説明

イソキノリンスルホニルクロリドの製造方法

【課題】
本発明は、イソキノリンスルホン酸のイソキノリン核塩素化物の発生を完全に抑制しつつ、イソキノリンスルホニルクロリドを製造する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】
本発明は、上記目的の解決手段として、キレート剤の存在下で、塩化チオニルとイソキノリンスルホン酸とを反応させることを特徴とするイソキノリンスルホニルクロリドの製造方法を提供する。本発明は、上記目的の別の解決手段として、キレート剤の存在下で、塩化チオニルと芳香族化合物とを混合し、混合物を反応させた後、反応生成物とイソキノリンスルホン酸とを反応させることを特徴とするイソキノリンスルホニルクロリドの製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イソキノリンスルホニルクロリドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イソキノリンスルホニルクロリドは、塩酸ファスジルなどの医薬品の重要な中間体である。イソキノリンスルホニルクロリドは、イソキノリンスルホン酸と塩化チオニルとを反応させて、そのスルホン基を塩素化することにより、生成することが出来る。しかし、この方法においては、目的の化合物だけでなく、イソキノリンスルホン酸のイソキノリン核が塩素化された化合物(以下、イソキノリン核塩素化物と示す)も生成される。医薬の分野においては、たとえ微量であってもこのような不純物が存在すると、それは製品の薬理的効果に大きな影響を及ぼしてしまう。このイソキノリン核塩素化物は、目的のイソキノリンスルホニルクロリドとごく一部の構造において異なるのみであるため、これらの混合物からイソキノリン核塩素化物のみを除去することは困難である。
【0003】
このイソキノリン核塩素化物は、塩化チオニルに微量含まれる塩化スルフリルに由来することが知られている。従って、従来、高純度のイソキノリンスルホニルクロリドを得るために、塩化チオニルに含まれる微量の塩化スルフリルを予め除去する方法が、専ら用いられてきた。この塩化スルフリルを予め除去する方法としては、例えば、以下の方法が用いられてきた:
(イ)亜リン酸トリフェニルを加えて蒸留する方法;
(ロ)硫黄を加えて蒸留する方法;
(ハ)ジテルペンを加えて蒸留する方法;
(ニ)亜麻仁油を加えて蒸留する方法;
(ホ)フェノール、クレゾール、p−ヒドロキシ安息香酸およびアニリンからなる群から選択した1種の化合物を添加し、加熱混合し、ついで蒸留する方法(特許文献1)。
【0004】
しかしながら、これらの方法で塩化チオニルに含まれる塩化スルフリルを除去するだけではイソキノリン核塩素化物の生成を完全に制御することができない。
【特許文献1】特開平10−130200
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、イソキノリンスルホン酸のイソキノリン核塩素化物の発生を完全に抑制しつつ、イソキノリンスルホニルクロリドを製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、特定のキレート剤がイソキノリン核塩素化物の発生を抑制することを見出した。また、本発明者は、系内に存在する微量の金属が芳香核への塩素化に影響していることも見出した。本発明者は、これらの新しい知見に基づき、核塩素化物の発生を完全に抑制しつつイソキノリンスルホニルクロリドを製造するために鋭意研究した結果、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、キレート剤の存在下で、塩化チオニルとイソキノリンスルホン酸とを反応させることを特徴とするイソキノリンスルホニルクロリドの製造方法を提供する。
【0008】
以下、本発明方法について、詳細に説明する。
【0009】
本明細書中で、「部」、「%」との単位は、重量基準である。
【0010】
本発明方法で使用する塩化チオニルは、市販品を用いる。市販の塩化チオニルは、通常、微量(0.1%〜1.5%程度)の塩化スルフリルを含む。本明細書において、塩化チオニルとは、特に指定のない限り微量の塩化スルフリルを含む塩化チオニルを示す。また、市販の塩化チオニルは、通常、ppmオーダーまたはそれ以下の鉄、アルミニウムなどを含む。
【0011】
また、その他に本発明方法で使用するイソキノリンスルホン酸は、イソキノリン核の炭素原子のうち、いずれの炭素原子にスルホン基が結合したものでも良い。また、このイソキノリンスルホン酸は、2個以上の炭素原子にスルホン基が結合したものでも良い。市販または合成のイソキノリンスルホン酸は、通常、ppmオーダーの鉄を含む。
【0012】
本発明方法に使用されるキレート試薬としては、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、ジエチレントリアミン五酢酸、トリエチレンテトラミン六酢酸、1,3−プロパンジアミン四酢酸、エチレンジアミンジオルトヒドロキシフェニル酢酸、エチレンジアミン二酢酸、エチレンジアミン二プロピオン酸、ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸、ジヒドロキシエチルエチレンジアミン二酢酸、ジアミノプロパン四酢酸、ヒドロキシエチルイミノ二酢酸、ニトリロ三酢酸、トランスシクロヘキサンジアミン四酢酸、L−グルタミン酸二酢酸などが挙げられる。
