説明

イオン透過性隔膜及びその製造方法

【課題】平滑性に優れシワ・ヨレの発生を抑制し、耐圧性に優れたイオン透過性隔膜の製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明のイオン透過性隔膜の製造方法は、親水性無機材料と有機結合材料とを混合した製膜溶液を有機性不織布に塗布する。有機性不織布は、ポリプロピレン又はナイロン製であるのが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルカリ水電解装置に使用して水素と酸素とを分離するためのイオン透過性隔膜及びその製造方法に関し、特にガス耐圧性に優れたイオン透過性隔膜及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素は、最近のエネルギー事情を反映し、石油に代わる新しいエネルギー源として多方面から注目されている。このような水素の工業的製造方法としては、コークスや石油のガス化法、水電解法等が挙げられる。
【0003】
前者の方法は、操作が煩雑であるとともに、非常に大規模な設備が必要となるので、イニシャルコストがかなりかかるという問題点がある。
【0004】
一方、後者の方法は、原料として入手し易い水を用いるものであり、電解槽内に複数の電極対を設け、これら対となる電極の間にKOH等のアルカリ電解液を流通させるとともにイオン透過性隔膜で区画して、このイオン透過性隔膜の陰極側で水素を発生させるとともに陽極側で酸素を発生させるものであるが、電極間にイオン透過性隔膜と被電解液とが存在しているので、電気抵抗が大きく、電解効率が悪いという問題がある。しかしながら、この水電解法は、比較的小規模な設備でも水素の発生が可能であり、実用的であることから、電解効率の向上が望まれている。
【0005】
このようなアルカリ水電解装置において用いられるイオン透過性隔膜は、従来、例えば、親水性無機材料、有機結合材料及び有機溶剤を含む懸濁液(製膜溶液)を調製し、その懸濁液(製膜溶液)を用いて製造された湿潤シートにポリプロピレン等のメッシュシート等の有機繊維布を伸張した状態で浸漬し、そのままの状態で有機溶剤を抽出・除去することにより製造されている(特許文献1,特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−144262号公報
【特許文献2】特開2009−185333号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記特許文献1,2のようにしてイオン透過性隔膜を製造する場合、有機溶剤を抽出して、親水性無機材料と有機結合材料とをポリプロピレン等のメッシュシート上に凝固させる段階で、メッシュシートの伸縮性が高いために、得られるイオン透過性隔膜に収縮が生じ、シワ・ヨレが生じる原因となっていた。
【0008】
また、メッシュシートはその構造上、縦糸と横糸の交点に凹凸があり、取り出したときに製膜溶液が液だれする可能性が高くなるために、塗布厚に濃淡差が生じやすく、平滑性に劣る(厚さムラが生じやすい)という問題点があった。
【0009】
そして、これらのシワ・ヨレが生じたり、平滑性に劣ったりすることが、得られるイオン透過性隔膜の耐圧性の低下をきたしやすい一因となっていた。
【0010】
本発明は、上記従来の課題を解決し、平滑性に優れシワ・ヨレの発生を抑制し、耐圧性に優れたイオン透過性隔膜の製造方法、及び当該方法により製造されてなるイオン透過性隔膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、第一に本発明は、アルカリ水電解に用いられるイオン透過性隔膜であって、親水性無機材料と有機結合材料との混合物に有機性不織布を内在させたものであることを特徴とするイオン透過性隔膜を提供する(請求項1)。
【0012】
上記発明(請求項1)によれば、基材として用いる有機性不織布は、メッシュシートのように繊維の重なりによる凹凸が顕著でなく、それ自身平滑性に優れているので、液だれを防いで塗布面を平滑に維持することができる。また、有機性不織布は、液浸透性が高い上に伸縮性が大きくないので、溶媒抽出時の凝固の際に起こりやすい繊維の伸縮を抑制することができ、これによりシワ・ヨレの発生が抑制されたものとなっている。これらにより、耐圧性に優れたイオン透過性隔膜となっている。
