アルツハイマー病のマーカーペプチド
アルカディンα、アルカディンβ、又はアルカディンγからN末端側の断片とC末端側の断片が切断除去されることによって生成するペプチドであって、アルツハイマー病の診断マーカーとなり得るペプチドを提供する。このペプチドを診断マーカーとすることにより、被検者に負担をかけず、初期段階でアルツハイマー病を発見することが可能になる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルツハイマー病の診断マーカーとなるペプチド、前記ペプチドを用いたアルツハイマー病の診断方法、前記ペプチドを用いたアルツハイマー病の診断のためのデータを収集する方法、前記ペプチドを用いたアルツハイマー病の治療薬のスクリーニング方法、前記ペプチドに対する抗体、及び前記抗体を含むアルツハイマー病の診断薬に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、アルツハイマー病の診断は、専門医による問診や脳の萎縮状態をMRI等によって観察することなどにより行われている。しかし、問診のみによる診断では客観的かつ正確な診断結果を得るのは困難であり、発症前のいわゆる患者予備群の発見は不可能である。また、MRI等の機器は高価であるため、大規模な専門病院でなければ使用することができない。
【0003】
このような現状から、簡易かつ客観的な診断方法として、マーカー物質を用いた生化学的な診断方法が注目されている。現在、アルツハイマー病のマーカー物質としては、主なものとして、細胞内タウタンパク質とβ−アミロイド(以下、「Aβ」という)が知られている(非特許文献1、非特許文献2)。
【0004】
タウタンパク質は神経細胞中の微小管を構成するタンパク質であり、アルツハイマー病の発症により神経細胞が破壊されると細胞外に漏出し、脳脊髄液中に検出されるようになる。タウタンパク質は有用なマーカー物質の一つではあるが、病状が進行しないと検出されず、また、漏出する量が少ないため脳脊髄液以外の体液(例えば、血液)では測定が困難である。
【0005】
Aβは、アルツハイマー病発症の原因物質であるため、もし、この生成の量的(生成量の増加)もしくは質的変化(凝集性の高いAβ種の割合の増加)を正確に測定できれば最も有効なマーカー物質となり得る。しかし、Aβは凝集性があるため、患者脳髄液中のAβ検出量は健常者よりもむしろ低い値を示してしまう。
【0006】
【非特許文献1】“Decreased beta-amyloid 1-42 and increased tau levels in cerebrospinal fluid of patients with Alzheimer disease”; Sunderland, T., Linker, G., Mirza, N, Putnam, K.T., Friedman, D. L., Kimmel, L. H., Bergeson, J., Manetti, G. J., Zimmermann, M., Tang, B., Bartko, J. J. and Cohen, R. M. JAMA[2003] 289, 2094-2103.
【非特許文献2】”Cerebrospinal fluid biomarkers for disease stage and intensity in cognitively impaired patients” : Wahlund, L. O., and Blennow, K. Neurosci. Lett. [2003] 339, 99-102.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上のように、現在知られているマーカー物質による診断方法では、アルツハイマー病を初期段階で発見することが難しく、また、血液検査のような被検者に負担の少ない方法で診断することも困難である。
【0008】
本発明は、上記のような技術的背景の下になされたものであり、簡易かつ正確にアルツハイマー病を診断する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、アルカディン(Alcadein)というタンパク質が、Aβの前駆体(以下、「APP」という)を切断する酵素と同じ酵素によって切断され、Aβと同様に細胞外へ分泌されることを見出した。アルカディンが、X11L及びAPPと三者複合体を形成し、その複合体の形成がAβの生成を抑制することは既に報告されていたが(Araki, Y. et al., (2003) J. Biol. Chem. 278, 49448-49458、特開平2003-164298号公報)、APPと同じ酵素によって切断され、Aβと同じようにペプチドが細胞外へ分泌されるということは全く新しい知見である。また、本発明者は、凝集性が高く神経毒性も高い高分子量型のAβが増加する条件では、アルカディンから切り出されるペプチドも高分子量型のものが増加するという知見も得た。
【0010】
本発明は、以上の知見に基づき完成されたものである。
【0011】
即ち、本発明は、以下の(1)〜(14)を提供するものである。
【0012】
(1)アルカディンα、アルカディンβ、又はアルカディンγからN末端側の断片とC末端側の断片が切断除去されることによって生成するペプチドであって、アルツハイマー病の診断マーカーとなり得るペプチド(以下、このペプチドを単に「本発明のペプチド」という場合がある。)。
【0013】
(2)切断除去されるN末端側の断片が、N末端側の細胞外ドメインの一部である、(1)記載のペプチド。
【0014】
(3)切断除去されるC末端側の断片が、プレセニリンによって切断除去される断片である、(1)又は(2)記載のペプチド。
【0015】
(4)アルカディンαからN末端側の断片とC末端側の断片が切断除去されることによって生成するペプチドであって、N末端側の断片の切断除去される部位が、配列番号1で表されるアミノ酸配列の815番目に対応するアミノ酸と816番目に対応するアミノ酸の間、820番目に対応するアミノ酸と821番目に対応するアミノ酸の間、又は838番目に対応するアミノ酸と839番目に対応するアミノ酸の間である、(1)記載のペプチド。
【0016】
(5)アルカディンαからN末端側の断片とC末端側の断片が切断除去されることによって生成するペプチドであって、C末端側の断片の切断除去される部位が、配列番号1で表されるアミノ酸配列の842番目に対応するアミノ酸と843番目に対応するアミノ酸の間、843番目に対応するアミノ酸と844番目に対応するアミノ酸の間、又は851番目に対応するアミノ酸と852番目に対応するアミノ酸の間である、(1)又は(2)記載のペプチド。
【0017】
(6)ペプチドが、配列番号4乃至配列番号12のいずれかに記載されたアミノ酸配列からなるペプチドである、(1)記載のペプチド。
【0018】
(7)動物から採取した体液又は組織における(1)乃至(6)のいずれか記載のペプチドの検出又は定量を行う工程を含むアルツハイマー病の診断のためのデータを収集する方法。
【0019】
(8)体液が、血液又は脳髄液である、(7)記載のアルツハイマー病の診断のためのデータを収集する方法。
【0020】
(9)検出又は定量されたペプチドにおける高分子量型のペプチドの比率を指標としてアルツハイマー病の診断を行う、(7)又は(8)記載のアルツハイマー病の診断のためのデータを収集する方法。
【0021】
(10)動物から採取した体液又は組織における(1)乃至(6)のいずれか記載のペプチドの検出又は定量を行う工程を含むアルツハイマー病の診断方法。
【0022】
(11)体液が、血液又は脳髄液である、(10)記載のアルツハイマー病の診断方法。
【0023】
(12)検出又は定量されたペプチドにおける高分子量型のペプチドの比率を指標としてアルツハイマー病の診断を行う、(10)又は(11)記載のアルツハイマー病の診断方法。
【0024】
(13)(1)乃至(6)のいずれか記載のペプチドを分泌する細胞に被験物質を接触させ、前記ペプチドの分泌量の変化、又は分泌される前記ペプチドの分子種の変化を調べることを特徴とするアルツハイマー病の治療薬のスクリーニング方法。
【0025】
(14)(1)乃至(6)のいずれか記載のペプチドに対する抗体。
【0026】
(15)(14)記載の抗体を含有するアルツハイマー病の診断薬。
【発明の効果】
【0027】
本発明のペプチドを利用することにより、被検者に負担のかからない簡易な手段で、アルツハイマー病を発症前または発症初期段階で発見できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】密度勾配遠心によって分けられたタンパク質のウエスタンブロットの結果を示す写真。
【図2】免疫沈降によって回収されたタンパク質のウエスタンブロットの結果を示す写真。
【図3】アルツハイマー病患者の脳切片の免疫染色写真(AlcαとAPPを検出)。
【図4】アルツハイマー病患者の脳切片の免疫染色写真(AlcαとAβを検出)。
【図5】APPからのAβ生成を模式的に表した図。
【図6】抗APP抗体を用いた細胞ライセートのウエスタンブロットの結果を示す図。
【図7】抗Alc抗体を用いた細胞ライセートと抗FLAG抗体を用いた培地のウエスタンブロットの結果を示す図。
【図8】抗Alc抗体を用いた膜画分のウエスタンブロットの結果を示す図。
【図9】AlcαΔEの構造を示す図。
【図10】抗FLAG抗体を用いた細胞ライセートと培地のウエスタンブロットの結果を示す図。
【図11】APPまたはAlcα及びBACE1を発現させた細胞のライセートのウエスタンブロットの結果を示す図。
【図12】FLAG配列を持つβ-Alcα(AlcαからN末端側とC末端側の断片が切断除去されることによって生成するペプチド)の調製法を模式的に表した図。
【図13】抗FLAG抗体を用いたAlcαΔE発現細胞の抽出液と培地の免疫沈降物のウエスタンブロットの結果を示す図。
【図14】AlcαΔE発現細胞から分泌されたβ-Alcαの質量分析結果を示す図。
【図15】MALDI-TOFMS法によって決定されたAlcαの二次切断サイトを示す図。
【図16】ヒトAPP695の切断サイトを示す図。
【図17】Alcα1の一次切断によって生じたC末端断片の電気泳動の結果を示す図。
【図18】Alcαの切断サイトを示す図。
【図19】種々の変異型PS1とAlcαΔEを発現させた細胞のウエスタンブロットの結果を示す図。
【図20】種々の変異型PS1(L166P変異型PS1を含む)とAlcαΔEを発現させた細胞のウエスタンブロットの結果を示す図。
【図21】野生型PS1又はL166P変異型PS1によって生成するβ-Alcの質量分析結果を示す図。
【図22】β-Alcの切断位置を示す図。
【図23】β-Alcの分子種を模式的に示した図。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明のペプチドは、アルカディンα、アルカディンβ、又はアルカディンγからN末端側の断片とC末端側の断片が切断除去されることによって生成するペプチドであって、アルツハイマー病の診断マーカーとなり得るペプチドである。
アルカディンには、アルカディンα(以下、「Alcα」という)、アルカディンβ(以下、「Alcβ」という)、アルカディンγ(以下、「Alcγ」という)の3種類があり、Alcαとは、配列番号1で表されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含有するタンパク質であり、Alcβとは、配列番号2で表されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含有するタンパク質であり、Alcγとは、配列番号3で表されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含有するタンパク質である。
Alcα、Alcβ、Alcγは、ヒトや温血動物(例えば、モルモット、ラット、マウス、ニワトリ、ウサギ、ブタ、ヒツジ、ウシ、サルなど)の細胞(例えば、肝細胞、脾細胞、神経細胞、グリア細胞、膵臓β細胞、骨髄細胞、メサンギウム細胞、ランゲルハンス細胞、表皮細胞、上皮細胞、杯細胞、内皮細胞、平滑筋細胞、繊維芽細胞、繊維細胞、筋細胞、脂肪細胞、免疫細胞(例、マクロファージ、T細胞、B細胞、ナチュラルキラー細胞、肥満細胞、好中球、好塩基球、好酸球、単球)、巨核球、滑膜細胞、軟骨細胞、骨細胞、骨芽細胞、破骨細胞、乳腺細胞、肝細胞もしくは間質細胞、またはこれら細胞の前駆細胞、幹細胞もしくはガン細胞など)もしくはそれらの細胞が存在するあらゆる組織、例えば、脳、脳の各部位(例、嗅球、扁桃核、大脳基底球、海馬、視床、視床下部、大脳皮質、延髄、小脳)、脊髄、下垂体、胃、膵臓、腎臓、肝臓、生殖腺、甲状腺、胆のう、骨髄、副腎、皮膚、筋肉、肺、消化管(例、大腸、小腸)、血管、心臓、胸腺、脾臓、顎下腺、末梢血、前立腺、睾丸、卵巣、胎盤、子宮、骨、関節、骨格筋などに由来するタンパク質であってもよく、合成タンパク質であってもよい。
配列番号1、配列番号2、又は配列番号3で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列としては、各配列番号で表わされるアミノ酸配列と約50%以上、好ましくは約60%以上、さらに好ましくは約70%以上、より好ましくは約80%以上、特に好ましくは約90%以上、最も好ましくは約95%以上の相同性を有するアミノ酸配列などが挙げられる。各配列番号で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列を含有するタンパク質としては、例えば、各配列番号で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列を含有し、各配列番号で表されるアミノ酸配列を含有するタンパク質と実質的に同質の活性を有するタンパク質などが好ましい。
実質的に同質の活性としては、X11LのPIドメインとの結合活性などが挙げられる。実質的に同質とは、それらの性質が性質的に(例、生理学的に、または薬理学的に)同質であることを示す。したがって、上記の活性が同等(例、約0.01〜100倍、好ましくは約0.1〜10倍、より好ましくは0.5〜2倍)であることが好ましいが、これらの活性の程度、タンパク質の分子量などの量的要素は異なっていてもよい。
また、Alcα、Alcβ、又はAlcγとしては、例えば、(イ)各配列番号で表されるアミノ酸配列中の1または2個以上(好ましくは、1〜30個程度、好ましくは1〜10個程度、さらに好ましくは数(1〜5)個)のアミノ酸が欠失したアミノ酸配列、(ロ)各配列番号で表されるアミノ酸配列に1または2個以上(好ましくは、1〜30個程度、好ましくは1〜10個程度、さらに好ましくは数(1〜5)個)のアミノ酸が付加したアミノ酸配列、(ハ)各配列番号で表されるアミノ酸配列に1または2個以上(好ましくは、1〜30個程度、好ましくは1〜10個程度、さらに好ましくは数(1〜5)個)のアミノ酸が挿入されたアミノ酸配列、(ニ)各配列番号で表されるアミノ酸配列中の1または2個以上(好ましくは、1〜30個程度、好ましくは1〜10個程度、さらに好ましくは数(1〜5)個)のアミノ酸が他のアミノ酸で置換されたアミノ酸配列、または(ホ)それらを組み合わせたアミノ酸配列を含有するタンパク質などのいわゆるムテイン(mutein)も含まれる。上記のようにアミノ酸配列が挿入、欠失または置換されている場合、その挿入、欠失または置換の位置としては、活性が消失しない限り、特に限定されない。具体的には、アルカディンαには、配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するアルカディンα1と配列番号1で表されるアミノ酸配列の第71番目と72番目に10アミノ酸が挿入されたアルカディンα2が存在する。
N末端側の断片が切断除去される部位は、生成するペプチドがアルツハイマー病の診断マーカーとなり得る部位であれば特に制限はないが、N末端側の細胞外ドメイン中の部位であることが好ましい。このような部位は、Alcαの場合、通常、配列番号1で表されるアミノ酸配列の815番目に対応するアミノ酸と816番目に対応するアミノ酸の間、アミノ酸配列の820番目に対応するアミノ酸と821番目に対応するアミノ酸の間、若しくはアミノ酸配列の838番目に対応するアミノ酸と839番目に対応するアミノ酸の間、又はそれらの近傍であり、Alcβの場合、通常、配列番号2で表されるアミノ酸配列の825番目に対応するアミノ酸と826番目に対応するアミノ酸の間又はその近傍であり、Alcγの場合、通常、配列番号3で表されるアミノ酸配列の804番目に対応するアミノ酸と805番目に対応するアミノ酸の間又はその近傍である。
さらに、アルカディンはAPPと同様に、N末端側の断片が切断除去される部位は、もう一箇所存在する。AlcαはAPPのβ-サイトでの切断を行う BACEによっても細胞外で切断される。このような部位は、通常、配列番号1で表されるアミノ酸配列の708番目に対応するアミノ酸と709番目に対応するアミノ酸の間またはその近傍である。
C末端側の断片が切断除去される部位も生成するペプチドがアルツハイマー病の診断マーカーとなり得る部位であれば特に制限はないが、プレセニリンによって切断される部位が好ましい。このような部位は、Alcαの場合、通常、配列番号1で表されるアミノ酸配列の842番目に対応するアミノ酸と843番目に対応するアミノ酸の間、843番目に対応するアミノ酸と844番目に対応するアミノ酸の間、若しくは851番目に対応するアミノ酸と852番目に対応するアミノ酸の間、又はそれらの近傍であり、Alcβの場合、通常、配列番号2で表されるアミノ酸配列の875番目に対応するアミノ酸と876番目に対応するアミノ酸の間又はその近傍であり、Alcγの場合、通常、配列番号3で表されるアミノ酸配列の847番目に対応するアミノ酸と848番目に対応するアミノ酸の間又はその近傍である。なお、ここで「近傍」とは、切断部位から通常10個以内のアミノ酸の範囲をいい、好ましくは5個以内のアミノ酸の範囲をいう。本発明のペプチドの具体例としては、配列番号4乃至配列番号12のいずれかに記載されたアミノ酸配列からなるペプチドを挙げることができる。
本発明のペプチドは、以下の理由から、アルツハイマー病の診断マーカーとして利用することができると考えられる。
(1)本発明のペプチドはアルカディンから生成するが、アルカディンは、APP及びX11Lの三者で複合体を形成する(Araki, Y. et al., (2003) J. Biol. Chem. 278, 49448-49548、特開平2003-164298号公報)。また、アルカディンは、アルツハイマー病患者の脳でAPPと同じ分布を示す(実施例2及び3)。
(2)アルカデインはAPPと同じくBACEによって切断される(実施例8)。
(3)本発明のペプチドは、Aβと同じくプレセニリンによって切断されることによって生じる(実施例4、6、及び7)。また、本発明のペプチドは、Aβと同様に細胞外に分泌される(実施例7)。さらに本発明のペプチドは、Aβの分子種が病的に変化した時に、同じように生成する分子種が変化する(実施例11)。これらの事実から、本発明のペプチドの産生量からAβの産生量を予測することが可能であり、また、本発明のペプチドの質的変化からAβの質的変化を予測することも可能であると考えられる。
(4)Aβは凝集性を持つため、アルツハイマー病の診断マーカーとして定量的に利用できない。N末端側にα-ヘリックス構造、C末端側にβ-シート構造を持つAβは、中央部の26番目のアミノ酸から29番目のアミノ酸からなる配列がβ-ターン構造を取るため、N-末とC-末が逆平行β-シート構造を作る。これが引き金となってAβの凝集を引き起こすと理解されている(”Oligomerization and fibril assembly of the amyloid β-protein” by Roher, A. E et al., Biochem. Biophy. Act. [2000] 1502, 31-43.)。一方、本発明のペプチドは、N末端側にα-ヘリックス構造、C末端側にβ-シート構造を取り、基本構造はAβと同じであるが、β-ターン構造をとる配列はないため、α−ヘリックスがβ-シート構造に変換されることがないと予想できるため、凝集性を示さないと考えられる。
