説明

イオンクロマトグラフ法によるリチウムの高精度分析方法

【課題】 リチウム二次電池正極材料中のリチウムをイオンクロマトグラフ法により分析する場合、試料の前処理工程で発生する容量誤差の影響を受けず、連続的に安定で高精度な分析方法を提供する。
【解決手段】 陽イオン交換樹脂を充填した分離カラム5及び陰イオン交換性のサプレッサ6を装備したイオンクロマトグラフ装置を用い、カリウム、アンモニウム及びアミン系化合物の少なくとも1種を内標準元素として測定する。分離カラム5とサプレッサ6の間に設けた流路切替バルブ12を切り替えることにより、測定対象元素を含まないフラクションはドレン13に排出し、測定対象元素を含むフラクションのみをサプレッサ6に選択的に導入する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンクロマトグラフ法によるリチウムの高精度分析法に関するものであり、特にリチウム二次電池用正極材料中のリチウムを高精度で分析する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
リチウム二次電池は、軽量性や充放電サイクル特性に優れることから、パソコン、ビデオカメラ、携帯電話等の携帯型電子機器に搭載されている。最近では、世界的な環境問題や資源枯渇問題を背景に自動車分野でも注目され、燃料電池自動車やハイブリッド自動車への搭載が鋭意検討されている。
【0003】
一般的に、リチウム二次電池は、金属酸化物等からなる正極、炭素からなる負極、有機溶媒にリチウム塩を溶解した電解液、及びセパレータで構成されている。正極材料としては、コバルト酸リチウム、マンガン酸リチウム、ニッケル酸リチウム等の含リチウム遷移金属酸化物が一般的であるが、これら化合物を構成する元素の組成管理並びに組成コントロール技術が容量密度、充放電サイクル寿命、安全性、経済性等の特性において極めて重要である。
【0004】
従来、リチウム二次電池の正極材料を構成するリチウム等の金属元素の濃度測定には、試料を酸やアルカリ等を用いて分解して溶液とし、得られた溶液中の測定対象元素を誘導結合プラズマ発光分光分析法やフレーム原子吸光法、炎光法あるいは滴定法によって検出、測定する方法が適用されている。これらの分析方法は金属元素の検出手段として一般的であるが、特にリチウムの測定においては、比較的精度の高い滴定法や重量法の適用が困難であり、また誘導結合プラズマ発光分光分析法やフレーム原子吸光法では共存元素の影響やプラズマ、フレームのゆらぎの影響を受けやすい。
【0005】
そのため、上記分析方法における繰返し測定精度は、相対標準偏差(以後、RSDと略記する)で1%以上であった。このように大きな正極材料構成元素の分析誤差は、現状の電池開発あるいは製造分野において容認されるものではなく、より一層の分析精度向上が求められている。即ち、正極材料の組成管理に現在要求されている具体的な測定精度は、一元素当たりRSDで0.2%以下と極めて厳しいものである。
【0006】
このような現状から、特開平11−287793号公報や特開2002−174446号公報には、上記リチウム二次電池正極材料の測定にイオンクロマトグラフ法を適用する方法が記載されている。イオンクロマトグラフ法によれば、リチウムの繰返し測定精度として、RSDで0.2%程度が期待できる。
【0007】
しかしながら、本発明者らの綿密な調査によれば、特に陰イオン交換性のサプレッサを装備したイオンクロマトグラフ装置では、ニッケル、コバルト、マンガン等の共存元素の影響によって安定的な連続測定が困難になる場合があった。この問題に対し、本発明者らは、共存元素の影響を受けることなく、安定的な連続が可能なイオンクロマトグラフ測定方法を提案している(特願2008−057162号参照)。
【0008】
また、イオンクロマトグラフ法による測定では、実試料の秤量や分解操作、溶液化した試料溶液の容量を一定量に合わせる定容操作、その溶液及び検量線用標準溶液を一定倍率に薄める希釈操作など、一連の前処理操作を連続的に実施すると、リチウムの分析精度が著しく低下することが明らかとなった。
【0009】
