説明

アルミニウム材の表面処理方法

【課題】表面に多孔質陽極酸化処理を行ったアルミニウム材において、ガス放出を大幅に低減することができるアルミニウム材の表面処理方法を提供する。
【解決手段】アルミニウム材1の表面に形成した多孔質陽極酸化皮膜2上にフッ化層3を形成することにより、フッ化層3が多孔質陽極酸化皮膜の細孔を覆い、この細孔を塞ぐことによって、ガス放出量が大幅に低減される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなるアルミニウム材の表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム又はアルミニウム合金からなるアルミニウム材の表面処理としての耐食処理としては、従来より陽極酸化処理が一般に用いられている(例えば、特許文献1参照。)。なお、上記特許文献1においては、陽極酸化処理によって形成された陽極酸化皮膜上に二酸化ケイ素皮膜を形成している。
【0003】
従来の耐食処理としての陽極酸化処理は、硫酸、蓚酸、硼酸、クロム酸等を用いてアルミニウム材の表面に膜厚が数μm〜数十μmの陽極酸化皮膜を形成していた。
【特許文献1】特開2001−172795号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、このようにして形成された陽極酸化皮膜の耐食性は高いが、陽極酸化皮膜が多孔質でありアルミニウム材の酸化物だけでなく、水酸化物からなるため、ガス放出が多いという問題点があった。図5は、陽極酸化処理の条件を変えた場合における、陽極酸化皮膜処理したアルミニウム材(アルミニウム合金(A5052、A6061)におけるガス放出量の測定結果を示した図である。なお、図5における各ガス放出量は、室温から300℃まで0.05℃/sで昇温したときに放出された単位面積当たりの値である。
【0005】
図5における陽極酸化処理の条件は、陽極酸化溶液として硫酸、蓚酸、硼酸、クロム酸を用い、また、陽極酸化皮膜の膜厚を5μm、15μm、50μmとし、封孔処理として温水、蒸気を用いた。
【0006】
図5の測定結果において、陽極酸化皮膜処理していない化学研磨のみのアルミニウム合金A5052(試料1−1)のガス放出量は0.03Pa-mであり、硫酸溶液を用いて約15μmの陽極酸化皮膜を形成した場合のアルミニウム合金A5052(試料1−2)のガス放出量は約120Pa-mであった。また、硫酸溶液を用いて約15μmの陽極酸化皮膜を形成した後に沸騰水に浸漬して封孔処理した場合のアルミニウム合金A5052(試料1−3)のガス放出量は約160Pa-mであり、封孔処理に蒸気封孔を用いた場合のアルミニウム合金A5052(試料1−4)のガス放出量は約230Pa-mであった。なお、他の試料(試料1−5〜1−11)においても、ガス放出量は100〜520Pa-mと高い数値であった。
【0007】
よって、アルミニウム又はアルミニウム合金からなるアルミニウム材で作製された真空容器の内壁に陽極酸化処理を施した場合には、陽極酸化処理を施さなかった場合に比べて所定の圧力まで排気する所要時間が数千倍から数万倍に延びることに等しいものとなる。また、ガス放出量と陽極酸化皮膜の膜厚との間には正の相関があり、陽極酸化皮膜の膜厚を5μm、15μm、50μmと変化させた場合において、陽極酸化皮膜の膜厚が薄い方がガス放出量が少なくなる。よって、陽極酸化処理によるガス放出を減少させるために陽極酸化皮膜を薄くすることも有効であるが、ガス放出量の低減効果は陽極酸化皮膜の膜厚の比に相当する程度であり、ガス放出量の低減効果は小さい。
【0008】
また、図6は、陽極酸化処理後に熱処理(真空中あるいは大気雰囲気中における加熱脱ガス処理)を行った場合におけるガス放出量の測定結果を示した図である。なお、図6における各ガス放出量も、室温から300℃まで0.05℃/sで昇温したときに放出された単位面積当たりの値である。
【0009】
この場合の熱処理条件(脱ガス条件)は、試料2−1〜2−3では温度を400℃として、試料2−4〜2−7では温度を100℃とし、また、試料2−1,2,4,6では時間を30分(min)して、試料2−3,5,7では時間を20時間(h)とした。なお、この場合の各試料2−1〜2−7での陽極酸化処理もおける溶液は硫酸、膜厚は15umであり、封孔処理には温水を用いた。
【0010】
この測定結果から明らかなように、真空中あるいは大気雰囲気中で加熱脱ガス処理を行っても、ガス放出量は図5の陽極酸化処理のみを行った場合に比べて数分の1程度しか低減できず、ガス放出を大幅に低減することができない。
【0011】