【0013】
第二に本発明は、アルカリ水電解に用いられるイオン透過性隔膜の製造方法であって、親水性無機材料と有機結合材料とを混合した製膜溶液を有機性不織布に塗布することを特徴とするイオン透過性隔膜の製造方法を提供する(請求項2)。
【0014】
上記発明(請求項2)によれば、基材として用いる有機性不織布は、メッシュシートのように繊維の重なりによる凹凸が顕著でなく、それ自身平滑性に優れているので、これを親水性無機材料と有機結合材料とを混合した製膜溶液を塗布したとしても液だれを防いで塗布面を平滑に維持することができる。また、有機性不織布は、液浸透性が高い上に伸縮性が大きくないので、溶媒抽出時の凝固の際に起こりやすい繊維の伸縮を抑制することができ、これによりシワ・ヨレの発生が抑制されたものとなっている。これらにより、耐圧性に優れたイオン透過性隔膜を製造することが可能となっている。
【0015】
上記発明(請求項2)においては、前記有機性不織布が、ポリプロピレン又はナイロン製であるのが好ましい(請求項3)。
【0016】
上記発明(請求項3)によれば、ポリプロピレン又はナイロン製の不織布は、液だれを防いで塗布面を平滑に維持する機能に優れているとともに繊維の伸縮性が低いので、前述したシワ・ヨレが大幅に抑制することができ、耐圧性に優れたイオン透過性隔膜を製造するのに好適である。
【0017】
上記発明(請求項2,3)においては、前記有機性不織布の厚さが、50μm以上であるのが好ましい(請求項4)。
【0018】
上記発明(請求項4)によれば、得られる膜強度をイオン透過性隔膜として好適なものとすることができる。
【0019】
上記発明(請求項2〜4)においては、前記製膜溶液における前記親水性無機材料の含有量が、前記有機結合材料に対して1〜4倍量(質量基準)であるのが好ましい(請求項5)。
【0020】
上記発明(請求項5)によれば、親水性無機材料の含有量を有機結合材料に対して1〜4倍量(質量基準)とすることで、製膜溶液のチキソトロピー性を抑制し、安定した製膜条件での作製が可能になる。また、製膜溶液の親水性をコントロールすることで、製膜溶液と有機性不織布との親和性を高め、ガス耐圧性能を向上させることが可能になる。
【0021】
上記発明(請求項2〜5)においては、前記親水性無機材料と有機結合材料とを混合した製膜溶液が、さらに有機溶剤と分散剤とを含有し、前記分散剤の含有量が、前記親水性無機材料100質量部に対して3質量部以上であるのが好ましい(請求項6)。
【0022】
上記発明(請求項6)によれば、親水性無機材料を有機溶剤に分散させる際に分散剤を3質量%以上添加することで、親水性無機材料の粒子径を0.2μm以下とし、粒子の再凝集を防いでチキソトロピー性の発現を抑え、製膜溶液の性状を安定に保持することが可能になる。
【発明の効果】
【0023】
本発明のイオン透過性隔膜の製造方法によれば、基材として有機性不織布を用いており、この有機性不織布は、メッシュシートのように繊維の重なりによる凹凸が顕著でなく、それ自身平滑性に優れているので、これを親水性無機材料と有機結合材料との混合液を塗布したとしても液だれを防いで塗布面を平滑に維持することができる。また、有機性不織布は、液浸透性が高い上に伸縮性が大きくないので、溶媒抽出時の凝固の際に起こりやすい繊維の伸縮を抑制することができる。これらによりシワ・ヨレの発生が抑制され、耐圧性に優れたイオン透過性隔膜を製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の一実施形態に係るイオン透過性隔膜の製造方法を実施可能なイオン透過性隔膜の製造装置を示す概略図である。
【図2】図1に示すイオン透過性隔膜の製造装置による製造工程を示す概略図である。
【図3】図2に示す製造工程の次に工程を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、図面を参照して本発明のイオン透過性隔膜の製造方法について説明する。