【0013】
本発明方法はまず、キレート剤の存在下で、塩化チオニルとイソキノリンスルホン酸とを反応させる。
【0014】
塩素化反応に供するイソキノリンスルホン酸の量は、塩化チオニルに対して通常0.05〜0.5倍程度、好ましくは0.1〜0.3倍程度である。
【0015】
この反応液中には、市販の塩化チオニルおよびイソキノリンスルホン酸試薬由来の鉄イオン、アルミニウムイオン等の金属イオンが存在する。これらの金属イオンは、イソキノリンスルホン酸の核塩素化反応を触媒する。この工程において、これらの金属イオンがキレート剤によりキレート化されて、核塩素化物の生成に影響しなくなる。従って、塩化チオニルは、イソキノリンスルホン酸のスルホン基を選択的に塩素化する。
【0016】
ここで、必要に応じて、当該分野で公知の触媒(N,N−ジメチルホルムアミド等)を用いることにより塩素化反応を促進することが出来る。
【0017】
キレート試薬の使用量は、原料に含まれる金属の量に従い変化するが、通常、塩化チオニルに対して1ppm〜5%程度、好ましくは10ppm〜0.5%程度である。
【0018】
従って、本発明で用いるキレート剤は、従来、塩化スルフリルを除去するために必要とされた薬剤の量より遥かに少量でも効果がある。
【0019】
この塩化チオニルとイソキノリンスルホン酸との反応温度は、通常、0〜75℃程度、好ましくは50〜70℃程度である。
【0020】
この反応時間は、通常、0.5〜10時間程度、好ましくは1〜4時間程度である。
【0021】
また、本発明方法において、「キレート剤の存在下」とは、キレート剤、塩化チオニル、およびイソキノリンスルホン酸を混合して反応させることと、予めキレート剤と塩化チオニルとを混合して反応させた後、その反応生成物をイソキノリンスルホン酸に添加して反応させることの両方を示す。
【0022】
また、本発明方法は、従来の方法(例えば、上記(イ)〜(ホ)の方法のいずれか)により、塩化チオニルに含まれる微量の塩化スルフリルを予め除去することと組み合わせることができる。この場合、より少ないキレート試薬の添加量で、核塩素化物を完全に抑制しつつイソキノリンスルホニルクロリドを製造することが出来る。
【0023】
さらに、本発明の方法においては、特定の芳香族化合物と塩化チオニルとを混合し、その混合物を加熱下に反応させることにより、塩化チオニルに含まれる微量の塩化スルフリルを除去する工程と組み合わせることによっても、より少ないキレート試薬の添加量で、核塩素化物を完全に抑制しつつイソキノリンスルホニルクロリドを製造することが出来る。
【0024】
ここで、微量の塩化スルフリルを除去するために用いられる特定の芳香族化合物とは、塩化スルフリルと反応し、かつイソキノリンスルホン酸と反応しない限りにおいて任意のものを含む。この芳香族化合物には、ベンゼン環、ナフタレン環、アンスラセン環、フェナンスレン環を有する化合物などが含まれる。また、この芳香族化合物には、イソキノリンスルホニルクロリドと反応しない1〜3つの置換基(例えば、炭素数1〜4の直鎖状もしくは分岐鎖状のアルキル基、ハロゲン原子、またはハロゲン原子で置換された炭素数1〜4の直鎖状または分岐鎖状のアルキル基)で置換された芳香族環も含まれる。これらの化合物としては、ベンゼン、ナフタレン、アンスラセン、フェナンスレン等の芳香族炭化水素、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、メシチレン、クメン等のアルキル基置換の芳香族炭化水素、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン、塩化ベンジル等が例示される。
【0025】
これらの芳香族化合物の添加量は、塩化チオニルに含まれる塩化スルフリルに相当する量以上であれば良い。この添加量は、通常塩化チオニルに対し通常0.1%〜60%程度、好ましくは1%〜60%程度である。
【0026】
この場合、塩化チオニル、これらの芳香族化合物、およびキレート剤を混合し、通常、室温あるいは0℃〜75℃程度、好ましくは50℃〜70℃程度の温度で、通常0.5時間〜10時間、好ましくは1時間〜4時間程度、処理を行う。その処理液を、蒸留などの操作をすることなく、そのまま塩素化剤としてイソキノリンスルホン酸のスルホン基の塩素化に使用することが出来る。
【0027】
この塩素化反応の後、公知の方法で適宜、冷却、ろ過、洗浄、乾燥などの工程を行うことによってイソキノリン核塩素化物を含まないイソキノリンスルホニルクロリドを得ることが出来る。
【発明の効果】
【0028】
本発明により、イソキノリンスルホン酸のイソキノリン核塩素化物の発生を完全に抑制しつつ、イソキノリンスルホニルクロリドを製造することができる。
【0029】
以下に実施例及び比較例を示し、本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの記載により限定されるものではない。
【比較例1】
【0030】