この問題について詳細を調査した結果、精度低下の原因は定容操作や希釈操作で発生する容量誤差に起因するものであり、その誤差は使用される全量フラスコや全量ピペットの許容誤差を大幅に超えるものであった。即ち、この誤差は人為的な能力誤差に起因するものであり、特に多数の試料を取扱う環境下においては、その発生を完全に防止することは困難であった。
【0010】
【特許文献1】特開平11−287793号公報
【特許文献2】特開2001−174446号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
イオンクロマトグラフ法によりリチウム二次電池正極材料中のリチウム濃度を測定する場合、共存元素濃度等の影響を考慮すると、試料を10000倍以上に希釈することが望ましい。前処理工程中における定容操作や希釈操作回数は、分解に供する試料の量にも依存するが、少なくとも2〜3回の定容操作と少なくとも1〜2回の希釈操作が行われることになる。
【0012】
定容操作や希釈操作は、一般的にはJIS規格にて許容誤差が規定されている全量フラスコや全量ピペット容量を使用して行われる。この方法が最も汎用的であり且つ高精度なためであるが、多数の試料を取扱う環境下においては、全量フラスコや全量ピペットの標線合わせの精度や全量ピペットの後流管理の精度が低下しやすく、著しい分析精度低下を引き起こす原因となる。
【0013】
本発明は、このような現状に鑑み、特にリチウム二次電池正極材料中のリチウムをイオンクロマトグラフ法により分析する場合において、試料の前処理工程で発生する容量誤差の影響を受けず、且つイオンクロマトグラフ装置の変動やイオンクロマトグラフ装置への試料導入の変動等に起因する誤差も抑制し、連続的に安定して測定でき且つ高精度な分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するため、本発明者らは、内標準元素を用いる測定手法をイオンクロマトグラフ法に適用すると共に、リチウムに最適な内標準元素を見出すことによって、本発明を完成するに至ったものである。尚、内標準元素を用いる測定手法は一般的に内標準補正法と呼ばれ、イオンクロマトグラフ法以外の測定法、例えば結合プラズマ発光分光分析法等において一般に用いられる手法であり、目的元素の測定過程において生じる様々な変動要因を補正することができる。
【0015】
即ち、本発明が提供するリチウムの高精度分析方法は、陽イオン交換樹脂を充填した分離カラム及び陰イオン交換性のサプレッサを装備したイオンクロマトグラフ装置を用い、移動相送液ポンプで移動相と共に送られる試料溶液中のリチウム濃度を検出する分析方法において、カリウム、アンモニウム及びアミン系化合物の少なくとも1種を内標準元素として測定することを特徴とするものである。上記アミン系化合物としては、メチルアミン、ジメチルアミン、エチルアミン、ジエチルアミン、エタノールアミン及びジエタノールアミンのいずれか1種であることが好ましい。
【0016】
また、上記本発明のリチウムの高精度分析方法においては、イオンクロマトグラフ装置の分離カラムとサプレッサの間に流路切替バルブを設け、試料溶液中の成分元素の保持時間に応じて流路切替バルブを切り替えることにより、リチウム及び内標準元素を含まないフラクションは系外に排出し、測定対象元素を含むフラクションのみをサプレッサ内に選択的に導入することができる。
【0017】
更に、上記本発明のリチウムの高精度分析方法においては、内標準元素を含む化合物の固体あるいは液体の一定量を、試料の分解前に添加するか、あるいは試料を分解し室温まで冷却した後直ちに添加することを特徴とする。その際、内標準元素を含む化合物の液体の一定量、及び検量線に用いる標準試料の液体の一定量を、重量にて把握して添加することが好ましい。
【0018】
