み込まれたAd由来の遺伝子配列の部分が相同組換えを起こすことによる自己増殖能を獲得したAdの出現を抑制しうるものであり、少なくとも領域Aを欠損してなるAdゲノムに目的遺伝子を含む外来遺伝子を挿入し、前記領域Aをコードする遺伝子配列が組み込まれたAdベクター作製用細胞を用いてAdベクターを作製する方法において、以下の特徴を含む方法である。
1)Adの上記欠損した領域Aとは異なる部位に、目的遺伝子を含む外来遺伝子を挿入し;かつ、
2)Ad由来の遺伝子配列と、細胞に組み込まれたAd由来の遺伝子配列の部分が相同組換えを起こした場合に、上記外来遺伝子を含む全Adの長さが、パッケージングリミットを超えるように設計された長さの外来遺伝子を挿入する。
【0011】
本発明において使用可能なAdは、in vivo又はin vitroでDNAやRNAなどの核酸配列を種々のタイプの細胞へ挿入するビヒクルとしての機能を達成しうるものであれば良く、特に限定されない。代表的には、ヒトを宿主とする2型、5型、11型、35型の各Ad、ヒト以外を宿主とするサルAd、マウスAd、イヌAd、ヒツジAd及びトリAdなどが挙げられる。
【0012】
本発明において、「少なくとも領域Aを欠損してなるAdゲノム」とは、具体的にはE1領域欠損型Adや、制限増殖型Adのゲノムなどが好適である。ここで、領域Aとは、具体的にはE1領域、E2領域、E3領域やE4領域が挙げられる。領域Aを欠損してなるAdゲノムとして、特に好適にはE1領域欠損型のAdゲノムが挙げられる。
【0013】
E1領域欠損型Adゲノムとは、E1領域を欠損させたAdゲノムをいう。E1領域欠損とは、E1タンパク質をコードする領域を機能的に欠損させることを意味する。機能的に欠損させるとは、例えば、宿主細胞内で機能するE1タンパク質を発現させないようにすることであり、E1タンパク質をコードする遺伝子のすべてを欠損している必要はない。一般に、E1領域を欠損したAdは、E1タンパク質を発現している細胞(例えば、293細胞)以外では増殖することができない。
【0014】
ヒト5型Adゲノム(GenBank Accession番号:M73260, M29978)において、E1領域とは、具体的には342-3253番目に相当する。したがって、本発明のAdベクタープラスミドは、宿主細胞内で機能するE1タンパク質を発現しないのであれば、342-3253番目の領域の一部を有するものであってもよい。
【0015】
本発明のAdベクタープラスミドは、E1領域の他に、例えばE3領域を欠損させた5型Adゲノムの一部又は全部であっても良い。ヒト5型Adゲノム(GenBank Accession番号:M73260, M29978)のE3領域とは、28133-30818番目又は27865-30995番目に相当する部位をいう。制限増殖型Adは、E1タンパク質の発現が例えば癌細胞でのみ起こるAdであり、NATURE MEDICINE, 7, 781-787 (2001)に報告されているものを例示することができる。
【0016】
本発明において、Adゲノムのカプシドタンパク質とは、ウイルスゲノムの表面タンパク質をいい、具体的にはファイバー、ヘキソン、ペントンベース、pIX(プロテインIX)などが挙げられる。ファイバータンパク質は、ノブ、シャフト、テールより構成され、ファイバーノブ、ファイバーシャフト、ファイバーテールともいう。
【0017】
本発明のAdベクタープラスミドは、Adベクタープラスミドとしての機能を発揮しうるものであればよく、そのような機能を発揮しうるのであれば、Adゲノムのうち、例えばファイバー、ヘキソン、ペントンベース、pIX(プロテインIX)などの一部を欠損していても良い。具体的には、ファイバータンパク質のうち、ノブ、シャフト、テールなどの一部が欠損するものであってもよい。
【0018】
本発明において、「領域Aをコードする遺伝子配列が組み込まれたAdベクター作製用細胞」とは、例えば領域AがE1領域の場合は293細胞が挙げられる。ここにおいて、293細胞とは、ヒト胎児腎細胞をヒト5型AdのE1遺伝子によりトランスフォーメーションして樹立された細胞株であり、E1タンパク質を恒常的に発現している。上記の他、領域Aに対応して、領域Aをコードする遺伝子を人工的にトランスフォーメーションして作製した細胞であってもよい。
【0019】
本発明のAdベクターの作製方法は、以下の2つの工程を含むことを特徴とする:
