説明

イオン液体親和性ペプチド及びその利用

【課題】新規なイオン液体親和化剤及びその利用を提供する。
【解決手段】(a)第1のアミノ酸残基;セリン及びリジンから選択される1種又は2種以上のアミノ酸残基:(b)第2のアミノ酸残基;トリプトファン、チロシン及びフェニルアラニンから選択される1種又は2種以上のアミノ酸残基、とをそれぞれ備えるペプチド鎖を含むペプチドである、イオン液体親和化剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン液体親和性ペプチド及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン液体は、その特性を種々に設計でき、多様な溶解性を備えていることが知られている。こうしたことから、イオン液体には、種々の用途が検討されている。なかでも、近年、例えば、タンパク質などの各種材料の反応溶媒等としても着目されるようになってきている。タンパク質は、基本的に水以外の液体に対して不溶性である。他の溶媒に溶ける場合もあるが、その場合には、タンパク質が変性してしまう。そのため、タンパク質は、水でないイオン液体に溶解することはできないと考えられている。そこで、タンパク質のアミノ基にポリエチレンオキシド(PEO)などのポリアルキレンオキシド鎖を導入して化学的に修飾することで、イオン液体への溶解性を付与する試みがある(特許文献1)。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】実施例試料1〜7のペプチドの分配状態を示す図である。
【図2】実施例試料8〜17のペプチドの分配状態を示す図である。
【図3】比較例試料1〜4のペプチドの分配状態を示す図である。
【図4】比較例試料5〜11のペプチドの分配状態を示す図である。
【図5】融合タンパク質を生産するためのDNAコンストラクトの構成を示す図である。
【図6】融合タンパク質の分配状態を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明は、新規なイオン液体親和化剤として機能するペプチド及びその利用に関する。本発明者らによれば、特定のアミノ酸残基、すなわち、セリン及びリジンから選択される第1のアミノ酸残基及びトリプトファン、チロシン及びフェニルアラニンから選択される第2のアミノ酸残基が、これらを含むペプチドの溶解性に寄与することを見出した。すなわち、本発明は、所望の物質をイオン液体に親和化するのにあたっての第1のアミノ酸残基及び第2のアミノ酸残基の利用に関している。
【0019】
本発明の一つの形態は、第1のアミノ酸残基及び第2のアミノ酸残基をそれぞれ備える、それぞれ備えるペプチドのイオン液体親和化剤としての利用である。本発明によれば、こうしたアミノ酸残基を備えることで、それ自体をイオン液体に親和化することができる。推論であって本発明を拘束するものではないが、第1のアミノ酸残基は、固有の水酸基又はアミノ基の水素がイオン液体中のアニオンと相互作用し、第2のアミノ酸残基は、固有の側鎖がイオン液体中の疎水部分と相互作用するものと推測される。
【0020】
なお、本発明において、イオン液体親和化剤とは、イオン液体への分散性及び/又は溶解性を向上させるか又はイオン液体と水などの水性媒体への界面への局在を促進する剤を意味している。また、イオン液体親和性ペプチドとは、それ自体がイオン液体への分散性及び/又は溶解性を備えるか又はイオン液体と水などの水性媒体との界面への局在性を備えるペプチドを意味している。
【0021】
以下、本発明の各種実施形態について詳細に説明する。これらの各種実施形態について詳細に説明する。
【0022】
(イオン液体親和化剤)
本発明のイオン液体親和化剤は、イオン液体に所望の物質を親和化することができる。イオン液体としては、疎水性イオン液体であることが好ましい。本発明において疎水性イオン液体とは、大気条件で水と混和しにくく2相分離状態を形成するイオン液体を意味する。なお、大気条件で常時水と2相分離状態を形成している必要はなく、一定温度条件下等で水と2相分離状態を形成するイオン液体であってもよい。
【0023】
