説明

アミノ酸、ペプチド及び蛋白質の分析用試薬及びそれらの分析方法

【課題】アミノ酸、ペプチド及びたんぱく質と反応すると発色し、それらを感度よく簡便に検出することが可能な分析試薬、並びにアミノ酸、ペプチド及びたんぱく質濃度の簡便な分析方法を提供する。
【解決手段】シクロペンタジエニル−ロジウム錯体と発色色素とを含む、アミノ酸、ペプチド及び/又はタンパク質の分析用試薬であって、発色色素がアゾ染料、アゾ染料が水酸基、スルホン酸基又はそれらの塩で置換されていてもよい芳香族基を含み、ヒスチジン、メチオニン若しくはシステイン、又はそれらのうちの少なくとも1種のアミノ酸残基を含むペプチド若しくはタンパク質を分析するための試薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アミノ酸、ペプチド及び蛋白質の分析のための試薬及びそれらの分析方法に関する。より詳細には、本発明はアミノ酸、ペプチド及び蛋白質の検出又は定量のための比色分析用試薬及びそれらの分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトゲノムプロジェクトの終焉に伴い、研究の興味はゲノムから得られる情報を使い、それらの意味を知ることに変わりつつある。
【0003】
DNAに書き込まれた情報はRNAを介してたんぱく質へ翻訳される。とりわけ、たんぱく質表面、たんぱく質表面間の分子認識は生命現象における共通の言語と考えられ、細胞外からの情報の多くは細胞膜や細胞内部でのたんぱく質表面を介した相互作用によって、増幅し伝達される。
【0004】
近年、DNAチップ技術の向上によりRNAの発現を網羅的に解析するトランスクリプトーム解析が盛んに行われている。しかしながら、このRNA発現プロファイルとたんぱく質の発
現プロファイルとは必ずしも一致するわけでなく、その相関は50%以下であると言われている。そのためには、RNAの網羅的解析に加えてたんぱく質の網羅的解析が重要であり、
最近、著しく発達している二次元電気泳動法や質量分析さらにはプロテインチップのようなゲノム解析に匹敵するハイスループット分析を駆使して、たんぱく質の機能を明らかにする試みがなされている。
【0005】
プロテオーム解析の重要な目的の一つとして、たんぱく質の網羅的かつ定量的な検出が求められている。現在、汎用されている手法として、二次元電気泳動、質量分析、プロテインチップなどが挙げられるが、これらの技術には、操作が煩雑である、解析用のソフトウェアが必要である、コストが高いなどの欠点がある。またイムノアッセイについて見てみると、以下の方法が挙げられる:
【0006】
1)蛍光抗体法
検出感度が高く、ウイルスになどに対する抗体や抗核抗体の検出など汎用性が高い。しかし、蛍光色素の性質上、染色標本の保存ができなかったり、蛍光顕微鏡を使用するため、染色された抗原と他の物質や構造との関係を詳細に解析することができない等の問題がある。
【0007】
2)ラジオイムノアッセイ
蛍光抗体法よりも感度が高く、血中の各種ホルモンやがん抗原などの微量物質測定に利用されている。しかし、試薬が高価である、放射性ヨウ素の半減期が短く標識化合物の安定性が悪い、被爆に対する安全対策が必要である、測定において複雑かつ高価な装置を必要とし肉眼判定ができない、といった欠点がある。
【0008】
一方、種々の化学物質を分析するための簡便な方法として吸光光度法(比色分析法)が古くから知られている。比色分析法は目視定量を基本とするので、大掛かりな検出装置や熟練した技術を必要とせず、誰でも手軽に扱うことができる簡易な分析法である。さらに溶液中での分析(ウェットケミストリー)だけでなく、リトマス紙のような試験紙をはじめとした固相媒体中での分析(ドライケミストリー)も可能であるので、装置の小型化、分析手順の大幅な縮小、分析時間の短縮、容易な分析操作を達成することができる。
【0009】
