説明

イソクリシス藻類の培養方法

【課題】イソクリシス藻類を光照射総量に対して高い効率で増殖させ、電気エネルギーの消費量を抑制できるイソクリシス藻類の培養方法を提供すること。
【解決手段】恒温水槽6中の培養液にイソクリシス藻類を接種し、白色発光ダイオードを光源として、培養液に周波数102〜105Hz、デューティー比40〜80%の断続光を照射する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イソクリシス藻類の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
我が国では1970年代後半、200海里経済水域の施行による沿岸、沖合域での漁獲量の増加や、沿岸域での水産資源の生息環境悪化により漁業資源の枯渇を招いた。そこで、資源安定を目指した栽培漁業への取り組みが進められており、養殖漁業の割合も年々増して、2003年には漁業全体の24%を占めるに至っている。
これら栽培漁業や養殖漁業の約90%では、生育の過程において餌料として直接、間接的に微細藻類が与えられているため、人工種苗生産には微細藻類の培養が不可欠となっている。
【0003】
ところで、ハプト藻(イソクリシス ガルバナ:Isochrysis galbana)等のイソクリシス藻類はイコサペンタエン酸(EPA)及びドコサヘキサエン酸(DHA)を多く含み、貝類幼生等の飼料として一般的に用いられている。
イソクリシス藻類のような微細藻類は、光エネルギーを利用して、二酸化炭素と水から有機化合物を生産する。即ち、光は微細藻類の培養において生産量を左右する重大な要素である。
一方、培養は天候、環境汚染等の外的要因による影響を避けるために恒温室内で行われることが多い。室内培養では人工光照射が必要となり、多大な電気エネルギー消費量が生産コストを押し上げている。
このため、微細藻類培養の現場では、少ない電力消費量で効率的に生産量を上げることができる光環境の確立が求められている。
【0004】
従来、水槽中の無機液体培地に、イソクリシス藻体を、PCV濃度0.9〜1.7ml/lの割合で接種し、水槽の前後面のいずれか片面から照度6000〜16000lxの光を照射して、PCV濃度1.8〜4.9ml/lに成るまで培養する第1工程と、当該PCV濃度1.8〜4.9ml/lの培養液に、水槽の前後両面から照度11000〜21000lxの光を照射して、PCV濃度5.0〜7.2ml/lに成るまで培養する第2工程と、当該PCV濃度5.0〜7.2ml/lの培養液に、水槽の前後両面から照度10000〜35000lxの光を照射して、PCV濃度8.0〜8.5ml/lに成るまで培養する第3工程とから成るイソクリシス藻類の培養方法が知られている(特許文献1参照)。
しかし、上記従来の培養方法は、白熱灯或いは蛍光灯を光源とする光を、次第に照度を高めながら長時間連続照射するので、多くの電力を消費し、生産コストが高くつく。
【0005】
【特許文献1】特開平9−252763号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、イソクリシス藻類を光照射総量に対していっそう高い効率で増殖させ、電気エネルギーの消費量を抑制できるイソクリシス藻類の培養方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のイソクリシス藻類の培養方法は、恒温水槽中の培養液にイソクリシス藻類を接種し、白色発光ダイオードを光源として、前記培養液に周波数102〜105Hz、デューティー比40〜80%の断続光を照射する。
イソクリシス藻類としては、上記イソクリシス・ガルバナ(Isochrysis galbana)の外に、カエトセロス・グラシリス(chaetoceros gracilis)等がある。
【0008】
白色発光ダイオードはパネル上に多数配置し、この白色発光ダイオードパネルをコントローラに接続してある。コントローラは、電源のON/OFF、光強度、照射時間、周波数、及び、デューティー比を制御する。
デューティー比とは、パルスの周期に対する点灯時間の比であり、例えば、デューティー比50%とは、点灯時間:消灯時間=1:1で点滅する状態を、デューティー比30%とは、点灯時間:消灯時間=3:7で点滅する状態をいう。
