説明

インクジェット用インクとそれを用いた記録方法、記録ユニット、インクカートリッジ、及び記録装置

【課題】 インクジェット用インクとして、印字耐久性に優れ、且つ、印字耐久試験後もインクのpHを一定に保持するインク、及び、インクジェット記録方法、記録ユニット、インクカートリッジ、記録装置を提供する。
【解決手段】 金属又は金属酸化物の少なくとも一方の化合物からなる発熱部接液面を有した記録ヘッドを備えたサーマルインクジェットプリンタに用いられる、色材を3重量%以上含有し、且つ、色材の緩衝領域のpHで使用するインクジェット用インクであって、緩衝領域をもつ色材と下記一般式(1)で表されるpH緩衝領域拡大助剤を含有することを特徴とするインクジェット用インク。
一般式(1)
【化1】


(但し、一般式(1)中、Xは、カルボキシル基又はスルホン酸基を表す。Yは、水素原子、カルボキシル基及びスルホン酸基の何れかを表す。nは、0又は1の整数を表し、mは0乃至2の何れかの整数を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクジェット用インクであって、印字耐久性に優れたインクと該インクを用いた記録方法、記録ユニット、インクカートリッジ、及び、記録装置に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット記録方法は、インク小滴を普通紙、及び、専用光沢メディア上に飛翔させ、画像を形成する記録方法であり、その低価格化、印字速度の向上により、急速に普及が進んでいる。又、その記録画像の高画質化が進んだことに加えて、デジタルカメラの急速な普及に伴い、銀塩写真と匹敵する写真画像の出力方法として、広く一般的になっている。
【0003】
近年、飛翔させるインク滴の極小液滴化や多色インクの導入に伴う色域の向上など、より高画質化が進んでいる。
【0004】
但し、その反面、色材、あるいは、インクに伴う負荷はより大きくなり、発色性の向上や、固着性、吐出安定性等の信頼性については、より厳しい特性が要求されている。
【0005】
又、一方で、銀塩写真と比較した場合のインクジェット記録方式の問題点として、その記録物の画像保存性が挙げられる。インクジェット記録物は、一般的に、銀塩写真と比べ、その画像保存性が低く、記録物が光、湿度、熱、空気中に存在する環境ガスなどに長時間さらされた際に、記録物上の色材が劣化し、画像の色調変化や褪色が発生しやすいといった問題があり、その向上には、従来から数多くの技術改善が成されている。
【0006】
例えば、堅牢性を向上させる手段として、アントラピリドン構造を有した色材が従来から開示されているが、なかでも、特定構造のアントラピリドン系色材を用いることにより、インクの堅牢性を向上させたものが開示されており(特許文献1、2参照)、これらは、非常に優れた堅牢性を有している。
【0007】
一方、インクに添加剤を加えることにより、インクジェットプリンタの記録ヘッドの長寿命化する方法は、公知である。即ち、該方法は、インクに添加剤を含有することにより、該記録ヘッドの長寿命化を行う方法である(特許文献3、特許文献4参照)。
【特許文献1】特開2002−332419号公報
【特許文献2】特開2003−192930号公報
【特許文献3】特開2002−12805号公報