【非特許文献1】佐々木寛「免疫化学的同定法」東京化学同人(1993)、名倉宏也、酵素抗体法、学際企画(2002)、礒部俊明、高橋信弘「プロテオーム解析法」羊土社(2000)、Reiner Westermeier「Electrophoresisin Practice, Third Edition」WILEY-VCH(2000)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、アミノ酸、ペプチドさらにはたんぱく質と反応すると発色し、それらを感度よく簡便に検出することが可能な分析試薬、並びにアミノ酸、ペプチド及びたんぱく質濃度の簡便な分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、シクロペンタジエニル−ロジウム錯体とそれと複合体を形成し得る発色色素とを含有する試薬を用いることにより当該課題を解決できることを見出した。
【0012】
即ち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)シクロペンタジエニル−ロジウム錯体と発色色素とを含む、アミノ酸、ペプチド及び/又はタンパク質の分析用試薬。
【0013】
(2)前記錯体が下記式(I):
【化1】

[式中、
Rは、水素原子、炭素数1〜10の直鎖若しくは分枝アルキル基、炭素数1〜10の直鎖若しくは分枝アルコキシ基、フェニル基(アミノ基、ハロゲン及びニトロ基により置換されていてもよい)、アミノ基、ニトロ基、カルボキシル基(又はその塩、エステル若しくはアミドであってもよい)、スルホン酸基(又はその塩、エステル若しくはアミドであってもよい)、チオール基、水酸基(又はその塩であってもよい)、ケトン、ハロゲン及び糖残基からなる群より選択され;
nは1〜5の整数であって、nが2以上の場合は各Rは互い同一であっても異なっていてもよく;
Xは、ハロゲンイオン、シアノイオン、過塩素酸イオン、チオシアン酸イオン、酢酸イオン、水、硝酸イオン、リン酸イオン、炭酸イオン、クエン酸イオンからなる群より選択される配位子である。]
で表される前記(1)記載の試薬。
【0014】
(3)発色色素がアゾ染料である前記(1)又は(2)記載の試薬。
(4)アゾ染料が水酸基、スルホン酸基又はそれらの塩で置換されていてもよい芳香族基を含むものである前記(3)記載の試薬。
(5)ヒスチジン、メチオニン若しくはシステイン、又はそれらのうちの少なくとも1種のアミノ酸残基を含むペプチド若しくはタンパク質を分析するための前記(1)〜(4)のいずれかに記載の試薬。
(6)アミノ酸、ペプチド及び/又はタンパク質を含有する試料と前記(1)〜(5)のいずれかに記載の試薬とを混合し、該混合物の発色又は吸光度を測定することを含むアミノ酸、ペプチド及び/又はタンパク質の分析方法。
(7)ヒスチジン、メチオニン若しくはシステイン、又はそれらのうちの少なくとも1種のアミノ酸残基を含むペプチド若しくはタンパク質を分析するための前記(6)記載の方法。
(8)前記試料と前記試薬との混合が液相中で行われる前記(6)又は(7)記載の方法。
(9)前記試料と前記試薬との混合が、前記試薬を染み込ませた固相と前記試料を含有する溶液とを接触させることにより行われる前記(6)又は(7)記載の方法。
【発明の効果】
【0015】
これまでの方法では、精密な分析装置と高度な技術が必要とされ、結果の判定までにある程度の時間を要するといった問題点が指摘されていたが、本発明により、アミノ酸、ペプチド及びたんぱく質(特に、ヒスチジン、メチオニン、システイン残基)の濃度をきわめて容易に定量できる、アミノ酸、ペプチド及びたんぱく質の分析用試薬及びそれらの分析方法が提供される。本発明の試薬は、溶液中でアミノ酸、ペプチド及びたんぱく質と混合するだけで瞬時に反応して呈色するので、目視で濃度を定量することができ、迅速にかつ簡便に測定を行うことができる。さらには、従来のような高価な装置と熟練した技術は必要としないので、誰でも誤差の少ない正確な測定を行うことができる。また、使用する分析試薬は容易に合成することができることから、試薬にかかるコストも低減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明は、シクロペンタジエニル−ロジウム錯体と発色色素とを含む、アミノ酸、ペプチド及び/又はタンパク質の分析試薬、並びに該試薬を用いるアミノ酸、ペプチド及び/又はタンパク質の分析方法に関する。