上記本発明のリチウムの高精度分析方法は、前記試料溶液がリチウム二次電池用正極材料を分解して溶液としたものであり、特にリチウム以外の元素がアルミニウム、ニッケル、コバルト、マンガン、鉄の少なくとも1種を含むものである場合、より一層の効果が期待できる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、前処理工程で発生する容量誤差の影響を受けることなく、イオンクロマトグラフ法によって、試料中のリチウム濃度を高精度で且つ連続的に長期間安定して測定することが可能となる。従って、本発明のリチウムの高精度分析方法は、極めて高精度な測定が要求されるリチウム二次電池用正極材料中のリチウムの測定に特に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明のイオンクロマトグラフ法によるリチウムの測定方法では、カリウム、アンモニウム及びアミン系化合物の少なくとも1種を内標準元素とし、イオンクロマトグラムにおけるリチウムピークと内標準元素ピークの面積比(リチウムピーク面積/内標準元素ピーク面積)あるいはピーク高さ比(リチウムピーク高さ/内標準元素ピーク高さ)を測定することによって、検出器の変動や分離カラムへの注入量変動等によって発生する誤差を低減することができる。
【0021】
以下、本発明によるリチウムの高精度分析方法について具体的に説明する。イオンクロマトグラフ法によるリチウムの分析では、例えばリチウム二次電池用正極材料の試料溶液を調整する場合、試料をビーカー等に量り採った後、硝酸及び過酸化水素水等を添加し、ホットプレート等の加熱機器を利用して加熱することにより試料を分解する。その際、内標準元素を含む化合物の固体あるいは液体の一定量を、試料の分解前に添加するか、あるいは試料を分解して室温まで冷却した後直ちに添加する。
【0022】
例えば、内標準元素としてカリウムを使用する場合は、上記分解処理に酸を使用しても分解あるいは損失する可能性が無いため、ビーカーに試料を量り取る際にカリウムを含む化合物も同時に量り取ることができる。一方、アンモニウムあるいはアミン系化合物を内標準元素にする場合、これらは酸を使用した上記分解処理で分解して形態が変化してしまい、イオンクロマトグラフで安定して検出されなくなる。従って、試料を分解して放冷した後に、アンモニムを含む化合物やアミン系化合物の固体あるいは液体を添加することが望ましい。
【0023】
上記内標準元素として用いるカリウムを含む化合物としては、特に制約は無いが、吸湿や自己分解等によってカリウム含有量が変化せず、更に試料の分解工程で容易に溶解あるいは分解してカリウムイオンを形成するものが好ましく、一般的には炭酸カリウムの固体又はその溶液が用いられる。
【0024】
また、アンモニウムを含む化合物及びアミン系化合物としては、特に制約は無いが、アンモニウムやアミン系化合物の濃度が長期間変化しない安定な化合物の固体や液体が好ましい。例えば、アンモニウムを含む化合物としては、塩化アンモニウムがある。アミン系化合物としては、メチルアミン、ジメチルアミン、エチルアミン、ジエチルアミン、エタノールアミン、ジエタノールアミン等が用いられる。
【0025】
上記試料溶液の調整において、内標準元素を含む化合物の液体の一定量を量り取る際には、液体の一定量を重量にて把握し添加することが好ましい。検量線に用いる標準試料の調整においても同様である。液体の一定量を全量ピペット等で採取すると、上述したような人為的な誤差の発生が懸念されるためである。この方法により、容量誤差に起因する誤差は大幅に低減することができる。
【0026】
上記のごとく調製した試料溶液は、内標準元素を一定量含むため、特に一定容量に合わせる必要はない。しかし、より誤差要因を低減し、更に均一な溶液を準備するためにも、試料溶液を全量フラスコに移し入れて定容し、よく撹拌した後に、密栓をして保存することが好ましい。尚、希釈操作に用いる器具は、清浄な器具であればよく、一般的には全量ピペットが用いられる。しかし、操作性や迅速性を考慮すると、十分メンテナンスされたプッシュボタン式液体用微量体積計が実用的である。
【0027】
得られた試料溶液は、陽イオン交換樹脂を充填した分離カラム及び陰イオン交換性のサプレッサを装備したイオンクロマトグラフ装置に供給され、移動相送液ポンプで移動相と共に送られてリチウム濃度が検出される。上記定容操作や希釈操作で発生する容量誤差は、撹拌操作によってリチウムイオンと内標準元素イオンが試料溶液中で均一に分散していれば、上述したようにイオンクロマトグラムのリチウムと内標準元素とのピーク面積比あるいはピーク高さ比を測定することで補正することができる。
【0028】