1)Adゲノムの上記欠損した領域Aとは異なる部位に、目的遺伝子を含む外来遺伝子を挿入し;かつ、
2)Adゲノム由来の遺伝子配列と、細胞に組み込まれたAd由来の遺伝子配列の部分が相同組換えを起こした場合に、上記外来遺伝子を含む全Adゲノムの長さが、パッケージングリミットを超えるように設計された長さの外来遺伝子を挿入する。
【0020】
一般的に、野生型Adゲノム(100)に対して、全Adゲノムの長さが少なくとも105を超える場合は、パッケージングされないといわれている。本発明において、パッケージングリミットを超えるように設計された長さは、パッケージングされない長さであれば良く、特に限定されないが、野生型Adゲノム(100)とした場合に、全Adゲノムの長さが少なくとも107を超えるものをいう。全Adゲノムの長さが少なくとも107を超える場合は、Adのカプシドでパッケージングできる大きさを超えているので、該Adゲノムはウイルス粒子を形成することができず、ウイルスの自己増殖を獲得することがでない。その結果、RCAの出現が低減化される(図2参照)。
【0021】
さらに、上記において、細胞に組み込まれたAd由来の遺伝子配列の部分が相同組換えを起こさない場合に、野生型Adゲノムの長さを100とした場合に、全Adの長さが105以下となるように設計されている外来遺伝子を挿入することが必要である。Adベクターを例えば遺伝子治療などにより生体内に投与した場合に、目的とする外来遺伝子はパッケージングされることが必要だからである。
【0022】
具体的には、野生型Adゲノムの長さをXとし、Adゲノム由来の遺伝子配列と、細胞に組み込まれたAd由来の遺伝子配列の部分が相同組換えを起こした場合に、上記外来遺伝子を含む全Adゲノムの長さをYとした場合に、Yの長さがXの長さの107%を超える場合にパッケージングされない場合が多く、好適には109.5%以上であり、特に好適には113.9%以上であればパッケージングリミットを超え、RCAが形成されない。より具体的には、ヒト5型Adの野生型Adゲノム長は、35935 bpであり、105%の長さは37732 bp(GenBank Accession番号:M73260, M29978)であり、107%の長さは38450 bpである。
【0023】
少なくとも領域Aを欠損してなるAdゲノムの、領域Aをコードする遺伝子の長さをxとし、外来遺伝子の長さをyとした場合に、yと上記X,Y及びxとの関係は、以下の式(A)(B)に示すことができる。さらに、Adベクターゲノムが、領域A以外の箇所でウイルスの増殖能に影響を及ぼさない箇所でn箇所の欠損を認め、各々欠損している領域の長さの合計をxnとした場合は、以下の式に当てはめることができる。xnの大きさは、適宜決定することができる。但し、領域A以外の箇所でウイルスの増殖能に影響を及ぼさない箇所でAdベクターゲノムに欠損がない場合は、xn=0とする。
【0024】
(A)細胞に組み込まれたAd由来の遺伝子配列の部分が相同組換えを起こした場合の、外来遺伝子が組み込まれたときのAdベクターゲノムの長さ:Y
Y=X−xn+y、y=Y−(X−xn)
(B)細胞に組み込まれたAd由来の遺伝子配列の部分が相同組換えを起こさない場合の、外来遺伝子が組み込まれたときのAdベクターゲノムの長さ:Y’
Y’=X−x−xn+y、y=Y’−(X−x−xn)
【0025】
上記式に当てはめると、YはXを100としたときに少なくとも107を超え、Y’は105以下であることが必要であるので、
(A)38450<Y=35935−xn+y、y=Y−35935+xn
(B)37732≧Y’=35935−x−xn+y,y=Y’−35935+x+xn
【0026】
具体的には、E1領域を欠く5型Adゲノムに、長さをyとした外来遺伝子を組み込んだ場合には、E1領域は5型Adゲノムの342-3253番目に相当するので、x=3182を当てはめることができる。また、E1領域の他に欠損箇所がない場合に、xn=0を当てはめることができる。この場合には、外来遺伝子yの長さは以下より選択することができる。ここにおいて、外来遺伝子yとは目的遺伝子が発現可能なものであればよく、目的遺伝子以外の塩基配列を含んでいても良い。
上記より、該例遺伝子yの大きさは、2515+xn<y≦4979+xnの範囲より選択することができる。例えば、E1領域以外の部位で欠損箇所がない場合は、外来遺伝子yの大きさは、2515<y≦4979の範囲より選択することができる。