疎水性イオン液体としては、特に限定されないが、例えば、カチオン種として、例えばアルキル置換イミダゾリウム塩、アルキル置換ピリジニウム塩、第四級アンモニウム塩、第四級ホスホニウム塩、第三級スルホニウム塩等が挙げられ、本発明の疎水性イオン液体としては、アルキル置換イミダゾリウム塩、アルキル置換ピリジニウム塩、第四級アンモニウム塩及び第四級ホスホニウム塩が好ましく、なかでもアルキル置換イミダゾリウム塩及び第四級ホスホニウム塩が好ましい。
【0024】
疎水性イオン液体のカチオン種としては、イミダゾール環の2つの窒素原子が同一又は相異なるアルキル基と結合したイミダゾリウムカチオン、ピリジン環上の窒素原子がアルキル基と結合したピリジニウムカチオン、同一または相異なる4つのアルキル基が窒素原子に結合したアンモニウムカチオン、同一または相異なる4つのアルキル基がリン原子に結合したホスホニウムカチオン、同一または相異なる3つのアルキル基がイオウ原子に結合したスルホニウムカチオンなどが挙げられる。本発明のイオン液体として好ましいカチオン種としては、イミダゾール環の2つの窒素原子が、同一又は相異なるアルキル基と結合したイミダゾリウムカチオン、ピリジン環上の窒素原子がアルキル基と結合したピリジニウムカチオン、同一または相異なる4つのアルキル基が窒素原子に結合したアンモニウムカチオンなどが挙げられ、より好ましいカチオン種としては、イミダゾール環の2つの窒素原子が、同一又は相異なるアルキル基と結合したイミダゾリウムカチオンが挙げられる。なお、これらのカチオン種におけるアルキル基としては、炭素数1〜12の直鎖状又は分岐状のアルキル基、好ましくは1〜10の直鎖状のアルキル基が挙げられる。具体的には、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、n−ブチル基、n−ペンチル基、n−ヘキシル基、n−ヘプチル基、n−オクチル基、n−デシル基などが挙げられる。
【0025】
疎水性イオン液体のアニオン種としては、例えば、ビス(トリフルオロメタン)スルホンイミドアニオンなどのビス(パーフルオロアルカン)スルホンイミドアニオン、ヘキサフルオロアンチモネートアニオン、ヘキサフルオロホスフェートアニオン、テトラフルオロボレートアニオン、塩素アニオン、臭素アニオン、ヨウ素アニオン、アルカンスルホネートアニオン、パーフルオロアルカンスルホネートアニオンなどが挙げられる。
【0026】
疎水性イオン液体は、これらのアニオン種と前記したカチオン種を適宜組み合わせてなるものである。例えば、イミダゾリウムヘキサフルオロアンチモネート、イミダゾリウムヘキサフルオロホスフェート、イミダゾリウムテトラフルオロボレート、塩化イミダゾリウム、臭化イミダゾリウム、ヨウ化イミダゾリウム、イミダゾリウムアルカンスルホネート;ピリジニウムヘキサフルオロアンチモネート、ピリジニウムヘキサフルオロホスフェート、ピリジニウムテトラフルオロボレート、塩化ピリジニウム、臭化ピリジニウム、ヨウ化ピリジニウム、ピリジニウムアルカンスルホネート;アンモニウムヘキサフルオロアンチモネート、アンモニウムヘキサフルオロホスフェート、アンモニウムテトラフルオロボレート、塩化アンモニウム、臭化アンモニウム、ヨウ化アンモニウム、アンモニウムアルカンスルホネート;ホスホニウムヘキサフルオロアンチモネート、ホスホニウムヘキサフルオロホスフェート、ホスホニウムテトラフルオロボレート、塩化ホスホニウム、臭化ホスホニウム、ヨウ化ホスホニウム、ホスホニウムアルカンスルホネートなどが挙げられる。
【0027】
なお、本発明の前記してきたイオン液体は、公知の方法により製造することもできるし、商業的にも入手が可能である。
【0028】
本発明のイオン液体親和化剤は、第1のアミノ酸残基;セリン及びリジンから選択される1種又は2種以上のアミノ酸残基及び第2のアミノ酸残基;トリプトファン、チロシン及びフェニルアラニンから選択される1種又は2種以上のアミノ酸残基と、をそれぞれ備えているペプチドを含むことができる。
【0029】
イオン液体親和化剤であるペプチド(本ペプチドという。)は、第1のアミノ酸残基を1残基以上を備えていればよいが、第1のアミノ酸残基は2残基以上連続して備えることが好ましい。より好ましくは3残基以上を連続して備える。上限は特に限定しないが6残基以下であることが好ましい。以下、これらのアミノ酸残基が連続する部分をブロックともいう。