具体的に説明すると次の通りである。一定濃度の内標準物質を含む、少なくとも3〜4水準でリチウム濃度を変化させた検量線用標準溶液を調製し、リチウムピークと内標準元素ピークの高さ又は面積を測定する。リチウム量Msと内標準元素量Miの比Ms/Miを横軸に、リチウムのピーク面積又は高さPsと内標準元素のピーク面積又は高さPiとの比Ps/Piを縦軸として検量線を作成する。次に、試料溶液に上記と同様の内標準元素をほぼ同量添加した測定溶液を調製し、その測定値からリチウムと内標準元素ピークの面積又は高さの比Ps/Piを求め、上記検量線から求めたMs/MiとPs/Piの関係式から試料溶液中のリチウム量を求める。このように測定時にはリチウムと内標準元素の比を測定するため、例えば分析前処理過程で発生する体積誤差の影響は無視できる程小さくなる。
【0029】
尚、試料溶液中に高濃度の有機溶媒あるいは酸化剤が含まれる場合には、イオン交換樹脂が充填された分離カラムの著しい劣化を引き起こす可能性があるため、事前に分離処理又は還元処理を施すことが望ましい。また、未分解物等の粒子が存在すると、イオンクロマトグラフ装置の流路の閉塞を引き起こすため、例えば孔径0.45μm程度のメンブレンフィルターで事前に除去しておくことが好ましい。
【0030】
しかしながら、イオンクロマトグラフ装置では、特定の共存元素の影響によって安定的な連続測定が困難になる場合がある。即ち、陽イオン交換モードのイオンクロマトグラフ法では酸性の移動相が一般的に使用されるが、サプレッサ内では移動相中の陰イオンが水酸化物イオンと交換されるためpHが上昇し、pHが中性から弱アルカリ性となる。そのため、試料溶液中に中性あるいは弱アルカリ性下で水酸化物等の沈殿を形成するイオン種が含まれている場合、その沈殿物がサプレッサ内に堆積して流路が閉塞して安定な測定が困難となる。このような現象を引き起こすイオン種としてはアルミニウム、ニッケル、コバルト、マンガン、鉄などが挙げられ、これらの元素はリチウム二次電池用正極材料から調製した試料溶液中に含まれることが多い。
【0031】
この現象を解消するため、本発明で使用するイオンクロマトグラフ装置では、分離カラムとサプレッサとの間に流路切替バルブを設け、試料溶液中の成分元素の保持時間に応じて流路切替バルブを切り替えることにより、リチウム及び内標準元素を含まないフラクション(中性あるいはアルカリ性下で沈殿反応を引き起こすイオン種を含む)はサプレッサの手前で系外に排出し、測定対象元素のリチウム及び内標準元素を含むフラクションのみをサプレッサ内に選択的に導入する機能を有するものが好ましい。この装置を使用することによって、アルカリ性雰囲気のサプレッサ内で共存元素が加水分解して沈殿することを抑制することができるため、より安定な測定が可能となる。
【0032】
具体的なイオンクロマトグラフ装置は、例えば図1に示すように、通常の装置と同様に、移動相タンク1、移動相送液ポンプ2、移動相に試料溶液を導入するインジェクタ3、移動相中の異物除去のためのプレカラム4、陽イオン交換樹脂が充填された分離カラム5、陰イオン交換性のサプレッサ6、測定対象元素の検出器としての電気伝導度検出器7、測定後の試料溶液と移動相を受けるドレン8を備えている。尚、図1中の9はサプレッサ6の再生液タンク、10は再生液送液ポンプ、11は再生液のドレンである。
【0033】
更に、このイオンクロマトグラフ装置は、移動相流路の切り替えを行うための流路切替バルブ12が、分離カラム5とサプレッサ6との間に設けてある。この流路切替バルブ12を切り替えることによって、測定対象元素を含まないフラクションを系外のドレン13に排出すると同時に、移動相送液補助ポンプ14により移動相タンク1から送液される移動相によって、測定対象元素を含むフラクションをサプレッサ6に導入するようになっている。
【0034】
尚、図1の装置では流路切替バルブ12として4方バルブを使用しているが、流路切替バルブの形態に特に制約はなく、例えば6方バルブを使用することも可能である。また、移動相送液補助ポンプ14と流路切替バルブ12の間に、流路の空気抜きを目的として、3方バルブからなる流路切替バルブを設けることもできる。
【0035】