【0017】
本発明で用いられるシクロペンタジエニル−ロジウム錯体としては、中心金属であるロジウムにシクロペンタジエニルが配位して形成された錯体であれば特に限定されるものではない。また、本発明で用いられるシクロペンタジエニル−ロジウム錯体は、分析対象のアミノ酸、ペプチド又はタンパク質、及び後述する発色色素のどちらとも非共有結合により複合体を形成することが可能であり、且つ発色色素との親和性(複合体形成能)よりもアミノ酸、ペプチド又はタンパク質との親和性のほうが大きいものが好ましい。非共有結合の形態としては特に限定されるものではなく、例えば、静電的相互作用、疎水性相互作用及び水素結合等が挙げられる。
【0018】
そのような錯体としては、中心金属が2つのシクロペンタジエニル配位子でサンドイッチされたメタロセンのような錯体が挙げられる。本発明においては、特に以下のシクロペンタジエニル−ロジウム錯体:
【化2】

[式中、
Rは、水素原子、炭素数1〜10の直鎖若しくは分枝アルキル基、炭素数1〜10の直鎖若しくは分枝アルコキシ基、フェニル基(アミノ基、ハロゲン及びニトロ基により置換されていてもよい)、アミノ基、ニトロ基、カルボキシル基(又はその塩、エステル若しくはアミドであってもよい)、スルホン酸基(又はその塩、エステル若しくはアミドであってもよい)、チオール基、水酸基(又はその塩であってもよい)、ケトン、ハロゲン及び糖残基からなる群より選択され;
nは1〜5の整数であって、nが2以上の場合は各Rは互い同一であっても異なっていてもよく;
Xは、ハロゲンイオン、シアノイオン、過塩素酸イオン、チオシアン酸イオン、酢酸イオン、水、硝酸イオン、リン酸イオン、炭酸イオン、クエン酸イオンからなる群より選択される配位子である。]
を用いることが好ましい。
【0019】
Rとしては、水素原子又は炭素数1〜10の直鎖若しくは分枝アルキル基が好ましく、メ
チル基が特に好ましい。さらには、シクロペンタジエニル基の水素原子が全てメチル基で置換されていることが好ましい。
Xとしては、ハロゲンが好ましく、塩素原子が特に好ましい。
【0020】
本発明で用いられるシクロペンタジエニル−ロジウム錯体は公知の方法により製造することができ、例えば、メタノールにシクロペンタジエニル化合物とハロゲン化ロジウムとを加え、これをアルゴン雰囲気下で還流し、適当な方法で後処理をすることにより目的とするシクロペンタジエニル−ロジウム錯体を得ることができる。
【0021】
本発明で用いられる発色色素としては、シクロペンタジエニル−ロジウム錯体との間で複合体を形成することが可能であり、複合体形成時と遊離時とで吸光度や発色・色調が異なる有機化合物が好ましい。可視領域に吸収帯がある化合物は、目視で簡単に発色の変化を確認できるので好ましい。
【0022】
このような発色色素としては、例えばアゾ染料が挙げられる。アゾ染料とは分子内にアゾ基(-N=N-)を含む染料の総称であり、芳香族基(炭素数1〜6の直鎖若しくは分枝アルキ
ル基、炭素数1〜6の直鎖若しくは分枝アルコキシ基、フェニル基(アミノ基、ハロゲン及びニトロ基により置換されていてもよい)、アミノ基、ニトロ基、カルボキシル基(又はその塩、エステル若しくはアミドであってもよい)、スルホン酸基(又はその塩、エステル若しくはアミドであってもよい)、チオール基、水酸基(又はその塩であってもよい)、ケトン、ハロゲン及び糖残基からなる群より選択される基で置換されていてもよい)をアゾ基の両側に有する。芳香族基としては、例えば、フェニル基、ナフチル基等が挙げられる。
【0023】
アゾ染料は多くの種類のものが市販されており、例えば、以下に示す化合物が挙げられる:
