説明

イオン液体を用いたウランの溶解分離方法、及びそれを用いたウランの回収方法

【課題】放射性廃棄物を非放射性化し、資材の有効活用を図ると共に放射性廃棄物の減容に寄与し、更には処理使用剤による二次的な環境負荷の低減を図る。
【解決手段】ウランまたはウラン化合物が付着している放射性廃棄物の部材を、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム塩化物または尿素・塩化コリン化合物のイオン液体に接触させ、実質的にウランのみを前記イオン液体に溶解分離させる。溶解分離されたウランは、電解還元法などにより回収される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子炉施設、核燃料施設等から出てくる放射性ウランの処理技術に関するものであり、特に、放射線ウランをイオン液体を用いて溶解分離させる方法及び溶解分離した放射性ウランを回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、放射性物質による表面汚染物を硝酸のような強酸溶液により溶解し、除染する技術が知られている(例えば、特許文献1を参照)。また、IF7又はCIF3のフッ素化合物ガスにより付着ウランの気化除染を行う技術が知られている(それぞれ非特許文献1及び2を参照)。強酸溶液により溶解除染する方法では、除染後の酸廃液の処理において二次廃棄物が大量に発生するという問題がある。また、フッ素化合物ガスによる除染方法は、ガスの化学的危険性が高いなどの問題がある。さらにまた、使用済ウラン吸着剤からのウラン回収では、フッ化ナトリウムを約600℃〜1350℃に加熱して溶融塩とし、ウランを回収する技術が知られている(特許文献2を参照)。しかし、これも高温加熱による電極、機器ヘの負担が大きく、安全面や加熱によるエネルギー消費が大きいという問題がある。
【0003】
イオン液体を使用する例としては、「尿素・塩化コリン」を含むイオン液体を電解質又は溶媒に利用する技術が知られている(特許文献3を参照)。また、溶媒としてのイオン液体の使用方法特許として、イオン液体中に硝酸イオンを含み、また、硝酸アニオンと結合したイミダゾリウム系イオン液体によって、酸化物核燃料(UO2PuO2)を溶解する技術が知られている(特許文献4を参照)。前者は、尿素・塩化コリンのイオン性化合物を単に電解質または溶媒として使用しているに過ぎない。また、後者は、イミダゾリウム系のイオン液体を用いているものの、硝酸イオンを含むイミダゾリウム系では、酸化する反応能力を増強するため、イオン液体にHN03、H2S04または[NO][BF4]などの化合物を混合している。
【特許文献1】特開平10‐186090
【特許文献2】特開平10‐81989
【特許文献3】特開2004‐509945
【特許文献4】特開2000‐515971
【非特許文献1】サイクル機構技報26号(2005)
【非特許文献2】日本原子力学会和文論文誌、Vol.5,No.1,p25-33(2006)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
原子炉施設及び核燃料施設からは、放射性物質により汚染された鋼材、廃油及びケミカルトラップ剤等、除染が困難な汚染廃棄物が大量に発生している。また、今後の核燃料施設等の廃止措置事業において、これらの汚染廃棄物を効率的に、合理的に処理する必要がある。それには、廃棄物の除染を徹底し、非放射性部材化した後、それらの資材の有効活用を図ると共に放射性廃棄物の減容に寄与し、更には処理使用剤による二次的な環境負荷の低減を図ることが大きな課題になっている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上述の課題に対して、本発明者等は、常温あるいは100℃以下で液体、不揮発性、不燃性であり、しかも高耐熱性、高耐放射線性があり劣化が少なく高イオン伝導性でリサイクル使用が容易なイオンのみから成る有機塩であるイオン液体が、放射性廃棄物の除染・回収材料に使用できることを確認した。