【特許文献4】特開2002−137399号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、これらの堅牢性の優れた色材は、インクジェット用インクとして使用された場合に、インクジェット用の信頼性を確保するのに困難な場合があり、特に、インクに熱エネルギーを作用させて記録媒体に記録を行うインクジェット記録を行った場合、インクジェットヘッドの発熱部(発熱部が直接液体に接する形態の場合の発熱部自体又は、発熱部の表面に一層乃至複数層の保護層を有する場合の保護層)にコゲを生じさせたり、連続印字を長期間行った場合に、発熱部を劣化させ、更には断線を引き起こす等、吐出特性に多大な影響を与える場合があった。
【0009】
本発明者らが、該堅牢性の優れた色材を含有するインクを使用し、これらの現象が発生する原因を検討した結果、この現象の原因がインク中に含まれる色材の特定部位とインク中の特定イオンに依存していることが判明した。例えば、該特定部位とは、トリアジン環上のヒドロキシル基のような、水素イオンを放出しやすい置換基のことであり、該特定イオンとは、水酸化物イオンのことである。
【0010】
該水素イオンを放出しやすい置換基を有する色材は、水溶液(インク)にした場合に、インクがこの緩衝領域(水素イオン濃度を一定に保持しようとする領域)をもつ場合がある。
【0011】
インクがこの緩衝領域をもつことは、インク単独としては、歓迎されることである。例えば、インクが、物流時に、様々な環境下に放置されても、インクの緩衝作用により、インクのpHは一定に保持され、色材の分解を抑制する等の利点がある。
【0012】
しかし、金属又は金属酸化物の少なくとも一方から構成される発熱部を有するサーマルインクジェットプリンタで、緩衝領域をもつインクを使用し、連続印字を長期間行うと、吐出(熱エネルギーがかかる)度に、該発熱部と水酸化物イオンとが反応し、該発熱部を劣化、更には断線するという短所もある。
【0013】
上記課題をもつ該色材を使いこなす方法としては、使用する染料濃度を下げることがあげられるが、染料濃度を下げると、高濃度の印字物を得ることができなくなる。
【0014】
インクに添加剤を加えることによりインクジェットプリンタの記録ヘッドを長寿命化する方法は、該添加剤の種類によっては、インクに添加することで、インクの水素イオン濃度(以下、pHと略記する)を上昇する(又は、下降する)ことがあり、pHの変化に敏感な色材にとっては、該添加剤をインクに含有させることによって、記録ヘッドの長寿命化が達成されると共に、弊害が発生することも懸念される。予想される弊害としては、該添加剤をインクに含有させることで、インクのpHが上昇する(又は、下降する)ことで、インクの吸収スペクトルが変化し、結果として印字物の色味が変化したり、該記録ヘッドとの接液性が悪化して(インクと該記録ヘッドの材料とが接触した時に、材料の一部がインク中に溶出する等)しまう(結果として、該記録ヘッドに使用できる部材の選択肢を狭める)等が挙げられる。
【0015】
本発明者らは、上記課題を解決するために、添加剤の検討を行っている中で、インクのpHにほとんど影響せず、且つ、インクのpHを所望の範囲内(好ましくは、ほぼ一定)に、長期間保持できる(以下、このことをpH緩衝領域の拡大と呼ぶ)添加剤を発見した。本発明において、該添加剤を、pH緩衝領域拡大助剤と呼ぶ。インク中に、pH緩衝領域拡大助剤を含有させることで、該発熱部の劣化を抑制し、インクのpHを所望の範囲内(好ましくはほぼ一定)に保持でき、且つ、インクのpH緩衝領域を拡大することを見出した。本発明は、この知見に基づきなされたものである。
【0016】