【0027】
本発明のAdベクターは、外来遺伝子の大きさが、上記の条件、即ち:
1)Adゲノムの上記欠損した領域Aとは異なる部位に、目的遺伝子を含む外来遺伝子を挿入し;かつ、
2)Adゲノム由来の遺伝子配列と、細胞に組み込まれたAd由来の遺伝子配列の部分が相同組換えを起こした場合に、上記外来遺伝子を含む全Adゲノムの長さが、パッケージングリミットを超えるように設計された長さの外来遺伝子を挿入する、という条件に当てはまるのであれば、Adゲノム由来ではなく、また外来遺伝子でもない他の配列を含むものであっても良い。
【0028】
本発明は、上記のAdベクターを作製する方法の他、上記方法によって作製されたAdベクターにも及ぶ。
【実施例】
【0029】
以下に実施例及び実験例を示して本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらにより限定されるものではない。
【0030】
〔実施例〕Adベクターの構築
本実施例では、5型AdゲノムのE1領域とは異なる部位、即ちE3領域に、βガラクトシダーゼ(LacZ)、ルシフェラーゼ(L)又は緑蛍光タンパク質(GFP)各々をコードする遺伝子を挿入したAdベクターを構築した(Ad-LacZ(E3)、Ad-L(E3)、Ad-GFP(E3))。Adゲノム由来の遺伝子配列と、細胞に組み込まれたAd由来の遺伝子配列の部分が相同組換えを起こした場合の、上記外来遺伝子を含む全Adゲノムの長さは、パッケージングリミット、即ち37732より、各々0.6 kb、1.6 kb及び3.2 kb超えるように構築されている。各対照として、5型AdゲノムのE1領域に上記各遺伝子を挿入したAdベクター、Ad-LacZ(E1)、Ad-L(E1)及びAd-GFP(E1)を構築した。Adベクターは、すべてHum. Gene Ther., 9, 2577-2583 (1998)及びHum. Gene Ther., 10, 2013-2017 (1999)に記載の方法に従って構築した。
【0031】
1)ベクタープラスミドの構築
E3領域に外来遺伝子を有するAdベクタープラスミド構築のために、外来遺伝子カセットをAdのE3領域へ導入可能なAdベクタープラスミド(pAdHM41-E3(+))を、以下のように作製した。pGEM7Zf(+)(Promega社)のXbaI/ScaI断片を以下の配列番号1及び2に示すオリゴヌクレオチドにライゲーションし、pFS3を得た。制限酵素SbfIの認識配列(CCTGCAGG)とAscIの認識認識(GGCGCGCC)には下線を施した。
(配列番号1)5'-CTAGCCTGCAGGATTTAAATGGCGCGCCGCGATCGCGCGGCCGCAGCT-3'
(配列番号2)5'-GCGGCCGCGCGATCGCGGCGCGCCATTTAAATCCTGCAGG-3'
【0032】
E1欠損領域に外来遺伝子を挿入できるベクタープラスミドpAdHM3(Hum. Gene Ther., 9, 2577-2583 (1998))のSalI部位をAscI リン酸化リンカー(New England Biolabs社)を用いてAscI部位に変え、AscI/SbfIで切断し、pFS3のAscI/SbfI断片とライゲーションした。得られたプラスミドpAd25-35 kbをXbaIで切断し、以下の配列番号3及び4に示すオリゴヌクレオチドとライゲーションした。制限酵素ClaIの認識配列(ATCGAT)には下線を施した。
(配列番号3)5'-CTAGGGAATCGATATCG-3'
(配列番号4)5'-CTAGCGATATCGATTCC-3'
【0033】
得られたプラスミド、pAd25-35 kb(ClaI)をClaIで切断し、以下の配列番号5及び6に示すオリゴヌクレオチドとライゲーションした。
(配列番号5)5'-CGTAACTATAACGGTCCTAAGGTAGCGAATTTAAATATCTATGTCGGGTGCGGAGAAAGAGGTAATGAAATGGCA-3'
(配列番号6)5'-CGTGCCATTTCATTACCTCTTTCTCCGCACCCGACATAGATATTTAAATTCGCTACCTTAGGACCGTTATAGTTA-3'
得られたプラスミドpAd25-35 kbは、Adゲノム(25292-33289番目)までを含み、25293番目のXbaI認識配列の代わりにI-CeuI/SwaI/PI-SceI認識配列を含む。
