説明

アルカリ水電解用ステンレス鋼アノード及びその製造方法

【課題】耐食性が改善されたステンレス鋼アノードを用いた電解槽及び電解方法の提供。
【解決手段】アルカリ水電解用ステンレス鋼アノードの耐食性は、電解前にステンレス鋼アノードを腐食剤溶液中に浸すことによって増強した。このように処理したステンレス鋼アノードを用いた電解槽も本明細書に開示する。前処理工程によって、同一組成の未処理のステンレス鋼アノードよりも高い耐食性を有するステンレス鋼アノードが与えられる。本方法は、腐食剤溶液を70℃〜130℃の温度まで加熱することをさらに含んでもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は電解、特に水電解に関するものであって、具体的にはアルカリ水電解において用いるステンレス鋼アノードの耐食性を増加することに関する。
【0002】
米国政府はエネルギー省(DOE)によって発注された契約番号DE−FC36−04GO 14223に従って、この発明に特定の権利を有する。
【背景技術】
【0003】
水素製造のためのアルカリ水電解の間、水性液体電解質中に浸された不活性電極対の間に電流を印加する。液体電解質は通常25〜30重量%(wt%)水酸化カリウム溶液である。負荷電電極はカソードと呼ばれ、正荷電電極はアノードとして知られる。電極の各々は対立電荷のイオンを引き付ける。このため、正荷電イオン(即ち、カチオン)はカソード側へ移動する一方、負荷電イオン(即ち、アニオン)はアノード側へ移動するイオンを分離するために要するエネルギーは電源によって電流の形で与えられ、電極の各々でイオンを引き寄せる。
【0004】
この過程において、カソードとアノードの各々で水素と酸素が発生する。カソード表面では、プロトンの水素への還元に加えて、正荷電金属イオンが固体へと還元され(電子を獲得する)、それによってカソードが曝露された環境からの電気化学的保護を創出する。しかし、アノードが低電位(ポテンシャル「以下」)を有するため、電気化学反応の間、アノード金属が酸化され(電子を失う)、犠牲的に重量を損失する。これは具体的な電極材料、動作温度及び電極表面を通過する電流量(電流密度)に大きく依存する。電気は通過する水中のイオン種(電解質)を利用するため、溶液中イオン濃度が高いほど、電気はアノードを攻撃するために水溶媒を迅速に通過できる。
【0005】
アノードはニッケル又はステンレスから形成されてきた。ステンレス鋼は多量のクロムを含有するため、他の鋼合金に比べて優れた耐食性を有する高合金鋼である。一般に、ニッケル系鋼は、他の金属合金を用いたステンレス鋼、特に熱腐食剤に曝露されたときに比べて、アノードとして用いるときに腐食剤環境中で最も優れた腐食安定性を有する。一般にニッケル濃度が高いほど、優れた耐食性と安定性が与えられる。しかし、高濃度のニッケルを有するステンレス鋼は低濃度のニッケルを有するステンレス鋼よりも比較的に高価であって、機械加工することが困難でもある。結果的に、ニッケル含有量が高いステンレス鋼合金、又はさらに言えば純ニッケルのアノード材料としての使用はアルカリ水電解槽において経済的であるとは考えられない。低濃度ニッケル系ステンレス鋼は使用中の低耐食性と犠牲的な重量損失のため、より好ましくない。
【0006】
従って、アルカリ水電解槽において用いるアノードに増強した耐食性を付与できるアノード用新規材料に対するニーズが当分野において存在し、該材料ではアノードが実質的に非反応性であり、消耗が最小限化及び/又は抑制される。
【非特許文献1】A.C.Fraker、「Corrosion of Metallic Implants and Prosthetic Devices;Electochemistry and Basic Corrosion Processes」、American Society for Metals、Nat’l Bureau of Standards、2004年、第1−8頁
【非特許文献2】I.Abe、T.Fujimaki、Y.Kajiwara、 及び Y.Yokoo、「Hydrogen Production by High Temperature,High Pressue Water Electrolysis I、Plant Development」、In 3rd World Hydrogen Energy Conference、東京:Pergamon、Oxford、1980年、第29−41頁
【非特許文献3】Gras,J.M、P.Spiteri、「Corrosion of Stainless Steels and Nickel−Base Alloys for Alkaline Water Electrolysis」、Dep. Etude Mater., Dir. Etude. Rech.、Fr、1993年、第561−566頁