従って、本発明の第1の目的は、色材の緩衝領域のpHで使用するインクジェット用インクにおいて、緩衝領域をもつ色材と下記一般式(1)の構造をもつpH緩衝領域拡大助剤を含有するインクを使用した場合に、連続印字を長期間行った場合に、発熱部の劣化、更には発熱部に電圧を印加するための配線等の断線を抑制し、且つ、インクのpHを所望の範囲内(好ましくはほぼ一定)に保持することである。
【0017】
発熱部の劣化、更には発熱部に電圧印加するための配線等の断線という課題は、上記内容によって解決できるが、本発明の第1の目的に示した一般式(1)の化合物と色材とを含有するインクで更なる検討をしていたところ、色材の酸性度定数をpKaとし、該pH緩衝領域拡大助剤の酸性度定数をpKaとした場合に、pKa<pKaの場合、又は、pKa≧pKaであっても、pKaとpKaとの差が1よりも大きいと、該色材が析出する傾向があるという新たな事実の発見に至った。そこで、この新たな問題を解決するために、本発明の第2の目的は、色材の酸性度定数(pKa)と下記一般式(1)の構造のpH緩衝領域拡大助剤の酸性度定数(pKa)との差が0以上1以下にした場合に、該第1の目的に加えて、色材の析出を抑制することである。
【0018】
一方、第1の目的と同様に、pH変化の要因を見ると、様々な物流環境に曝されることで、インクのpHは、変化することもある。インクのpHが下がりすぎると、前記色材等が析出する傾向があり、インクのpHが上がりすぎると、該発熱部が劣化し、断線する場合があった。そこで、本発明の第3の目的は、緩衝領域をもつ色材が下記一般式(2)の構造をもち、該色材と下記一般式(1)とを含有するインクを使用した場合に、環境対応をも可能で、インクのpHを所望の範囲内(好ましくはほぼ一定)に保持する期間を長くする(pH緩衝領域を拡大する)ことである。
【0019】
又、更に別の観点からは、銀塩写真並みの高画質な画像を提供できるようになったことで、印字してから長時間放置しても、印字物が色褪せることがないインクが要求されるようになった。そこで、本発明の第4の目的は、下記一般式(4)の構造をもち、該色材を含有するインクを使用し、連続印字を行った場合に、第1から第3の目的に加えて、堅牢性に優れたインクを提供することである。
【0020】
発熱部の劣化、更には発熱部に電圧印加するための配線等の断線という第1の課題を克服するために、本発明の第1から第4の目的で示した一般式(1)化合物と色材とを含有するインクで検討していたところ、通常吐出には問題ないが、連続印字という観点で見ると、多少の長期連続印字特性が低下する場合も合った。そこで、本発明の第5の目的は、一般式(1)の構造の化合物がタウリン(2−アミノエタンスルホン酸)であるインクジェット用インクを使用し、連続印字を行った場合に、発熱部の劣化、更には発熱部に電圧を印加するための配線等の断線をより効果的に抑制し、インクのpHを一定に保持し、且つ、堅牢性の優れたインクを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明者らは前記した課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、本発明に至ったものである。
【0022】
本発明の第1の目的を達成する手段は、金属又は金属酸化物の少なくとも一方の化合物からなる発熱部接液面を有した記録ヘッドを備えたサーマルインクジェットプリンタに用いられる、色材を3%重量以上含有し、且つ、色材の緩衝領域のpHで使用するインクジェット用インクであって、緩衝領域をもつ色材と下記一般式(1)の構造のpH緩衝領域拡大助剤を含有するインクジェット用インクである。
【0023】
一般式(1)
【0024】
【化1】