【化3】

【0024】
本発明の試薬は上述のシクロペンタジエニル−ロジウム錯体と発色色素とを含有するものであるが、その形態は特に限定されるものではなく、例えば、水にシクロペンタジエニル−ロジウム錯体と発色色素とを溶解させて、シクロペンタジエニル−ロジウム錯体と発色色素との複合体の水溶液としたものでもよいし、又は、シクロペンタジエニル−ロジウム錯体と発色色素とを別々の容器に保存しておき、使用時に両者を混合して水溶液として使用できるような所謂試薬キットのような形態でもよいし、或いは、ろ紙、シリカシート、アルミナシート等にシクロペンタジエニル−ロジウム錯体と発色色素との複合体の溶液を染み込ませ、場合により乾燥させたものでもよい。
【0025】
次に、本発明の試薬を用いる、アミノ酸、ペプチド及び/又はタンパク質(以下、単に「ペプチド類」とも言う)の分析方法について説明する。
【0026】
本発明の方法では、上述の試薬を用いることによりペプチド類の検出又は濃度測定等の定量が可能となる。
【0027】
本発明の分析方法の概念を図1を参照して説明する。本発明の方法では、発色色素が遊離した状態と、シクロペンタジエニル−ロジウム錯体と複合体を形成した状態とで異なる色を呈することを利用する。即ち、本発明で用いられる発色色素は、遊離している状態で
は特有の色を呈する(特有の可視領域の吸収帯を有する)が、シクロペンタジエニル−ロジウム錯体と複合体を形成すると発色色素の可視領域の吸光度が変化し、それにより呈する色が変化することを利用する。この複合体を含む溶液とペプチド類とを混合すると、一般にシクロペンタジエニル−ロジウム錯体は発色色素とよりもペプチド類とより安定した複合体を形成する傾向があるため、シクロペンタジエニル−ロジウム錯体に結合(会合)していた発色色素はペプチド類に置換される。発色色素が遊離することにより溶液が発色色素本来の色を呈するので、この色の変化や濃淡を目視で観測したり、又は吸光度を測定することによりペプチド類の検出や濃度測定等の定量分析が可能となる。
【0028】
以下に、本発明の分析方法の手順についてより具体的に説明するが、本発明の一態様を例示的に説明するものであり、本発明はこれに限定されるものではない。
【0029】
シクロペンタジエニル−ロジウム錯体と発色色素との複合体形成
発色色素とシクロペンタジエニル−ロジウム錯体との複合体は、これらを水中(例えば、リン酸緩衝液等)で混合することにより形成され、この水溶液を分析試薬としてそのまま使用することができる。なお、発色色素とシクロペンタジエニル−ロジウム錯体との混合比は両者が過不足無く複合体形成に費やされる量を使用することが好ましく、例えば、発色色素としてAcid Red 4を使用する場合、Acid Red 4とシクロペンタジエニル−ロジウム錯体とは1:1の比で複合体を形成するので、このモル比で混合する。
【0030】
ペプチド類の定性分析
発色色素/シクロペンタジエニル−ロジウム複合体を含む水溶液と分析しようとする試料溶液とを室温(例えば、15〜30℃)混合し、その色の変化を目視で観測するか、吸光度の変化を測定する。試料溶液は、発色色素/シクロペンタジエニル−ロジウム複合体水溶液と均一に混合できるように水溶液(例えば、リン酸緩衝液等)であることが好ましい。
【0031】
試料溶液中にペプチド類が存在していれば、発色色素/シクロペンタジエニル−ロジウム複合体の発色色素がペプチド類に置換され、発色色素が遊離することにより溶液の色が変化するので、ペプチド類の存在を確認することができる。
【0032】
また、溶液同士の混合ではなく、例えば、発色色素/シクロペンタジエニル−ロジウム複合体溶液を紙片等の固相に染み込ませ、これを乾燥させてペプチド類検出用試験紙とし、これを用いて本発明の方法を実施することもできる。試験紙に試料溶液を滴下するか又は試料溶液に浸漬し、その発色を目視や検出器により判断してペプチド類の分析を行うことができる。
【0033】