移動相としては、強酸あるいは有機酸等が一般的であるが、特に制約はない。代表的な移動相としては、無機酸としては硝酸、塩酸、硫酸など、有機酸としてはメタンスルホン酸やシュウ酸などがあり、これらを単独で又は混合して使用できる。測定対象成分の分離度を改善するため、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)等の錯形成剤等を添加することもできる。
【0036】
尚、移動相あるいは試料溶液に腐食性の化合物が含まれる場合には、イオンクロマトグラフ装置の流路に高耐食性の材料を使用することが好ましい。流路に使用する高耐食性の材料としては、例えば、ポリエーテルエチルケトン(PEEK)やポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等が一般的に用いられる。
【0037】
分離カラムに使用する陽イオン交換樹脂には、強酸性イオン交換樹脂、弱酸性イオン交換樹脂のいずれも使用できる。使用履歴によっては測定対象成分の分離度が低下する可能性があるため、定期的に標準溶液等で分離度を検査することが望ましい。尚、分離カラムの保護のためプレカラムが一般的に用いられ、本発明においてもプレカラムの使用を制限するものではない。また、プレカラムと分離カラムは、所定温度に保持するため通常は恒温槽内に設置される。
【0038】
サプレッサとしては、上記具体例に示した膜透析形サプレッサの他、イオン交換樹脂を充填したカラムを用いたカラム除去形、イオン交換樹脂粒子を移動相に懸濁させて使用するサスペンジョン樹脂吸着形等があり、バックグラウンドの低減が達成される方式を任意に選択して使用すれば良い。
【0039】
尚、膜透析形及びカラム除去形のいずれのサプレッサについても、再生法として、水酸化テトラメチルアンモニウムや水酸化ナトリウム等を通液して再生する化学的な再生法の他、イオンクロマト装置から排出された移動相又は水を電気分解することによって得られたアルカリを使用する電気的な再生法のいずれを採用しても問題はない。ただし、検出される電気伝導度の安定性は一般的には化学的再生法が優れているため、より高精度分析が要求される場合は化学的再生法を適用することが好ましい。
【0040】
また、移動相速度や試料注入量などのイオンクロマトグラフに係る条件についても、特に制約はなく、リチウムイオンと内標準元素イオンおよび共存する他の陽イオンとが十分分離される測定条件を選定すればよい。
【0041】
尚、本発明はリチウム二次電池用正極材料のリチウム測定以外にも応用可能であり、カリウム、アンモニウム、あるいはアミン系化合物を内標準元素して、上述と同様の操作を行うことで、目的元素であるリチウムの分析精度を大幅に改善することが可能である。ただし、夾雑成分が高濃度で共存すると、測定対象成分の測定が困難となる場合があるため、純水による希釈や前処理カラム等を利用して夾雑成分を分離することが好ましい。
【実施例】
【0042】
[実施例1]
リチウム、ニッケル及びコバルトを含むリチウム二次電池用正極材料の粉末試料を1.0g秤量し、清浄な300mlガラス製ビーカーに入れた。次に、炭酸カリウムを純水に溶解し、内標準元素のカリウム濃度を40g/kgに調整し、得られた炭酸カリウム水溶液を10g秤量して、上記ビーカーに投入した。更に、上記ビーカーに硝酸10mlと過酸化水素水2mlを除々に加え、約300℃のホットプレートで加熱して、粉末試料を分解した。放冷後、更に過酸化水素水2mlを加え、上記と同様に加熱して分解した。この操作を少なくとも2回繰り返すことで粉末試料を完全に分解した。
【0043】
得られた溶液を室温まで冷却した後、容量100mlの全量フラスコに移し入れ、純水を加えて溶液量を100mlに合わせた。次いで、1mlのプッシュボタン式液体用微量体積計を用いて溶液の1mlを分取し、これを容量200ml全量フラスコに移し入れ、更に純水を加えて溶液量を200mlに定容とし、これを試料溶液とした。
【0044】
得られた試料溶液について、図2に示すイオンクロマトグラフ装置を用いてリチウムの測定を行った。実際に使用したイオンクロマトグラフ装置はDionex社製のICS−1000であり、その流路に流路切替バルブなどを配置して図2の装置を構成した。また、プレカラムはIonPacCG16、分離カラムはIonPacCS16、サプレッサはCMMSIII−4mmであり、いずれもDionex社製である。尚、上記サプレッサは膜透析型陰イオン交換サプレッサである。