【0025】
(但し、一般式(1)中、Xは、カルボキシル基又はスルホン酸基を表す。Yは、水素原子、カルボキシル基及びスルホン酸基の何れかを表す。nは、0又は1の整数を表し、mは0乃至2の何れかの整数を表す。)
【0026】
本発明の第2の目的を達成する手段は、前記本発明の第1の目的を達成する手段において、該緩衝領域をもつ色材の酸性度定数をpKaとし、該pH緩衝領域拡大助剤の酸性度定数をpKaとしたとき、pKaとpKaとの差が0以上1以下であり、且つ、該緩衝領域をもつ色材の酸性度定数(pKa)と該pH緩衝領域拡大助剤の酸性度定数(pKa)との関係が、下記式(A)の関係であるインクジェット用インクである。
式(A)
pKa≧pKa
【0027】
本発明の第3の目的を達成する手段は、該色材が下記一般式(2)の構造の色材を使用するインクジェット用インクである。
【0028】
一般式(2)
【0029】
【化2】

【0030】
(一般式(2)中、Arは、未置換又は置換されていてもよいベンゼン環、未置換又は置換されていてもよいナフチル環、又は下記一般式(3)で表される置換基を表し、Arは、未置換又は置換されていてもよいベンゼン環、未置換又は置換されていてもよいナフチル環を表す。)
一般式(3)
【0031】
【化3】

【0032】
(一般式(3)中、Rは水素原子、アルコキシカルボニル基又は、未置換又は置換されていてもよいベンゾイル基を表し、Rは水素原子、アルキル基、ヒドロキシ低級アルキル基、シクロヘキシル基、モノ又はジアルキルアミノアルキル基、シアノ低級アルキル基を表し、Xは、カルボン酸基、スルホン酸基、又はその塩を表し、lは、1又は2を表す。)
【0033】
本発明の第4の目的を達成する手段は、該色材が下記一般式(4)の構造のアントラピリドン化合物又はその塩である色材を使用するインクジェット用インクである。
【0034】
一般式(4)
【0035】
【化4】

【0036】
(一般式(4)中、Rは、水素原子、アルキル基、ヒドロキシ低級アルキル基、シクロヘキシル基、モノ又はジアルキルアミノアルキル基、シアノ低級アルキル基、R、R、R、R、R、はそれぞれ独立して水素原子、炭素数1〜8までのアルキル基、カルボキシル基(但し、R、R、R、R、Rのすべてが水素原子である場合を除く。)である。)
【0037】
本発明の第5の目的を達成する手段は、一般式(1)の構造の化合物がタウリン(2−アミノエタンスルホン酸)であり、且つ、タウリンがインク中に含有するインクジェット用インクである。
【発明の効果】
【0038】
本発明の第1の手段の効果は、該発熱部接液面を有した記録ヘッドを備えたサーマルインクジェットプリンタに用いられる、色材を3%重量以上含有し、且つ、色材の緩衝領域のpHで使用するインクジェット用インクであって、緩衝領域をもつ色材と下記一般式(1)で表されるpH緩衝領域拡大助剤をインクジェット用インクに含有することにより、連続印字を長期間(印字耐久試験)行っても、高品位の印字物を得ることができ、且つ、インクのpHが、所望の範囲内(好ましくはほぼ一定)に保持できるインクジェット用インク、当該インクを用いたインクセット、記録方法、記録ユニット、インクタンク、記録装置を提供することにある。
【0039】
本発明の第2の手段の効果は、前記本発明の第1の目的を達成する手段において、該色材の酸性度定数をpKaとし、該pH緩衝領域拡大助剤の酸性度定数をpKaとしたとき、pKaとpKaとの差が0以上1以下であり、且つ、該緩衝領域をもつ色材の酸性度定数(pKa)と該pH緩衝領域拡大助剤の酸性度定数(pKa)との関係が、上記式(A)の関係のインクジェット用インクを使用することにより、連続印字を長期間(印字耐久試験)行っても、高品位の印字物を得ることができ、且つ、インクのpHが、所望の範囲内(好ましくはほぼ一定)に保持できるインクジェット用インク、当該インクを用いたインクセット、記録方法、記録ユニット、インクタンク、記録装置を提供することにある。
【0040】
本発明の第3の手段の効果は、該色材が下記一般式(2)で表される色材を含有するインクジェット用インクを使用することにより、連続印字を長期間(印字耐久試験)行っても、高品位の印字物を得ることができ、且つ、インクのpHが、所望の範囲内(好ましくはほぼ一定)に保持できるインクジェット用インク、当該インクを用いたインクセット、記録方法、記録ユニット、インクタンク、記録装置を提供することにある。
【0041】
本発明の第4の手段の効果は、該色材が下記一般式(4)で表される色材を含有するインクジェット用インクを使用することにより、連続印字を長期間(印字耐久試験)行っても、高品位の印字物を得ることができ、且つ、インクのpHが、所望の範囲内(好ましくはほぼ一定)に保持できるインクジェット用インク、当該インクを用いたインクセット、記録方法、記録ユニット、インクタンク、記録装置を提供することにある。
【0042】
本発明の第5の手段の効果は、一般式(1)で表される化合物がタウリン(2−アミノエタンスルホン酸)であり、且つ、タウリンがインク中に含有されるインクジェット用インクを使用することにより、連続印字を長期間(印字耐久試験)行っても、高品位の印字物を得ることができ、且つ、インクのpHが、所望の範囲内(好ましくはほぼ一定)に保持できるインクジェット用インク、当該インクを用いたインクセット、記録方法、記録ユニット、インクタンク、記録装置を提供することにある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0043】
以下に、本発明の好ましい実施の形態を挙げて、詳細に説明する。
【0044】
尚、本発明においては、化合物が塩である場合は、インク中では塩はイオンに解離して存在しているが、便宜上、「塩を含有する」と表現する。
【0045】
本発明において、金属又は金属酸化物の少なくとも一方の化合物からなる発熱部接液面を有した記録ヘッドを備えたサーマルインクジェットプリンタに用いられる、色材を3%以上含有し、且つ、色材の緩衝領域のpHで使用するインクジェット用インクであって、緩衝領域をもつ色材と下記一般式(1)で表されるpH緩衝領域拡大助剤を含有することを特徴とするインクジェット用インク。
【0046】
一般式(1)
【0047】
【化5】