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0007】
耐食性が改善されたステンレス鋼アノードを用いた電解槽及び電解方法を本明細書において開示する。一実施形態では、アルカリ水電解用のステンレス鋼アノードの耐食性を改善する方法は、ステンレス鋼製アノードを該アノードをアルカリ水電解槽内で使用する前に腐食剤溶液中に浸し、ステンレス鋼アノードを備える電解槽内の水性溶液を電解することを含んでなり、浸されたステンレス鋼アノードが同一組成の未処理のステンレス鋼アノードよりも高い耐食性を有する。
【0008】
水素生成用のアルカリ電解槽は、カソードと、電解前に、まず第1腐食剤溶液中で昇温下、耐食性を増強するために効果的な時間かけて浸されたステンレス鋼で形成されたアノードであって、該ステンレス鋼アノードが同一組成の未処理のステンレス鋼アノードよりも高い耐食性を有するアノードと、前記アノードとカソードの間に介在する電解質であって、第2腐食剤溶液を含む電解質と、を備える。
【0009】
本開示は、本開示の特徴の以下の詳細な説明と本明細書に包含される実施例を参照することによってさらに容易に理解され得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本開示は一般に、電解に用いる前にステンレス鋼アノードを処理する方法を対象とし、ステンレス鋼電極の耐食性は同一組成物で形成された未処理ステンレス鋼アノードに比べて増加する。好ましくは、この方法は低濃度のニッケルを有するステンレス鋼、即ち、ニッケルを約12重量%(wt%)以下有するステンレス鋼のアルカリ水電解用のアノードとして使用できる。一実施形態では、ステンレス鋼アノードを、耐食性を増強するために効果的な時間と温度で腐食剤溶液中に浸す。浸すことは、電解前に行い、別の容器内、又は電解前に行う限りにおいて電解槽内で行ってもよい。
【0011】
本明細書で用いるように、「ステンレス鋼」という用語は約10.5wt%という最小クロム含有量の合金鉄として定義する。ステンレス鋼は一般に、天然及び人工の環境の多くにおいて優れた抗酸化性と耐食性を有する。しかし、これはアルカリ電解の間生じ得るアルカリ環境における腐食に耐えるには不十分であって、高濃度のクロム、及びモリブデン、ニッケル及び窒素といった他の溶質の慎重な使用が、強固な材料を確保するためにしばしば必要となる。ニッケルは不動態化を促進することによって一般的なステンレス鋼の耐食性を大きく改善することが知られている。このため、オーステナイトステンレス鋼はマルテンサイト又はフェライトステンレス鋼(ニッケル濃度がゼロ又は低い)と比べて優れた耐食性を有する。しかし、ステンレス鋼の価格は一般にニッケル濃度が増加するにつれて上昇する。例えば、310(約19〜約22wt%ニッケル)ステンレス鋼又は316(約10〜約14wt%ニッケル)ステンレス鋼といった高ニッケル合金ステンレス鋼の価格は304(約8〜約10.5wt%ニッケル)ステンレス鋼の価格よりも通常約70〜約80%高い。このため、同一用途(具体的にはアノード用途)において310タイプを低価格のステンレス鋼で置換することが非常に望まれる。意外なことに、低価格のステンレス鋼がアルカリ水電解での使用前の処理工程にふす場合にはアノードとして使用できることが発見されている。さらに、意外なことに、本明細書に記載する利点を達成するために、処理工程が任意のステンレス鋼に利用できることが発見されている。
【0012】
上記したように、処理工程は、ステンレス鋼製アノードを、耐食性を増強するために効果的な時間と温度にて、意図するアルカリ水電解用途に好適な量で腐食剤溶液中に浸すことを含む。腐食剤溶液はアルカリ水電解の間に用いたものと同一又は異なる腐食剤を含むことができ、もしくは腐食剤溶液は腐食剤の混合物であってもよい。腐食剤は一般に式MOHの金属水酸化物を含有する水性溶液である。式中、Mはアルカリ金属又はアルカリ土類金属である。好適な腐食剤としては、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化リチウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウム等が挙げられる。腐食剤濃度は特に限定されず、意図する電解用途と前処理時間に応じて変化させることができる。一般に高濃度は前処理時間が短縮するために好ましい。一実施形態では、前処理時間を早めるために、前処理工程の間温度を上昇させる。これらパラメータの最適化は当分野の通常の技術の範囲内である。
【0013】