ペプチド類の定量分析
発色色素/シクロペンタジエニル−ロジウム複合体を含む水溶液と分析しようとする試料溶液とを室温(例えば、15〜30℃)混合し、吸光光度計で吸光度を測定する。試料溶液は、発色色素/シクロペンタジエニル−ロジウム複合体水溶液と均一に混合できるように水溶液(例えば、リン酸緩衝液等)であることが好ましい。
【0034】
発色色素/シクロペンタジエニル−ロジウム複合体とペプチド類とを含む水溶液を吸光光度計で観測すると、ペプチド類の濃度によって遊離する発色色素の量が変化する。これにより特定の吸収帯における吸光度が変化するので、この変位量を測定することによりペプチド類の濃度を分析することができる。
【0035】
本発明の方法では、測定対象とするペプチド類は特に限定されるものではないが、本発明で使用されるシクロペンタジエニル−ロジウム錯体は特にヒスチジン、メチオニン及びシステインに対する親和性が高いため、これらのアミノ酸を含有するペプチド類の分析に
好ましく使用できる。
【0036】
本発明の分析法は、上述の本発明の試薬を用いて色の変化を目視又は汎用の吸光光度計で測定により実施することができるという極めて容易に実施できる方法である。
【0037】
本発明によれば、ペプチド類の分析装置の小型化、自動化及び簡素化が可能であり、且つ簡単に実施できるペプチド類の分析方法が提供される。本発明の方法を使用した分析装置として、例えば、以下のものが挙げられる:
【0038】
・マイクロチップを基体とした分析装置(図8参照)
数cm角のガラスやプラスチックなどの基板上に微細な溝(マイクロチャネル)を作製し、シリンジポンプを用いて試料溶液と試薬溶液とを混合し、検出器を用いてオンラインで観測する。
【0039】
・固相上で測定することを特徴とする分析装置
試薬を固相に染み込ませて、試料溶液を滴下することによって生じた発色を、光源(LED)から発せられる光の反射光の変化として検出器(ホトダイオード)を用いて観察する。固
相としては、例えば、ろ紙、シリカシート、アルミナシート等を挙げることができる(図
9参照)。あるいは、試薬を固相に染み込ませて、試料溶液を滴下することによって生じ
た発色を目視で判断してもよい(図10参照)。
【0040】
・試薬と試料とをオンラインで混合して分析する分析装置(図11参照)
サンプル瓶Aには本発明の分析試薬の溶液、サンプル瓶B及びCにはそれぞれ試料溶液が入っているものとする。まず、サンプル瓶から溶液を取り出す場合の流路は図11の上図のようになる。サンプル瓶にニードルを刺し溶液に浸した後、シリンジを用いて吸い込む。サンプルを吸い込む順番として、まずAから吸い込んだ後、続けてBまたはCから溶液を吸い込む。この時、Aの溶液層とB又はCの溶液層とは完全に混ざり合わない。次に吸い込んだ溶液を質量分析計に送る時の流路を図11の下図に示す。送液ポンプからの流れに従い、溶液は検出器に向かう。途中、ミキシングカラムという2つの溶液間の拡散を高める充填剤(例えばガラスビーズなど)が入ったカラムを通すことにより、両者の溶液を混合する。ミキシングカラムを通った後、検出器に導入される。
【0041】
本発明の方法によれば、例えば、図12に示したタンパク質間の相互作用の網羅的解析を行うことができる。具体的には、基板上に抗IgEを固定化した後、本発明のシクロペン
タジエニル−ロジウム錯体/発色色素複合体を用いて抗IgEをラベル化する。この場合、
ラベル化する発色色素の吸収波長は各々異なるものとする。次にサンプルを流し、抗原−抗体反応が起きると、複合体の発色色素が脱離して発色する。これを検出器で観察すると、各色素の吸光度に応じて試料の濃度を計測することができる。
【実施例】
【0042】
以下に、本発明を実施例によりより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0043】
実施例1:Di-μ-chloro-dichlorobis(η5-pentamethylcyclopentadienyl)dirhodium (III) (CpRh)の合成