本発明のペプチドをアルツハイマー病の診断マーカーとして利用し、アルツハイマー病の診断や診断のためのデータを収集することができる。具体的には、動物から採取した体液又は組織における本発明のペプチドの検出又は定量を行うことにより診断や診断データを収集できる。
また、本発明のペプチドには、種々の分子量のペプチドが存在するが、検出又は定量される本発明のペプチド中に高分子量型のペプチドが多く含まれる場合には、アルツハイマー病を発症、又は発症の前段階にある可能性が高い。これは、凝集性が高く毒性の強い高分子量型Aβ(Aβ42)の生成量が増加する条件では、高分子量型の本発明のペプチドの生成量も増加するからである(実施例11および12)。従って、本発明のペプチドが体液中等に一定量存在するかどうかだけではなく、本発明のペプチド全量中の高分子量型ペプチドの比率を指標としても、アルツハイマー病の診断を行うことができる。なお、ここでいう「高分子量型ペプチド」とは、N-末端側の切断がよりN-末端に近いサイトで起きるか、若しくはC-末端側の切断がよりC-末端に近いサイトで起きるか、又はその両者の組み合わせによって生成するペプチドであり、例えば、後述する表1で示す各β-Alc分子種よりもN-末若しくはC-末側、又はN-末とC-末側の両方に切断サイトがシフトした分子種を示し、分子量的に具体的数値で示されるペプチドではない。表1の一次切断サイトがζ1で二次切断サイトがγ3の場合、36アミノ酸の分子量4000程度のペプチドの生成が予想されるが、N-末もしくはC-末の切断サイトのシフトにより、このペプチドよりも分子量が高くなるβ-Alcは、上述した「高分子量型ペプチド」に該当する。一方、表1の一次切断サイトがζ3で二次切断サイトがγ1の場合、4アミノ酸で分子量5-600のペプチドの生成が予想されるが、N-末もしくはC-末の切断サイトもしくはその両方の切断サイトのシフトにより、このペプチドよりも分子量が高くなるβ-Alcは、たとえ分子量が1000程度であっても、上述した「高分子量型ペプチド」に該当する。
体液等の採取対象とする動物としては、ヒトを挙げることができるが、ヒト以外の温血動物、例えば、モルモット、ラット、マウス、ニワトリ、ウサギ、ブタ、ヒツジ、ウシ、サルなどを対象としてもよい。
体液及び組織としては、血液、血漿、血清、脳髄液、脳組織などを例示でき、これらの中でも血液、脳髄液が好適である。
ペプチドの検出又は定量を行う方法は特に限定されないが、抗体を用いる方法、例えば、ウエスタンブロット、ドットブロット、ELISA、サンドイッチELISA、ラジオイムノアッセイ、免疫沈降法、MALDI-TOF/MS等を用いた質量分析法、および、これらのいずれかの組み合わせ方法でもよい。これらの中でもサンドイッチELISAが最も好ましい。サンドイッチELISAは、例えば、Tomitaらの論文(”Cleavage of Alzheimer’s amyloid precursor protein (APP) by secretases occurs after O-glycosylation of APP in the protein secretory pathway” Tomita, S., Kirino, Y., and Suzuki, T. [1998] J, Biol. Chem. 273, 6277-6284)に記載された方法に従って行うことができる。具体的には、(1)本発明のペプチドに対する特異的な抗体を固相に結合させ、(2)そこに試料溶液を加え、(3)固相を洗浄し、(4)本発明のペプチドに対する別の特異的な抗体を加え、(5)前記抗体に対する抗体(抗IgG抗体)であって、酵素で標識されている抗体を加え、(6)前記酵素に対する基質を加え、発色等を指標として、試料溶液中の本発明のペプチドの検出又は定量を行うことができる。ここで、本発明のペプチドに対する特異的な抗体は、後述する方法によって作製することができる。抗IgG抗体は、市販のものを使用することができる。固相としては、マイクロタイターウェル、ラテックス粒子などを使用でき、標識酵素としては、西洋ワサビ由来のペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ、ガラクトシダーゼなどを使用できる。
本発明の抗体には、モノクローナル抗体及びポリクローナル抗体のいずれも含まれる。
モノクローナル抗体は、例えば、前述のTomitaらの文献に記載されている方法に従って作製することができる。具体的には、(1)本発明のペプチドを動物に投与し、(2)前記動物から抗体産生細胞を採取し、(3)前記抗体産生細胞と骨髄腫細胞を融合させ、ハイブリドーマを作製し、(4)前記ハイブリドーマの中から本発明の抗体を産生するハイブリドーマを選択し、(5)前記抗体産生ハイブリドーマの培養上清から抗体を分離精製することにより、目的のモノクローナル抗体を得ることができる。
動物に投与する本発明のペプチドは、ペプチド全体でもよいが、その一部分であってもよい。投与する部分ペプチドは特に限定されないが、例えばAlcα由来のペプチドの場合、配列番号1で表されるアミノ酸配列の816番目、821番目、若しくは839番目に対応するアミノ酸をN-末端とし、配列番号1で表されるアミノ酸配列の842番目、843番目、若しくは851番目に対応するアミノ酸をC-末端とするペプチドが好ましい。Alcβ由来のペプチドの場合、配列番号2で表されるアミノ酸配列の826番目から845番目に相当するアミノ酸からなるペプチドが好ましく、Alcγ由来のペプチドの場合、配列番号3で表されるアミノ酸配列の805番目から824番目に相当するアミノ酸からなるペプチドが好ましい。また、ペプチドは、抗体産生能を高めるために完全又は不完全フロイントアジュバントと共に投与してもよい。投与対象とする動物は特に限定されず、例えば、サル、ウサギ、イヌ、モルモット、マウス、ラット、ヒツジ、ヤギ、ニワトリなどを用いることができる。ペプチドの投与間隔及び回数は特に限定されないが、通常、2〜6週ごとに、2〜10回程度投与する。抗体産生細胞は、例えば、最終免疫の2〜5日後に動物から脾臓又はリンパ節を採取し、それらから得ることができる。使用する骨髄腫細胞は特に限定されず、例えば、NS-1、P3U1、SP2/0、AP-1等を使用することができる。細胞融合は、ポリエチレングリコールやセンダイウイルスなどを用いて常法に従って行うことができる。本発明の抗体を産生するハイブリドーマの選択は、例えば、本発明のペプチドを吸着させたマイクロプレート等にハイブリドーマの培養上清を添加し、次いで、酵素等で標識された抗IgG抗体などを添加し、マイクロプレート等に結合した抗IgG抗体を検出することにより行うことができる。ハイブリドーマの培養上清から本発明の抗体の分離は、免疫グロブリンの分離精製に常用される方法、例えば、塩析法、アルコール沈殿法、等電点沈殿法、電気泳動法、イオン交換体による吸脱着法、超遠心法、ゲルろ過法などにより行うことができる。
ポリクローナル抗体も、例えば、Arakiらの論文(Araki, Y., et al., [2003] J. Biol. Chem. 278, 49448-49458; Araki, Y., et al [2004] J. Biol. Chem. 279, 24343-24354.)などに記載されている方法に従って作製することができる。具体的には、(1)本発明のペプチドを動物に投与し、(2)前記動物から血液、腹水等を採取し、(3)前記血液等から抗体を分離精製することにより、目的のポリクローナル抗体を得ることができる。ペプチドの投与及び抗体の分離精製は、上記モノクローナル抗体と同様に行うことができる。
本発明の診断薬は、通常、上述した本発明の抗体を適当な緩衝液等に添加することにより調製される。抗体の濃度、緩衝液等の種類は特に限定されず、本発明のペプチドを検出又は定量する方法に応じて適宜決めればよい。また、診断薬中には、本発明の抗体以外の成分を含んでもよく、そのような成分としては、酵素標識二次抗体、発色剤などを例示できる。
本発明のペプチド及びその前駆体であるアルカディンは、様々な点でAβ及びAPPと類似している。従って、本発明のペプチドの産生を抑制する物質は、Aβの産生も抑制する可能性が高い。また、本発明のペプチドの分子種を高分子量型から低分子量型(高分子量型以外の本発明のペプチド)へ変化される物質は、Aβの分子種も毒性の強い高分子量型から他のタイプへ変化させる可能性が高い。よって、本発明のペプチドを分泌する細胞に被験物質を接触させ、前記ペプチドの分泌量の変化、又は分泌される前記ペプチドの分子種の変化を調べることによりアルツハイマー病の治療薬のスクリーニングを行うことができると考えられる。
本発明のペプチドを分泌する細胞は、元から本発明のペプチドを分泌する細胞を用いてもよく、また、遺伝子導入によって本発明のペプチドを分泌するようになった細胞を用いてもよい。前者の細胞としては、例えば、繊維芽細胞(Araki, Y., et al [2004] J. Biol. Chem. 279, 24343-24354.)、HEK293(実施例ではこの細胞にアルカディン遺伝子を導入しているが、導入しなくても、内在性のアルカディンが発現している。)などを使用することができる。後者の細胞は、例えば、細胞にアルカディン遺伝子の全長又は一回目の切断産物(もしくはこれを模したコンストラクト)をコードするDNAを導入することによって作製することができる。また、本発明のペプチドの分子種の変化を調べる場合には、高分子型の本発明のペプチドを分泌する細胞を用いることが好ましい。このような細胞は、後述する実施例11及び12に示すように、変異型プレセニリン(I143F、278T、434C、L35Fなど)の遺伝子を安定的に発現するように細胞に導入することや、アルカディン遺伝子に変異を加えることによって作製することができる。
被験物質との接触方法は、被験物質が細胞に対して作用する方法であれば特に限定されず、例えば、細胞に直接接種する方法、細胞を培養している培地に添加する方法などを例示できる。
ペプチドの分泌量の変化及び分泌されるペプチドの分子種の変化は、前述した本発明のペプチドの検出及び定量方法に従って、調べることができる。ペプチドの分泌量の変化を調べた結果、分泌量が減少していた場合、被験物質はアルツハイマー病の治療薬の候補となり得る。また、ペプチドの分子種の変化を調べた結果、分子種が高分子量型から低分子量型へ変化していた場合も、被験物質はアルツハイマー病の治療薬の候補となり得る。
なお、ここでいう「治療薬」には、発症したアルツハイマー病を治療する薬剤のみならず、発症を抑制する、あるいは発症時期を遅らせるといった予防的な効果を持つ薬剤も含まれる。
【実施例】
【0030】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明する。
〔実施例1〕
8週令のC57BL6マウス5匹の脳を、氷冷した30mlの緩衝液A(10mM ヘペス pH7.4, 0.32M スクロース, 5μg/ml キモスタチン, 5μg/ml ロイペプチン, 5μg/ml ペプスタチン)中でルーズフィット・テフロン・ホモジナイザー(クリアランス:0.12μm)で10ストロークすることによりホモジナイズした。このホモジネートを遠心処理(1000xg, 10min)することにより未破壊細胞及び核を除き、除核細胞破砕液を得た。この除核細胞破砕液をさらに遠心処理(100000xg, 60min)して、ペレットとして膜画分を得た。膜画分を2mlの緩衝液Aに加え、再懸濁した。Beckman SW41用チューブの中に、緩衝液A中に0-28%のイオジキサノール密度勾配をかけた溶液(10ml)を入れ、その上に再懸濁した2mlの膜画分を境界面を乱さないように静かに重層した。これを41000rpm, 115min, 4℃で遠心処理した。遠心処理後、チューブの底から900mlづつ13フラクション採取した。各フラクション7.5μlに、5μlの5倍濃度SDS試料緩衝液(43% グリセロール(Wako), 16%SDS(Wako), 64ng/ml ブロモフェノールブルー(Wako), 5mM EDTA, 0.22M Tris-HCl pH6.8)及び2.5μlの8M尿素溶液を加え、5分間煮沸した後、8%ゲルを用い、Lammliの方法に従い、SDS-PAGEを行った。ゲル上のタンパク質をニトロセルロースメンブレンに転写し、ウエスタンブロットを行った。検出はECL kit(Pharmacia)を用いて行った。抗体は、抗APP細胞質領域抗体(全長APPと C末端断片を両方検出できる)、抗X11L抗体、抗Alcα抗体、抗プロテインジスルフィドイソメラーゼ(PDI)抗体、抗ゴルジ体130kDaマトリックスタンパク質(GM-130)抗体、抗シナプトタグミン(SYT)抗体、抗マウスキネシン重鎖(KHC)抗体、及び抗プレセニリン1(PS1)C末端断片抗体を用いた。このうち、抗X11L抗体(mint2, BD Biosciences)、抗PDI抗体(1D3, Stressgen Biotechnologies)、抗GM130抗体(#35, BD Biosciences)、抗SYT抗体(#41, BD Biosciences)、抗KHC抗体(H2, CHEMICON International)、及び抗PS1C末端断片抗体(PS1-CTF, CHEMICON International)は市販のものを使用した。抗APP細胞質領域抗体はG369、抗Alcα抗体はUT83を使用した。G369は、Oishi, M. et al., (1997) Mol. med.3, 11-113に記載された方法に従って作製されたものである。UT83は、ヒトAlcα1のC末端ペプチド(954から971のアミノ酸)にCysを加えたペプチドを抗原としたウサギ由来のポリクローナル抗体である(Araki Y., et al. [2003] J. Biol. Chem. 278, 49448-49458.)。ウエスタンブロットの結果を図1に示す。
ウエスタンブロットの結果、フラクション8にAPP、X11L、Alcが多く含まれていたので、このフラクションから500μl採取し、これを等量の2倍濃度CHAPS緩衝液(20mM CHAPS, 20mM リン酸ナトリウム pH7.4, 280mM 塩化ナトリウム)に加えて、膜成分を可溶化した後、G369(抗APP細胞質領域抗体)で共役免疫沈降を行った。具体的には、可溶化した膜成分に、G369 4μlを加え、4℃で1時間反応させた後、2倍濃度CHAPS 緩衝液で平衡化した30μlの50%プロテインG-セファロースを加え4℃で1時間反応させた。この反応後のビーズを800μlの2倍濃度CHAPS 緩衝液で洗い、45μlの試料緩衝液混合物(30μlの5倍濃度SDS試料緩衝液と15μlの8M尿素溶液の混合物)を加え、5分間煮沸してビーズに付いている成分を可溶化した。この可溶化成分を8%ゲルでSDS-PAGEを行った後、上記と同様にウエスタンブロットを行った。抗体は、上記で用いた抗APP細胞質領域抗体、抗X11L抗体、抗Alcα抗体、抗SYT抗体のほか、IgG重鎖(IgG(H))に対する抗体も用いた。また、対照として、G369の代わりに等量の非免疫ウサギ血清を用いて共役免疫沈降を行い、それによって得られた成分についてもウエスタンブロットを行った。更に、共役免疫沈降を行う前の可溶化膜成分についても同様にウエスタンブロットを行った。この結果を図2に示す。
図2に示すように、G369による共役免疫沈降によって得られた成分の中には、APPだけでなく、X11LやAlcαも含まれていた。このことから、APPは、X11LとAlcαと結合し、三者による複合体を形成すると考えられる。
〔実施例2〕
5人のアルツハイマー病患者から採取した前頭葉の組織をKryofix(エタノール、ポリエチレングリコール及び水の混合物、Merck)で1〜7日固定後、パラフィンに包埋した。包埋した組織を薄切し、厚さ4μmの連続切片を作製した。切片を脱パラフィン化した後、ABC elite kit(Vector Laboratory)で免疫染色した。
免疫染色は、切片を抗Alcα抗体(UT83)溶液(0.8μg/ml)又は抗APP細胞外領域抗体(22C11, Roche Diagnostics)溶液(0.5μg/ml)でインキュベートし、二次抗体反応後、ペルオキシターゼ活性をジアミノベンジジン−過酸化水素溶液で可視化することにより行った。対照として、免疫していないウサギIgG溶液(0.8μg/ml)で切片をインキュベートし、同様に免疫染色を行った。また、抗Alcα抗体と、この抗体に対する抗原ペプチド(40nM)が共存する溶液中で切片をインキュベートし、同様に免疫染色を行った。
抗Alcα抗体、抗APP細胞外領域抗体、及び免疫していないウサギIgGを使用した場合の結果をそれぞれ図3−1、図3−2、図3−3に示す。
これらの図に示すように、AlcαとAPPは、アルツハイマー患者の脳内において同じような部位に検出される。なお、抗Alcα抗体に対する抗原ペプチドを共存させた場合の結果は図に示していないが、図3−3と同様に何も検出されなかった。
〔実施例3〕
実施例2で作製した切片を脱パラフィン化した後、抗Alcα抗体(0.8μg/ml)と抗APP細胞外領域抗体(0.5μg/ml)とを含む溶液、又は抗Alcα抗体(0.8μg/ml)と抗Aβ抗体(1/1000に希釈して使用)とを含む溶液でインキュベートした。抗Aβ抗体は、4G8(Signet Lab)を使用した。
次に、それぞれの抗体の組み合わせでインキュベートした切片を、ヤギ由来FITC標識抗ウサギIgG抗体(Jacson immunoreaserch lab、1/30に希釈して使用)とヤギ由来Cy3標識抗マウスIgG抗体(Jacson immunoreaserch lab、1/50に希釈して使用)とを含む溶液でインキュベートした。なお、リポフスチン顆粒の自家蛍光は、免疫反応前にスダンブラックB染色により消失処理を行った。
一次抗体として抗Alcα抗体と抗APP細胞外領域抗体を使用した場合の結果を図3−4(FITCのみを検出)、図3−5(Cy3のみを検出)、及び図3−6(FITCとCy3の両者を検出)に示す。また、一次抗体として抗Alcα抗体と抗Aβ抗体を使用した場合の結果を図4−1(FITCのみを検出)、図4−2(Cy3のみを検出)、及び図4−3(FITCとCy3の両者を検出)に示す。
図3−4、図3−5、及び図3−6に示すように、AlcαとAPPは、アルツハイマー患者の脳内において同じような部位に検出される。この結果は、実施例2の結果とも合致する。また、図4−1、図4−2及び図4−3に示すように、APPは、Aβが蓄積して老人斑が形成されている部位の周辺に検出される。
以上の結果から、アルツハイマー病の発症過程で、APPとAlcαが挙動を同じくしていることが示唆される。
〔実施例4〕
Alcα、Alcβ、Alcγ、又はAPP695(695個のアミノ酸からなるヒトAPPのアイソフォーム)をコードするDNAを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3.1(Invitrogen)に挿入した。
10%牛胎児血清を含むDMEM(シグマ社D5796)の入った6穴培養皿(底面積10cm2)にHEK293細胞を播き、この細胞に上記で作製した発現ベクターを、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000, Invitrogen)を用いて導入した。対照として何も挿入していないpcDNA3.1も同様にHEK293細胞に導入した。