【0030】
また、第2のアミノ酸残基を2残基以上連続して備えることも好ましい。より好ましくは3残基以上であり、又は4残基以上である。上限は特に限定しないが、6残基以下程度である。
【0031】
本ペプチドは、そのアミノ酸配列において、第1のアミノ酸残基が2残基以上連続するブロック(配列部分)と第2のアミノ酸残基が2残基以上連続するブロック(配列部分)とをそれぞれ1個以上備えることが好ましい。これらのブロック間に他のアミノ酸残基が挿入されることを排除するものではないが、これらのブロックが直接的に交互に又は第1のアミノ酸残基及び/又は第2のアミノ酸残基を介して連続していることが好ましい。
【0032】
また、1残基の第1のアミノ酸残基に対して第2のアミノ酸残基が2個以上連続するブロック(配列部分)を備えていてもよい。こうした第1のアミノ酸残基と第2のアミノ酸残基の葉ブロックが直接的に交互に又は第1のアミノ酸残基及び/又は第2のアミノ酸残基を介して連続していることが好ましい。
【0033】
特に、本ペプチドにおいては、第1のアミノ酸残基ブロック及び第1のアミノ酸残基ブロックをそれぞれ末端に備えていることが好ましい。例えば、第1のアミノ酸残基ブロックN末端に備え、第2のアミノ酸残基ブロックをC末端に備えることもできるし、第1のアミノ酸残基ブロックをC末端に備え、第2のアミノ酸残基ブロックをN末端に備えることもできる。なお、第1のアミノ酸残基ブロックからなるN末端及びC末端が本発明のイオン液体親和化剤の第1の末端部分に対応し、第2のアミノ酸残基ブロックからなるN末端及びC末端が本発明のイオン液体親和化剤における第2の末端部分に対応している。
【0034】
本ペプチドは、イオン液体親和性を発揮している限り、第1のアミノ酸残基及び第2のアミノ酸残基以外のアミノ酸残基を備えていてもよい。例えば、第1の末端部分と第2の末端部分を備える本ペプチドにおいて、このペプチドの末端以外の部分において他のペプチド種を備えていてもよい。このようなペプチド種は、特に限定されないが、後述するスクリーニング方法やペプチドの設計プログラム等に基づいて選択することができる。
【0035】
本ペプチドは、好ましくは、第1のアミノ酸残基と第2のアミノ酸残基とからなる。第1のアミノ酸残基と第2のアミノ酸残基の組おあわせは特に限定しないが、例えば、以下の組み合わせが好適なものとして例示される。
【0036】
第1のアミノ酸残基 第2のアミノ酸残基
セリン トリプトファン
セリン チロシン
セリン フェニルアラニン
リジン トリプトファン
【0037】
なお、セリン及びリジン、特にセリンは、立体障害性の小さいアミノ酸残基であるため、比較的立体障害性の大きい第2のアミノ酸残基ブロック間に1残基単位で挿入されていることも好ましい。また、第2のアミノ酸残基ブロック間には、このほか、グリシン、アラニン及びアスパラギン酸などが1残基単位で挿入されていてもよい。
【0038】
本ペプチドにおいて第1のアミノ酸残基は全体として3残基以上、好ましくは4残基以上含まれていることが好ましい。また、第2のアミノ酸残基は全体として4残基以上、好ましくは5残基以上含まれていることが好ましい。本ペプチドの全体のアミノ酸残基数は特に限定されないが、好ましくは、7個以上であり、より好ましくは8個以上である。7個未満であると、水との2相界面にも局在されにくくなる傾向があるからである。さらに好ましくは9個以上である。9個未満であると、疎水性イオン液体への親和性を確保しにくくなるからである。また、上限は好ましくは13残基以下である。13残基を超えると、疎水性イオン液体への溶解性も低下するからである。より好ましくは、9個以上12個以下であり、さらに好ましくは、10個以上11個以下程度である。
【0039】
本ペプチドは、配列番号1〜17及び29で表されるいずれかのアミノ酸配列からなることができる。また、本ペプチドは、配列番号1〜17及び29で表されるアミノ酸配列に対して1又は数個のアミノ酸の置換、欠失、付加及び挿入の1種又は2種以上を有するアミノ酸配列であってもよい。本ペプチドが有することができる(又はそれのみからなる)アミノ酸配列は、好ましくは配列番号1〜15で表されるアミノ酸配列である。より好ましくは、配列番号1、2、8、11及び12である。一層好ましくは配列番号1、2、11及び12である。