そこで本発明は、表面に多孔質陽極酸化処理を行ったアルミニウム材において、ガス放出を大幅に低減することができるアルミニウム材の表面処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために本発明は、表面に多孔質陽極酸化処理を施して多孔質陽極酸化皮膜が形成されたアルミニウム又はアルミニウム合金からなるアルミニウム材の表面処理方法であって、前記多孔質陽極酸化皮膜表面にフッ化処理を施してフッ化層を形成することを特徴としている。
【0013】
また、前記多孔質陽極酸化皮膜の膜厚が1μm〜100μmであることを特徴としている。
【0014】
また、前記フッ化層の厚さが0.01μm〜5μmであることを特徴としている。
【0015】
また、前記フッ化処理は、放電ガスとしてフッ素又はフッ素化合物を用いたプラズマによるフッ化方法、あるいはフッ素ラジカルを用いたラジカル法を用いることを特徴としている。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る表面処理方法よれば、アルミニウム材表面に形成した多孔質陽極酸化皮膜上にフッ化層を形成することにより、フッ化層が多孔質陽極酸化皮膜の細孔を覆い、この細孔を塞ぐことができるので、ガス放出に寄与する表面積が減り、ガス放出を大幅に低減することが可能となり、かつ良好な耐食性も同時に確保することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明に係るアルミニウム材の表面処理方法を図示の実施形態に基づいて説明する。
【0018】
図1に示すように、アルミニウム合金(本実施形態ではA5052、A6061)からなるアルミニウム材1の表面に多孔質陽極酸化処理を施して、数nm〜数十nmの細孔が多数形成されている多孔質陽極酸化皮膜(以下、単に陽極酸化皮膜という)2を形成している。陽極酸化皮膜2の膜厚としては、約1μm〜100μm程度が好ましい。陽極酸化皮膜2の膜厚が約1μm以下であると、皮膜の厚みが薄すぎて安定した耐食性が得られず、また、膜厚が100μm程度以上では皮膜処理としては厚すぎ、実用的でない。
【0019】
そして、図2に示すように、陽極酸化皮膜2の上に約1μmの厚みでフッ化層3を形成した。なお、フッ化層3の厚みとしては、陽極酸化皮膜の細孔を塞ぐ目的から約0.01μm〜5μm程度が好ましい。なお、フッ化層3の厚みは陽極酸化皮膜2の膜厚よりも小さくなるようにする。また、封孔処理をしない場合にフッ化を行うと、フッ素が陽極酸化皮膜内部に入り込み細孔内もフッ化されるが、本発明のフッ化層厚さは、細孔内もフッ化された部分は含まないものとする。
【0020】
本実施形態では、上記陽極酸化皮膜2の陽極酸化処理における陽極酸化溶液として硫酸溶液を用い、封孔処理として温水を用いた。また、本実施形態では上記フッ化層3を、放電ガスとしてNF3を用いたプラズマによるフッ化方法で形成、あるいはフッ素ラジカルを用いたラジカル法で形成した。なお、上記放電ガスとしては、NF3以外にもHF、CF4、SF6などのフッ素化合物やフッ素を用いることができる。
【0021】
図3は、上記した陽極酸化皮膜2を形成する陽極酸化処理の条件とフッ化層3を形成するフッ化条件を変えた場合における、陽極酸化皮膜上にフッ化層を形成したアルミニウム材(アルミニウム合金(A5052、A6061)におけるガス放出量の測定結果を示した図である。なお、図3における各ガス放出量は、室温から300℃まで0.05℃/sで昇温したときに放出された単位面積当たりの値である。
【0022】
この場合における陽極酸化皮膜2を形成する陽極酸化処理の条件(溶液、膜厚、封孔処理)とフッ化層3を形成するフッ化条件(フッ化法、温度、時間)は、図3に示したとおりである。
【0023】
図3に示す測定結果から明らかなように、フッ化層3を形成する前の陽極酸化皮膜2のみが形成されているときはガス放出量が多かったが(図5参照)、本発明のように陽極酸化皮膜2上にフッ化層3を形成することにより、陽極酸化皮膜2を形成する陽極酸化処理の条件とフッ化層3を形成するフッ化条件を変えたいずれの試料(3−1〜3−19)においても、ガス放出量が大幅(図5の陽極酸化皮膜2のみが形成されている場合に比べて1/10〜1/100程度)に低減された。
【0024】
アルミニウム合金からなるアルミニウム材1表面に陽極酸化皮膜2を形成し、更にこの陽極酸化皮膜2上にフッ化層3を形成した、図3における本発明の処理方法による試料3−1をX線回析法で分析したところ、AlF3が検出された。
【0025】