様々な腐食剤のうち、水酸化カリウムはアルカリ水電解中の電解質としてしばしば用いられるため特に典型的である。このため、電解槽内での使用前にステンレス鋼アノードを水酸化カリウム溶液で処理することは有用である。一実施形態では、腐食剤溶液は約30wt%以上の水酸化カリウムを含んでおり、例えば約50℃以上の昇温温度とする。別の実施形態では、前処理溶液もNaOH、KOH、LiOH及びこれらの様々な比率の混合物を含んでいてもよい。
【0014】
腐食剤溶液は腐食阻害剤をさらに含んでいてもよく、該阻害剤は電解間の金属と合金の腐食を停止又は減速させる化合物である。好適な腐食阻害剤はヘキサミン、フェニレンジアミン、ジメチルエタノールアミン、亜硝酸ナトリウム、桂皮アルデヒド、アルデヒドとアミン又はイミンの縮合生成物クロム酸塩、亜硝酸塩、リン酸塩、ヒドラジン、アスコルビン酸等である。進行中の件への所定の化合物の適性は、阻害剤が機能すべき系の材料から阻害剤が添加される物質の性質及び阻害剤の動作温度に至る多数の要因に依存する。
以下の非限定実施例によって本開示を説明する。
【実施例】
【0015】
この実施例では、切片形状の様々な鋼組成物を30wt%水酸化カリウム溶液中に一定期間浸し、次に耐食性をアルカリ水電解の間に測定した。
ステンレス鋼片はArcadia Metal Industry C. Rokas, SAから購入した。鋼の組成を表1に示す。
【0016】
【表1】

ステンレス鋼組成重量%(残部 Fe)
(L)は低炭素鋼を示す。
【0017】
金属腐食試験用の実験装置はXantrex Companyから購入した1.2キロワット(kW)電源、電流及び電圧計、2種の金属電極、電極間の間隔を約0.3インチに保持するためのテフロン(登録商標)スクリュー及びスペーサ、約275ミリリットル(mL)の30wt%KOH溶液を収容するビーカ、シリコン油浴(SF96−50)及び温度プローブとリングスタンドを有するStableTemp(登録商標)デジタル撹拌電熱板を備えていた。
【0018】
連続的に起動する(即ち、1日当たり24時間で、1週間当たり7日間)能力を与えるために、脱イオン(DI)水を補充することによって液体レベルを一定に保持した。
標準的な金属片(1インチ×2インチ、厚み1/8インチ)又は厚み1/16インチの金属薄片(1インチ×2インチ、1インチ側から1/2インチにある第10番の穴)の細片を腐食試験に用いた。作用表面領域は標準的な金属片で約4.5平方センチメートル(cm2)であり、「大きい」又は「広い」金属片で17cmであった。試験は1平方センチメートル当たり約250ミリアンペア(mA/cm2)の電流密度かつ70℃の温度で実施した。対照片をアセトンで洗浄し、脱イオン水でリンスした後、乾燥させた。処理した片を温度約100〜約110℃の30wt%KOH溶液中に約16時間置いた。片を電解前と電解の間定期的に秤量した。腐食率、及び各データポイントでの金属の洗浄及び試験方法(1年当たりのミル、1ミルとは1インチの1000分の1である)はAmerican Society for Testing Materials − ASTM G31に従って決定した。この結果を図1及び2と表2に示す。
【0019】
【表2】

アルカリ水電解中の鋼アノード腐食率(ミル/年)
**−3試料の平均、***−重量増
異なるアノード材料の試験の間、30wt%KOH溶液中での電解前に前処理した304ステンレス鋼(SUS-304)片の処理によって、70℃以上の温度での30時間の浸浸時間後、耐食性が実質的に増加することが意外にも分かった。304ステンレス鋼の処理片は、統計的に(t試験)未処理片よりも耐食性に優れており、未処理の310ステンレス鋼片(高ニッケル濃度)と同程度であった。図1と表2に示すように、電解の間、処理した304ステンレス鋼の犠牲的重量損失は約120〜約160時間(長期間の率試験)後、実質的に停止し、それどころかいくらかの304片の重量増が記録された一方、未処理片の反応は乏しかった。
【0020】
図1と表2に示すデータから明らかなように、未処理の304ステンレス鋼(最低ニッケル含有量)は最高腐食率、それゆえ最低耐食性を示した。未処理の304が比較的短時間(即ち、約100時間未満)で甚大な重量損失を生じることが観察された。本明細書で用いるように、許容可能な腐食率はアノードの約1.5〜約2.0ミリメートル(mm)以下又は150〜200ミルが約10年間(即ち、アルカリ水電解槽内での標準期待アノード耐用年限)で消失するときの腐食率である。図1では、金属片の重量損失は電解時間に対する重量損失%で測定した。Ni対照(「Ni1」と「Ni2」を図1に示す)を用いて比較例を行った。他の典型的な片としては、304タイプ、317タイプ、316タイプ及び310タイプが挙げられる。熱30wt%KOH溶液での304タイプ片の処理によって、耐食性を310タイプの耐食性(例えば図2と表2参照)と同等又はより優れた(長期間実験)レベルにまで実質的に増加した。