【0034】
pAdHM41(J. Gene Med., 5, 267-276 (2003))をI-CeuI/PI-SceIで切断し、以下の配列番号7及び8に示すオリゴヌクレオチドとライゲーションし、pAdHM41-XbaIを構築した。制限酵素XbaIの認識配列(TCTAGA)には下線を施した。
(配列番号7)5'-ATCGTCTAGAATCGGTGC-3'
(配列番号8)5'-CGATTCTAGACGATTTAG-3'
I-CeuI/SwaI/PI-SceI認識配列を含むpAd25-35 kbのSphI断片をAdベクターのファイバー領域を含むpAdHM41-XbaIのSphI断片でライゲーションし、pAd25-35 kbを得た。SpeIで線形化したpAdHM41-XbaI及びpAd25-35 kbのPacI/AscI破片を、エレクトロポレーションによって大腸菌BJ5183株(recBCとsbcBC)(Qbiogene社)でトランスフォーメーションし、相同組換えを生じさせた。
【0035】
得られたプラスミドpAdHM41-E3(+)は、E1領域を欠損し、E1欠損領域にXbaI認識配列、E3領域にI-CeuI/SwaI/PI-SceI認識配列、ファイバータンパク質のHIループコード領域であるAdゲノムの位置32679 bpと32680 bp間にCsp45I認識配列、ファイバータンパク質のC-ターミナルの領域である32784 bpと32785 bp間にClaI認識配列を含む。作製した新規ベクタープラスミドpAdHM41-E3(-)、pAdHM41-E3(+)は、それぞれ、E1/E3領域、E1領域を欠損した全長のAdゲノムを有したベクタープラスミドであり、ゲノム両末端にはPacI部位を有している。
【0036】
サイトメガロウイルス(CMV)プロモーターを含み、外来遺伝子として、LacZ遺伝子、ルシフェラーゼ遺伝子、GFP遺伝子を各々含むシャトルプラスミド、即ちpHMCMV-LacZ1、pHMCMV-L1及びpHMCMV-GFP1を常法に従い構築した。各遺伝子発現用シャトルプラスミドを各々I-CeuI/PI-SceIで切断し、I-CeuI/PI-SceIで切断したpAdHM3あるいはpAdHM41-E3(+)とライゲーションし、Adベクタープラスミド、即ちpAdHM3-LacZ、pAdHM41-E3(+)-LacZ、pAdHM3-L、pAdHM41-E3(+)-L、pAdHM3-GFP及びpAdHM41-E3(+)-GFPを各々構築した。
【0037】
2)Adベクターの作製
上記1)で構築したベクタープラスミドを各々ウイルスゲノム末端に存在する制限酵素PacIで切断して線状化し、トランスフェクション試薬SuperFectTM(Qiagen社)を用いて293細胞へトランスフェクションした。約10日間培養後、各遺伝子発現Adベクター(Ad-LacZ(E1)、Ad-LacZ(E3)、Ad-L(E1)、Ad-L(E3)、Ad-GFP(E1)及びAd-GFP(E3))を得た(図3)。細胞変成効果(CPE)が生じたAdベクターを20分の1ずつ継代して、Adベクターを増幅させた。7、11、16継代したAdベクターを、塩化セシウム密度勾配遠心を用いた常法により精製した。
【0038】
〔実験例〕精製したベクターのRCA検出試験
実施例で得た精製ベクターストック中にRCAが含まれるかどうかを定量的PCR法を用いて測定した。なお、本実験例で行ったRCA検出試験は、Infectivity PCR法を利用したものであり、Adベクター3×109 VP中にRCAが1 PFU(plaque forming unit)含まれていればRCAを検出できる。
【0039】
ヒト子宮頸癌細胞株であるHeLa細胞を10 % FCS-MEMを用いて100 mm ディッシュに1.5×106 個播種し、翌日1 % FCS-MEMで希釈した実施例で構築した各Adベクターを109 VP/1.2 mLで2時間感染させた(n=3)。4日後に細胞を回収し、1200 rpmで5分間遠心後上清を捨て、PBS(-) 100 μLに懸濁した。凍結融解を4回行ない、2000 rpmで10分間遠心した。
【0040】