このように、アルミニウム材1表面に形成した陽極酸化皮膜2上にフッ化層3を形成することで、陽極酸化皮膜2上にAlF3が形成されるによって、水の放出源になり易いアルミニウム合金の水酸化物の存在する表面を、水の放出源になり難いAlF3に置換するとともに、陽極酸化皮膜2の細孔を覆い、この細孔を塞ぐことができるので、ガス放出に寄与する表面積が減り、ガス放出を大幅に低減することが可能となる。
【0026】
更に、図5に示した試料1−5と試料1−6のように、陽極酸化条件の溶液と封孔処理が同じ場合(硫酸溶液と温水)に陽極酸化皮膜の膜厚が厚くなるとガス放出量は増加するが、本発明のように陽極酸化皮膜上にフッ化層を形成して陽極酸化皮膜表面を覆うことにより、上記したように陽極酸化皮膜の細孔を塞ぐことができるので、陽極酸化皮膜の膜厚がガス放出量に与える影響は小さく、図3に示した試料3−8のように、陽極酸化皮膜の膜厚が厚い(50μm)場合でも、ガス放出量を大幅に低減することができる。
【0027】
次に、本発明のように陽極酸化皮膜上にフッ化層を形成したことによる耐食性を調べるために、図3に示した試料3−1、及び比較用として図5に示した試料1−1(陽極酸化処理を施していない)と試料1−3(膜厚15μmの陽極酸化皮膜を形成)に35%塩酸を滴下し、目視で上記各試料の表面が変色するまでの時間を計測した。図4にこの計測結果を示す。なお、本発明の処理方法で作製された他の試料(試料3−2〜試料3−19)においても略同様の結果が得られた。
【0028】
図4に示す計測結果から明らかなように、陽極酸化皮膜上にフッ化層を形成した試料3−1と膜厚15μmの陽極酸化皮膜を形成している試料1−3は共に100時間(h)以上でも表面の変色は見られず、陽極酸化皮膜上にフッ化層を形成した本発明の試料3−1は、フッ化層を形成していない陽極酸化皮膜のみが形成されている試料1−3と同等の良好な耐食性を得ることができた。なお、陽極酸化処理を施していない試料1−1では、1分(min)程度で変色が見られた。
【0029】
このように、本発明の試料3−1においてもアルミニウム材表面に陽極酸化皮膜(アルマイト皮膜)を形成しているので、良好な耐食性が得られる。
【0030】
なお、上記した実施形態では、アルミニウム材としてアルミニウム合金を用いたが、高純度のアルミニウムを用いてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】表面に陽極酸化皮膜を形成したアルミニウム材を示す概略断面図。
【図2】本発明に係る表面処理方法で陽極酸化皮膜上にフッ化層を形成したアルミニウム材を示す概略断面図。
【図3】本発明に係る表面処理方法で陽極酸化皮膜上にフッ化処理したアルミニウム材におけるガス放出量の測定結果を示した図。
【図4】本発明に係る表面処理方法で陽極酸化皮膜上にフッ化処理したアルミニウム材に対する耐食性の測定結果を示す図。
【図5】表面に陽極酸化皮膜のみを形成したアルミニウム材におけるガス放出量の測定結果を示した図。
【図6】表面に陽極酸化処理した後に熱処理を行ったアルミニウム材におけるガス放出量の測定結果を示した図。
【符号の説明】
【0032】
1 アルミニウム材
2 陽極酸化皮膜
3 フッ化層


【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に多孔質陽極酸化処理を施して多孔質陽極酸化皮膜が形成されたアルミニウム又はアルミニウム合金からなるアルミニウム材の表面処理方法であって、前記多孔質陽極酸化皮膜表面にフッ化処理を施してフッ化層を形成する、
ことを特徴とするアルミニウム材の表面処理方法。
【請求項2】
前記多孔質陽極酸化皮膜の膜厚が1μm〜100μmである、
ことを特徴とする請求項1に記載のアルミニウム材の表面処理方法。
【請求項3】
前記フッ化層の厚さが0.01μm〜5μmである、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のアルミニウム材の表面処理方法。
【請求項4】
前記フッ化処理は、放電ガスとしてフッ素又はフッ素化合物を用いたプラズマによるフッ化方法、あるいはフッ素ラジカルを用いたラジカル法を用いる、
ことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載のアルミニウム材の表面処理方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−2170(P2006−2170A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−176539(P2004−176539)
【出願日】平成16年6月15日(2004.6.15)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)