50ml三口フラスコに、1,2,3,4,5-ペンタメチルシクロペンタジエン0.10g(0.95mmol)、
塩化ロジウム(III)0.20g(0.95mmol)及びメタノール 10.0mlを加え、アルゴン気流下、6時間還流した。TLC(SiO2, CHCl3:MeOH=5:1 v/v)より原料消失を確認後、溶媒を減圧留去した。残渣にヘキサンを加え、沈殿物を濾別し、減圧乾燥して赤色固体を得た(収率95%)。1H-NMR(300MHz, CDCl3, r.t., TMS, δ/ppm) 1.6 (s, 30H)。
【0044】
実施例2:発色色素とCpRhとの複合体形成による呈色状態の変化
種々の発色色素10.0μMの水溶液に、CpRhの濃度が0〜100μMとなるように加え、数秒間攪拌した後、吸収スペクトル(吸光度)を測定することによりCpRhと色素の複合体の形成を確認した。
【0045】
発色色素として、ロジウム錯体と高い親和性があるアゾ基、水溶性を付与するスルホン酸基又は水酸基を有し、見た目で判断ができるように可視領域に吸収帯を有するアゾ染料を使用した。そこで発色色素として、Acid Red 1、Acid Red 4、Acid Red 8、Acid Red 37、Acid Orange 63、Acid Orange 74(いずれもAldrich社製)を使用した。
【0046】
種々の発色色素10.0μMの水溶液にCpRhの濃度が20μMとなるように加えて数秒間攪拌し、目視で色の判断を行った。以下に各色素についての結果を記す。
Acid Red 1・・・・・赤色から紫色へと変化した。
Acid Red 4・・・・・赤色から無色へと変化した。
Acid Red 8・・・・・赤色がわずかに薄くなった。
Acid Red 37・・・・ 赤色がわずかに薄くなった。
Acid Orange 63・・・オレンジ色から黄色へと変化した。
Acid Orange 74・・・オレンジ色から黄色へと変化した。
【0047】
上記の結果から、以下の実験では複合体の形成の前後で見た目の変化が特に顕著であったAcid Red 4を用いた。
【0048】
実施例3:CpRhとAcidRed 4との混合による吸光度の変化
[Acid Red 4]=10.0μMの水溶液にCpRhの濃度が0〜50μMとなるように加えて数秒間
攪拌した。溶液の吸収スペクトルを測定することによりCpRhとAcid Red 4との複合体の形成を確認した。測定温度は室温、溶媒はリン酸緩衝液(pH 6.8)とした。
【0049】
Acid Red 4にCpRhの濃度を変化させながら加えたときの吸収スペクトル変化を図2に示す。500nm近傍の吸収帯が減少し、575nmに等吸収点が観察された。また500nmにおける吸
光度をCpRhの濃度に対してプロットした結果を図3に示す。図3からCpRhとAcid Red4は
1:1の複合体を形成していることが明らかとなった。
【0050】
実施例4:CpRh/AcidRed 4複合体を用いるアミノ酸の定性分析
CpRh/Acid Red 4複合体にアミノ酸を添加してAcid Red 4の本来の色が生じるかどうかにより、アミノ酸の検出を行った。
使用したアミノ酸:
ヒスチジン、メチオニン、システイン
濃度:
[CpRh/Acid Red 4]=20.0 μM
[アミノ酸]=20.0 μM
溶媒:
リン酸緩衝液(pH 6.8)
測定温度:
25 ℃
【0051】
CpRh/Acid Red 4複合体水溶液1.0mlにアミノ酸水溶液1.0mlを加え、室温で数秒間撹拌した。CpRh/Acid Red 4複合体水溶液に種々のアミノ酸を添加したところ、水溶液が色素の元の色に変化した(ほぼ無色→赤色)。これはアミノ酸の存在によりCpRh/Acid Red 4
複合体が解離してより安定なCpRh/アミノ酸複合体を形成し、これにより遊離したAcid R
ed 4が発色したためと推測される。このように、呈色の有無を目視で判断することによりアミノ酸の存在を検出することができる。