【0045】
即ち、図2のイオンクロマトグラフ装置では、流路切替バルブ15として6方バルブを使用し、接続点4−5間はPEEK製チューブを接続してバイパスラインとした。また、移動相送液補助ポンプ14と流路切替バルブ15の間に、流路の空気抜きを目的として3方バルブからなる流路切替バルブ16を設置した。空気抜きの動作時は接続点2−3の点線で図示した流路に切り替え、測定時には接続点2−1の実線で図示した流路を使用した。尚、上記以外は図1の装置と同じであり、同じ部分には同じ符号を付してある。
【0046】
移動相には30mMメタンスルホン酸溶液を用い、移動相流量を1.0ml/minとした。サプレッサの再生液には80mM水酸化テトラメチルアンモニウム溶液を用い、再生液の制御圧力を5psiとした。試料溶液注入量50μl、カラム温度35℃、測定時間15minの条件にて、リチウム及び内標準元素としたカリウムのピーク面積比(リチウムピーク面積/カリウムピーク面積)を測定した。尚、リチウム濃度は、上記リチウムピーク面積/カリウムピーク面積の面積比で作成した検量線から算出した。また、検量線に使用したリチウム濃度は約0mg/kg、2mg/kg、4mg/kg、6mg/kgの4点とし、内標準元素のカリウムイオンは20mg/kgであった。
【0047】
上記した測定条件において、リチウム及びカリウムの保持時間は、リチウムが5.2min及びカリウムが13.3minであった。一方、試料溶液中に共存するニッケル及びコバルトの保持時間は、ニッケルが19.4min及びコバルトが18.6minであった。サプレッサ前段の移動相のpHは約1.5でありニッケル及びコバルトが沈殿する可能性はないが、サプレッサから流出した移動相のpHは約8.5と高くニッケル及びコバルトが沈殿するpHであるため、サプレッサ内の流路の閉塞を防止する目的で流路の切り替えを行った。
【0048】
即ち、リチウムを含むフラクションがサプレッサ6に導入されるまでの保持時間0〜16minの間は、流路切替バルブ15を接続点1−6、接続点2−3及び接続点4−5の実線で示した流路として測定を行った。その後、保持時間16〜22minの間は、流路切替バルブ15を切り替えて、接続点1−2、接続点3−4及び接続点5−6の点線で図示した流路とし、ニッケル及びコバルトが含まれるフランクションをドレン13に排出すると同時に、流路切替バルブ16の接続点2−1の流路で送液した移動相をサプレッサ6に導入した。保持時間22minの後は、再び流路切替バルブ15を実線で図示した流路に戻した。
【0049】
上記実施例1で得られたクロマトグラムの一例を図2に示す。ピーク1はリチウムのピークであり、ピーク2はカリウムのピークである。上記測定条件の下で同一試料を2ヶ月間に亘り80回連続して分解と測定を繰り返し、リチウムのピーク1と内標準元素であるカリウムのピーク2のピーク面積比に基づいて予め作成した検量線を用いて分析した結果、得られたリチウムの分析精度はRSDで0.16%と極めて高精度であった。
【0050】
[実施例2]
内標準元素として、上記実施例1のカリウムの代わりに、アンモニウム、メチルアミン、ジメチルアミン、エチルアミン、ジメチルアミン、エタノールアミン、及びジエタノールアミンを用いた以外、上記実施例1と同様にしてリチウムの測定を行った。また、移動相には40mMのメタンスルホン酸溶液を使用した。そのため、各元素の保持時間が上記実施例1よりもやや早くなり、それに合せて流路切替バルブ15、16の切り替えを行った。
【0051】
尚、それぞれの内標準元素の化合物には、塩化アンモニウム、塩酸メチルアミン、塩酸ジメチルアミン、塩酸エチルアミン、塩酸ジメチルアミン、エタノールアミン、及びジエタノールアミンを使用した。また、ぞれぞれの内標準元素濃度は20g/kg溶液とし、それぞれ10g秤量し、試料溶液を入れたビーカー内に添加混合した。
【0052】
その結果、得られたリチウムの分析精度は、内標準元素ごとにRSDで、アンモニウムでは0.15%、メチルアミンでは0.16%、ジメチルアミンでは0.15%、エチルアミンでは0.14%、ジエチルアミンでは0.18%、エタノールアミンでは0.17%、ジエタノールアミンでは0.15%であった。