白色発光ダイオードを光源とする光は、ピーク点が複数ある連続スペクトルの波長を有するので、光合成における光の利用効率が高い。
また、発光ダイオードは、白熱灯に比べて、波長純度が良く応答性に優れ、電光変換効率が高くて消費電力が小さく、寿命が数倍長い。
【0009】
光強度が100μmol/m2/sec程度までは、光合成速度は光強度にほぼ比例して増加するが、これ以上光強度を大きくしても、強光阻害と称する現象により、光合成作用は頭打ちになって、光を無駄に照射していることになる。一方、光強度が弱すぎると光合成速度が低下する。
従って照射する光の強度を100μmol/m2/sec程度とし、この光を、周波数102〜105Hz、デューティー比40〜80%の断続光とすることにより、イソクリシス藻類の生育を促すと共に、電力消費を抑制する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、総照射光量が同じであっても非常に効率良くイソクリシス藻類を生育させることができるので、生産量に対する電気消費量を少なくして生産コストを抑制することが可能である。
また、光源として発光ダイオードを用いたので、消費電力をさらに少なくすることができ、光質の劣化や発熱を抑え、高周波の断続光を安定して照射できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
恒温水槽中の培養液に、イソクリシス・ガルバナ、カエトセロス・グラシリス等のイソクリシス藻類を接種する。
そして、培養液を攪拌しながら、白色発光ダイオードを光源として、光強度100μmol/m2/sec程度、周波数102〜105Hz、デューティー比40〜80%の断続光を照射して、培養を行う。
【実施例】
【0012】
イソクリシス藻類の培養に用いる培養装置を図1に示す。培養装置は、光源部1と培養部2とから成る。
光源部1は、白色発光ダイオードパネル3と、白色発光ダイオードパネル3にケーブル4を介して接続されたコントローラ5とを備える。
白色発光ダイオードパネル3の培養部2と対向した面には、多数の白色発光ダイオードが配設されている。
コントローラ5を操作することにより、電源のON/OFF、白色発光ダイオードから照射される光強度、照射時間、周波数、及び、デューティー比の設定が可能である。
【0013】
培養部2は、恒温水槽6及び水温調整器7を有する。恒温水槽6は、水温調整器7により調温した水が循環するようになっており、その上方に白色発光ダイオードパネル3が設置されている。
また、産業的に培養を行う場合は、恒温水槽6を培養容器とするが、照射光の条件を変えて実験するに当たっては、恒温水槽6内において、白色発光ダイオードパネル3の直下に、500mlのビーカー8を培養容器として設置し、ビーカー8の下方にマグネティックスターラ9を設置した。
なお、この実験で、白色発光ダイオードから照射される直達光以外の反射光の影響を除くために、ビーカー8の外面を黒色塗装し、外部光による影響を排除するために、培養装置全体を暗幕で覆った。
【0014】
培養するイソクリシス藻としてハプト藻を用いた。ハプト藻は、形状が球形で単細胞遊泳性のプランクトンであるため、培養液中の濃度が均一になり、粒子数の計測に適している。
準備培養したハプト藻を濃度約2.0×105cells/mlになるようF/2培地で希釈して、ビーカー8内に500ml満たし、このビーカー8を水温20±0.5℃に制御した恒温水槽6中に設置した。
また、ビーカー8に攪拌子を一つ投入し、この攪拌子をマグネティックスターラ9で動かして、培養液を常時攪拌した。
そして、白色発光ダイオードパネル3から、光強度104μmol/m2/sec、周波数102〜105Hz、デューティー比40〜80%の断続光を照射して、ハプト藻を培養する。
【0015】
[実験1]
白色発光ダイオードパネル3から、9個のビーカー8に周波数103Hz、デューティー比50%の断続光を照射し、比較例として、10個のビーカー8に定常光を照射した。
光強度は、全て104μmol/m2/secである。断続光の照射時間は24H/日であり、定常光の照射時間は、総照射光量が同じくなるよう12H/日とした。
そして、実験開始日、3日目、6日目の細胞数をそれぞれ計測して、増殖率の平均値を表1及び図2に示す。
【0016】
【表1】