【0026】
本実施形態に係るイオン透過性隔膜の製造方法においては、製膜溶液を調製すべく、まず、親水性無機材料を微細化しながら有機溶剤に分散させ、混合液を調製する。
【0027】
親水性無機材料を分散させる有機溶剤としては、例えば、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、N−メチル−2−ピロリドン、エチレングリコールのモノ及びジエーテル、又はメチルエチルケトンのようなケトン類等を用いることができる。これらの中では、特にN−メチル−2−ピロリドンが好適である。
【0028】
親水性無機材料としては、例えば、フッ化カルシウム(CaF)、フルオロアパタイト(FAP)、ヒドロキシアパタイト(HAP)、酸化ジルコニウム(ZrO)等を用いることができ、好ましくは、フッ化カルシウムを用いることができるが、これに限定されるものではない。
【0029】
混合液中の親水性無機材料は、平均粒子径0.5μm以下の微粒子であるのが好ましく、特に平均粒子径0.1〜0.5μm、さらに0.1〜0.2μmの微粒子であるのが好ましい。親水性無機材料の平均粒子径が0.5μm以下であることで、得られるイオン透過性隔膜の膜素材に隙間が生じるのを抑制し、当該隔膜のガス耐圧性能を向上させることができる。特に0.1〜0.5μmであることで、イオン透過性隔膜の膜層をより緻密化し得るため、膜素材に隙間が生じるのをより抑制することができ、隔膜のガス耐圧性能をより向上させることができる。なお、本発明において「平均粒子径」とは、体積平均粒子径を意味し、レーザー回折式粒度分布測定装置によって測定された値である。
【0030】
混合液は、粉砕媒体を用いる粉砕装置に親水性無機材料、有機溶剤及び粉砕媒体を投入して、攪拌することにより調製する。これにより、親水性無機材料を微細化しながら有機溶剤に分散させることができ、また、有機溶剤が比較的低粘度であることで、粉砕装置での攪拌により親水性無機材料が微細化されても、混合液の粘度が高くなりすぎることがないため、粉砕装置の攪拌能力を超えることがない。よって、効率的に混合液を調製することができる。
【0031】
上記粉砕装置としては、混合液を調製しながら平均粒子径0.5μmを超える親水性無機材料を平均粒子径0.5μm以下、好ましくは0.1〜0.2μm粉砕し得るものであれば特に制限されるものではないが、例えばビーズミル、ボールミル等の湿式粉砕装置が挙げられる。この湿式粉砕装置に投入される粉砕媒体としては、例えば、粒径0.1〜5mm、好ましくは粒径0.3〜1mmのジルコニア製、アルミナ製又はガラス製等のビーズ等を用いることができる。
【0032】
また、粉砕媒体の配合割合は、特に限定されるものではないが、親水性無機材料に対して2〜4倍量(質量基準)程度であればよい。粉砕媒体の配合割合が上記範囲内であれば、親水性無機材料を効率的に微細化することができる。
【0033】
有機溶剤は、得られる製膜溶液における配合割合が66〜72質量%となるように配合するのが好ましく。特に当該配合割合が68〜72質量%となるように配合するのが好ましい。
【0034】
また、親水性無機材料は、得られる製膜溶液における配合割合が14〜23質量%となるように配合するのが好ましく、特に当該配合割合が14〜19質量%となるように配合するのが好ましい。
【0035】
混合液の調製に際して、有機溶剤に分散剤を添加するのが好ましい。分散剤を添加することで、混合液における親水性無機材料の分散性を向上させることができるとともに、得られる製膜溶液における親水性無機材料の再凝集を抑制し、製膜溶液のチキソトロピー性の発現を抑制することができる。その結果として、製膜溶液の粘性を安定化させることができるため、安定した粘度条件で製膜を行うことができ、また、ガス耐圧性に優れたイオン透過性隔膜を、良好な再現性をもって製造することができる。
【0036】
分散剤としては、例えば、オレイン酸等の不飽和脂肪酸;リン酸エステル塩系の湿潤分散剤;アミン塩、アミド系の分散剤等が挙げられ、これらのうちの一種を単独で、又は二種以上を混合して用いることができる。