培地1mlに、プレセニリン阻害剤L-685,458(Calbiochem)のDMSO溶液(1mM)を1μl添加し、24時間培養した後、培地を採取した。対照として、L-685,458溶液の代わりに等量のDMSOを添加し、同様に培養を行い、培地を採取した。採取した培地を、1mlのHBST緩衝液(10mM ヘペス pH7.4, 150mM 塩化ナトリウム, 0.5% TritonX-100, 5μg/ml キモスタチン, 5μg/ml ロイペプチン, 5μg/ml ペプスタチン)中で細胞中のタンパク質を抽出した。可溶化した細胞を遠心処理(12000xg, 10min)し、上清を集め、可溶化成分を回収した。可溶化成分7.5μlに対し、7.5μlの試料緩衝液混合物(5μlの5倍濃度SDS試料緩衝液と2.5μlの8M 尿素溶液の混合物)を加え、5分間煮沸した。このサンプルを、8/15%の2段ゲルでSDS-PAGEを行った後、タンパク質をニトロセルロースメンブレンに転写し、ウエスタンブロットを行った。SDS-PAGEはLammliの常法に従った。一次抗体は、抗APP細胞質領域抗体(G369, 1/2000に希釈して使用)、抗Alcα抗体(UT83, 0.3μg/ml)、抗Alcβ抗体(UT99, 0.5μg/ml)、及び抗Alcγ抗体(UT105, 1/500に希釈して使用)を用い、検出はECL kit(Pharmacia)を用いて行った。なお、UT99及びUT105はそれぞれAlcβ及びAlcγのC末端を認識する抗体である。この結果を図6及び図7A〜Cに示す。
APPの一回目の切断によって生じるC末端側断片は、プレセニリンによって二回目の切断を受け、その切断断片は細胞外に分泌される(図5)。このとき、プレセニリン阻害剤を添加すると、二回目の切断は起きず、APPのC末端側断片は細胞内に蓄積する。図6において、プレセニリン阻害剤(L-685,458)を加えた場合にのみC末端側断片(CTFα)が細胞ライセート中により多く検出されるのはこの事実を反映している。
Alcα及びAlcγも、APPと同様に、プレセリニン阻害剤を加えた場合にのみ細胞ライセート中にC末端側断片(CTF1)が検出されている(図7A及びC)。このことから、Alcα及びAlcγのC末端側断片もAPPのそれと同様にプレセニリンによって切断されると考えられる。なお、Alcβについては、プレセリニン阻害剤を加えない場合にもC末端側断片が検出されているおり(図7B)、この実験からは、C末端側断片がプレセニリンによって切断されるかどうかはわからない。
〔実施例5〕
Alcα、Alcβ、及びAlcγのN末端シグナル配列の後にFLAGタグ配列が挿入されたタンパク質(FLAG-Alcα、FLAG-Alcβ、及びFLAG-Alcγ)をコードするDNAを作製し、それらを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3.1(Invitrogen)に挿入した。
10%牛胎児血清を含むDMEM(シグマ社D5796)の入った6穴培養皿(底面積10cm2)にHEK293細胞を播き、この細胞に上記で作製した発現ベクターを、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000, Invitrogen)を用いて導入した。対照として何も挿入していないpcDNA3.1も同様にHEK293細胞に導入した。
培地1mlに、プレセニリン阻害剤L-685,458(Calbiochem)のDMSO溶液(1mM)を1μl添加し、24時間培養した後、培地を採取した。対照として、L-685,458溶液の代わりに等量のDMSOを添加し、同様に培養を行い、培地を採取した。
培地1mlに対して、150μlの緩衝液B(7.7% SDS, 16.7mM Tris-HCl pH7.4, 0.3mg/ml キモスタチン, 0.3mg/ml ロイペプチン, 0.3mg/ml ペプスタチン)を加え、5分間煮沸し、タンパク成分を変性させた。その後、3.75mlの緩衝液C(6.7% NP-40, 0.4M NaCl, 26mM EDTA, 200mM Tris-HCl pH7.4)、1,75mlの酵素阻害溶液(10ng/mlロイペプチン, 10ng/ml ペプスタチンA,, 10ng/ml キモスタチンを含む蒸留水)を順次加えた後、抗FLAG抗体(SIGMA社)2μlを加え、低温室内(4℃)で8時間チューブを転倒混和し、抗原抗体反応を進行させた。その後、50μlの25%プロテインG-セファロース/25%セファロース-4B(Pharmacia Biotech)を含むリンス緩衝液(0.1%TrotonX-100, 1mM EDTA, 150mM NaCl, 10mM Tris-HCl pH7.4)を加え、4℃、3時間回転させた。樹脂成分を遠心処理(3000rpm, 5min, 4℃)により沈澱させ、回収した。回収した樹脂は非特異的結合を除く目的で、洗浄緩衝液I(0.1% TritonX-100, 1M 塩化ナトリウム, 20mM Tris-HCl pH7.4)、洗浄緩衝液II(0.05%SDS, 1%TritonX-100, 5mM EDTA, 150mM 塩化ナトリウム, 50mM Tris-HCl pH7.4)、リンス緩衝液で、順次洗浄した。その後樹脂に30μlの試料緩衝液混合物(20μlの5倍濃度SDS試料緩衝液と10μlの8M 尿素溶液の混合物)を加え、攪拌後、5分間煮沸して、樹脂についている成分を可溶化した。遠心後、この上清成分を6%ゲルを用い、SDS-PAGEを行った後、ニトロセルロースメンブレンにタンパク質を転写し、ウエスタンブロットを行った。SDS-PAGEはLammliの常法に従った。一次抗体は、抗FLAG抗体(M2, SIGMA)を用い、検出はECL kitを用いて行った。この結果を図7D〜Fに示す。
これらの図に示すように、Alcα、Alcβ、Alcγのいずれについても、培地中に抗FLAG抗体によって認識される断片が検出された。FLAGタグ配列は成熟Alcα、Alcβ、AlcγのN末端に結合しているので、このことから、Alcα、Alcβ、Alcγの一回目の切断によって生じるN末端側の断片は細胞外に分泌されていると考えられる。
〔実施例6〕
Alcα、Alcβ、AlcγをコードするDNAを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3.1(Invitrogen)に挿入した。
10%牛胎児血清を含むDMEMの入った10cm培養皿(底面積60cm2)にHEK293細胞を播き、この細胞に上記で作製した発現ベクターを、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000, Invitrogen)を用いて導入した。対照として何も挿入していないpcDNA3.1も同様にHEK293細胞に導入した。
24時間培養した後、培地を捨て氷冷PBSにて細胞を洗った。10ml PBSを再度加え、ピペッティングで細胞を剥がし、15ml ファルコンチューブへ入れた。遠心処理(1500rpm, 10min, ベックマン社製低速冷却遠心機を使用)により細胞を集め、細胞のペレットに対し、1mlの緩衝液D(0.25M スクロース, 10mM トリエタノールアミン-酢酸 pH7.8, 5μg/ml キモスタチン, 5μg/ml ロイペプチン, 5μg/ml ペプスタチン)を加え、27Gの針を12回通すことにより細胞を破砕した。破砕した細胞はトミー社TMA6 rotarで3000rpm(1000x g) 10min 4℃遠心し、未破壊細胞と核を除き、除核細胞破砕液を得た。この除核細胞破砕液をBeckmann社TLA45 rotarで45000rpm(100000xg) 60min 4℃にて遠心し、上清(細胞質画分)と沈澱(膜画分)を得た。この膜画分を100μlの緩衝液Dに再懸濁した。
再懸濁した膜画分から20μlをサンプルとして採取し、37℃で1又は3時間インキュベートした。また、最終濃度1μになるように、プレセニリン阻害剤(L-685,458)を添加したサンプルも用意した。各サンプルに20μlの試料緩衝液混合物(13.4μlの5倍濃度SDS試料緩衝液と6.6μlの8M 尿素溶液の混合物)を加えて反応を停止させ、5分間煮沸したのち8/15%の2段ゲルでSDS-PAGEを行った後、ニトロセルロースメンブレンにタンパク質を転写し、ウエスタンブロットを行った。SDS-PAGEはLammliの常法に従った。一次抗体は、抗Alcα抗体(UT83)、抗Alcβ抗体(UT99)、抗Alcγ抗体(UT105)を用い、検出はECL kit(Pharmacia)を用いて行った。この結果を図8A〜Cに示す。
これらの図に示すように、Alcα、Alcβ、Alcγのいずれについても、膜画分をインキュベートすることにより、各AlcのC末端領域を含む断片(Alcα-ICD等)が検出された。このような断片はプレセニリン阻害剤を加えた場合には検出されなかった。以上のことから、プレセニリンによってAlcα等のC末端領域を含む断片が切り出されると考えられる。
〔実施例7〕
Alcαの二回目の切断産物(Aβ様断片)を効率よく検出するため、AlcαΔEをコードするDNAを作製した。図9に示すように、AlcαΔEは、シグナルペプチドと一回目の切断部位(図中のδ)との間の断片が取り除かれており、また、シグナルペプチドのC末端側には、FLAGタグ配列が挿入されている。
AlcαΔEをコードするDNAを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3.1(Invitrogen)に挿入した。10%牛胎児血清を含むDMEMの入った10cm培養皿(底面積60 cm2)にHEK293細胞を播き、この細胞に上記で作製した発現ベクターを、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000, Invitrogen)を用いて導入した。対照として何も挿入していないpcDNA3.1も同様にHEK293細胞に導入した。培地1mlに、10μM LLnL(Calbiochem)、1μM DAPT(Calbiochem)、又は1μM L-685,458(Calbiochem)のDMSO溶液をそれぞれ最終濃度が1μMになるように添加し(これらはいずれもプレセニリン阻害剤である。)、24時間培養した後、培地を採取した。対照として、L-685,458溶液等の代わりに等量のDMSOを添加し、同様に培養を行い、培地を採取した。
回収した培地に対し、抗FLAG抗体(M2, SIGMA)よる免疫沈降及びウエスタンブロットを行い、プレセニリンで切断されるN末端側の産物を検出した。具体的には回収した培地に4μlの抗FLAG抗体を加え4℃で1時間反応させた。その後、30μlの50%プロテインG-セファロースを含むリンス緩衝液(0.1%TrotonX-100, 1mM EDTA, 150mM NaCl, 10mM Tris-HCl pH7.4)を加え、さらに4℃で1時間反応させた後、ビーズを回収した。このビーズを、各800μlの洗浄緩衝液I(組成は実施例5に記載)、洗浄緩衝液II(組成は実施例5に記載)、リンス緩衝液(組成は前述)で順次洗った後、30μlの2倍濃度トリシン試料緩衝液(900mM Tris-HCl pH8.45, 24%グリセロール, 8%SDS, 0.005% クマシー・ブリリアント・ブルー)を加え、5分間煮沸し、ビーズに付いている成分を可溶化した。この可溶化成分を15%トリス−トリシンゲル(Schagger & von Jagow の定法による)で分離した後、抗FLAG抗体(1/2000に希釈)及び抗Alcα抗体(UT83)を用いてウエスタンブロットを行い、プレセニリンによる切断産物(Aβ様断片)及びAlcαΔEをECL kit(Pharmacia)で検出した。
一方、細胞に対しても免疫沈降及びウエスタンブロットを行った。具体的には、細胞を4mlのHBST緩衝液(組成は実施例4に記載)中で細胞中のタンパク質を抽出した。可溶化した細胞を遠心処理(12000xg, 10min)し、上清を集め可溶化成分を回収した。可溶化成分1mlに対し、抗FLAG抗体2μlを加え1時間反応させた後、30μlの50%プロテインG-セファロースを含むHBST緩衝液を加え4℃1時間反応させた後、ビーズを回収した。このビーズを800μlのHBST緩衝液で3回洗った後、45μlの試料緩衝液混合物(30μlの5倍濃度SDS試料緩衝液と15μlの8M尿素溶液の混合物)を加え、5分間煮沸してビーズに付いている成分を可溶化した。この可溶化成分を15%トリス−グリシンゲル(Lamiliの定法にしたがった)で分離した後、抗FLAG抗体(1/2000に希釈)及び抗Alcα抗体(UT83)を用いてウエスタンブロットを行った。以上の結果を図10に示す。
図10に示すように、遺伝子導入したAlcΔEは細胞のライセート中に検出されたが、プレニセリンにより切断産物(β−Alcα)は培地中においてのみ検出され、細胞のライセート中には検出されなかった。このことから、プレセニリンによる切断断片は、Aβ同様、大部分が培地中に放出される性質を持つと考えられる。
〔実施例8〕
Alcα又はAPP695をコードするDNAを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3.1(Invitrogen)に挿入し、また、ヒトBACE1をコードするDNA(Doms博士より供与)を哺乳類発現ベクターpcDNA3.1Zeo(+)(Invitrogen)に挿入した。
10%牛胎児血清を含むDMEM(シグマ社D5796)の入った6穴培養皿(底面積10cm2)にHEK293細胞を播き、この細胞に上記で作製した発現ベクターを、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000, Invitrogen)を用いて導入した。導入したDNAの組み合わせは図11の記載の通りである。
各細胞を24時間培養後、細胞をHBST緩衝液(組成は実施例4に記載)中でタンパク質を可溶化し、8/15%ゲルでSDS-PAGEを行った。ゲル上のタンパク質をニトロセルロースメンブレンに転写し、抗APP抗体(APP/c, SIGMA)及び抗Alcα抗体(UT83抗体)を用いてウエスタンブロットを行った。抗APP抗体を用いた場合及び抗Alcα抗体を用いた場合のウエスタンブロットの結果をそれぞれ図11A及びBに示す。
図11Aに示すように、BACE1を発現させていない細胞(左から3番目のレーン)では、主にα−サイトの切断産物であるCTFαが検出されたが、BACE1を発現させた細胞(左から4番目のレーン)ではβ−サイトの切断産物であるCTFβも検出された。なお、APP695に対応するバンドは矢印で示した二本のバンドだけであり、これらの近傍に検出される二本のバンドは内在性のAPP(APP770及びAPP751)に対応するものである。
図11Bに示すように、Alcαを発現させ、BACE1を発現させていない細胞(左から5番目のレーン)では、主に30kDaの位置に断片(CTF1)が検出された。この断片の分子量は、実施例7で発現させたAlcαΔEの分子量とほぼ一致するので、切断サイトは815番目のMetと816番目のAlaの間付近であり、アミノ酸数は約156であると推測される。一方、AlcαとBACE1の両者を発現させた細胞(左から6番目のレーン)では、CTF1の他に、この断片よりも分子量の大きい断片が検出された(CTFβ、分子量から判断して約280アミノ酸からなるものと推測される。)。この断片は、AlcαがBACE1によって切断されたことによって生じたものであると考えられる。即ち、Alcαは、APPと同様にBACE1によって切断されると考えられる。なお、図11中でAlcαは二本のバンドとして検出されているが、これは糖鎖修飾によるものである。
〔実施例9〕
γ-セクリターゼによるAlcαの切断部位を以下の手順で同定した。まず、AlcαΔEタンパク質を発現するようなcDNAコンストラクト(図9)を作製した。図12に示すように、このcDNAコンストラクトが導入された細胞は、FLAGタグ配列を持つβ-Alcαを生成・分泌する。細胞から分泌されたβ-Alcαを、FLAGタグ抗体を用いた免疫沈降法により回収し、免疫沈降物をMALDI-TOF/MSで解析し、分子量を決定した。この分子量から、γ-セクリターゼによる切断部位を同定した。以下、その詳細を説明する。
(1)FLAG配列を持つβ-Alcαのウエスタンブロット法による解析
10 cm ディッシュ(コーニング社製)にHEK293細胞を播き、コンフルエントに達した後AlcαΔEの発現ベクター (pcDNA3-FLAG-hAlcαΔE) を遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000, インビトロジェン社製)を用いて導入し、CO2インキュベーターで24時間細胞を培養した。この際、培地1mlにγ-セクリターゼ阻害剤L-685,458(カルバイオケム社製)のDMSO溶液(1mM)を2μl添加した。対照実験として、DMSOだけを加えた細胞も用いた。培養液6mlを回収し、遠心処理(15000rpm, 5min,トミー社製微量高速冷却遠心分離機を使用)した上清に1/1000倍容量の酵素阻害溶液(5 mg/mlロイペプチン、5 mg/mlペプスタチンA、5 mg/mlキモスタチンを含むDMSO溶液)を加えて免疫沈降用サンプルとした。このサンプルに抗FLAG抗体溶液(M2, シグマ社製)を6μl加えて1時間、4℃で転倒混和した。その後、25% プロテインG-セファロースを含むリンス緩衝液 (10mM Tris-HCl pH7.4, 1mM EDTA, 0.1% TritonX-100, 150mM 塩化ナトリウム)50μl加え、4℃で1時間転倒混和して抗原抗体反応を進行させた。反応後のビーズを遠心処理(3000rpm, 5min, 4℃、トミー精工社製微量高速冷却遠心分離機)により沈殿させ回収し、洗浄緩衝液1 (1M 塩化ナトリウム, 20mM Tris-HCl pH7.4, 0.1% TritonX-100)、洗浄緩衝液2 (150mM塩化ナトリウム, 5mM EDTA, 50mM Tris-HCl pH7.4, 1% TritonX-100, 0.05% SDS)、リンス緩衝液で順次洗浄した。その後ビーズに20μl の試料緩衝液混合物 (2倍濃度SDS試料緩衝液 10μlと8M 尿素溶液 10μlの混合物)を加え、攪拌後、5分間煮沸してビーズに吸着していた成分を溶出した。これを遠心処理し、その上清成分を20% アクリルアミドゲルトリス-トリシン電気泳動法を用いて分離した後、抗FLAG抗体(M2, シグマ社製)を用いウエスタンブロットを行った。反応したFLAGタグの付いたβ-AlcはECL キット (ファルマシア社製)を用いて検出した。
培地を取り除いた後の細胞は、1.5mlの氷冷PBSを加え、ピペッティングで細胞を剥がし、エッペンドルフチューブに入れた。遠心処理(6000rpm, 5min, トミー精工社製微量高速冷却遠心分離機を使用)により細胞を集め、細胞のペレットに対し、HBST緩衝液(組成は、実施例4に記載)0.9mlを加え、4℃で1時間転倒混和することにより細胞中のタンパク質を抽出した。可溶化した細胞を遠心処理(15000rpm, 15 min, 4℃, トミー精工社製微量高速遠心分離機を使用)し、上清を可溶性成分として回収した。可溶化成分5μlに10μlの2倍濃度SDS試料緩衝液と1% SDS 5μlを加え、5分間煮沸した。この可溶化成分を20%アクリルアミドゲルのトリス-トリシン電気泳動システムで分離した後、ニトロセルロース膜(S&S社製)に転写し、抗FLAG抗体(M2、シグマ社)と反応後、反応物をECLキット(ファルマシア社製)を用いてフィルム上で検出した。
以上のウエスタンブロットの結果を図13に示す。培地の免疫沈降物をサンプルとした場合、5kDa付近に、主に2本のバンドとしてFLAG配列を持つβ-Alcαが検出された(下段、右レーン)。しかし、細胞培養液にγ−セクリターゼの阻害剤であるL-685.458を加えた場合は、免疫沈降物中にβ-Alcαは検出されなかった(下段、左レーン)。この実験から抗-FLAG抗体によりFLAG配列を持つβ-Alcαが回収されることが明らかになり、これはγ-セクリターゼによる切断産物であることが確認できた。
(2)FLAG配列を持つβ-AlcαのMALDI-TOF/MSを用いた質量分析