【0053】
[比較例1]
内標準補正法を適用せずに、リチウムイオンを上記実施例1と同様にして測定した。即ち、内標準元素を含まない以外は上記実施例1と同じ試料溶液を、2ヶ月間に亘り80回連続して分解と測定を繰り返した結果、著しい精度低下を引き起こすことがあり、得られたリチウムの分析精度はRSDで0.50%と非常に悪かった。
【0054】
著しく精度低下を引き起こした溶液について、希釈操作のみを再度実施して測定したところ、正常な測定値に回復した。この結果から、精度低下を引き起こした原因は希釈操作によって生じた容量誤差であると推定されたが、内標準補正を行っていない場合は常に高精度な分析を実施することは困難であることが分った。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明方法の実施に用いるイオンクロマトグラフ装置の流路図である。
【図2】本発明方法の実施に用いる別のイオンクロマトグラフ装置の流路図である。
【図3】本発明の実施例1で得られたイオンクロマトグラムである。
【符号の説明】
【0056】
1 移動相タンク
2 移動相送液ポンプ
3 インジェクタ
4 プレカラム
5 分離カラム
6 サプレッサ
7 電気伝導度検出器
9 再生液タンク
10 再生液送液ポンプ
12、15、16 流路切替バルブ
14 移動相送液補助ポンプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
陽イオン交換樹脂を充填した分離カラム及び陰イオン交換性のサプレッサを装備したイオンクロマトグラフ装置を用い、移動相送液ポンプで移動相と共に送られる試料溶液中のリチウム濃度を検出する分析方法において、カリウム、アンモニウム及びアミン系化合物の少なくとも1種を内標準元素として測定することを特徴とするリチウムの高精度分析方法。
【請求項2】
前記アミン系化合物が、メチルアミン、ジメチルアミン、エチルアミン、ジエチルアミン、エタノールアミン及びジエタノールアミンのいずれか1種であることを特徴とする、請求項1に記載のリチウムの高精度分析方法。
【請求項3】
前記イオンクロマトグラフ装置の分離カラムとサプレッサの間に流路切替バルブを設け、試料溶液中の成分元素の保持時間に応じて流路切替バルブを切り替えることにより、リチウム及び内標準元素を含まないフラクションは系外に排出して、測定対象元素を含むフラクションのみをサプレッサ内に選択的に導入することを特徴とする、請求項1又は2に記載のリチウムの高精度分析方法。
【請求項4】
前記内標準元素を含む化合物の固体あるいは液体の一定量を、試料の分解前に添加するか、あるいは試料を分解し室温まで冷却した後直ちに添加することを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載のリチウムの高精度分析方法。
【請求項5】
前記内標準元素を含む化合物の液体の一定量、及び検量線に用いる標準試料の液体の一定量を、重量にて把握し添加することを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載のリチウムの高精度分析方法。
【請求項6】
前記試料溶液が、リチウム二次電池用正極材料を分解して溶液としたものであることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載のリチウムの高精度分析方法。
【請求項7】
前記試料溶液が、リチウム以外の元素として、アルミニウム、ニッケル、コバルト、マンガン、鉄の少なくとも1種を含むことを特徴とする、請求項1〜6のいずれかに記載の陽イオンの高精度分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−25791(P2010−25791A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−188251(P2008−188251)
【出願日】平成20年7月22日(2008.7.22)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)