【0048】
(但し、一般式(1)中、Xは、カルボキシル基又はスルホン酸基を表す。Yは、水素原子、カルボキシル基及びスルホン酸基の何れかを表す。nは、0又は1の整数を表し、mは0乃至2のいずれかの整数を表す。)
【0049】
ここで、インク中にpH緩衝領域拡大助剤を含有せず、且つ、pHに緩衝領域をもつ色材を含有するインクがインクジェットプリンタの記録ヘッドの発熱部を劣化させ、更には断線するメカニズムは明確ではないが、本発明者らは、以下のように推測している。尚、ここでの説明において、pHに緩衝領域をもつ色材として一般式(2)の構造の色材を例にとって説明するが、緩衝領域を有する色材であれば、これに限定されるものではない。
【0050】
インク中に存在する水酸化物イオンが、金属又は金属酸化物のどちらか一方の発熱部接液面に吸着し、インク中の水酸化物イオン濃度が下がる。下記式(I)に示すように、pHに緩衝領域をもつ色材がインク中に存在すると、水酸化物イオン濃度を一定に保とうとするため、水酸化物イオン濃度が上昇し、さらに、水酸化物イオンが、該発熱部接液面に吸着する。発熱部の加熱時(吐出時)、該発熱部接液面に多量に吸着した水酸化物イオンと該発熱部接液面とが反応し、さらに溶解(削る)する。上記反応が、発熱部の加熱(吐出)のたびに繰り返されるので、インクの使用範囲内に緩衝領域をもつ色材がインク中に存在すると、インクジェットプリンタの記録ヘッドの発熱部の劣化(該発熱部接液面の溶解)し、更には断線する。
【0051】
緩衝領域をもつ色材と一般式(1)のpH緩衝領域拡大助剤をインク中に含有することで、インクジェットプリンタの該発熱部の劣化を阻害し、且つ、インクのpH緩衝領域が拡大するメカニズムは明確ではないが、本発明者らは、以下のように推測している。
【0052】
本発明において、一般式(1)のpH緩衝領域拡大助剤は、アミノ基を有する酸であるため、水溶液中では、以下に示した(A)のような両性イオンで存在する。ここでは、一般式(1)の構造のX位がスルホン酸基である場合を例にとって説明するが、X位がカルボキシル基である場合も同様である。
【0053】
【化6】