【0037】
分散剤の添加量は、親水性無機材料100質量部に対して3質量部以上、特に3〜20質量部であるのが好ましく、さらに10〜15質量部であるのが好ましい。この添加量であれば、混合液における親水性無機材料の分散性を向上させることができるとともに、得られる製膜溶液における親水性無機材料の再凝集を抑制することができ、製膜溶液のチキソトロピー性の発現を抑制することができる。また、分散剤の添加量を調製することで、得られる製膜溶液の粘度を制御することができる。
【0038】
このようにして得られる混合液から、粉砕媒体を分離する。粉砕装置にて親水性無機材料が微細化されると、次第に混合液の粘度が高くなるおそれがあるが、本実施形態においては、この段階では混合液に有機結合材料が含まれていなく、混合液の粘度が比較的低いため、混合液から粉砕媒体を短時間に、かつ容易に分離することができ、混合液の回収率を極めて高くすることができる。これにより、製膜溶液の調製量を増大させることができる。混合液から粉砕媒体を分離する方法は、特に限定されるものではなく、例えば、真空濾過等により行えばよい。
【0039】
次に、粉砕媒体が分離された混合液に有機結合材料を溶解させる。
有機結合材料としては、例えば、イオン透過性隔膜の運転条件下で安定であり、溶剤中に溶解し、かつ溶剤から沈殿でき、さらに有機性不織布及び無機酸化物又は水酸化物を攻撃しない任意の種類の有機材料を使用することができる。このような有機結合材料としては、フッ化ポリビニリデン、ポリテトラフルオロエチレンのようなフルオロカーボン重合体、ポリスルホン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリビニルブチラール等を用いることができる。これらの中では、特にポリスルホンが好適である。
【0040】
混合液に有機結合材料を溶解させる際には、好ましくは70〜120℃、特に好ましくは80〜90℃の温度条件下で混合液に有機結合材料を溶解させる。溶解温度が70℃以上であることで、有機結合材料の溶融時間を短縮することができ、具体的には12時間以内、好ましくは6時間程度で混合液に有機結合材料を溶解することができる。また、溶解温度が120℃を超えると、有機結合材料が変性してしまうおそれがある。
【0041】
有機結合材料は、得られる製膜溶液における配合割合が11〜14質量%となるように配合するのが好ましく、特に配合割合が13〜14質量%となるように配合するのが好ましい。
【0042】
製膜溶液における有機結合材料と親水性無機材料との配合比(質量基準)は、1:1〜4であり、好ましくは1:1〜1.5であり、特に好ましくは1:1である。有機結合材料と親水性無機材料との配合比が上記範囲内であれば、製膜溶液のチキソトロピー性の発現を抑制することができるため、製膜溶液の粘度(25℃)を所定の範囲で安定化させることができる。
【0043】
続いて、混合液に有機結合材料を溶解させて得られた懸濁液(製膜溶液)を、ホモジナイザーを用いて攪拌する。ホモジナイザーを用いた懸濁液の攪拌処理は、2000〜5000rpmで3〜10分間行うことができる。これにより、製膜材料(主に、親水性無機材料)が均一に混合・分散されることになり、かかる製膜溶液から得られるイオン透過性隔膜のガス耐圧性能を向上させることができる。
【0044】
かかる攪拌処理に使用し得るホモジナイザーとしては、例えば、高速回転型ホモジナイザー、高圧ホモジナイザー、超音波ホモジナイザー等が挙げられるが、特にこれらに限定されるものではない。
【0045】
最後に、このようにして調製された製膜溶液を、真空脱泡装置を用いた脱泡処理に付し、製膜溶液中に含まれる微細な気泡を除去する。微細な気泡が含まれたままの製膜溶液を用いてイオン透過性隔膜を製造すると、イオン透過性隔膜の膜層に気泡が混入し、得られるイオン透過性隔膜にピンホールが発生するおそれがあり、これにより隔膜のガス耐圧が低下するおそれがある。したがって、調製された製膜溶液を脱泡処理に付することで、製造されるイオン透過性隔膜におけるピンホールの発生を抑制することができ、ガス耐圧性能に優れたイオン透過性隔膜を製造することができる。
【0046】