HEK293細胞にAlcαΔEの発現ベクター (pcDNA3-FLAF-hAlcαΔE)を、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000, インビトロジェン社製)を用いて導入し、FLAG配列を持つAlcαΔEを安定的に発現する細胞株を樹立した。225cm2のフラスコに樹立細胞株細胞を播き、コンフルエントに達した後培養液を40mlの10%ウシ胎児血清を含むDMEM培地(シグマ社D5796)と交換し、CO2インキュベーターで24時間培養した。この際、培地1mlに、γ-セクリターゼ阻害剤L-685,458(カルバイオケム社製)のDMSO溶液(1 mM)を1μl添加した。対照として、DMSOだけを加えた細胞も用いた。培地を回収し、遠心処理(10,000xg, 5min, ベックマン社製高速冷却遠心分離機を使用)した上清に1/1000倍容量の酵素阻害溶液(5 mg/mlロイペプチン、5 mg/mlペプスタチンA、5 mg/mlキモスタチンを含むDMSO溶液)と1/1000倍容量の10%アジ化ナトリウム水溶液を加えて免疫沈降用サンプルとした。このサンプル20mlに対し、50% (v/v) FLAG抗体(M2)を結合したアガロースビーズ (シグマ社 A2220)を20μl加え、低温室内(4℃)で一晩(約12時間)転倒混和し、抗原抗体反応を進行させた。反応後のビーズを遠心処理(3000rpm, 5min, 4℃、ベックマン社製低速冷却遠心分離器)により沈殿させ、回収した。
回収したビーズは、非特異的結合を除く目的で、800μlの洗浄緩衝液1(0.1% N-octylglucoside, 140mM 塩化ナトリウム, 10mM Tris-HCl pH8.0, 0.025%アジ化ナトリウム)で2回、洗浄緩衝液2 (10mM Tris-HCl pH8.0, 0.025% アジ化ナトリウム)で2回順次洗浄した。その後ビーズに10μlのマトリックス溶液(シナピン酸(アプライド・バイオシステム社製)を飽和させた、トリフルオロ酢酸(和光純薬社製)/アセトニトリル(シグマ社製)/水 (1:20:20))を加え、攪拌後、ビーズに結合している成分を溶出した。ビーズを完全に取り除くために溶出成分をスピンカラム(アマシャム・バイオサイエンス社製)に乗せ、遠心により溶出成分だけを分離した。溶出成分うち2μlをサンプルプレート(アプライドバイオシステムズ社製)に乗せ、乾燥させた後MALDI-TOF/MS(パースペクティブ・バイオシステムズ社製)解析を行った。
AlcαΔEを発現していない細胞の細胞培養液から得たシグナルをバックグランドとして、FLAG配列を持つβ-Alcαとして分子量3619.96、5359.85、5507.02、6233.83のペプチドを同定した(図14)。
これらの分子量に一致する切断サイトを図15中に矢印で示した。アミノ酸配列から想定できる膜貫通領域を実線で、膜貫通領域である可能性の高い領域を破線で示す。分子量5359.85、5507.02、6233.83から決定された切断サイトは膜貫通領域およびその可能性の高い領域に位置することから、γ−セクリターゼによる切断領域と判断できる。一方、分子量3619.96から決定された切断サイトは、明らかにAlcαの細胞外ドメインに位置するため、γ−サイトで切断して生じたβ−Alcαの分解産物である可能性が高い。従って、Alcαのγ-セクリターゼによる二回目の切断サイトは、少なくとも3カ所ある。これは、APPが複数のγ-サイトを持ち、多様性のあるAβを生成・分泌する事実(図16参照)と一致する。
〔実施例10〕
図16に、判明しているAPP(ヒトAPP695)の切断サイトと切断によって生じる生成物を示す(図中の番号はヒトAPP695アイソフォームにおけるアミノ酸番号である。)。切断サイトとしては、一次切断サイトであるα−サイトとβ−サイト、二次切断サイトであるγ−サイト、最近同定されたε−サイト(Gu, Y., Misonou, H., Sato, T., Dohmae, N., Takio, K., and Ihara, Y. (2002) J. Biol. Chem. 276, 35235-35238)などがある。生成物としては、主要Aβ種であるAβ40とAβ42、およびα-サイト切断の生成物であるp3ペプチドなどがある。
Alcαは多くの点でAPPとの類似性を示すことから、Alcαにも複数の一次切断サイトが存在する可能性が高い。そこで、Alcαの一次切断で生じたC-末端断片(CTF)のN末端のアミノ酸配列を決定することにより、一次切断サイトを同定することとした。しかし、CTFは連続した二次切断を受けやすいため、N-末端配列を決定するのに十分量のタンパク質を細胞抽出液から回収することは難しい。このため、γ-セクリターゼの触媒サブユニットであるプレセニリン(PS)の活性サイトに変異を導入したドミナントネガティブタンパク質をHEK293細胞に安定的に発現させ、生じたAlcαのCTFが二次切断を受けない系を構築した。この細胞株に、さらにAlcαのC-末端にFLAGタグを付けたAlcα1−FLAGの発現ベクター (pcDNA3-hAlcα1-FLAG)を、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000,インビトロジェン社製)を用いて導入し、Alcα1−FLAGを安定的に発現する細胞株を樹立した。
この細胞抽出液から、一次切断によって生成したCTFα1-FLAGを免疫沈降し、沈降物を8% (上段)/ 15% (下段)アクリルアミドゲルからなる非連続SDS電気泳動で分離後、PVDF(Immobilon-PSQ, ミリポア社製)膜に転写してクーマジーブリリアントブルー染色で検出した。抗体特異的に検出された30kDa付近の2種類のタンパク質をガスフェーズプロティンシーケンサーで解析し、3種類のAlcα1由来のアミノ酸配列を決定した。以下にその詳細を説明する。
プレセニリン1(PS1)の385番目のアスパラギン酸をアラニンに置換したPS1(D385A)変異体タンパク質の発現ベクター(pcDNA3-PS1D385A)を、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000, インビトロジェン社製)を用いてHEK293細胞に導入し、PS1(D385A)を安定的に発現する細胞株を樹立した。この細胞株にAlcαFLAGの発現ベクター(pcDNA3-hAlcα1-FLAG)を遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000, インビトロジェン社製)を用いて安定的に発現させた。
この細胞(hAlcα1FLAG/PS1D385A-293cellと表記する)を10cm ディッシュ4枚にコンフルエント(ディッシュあたり、約1x108cells)に達するまで培養した。細胞を氷冷PBSで洗浄後、酵素阻害溶液(5 μg/mlロイペプチン、5 μg/mlペプスタチンA、5 μg/mlキモスタチンを含むDMSO溶液)を含むHBST 溶液(10mM Hepes pH7.4, 150mM NaCl, 0.5% Trition X-100 )15mlを加え、4℃で0.5時間、転倒撹拌することで可溶化した。可溶化した細胞を遠心処理(12000 xg, 10 min, 4℃, トミー精工社製微量高速遠心分離機を使用)し、上清を可溶性成分として回収した。可溶化成分15 ml に対し、50% (v/v) FLAG抗体(M2)を結合したアガロースビーズ (シグマ社 A2220)を30 μl加え、低温室内(4℃)で一晩(約12時間)転倒混和し、抗原抗体反応を進行させた。反応後のビーズを遠心処理(3000rpm, 5min, 4℃、ベックマン社製低速冷却遠心分離機)により沈殿させ、回収した。このビーズを1mlのHBSTにて3回洗った後、2mg/ml FLAG-peptide含有HBST(30 μl)を加え、免疫沈降物を競合溶出した。これはAlcαのCTF1の分子量が30kDa前後であり、イムノグロブリン軽鎖(〜30kDa)の混入をできるだけ避けるために穏和な条件で抗原溶出を行う方法である。溶出液を遠心処理(12000 xg, 10 min, 4oC, トミー精工社製微量高速遠心分離機を使用)し、上清に1/5倍容量の5倍濃度SDS試料緩衝液を加え、lammini の定法に従って、アクリルアミドゲル電気泳動を行った。分離したしたタンパク質をImmobilon-PSQ (ミリポア社製)膜に転写し、クーマジーブリリアントブルー(CBB )色素を用いて染色を行いタンパク質を検出した(図17)。
30kDa付近に2種類のタンパク質(CTF1sで示したタンパク質)が検出された。これらのタンパク質のアミノ酸配列をgas phase protein sequencer 492HT (アプライドバイオシステム社製)を用いて決定した。この結果、高分子量側のタンパク質には2種類のアミノ酸配列が含まれていた。これらの配列から想定される一次切断サイトは、815番目のMetと816番目のAlaとの間(この切断サイトを「ζ1」という)及び820番目のGlnと821番目のPheの間(この切断サイトを「ζ2」という)である(図18)。ζ1は、実施例8で決定したサイトに一致した。ζ2は新規な一次切断サイトである。また、CTF1sの低分子量側のタンパク質には1種類のアミノ酸配列が含まれていた。この配列から想定される一次切断サイトは、838番目のAlaと839番目のAsnの間(この切断サイトを「ζ3」という)である(図18)。
以上のようにAlcαは、3カ所の一次切断サイト(ζ1,ζ2, ζ3)と3カ所の二次切断サイト(γ1, γ2, γ3)を持つ。この結果、ヒトからは、少なくとも9種類のβ-Alcαが生成する(表1)。
【0031】
【表1】
複数のβ-Alcαが生成することは、同調して代謝を受けるAPPから複数のAβが生成してくる事実とよく一致する。
〔実施例11〕
アルツハイマー病(AD)では、Aβの生成量が増加するだけでなく、Aβの分子種にも変化が認められる。AD患者では、全Aβ生成量における凝集性の高いAβ42の割合が増加していることが報告されている。Aβ42の比率の上昇は、発病に大きく関わっていると考えられている。例えば、プレセニリン遺伝子に変異を持つ家族性アルツハイマー病(FAD)患者では、Aβ42の割合が顕著に増加することが知られている。Alcαは、様々な点でAPPとの類似性を示すことから、Alcαにおいても、APP同様、プレセニリンの変異により生成するβ−Alcの分子種が変化する可能性がある。そこで、この点を確認するために、以下の実験を行った。
AD患者から見出されたI143F(143番目のIleがPheに変異)、R278T(278番目のArgがThrに変異)、A434C(434番目のAlaがCysに変異)、L435F(435番目のLeuがPheに変異)の4種類の変異型PS1を発現するベクター(pcDNA3-PS1I143F, pcDNA3-PS1R278T, pcDNA3-PS1A434C, pcDNA3-PS1L435F)を作製し、これらのベクターとAPPのC99/CTFの発現ベクター(pcDNA3-APPC99)を、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000, インビトロジェン社製)を用いてHEK293細胞に導入し、両タンパク質を安定的に発現する細胞株を樹立した。各細胞を10 cm ディッシュ(コーニング社製)に播き、コンフルエントに達した後、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000,インビトロジェン社製)を用いてpcDNA3-FLAG-hAlcαΔEを導入し、AlcadeinαのCTF1を一過的に発現させた。
一方、正常型PS1(wt)及び不活性型PS1(D385A、PS1の触媒サイトのAspをAlaに置換しており、γ-セクリターゼ活性を示さない。)を発現するベクター(pcDNA3-PS1及びpcDNA3-PS1D385A)を作製し、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000, Invitrigen)を用いてHEK293細胞に導入し、PS1を安定的に発現する細胞株を樹立した。各細胞を10 cm ディッシュ(コーニング社製)に播き、コンフルエントに達した後、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000,インビトロジェン社製)を用いてpcDNA3-APPC99及びpcDNA3-FLAG-hAlcαΔEを導入し、APPのCTF及びAlcadeinαのCTF1を一過的に発現させた。
以上のような遺伝子導入処理を行った細胞をCO2インキュベーターで24時間培養した後、培養液を回収し、遠心(15000rpm, 5分min, 4℃, ベックマン社製高速冷却遠心分離機を使用)した上清7.5mlに酵素阻害溶液(5 mg/mlロイペプチン、5 mg/mlペプスタチンA、5 mg/mlキモスタチンを含むDMSO溶液)7.5 μlを加え、サンプルとした。このサンプルに抗FLAG抗体溶液(M2, シグマ社lot 103k6043)を6μl加えて1時間、4℃で転倒混和した。その後、25% プロテインG-セファロースを含むリンス緩衝液50μl加え、4℃で一晩転倒混和して抗原抗体反応を進行させた。反応後のビーズを洗浄緩衝液1 (1M 塩化ナトリウム, 20mM Tris-HCl pH7.4, 0.1% TritonX-100)、洗浄緩衝液2 (150mM塩化ナトリウム, 5mM EDTA, 50mM Tris-HCl pH7.4, 1% TritonX-100, 0.05% SDS)、リンス緩衝液 (10mM Tris-HCl pH7.4, 1mM EDTA, 0.1% TritonX-100, 150mM 塩化ナトリウム)で順次洗浄した。その後ビーズに20μl の試料緩衝液混合物 (2倍濃度SDS試料緩衝液 10μlと8M 尿素溶液 10μlの混合物)を加え、攪拌後、5分間煮沸してビーズに吸着していた成分を溶出した。これを遠心した上清成分を20% アクリルアミドゲルトリス-トリシン電気泳動法を用いて分離した後、抗FLAG抗体溶液(M2, シグマ社製)を用いウエスタンブロットを行った。反応したFLAGタグの付いたβ-AlcはECL キット (ファルマシア社製)を用いて検出し、NIHイメージソフトウエアを用いて定量した。一方、培地中のAβ40およびAβ42は、Tomitaら(J. Biol. Chem. [1998] 273, 6277-6284)の方法に従い、sELISA法で定量した。図19にウエスタンブロットの結果、並びに全β-Alc生成量(1.0)におけるLongβ-Alcの割合及び全Aβ生成量(1.0)におけるAβの割合を示す。なお、図中のN.D.は検出限界以下であったことを示す。
正常型PS1を発現する細胞では、2種類のβ-Alc(図中 short β-Alc, medium β-Alcと表示)を主に検出したが、FAD変異を持つPS1を発現している細胞では、より高分子量のβ-Alc(long β-Alcと表示)が増加した。long β-Alcの割合は、変異型PS1を発現する細胞で増加しており、これはAβ42の割合が増加することと同じ傾向を示した。すなわち、β-Alcの質的変化はAβの質的変化を反映するものであることが明らかになった。患者脳脊髄液および血中のβ-Alcの質的変化(long β-Alcの割合の増加等)は、Aβの質的変化を反映するものであり、凝集性の高いAβ42の検出を行う代わりにβ-Alcの検出を行うことで、質的変化を捉えにくい発症初期患者もしくは発症前患者予備群を見いだすことが可能になる。
〔実施例12〕
図19で示したβ-AlcのC-末端側の切断サイトをMALDI-TOF/MSを用いて決定する目的で、高分子量β-Alcをより多く生成するPS1変異を探すため、実施例11と同様の実験を鋭意行った。その結果、図20で示すように、L166P(PS1の166番目のLeuがProに変異)変異PS1を発現する細胞において、培地中に高分子量β-Alcが他のPS1変異と比較して多量に分泌されることを見出した。そこで、実施例9の方法に従い、正常型PS1およびL166P変異型PS1によって生成・分泌されるβ-Alcの質量分析を行い、分子量を決定した。その結果を図21に示す。図20のウエスタンブロット解析結果からも明らかなように、L166P変異型PS1を発現する細胞では正常型PS1を発現する細胞に比べて、short β-Alcが減少(下向きの太矢印で示す)し、medium β-Alcが増加(上向きの太矢印で示す)した。さらに、正常型PS1を発現する細胞では検出できなかったlong β-Alcが出現した。
図21の結果から判明したβ-Alcの切断位置を図22に示す。破線の矢印は正常型PS1を発現する細胞で切断されたサイト、実線の矢印はL166P変異型PS1を発現する細胞で切断されたサイトを示す。L166P変異型PS1では、β-Alcの切断サイトが、よりC-末端側に移動していることが明らかになった。これは家族性アルツハイマー病の変異型PS1がAβのC-末端側の切断サイトをよりC-末端側へ移動させる事実とよく一致する。図23にβ-AlcのN末端側3箇所(ζ1、ζ2、ζ3)と共に、C-末端側の3箇所(γ1、γ2、γ3)の切断サイトおよび変異型PS1によりC-末端側へ移動したγ-切断サイトから生成してくるβ-Alcの分子種を模式的に示す(実施例12の実験では、γ1サイトの切断サイトは検出できていない。)
本明細書は、本願の優先権の基礎である日本国特許出願(特願2003-3753630号)の明細書および/または図面に記載されている内容を包含する。また、本発明で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルツハイマー病の診断マーカーとなるペプチド、前記ペプチドを用いたアルツハイマー病の診断方法、前記ペプチドを用いたアルツハイマー病の診断のためのデータを収集する方法、前記ペプチドを用いたアルツハイマー病の治療薬のスクリーニング方法、前記ペプチドに対する抗体、及び前記抗体を含むアルツハイマー病の診断薬に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、アルツハイマー病の診断は、専門医による問診や脳の萎縮状態をMRI等によって観察することなどにより行われている。しかし、問診のみによる診断では客観的かつ正確な診断結果を得るのは困難であり、発症前のいわゆる患者予備群の発見は不可能である。また、MRI等の機器は高価であるため、大規模な専門病院でなければ使用することができない。
【0003】
このような現状から、簡易かつ客観的な診断方法として、マーカー物質を用いた生化学的な診断方法が注目されている。現在、アルツハイマー病のマーカー物質としては、主なものとして、細胞内タウタンパク質とβ−アミロイド(以下、「Aβ」という)が知られている(非特許文献1、非特許文献2)。
【0004】
タウタンパク質は神経細胞中の微小管を構成するタンパク質であり、アルツハイマー病の発症により神経細胞が破壊されると細胞外に漏出し、脳脊髄液中に検出されるようになる。タウタンパク質は有用なマーカー物質の一つではあるが、病状が進行しないと検出されず、また、漏出する量が少ないため脳脊髄液以外の体液(例えば、血液)では測定が困難である。
【0005】
Aβは、アルツハイマー病発症の原因物質であるため、もし、この生成の量的(生成量の増加)もしくは質的変化(凝集性の高いAβ種の割合の増加)を正確に測定できれば最も有効なマーカー物質となり得る。しかし、Aβは凝集性があるため、患者脳髄液中のAβ検出量は健常者よりもむしろ低い値を示してしまう。
【0006】
【非特許文献1】“Decreased beta-amyloid 1-42 and increased tau levels in cerebrospinal fluid of patients with Alzheimer disease”; Sunderland, T., Linker, G., Mirza, N, Putnam, K.T., Friedman, D. L., Kimmel, L. H., Bergeson, J., Manetti, G. J., Zimmermann, M., Tang, B., Bartko, J. J. and Cohen, R. M. JAMA[2003] 289, 2094-2103.