【0040】
配列番号1〜17及び29で表されるアミノ酸配列に対して置換、欠失、付加及び挿入されるアミノ酸残基は、セリン(S)、リジン(K)、トリプトファン(W)、チロシン(Y)及びフェニルアラニン(F)からなる群から選択される1種又は2種以上とすることが好ましい。これらアミノ酸残基は、いずれも、ペプチドの疎水性イオン液体への親和性に関する寄与があることがわかったからである。
【0041】
配列番号1〜17及び29表されるアミノ酸配列における各種改変は、既に説明した本ペプチドとして好ましいアミノ酸残基の組成及び配列の態様の範囲内で行うことが好ましい。配列番号1〜10で表されるアミノ酸配列についての好ましい改変例としては、例えば、配列番号1、3〜7、9及び10のアミノ酸残基で表されるアミノ酸配列中のセリン(S)の1個又は2個以上がリジンで置換される態様が挙げられる。また、配列番号1、3〜8で表されるアミノ酸配列中のトリプトファン(W)の1個又は2個以上がチロシン(Y)及びフェニルアラニン(F)で置換される態様が挙げられる。
【0042】
本発明の各種態様のペプチドは、公知の方法で取得することができる。例えば、ペプチド固相合成法などの化学合成法により得ることができるほか、こうしたペプチドをコードする化学合成等により取得するとともに、発現ベクター等に組み込んで大腸菌等を形質転換して生産させたり、無細胞合成系を利用して合成することもできる。
【0043】
本ペプチドが、イオン液体親和化活性を有しているか否かは、例えば、以下の方法で確認することができる。すなわち、水と混和しない所定量の疎水性イオン液体に対して、所定量の本ペプチドを添加して溶解又は分散させ、その後、所定量の水などの水性媒体(好ましくは水又は緩衝液)を混合して、所定条件で混合攪拌し、一定時間静置した後、混合液を観察して溶解又は分散程度又は2相界面への局在を目視等で確認する。
【0044】
本ペプチドは、それ自体が疎水性イオン液体に溶解し又は水性媒体と疎水性イオン液体との界面に局在するため、所望の物質を本ペプチドで修飾することにより所望の物質の疎水性イオン液体への親和性を高めることができる。
【0045】
(融合タンパク質)
本発明の融合タンパク質は、1種又は2種以上の所望のペプチド鎖と、本ペプチドのペプチド鎖と、を備えることができる。本発明の融合タンパク質は、本ペプチドのペプチド鎖をその一部に備えるため、所望のペプチドに対して疎水性イオン液体への親和性を付与し又はその親和性を向上させることができる。なお、ここで本ペプチドは、上記した各種全ての実施態様を含むものである。
【0046】
本融合タンパク質における所望のペプチドとしては特に限定されない。アミノ酸残基が10個以下程度のペプチドであってもよいし、数十から数百のペプチドであってもよい。こうしたペプチドとしては、典型的には、疎水性イオン液体を反応場とすることが有利な酵素を含む各種タンパク質が挙げられる。
【0047】
本融合タンパク質における、所望のペプチドのペプチド鎖に対する本ペプチドのペプチド鎖の連結形態は、所望のペプチド鎖に対するイオン液体への親和性付与が可能である限り、特に限定されない。連結形態としては、例えば、所望のペプチドのN末端及び/又はC末端に付与することが挙げられる。いずれの末端に連結するかは、所望のペプチドの機能やイオン液体への親和性付与程度によって適宜決定される。所望のペプチド鎖のN末端及びC末端の双方に付与されてもよい。また、所望のペプチドのペプチド鎖に対して、本ペプチド鎖は、かならずしも直接結合されていなくてもよい。例えば、適当なリンカーを介して結合されていてもよい。このようなリンカーとしては、例えば、公知の各種ペプチド又はその誘導体を用いることができる。
【0048】