なお、上記脱泡処理は、製膜溶液を攪拌しながら行うのが好ましい。粉砕装置でのCaF等の親水性無機材料の微細化により、得られる製膜溶液の粘性が高くなり、静置状態での脱泡処理では製膜溶液に気泡が残留してしまうおそれがあるが、攪拌により製膜溶液に剪断応力を与えることで、製膜溶液の粘性を低下させることができ、気泡を容易に除去することができる。
【0047】
上記脱泡処理は、1〜5時間程度行えばよく、好ましくは2.5〜4時間程度行えばよい。かかる時間をかけて脱泡処理を行うことで、製膜溶液中の微細な気泡を十分に除去することができる。
【0048】
上述のようにして調製される製膜溶液は、製膜溶液調製後からイオン透過性隔膜の製造に使用されるまでの間、密閉系で製膜溶液を60rpm程度で緩やかに攪拌しておくのが好ましい。攪拌しておくことで、親水性無機材料の再凝集をより抑制し、製膜溶液の性状をより安定化させることができる。
【0049】
このようにして調製される製膜溶液の粘度(25℃)は1500〜3000mPa・S程度であり、安定した粘性を有することになる。
【0050】
このようにして得られた製膜溶液を有機性不織布に塗布して含浸させ、蒸発や抽出溶媒浴中での浸出等により有機溶剤を除去することで、イオン透過性隔膜を製造することができる。
【0051】
ここで、有機性不織布としては、特に制限はないが、ポリプロピレン又はナイロン製の不織布が好ましい。製膜溶液には親水性無機材料が含まれており、これが有機性不織布から剥離して得られるイオン透過性隔膜のガス耐圧性能が低下しやすいが、ポリプロピレン又はナイロン製の不織布は、液浸透性に優れており、これを防止することができる。また、製膜溶液の浸透性が良好であるので、液だれを防いで塗布面を平滑に維持できるため、溶媒抽出時の凝固の際に起こりやすい幅方向への伸縮を抑制することができる、という効果も奏する。特に有機性不織布は伸縮性の低い構造を有するので、得られるイオン透過性隔膜のヨレ・シワ等の発生を好適に抑制することができる。
【0052】
有機性不織布の厚さは50μm以上であるのが好ましい。有機性不織布の厚さを50μm以上とすることで、得られるイオン透過性隔膜の膜強度を十分なものとすることができる。有機性不織布の厚さの上限に特に制限はないが、製膜溶液の浸透性等や得られるイオン透過性隔膜の電気抵抗を考慮すると300μm以下が好ましく、特に100〜200μmであるのが好ましい。
【0053】
このようにして製造されるイオン透過性隔膜の厚さは、使用する有機性不織布の厚さにもよるが100〜600μm、好ましくは200〜400μmである。膜材料の厚さが100μm未満であると、アルカリ水電解用のイオン透過性隔膜としての膜強度が十分でないおそれがある。なお、イオン透過性隔膜の厚さが600μmを超えると、イオン透過性隔膜の電気抵抗が上昇しやすくなる。
【0054】
上述したようなイオン透過性隔膜は、従来のイオン透過性隔膜より優れたガス耐圧性能を有する。具体的には、かかる隔膜のガス耐圧は50〜200kPaであり、好ましくは100〜200kPaである。このような優れたガス耐圧性能を有しつつ、電気抵抗は1mol/LのKOH溶液中、約25℃の条件下において、0.5〜2.0Ω・cm、好ましくは0.5〜1.0Ω・cmである。
【0055】
上述したような本実施形態のイオン透過性隔膜の製造方法は、例えば、図1に示すようなイオン透過性隔膜の製造装置により実施することができる。
【0056】
図1に示すように、イオン透過性隔膜の製造装置1は、有機性不織布2の原反ロール3と、第1のガイドロール8Aと、この第1のガイドロール8Aの下側に設置された図示しない駆動装置を備えた一対のカレンダーロール4A,4Bと、このカレンダーロール4A,4B上に配置された塗工機構たる製膜溶液Lを受ける断面略V字状の塗工部材6と、この塗工部材6に製膜溶液Lを供給する給液装置5とを有する。そして、このカレンダーロール4A,4Bの下方には抽出槽7が配置されていて、この抽出槽7の底部側には第2のガイドロール8Bが固設されていて、抽出槽7の外側には図示しない駆動装置を備えた送給機構たる一対のニップロール9A,9Bが設けられている。
【0057】