【非特許文献2】”Cerebrospinal fluid biomarkers for disease stage and intensity in cognitively impaired patients” : Wahlund, L. O., and Blennow, K. Neurosci. Lett. [2003] 339, 99-102.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上のように、現在知られているマーカー物質による診断方法では、アルツハイマー病を初期段階で発見することが難しく、また、血液検査のような被検者に負担の少ない方法で診断することも困難である。
【0008】
本発明は、上記のような技術的背景の下になされたものであり、簡易かつ正確にアルツハイマー病を診断する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、アルカディン(Alcadein)というタンパク質が、Aβの前駆体(以下、「APP」という)を切断する酵素と同じ酵素によって切断され、Aβと同様に細胞外へ分泌されることを見出した。アルカディンが、X11L及びAPPと三者複合体を形成し、その複合体の形成がAβの生成を抑制することは既に報告されていたが(Araki, Y. et al., (2003) J. Biol. Chem. 278, 49448-49458、特開平2003-164298号公報)、APPと同じ酵素によって切断され、Aβと同じようにペプチドが細胞外へ分泌されるということは全く新しい知見である。また、本発明者は、凝集性が高く神経毒性も高い高分子量型のAβが増加する条件では、アルカディンから切り出されるペプチドも高分子量型のものが増加するという知見も得た。
【0010】
本発明は、以上の知見に基づき完成されたものである。
【0011】
即ち、本発明は、以下の(1)〜(14)を提供するものである。
【0012】
(1)アルカディンα、アルカディンβ、又はアルカディンγからN末端側の断片とC末端側の断片が切断除去されることによって生成するペプチドであって、アルツハイマー病の診断マーカーとなり得るペプチド(以下、このペプチドを単に「本発明のペプチド」という場合がある。)。
【0013】
(2)切断除去されるN末端側の断片が、N末端側の細胞外ドメインの一部である、(1)記載のペプチド。
【0014】
(3)切断除去されるC末端側の断片が、プレセニリンによって切断除去される断片である、(1)又は(2)記載のペプチド。
【0015】
(4)アルカディンαからN末端側の断片とC末端側の断片が切断除去されることによって生成するペプチドであって、N末端側の断片の切断除去される部位が、配列番号1で表されるアミノ酸配列の815番目に対応するアミノ酸と816番目に対応するアミノ酸の間、820番目に対応するアミノ酸と821番目に対応するアミノ酸の間、又は838番目に対応するアミノ酸と839番目に対応するアミノ酸の間である、(1)記載のペプチド。
【0016】
(5)アルカディンαからN末端側の断片とC末端側の断片が切断除去されることによって生成するペプチドであって、C末端側の断片の切断除去される部位が、配列番号1で表されるアミノ酸配列の842番目に対応するアミノ酸と843番目に対応するアミノ酸の間、843番目に対応するアミノ酸と844番目に対応するアミノ酸の間、又は851番目に対応するアミノ酸と852番目に対応するアミノ酸の間である、(1)又は(2)記載のペプチド。
【0017】
(6)ペプチドが、配列番号4乃至配列番号12のいずれかに記載されたアミノ酸配列からなるペプチドである、(1)記載のペプチド。
【0018】
(7)動物から採取した体液又は組織における(1)乃至(6)のいずれか記載のペプチドの検出又は定量を行う工程を含むアルツハイマー病の診断のためのデータを収集する方法。
【0019】
(8)体液が、血液又は脳髄液である、(7)記載のアルツハイマー病の診断のためのデータを収集する方法。
【0020】
(9)検出又は定量されたペプチドにおける高分子量型のペプチドの比率を指標としてアルツハイマー病の診断を行う、(7)又は(8)記載のアルツハイマー病の診断のためのデータを収集する方法。
【0021】
(10)動物から採取した体液又は組織における(1)乃至(6)のいずれか記載のペプチドの検出又は定量を行う工程を含むアルツハイマー病の診断方法。
【0022】
(11)体液が、血液又は脳髄液である、(10)記載のアルツハイマー病の診断方法。
【0023】
(12)検出又は定量されたペプチドにおける高分子量型のペプチドの比率を指標としてアルツハイマー病の診断を行う、(10)又は(11)記載のアルツハイマー病の診断方法。
【0024】
(13)(1)乃至(6)のいずれか記載のペプチドを分泌する細胞に被験物質を接触させ、前記ペプチドの分泌量の変化、又は分泌される前記ペプチドの分子種の変化を調べることを特徴とするアルツハイマー病の治療薬のスクリーニング方法。
【0025】
(14)(1)乃至(6)のいずれか記載のペプチドに対する抗体。
【0026】
(15)(14)記載の抗体を含有するアルツハイマー病の診断薬。
【発明の効果】
【0027】
本発明のペプチドを利用することにより、被検者に負担のかからない簡易な手段で、アルツハイマー病を発症前または発症初期段階で発見できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】密度勾配遠心によって分けられたタンパク質のウエスタンブロットの結果を示す写真。
【図2】免疫沈降によって回収されたタンパク質のウエスタンブロットの結果を示す写真。
【図3】アルツハイマー病患者の脳切片の免疫染色写真(AlcαとAPPを検出)。
【図4】アルツハイマー病患者の脳切片の免疫染色写真(AlcαとAβを検出)。
【図5】APPからのAβ生成を模式的に表した図。
【図6】抗APP抗体を用いた細胞ライセートのウエスタンブロットの結果を示す図。
【図7】抗Alc抗体を用いた細胞ライセートと抗FLAG抗体を用いた培地のウエスタンブロットの結果を示す図。
【図8】抗Alc抗体を用いた膜画分のウエスタンブロットの結果を示す図。
【図9】AlcαΔEの構造を示す図。
【図10】抗FLAG抗体を用いた細胞ライセートと培地のウエスタンブロットの結果を示す図。
【図11】APPまたはAlcα及びBACE1を発現させた細胞のライセートのウエスタンブロットの結果を示す図。
【図12】FLAG配列を持つβ-Alcα(AlcαからN末端側とC末端側の断片が切断除去されることによって生成するペプチド)の調製法を模式的に表した図。
【図13】抗FLAG抗体を用いたAlcαΔE発現細胞の抽出液と培地の免疫沈降物のウエスタンブロットの結果を示す図。
【図14】AlcαΔE発現細胞から分泌されたβ-Alcαの質量分析結果を示す図。
【図15】MALDI-TOFMS法によって決定されたAlcαの二次切断サイトを示す図。
【図16】ヒトAPP695の切断サイトを示す図。
【図17】Alcα1の一次切断によって生じたC末端断片の電気泳動の結果を示す図。
【図18】Alcαの切断サイトを示す図。
【図19】種々の変異型PS1とAlcαΔEを発現させた細胞のウエスタンブロットの結果を示す図。
【図20】種々の変異型PS1(L166P変異型PS1を含む)とAlcαΔEを発現させた細胞のウエスタンブロットの結果を示す図。
【図21】野生型PS1又はL166P変異型PS1によって生成するβ-Alcの質量分析結果を示す図。
【図22】β-Alcの切断位置を示す図。
【図23】β-Alcの分子種を模式的に示した図。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明のペプチドは、アルカディンα、アルカディンβ、又はアルカディンγからN末端側の断片とC末端側の断片が切断除去されることによって生成するペプチドであって、アルツハイマー病の診断マーカーとなり得るペプチドである。
アルカディンには、アルカディンα(以下、「Alcα」という)、アルカディンβ(以下、「Alcβ」という)、アルカディンγ(以下、「Alcγ」という)の3種類があり、Alcαとは、配列番号1で表されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含有するタンパク質であり、Alcβとは、配列番号2で表されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含有するタンパク質であり、Alcγとは、配列番号3で表されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含有するタンパク質である。
Alcα、Alcβ、Alcγは、ヒトや温血動物(例えば、モルモット、ラット、マウス、ニワトリ、ウサギ、ブタ、ヒツジ、ウシ、サルなど)の細胞(例えば、肝細胞、脾細胞、神経細胞、グリア細胞、膵臓β細胞、骨髄細胞、メサンギウム細胞、ランゲルハンス細胞、表皮細胞、上皮細胞、杯細胞、内皮細胞、平滑筋細胞、繊維芽細胞、繊維細胞、筋細胞、脂肪細胞、免疫細胞(例、マクロファージ、T細胞、B細胞、ナチュラルキラー細胞、肥満細胞、好中球、好塩基球、好酸球、単球)、巨核球、滑膜細胞、軟骨細胞、骨細胞、骨芽細胞、破骨細胞、乳腺細胞、肝細胞もしくは間質細胞、またはこれら細胞の前駆細胞、幹細胞もしくはガン細胞など)もしくはそれらの細胞が存在するあらゆる組織、例えば、脳、脳の各部位(例、嗅球、扁桃核、大脳基底球、海馬、視床、視床下部、大脳皮質、延髄、小脳)、脊髄、下垂体、胃、膵臓、腎臓、肝臓、生殖腺、甲状腺、胆のう、骨髄、副腎、皮膚、筋肉、肺、消化管(例、大腸、小腸)、血管、心臓、胸腺、脾臓、顎下腺、末梢血、前立腺、睾丸、卵巣、胎盤、子宮、骨、関節、骨格筋などに由来するタンパク質であってもよく、合成タンパク質であってもよい。
配列番号1、配列番号2、又は配列番号3で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列としては、各配列番号で表わされるアミノ酸配列と約50%以上、好ましくは約60%以上、さらに好ましくは約70%以上、より好ましくは約80%以上、特に好ましくは約90%以上、最も好ましくは約95%以上の相同性を有するアミノ酸配列などが挙げられる。各配列番号で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列を含有するタンパク質としては、例えば、各配列番号で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列を含有し、各配列番号で表されるアミノ酸配列を含有するタンパク質と実質的に同質の活性を有するタンパク質などが好ましい。
実質的に同質の活性としては、X11LのPIドメインとの結合活性などが挙げられる。実質的に同質とは、それらの性質が性質的に(例、生理学的に、または薬理学的に)同質であることを示す。したがって、上記の活性が同等(例、約0.01〜100倍、好ましくは約0.1〜10倍、より好ましくは0.5〜2倍)であることが好ましいが、これらの活性の程度、タンパク質の分子量などの量的要素は異なっていてもよい。
また、Alcα、Alcβ、又はAlcγとしては、例えば、(イ)各配列番号で表されるアミノ酸配列中の1または2個以上(好ましくは、1〜30個程度、好ましくは1〜10個程度、さらに好ましくは数(1〜5)個)のアミノ酸が欠失したアミノ酸配列、(ロ)各配列番号で表されるアミノ酸配列に1または2個以上(好ましくは、1〜30個程度、好ましくは1〜10個程度、さらに好ましくは数(1〜5)個)のアミノ酸が付加したアミノ酸配列、(ハ)各配列番号で表されるアミノ酸配列に1または2個以上(好ましくは、1〜30個程度、好ましくは1〜10個程度、さらに好ましくは数(1〜5)個)のアミノ酸が挿入されたアミノ酸配列、(ニ)各配列番号で表されるアミノ酸配列中の1または2個以上(好ましくは、1〜30個程度、好ましくは1〜10個程度、さらに好ましくは数(1〜5)個)のアミノ酸が他のアミノ酸で置換されたアミノ酸配列、または(ホ)それらを組み合わせたアミノ酸配列を含有するタンパク質などのいわゆるムテイン(mutein)も含まれる。上記のようにアミノ酸配列が挿入、欠失または置換されている場合、その挿入、欠失または置換の位置としては、活性が消失しない限り、特に限定されない。具体的には、アルカディンαには、配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するアルカディンα1と配列番号1で表されるアミノ酸配列の第71番目と72番目に10アミノ酸が挿入されたアルカディンα2が存在する。
N末端側の断片が切断除去される部位は、生成するペプチドがアルツハイマー病の診断マーカーとなり得る部位であれば特に制限はないが、N末端側の細胞外ドメイン中の部位であることが好ましい。このような部位は、Alcαの場合、通常、配列番号1で表されるアミノ酸配列の815番目に対応するアミノ酸と816番目に対応するアミノ酸の間、アミノ酸配列の820番目に対応するアミノ酸と821番目に対応するアミノ酸の間、若しくはアミノ酸配列の838番目に対応するアミノ酸と839番目に対応するアミノ酸の間、又はそれらの近傍であり、Alcβの場合、通常、配列番号2で表されるアミノ酸配列の825番目に対応するアミノ酸と826番目に対応するアミノ酸の間又はその近傍であり、Alcγの場合、通常、配列番号3で表されるアミノ酸配列の804番目に対応するアミノ酸と805番目に対応するアミノ酸の間又はその近傍である。
さらに、アルカディンはAPPと同様に、N末端側の断片が切断除去される部位は、もう一箇所存在する。AlcαはAPPのβ-サイトでの切断を行う BACEによっても細胞外で切断される。このような部位は、通常、配列番号1で表されるアミノ酸配列の708番目に対応するアミノ酸と709番目に対応するアミノ酸の間またはその近傍である。
C末端側の断片が切断除去される部位も生成するペプチドがアルツハイマー病の診断マーカーとなり得る部位であれば特に制限はないが、プレセニリンによって切断される部位が好ましい。このような部位は、Alcαの場合、通常、配列番号1で表されるアミノ酸配列の842番目に対応するアミノ酸と843番目に対応するアミノ酸の間、843番目に対応するアミノ酸と844番目に対応するアミノ酸の間、若しくは851番目に対応するアミノ酸と852番目に対応するアミノ酸の間、又はそれらの近傍であり、Alcβの場合、通常、配列番号2で表されるアミノ酸配列の875番目に対応するアミノ酸と876番目に対応するアミノ酸の間又はその近傍であり、Alcγの場合、通常、配列番号3で表されるアミノ酸配列の847番目に対応するアミノ酸と848番目に対応するアミノ酸の間又はその近傍である。なお、ここで「近傍」とは、切断部位から通常10個以内のアミノ酸の範囲をいい、好ましくは5個以内のアミノ酸の範囲をいう。本発明のペプチドの具体例としては、配列番号4乃至配列番号12のいずれかに記載されたアミノ酸配列からなるペプチドを挙げることができる。
本発明のペプチドは、以下の理由から、アルツハイマー病の診断マーカーとして利用することができると考えられる。
(1)本発明のペプチドはアルカディンから生成するが、アルカディンは、APP及びX11Lの三者で複合体を形成する(Araki, Y. et al., (2003) J. Biol. Chem. 278, 49448-49548、特開平2003-164298号公報)。また、アルカディンは、アルツハイマー病患者の脳でAPPと同じ分布を示す(実施例2及び3)。
(2)アルカデインはAPPと同じくBACEによって切断される(実施例8)。
(3)本発明のペプチドは、Aβと同じくプレセニリンによって切断されることによって生じる(実施例4、6、及び7)。また、本発明のペプチドは、Aβと同様に細胞外に分泌される(実施例7)。さらに本発明のペプチドは、Aβの分子種が病的に変化した時に、同じように生成する分子種が変化する(実施例11)。これらの事実から、本発明のペプチドの産生量からAβの産生量を予測することが可能であり、また、本発明のペプチドの質的変化からAβの質的変化を予測することも可能であると考えられる。
(4)Aβは凝集性を持つため、アルツハイマー病の診断マーカーとして定量的に利用できない。N末端側にα-ヘリックス構造、C末端側にβ-シート構造を持つAβは、中央部の26番目のアミノ酸から29番目のアミノ酸からなる配列がβ-ターン構造を取るため、N-末とC-末が逆平行β-シート構造を作る。これが引き金となってAβの凝集を引き起こすと理解されている(”Oligomerization and fibril assembly of the amyloid β-protein” by Roher, A. E et al., Biochem. Biophy. Act. [2000] 1502, 31-43.)。一方、本発明のペプチドは、N末端側にα-ヘリックス構造、C末端側にβ-シート構造を取り、基本構造はAβと同じであるが、β-ターン構造をとる配列はないため、α−ヘリックスがβ-シート構造に変換されることがないと予想できるため、凝集性を示さないと考えられる。
本発明のペプチドをアルツハイマー病の診断マーカーとして利用し、アルツハイマー病の診断や診断のためのデータを収集することができる。具体的には、動物から採取した体液又は組織における本発明のペプチドの検出又は定量を行うことにより診断や診断データを収集できる。
また、本発明のペプチドには、種々の分子量のペプチドが存在するが、検出又は定量される本発明のペプチド中に高分子量型のペプチドが多く含まれる場合には、アルツハイマー病を発症、又は発症の前段階にある可能性が高い。これは、凝集性が高く毒性の強い高分子量型Aβ(Aβ42)の生成量が増加する条件では、高分子量型の本発明のペプチドの生成量も増加するからである(実施例11および12)。従って、本発明のペプチドが体液中等に一定量存在するかどうかだけではなく、本発明のペプチド全量中の高分子量型ペプチドの比率を指標としても、アルツハイマー病の診断を行うことができる。なお、ここでいう「高分子量型ペプチド」とは、N-末端側の切断がよりN-末端に近いサイトで起きるか、若しくはC-末端側の切断がよりC-末端に近いサイトで起きるか、又はその両者の組み合わせによって生成するペプチドであり、例えば、後述する表1で示す各β-Alc分子種よりもN-末若しくはC-末側、又はN-末とC-末側の両方に切断サイトがシフトした分子種を示し、分子量的に具体的数値で示されるペプチドではない。表1の一次切断サイトがζ1で二次切断サイトがγ3の場合、36アミノ酸の分子量4000程度のペプチドの生成が予想されるが、N-末もしくはC-末の切断サイトのシフトにより、このペプチドよりも分子量が高くなるβ-Alcは、上述した「高分子量型ペプチド」に該当する。一方、表1の一次切断サイトがζ3で二次切断サイトがγ1の場合、4アミノ酸で分子量5-600のペプチドの生成が予想されるが、N-末もしくはC-末の切断サイトもしくはその両方の切断サイトのシフトにより、このペプチドよりも分子量が高くなるβ-Alcは、たとえ分子量が1000程度であっても、上述した「高分子量型ペプチド」に該当する。
体液等の採取対象とする動物としては、ヒトを挙げることができるが、ヒト以外の温血動物、例えば、モルモット、ラット、マウス、ニワトリ、ウサギ、ブタ、ヒツジ、ウシ、サルなどを対象としてもよい。
体液及び組織としては、血液、血漿、血清、脳髄液、脳組織などを例示でき、これらの中でも血液、脳髄液が好適である。
ペプチドの検出又は定量を行う方法は特に限定されないが、抗体を用いる方法、例えば、ウエスタンブロット、ドットブロット、ELISA、サンドイッチELISA、ラジオイムノアッセイ、免疫沈降法、MALDI-TOF/MS等を用いた質量分析法、および、これらのいずれかの組み合わせ方法でもよい。これらの中でもサンドイッチELISAが最も好ましい。サンドイッチELISAは、例えば、Tomitaらの論文(”Cleavage of Alzheimer’s amyloid precursor protein (APP) by secretases occurs after O-glycosylation of APP in the protein secretory pathway” Tomita, S., Kirino, Y., and Suzuki, T. [1998] J, Biol. Chem. 273, 6277-6284)に記載された方法に従って行うことができる。具体的には、(1)本発明のペプチドに対する特異的な抗体を固相に結合させ、(2)そこに試料溶液を加え、(3)固相を洗浄し、(4)本発明のペプチドに対する別の特異的な抗体を加え、(5)前記抗体に対する抗体(抗IgG抗体)であって、酵素で標識されている抗体を加え、(6)前記酵素に対する基質を加え、発色等を指標として、試料溶液中の本発明のペプチドの検出又は定量を行うことができる。ここで、本発明のペプチドに対する特異的な抗体は、後述する方法によって作製することができる。抗IgG抗体は、市販のものを使用することができる。固相としては、マイクロタイターウェル、ラテックス粒子などを使用でき、標識酵素としては、西洋ワサビ由来のペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ、ガラクトシダーゼなどを使用できる。