【0054】
(但し、上記式(A)中のYは水素原子、カルボキシル基、スルホン酸基を表し、nは0又は1の整数を表し、mは0乃至2の整数を表す。)
【0055】
一般式(2)で表される色材はpHに緩衝領域をもち、緩衝領域内では、下記式(I)の左辺に示すようなアニオンで存在しており、インク中の水(HO)と反応することで、水酸化物イオン(OH)を発生させる。該水酸化物イオンは、先述したアミノ基を有する酸の窒素原子上の水素イオンと反応し、水に戻る。先述のインクジェットプリンタの記録ヘッドの発熱部の劣化、それに続く断線のメカニズムのところで説明したように、発熱部の断線を引き起こす原因物質は、水酸化物イオンである。下記式(I)及び(II)の反応により水酸化物イオンは中和され、該発熱部の劣化、それに続く断線は阻害されると考えている。
【0056】
さらに、一般式(1)のpH緩衝領域拡大助剤をインクに含有させることで、インクとしてのpH緩衝領域が拡大する推測されるメカニズムを説明する。
【0057】
下記式(II)において、水酸化物イオンと反応し、水素イオンを失ったpH緩衝領域拡大助剤は、下記式(III)に示すように、pHに緩衝領域をもつ色材から水素イオンを供給され、再び両性イオンとなる。
【0058】
あとは、下記式(I)から(III)の繰り返しである。この一連の反応によって、該記録ヘッドの発熱部の劣化は阻害され、且つ、インクのpH緩衝領域が拡大すると考えている。
【0059】
【化7】

【0060】
(但し、上記式(I)又は(III)中、Arは、未置換又は置換されていてもよいベンゼン環、未置換又は置換されていてもよいナフチル環、又は下記一般式(3)で表される置換基を表し、Arは、未置換又は置換されていてもよいベンゼン環、未置換又は置換されていてもよいナフチル環を表す。又、上記式(II)又は(III)中、Yは水素原子、カルボキシル基、スルホン酸基を表し、nは0又は1の整数を表し、mは0乃至2の整数を表す。)
【0061】
インクのpH緩衝領域を拡大する作用が、本発明において、重要であるかについて説明する。
【0062】
インクのpHは、様々な環境下で一定期間放置されたり、インクカートリッジからの揮発物質の蒸発等で変化する。インクのpHを所望の範囲内(好ましくはほぼ一定)に保持することは、一般的には困難なことである。
【0063】
しかし、該pH緩衝領域拡大助剤をインク中に含有させることで、先述のメカニズムにより、インクのpH緩衝領域が拡大する。インクのpH緩衝領域が拡大するということは、インク中のpHを所望の範囲内(好ましくはほぼ一定)に保持できるということであり、pHが高くなることによる該発熱部の劣化、断線、又は、pHが低くなることによる色材の析出等の問題を解決することができる。色材の酸性度定数(以下、pKaと略記する)とpH緩衝領域拡大助剤のpKaとの差が0以上1以下であるインクジェット用インクが、本発明において、特に効果があるかについて説明する。
【0064】
インクジェット用インクのpHは、様々な要因で変化し、変化することによる弊害は先述のとおりである。色材のpKaとpH緩衝領域拡大助剤のpKaとの差が1を超える場合、該インクのpHを所望の範囲内(好ましくはほぼ一定)に保持できなくなり、pHが高くなりすぎてしまうため、大量の水酸化物イオンが発生し、該発熱部接液面を溶解(削り)し、断線する。
【0065】
又、該発熱部の劣化、更には、断線は、インクの使用範囲内に緩衝領域をもつ色材がインク中に3%以上含有しているインクで、印字耐久試験を行っているときに見出された現象である。
【0066】
ここで、一般式(2)の構造の色材が、本発明において特に効果があるのかを説明する。
【0067】
一般式(2)
【0068】
【化8】

【0069】
(一般式(2)中、Arは、未置換又は置換されていてもよいベンゼン環、未置換又は置換されていてもよいナフチル環、又は下記一般式(3)で表される置換基を表し、Arは、未置換又は置換されていてもよいベンゼン環、未置換又は置換されていてもよいナフチル環を表す。)
【0070】
一般式(3)
【0071】
【化9】