【0021】
図2では、約100〜約110℃の30重量%水酸化カリウム溶液中での、いくつかの安定鋼の初期及び長期間の腐食率を説明する。腐食率は陽電位の存在下約90℃で測定した。この図では、腐食率をミル/年で測定する。電解前の腐食剤溶液を用いた処理によって、ステンレス鋼304の耐食性(初期と長期間の双方)が驚くべき程に増強した。対照的に、低炭素304(L)タイプは高い初期腐食率を示したが、腐食率は長期間にわたって安定的のようであった。験した他の未処理ステンレス鋼(即ち、316タイプ、310タイプ及び304Lタイプ)はすべて高い金属損失率、それゆえ高い腐食率を示した。アノードを腐食剤浴中での初期腐食率試験時間は約50時間であった。長期間腐食率試験時間は約150〜約250時間であった。
【0022】
この明細書は最良の形態を包含する本発明を開示するため、また当業者が本発明を作成し使用できるように実施例を用いる。本発明の特許可能範囲は特許請求の範囲によって規定し、当業者が想到する他の実施例を包含し得る。かかる他の実施例は、特許請求の範囲の文言と相違しない構成要素を有し又は特許請求の範囲の文言と実質的に相違しない均等な構成要素を有する限り、特許請求の範囲に属することを意図する。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】アルカリ水加水分解間の未処理のステンレス鋼アノードとニッケルカソードの重量変化のプロット。
【図2】陽電位の下、90℃の30重量%水酸化カリウム溶液中での、いくつかの安定鋼の初期及び長期間の腐食率のプロット。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ水電解用のステンレス鋼アノードの耐食性を改善する方法であって、該方法は、
ステンレス鋼製のアノードをアルカリ水電解槽内で使用する前に腐食剤溶液中に浸し、
前記アノードを備える電解槽内の水性溶液を電解することを含んでなり、
前記浸されたステンレス鋼アノードが同一組成の未処理のステンレス鋼アノードよりも高い耐食性を有する、方法。
【請求項2】
前記腐食剤溶液を70℃〜130℃の温度まで加熱することをさらに含んでなる、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記腐食剤溶液が、70℃〜130℃の温度まで加熱された金属水酸化物溶液を含んでなる、請求項1又は請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記金属水酸化物溶液の温度が90℃〜110℃である、請求項3記載の方法。
【請求項5】
前記腐食剤溶液が25重量%以上の水酸化カリウム溶液を含んでなる、請求項1乃至請求項4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
前記ステンレス鋼アノードが前記ステンレス鋼の約12重量%未満のニッケル濃度を有する、請求項1乃至請求項5のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
前記ステンレス鋼アノードが304ステンレス鋼である、請求項1乃至請求項6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
水素生成用のアルカリ電解槽であって、
カソードと、
電解前に、まず第1腐食剤溶液中で耐食性を増強するために効果的な時間かけて浸されたステンレス鋼で形成されたアノードであって、前記ステンレス鋼アノードが同一組成の未処理のステンレス鋼アノードよりも高い耐食性を有するアノードと、
前記アノードとカソードの間に介在する電解質であって、第2腐食剤溶液を含む電解質と、を備えるアルカリ電解槽。
【請求項9】
前記ステンレス鋼アノードが前記鋼組成物の約12重量%未満のニッケル濃度を有する、請求項8記載のアルカリ電解槽。
【請求項10】
第1腐食剤溶液と第2腐食剤溶液が水酸化カリウムを含んでなる、請求項8又は請求項9記載のアルカリ電解槽。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−45205(P2008−45205A)
【公開日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−158242(P2007−158242)
【出願日】平成19年6月15日(2007.6.15)
【出願人】(390041542)ゼネラル・エレクトリック・カンパニイ (6,332)
【氏名又は名称原語表記】GENERAL ELECTRIC COMPANY
【Fターム(参考)】