上清100 μLを37 ℃で30分間DNase I (0.2 mg/mL)、RNase A (0.2 mg/mL)、MgCl2 (10 mM)処理することにより、細胞由来の核酸を分解させた。SMI TEST EX-R&D (Genome Science Laboratories社)を用いて、Adベクター由来のDNAを抽出し、滅菌精製水20 μLに懸濁したものを試料とした。 各試料に含まれるAd E1 DNA量を、ABI Prism 7000 sequence detection system (Applied Biosystems社)を用いて測定した。RCA(野生型Ad)の標準としては、Adenovirus Reference Material (ATCC VR-1516)を使用した。
【0041】
測定条件は、試料 10 μL、0.5μMプライマーセット、0.16μM TaqMan probe、Real-time PCR Master Mix (TOYOBO社) 25 μLを含む最終容量50 μLの混合液を反応させ、95 ℃ 10分で変性させた後、95 ℃ 15秒、60 ℃ 1分を1サイクルとして40サイクルの条件で定量した。プライマーは、以下の配列番号9及び10に示すオリゴヌクレオチドを、プローブは配列番号11に示すオリゴヌクレオチドを用いた。
【0042】
(配列番号9)Ad5dE1-1035F : 5'-TCCGGTCCTTCTAACACACCTC-3'
(配列番号10)Ad5dE1-1105R : 5'-ACGGCAACTGGTTTAATGGG-3'
(配列番号11)Ad5dE1-1058TM probe : FAM-TGAGATACACCCGGTGGTCCCGC-TAMRA
【0043】
上記の結果、各ロットのAdベクターについて、n=3でRCA検出試験を行い、RCAが出現した場合を確認した(n=3のうち、1つでもRCAが検出されれば、RCA混入陽性とした)。対照である従来のE1欠損領域に外来遺伝子を挿入したAd-LacZ(E1)、Ad-L(E1)、Ad-GFP(E1)では、RCAが検出されたロット数は継代数が多い程上昇し、16継代ではほとんどのロットのAdベクターでRCAを検出した。一方、1.6 kb又は3.2 kbを超えるように外来遺伝子を搭載したAd-LacZ(E3)やAd-L(E3)では16継代しても全くRCAの出現が認められなかった。従って、パッケージングリミットを十分に超えるようにAdベクターを構築すれば、RCAの出現をほぼ完全に抑制できることが示唆された(表1)。
【0044】
【表1】

【0045】
即ち、E3領域を有したAdベクターを用いた場合(pAdHM41-E3(+)を用いてAdベクターを作製した場合)、外来遺伝子のカセットのサイズが、1.8 kb以上、5.0 kb以下であれば、目的のE1領域欠損型Adベクターのみがパッケージングされ、E1領域を含むAdベクターゲノムはパッケージングされないことになる。また、 3130bpのE3領域を欠損させたAdベクターの場合(pAdHM41-E3(-)を用いてAdベクターを作製した場合)、外来遺伝子のカセットのサイズが、5.0 kb以上、8.1 kb以下であれば、目的のE1領域欠損型Adベクターのみがパッケージングされて、E1領域を含むAdベクターゲノムはパッケージングされないことになる。
【0046】
なお、本実施例では、外来遺伝子の挿入部位としてE3領域を用いたが、本発明のAdベクターにおける遺伝子導入系はE3領域以外の部位(例えば、ファイバーC末端コード領域や、E4遺伝子と3'ITRの間の領域、pIX C末端コード領域)に外来遺伝子を挿入した場合にも利用できると考えられる。
【0047】
理論上、外来遺伝子のサイズが約2.5 kb以上、5.0 kb以下であればE3領域を有したベクタープラスミドpAdHM41-E3(+)を、約5.7 kb以上、8.1 kb以下であればpAdHM41-E3(-)を用いることで、RCAの出現を抑えたAdベクターが作製できると考えられる。なお、2.5 kb以下の外来遺伝子や、5.0 kb以上、約5.7 kb以下の外来遺伝子の場合には、遺伝子発現に無関係な遺伝子配列(スタッファー配列)を付与することで遺伝子サイズを調整すれば、RCAの出現を抑えたAdベクターが作製できる。本実験例により、パッケージングリミットを十分超える様にベクター設計をすることがRCA出現の頻度減少に好ましいことが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0048】