【0006】
核燃料取扱施設及び原子炉施設等で直接ウラン等の放射性物質と接触する配管、塔槽類及び工程機器等の内外表面放射性汚染物をBMICl(1‐Butyl‐3‐methylimidazolium chloride:1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム塩化物)のイオン液体と接触させることにより、主に表面汚染物のみをイオン液体中に溶解させ、すなわち、放射性汚染物のみを除染することができることがわかった。この方法では、解体・撤去時の放射性解体物及び汚染物の大部分をクリアランスし、非放射性の廃棄物として取り扱うことができる。また、溶解したウランを回収し、再利用することもできる。
【0007】
また、使用済ウラン吸着剤及び使用済流動媒体中にはウランが含まれており、(例えばNaFならば重量比率で20‐30%)そのまま処分する場合には余裕深度処分による等、環境負荷や処分コストが大きいと危瞑される。そこでできるだけウランを除去することが求められている。イオン液体のBMICl、尿素・塩化コリン等を用いれば、主成分のNaF等はそのままにして、吸着しているウランのみを主にイオン液体に溶解除去できることがわかった。この方法では、ウラン系廃棄物の処分負担を大幅に軽減することができ、溶解したウランは電解等の方法で回収し、再利用することができる。
【0008】
本発明の一つの観点にかかる放射性ウランの溶解分離方法は、ウランまたはウラン化合物が付着している部材をイオン液体に接触させ、実質的にウランのみを前記イオン液体に溶解分離させている。これにより、放射性廃棄物を除染することができる。
【0009】
また、本発明の別の観点にかかる放射性ウランの回収方法は、ウランまたはウラン化合物が付着している部材をイオン液体に接触させ、実質的にウランのみを前記イオン液体に溶解させた後、ウランを逆抽出することによってウランを回収するものである。逆抽出の方法としては、よく知られている電解還元法や、溶媒抽出法が効果的である。
【発明の効果】
【0010】
塩化物イオンをアニオンとしたイミダゾリウム系イオン液体であるBMICl(1‐Butyl‐3‐methylimidazolium chloride:1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム塩化物)は大気中、 100℃ 以下の容易な条件で、かつイオン液体単独で、ウランや、4価及び6価のウランフッ化物を実用的に溶解し、汚染部分を除去することができる。また、HSCNをアニオンとするイオン液体TPAT(Tetrapentylammonium thiocyanate:テトラペンチルアンモニウム チオシアネート)は疎水性のイオン液体であり、疎水性のイオン液体にウラン化合物を加熱のみで直接溶解した例はなく、この場合、溶媒抽出及び電解還元によるウランの回収が容易であるという利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明にかかる「ウランの溶解分離方法」の基本的フローは次の通りである。すなわち、放射性汚染部材の断片、配管等の切断配管、使用済みウラン吸着剤、流動媒体等をそのままイオン液体(表1を用いて後述)槽に浸漬し、12〜500℃程度、より好ましくは12〜200℃程度に加温し、実質的に放射性汚染物であるウランまたはウラン化合物のみをイオン液体に溶解させ、部材表面及び吸着剤から放射性物質を分離させる。これによって、放射性廃棄物の除染が行われる。
【0012】
イオン液体に溶解させられたウラン等の放射性物質は、必要により、電解還元、溶媒抽出または超臨界流体との反応等により、イオン液体から逆抽出され、回収される。ウラン等を回収した後のイオン液体は再び放射性汚染部材の除染に供される。ウランまたはウラン化合物の溶解分離に有効なイオン液体について以下に説明する。
【0013】
ウラン汚染物溶解試験に使用したイオン液体の物性を表1に示す。
【0014】
【表1】