そして、本実施形態においては、カレンダーロール4A,4Bは、それぞれその両側が枠体10A,10Bにより支持されていて、この枠体10A,10Bに接続されたシリンダ機構11A,11Bによりそれぞれ水平方向にわずかに移動可能となっており、その間隙が調整可能となっている。また、第1のガイドロール8Aは、その図示左端がカレンダーロール4A,4Bの間隙の垂直上方に位置しており、第2のガイドロール8Bは、その図示右端がカレンダーロール4A,4Bの間隙の垂直下方に位置している。さらに、原反ロール3は図示しない制動機構により所定の負荷をもって回動するように制御可能となっており、この回動負荷と一対のニップロール9A,9Bの引張力とにより有機性不織布2の送給速度及び張力が調整可能となっている。
【0058】
次に、上述したようなイオン透過性隔膜の製造装置1を用いたイオン透過性隔膜の製造方法について説明する。
【0059】
〔初期工程〕
図2に示すように、原反ロール3には有機性不織布2が巻装されており、当該有機性不織布2を、あらかじめ第1のガイドロール8Aを経由して塗工部材6及びカレンダーロール4A,4B間を通し、さらに第2のガイドロール8Bを経てニップロール9A,9B間を通しておく。このとき抽出槽7は空となっており、カレンダーロール4A,4Bを移動させて所定の間隙に調整する。このカレンダーロール4A,4Bの間隙は、有機性不織布2の厚さと所望とするイオン透過性隔膜の厚さとに応じてシリンダ機構11A,11Bにより適宜設定すればよいが、具体的には0.1〜1mmとすればよい。
【0060】
この状態で図3に示すように抽出槽7に溶媒抽出液としての水Wを所定の位置まで満たしたら、ニップロール9A,9Bを駆動する。このとき図示しない制御手段によりニップロール9A,9Bの引張力を制御することにより、原反ロール3の負荷とともに有機性不織布2の送給速度及び張力を調整することができる。具体的には、有機性不織布2の送給速度を1〜25m/分、張力を70〜250N/幅の範囲内で適宜調整すればよい。これにより、有機性不織布2を伸張させ、ヨレを無くし、厚みムラや気泡の浸入を抑制することができる。
【0061】
〔塗工工程〕
続いて、給液装置5から製膜溶液Lを断面略V字状の塗工部材6に供給する。これにより製膜溶液Lは、塗工部材6における断面略V字状の両側の斜面に沿って幅方向に広がりながらカレンダーロール4A,4B間に流下する。この状態で有機性不織布2がカレンダーロール4A,4B間を通過することで、有機性不織布2への気泡の浸入を防止しつつ両面に製膜溶液Lを塗布するとともに、カレンダーロール4A,4B間で圧接することにより、製膜溶液Lが有機性不織布2の繊維内に滲入する。このとき、メッシュや織布よりも不織布の方が、繊維径が細いために製膜溶液Lが絡みやすく、製膜溶液Lとの密着性が高くなる。
【0062】
〔抽出工程〕
続いて、有機性不織布2の送給を続けると、有機性不織布2はカレンダーロール4A,4Bから抽出槽7に浸漬される。これにより有機性不織布2に塗布された製膜溶液Lの両面における偏りを防止することができる。そして、この状態を3〜10分程度保持して親水性無機材料を凝固させるとともに製膜溶液L中の溶媒成分を抽出槽7の水Wに溶出させることで緻密層を形成することができる。このとき、基材として伸縮性を抑えた有機性不織布2を用いているので、溶媒抽出して塗布した溶液を凝固させる際に、基材が縮みにくいため平滑性を保持することができる。さらに、本実施形態においては、第2のガイドロール8Bの図示右端がカレンダーロール4A,4Bの間隙の垂直下方に位置しているので、有機性不織布2はカレンダーロール4A,4Bからそのまま垂下して抽出槽7に浸漬されることになる。これにより有機性不織布2に塗布された製膜溶液Lの両面における偏りを防止することができる。
【0063】
〔絞り工程〕
さらに、このようにして製膜溶液Lによる緻密層を形成した有機性不織布2は、第2のガイドロール8Bからニップロール9A,9Bに誘導され、余分な水分が除去される。以上により製造時のピンホールの発生や厚みムラ、ヨレを抑制して歩留りを改善したイオン透過性隔膜2Aを製造することができる。
【0064】