本発明の抗体には、モノクローナル抗体及びポリクローナル抗体のいずれも含まれる。
モノクローナル抗体は、例えば、前述のTomitaらの文献に記載されている方法に従って作製することができる。具体的には、(1)本発明のペプチドを動物に投与し、(2)前記動物から抗体産生細胞を採取し、(3)前記抗体産生細胞と骨髄腫細胞を融合させ、ハイブリドーマを作製し、(4)前記ハイブリドーマの中から本発明の抗体を産生するハイブリドーマを選択し、(5)前記抗体産生ハイブリドーマの培養上清から抗体を分離精製することにより、目的のモノクローナル抗体を得ることができる。
動物に投与する本発明のペプチドは、ペプチド全体でもよいが、その一部分であってもよい。投与する部分ペプチドは特に限定されないが、例えばAlcα由来のペプチドの場合、配列番号1で表されるアミノ酸配列の816番目、821番目、若しくは839番目に対応するアミノ酸をN-末端とし、配列番号1で表されるアミノ酸配列の842番目、843番目、若しくは851番目に対応するアミノ酸をC-末端とするペプチドが好ましい。Alcβ由来のペプチドの場合、配列番号2で表されるアミノ酸配列の826番目から845番目に相当するアミノ酸からなるペプチドが好ましく、Alcγ由来のペプチドの場合、配列番号3で表されるアミノ酸配列の805番目から824番目に相当するアミノ酸からなるペプチドが好ましい。また、ペプチドは、抗体産生能を高めるために完全又は不完全フロイントアジュバントと共に投与してもよい。投与対象とする動物は特に限定されず、例えば、サル、ウサギ、イヌ、モルモット、マウス、ラット、ヒツジ、ヤギ、ニワトリなどを用いることができる。ペプチドの投与間隔及び回数は特に限定されないが、通常、2〜6週ごとに、2〜10回程度投与する。抗体産生細胞は、例えば、最終免疫の2〜5日後に動物から脾臓又はリンパ節を採取し、それらから得ることができる。使用する骨髄腫細胞は特に限定されず、例えば、NS-1、P3U1、SP2/0、AP-1等を使用することができる。細胞融合は、ポリエチレングリコールやセンダイウイルスなどを用いて常法に従って行うことができる。本発明の抗体を産生するハイブリドーマの選択は、例えば、本発明のペプチドを吸着させたマイクロプレート等にハイブリドーマの培養上清を添加し、次いで、酵素等で標識された抗IgG抗体などを添加し、マイクロプレート等に結合した抗IgG抗体を検出することにより行うことができる。ハイブリドーマの培養上清から本発明の抗体の分離は、免疫グロブリンの分離精製に常用される方法、例えば、塩析法、アルコール沈殿法、等電点沈殿法、電気泳動法、イオン交換体による吸脱着法、超遠心法、ゲルろ過法などにより行うことができる。
ポリクローナル抗体も、例えば、Arakiらの論文(Araki, Y., et al., [2003] J. Biol. Chem. 278, 49448-49458; Araki, Y., et al [2004] J. Biol. Chem. 279, 24343-24354.)などに記載されている方法に従って作製することができる。具体的には、(1)本発明のペプチドを動物に投与し、(2)前記動物から血液、腹水等を採取し、(3)前記血液等から抗体を分離精製することにより、目的のポリクローナル抗体を得ることができる。ペプチドの投与及び抗体の分離精製は、上記モノクローナル抗体と同様に行うことができる。
本発明の診断薬は、通常、上述した本発明の抗体を適当な緩衝液等に添加することにより調製される。抗体の濃度、緩衝液等の種類は特に限定されず、本発明のペプチドを検出又は定量する方法に応じて適宜決めればよい。また、診断薬中には、本発明の抗体以外の成分を含んでもよく、そのような成分としては、酵素標識二次抗体、発色剤などを例示できる。
本発明のペプチド及びその前駆体であるアルカディンは、様々な点でAβ及びAPPと類似している。従って、本発明のペプチドの産生を抑制する物質は、Aβの産生も抑制する可能性が高い。また、本発明のペプチドの分子種を高分子量型から低分子量型(高分子量型以外の本発明のペプチド)へ変化される物質は、Aβの分子種も毒性の強い高分子量型から他のタイプへ変化させる可能性が高い。よって、本発明のペプチドを分泌する細胞に被験物質を接触させ、前記ペプチドの分泌量の変化、又は分泌される前記ペプチドの分子種の変化を調べることによりアルツハイマー病の治療薬のスクリーニングを行うことができると考えられる。
本発明のペプチドを分泌する細胞は、元から本発明のペプチドを分泌する細胞を用いてもよく、また、遺伝子導入によって本発明のペプチドを分泌するようになった細胞を用いてもよい。前者の細胞としては、例えば、繊維芽細胞(Araki, Y., et al [2004] J. Biol. Chem. 279, 24343-24354.)、HEK293(実施例ではこの細胞にアルカディン遺伝子を導入しているが、導入しなくても、内在性のアルカディンが発現している。)などを使用することができる。後者の細胞は、例えば、細胞にアルカディン遺伝子の全長又は一回目の切断産物(もしくはこれを模したコンストラクト)をコードするDNAを導入することによって作製することができる。また、本発明のペプチドの分子種の変化を調べる場合には、高分子型の本発明のペプチドを分泌する細胞を用いることが好ましい。このような細胞は、後述する実施例11及び12に示すように、変異型プレセニリン(I143F、278T、434C、L35Fなど)の遺伝子を安定的に発現するように細胞に導入することや、アルカディン遺伝子に変異を加えることによって作製することができる。
被験物質との接触方法は、被験物質が細胞に対して作用する方法であれば特に限定されず、例えば、細胞に直接接種する方法、細胞を培養している培地に添加する方法などを例示できる。
ペプチドの分泌量の変化及び分泌されるペプチドの分子種の変化は、前述した本発明のペプチドの検出及び定量方法に従って、調べることができる。ペプチドの分泌量の変化を調べた結果、分泌量が減少していた場合、被験物質はアルツハイマー病の治療薬の候補となり得る。また、ペプチドの分子種の変化を調べた結果、分子種が高分子量型から低分子量型へ変化していた場合も、被験物質はアルツハイマー病の治療薬の候補となり得る。
なお、ここでいう「治療薬」には、発症したアルツハイマー病を治療する薬剤のみならず、発症を抑制する、あるいは発症時期を遅らせるといった予防的な効果を持つ薬剤も含まれる。
【実施例】
【0030】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明する。
〔実施例1〕
8週令のC57BL6マウス5匹の脳を、氷冷した30mlの緩衝液A(10mM ヘペス pH7.4, 0.32M スクロース, 5μg/ml キモスタチン, 5μg/ml ロイペプチン, 5μg/ml ペプスタチン)中でルーズフィット・テフロン・ホモジナイザー(クリアランス:0.12μm)で10ストロークすることによりホモジナイズした。このホモジネートを遠心処理(1000xg, 10min)することにより未破壊細胞及び核を除き、除核細胞破砕液を得た。この除核細胞破砕液をさらに遠心処理(100000xg, 60min)して、ペレットとして膜画分を得た。膜画分を2mlの緩衝液Aに加え、再懸濁した。Beckman SW41用チューブの中に、緩衝液A中に0-28%のイオジキサノール密度勾配をかけた溶液(10ml)を入れ、その上に再懸濁した2mlの膜画分を境界面を乱さないように静かに重層した。これを41000rpm, 115min, 4℃で遠心処理した。遠心処理後、チューブの底から900mlづつ13フラクション採取した。各フラクション7.5μlに、5μlの5倍濃度SDS試料緩衝液(43% グリセロール(Wako), 16%SDS(Wako), 64ng/ml ブロモフェノールブルー(Wako), 5mM EDTA, 0.22M Tris-HCl pH6.8)及び2.5μlの8M尿素溶液を加え、5分間煮沸した後、8%ゲルを用い、Lammliの方法に従い、SDS-PAGEを行った。ゲル上のタンパク質をニトロセルロースメンブレンに転写し、ウエスタンブロットを行った。検出はECL kit(Pharmacia)を用いて行った。抗体は、抗APP細胞質領域抗体(全長APPと C末端断片を両方検出できる)、抗X11L抗体、抗Alcα抗体、抗プロテインジスルフィドイソメラーゼ(PDI)抗体、抗ゴルジ体130kDaマトリックスタンパク質(GM-130)抗体、抗シナプトタグミン(SYT)抗体、抗マウスキネシン重鎖(KHC)抗体、及び抗プレセニリン1(PS1)C末端断片抗体を用いた。このうち、抗X11L抗体(mint2, BD Biosciences)、抗PDI抗体(1D3, Stressgen Biotechnologies)、抗GM130抗体(#35, BD Biosciences)、抗SYT抗体(#41, BD Biosciences)、抗KHC抗体(H2, CHEMICON International)、及び抗PS1C末端断片抗体(PS1-CTF, CHEMICON International)は市販のものを使用した。抗APP細胞質領域抗体はG369、抗Alcα抗体はUT83を使用した。G369は、Oishi, M. et al., (1997) Mol. med.3, 11-113に記載された方法に従って作製されたものである。UT83は、ヒトAlcα1のC末端ペプチド(954から971のアミノ酸)にCysを加えたペプチドを抗原としたウサギ由来のポリクローナル抗体である(Araki Y., et al. [2003] J. Biol. Chem. 278, 49448-49458.)。ウエスタンブロットの結果を図1に示す。
ウエスタンブロットの結果、フラクション8にAPP、X11L、Alcが多く含まれていたので、このフラクションから500μl採取し、これを等量の2倍濃度CHAPS緩衝液(20mM CHAPS, 20mM リン酸ナトリウム pH7.4, 280mM 塩化ナトリウム)に加えて、膜成分を可溶化した後、G369(抗APP細胞質領域抗体)で共役免疫沈降を行った。具体的には、可溶化した膜成分に、G369 4μlを加え、4℃で1時間反応させた後、2倍濃度CHAPS 緩衝液で平衡化した30μlの50%プロテインG-セファロースを加え4℃で1時間反応させた。この反応後のビーズを800μlの2倍濃度CHAPS 緩衝液で洗い、45μlの試料緩衝液混合物(30μlの5倍濃度SDS試料緩衝液と15μlの8M尿素溶液の混合物)を加え、5分間煮沸してビーズに付いている成分を可溶化した。この可溶化成分を8%ゲルでSDS-PAGEを行った後、上記と同様にウエスタンブロットを行った。抗体は、上記で用いた抗APP細胞質領域抗体、抗X11L抗体、抗Alcα抗体、抗SYT抗体のほか、IgG重鎖(IgG(H))に対する抗体も用いた。また、対照として、G369の代わりに等量の非免疫ウサギ血清を用いて共役免疫沈降を行い、それによって得られた成分についてもウエスタンブロットを行った。更に、共役免疫沈降を行う前の可溶化膜成分についても同様にウエスタンブロットを行った。この結果を図2に示す。
図2に示すように、G369による共役免疫沈降によって得られた成分の中には、APPだけでなく、X11LやAlcαも含まれていた。このことから、APPは、X11LとAlcαと結合し、三者による複合体を形成すると考えられる。
〔実施例2〕
5人のアルツハイマー病患者から採取した前頭葉の組織をKryofix(エタノール、ポリエチレングリコール及び水の混合物、Merck)で1〜7日固定後、パラフィンに包埋した。包埋した組織を薄切し、厚さ4μmの連続切片を作製した。切片を脱パラフィン化した後、ABC elite kit(Vector Laboratory)で免疫染色した。
免疫染色は、切片を抗Alcα抗体(UT83)溶液(0.8μg/ml)又は抗APP細胞外領域抗体(22C11, Roche Diagnostics)溶液(0.5μg/ml)でインキュベートし、二次抗体反応後、ペルオキシターゼ活性をジアミノベンジジン−過酸化水素溶液で可視化することにより行った。対照として、免疫していないウサギIgG溶液(0.8μg/ml)で切片をインキュベートし、同様に免疫染色を行った。また、抗Alcα抗体と、この抗体に対する抗原ペプチド(40nM)が共存する溶液中で切片をインキュベートし、同様に免疫染色を行った。
抗Alcα抗体、抗APP細胞外領域抗体、及び免疫していないウサギIgGを使用した場合の結果をそれぞれ図3−1、図3−2、図3−3に示す。
これらの図に示すように、AlcαとAPPは、アルツハイマー患者の脳内において同じような部位に検出される。なお、抗Alcα抗体に対する抗原ペプチドを共存させた場合の結果は図に示していないが、図3−3と同様に何も検出されなかった。
〔実施例3〕
実施例2で作製した切片を脱パラフィン化した後、抗Alcα抗体(0.8μg/ml)と抗APP細胞外領域抗体(0.5μg/ml)とを含む溶液、又は抗Alcα抗体(0.8μg/ml)と抗Aβ抗体(1/1000に希釈して使用)とを含む溶液でインキュベートした。抗Aβ抗体は、4G8(Signet Lab)を使用した。
次に、それぞれの抗体の組み合わせでインキュベートした切片を、ヤギ由来FITC標識抗ウサギIgG抗体(Jacson immunoreaserch lab、1/30に希釈して使用)とヤギ由来Cy3標識抗マウスIgG抗体(Jacson immunoreaserch lab、1/50に希釈して使用)とを含む溶液でインキュベートした。なお、リポフスチン顆粒の自家蛍光は、免疫反応前にスダンブラックB染色により消失処理を行った。
一次抗体として抗Alcα抗体と抗APP細胞外領域抗体を使用した場合の結果を図3−4(FITCのみを検出)、図3−5(Cy3のみを検出)、及び図3−6(FITCとCy3の両者を検出)に示す。また、一次抗体として抗Alcα抗体と抗Aβ抗体を使用した場合の結果を図4−1(FITCのみを検出)、図4−2(Cy3のみを検出)、及び図4−3(FITCとCy3の両者を検出)に示す。
図3−4、図3−5、及び図3−6に示すように、AlcαとAPPは、アルツハイマー患者の脳内において同じような部位に検出される。この結果は、実施例2の結果とも合致する。また、図4−1、図4−2及び図4−3に示すように、APPは、Aβが蓄積して老人斑が形成されている部位の周辺に検出される。
以上の結果から、アルツハイマー病の発症過程で、APPとAlcαが挙動を同じくしていることが示唆される。
〔実施例4〕
Alcα、Alcβ、Alcγ、又はAPP695(695個のアミノ酸からなるヒトAPPのアイソフォーム)をコードするDNAを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3.1(Invitrogen)に挿入した。
10%牛胎児血清を含むDMEM(シグマ社D5796)の入った6穴培養皿(底面積10cm2)にHEK293細胞を播き、この細胞に上記で作製した発現ベクターを、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000, Invitrogen)を用いて導入した。対照として何も挿入していないpcDNA3.1も同様にHEK293細胞に導入した。
培地1mlに、プレセニリン阻害剤L-685,458(Calbiochem)のDMSO溶液(1mM)を1μl添加し、24時間培養した後、培地を採取した。対照として、L-685,458溶液の代わりに等量のDMSOを添加し、同様に培養を行い、培地を採取した。採取した培地を、1mlのHBST緩衝液(10mM ヘペス pH7.4, 150mM 塩化ナトリウム, 0.5% TritonX-100, 5μg/ml キモスタチン, 5μg/ml ロイペプチン, 5μg/ml ペプスタチン)中で細胞中のタンパク質を抽出した。可溶化した細胞を遠心処理(12000xg, 10min)し、上清を集め、可溶化成分を回収した。可溶化成分7.5μlに対し、7.5μlの試料緩衝液混合物(5μlの5倍濃度SDS試料緩衝液と2.5μlの8M 尿素溶液の混合物)を加え、5分間煮沸した。このサンプルを、8/15%の2段ゲルでSDS-PAGEを行った後、タンパク質をニトロセルロースメンブレンに転写し、ウエスタンブロットを行った。SDS-PAGEはLammliの常法に従った。一次抗体は、抗APP細胞質領域抗体(G369, 1/2000に希釈して使用)、抗Alcα抗体(UT83, 0.3μg/ml)、抗Alcβ抗体(UT99, 0.5μg/ml)、及び抗Alcγ抗体(UT105, 1/500に希釈して使用)を用い、検出はECL kit(Pharmacia)を用いて行った。なお、UT99及びUT105はそれぞれAlcβ及びAlcγのC末端を認識する抗体である。この結果を図6及び図7A〜Cに示す。
APPの一回目の切断によって生じるC末端側断片は、プレセニリンによって二回目の切断を受け、その切断断片は細胞外に分泌される(図5)。このとき、プレセニリン阻害剤を添加すると、二回目の切断は起きず、APPのC末端側断片は細胞内に蓄積する。図6において、プレセニリン阻害剤(L-685,458)を加えた場合にのみC末端側断片(CTFα)が細胞ライセート中により多く検出されるのはこの事実を反映している。
Alcα及びAlcγも、APPと同様に、プレセリニン阻害剤を加えた場合にのみ細胞ライセート中にC末端側断片(CTF1)が検出されている(図7A及びC)。このことから、Alcα及びAlcγのC末端側断片もAPPのそれと同様にプレセニリンによって切断されると考えられる。なお、Alcβについては、プレセリニン阻害剤を加えない場合にもC末端側断片が検出されているおり(図7B)、この実験からは、C末端側断片がプレセニリンによって切断されるかどうかはわからない。
〔実施例5〕
Alcα、Alcβ、及びAlcγのN末端シグナル配列の後にFLAGタグ配列が挿入されたタンパク質(FLAG-Alcα、FLAG-Alcβ、及びFLAG-Alcγ)をコードするDNAを作製し、それらを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3.1(Invitrogen)に挿入した。
10%牛胎児血清を含むDMEM(シグマ社D5796)の入った6穴培養皿(底面積10cm2)にHEK293細胞を播き、この細胞に上記で作製した発現ベクターを、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000, Invitrogen)を用いて導入した。対照として何も挿入していないpcDNA3.1も同様にHEK293細胞に導入した。
培地1mlに、プレセニリン阻害剤L-685,458(Calbiochem)のDMSO溶液(1mM)を1μl添加し、24時間培養した後、培地を採取した。対照として、L-685,458溶液の代わりに等量のDMSOを添加し、同様に培養を行い、培地を採取した。