【0017】
周波数103Hzの断続光を照射したビーカー8の増殖率は、3日目で4.0、6日目で10.6であり、定常光を照射したビーカー8の増殖率は、3日目で2.9、6日目で8.7であった。
実験開始3日目で両者の増殖率に差異が見られ、3日目で断続光が定常光の1.4倍、6日目で断続光が定常光の1.2倍増殖率が高かった。
なお、計測機器は、孔径100μmのアパチャーチューブを装着したコールタカウンターマルチサイザーII(Beckman Coulter Inc.)を使用した。粒径3.0〜6.1μmの範囲内に存在するイソクリシス・ガルバナの細胞数を計測し、計測を5回繰り返して、その平均を計測値とした。
【0018】
[実験2]
周波数1Hz、10Hz、102Hz、103Hz、5×103Hz、104Hz、105Hzの断続光をそれぞれ6個のビーカー8に照射した。断続光の光強度は、104μmol/m2/sec、デューティー比は50%である。
そして、照射開始から2日目、4日目及び6日目の細胞数を計測し、増殖率の平均値を表2及び図3に示す。
【0019】
【表2】

【0020】
表2及び図3から明らかなように、増殖率は日数の経過に伴って増加し、2日目、4日目及び6日目の増殖率は、1Hzでは2.3,5.7及び10.4、10Hzでは2.4,6.6及び11.7、102Hzでは2.5,6.8及び12.1、103Hzでは2.6,6.9及び12.1、5×103Hzでは2.5,6.9及び12.5、104Hzでは2.5,6.8及び12.8、105Hzでは2.5,6.8及び12.3であった。
2日目以降は10Hzより高い周波数を照射したビーカー8の増殖率が高まり、4日目以降は102Hzより高い周波数を照射したビーカー8の増殖率が高まった。
【0021】
また、図4に、照射開始から6日目の増殖率を周波数別に示す。図4において、グラフ上の点は平均値を、縦棒の長さは標準偏差をあらわす。
6日目の増殖率は、周波数が高くなるに従って増殖率も高まり、周波数104Hzの断続光を照射したものが最も高く、周波数1Hzの断続光を照射したものに比べて1.2倍である。
周波数105Hzの断続光を照射したものは、周波数104Hzの断続光を照射したものより増殖率が低下し、このことから周波数が高すぎると増殖率が低くなると推測される。
実験2から、培養効率が高い周波数は102〜105Hzであることがわかった。
なお、細胞数の計測機器、及び、計測方法は、実験1と同様である。
【0022】
[実験3]
断続光のデューティー比を11%、30%、40%、50%、60%、70%、80%及び100%に変えて、それぞれ7個のビーカー8に照射し、細胞増殖率の平均値の経日変化をデューティー比別に表3及び図5に示す。断続光の周波数は104Hz、照射時間は24H/日である。
また、光強度は、1日当たりの総照射光量が同一になるよう、各デューティー比に対応させて、順に、470、173、130、104、87、74、65及び52μmol/m2/secとした。
【0023】
【表3】

【0024】
3日目及び6日目の増殖率は、デューティー比11%では2.8及び7.3、30%では3.4及び9.4、40%では3.9及び11.1、50%では3.7及び10.8、60%では3.8及び11.1、70%では3.8及び10.9、80%では3.8及び11.1、100%では3.7及び10.2であった。
デューテュー比11%の断続光を照射したものは、他のデューティー比の断続光を照射したものに比べて、実験開始後3日目で増殖率が低くなり、日数が経過するに従ってその差が増した。また、デューティー比30%及び100%では、増殖率がやや低かった。
【0025】
図6に、実験開始後6日目の増殖率をデューティー比別に示す。グラフ上の点は平均値を、縦棒の長さは標準偏差をあらわす。
6日後の増殖率は、デューティー比11%で最も低く、デューティー比が高くなるほど増殖率が増大する傾向が見られ、100%ではやや低くなった。
結局、デューティー比40%〜80%で増殖率が高く、最も増殖率が低いデューティー比11%の1.5倍になることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明に係る培養装置の斜視図。
【図2】実験1の結果を示す図。
【図3】実験2において、増殖率の経日変化を断続光の周波数ごとに示す図。
【図4】実験2において、6日目の増殖率を断続光の周波数ごとに示す図。
【図5】実験3において、増殖率の経日変化を断続光のデューティー比ごとに示す図。
【図6】実験3において、6日目の増殖率を断続光のデューティー比ごとに示す図。
【符号の説明】
【0027】
1 光源部
2 培養部
3 白色発光ダイオードパネル
4 ケーブル
5 コントローラ
6 恒温水槽
7 水温調整器
8 ビーカー
9 マグネティックスターラ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
恒温水槽中の培養液にイソクリシス藻類を接種し、白色発光ダイオードを光源として、前記培養液に周波数102〜105Hz、デューティー比40〜80%の断続光を照射するイソクリシス藻類の培養方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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