本融合タンパク質は、従来とは異なりペプチド鎖によりイオン液体への親和性が付与又は増強されているため、化学的な修飾によらず遺伝子工学的な手法により一挙に取得することができる。また、ペプチド鎖による修飾によるため、所望のペプチドの本来の機能を損なわないでイオン液体への親和性を付与等することができる。さらに、ペプチド鎖による修飾のため、所望のペプチド鎖のN末端及びC末端などの末端部分への選択的修飾が可能である点も有利である。
【0049】
このような融合タンパク質は、ペプチド鎖の長さにもよるが、化学合成又は遺伝子工学的に合成することができる。遺伝子工学的手法については、例えば、融合タンパク質をコード化したDNAを発現ベクター等を用いて大腸菌などの宿主に導入し形質転換して当該形質転換体を培養することにより製造してもよい。また、無細胞合成系等により合成する手法が挙げられる。このような人工的なタンパク質の合成手法は当業者において周知であるほか、Molecular Cloning: A laboratory Mannual, 3nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY.,2001(以下、モレキュラークローニング第3版と略す)又は、Current Protocols in Molecular Biology, Supplement 1〜38, John Wiley & Sons (1987-1997)(以下、カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジーと略す)を適宜参照して合成することができる。
【0050】
(発現用コンストラクト)
本発明の発現用コンストラクトは、本発明の融合タンパク質のアミノ酸配列をコードするDNAを含むことができる。本発明の発現用コンストラクトによれば、本発明の融合タンパク質を効率的に大量生産することができる。また、発明の発現用コンストラクトは、イオン液体親和化剤を生産するための発現用コンストラクトの形態とすることもできる。すなわち、本ペプチドをコードするDNAを含む、DNAコンストラクトとすることができる。なお、ここで本ペプチドは、上記した各種全ての実施態様を含むものである。この形態の発現用コンストラクトによれば、本ペプチドを効率的に大量生産することができる。このため、このペプチドを他のキャリアに担持させる場合に有利である。
【0051】
発現用コンストラクトは、通常、宿主で作動可能なプロモーターほか、ターミネーターやエンハンサー等、宿主に応じて適切な発現用のコンポーネントを含むことができる。また、形質転換体を選択するためのマーカー遺伝子を含めることができる。さらに、宿主染色体に対する導入形態を採用する場合には、宿主染色体への相同組換えを可能とする相同領域を備えることができる。その他、発現形態に応じて適切なコンポーネントを備えることができる。発現用コンストラクトの形態は特に限定しないで、その利用形態、すなわち、遺伝子導入手法及び遺伝子に応じた形態を採ることができる。このようなコンストラクトの構築は当業者に周知であるほか、モレキュラークローニング第3版と略すカレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジーを適宜参照して作製することができる。
【0052】
(イオン液体親和性材料)
本発明のイオン液体親和材料は、担体と、前記担体表面に保持された本ペプチドのペプチド鎖と、を備えることができる。本発明のイオン液体親和性材料によれば、本ペプチドのペプチド鎖により担体に対して疎水性イオン液体への親和性が付与又は増強されている。このため、担体自体及び担体にさらに別途担持された物質を、疎水性液体中に分散させ又は水性媒体との2相界面に局在させることができる。このようなイオン液体親和性材料は、疎水性イオン液体を反応場とする各種反応に有利である。
【0053】
このような担体としては、好ましくは固相担体である。固相担体としては、金属、プラスチックなどの天然又は人工高分子材料などの有機材料、セラミックスやガラスなどの無機材料、及びこれらの複合材料が挙げられる。担体の形態は特に限定しないで、球状、ファイバー状、シート状、不定形状等が挙げられる。好ましくは、金粒子を用いることができる。金粒子は、当該表面において特有の活性を有しており、種々の反応担体及び生体材料の担持体に利用することができる。担体への本ペプチドのペプチド鎖の担持形態は特に限定されないで、公知のペプチドの固相担体への固定化手法を適宜を採用できる。