【0052】
また、CpRh/Acid Red 4複合体へのヒスチジンの添加の前後における吸収スペクトルを測定したところ、ヒスチジンの添加後に500nm近傍の吸収帯が増加し、Acid Red 4単独の
吸収スペクトルと同じになることが分かった。このことからも、アミノ酸の存在によりAcid Red 4が遊離することが分かる。
【0053】
実施例4:CpRh/AcidRed 4複合体を用いるアミノ酸の定量分析
CpRh/Acid Red 4複合体にアミノ酸を添加し、アミノ酸添加後の溶液の吸収スペクトルを測定することによりアミノ酸の定量を行った。
使用したアミノ酸:
ヒスチジン、メチオニン、システイン
濃度:
[CpRh/Acid Red 4]=7.0 μM
[アミノ酸]=0〜65 μM
溶媒:
リン酸緩衝液(pH 6.8)
測定温度:
25 ℃
【0054】
CpRh/Acid Red 4複合体水溶液1.0mlにアミノ酸水溶液1.0mlを加え、室温で数秒間撹拌した。アミノ酸添加後の溶液を吸光光度計を用いて測定した。
CpRh/Acid Red 4複合体に、ヒスチジン濃度を変化させたときの吸収スペクトルを図4に示す。ヒスチジン濃度の増加に伴って500nm近傍の吸収帯が増加した。また、500nmにおける吸光度をヒスチジン濃度に対してプロットした。その結果を図5に示す。この結果から、CpRhとヒスチジンは1:1の複合体を形成していることが確認されるとともに、吸光度の変位量からヒスチジン濃度を定量できることが示された。
【0055】
同様の測定をメチオニン及びシステインについても行った。その結果をそれぞれ図6及び図7に示す。ヒスチジンと同様に、500nm近傍の吸収帯が増加し、1:1の複合体を形
成していることが確認され、吸光度の変位量からメチオニン及びシステイン濃度を定量できることが示された。
【0056】
実施例5:CpRh/AcidRed 4複合体を用いるペプチドの定性分析
以下の条件により、実施例3と同様にしてCpRh/Acid Red 4複合体を用いてペプチドの検出を行った。
使用したペプチド:
配列1:H-Gly-His-Leu-OH
配列2:H-Gly-His-Leu-Ser-Ala-Val-His-Ser-Ala-Gly-OH
配列3:H-Gly-Met-Leu-Ser-Ala-Val-Met-Ser-Ala-Gly-OH
配列4:H-Gly-Val-Leu-Ser-Ala-Val-Met-Ser-Ala-Gly-OH
濃度:
[CpRh/Acid Red 4]=7.0 μM
[ペプチド]=10 μM
溶媒:
リン酸緩衝液(pH 6.8)
測定温度:
25 ℃
【0057】
CpRh/Acid Red 4複合体水溶液1.0mlにペプチド水溶液1.0mlを加え、室温で数秒間撹拌した。CpRh/Acid Red 4複合体水溶液に種々のペプチドを添加したところ、水溶液がAcid
Red 4の元の色に変化した(無色→赤色)。ペプチドの存在によりCpRh/Acid Red 4複合
体が解離してより安定なCpRh/ペプチド複合体を形成し、これにより遊離したAcid Red 4が発色したものと推測される。このように、呈色の有無を目視で判断することによりペプチドの存在を検出することができる。
【0058】
この結果から、アミノ酸のみならずペプチドであってもCpRhと複合体を形成することが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の試薬及び方法は、分析化学、生化学、医療等の広範な分野においてアミノ酸、ペプチド及びタンパク質の分析に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】本発明の方法の概念を示す図である。
【図2】CpRhとAcid Red 4とが複合体を形成したときの吸収スペクトルの変化を示す図である。