塩化チオニル51.2部、5−イソキノリンスルホン酸10.0部及びN,N−ジメチルホルムアミド0.33部を混合し、60℃で4時間反応させた。冷却した後、トルエン48.5部を添加して析出した結晶を濾別し、乾燥して、イソキノリンスルホニルクロリドを得た(収率93.8%)。HPLC分析において、0.071%の核塩素化物が認められた。
【比較例2】
【0031】
塩化チオニル132部、N,N−ジメチルホルムアミド0.5部及びフェノール5.2部の混合物を加熱し、78℃で4時間攪拌した。その後、蒸留を行い、精製塩化チオニルを得た。この塩化チオニル82部にN,N−ジメチルホルムアミド0.5部および5−イソキノリンスルホン酸10部を添加し、60℃で6時間反応させた。冷却した後、析出した結晶を濾別し、乾燥して、イソキノリンスルホニルクロリドを得た(収率63.5%)。HPLC分析において、0.003%の核塩素化物が認められた。
【実施例1】
【0032】
塩化チオニル51.2部、EDTA0.05部、5−イソキノリンスルホン酸10.0部及びN,N−ジメチルホルムアミド0.33部を混合し、60℃で4時間反応させた。冷却した後、トルエン48.5部を添加して析出した結晶を濾別し、乾燥して、イソキノリンスルホニルクロリドを得た(収率93.0%)。HPLC分析において、核塩素化物は全く認められなかった。
【実施例2】
【0033】
塩化チオニル41.2部、クメン1.6部、EDTA0.01部及びN,N−ジメチルホルムアミド0.28部を混合し、60℃で2.5時間処理した。この処理液を蒸留することなく5−イソキノリンスルホン酸10部を添加し、60℃で6時間反応させた。冷却した後、トルエンを添加して析出した結晶を濾別し、乾燥して、イソキノリンスルホニルクロリドを得た(収率89.2%)。HPLC分析において、核塩素化物は全く認められなかった。
【実施例3】
【0034】
塩化チオニル51.2部、クメン2.0部、EDTA0.013部及びN,N−ジメチルホルムアミド0.37部を混合し、60℃で2.5時間処理した。この処理液を蒸留することなく5−イソキノリンスルホン酸10部を添加し、60℃で4時間反応させた。冷却した後、析出した結晶を濾別し、乾燥して、イソキノリンスルホニルクロリドを得た(収率87.3%)。HPLC分析において、核塩素化物は全く認められなかった。
【実施例4】
【0035】
実施例3において得られたろ液19部に1.5%の塩化チオニル33部、クメン1.3部、EDTA0.008部及びN,N−ジメチルホルムアミド0.21部を混合し、60℃で2.5時間処理した。この処理液を蒸留することなく5−イソキノリンスルホン酸10部を添加し、60℃で9時間反応させた。冷却した後、析出した結晶を濾別し、乾燥して、イソキノリンスルホニルクロリドを得た(収率89.3%)。HPLC分析において、核塩素化物は全く認められなかった。
【実施例5】
【0036】
EDTAの代わりにエチレンジアミンジオルトヒドロキシフェニル酢酸を用いたことを除いて、実施例1と同じ操作を行った。HPLC分析において、核塩素化物は全く認められなかった。
【実施例6】
【0037】
EDTAの代わりにヒドロキシエチルイミノ二酢酸を用いたことを除いて、実施例1と同じ操作を行った。HPLC分析において、核塩素化物は全く認められなかった。
【実施例7】
【0038】
EDTAの代わりにL−グルタミン酸二酢酸を用いたことを除いて、実施例1と同じ操作を行った。HPLC分析において、核塩素化物は全く認められなかった。
【実施例8】
【0039】
クメンの代わりにベンゼンを用いたことを除いて、実施例2と同じ操作を行った。HPLC分析において、核塩素化物は全く認められなかった。
【実施例9】
【0040】
クメンの代わりにクロロベンゼンを用いたことを除いて、実施例2と同じ操作を行った。HPLC分析において、核塩素化物は全く認められなかった。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
キレート剤の存在下で、塩化チオニルとイソキノリンスルホン酸とを反応させることを特徴とするイソキノリンスルホニルクロリドの製造方法。
【請求項2】
キレート剤の存在下で、塩化チオニルと芳香族化合物とを混合し、混合物を反応させた後、反応生成物とイソキノリンスルホン酸とを反応させることを特徴とするイソキノリンスルホニルクロリドの製造方法。
【請求項3】
前記キレート剤が、EDTA、ジエチレントリアミン五酢酸、トリエチレンテトラミン六酢酸、1,3−プロパンジアミン四酢酸、エチレンジアミンジオルトヒドロキシフェニル酢酸、エチレンジアミン二酢酸、エチレンジアミン二プロピオン酸、ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸、ジヒドロキシエチルエチレンジアミン二酢酸、ジアミノプロパン四酢酸、ヒドロキシエチルイミノ二酢酸、ニトリロ三酢酸、トランスシクロヘキサンジアミン四酢酸、L−グルタミン酸二酢酸からなる群より選択される、請求項1または請求項2のいずれかに記載の方法。
【請求項4】
前記芳香族化合物が、ベンゼン、ナフタレン、アンスラセン、フェナンスレン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、メシチレン、クメン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン、および塩化ベンジルからなる群より選択される、請求項2または3のいずれかに記載の方法。