【0054】
(所望の物質のイオン液体への親和性を増大させる方法)
本発明の所望の物質のイオン液体への親和性を増大させる方法は、疎水性イオン液体中あるいは疎水性イオン液体と水性媒体との2相界面に接して、所望の物質とともに本発明のイオン液体親和性ペプチドとを共存させることを特徴とすることができる。本発明の方法によれば、ペプチドにより疎水性イオン液体への親和性を増大できる。すなわち、よりタンパク質などの生体材料に好適であり、より合成が容易である。なお、所望の物質と本ペプチドとの共存形態は特に限定されない。所望の物質がタンパク質のときにはペプチド結合等により、また、他の共有結合を介して導入されていてもよいし、本ペプチドを金粒子などの担体に担持させるとともに所望の物質を同担体に担持させるようにしてもよい。
【0055】
(イオン液体親和性ペプチドの探索方法)
本発明のイオン液体親和性ペプチドの探索方法は、少なくとも、以下のアミノ酸残基(a)及び(b):(a)第1のアミノ酸残基;セリン及びリジンから選択される1種又は2種以上のアミノ酸残基、及び(b)第2のアミノ酸残基;トリプトファン、チロシン及びフェニルアラニンから選択される1種又は2種以上のアミノ酸残基をそれぞれ備える被験ペプチドを準備する工程と、前記被験ペプチドのイオン液体への親和性を評価する工程と、を備えることができる。本発明の探索方法によれば、上記アミノ酸残基を各種組み合わせてより疎水性イオン液体への親和性付与又は増強の程度をより高めたり、あるいは生体材料の活性への悪影響を低下させるなど、より好ましい特性を発揮できるイオン液体親和性ペプチドを得ることができる。
【0056】
被験ペプチドは、既に説明した本ペプチドの取得方法に順じて取得できる。また、イオン液体親和性も、既に説明した方法により確認できる。
【実施例】
【0057】
以下、本発明を、実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0058】
以下の表に示す各種ペプチド(実施例試料1〜17、比較例試料1〜11)を合成し、フルオレセインでラベルした。このラベル化ペプチド約0.1gを採取し、以下のイオン液体70μlにそれぞれ溶解させ、その後、210μlの蒸留水を加えてよく攪拌した。その後、遮光して約16時間静置した。その後、液を目視で観察するとともに写真撮影を行った。結果を表2及び図1〜図4に示す。
【0059】
【表1】

【0060】
【表2】

【0061】
表2及び図1〜図4に示すように、実施例試料1〜17は、いずれも少なくとも1種の疎水性イオン液体につき、確実に水との2相界面に局在するかあるいはイオン液体に分配された。これに対して、比較例試料1〜11は、水相に分配するかまたはイオン液体に沈殿した。
【0062】
以上のことから、セリン及びリジンから選択されるアミノ酸種とトリプトファン、チロシン及びフェニルアラニンから選択されるアミノ酸種が、ペプチドの疎水性イオン液体への親和性付与又は増強に有効であることがわかった。また、アラニン、グリシン、ヒスチジン及びアスパラギン酸などは有効でないことがわかった。さらに、これらの残基数や配列にも一定の規則性があることがわかった。少なくとも7残基又は8残基であり、好ましくは9残基以上であることがわかった。また、実施例試料のなかでも、実施例試料1、2、8、11及び12が好ましい親和性を示しており、特に、実施例試料1、2、11及び12が好ましいことがわかった。
【実施例2】
【0063】
本実施例では、イオン液体に親和性のペプチド鎖(SWWWWSWWWW:配列番号29)を末端(C末端)に備える融合タンパク質を作製し、イオン液体に対する親和性を評価した。
【0064】
図5に示すコンストラクトを、pET−20B(Merck)のNde I−Hind IIIにクローニングした。新たに構築したコンストラクトを、BL21(DE3)(Merck)のコンピテントセルに形質転換した。アンピシリン(50μg/ml)含有LB選択培地上に生えてきたコロニーを、アンピシリン(50μg/ml)含有LB液体培地に植菌し30℃で一昼夜前培養した。なお、LB培地は、1Lあたりbacto-tryptone16g、yeast extract10g、NaCl5gを含有している。