以上説明した実施形態は、本発明の理解を容易にするために記載されたものであって、本発明を限定するために記載されたものではない。したがって、上記実施形態に開示された各要素は特に制限はなく、本発明の技術的範囲に属する全ての設計変更や均等物をも含む趣旨である。
【0065】
上記実施形態においては、図1に示す製造装置を用いてイオン透過性隔膜を製造しているが、これに限定されるものではなく、例えば、製膜溶液をガラス板等の不活性材料からなる平滑面上に所定の厚さに均一に塗布し、湿潤シートを製造し、この湿潤シートに有機性不織布を浸漬し、蒸発や水浴中での浸出等により有機溶剤を除去した後、平滑面に残った膜材料を剥離することにより、イオン透過性隔膜を製造してもよい。
【0066】
また、図1に示す製造装置を用いてイオン透過性隔膜を製造する場合において、例えば、絞り工程としては他の手段を用いることができる。また、絞り工程は必ずしも必要ではなく、乾燥手段や静置などにより余分な水分を除去してもよい。
【0067】
さらに、図1に示す製造装置を用いてイオン透過性隔膜を製造する場合において、例えば、抽出槽7に充填する溶媒抽出液として水Wを用いているが、水と有機溶剤の混合液、特に水と製膜溶液Lの調製に用いた溶剤との混合液を用いることで、溶剤の抽出速度を遅延化して、得られる塗膜の緻密化を図ってもよい。
【実施例】
【0068】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明は下記実施例により何ら限定されるものではない。
【0069】
〔実施例1〕
[製膜溶液の調製]
ビーズミル(アシザワファインテック社製,ミニツェア)のポット内にN−メチル−2−ピロリドン(NMP)21質量部と、平均粒子径5μmのフッ化カルシウム(CaF,キシダ化学社製)4質量部と、分散剤としてオレイン酸及びリン酸エステル系分散剤(BYK-Cera社製,DISPERBYK-145)をそれぞれフッ化カルシウムに対して3質量%と、適当量のジルコニア製ビーズ(φ0.8mm)とを投入して2時間混合・攪拌し、フッ化カルシウムを微細化しながら分散させた。
【0070】
得られた混合液(スラリー)からビーズを真空濾過により分離し、マントルヒーターで85℃に昇温させた。その後、ポリスルホン(ソルベイアドバンスポリマーズ社製、P−3500,PSU)4質量部を少量ずつ添加して攪拌しながら溶解させた。
【0071】
このようにして得られた懸濁液500mLをホモジナイザー(日本精機社製,EXCELAUTO HOMOGENIZER)を用いて5000rpmで5分間攪拌し、900mLの蓋付ガラス瓶に回収した。この懸濁液を真空脱泡装置内で攪拌させながら1.5時間以上脱泡処理に付し、その後攪拌を停止して1時間以上脱泡処理を続け、製膜溶液を得た。
【0072】
[イオン透過性隔膜の製造]
上述のようにして調製し、製膜直前まで60rpmで攪拌していた製膜溶液を用いて、下記のようにしてイオン透過性隔膜を製造した。
【0073】
図1に示す装置において、有機性不織布2としてポリプロピレン製不織布(旭化成せんい社製,型番:P03050,厚さ120μm,幅850mm)を原反ロールに3にセットし、あらかじめ第1のガイドロール8Aを経由して塗工部材6及びカレンダーロール4A,4B間を通し、さらに第2のガイドロール8Bを経てニップロール9A,9B間を通して伸張状態とした(図2)。
【0074】
カレンダーロール4A,4B間に断面略V字状の塗工部材6から1時間脱泡した製膜溶液Lを供給し、ニップロール9A,9Bを駆動した。このときポリプロピレン製不織布の送給速度を0.5m/分、張力を約100N/幅とした。これにより製膜溶液Lは、塗工部材6の断面略V字状の両側の斜面に沿って幅方向に広がりながら流下し、ポリプロピレン製不織布をカレンダーロール4A,4B間を通過させることにより、気泡の浸入を防止しつつ両面に製膜溶液Lが塗布され、さらに製膜溶液Lがポリプロピレン不織布の繊維内に滲入する。なお、カレンダーロール4A,4Bの間隙は製膜溶液Lを塗布した後のポリプロピレン製不織布の厚さが300μm程度となるようにあらかじめ調節した。
【0075】