培地1mlに対して、150μlの緩衝液B(7.7% SDS, 16.7mM Tris-HCl pH7.4, 0.3mg/ml キモスタチン, 0.3mg/ml ロイペプチン, 0.3mg/ml ペプスタチン)を加え、5分間煮沸し、タンパク成分を変性させた。その後、3.75mlの緩衝液C(6.7% NP-40, 0.4M NaCl, 26mM EDTA, 200mM Tris-HCl pH7.4)、1,75mlの酵素阻害溶液(10ng/mlロイペプチン, 10ng/ml ペプスタチンA,, 10ng/ml キモスタチンを含む蒸留水)を順次加えた後、抗FLAG抗体(SIGMA社)2μlを加え、低温室内(4℃)で8時間チューブを転倒混和し、抗原抗体反応を進行させた。その後、50μlの25%プロテインG-セファロース/25%セファロース-4B(Pharmacia Biotech)を含むリンス緩衝液(0.1%TrotonX-100, 1mM EDTA, 150mM NaCl, 10mM Tris-HCl pH7.4)を加え、4℃、3時間回転させた。樹脂成分を遠心処理(3000rpm, 5min, 4℃)により沈澱させ、回収した。回収した樹脂は非特異的結合を除く目的で、洗浄緩衝液I(0.1% TritonX-100, 1M 塩化ナトリウム, 20mM Tris-HCl pH7.4)、洗浄緩衝液II(0.05%SDS, 1%TritonX-100, 5mM EDTA, 150mM 塩化ナトリウム, 50mM Tris-HCl pH7.4)、リンス緩衝液で、順次洗浄した。その後樹脂に30μlの試料緩衝液混合物(20μlの5倍濃度SDS試料緩衝液と10μlの8M 尿素溶液の混合物)を加え、攪拌後、5分間煮沸して、樹脂についている成分を可溶化した。遠心後、この上清成分を6%ゲルを用い、SDS-PAGEを行った後、ニトロセルロースメンブレンにタンパク質を転写し、ウエスタンブロットを行った。SDS-PAGEはLammliの常法に従った。一次抗体は、抗FLAG抗体(M2, SIGMA)を用い、検出はECL kitを用いて行った。この結果を図7D〜Fに示す。
これらの図に示すように、Alcα、Alcβ、Alcγのいずれについても、培地中に抗FLAG抗体によって認識される断片が検出された。FLAGタグ配列は成熟Alcα、Alcβ、AlcγのN末端に結合しているので、このことから、Alcα、Alcβ、Alcγの一回目の切断によって生じるN末端側の断片は細胞外に分泌されていると考えられる。
〔実施例6〕
Alcα、Alcβ、AlcγをコードするDNAを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3.1(Invitrogen)に挿入した。
10%牛胎児血清を含むDMEMの入った10cm培養皿(底面積60cm2)にHEK293細胞を播き、この細胞に上記で作製した発現ベクターを、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000, Invitrogen)を用いて導入した。対照として何も挿入していないpcDNA3.1も同様にHEK293細胞に導入した。
24時間培養した後、培地を捨て氷冷PBSにて細胞を洗った。10ml PBSを再度加え、ピペッティングで細胞を剥がし、15ml ファルコンチューブへ入れた。遠心処理(1500rpm, 10min, ベックマン社製低速冷却遠心機を使用)により細胞を集め、細胞のペレットに対し、1mlの緩衝液D(0.25M スクロース, 10mM トリエタノールアミン-酢酸 pH7.8, 5μg/ml キモスタチン, 5μg/ml ロイペプチン, 5μg/ml ペプスタチン)を加え、27Gの針を12回通すことにより細胞を破砕した。破砕した細胞はトミー社TMA6 rotarで3000rpm(1000x g) 10min 4℃遠心し、未破壊細胞と核を除き、除核細胞破砕液を得た。この除核細胞破砕液をBeckmann社TLA45 rotarで45000rpm(100000xg) 60min 4℃にて遠心し、上清(細胞質画分)と沈澱(膜画分)を得た。この膜画分を100μlの緩衝液Dに再懸濁した。
再懸濁した膜画分から20μlをサンプルとして採取し、37℃で1又は3時間インキュベートした。また、最終濃度1μになるように、プレセニリン阻害剤(L-685,458)を添加したサンプルも用意した。各サンプルに20μlの試料緩衝液混合物(13.4μlの5倍濃度SDS試料緩衝液と6.6μlの8M 尿素溶液の混合物)を加えて反応を停止させ、5分間煮沸したのち8/15%の2段ゲルでSDS-PAGEを行った後、ニトロセルロースメンブレンにタンパク質を転写し、ウエスタンブロットを行った。SDS-PAGEはLammliの常法に従った。一次抗体は、抗Alcα抗体(UT83)、抗Alcβ抗体(UT99)、抗Alcγ抗体(UT105)を用い、検出はECL kit(Pharmacia)を用いて行った。この結果を図8A〜Cに示す。
これらの図に示すように、Alcα、Alcβ、Alcγのいずれについても、膜画分をインキュベートすることにより、各AlcのC末端領域を含む断片(Alcα-ICD等)が検出された。このような断片はプレセニリン阻害剤を加えた場合には検出されなかった。以上のことから、プレセニリンによってAlcα等のC末端領域を含む断片が切り出されると考えられる。
〔実施例7〕
Alcαの二回目の切断産物(Aβ様断片)を効率よく検出するため、AlcαΔEをコードするDNAを作製した。図9に示すように、AlcαΔEは、シグナルペプチドと一回目の切断部位(図中のδ)との間の断片が取り除かれており、また、シグナルペプチドのC末端側には、FLAGタグ配列が挿入されている。
AlcαΔEをコードするDNAを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3.1(Invitrogen)に挿入した。10%牛胎児血清を含むDMEMの入った10cm培養皿(底面積60 cm2)にHEK293細胞を播き、この細胞に上記で作製した発現ベクターを、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000, Invitrogen)を用いて導入した。対照として何も挿入していないpcDNA3.1も同様にHEK293細胞に導入した。培地1mlに、10μM LLnL(Calbiochem)、1μM DAPT(Calbiochem)、又は1μM L-685,458(Calbiochem)のDMSO溶液をそれぞれ最終濃度が1μMになるように添加し(これらはいずれもプレセニリン阻害剤である。)、24時間培養した後、培地を採取した。対照として、L-685,458溶液等の代わりに等量のDMSOを添加し、同様に培養を行い、培地を採取した。
回収した培地に対し、抗FLAG抗体(M2, SIGMA)よる免疫沈降及びウエスタンブロットを行い、プレセニリンで切断されるN末端側の産物を検出した。具体的には回収した培地に4μlの抗FLAG抗体を加え4℃で1時間反応させた。その後、30μlの50%プロテインG-セファロースを含むリンス緩衝液(0.1%TrotonX-100, 1mM EDTA, 150mM NaCl, 10mM Tris-HCl pH7.4)を加え、さらに4℃で1時間反応させた後、ビーズを回収した。このビーズを、各800μlの洗浄緩衝液I(組成は実施例5に記載)、洗浄緩衝液II(組成は実施例5に記載)、リンス緩衝液(組成は前述)で順次洗った後、30μlの2倍濃度トリシン試料緩衝液(900mM Tris-HCl pH8.45, 24%グリセロール, 8%SDS, 0.005% クマシー・ブリリアント・ブルー)を加え、5分間煮沸し、ビーズに付いている成分を可溶化した。この可溶化成分を15%トリス−トリシンゲル(Schagger & von Jagow の定法による)で分離した後、抗FLAG抗体(1/2000に希釈)及び抗Alcα抗体(UT83)を用いてウエスタンブロットを行い、プレセニリンによる切断産物(Aβ様断片)及びAlcαΔEをECL kit(Pharmacia)で検出した。
一方、細胞に対しても免疫沈降及びウエスタンブロットを行った。具体的には、細胞を4mlのHBST緩衝液(組成は実施例4に記載)中で細胞中のタンパク質を抽出した。可溶化した細胞を遠心処理(12000xg, 10min)し、上清を集め可溶化成分を回収した。可溶化成分1mlに対し、抗FLAG抗体2μlを加え1時間反応させた後、30μlの50%プロテインG-セファロースを含むHBST緩衝液を加え4℃1時間反応させた後、ビーズを回収した。このビーズを800μlのHBST緩衝液で3回洗った後、45μlの試料緩衝液混合物(30μlの5倍濃度SDS試料緩衝液と15μlの8M尿素溶液の混合物)を加え、5分間煮沸してビーズに付いている成分を可溶化した。この可溶化成分を15%トリス−グリシンゲル(Lamiliの定法にしたがった)で分離した後、抗FLAG抗体(1/2000に希釈)及び抗Alcα抗体(UT83)を用いてウエスタンブロットを行った。以上の結果を図10に示す。
図10に示すように、遺伝子導入したAlcΔEは細胞のライセート中に検出されたが、プレニセリンにより切断産物(β−Alcα)は培地中においてのみ検出され、細胞のライセート中には検出されなかった。このことから、プレセニリンによる切断断片は、Aβ同様、大部分が培地中に放出される性質を持つと考えられる。
〔実施例8〕
Alcα又はAPP695をコードするDNAを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3.1(Invitrogen)に挿入し、また、ヒトBACE1をコードするDNA(Doms博士より供与)を哺乳類発現ベクターpcDNA3.1Zeo(+)(Invitrogen)に挿入した。
10%牛胎児血清を含むDMEM(シグマ社D5796)の入った6穴培養皿(底面積10cm2)にHEK293細胞を播き、この細胞に上記で作製した発現ベクターを、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000, Invitrogen)を用いて導入した。導入したDNAの組み合わせは図11の記載の通りである。
各細胞を24時間培養後、細胞をHBST緩衝液(組成は実施例4に記載)中でタンパク質を可溶化し、8/15%ゲルでSDS-PAGEを行った。ゲル上のタンパク質をニトロセルロースメンブレンに転写し、抗APP抗体(APP/c, SIGMA)及び抗Alcα抗体(UT83抗体)を用いてウエスタンブロットを行った。抗APP抗体を用いた場合及び抗Alcα抗体を用いた場合のウエスタンブロットの結果をそれぞれ図11A及びBに示す。
図11Aに示すように、BACE1を発現させていない細胞(左から3番目のレーン)では、主にα−サイトの切断産物であるCTFαが検出されたが、BACE1を発現させた細胞(左から4番目のレーン)ではβ−サイトの切断産物であるCTFβも検出された。なお、APP695に対応するバンドは矢印で示した二本のバンドだけであり、これらの近傍に検出される二本のバンドは内在性のAPP(APP770及びAPP751)に対応するものである。
図11Bに示すように、Alcαを発現させ、BACE1を発現させていない細胞(左から5番目のレーン)では、主に30kDaの位置に断片(CTF1)が検出された。この断片の分子量は、実施例7で発現させたAlcαΔEの分子量とほぼ一致するので、切断サイトは815番目のMetと816番目のAlaの間付近であり、アミノ酸数は約156であると推測される。一方、AlcαとBACE1の両者を発現させた細胞(左から6番目のレーン)では、CTF1の他に、この断片よりも分子量の大きい断片が検出された(CTFβ、分子量から判断して約280アミノ酸からなるものと推測される。)。この断片は、AlcαがBACE1によって切断されたことによって生じたものであると考えられる。即ち、Alcαは、APPと同様にBACE1によって切断されると考えられる。なお、図11中でAlcαは二本のバンドとして検出されているが、これは糖鎖修飾によるものである。
〔実施例9〕
γ-セクリターゼによるAlcαの切断部位を以下の手順で同定した。まず、AlcαΔEタンパク質を発現するようなcDNAコンストラクト(図9)を作製した。図12に示すように、このcDNAコンストラクトが導入された細胞は、FLAGタグ配列を持つβ-Alcαを生成・分泌する。細胞から分泌されたβ-Alcαを、FLAGタグ抗体を用いた免疫沈降法により回収し、免疫沈降物をMALDI-TOF/MSで解析し、分子量を決定した。この分子量から、γ-セクリターゼによる切断部位を同定した。以下、その詳細を説明する。
(1)FLAG配列を持つβ-Alcαのウエスタンブロット法による解析
10 cm ディッシュ(コーニング社製)にHEK293細胞を播き、コンフルエントに達した後AlcαΔEの発現ベクター (pcDNA3-FLAG-hAlcαΔE) を遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000, インビトロジェン社製)を用いて導入し、CO2インキュベーターで24時間細胞を培養した。この際、培地1mlにγ-セクリターゼ阻害剤L-685,458(カルバイオケム社製)のDMSO溶液(1mM)を2μl添加した。対照実験として、DMSOだけを加えた細胞も用いた。培養液6mlを回収し、遠心処理(15000rpm, 5min,トミー社製微量高速冷却遠心分離機を使用)した上清に1/1000倍容量の酵素阻害溶液(5 mg/mlロイペプチン、5 mg/mlペプスタチンA、5 mg/mlキモスタチンを含むDMSO溶液)を加えて免疫沈降用サンプルとした。このサンプルに抗FLAG抗体溶液(M2, シグマ社製)を6μl加えて1時間、4℃で転倒混和した。その後、25% プロテインG-セファロースを含むリンス緩衝液 (10mM Tris-HCl pH7.4, 1mM EDTA, 0.1% TritonX-100, 150mM 塩化ナトリウム)50μl加え、4℃で1時間転倒混和して抗原抗体反応を進行させた。反応後のビーズを遠心処理(3000rpm, 5min, 4℃、トミー精工社製微量高速冷却遠心分離機)により沈殿させ回収し、洗浄緩衝液1 (1M 塩化ナトリウム, 20mM Tris-HCl pH7.4, 0.1% TritonX-100)、洗浄緩衝液2 (150mM塩化ナトリウム, 5mM EDTA, 50mM Tris-HCl pH7.4, 1% TritonX-100, 0.05% SDS)、リンス緩衝液で順次洗浄した。その後ビーズに20μl の試料緩衝液混合物 (2倍濃度SDS試料緩衝液 10μlと8M 尿素溶液 10μlの混合物)を加え、攪拌後、5分間煮沸してビーズに吸着していた成分を溶出した。これを遠心処理し、その上清成分を20% アクリルアミドゲルトリス-トリシン電気泳動法を用いて分離した後、抗FLAG抗体(M2, シグマ社製)を用いウエスタンブロットを行った。反応したFLAGタグの付いたβ-AlcはECL キット (ファルマシア社製)を用いて検出した。
培地を取り除いた後の細胞は、1.5mlの氷冷PBSを加え、ピペッティングで細胞を剥がし、エッペンドルフチューブに入れた。遠心処理(6000rpm, 5min, トミー精工社製微量高速冷却遠心分離機を使用)により細胞を集め、細胞のペレットに対し、HBST緩衝液(組成は、実施例4に記載)0.9mlを加え、4℃で1時間転倒混和することにより細胞中のタンパク質を抽出した。可溶化した細胞を遠心処理(15000rpm, 15 min, 4℃, トミー精工社製微量高速遠心分離機を使用)し、上清を可溶性成分として回収した。可溶化成分5μlに10μlの2倍濃度SDS試料緩衝液と1% SDS 5μlを加え、5分間煮沸した。この可溶化成分を20%アクリルアミドゲルのトリス-トリシン電気泳動システムで分離した後、ニトロセルロース膜(S&S社製)に転写し、抗FLAG抗体(M2、シグマ社)と反応後、反応物をECLキット(ファルマシア社製)を用いてフィルム上で検出した。
以上のウエスタンブロットの結果を図13に示す。培地の免疫沈降物をサンプルとした場合、5kDa付近に、主に2本のバンドとしてFLAG配列を持つβ-Alcαが検出された(下段、右レーン)。しかし、細胞培養液にγ−セクリターゼの阻害剤であるL-685.458を加えた場合は、免疫沈降物中にβ-Alcαは検出されなかった(下段、左レーン)。この実験から抗-FLAG抗体によりFLAG配列を持つβ-Alcαが回収されることが明らかになり、これはγ-セクリターゼによる切断産物であることが確認できた。
(2)FLAG配列を持つβ-AlcαのMALDI-TOF/MSを用いた質量分析
HEK293細胞にAlcαΔEの発現ベクター (pcDNA3-FLAF-hAlcαΔE)を、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000, インビトロジェン社製)を用いて導入し、FLAG配列を持つAlcαΔEを安定的に発現する細胞株を樹立した。225cm2のフラスコに樹立細胞株細胞を播き、コンフルエントに達した後培養液を40mlの10%ウシ胎児血清を含むDMEM培地(シグマ社D5796)と交換し、CO2インキュベーターで24時間培養した。この際、培地1mlに、γ-セクリターゼ阻害剤L-685,458(カルバイオケム社製)のDMSO溶液(1 mM)を1μl添加した。対照として、DMSOだけを加えた細胞も用いた。培地を回収し、遠心処理(10,000xg, 5min, ベックマン社製高速冷却遠心分離機を使用)した上清に1/1000倍容量の酵素阻害溶液(5 mg/mlロイペプチン、5 mg/mlペプスタチンA、5 mg/mlキモスタチンを含むDMSO溶液)と1/1000倍容量の10%アジ化ナトリウム水溶液を加えて免疫沈降用サンプルとした。このサンプル20mlに対し、50% (v/v) FLAG抗体(M2)を結合したアガロースビーズ (シグマ社 A2220)を20μl加え、低温室内(4℃)で一晩(約12時間)転倒混和し、抗原抗体反応を進行させた。反応後のビーズを遠心処理(3000rpm, 5min, 4℃、ベックマン社製低速冷却遠心分離器)により沈殿させ、回収した。
回収したビーズは、非特異的結合を除く目的で、800μlの洗浄緩衝液1(0.1% N-octylglucoside, 140mM 塩化ナトリウム, 10mM Tris-HCl pH8.0, 0.025%アジ化ナトリウム)で2回、洗浄緩衝液2 (10mM Tris-HCl pH8.0, 0.025% アジ化ナトリウム)で2回順次洗浄した。その後ビーズに10μlのマトリックス溶液(シナピン酸(アプライド・バイオシステム社製)を飽和させた、トリフルオロ酢酸(和光純薬社製)/アセトニトリル(シグマ社製)/水 (1:20:20))を加え、攪拌後、ビーズに結合している成分を溶出した。ビーズを完全に取り除くために溶出成分をスピンカラム(アマシャム・バイオサイエンス社製)に乗せ、遠心により溶出成分だけを分離した。溶出成分うち2μlをサンプルプレート(アプライドバイオシステムズ社製)に乗せ、乾燥させた後MALDI-TOF/MS(パースペクティブ・バイオシステムズ社製)解析を行った。
AlcαΔEを発現していない細胞の細胞培養液から得たシグナルをバックグランドとして、FLAG配列を持つβ-Alcαとして分子量3619.96、5359.85、5507.02、6233.83のペプチドを同定した(図14)。
これらの分子量に一致する切断サイトを図15中に矢印で示した。アミノ酸配列から想定できる膜貫通領域を実線で、膜貫通領域である可能性の高い領域を破線で示す。分子量5359.85、5507.02、6233.83から決定された切断サイトは膜貫通領域およびその可能性の高い領域に位置することから、γ−セクリターゼによる切断領域と判断できる。一方、分子量3619.96から決定された切断サイトは、明らかにAlcαの細胞外ドメインに位置するため、γ−サイトで切断して生じたβ−Alcαの分解産物である可能性が高い。従って、Alcαのγ-セクリターゼによる二回目の切断サイトは、少なくとも3カ所ある。これは、APPが複数のγ-サイトを持ち、多様性のあるAβを生成・分泌する事実(図16参照)と一致する。
〔実施例10〕
図16に、判明しているAPP(ヒトAPP695)の切断サイトと切断によって生じる生成物を示す(図中の番号はヒトAPP695アイソフォームにおけるアミノ酸番号である。)。切断サイトとしては、一次切断サイトであるα−サイトとβ−サイト、二次切断サイトであるγ−サイト、最近同定されたε−サイト(Gu, Y., Misonou, H., Sato, T., Dohmae, N., Takio, K., and Ihara, Y. (2002) J. Biol. Chem. 276, 35235-35238)などがある。生成物としては、主要Aβ種であるAβ40とAβ42、およびα-サイト切断の生成物であるp3ペプチドなどがある。
Alcαは多くの点でAPPとの類似性を示すことから、Alcαにも複数の一次切断サイトが存在する可能性が高い。そこで、Alcαの一次切断で生じたC-末端断片(CTF)のN末端のアミノ酸配列を決定することにより、一次切断サイトを同定することとした。しかし、CTFは連続した二次切断を受けやすいため、N-末端配列を決定するのに十分量のタンパク質を細胞抽出液から回収することは難しい。このため、γ-セクリターゼの触媒サブユニットであるプレセニリン(PS)の活性サイトに変異を導入したドミナントネガティブタンパク質をHEK293細胞に安定的に発現させ、生じたAlcαのCTFが二次切断を受けない系を構築した。この細胞株に、さらにAlcαのC-末端にFLAGタグを付けたAlcα1−FLAGの発現ベクター (pcDNA3-hAlcα1-FLAG)を、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000,インビトロジェン社製)を用いて導入し、Alcα1−FLAGを安定的に発現する細胞株を樹立した。