【実験例1】
【0015】
次にウランフッ化物(主にUF4)で表面が汚染された金属鋼材(直径 27mm× 厚さ65mmの円形片及び直径28mm×厚さ6.5mmの円形片を1/4に切断した扇形片)、SUS材(直径34mm× 厚さ0.5mmの円形片)及びアルミニウム材(17mm× 17mmの四角片)を対象として、80℃及び100℃に加熱したイオン液体であるBMIClを用い、除染した結果の例を表2に示す。
【0016】
【表2】

【0017】
表2において、各*1乃至*7の意味は次の通りである。
*1 鋼材A、SUS材、アルミ材については、イオン液体BNIIC12.5mlにウラン汚染金属片を浸漬し、大気中、100℃に加熱して1.5時間後に取り出し、エタノール超音波洗浄した後、金属片の表面汚染密度(α)及びウラン汚染濃度(α)の計測を行った。
鋼材BについてはBMIClを大気中80℃に加熱し、浸漬のみを5時間実施した。
*2 除染率(%)= {〔処理前表面汚染密度(Bq/cm2)一処理後表面汚染密度(Bq/cm2)〕/処理前表面汚染密度(Bq/cm2)}× 100
*3 部材に含まれるウラン量を部材の重量で除した値。現在まだ日本のウラン系施設のクリアランスレベルが確定されていないが、最も厳しいレベルの場合は、0.lBq/gが設定されると考えられる。
*4 直径27mm、厚さ 6.5mmの円形
*5 直径28mm×厚さ6.5mmの円形片を1/4に切断した扇形片
*6 直径34mm、厚さ 0.5mmの円形
*7 1.7mm×1.7mm、厚さ0.5mmの四角片
【0018】
鋼材及びSUS材の除染では、処理前と処理後の表面汚染密度の比較で、約99%の高い効率で除染されている、すなわち、これらの部材に付着した放射性ウランがイオン液体BMIClによって分離溶解されていることがわかる。これらの結果により、80℃以上に加温したイオン液体BMIClを用いることにより、多様な放射性汚染物の除染が可能であり、しかもクリアランスレベル以下(現在まだそのレベルが確定されていないが、ウランについて最も厳しいレベルと考えられる場合の0.lBq/gを想定しても)に除染できる可能性が高い。また、ウランフッ化物が付着していない未使用の鋼材、ステンレス材を同様の条件でBMIClに溶解する試験を行ったところ、全く溶解しなかった。このことから、BMIClはウランフッ化物及び鋼材のウランフッ化物と反応した部分のみを溶解する。無機酸による除染が鉄鋼材の未汚染の部分も同時に溶解してしまうことと比較すると、BMIClはウランフッ化物で汚染された部分のみを選択的に溶解するため、2次廃棄物発生量が少なく、より効率的な除染効果が期待できる。
【実験例2】
【0019】
表3に、六フッ化ウランを吸着させた使用済NaF中のウランをイオン液体により溶解・除染させる実験例を示す。
【0020】
【表3】

【0021】
表3において、各アスタリスクの意味は次の通りである。
*1:使用済NaF中のウラン含有量=0.23gU/gNaF、化学形態=Na3U02F5
*2:U溶解率=〔ILに溶解したU量(g)/使用済みNaFに含まれるU量(g)〕×100
*3:Na溶解率=〔ILに溶解したNa量(g)/使用済みNaFに含まれるNa量(g)〕×100
【0022】
表3から以下のことが分かる。100℃加熱のイオン液体、BMICl 4.2gで0.lgNaFを溶解した場合、溶解効率は、約86%であった。また、尿素―塩化コリンのイオン液体4.2gで0.lgのNaFを溶解した場合、ウランの溶解率は64%であった。TPATはイオン液体1.3gにNaF 0.25g を溶解したところ、IL中にウランが9.6g/IL‐kg溶解し、溶解効率は18%であった。また、Naの溶解率はBMICl、尿素―塩化コリン、TPATでそれぞれ5.6%、4.6%、0,045%であり、Naはほとんど溶解していないことがわかる。これらの結果は、溶解条件を最適にすれば、使用済NaFからのウランの選択的な回収をさらに一層高い回収率で実施でき、放射性廃棄物を現時点以上に大幅に低減できる可能性を示している。
【実験例3】
【0023】
次に、UF4をイオン液体に溶解する実験例を表4に示す。
【0024】
【表4】