【図3】CpRhとAcid Red 4とが複合体を形成したときの吸収スペクトル変化から得られた検量線を示す図である。
【図4】CpRh/AcidRed4複合体に種々の濃度のヒスチジンを添加した時の吸収スペクトルの変化を示す図である。
【図5】CpRh/AcidRed4複合体に種々の濃度のヒスチジンを添加した時の500nmにおける吸光度の変化を示す図である。
【図6】CpRh/AcidRed4複合体に種々の濃度のメチオニンを添加した時の吸収スペクトルの変化を示す図である。
【図7】CpRh/AcidRed4複合体に種々の濃度のシステインを添加した時の吸収スペクトルの変化を示す図である。
【図8】マイクロチップを利用した分析装置の概略を示す図である。
【図9】固相に本発明の試薬を染み込ませ、そこに試料溶液を接触させて反射光を測定する装置の概略を示す図である。
【図10】固相に本発明の試薬を染み込ませ、そこに試料を接触させて色の変化を目視で判断できるようにした試験紙の概略図である。
【図11】本発明の試薬と試料とをオンラインで混合して分析する装置の概略図である。
【図12】本発明の試薬を利用したタンパク質‐タンパク質相互作用の網羅的な分析方法を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シクロペンタジエニル−ロジウム錯体と発色色素とを含む、アミノ酸、ペプチド及び/又はタンパク質の分析用試薬。
【請求項2】
前記錯体が下記式(I):
【化1】

[式中、
Rは、水素原子、炭素数1〜10の直鎖若しくは分枝アルキル基、炭素数1〜10の直鎖若しくは分枝アルコキシ基、フェニル基(アミノ基、ハロゲン及びニトロ基により置換されていてもよい)、アミノ基、ニトロ基、カルボキシル基(又はその塩、エステル若しくはアミドであってもよい)、スルホン酸基(又はその塩、エステル若しくはアミドであってもよい)、チオール基、水酸基(又はその塩であってもよい)、ケトン、ハロゲン及び糖残基からなる群より選択され;
nは1〜5の整数であって、nが2以上の場合は各Rは互い同一であっても異なっていてもよく;
Xは、ハロゲンイオン、シアノイオン、過塩素酸イオン、チオシアン酸イオン、酢酸イオン、水、硝酸イオン、リン酸イオン、炭酸イオン、クエン酸イオンからなる群より選択される配位子である。]
で表される請求項1記載の試薬。
【請求項3】
発色色素がアゾ染料である請求項1又は2記載の試薬。
【請求項4】
アゾ染料が水酸基、スルホン酸基又はそれらの塩で置換されていてもよい芳香族基を含むものである請求項3記載の試薬。
【請求項5】
ヒスチジン、メチオニン若しくはシステイン、又はそれらのうちの少なくとも1種のアミノ酸残基を含むペプチド若しくはタンパク質を分析するための請求項1〜4のいずれか1項記載の試薬。
【請求項6】
アミノ酸、ペプチド及び/又はタンパク質を含有する試料と請求項1〜5のいずれか1項記載の試薬とを混合し、該混合物の発色又は吸光度を測定することを含むアミノ酸、ペプチド及び/又はタンパク質の分析方法。
【請求項7】
ヒスチジン、メチオニン若しくはシステイン、又はそれらのうちの少なくとも1種のアミノ酸残基を含むペプチド若しくはタンパク質を分析するための請求項6記載の方法。
【請求項8】
前記試料と前記試薬との混合が液相中で行われる請求項6又は7記載の方法。
【請求項9】
前記試料と前記試薬との混合が、前記試薬を染み込ませた固相と前記試料を含有する溶
液とを接触させることにより行われる請求項6又は7記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2006−234449(P2006−234449A)
【公開日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−46340(P2005−46340)
【出願日】平成17年2月23日(2005.2.23)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】