【0065】
次いで、アンピシリン(100 μg/ml)含有2×YT液体培地に対して前培養液を1/80量添加して、30℃でOD600=0.6となるまで培養後、IPTGを終濃度1mMとなるように加えて、さらに6時間培養した。なお、2×YT培地は、1Lあたりbacto-tryptone16g、yeast extract10g、NaCl5gを含有している。
【0066】
培養後、菌体を遠心分離にて集菌した後、50mM酢酸緩衝液(pH5.0)/500mM NaClに溶解し、超音波にて菌体を破砕した。その後、遠心分離を行い、上清と沈殿とをそれぞれ回収して、SDS-PAGEを行い、不溶画分に意図した融合タンパク質が存在することを確認した。
【0067】
不溶画分から融合タンパク質を回収するために、以下の手順でタンパク質の可溶化を行った。すなわち、不溶画分の沈殿にタンパク質の可溶化溶液(2MGd−HCl、1M L−Arg、50mM Tris−HCl(pH8.0)、200mM NaCl)を加えてよく攪拌した。37℃で12時間放置後、透析バッファー(50mM Tris−HCl(pH8.0)、200mMNaCl)を用い、4℃で6時間で、合計三回透析を行い、融合タンパク質を回収した。
【0068】
透析後のタンパク質溶液100μlと、疎水性イオン液体(1-Ethyl-3-methylimidazolium Bis(trifluoromethanesulfonyl)imide)100μlを、1.5mlチューブに入れてよく混合した後、軽く遠心分離した。遠心後、タンパク質溶液と疎水性イオン液体との混合液は、上相が水相であり、下相がイオン液体となった。遠心後の液体にチューブの下方からUV光を照射してGFPの緑色蛍光を発光させて蛍光の分布を確認した。なお、コントロールとして通常のGFPタンパク質についても同様に操作した。結果を図6に示す。
【0069】
図6に示すように、融合タンパク質に由来する蛍光は、水と疎水性イオン液体との界面に局在していた。これに対し、通常のGFPタンパク質に由来する蛍光は、水相(上相)に分布していた。以上のことから、本発明のイオン液体親和性ペプチド鎖は、それを一部に備えるタンパク質にイオン液体親和性を付与できることがわかった。
【配列表フリーテキスト】
【0070】
配列番号1〜29:合成ペプチド
配列番号30:融合タンパク質

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下のアミノ酸残基(a)及び(b):
(a)第1のアミノ酸残基;セリン及びリジンから選択される1種又は2種以上のアミノ酸残基
(b)第2のアミノ酸残基;トリプトファン、チロシン及びフェニルアラニンから選択される1種又は2種以上のアミノ酸残基、
とをそれぞれ備えるペプチド鎖を含むペプチドである、イオン液体親和化剤。
【請求項2】
前記ペプチド鎖は、前記第1のアミノ酸残基は2残基以上連続して備える第1の末端部分と、
前記第2のアミノ酸残基を2残基以上連続して備える第2の末端部分と、を備える、請求項1に記載のイオン液体親和化剤。
【請求項3】
前記ペプチド鎖は、前記第1のアミノ酸残基及び前記第2のアミノ酸残基のみからなる残基数が9個以上13個以下のアミノ酸配列を備える、請求項1又は2に記載のイオン液体親和化剤。
【請求項4】
前記ペプチド鎖は、以下のアミノ酸配列(a)及び(b)
(a)配列番号1〜17で表されるアミノ酸配列
(b)配列番号1〜17で表されるアミノ酸配列に対して1又は数個のアミノ酸の置換、欠失、付加及び挿入の1種又は2種以上を有するアミノ酸配列
から選択されるいずれかのアミノ酸配列を有する、請求項1〜3のいずれかに記載のイオン液体親和化剤。
【請求項5】
以下のアミノ酸配列(a)及び(b)
(a)配列番号29で表されるアミノ酸配列
(b)配列番号29で表されるアミノ酸配列に対して1又は数個のアミノ酸の置換、欠失、付加及び挿入の1種又は2種以上を有するアミノ酸配列
から選択されるいずれかのアミノ酸配列を有するペプチドである、請求項1〜3のいずれかに記載のイオン液体親和化剤。