【0025】
表4において、*1の意味は次の通りである。
*1:U溶解率=〔ILに溶解したU量(g)/UF4に含まれるU量(g) ×100
【0026】
この結果、UF4溶解では、BMIClが最も溶解効率が高く、その溶解率は100%であった。一方、尿素・塩化コリンでは、溶解率が37%であった。また、EMIBrの溶解率は14%であり、BMIClより溶解性は低い。また、TPATもUF4を溶解し、溶解率は27%であつた。
【実験例4】
【0027】
次に、UO2F2を100℃のBMIClに溶解する実験例を表5に示す。
【0028】
【表5】

【0029】
表5において、*1の意味は次の通りである。
*1:U溶解率=〔ILに溶解したU量(g)/ UO2F2に含まれるU量(g)〕×100
この結果、UO2F2もBMIC1で溶解可能であることが判った。
これらの結果から、ウラン表面汚染部材の除染・クリアランス化及び使用済NaF中の吸着ウランの溶解・回収には、特にBMICl、尿素・塩化コリン等が最適なイオン液体であることが判った。
【0030】
このように、イオン液体中に溶解・回収されたウランは、次の工程として電解還元法や溶媒抽出法、超臨界流体との反応、もしくはイオン液体の加熱分解により、ウランが回収される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウランまたはウラン化合物が付着している部材をイオン液体に接触させ、実質的にウランのみを前記イオン液体に溶解分離させる放射性ウランの溶解分離方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法において、前記ウランが付着している部材が、放射性ウラン廃棄物、放射性ウラン汚染物、放射性ウランを含む使用済吸着剤(NaF)若しくは使用済み流動媒体(A12O3)、放射性ウランを含む硫酸カルシウム殿物であることを特徴とする放射性ウランの溶解分離方法。
【請求項3】
請求項1に記載の方法において、前記ウラン化合物が、UF4、Na3U02F5、U02F2 及びその他のウラン化合物を含んでいることを特徴とする放射性ウランの溶解分離方法。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかに記載の方法において、前記イオン液体が、BMICl(1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム塩化物)、または水素結合に水素原子を供与する能力を有する化合物と塩化コリンとで構成された化合物であることを特徴とする放射性ウランの溶解分離方法。
【請求項5】
請求項4に記載の方法において、前記溶解反応が12℃〜500℃で行われることを特徴とする放射性ウランの溶解分離方法。
【請求項6】
請求項5に記載の方法において、前記溶解反応の温度範囲が12℃〜200℃であることを特徴とする放射性ウランの溶解分離方法。
【請求項7】
ウランまたはウラン化合物が付着している部材をイオン液体に接触させ、実質的にウランのみを前記イオン液体に溶解させた後、ウランを逆抽出することによって回収することを特徴とするウランの回収方法。
【請求項8】
請求項7に記載の方法において、前記イオン液体が、BMICl(1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム塩化物)または水素結合に水素原子を供与する能力を有する化合物と塩化コリンとで構成された化合物であることを特徴とするウランの回収方法。
【請求項9】
請求項7に記載の方法において、前記イオン液体が、TPAT(テトラペンチルアンモニウム チオシアネート)であることを特徴とするウランの回収方法。
【請求項10】
請求項7乃至9のいずれかに記載の方法において、前記ウランの逆抽出を電解還元または溶媒溶出法によって行うことを特徴とするウランの回収方法。
【請求項11】
請求項8に記載の方法において、前記溶解反応が12℃〜500℃で行われることを特徴とする放射性ウランの回収方法。
【請求項12】
請求項11に記載の方法において、前記溶解反応の温度範囲が12℃〜200℃であることを特徴とする放射性ウランの溶解分離方法。

【公開番号】特開2009−36617(P2009−36617A)
【公開日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−200772(P2007−200772)
【出願日】平成19年8月1日(2007.8.1)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)