以上詳述したように、本発明の方法により作製されたAdベクターは、より安全性の高い遺伝子治療用のAdベクターとして利用可能である。従来のE1欠損領域に外来遺伝子を挿入したAdベクターでは、調製したAdベクターのロット毎に、RCAの混入率をチェックする面倒な作業が必要であったが、本発明の方法により作製されたAdベクターを利用すれば、実質的にRCAの混入率をチェックする作業も不要になり、非常に有用である。また、現在米国FDAは、Adベクターを用いた遺伝子治療臨床研究で用いるRCA混入の許容量として、3×1010 (VP)粒子あたり、1 PFU以下であることを推奨しており、293細胞を用いた従来のAdベクターでは、継代を重ねることにより、この許容量は超えてしまうことがあると予想される。本発明の方法により作製されたAdベクターを用いれば、RCAの出現頻度が激減するため、安全性の向上やAdベクターを製造していく上でのコスト削減の点で、大きな貢献が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】従来法のAdベクターの概念を示す図である。
【図2】本発明のAdベクターの概念を示す図である。
【図3】CMVプロモーター及び目的遺伝子としてLacZ遺伝子を含む外来遺伝子を搭載したAdベクターであり、E1欠損領域に外来遺伝子を挿入したAdベクター(従来型Adベクター)とE3領域に外来遺伝子を挿入したAdベクターを示す図である。実施例では、LacZ遺伝子を、ルシフェラーゼ遺伝子やGFP遺伝子に置き換えたベクターも作製した。(実施例)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも領域Aを欠損してなるアデノウイルスゲノムに外来遺伝子を挿入し、前記領域Aをコードする遺伝子配列が組み込まれたアデノウイルスベクター作製用細胞を用いてアデノウイルスベクターを作製する方法において、
以下の特徴を含み、
アデノウイルスゲノム由来の遺伝子配列と、細胞に組み込まれたアデノウイルス由来の遺伝子配列の部分が相同組換えを起こすことによる自己増殖能を獲得したアデノウイルスの出現を抑制しうる、アデノウイルスベクターの作製方法:
1)アデノウイルスゲノムの上記欠損した領域Aとは異なる部位に、目的遺伝子を含む外来遺伝子を挿入し;かつ、
2)アデノウイルスゲノム由来の遺伝子配列と、細胞に組み込まれたアデノウイルス由来の遺伝子配列の部分が相同組換えを起こした場合に、上記外来遺伝子を含む全アデノウイルスゲノムの長さが、パッケージングリミットを超えるように設計された長さの外来遺伝子を挿入する。
【請求項2】
上記2)において、パッケージングリミットを超えるように設計された長さの外来遺伝子が、野生型アデノウイルスゲノムの長さを100とした場合に、全アデノウイルスゲノムの長さが少なくとも107を超えるように設計されている外来遺伝子を挿入する、請求項1に記載のアデノウイルスベクターの作製方法。
【請求項3】
上記において、細胞に組み込まれたアデノウイルス由来の遺伝子配列の部分が相同組換えを起こさない場合に、野生型アデノウイルスゲノムの長さを100とした場合に、全アデノウイルスゲノムの長さが105以下となるように設計されている外来遺伝子を挿入する、請求項1又は2に記載のアデノウイルスベクターの作製方法。
【請求項4】
少なくとも領域Aを欠損してなるアデノウイルスゲノムが、E1領域欠損型アデノウイルスゲノム又は制限増殖型アデノウイルスゲノムである請求項1〜3のいずれか1に記載のアデノウイルスベクターの作製方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の作製方法により作製されるアデノウイルスベクター。

【図3】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−119306(P2010−119306A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−293302(P2008−293302)
【出願日】平成20年11月17日(2008.11.17)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度 文部科学省 知的クラスター創成事業の再委託契約「関西広域バイオメディカルクラスター構想(大阪北部(彩都)地域)に伴う研究委託業務」の成果による、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】