【請求項6】
前記(b)において、置換、挿入及び付加されるアミノ酸は、セリン(S)、リジン(K)、トリプトファン(W)、チロシン(Y)及びフェニルアラニン(F)からなる群から選択される1種又は2種以上である、請求項4又は5に記載のイオン液体親和化剤。
【請求項7】
前記(b)において配列番号1、3〜7、9、10、11及び12で表されるアミノ酸配列中のセリン(S)の1個又は2個以上がリジンで置換されている、請求項4又は5に記載のイオン液体親和化剤。
【請求項8】
前記(b)において配列番号1、3〜8、11及び12で表されるアミノ酸配列中のトリプトファン(W)の1個又は2個以上がチロシン(Y)及びフェニルアラニン(F)で置換されている、請求項4又は5に記載のイオン液体親和性化剤。
【請求項9】
前記イオン液体は、疎水性イオン液体である、請求項1〜8のいずれかに記載のイオン液体親和化剤。
【請求項10】
1種又は2種以上の所望のペプチド鎖と、
請求項1〜9のいずれかに記載のイオン液体親和化剤と、
を備える、融合タンパク質。
【請求項11】
発現用コンストラクトであって、
請求項10に記載の融合タンパク質のアミノ酸配列をコードするDNAを含む、コンストラクト。
【請求項12】
イオン液体親和化剤を生産するための発現用コンストラクトであって、
請求項1〜9のいずれかに記載のイオン液体親和化剤をコードするDNAを含む、コンストラクト。
【請求項13】
イオン液体親和材料であって、
担体と、
前記担体表面に保持された請求項1〜9のいずれかに記載のイオン液体親和化剤と、
を備える、材料。
【請求項14】
所望の物質のイオン液体への親和性を増大させる方法であって、
前記イオン液体中あるいは前記イオン液体に接して、前記所望の物質とともに請求項1〜9のいずれかに記載のイオン液体親和化剤とを共存させることを特徴とする、方法。
【請求項15】
前記イオン液体は、疎水性イオン液体である、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
以下のアミノ酸配列(a)及び(b)
(a)配列番号1〜17及び29で表されるアミノ酸配列
(b)配列番号1〜17及び29で表されるアミノ酸配列に対して1又は数個のアミノ酸の置換、欠失、付加及び挿入の1種又は2種以上を有するアミノ酸配列
から選択されるいずれかのアミノ酸配列を有するペプチドである、イオン液体親和性ペプチド。
【請求項17】
前記(b)において、置換、挿入及び付加されるアミノ酸は、セリン(S)、リジン(K)、トリプトファン(W)、チロシン(Y)及びフェニルアラニン(F)からなる群から選択される1種又は2種以上である、請求項16に記載のイオン液体親和性ペプチド。
【請求項18】
前記(b)において配列番号1、3〜7、9、10、11及び12で表されるアミノ酸配列中のセリン(S)の1個又は2個以上がリジンで置換されている、請求項16又は17に記載のイオン液体親和性ペプチド。
【請求項19】
前記(b)において配列番号1、3〜8、11及び12で表されるアミノ酸配列中のトリプトファン(W)の1個又は2個以上がチロシン(Y)及びフェニルアラニン(F)で置換されている、請求項16又は17に記載のイオン液体親和性ペプチド。
【請求項20】
少なくとも、以下のアミノ酸残基(a)及び(b):
(a)第1のアミノ酸残基;セリン及びリジンから選択される1種又は2種以上のアミノ酸残基
(b)第2のアミノ酸残基;トリプトファン、チロシン及びフェニルアラニンから選択される1種又は2種以上のアミノ酸残基
をそれぞれ備える被験ペプチドを準備する工程と、
前記被験ペプチドのイオン液体への親和性を評価する工程と、
を備える、イオン液体親和性ペプチドの探索方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−261388(P2009−261388A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−68741(P2009−68741)
【出願日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】