この細胞抽出液から、一次切断によって生成したCTFα1-FLAGを免疫沈降し、沈降物を8% (上段)/ 15% (下段)アクリルアミドゲルからなる非連続SDS電気泳動で分離後、PVDF(Immobilon-PSQ, ミリポア社製)膜に転写してクーマジーブリリアントブルー染色で検出した。抗体特異的に検出された30kDa付近の2種類のタンパク質をガスフェーズプロティンシーケンサーで解析し、3種類のAlcα1由来のアミノ酸配列を決定した。以下にその詳細を説明する。
プレセニリン1(PS1)の385番目のアスパラギン酸をアラニンに置換したPS1(D385A)変異体タンパク質の発現ベクター(pcDNA3-PS1D385A)を、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000, インビトロジェン社製)を用いてHEK293細胞に導入し、PS1(D385A)を安定的に発現する細胞株を樹立した。この細胞株にAlcαFLAGの発現ベクター(pcDNA3-hAlcα1-FLAG)を遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000, インビトロジェン社製)を用いて安定的に発現させた。
この細胞(hAlcα1FLAG/PS1D385A-293cellと表記する)を10cm ディッシュ4枚にコンフルエント(ディッシュあたり、約1x108cells)に達するまで培養した。細胞を氷冷PBSで洗浄後、酵素阻害溶液(5 μg/mlロイペプチン、5 μg/mlペプスタチンA、5 μg/mlキモスタチンを含むDMSO溶液)を含むHBST 溶液(10mM Hepes pH7.4, 150mM NaCl, 0.5% Trition X-100 )15mlを加え、4℃で0.5時間、転倒撹拌することで可溶化した。可溶化した細胞を遠心処理(12000 xg, 10 min, 4℃, トミー精工社製微量高速遠心分離機を使用)し、上清を可溶性成分として回収した。可溶化成分15 ml に対し、50% (v/v) FLAG抗体(M2)を結合したアガロースビーズ (シグマ社 A2220)を30 μl加え、低温室内(4℃)で一晩(約12時間)転倒混和し、抗原抗体反応を進行させた。反応後のビーズを遠心処理(3000rpm, 5min, 4℃、ベックマン社製低速冷却遠心分離機)により沈殿させ、回収した。このビーズを1mlのHBSTにて3回洗った後、2mg/ml FLAG-peptide含有HBST(30 μl)を加え、免疫沈降物を競合溶出した。これはAlcαのCTF1の分子量が30kDa前後であり、イムノグロブリン軽鎖(〜30kDa)の混入をできるだけ避けるために穏和な条件で抗原溶出を行う方法である。溶出液を遠心処理(12000 xg, 10 min, 4oC, トミー精工社製微量高速遠心分離機を使用)し、上清に1/5倍容量の5倍濃度SDS試料緩衝液を加え、lammini の定法に従って、アクリルアミドゲル電気泳動を行った。分離したしたタンパク質をImmobilon-PSQ (ミリポア社製)膜に転写し、クーマジーブリリアントブルー(CBB )色素を用いて染色を行いタンパク質を検出した(図17)。
30kDa付近に2種類のタンパク質(CTF1sで示したタンパク質)が検出された。これらのタンパク質のアミノ酸配列をgas phase protein sequencer 492HT (アプライドバイオシステム社製)を用いて決定した。この結果、高分子量側のタンパク質には2種類のアミノ酸配列が含まれていた。これらの配列から想定される一次切断サイトは、815番目のMetと816番目のAlaとの間(この切断サイトを「ζ1」という)及び820番目のGlnと821番目のPheの間(この切断サイトを「ζ2」という)である(図18)。ζ1は、実施例8で決定したサイトに一致した。ζ2は新規な一次切断サイトである。また、CTF1sの低分子量側のタンパク質には1種類のアミノ酸配列が含まれていた。この配列から想定される一次切断サイトは、838番目のAlaと839番目のAsnの間(この切断サイトを「ζ3」という)である(図18)。
以上のようにAlcαは、3カ所の一次切断サイト(ζ1,ζ2, ζ3)と3カ所の二次切断サイト(γ1, γ2, γ3)を持つ。この結果、ヒトからは、少なくとも9種類のβ-Alcαが生成する(表1)。
【0031】
【表1】
複数のβ-Alcαが生成することは、同調して代謝を受けるAPPから複数のAβが生成してくる事実とよく一致する。
〔実施例11〕
アルツハイマー病(AD)では、Aβの生成量が増加するだけでなく、Aβの分子種にも変化が認められる。AD患者では、全Aβ生成量における凝集性の高いAβ42の割合が増加していることが報告されている。Aβ42の比率の上昇は、発病に大きく関わっていると考えられている。例えば、プレセニリン遺伝子に変異を持つ家族性アルツハイマー病(FAD)患者では、Aβ42の割合が顕著に増加することが知られている。Alcαは、様々な点でAPPとの類似性を示すことから、Alcαにおいても、APP同様、プレセニリンの変異により生成するβ−Alcの分子種が変化する可能性がある。そこで、この点を確認するために、以下の実験を行った。
AD患者から見出されたI143F(143番目のIleがPheに変異)、R278T(278番目のArgがThrに変異)、A434C(434番目のAlaがCysに変異)、L435F(435番目のLeuがPheに変異)の4種類の変異型PS1を発現するベクター(pcDNA3-PS1I143F, pcDNA3-PS1R278T, pcDNA3-PS1A434C, pcDNA3-PS1L435F)を作製し、これらのベクターとAPPのC99/CTFの発現ベクター(pcDNA3-APPC99)を、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000, インビトロジェン社製)を用いてHEK293細胞に導入し、両タンパク質を安定的に発現する細胞株を樹立した。各細胞を10 cm ディッシュ(コーニング社製)に播き、コンフルエントに達した後、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000,インビトロジェン社製)を用いてpcDNA3-FLAG-hAlcαΔEを導入し、AlcadeinαのCTF1を一過的に発現させた。
一方、正常型PS1(wt)及び不活性型PS1(D385A、PS1の触媒サイトのAspをAlaに置換しており、γ-セクリターゼ活性を示さない。)を発現するベクター(pcDNA3-PS1及びpcDNA3-PS1D385A)を作製し、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000, Invitrigen)を用いてHEK293細胞に導入し、PS1を安定的に発現する細胞株を樹立した。各細胞を10 cm ディッシュ(コーニング社製)に播き、コンフルエントに達した後、遺伝子導入試薬(LipofectAMINE2000,インビトロジェン社製)を用いてpcDNA3-APPC99及びpcDNA3-FLAG-hAlcαΔEを導入し、APPのCTF及びAlcadeinαのCTF1を一過的に発現させた。
以上のような遺伝子導入処理を行った細胞をCO2インキュベーターで24時間培養した後、培養液を回収し、遠心(15000rpm, 5分min, 4℃, ベックマン社製高速冷却遠心分離機を使用)した上清7.5mlに酵素阻害溶液(5 mg/mlロイペプチン、5 mg/mlペプスタチンA、5 mg/mlキモスタチンを含むDMSO溶液)7.5 μlを加え、サンプルとした。このサンプルに抗FLAG抗体溶液(M2, シグマ社lot 103k6043)を6μl加えて1時間、4℃で転倒混和した。その後、25% プロテインG-セファロースを含むリンス緩衝液50μl加え、4℃で一晩転倒混和して抗原抗体反応を進行させた。反応後のビーズを洗浄緩衝液1 (1M 塩化ナトリウム, 20mM Tris-HCl pH7.4, 0.1% TritonX-100)、洗浄緩衝液2 (150mM塩化ナトリウム, 5mM EDTA, 50mM Tris-HCl pH7.4, 1% TritonX-100, 0.05% SDS)、リンス緩衝液 (10mM Tris-HCl pH7.4, 1mM EDTA, 0.1% TritonX-100, 150mM 塩化ナトリウム)で順次洗浄した。その後ビーズに20μl の試料緩衝液混合物 (2倍濃度SDS試料緩衝液 10μlと8M 尿素溶液 10μlの混合物)を加え、攪拌後、5分間煮沸してビーズに吸着していた成分を溶出した。これを遠心した上清成分を20% アクリルアミドゲルトリス-トリシン電気泳動法を用いて分離した後、抗FLAG抗体溶液(M2, シグマ社製)を用いウエスタンブロットを行った。反応したFLAGタグの付いたβ-AlcはECL キット (ファルマシア社製)を用いて検出し、NIHイメージソフトウエアを用いて定量した。一方、培地中のAβ40およびAβ42は、Tomitaら(J. Biol. Chem. [1998] 273, 6277-6284)の方法に従い、sELISA法で定量した。図19にウエスタンブロットの結果、並びに全β-Alc生成量(1.0)におけるLongβ-Alcの割合及び全Aβ生成量(1.0)におけるAβの割合を示す。なお、図中のN.D.は検出限界以下であったことを示す。
正常型PS1を発現する細胞では、2種類のβ-Alc(図中 short β-Alc, medium β-Alcと表示)を主に検出したが、FAD変異を持つPS1を発現している細胞では、より高分子量のβ-Alc(long β-Alcと表示)が増加した。long β-Alcの割合は、変異型PS1を発現する細胞で増加しており、これはAβ42の割合が増加することと同じ傾向を示した。すなわち、β-Alcの質的変化はAβの質的変化を反映するものであることが明らかになった。患者脳脊髄液および血中のβ-Alcの質的変化(long β-Alcの割合の増加等)は、Aβの質的変化を反映するものであり、凝集性の高いAβ42の検出を行う代わりにβ-Alcの検出を行うことで、質的変化を捉えにくい発症初期患者もしくは発症前患者予備群を見いだすことが可能になる。
〔実施例12〕
図19で示したβ-AlcのC-末端側の切断サイトをMALDI-TOF/MSを用いて決定する目的で、高分子量β-Alcをより多く生成するPS1変異を探すため、実施例11と同様の実験を鋭意行った。その結果、図20で示すように、L166P(PS1の166番目のLeuがProに変異)変異PS1を発現する細胞において、培地中に高分子量β-Alcが他のPS1変異と比較して多量に分泌されることを見出した。そこで、実施例9の方法に従い、正常型PS1およびL166P変異型PS1によって生成・分泌されるβ-Alcの質量分析を行い、分子量を決定した。その結果を図21に示す。図20のウエスタンブロット解析結果からも明らかなように、L166P変異型PS1を発現する細胞では正常型PS1を発現する細胞に比べて、short β-Alcが減少(下向きの太矢印で示す)し、medium β-Alcが増加(上向きの太矢印で示す)した。さらに、正常型PS1を発現する細胞では検出できなかったlong β-Alcが出現した。
図21の結果から判明したβ-Alcの切断位置を図22に示す。破線の矢印は正常型PS1を発現する細胞で切断されたサイト、実線の矢印はL166P変異型PS1を発現する細胞で切断されたサイトを示す。L166P変異型PS1では、β-Alcの切断サイトが、よりC-末端側に移動していることが明らかになった。これは家族性アルツハイマー病の変異型PS1がAβのC-末端側の切断サイトをよりC-末端側へ移動させる事実とよく一致する。図23にβ-AlcのN末端側3箇所(ζ1、ζ2、ζ3)と共に、C-末端側の3箇所(γ1、γ2、γ3)の切断サイトおよび変異型PS1によりC-末端側へ移動したγ-切断サイトから生成してくるβ-Alcの分子種を模式的に示す(実施例12の実験では、γ1サイトの切断サイトは検出できていない。)
本明細書は、本願の優先権の基礎である日本国特許出願(特願2003-3753630号)の明細書および/または図面に記載されている内容を包含する。また、本発明で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカディンα、アルカディンβ、又はアルカディンγからN末端側の断片とC末端側の断片が切断除去されることによって生成するペプチドであって、アルツハイマー病の診断マーカーとなり得るペプチド。
【請求項2】
切断除去されるN末端側の断片が、N末端側の細胞外ドメインの一部である、請求項1記載のペプチド。
【請求項3】
切断除去されるC末端側の断片が、プレセニリンによって切断除去される断片である、請求項1又は2記載のペプチド。
【請求項4】
アルカディンαからN末端側の断片とC末端側の断片が切断除去されることによって生成するペプチドであって、N末端側の断片の切断除去される部位が、配列番号1で表されるアミノ酸配列の815番目に対応するアミノ酸と816番目に対応するアミノ酸の間、820番目に対応するアミノ酸と821番目に対応するアミノ酸の間、又は838番目に対応するアミノ酸と839番目に対応するアミノ酸の間である、請求項1記載のペプチド。
【請求項5】
アルカディンαからN末端側の断片とC末端側の断片が切断除去されることによって生成するペプチドであって、C末端側の断片の切断除去される部位が、配列番号1で表されるアミノ酸配列の842番目に対応するアミノ酸と843番目に対応するアミノ酸の間、843番目に対応するアミノ酸と844番目に対応するアミノ酸の間、又は851番目に対応するアミノ酸と852番目に対応するアミノ酸の間である、請求項1又は2記載のペプチド。
【請求項6】
ペプチドが、配列番号4乃至12のいずれかに記載されたアミノ酸配列からなるペプチドである、請求項1記載のペプチド。
【請求項7】
動物から採取した体液又は組織における請求項1乃至6のいずれか一項記載のペプチドの検出又は定量を行う工程を含むアルツハイマー病の診断のためのデータを収集する方法。
【請求項8】
体液が、血液又は脳髄液である、請求項7記載のアルツハイマー病の診断のためのデータを収集する方法。
【請求項9】
検出又は定量されたペプチドにおける高分子量型のペプチドの比率を指標としてアルツハイマー病の診断を行う、請求項7又は8記載のアルツハイマー病の診断のためのデータを収集する方法。
【請求項10】
動物から採取した体液又は組織における請求項1乃至6のいずれか一項記載のペプチドの検出又は定量を行う工程を含むアルツハイマー病の診断方法。
【請求項11】
体液が、血液又は脳髄液である、請求項10記載のアルツハイマー病の診断方法。
【請求項12】
検出又は定量されたペプチドにおける高分子量型のペプチドの比率を指標としてアルツハイマー病の診断を行う、請求項10又は11記載のアルツハイマー病の診断方法。
【請求項13】
請求項1乃至6のいずれか一項記載のペプチドを分泌する細胞に被験物質を接触させ、前記ペプチドの分泌量の変化、又は分泌される前記ペプチドの分子種の変化を調べることを特徴とするアルツハイマー病の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項14】
請求項1乃至6のいずれか一項記載のペプチドに対する抗体。
【請求項15】
請求項14記載の抗体を含有するアルツハイマー病の診断薬。
【請求項1】
アルカディンα、アルカディンβ、又はアルカディンγからN末端側の断片とC末端側の断片が切断除去されることによって生成するペプチドであって、アルツハイマー病の診断マーカーとなり得るペプチド。
【請求項2】
切断除去されるN末端側の断片が、N末端側の細胞外ドメインの一部である、請求項1記載のペプチド。
【請求項3】
切断除去されるC末端側の断片が、プレセニリンによって切断除去される断片である、請求項1又は2記載のペプチド。
【請求項4】
アルカディンαからN末端側の断片とC末端側の断片が切断除去されることによって生成するペプチドであって、N末端側の断片の切断除去される部位が、配列番号1で表されるアミノ酸配列の815番目に対応するアミノ酸と816番目に対応するアミノ酸の間、820番目に対応するアミノ酸と821番目に対応するアミノ酸の間、又は838番目に対応するアミノ酸と839番目に対応するアミノ酸の間である、請求項1記載のペプチド。
【請求項5】
アルカディンαからN末端側の断片とC末端側の断片が切断除去されることによって生成するペプチドであって、C末端側の断片の切断除去される部位が、配列番号1で表されるアミノ酸配列の842番目に対応するアミノ酸と843番目に対応するアミノ酸の間、843番目に対応するアミノ酸と844番目に対応するアミノ酸の間、又は851番目に対応するアミノ酸と852番目に対応するアミノ酸の間である、請求項1又は2記載のペプチド。
【請求項6】
ペプチドが、配列番号4乃至12のいずれかに記載されたアミノ酸配列からなるペプチドである、請求項1記載のペプチド。
【請求項7】
動物から採取した体液又は組織における請求項1乃至6のいずれか一項記載のペプチドの検出又は定量を行う工程を含むアルツハイマー病の診断のためのデータを収集する方法。
【請求項8】
体液が、血液又は脳髄液である、請求項7記載のアルツハイマー病の診断のためのデータを収集する方法。
【請求項9】
検出又は定量されたペプチドにおける高分子量型のペプチドの比率を指標としてアルツハイマー病の診断を行う、請求項7又は8記載のアルツハイマー病の診断のためのデータを収集する方法。
【請求項10】
動物から採取した体液又は組織における請求項1乃至6のいずれか一項記載のペプチドの検出又は定量を行う工程を含むアルツハイマー病の診断方法。
【請求項11】
体液が、血液又は脳髄液である、請求項10記載のアルツハイマー病の診断方法。
【請求項12】
検出又は定量されたペプチドにおける高分子量型のペプチドの比率を指標としてアルツハイマー病の診断を行う、請求項10又は11記載のアルツハイマー病の診断方法。
【請求項13】
請求項1乃至6のいずれか一項記載のペプチドを分泌する細胞に被験物質を接触させ、前記ペプチドの分泌量の変化、又は分泌される前記ペプチドの分子種の変化を調べることを特徴とするアルツハイマー病の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項14】
請求項1乃至6のいずれか一項記載のペプチドに対する抗体。
【請求項15】
請求項14記載の抗体を含有するアルツハイマー病の診断薬。
【図1】
【図2】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図14】
【図15】
【図16】
【図18】
【図19】
【図21】
【図22】
【図23】
【図3】
【図4】
【図13】
【図17】
【図20】
【図2】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図14】
【図15】
【図16】
【図18】
【図19】
【図21】
【図22】
【図23】
【図3】
【図4】
【図13】
【図17】
【図20】
【国際公開番号】WO2005/044847
【国際公開日】平成17年5月19日(2005.5.19)
【発行日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−515282(P2005−515282)
【国際出願番号】PCT/JP2004/016209
【国際出願日】平成16年11月1日(2004.11.1)
【出願人】(501170910)
【Fターム(参考)】
【国際公開日】平成17年5月19日(2005.5.19)
【発行日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【国際出願番号】PCT/JP2004/016209
【国際出願日】平成16年11月1日(2004.11.1)
【出願人】(501170910)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]