続いて、ポリプロピレン製不織布の送給を続け、ポリプロピレン製不織布を垂下して抽出槽7に浸漬した。そして、ポリプロピレン製不織布の塗布部が第2のガイドロール8Bに到達する直前でニップロール9A,9Bを停止し、5分間保持してNMPを抽出させた。なお、抽出槽7内には、あらかじめ水深1mになるように抽出溶媒Wとして純水を満たしておいた。
【0076】
その後、再度ニップロール9A,9Bを駆動して、ポリプロピレン製不織布を繰り出して、ニップロール9A,9Bで余分な水分を除去した後切り取ることで、810mm×1000mのシート状のイオン透過性隔膜を得た。このようにして得られたイオン透過性隔膜の5枚の膜厚を測定し、その平均値を求めた。また、このイオン透過性隔膜を47mmφの電解セルに組み込み、これら5枚のイオン透過性隔膜のガス耐圧をバブルポイント法により測定した。結果を表1に合わせて示す。さらに、これら5枚のイオン透過性隔膜の電気抵抗を求め、その平均値を算出した。結果を表1に合わせて示す。なお、電気抵抗は約25℃、1mol/L−KOH水溶液中における測定値である。製膜条件と性能結果一覧を表1にあわせて示す。
【0077】
〔比較例1〕
実施例1において、ポリプロピレン不織布の代わりにポリプロピレン製織布(NBC社製,型番:N−No.110S,厚み120μm,幅850mm)を用いた以外は同様にして、イオン透過性隔膜を製造し、750mm×1000mのシート状のイオン透過性隔膜を得た。このようにして得られたイオン透過性隔膜の膜厚、ガス耐圧及び電気抵抗を求めた。結果一覧を表1にあわせて示す。
【0078】
【表1】

【0079】
表1から明らかなように、実施例1のイオン透過性隔膜は、比較例1のイオン透過性隔膜と比較して、基材となるポリプロピレン不織布に対する収縮率が小さく、ガス耐圧のバラツキが小さく、電気抵抗も小さかった。また、目視による確認では、実施例1のイオン透過性隔膜は平滑で均質であったのに対し、比較例1のイオン透過性隔膜は、ピンホールの発生や厚みムラ、ヨレが部分的に確認された。
【符号の説明】
【0080】
1…イオン透過性隔膜の製造装置
2…有機性不織布
2A…イオン透過性隔膜
3…原反ロール
4A,4B…カレンダーロール
5…給液装置
6…塗工部材
7…抽出槽
8A…第1のガイドロール
8B…第2のガイドロール
9A,9B…ニップロール
L…製膜溶液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ水電解に用いられるイオン透過性隔膜であって、
親水性無機材料と有機結合材料との混合物に有機性不織布を内在させたものであることを特徴とするイオン透過性隔膜。
【請求項2】
アルカリ水電解に用いられるイオン透過性隔膜の製造方法であって、
親水性無機材料と有機結合材料とを混合した製膜溶液を有機性不織布に塗布することを特徴とするイオン透過性隔膜の製造方法。
【請求項3】
前記有機性不織布が、ポリプロピレン又はナイロン製であることを特徴とする請求項2に記載のイオン透過性隔膜の製造方法。
【請求項4】
前記有機性不織布の厚さが、50μm以上であることを特徴とする請求項2又は3に記載のイオン透過性隔膜の製造方法。
【請求項5】
前記製膜溶液における前記親水性無機材料の含有量が、前記有機結合材料に対して1〜4倍量(質量基準)であることを特徴とする請求項2〜4のいずれかに記載のイオン透過性隔膜の製造方法。
【請求項6】
前記親水性無機材料と有機結合材料とを混合した製膜溶液が、さらに有機溶剤と分散剤とを含有し、
前記分散剤の含有量が、前記親水性無機材料100質量部に対して3質量部以上であることを特徴とする請求項2〜5のいずれかに記載のイオン透過性隔膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−117056(P2011−117056A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−277671(P2009−277671)
【出願日】平成21年12月7日(2009.12.7)
【出願人】(000001063)栗田工業株式会社 (1,536)