【0072】
(一般式(3)中、Rは水素原子、アルコキシカルボニル基又は、未置換又は置換されていてもよいベンゾイル基を表し、Rは水素原子、アルキル基、ヒドロキシ低級アルキル基、シクロヘキシル基、モノ又はジアルキルアミノアルキル基、シアノ低級アルキル基を表し、Zは、カルボン酸基、スルホン酸基、又はその塩を表し、lは、1又は2を表す。)
一般式(2)の構造の色材を含むインクは、pH8から10の間に、緩衝領域をもつ。pHに緩衝領域をもつインクは、先述の通り、該発熱部接液面の劣化を引き起こす。一般式(1)の化合物をインクに含有させることで、式(I)から式(III)に示すメカニズムで、該発熱部接液面が溶解(削る)することを抑制し、且つ、インクのpH緩衝領域を拡大していると推測している。
【0073】
本発明において、一般式(4)の構造のアントラピリドン化合物又はその塩である色材を使用することが更に望ましい。一般式(4)の構造の色材を使用することが望ましい理由は、耐ガス性等の画像保存性をも向上させることができるからである。
【0074】
一般式(4)
【0075】
【化10】

【0076】
(一般式(4)中、Rは、水素原子、アルキル基、ヒドロキシ低級アルキル基、シクロヘキシル基、モノ又はジアルキルアミノアルキル基、シアノ低級アルキル基、R、R、R、R、R、はそれぞれ独立して水素原子、炭素数1から8までのアルキル基、カルボキシル基(但し、R、R、R、R、Rのすべてが水素原子である場合を除く。)である。)
【0077】
以下の例示化合物は、上記一般式(4)の構造の化合物の好ましい例示化合物である。但し、以下に限定されるわけではない。
【0078】
【化11】

【0079】
上記色材濃度としては、10重量%以下が望ましい。10.0重量%を超えると、固着回復性が得られない等、良好なインクジェット特性が得られ無くなる為である。
【0080】
もちろん、上記例示化合物は単独で使用することもできるが、2種類以上の化合物を組み合わせて使用することもできる。
【0081】
尚、本発明で使用される色材の検証方法として、(1)高速液体クロマトグラフィーによるピークの保持時間、(2)該ピークの極大吸収波長、(3)該ピークのマススペクトルにおけるM/Z(posi、nega)を用いることで検証可能である。
【0082】
(1)(2)高速液体クロマトグラフィーの分析条件は以下の通り。
約1000倍に純水で希釈したインク溶液に対して、下記の条件で高速液体クロマトグラフィーでの分析を行い、ピークの保持時間(retention time)、及び、ピークの極大吸収波長を測定する。
カラム:Symmetry C18 2.1mm×150mm
移動相
グラジエント条件
【0083】
【表1】

【0084】
流速:0.2ml/min
カラム温度:40℃
PDA:200nm〜700nm
【0085】
(3)マススペクトルの分析条件については以下の通り。
得られたピークに対して、下記の条件でマススペクトルを測定し、最も強く検出されたM/Zをposi、negaそれぞれに対して測定する。
イオン化法
ESI
キャピラリ電圧 3.5kV
脱溶媒ガス 300℃
イオン源温度 120℃
検出器
posi 40V 200−1500amu/0.9sec
nega 40V 200−1500amu/0.9sec
前記例示化合物のうち、例示化合物(*)に対しての保持時間、極大吸収波長、M/Z(posi)、M/Z(nega)の値を下記に示す。
【0086】
【表2】

【0087】
本発明における一般式(1)のpH緩衝領域拡大助剤は、タウリン(2−アミノエタンスルホン酸)が望ましく、且つ、インク中に0.5重量%以上5.0重量%以下含まれることが望ましい。タウリンが、インク中に0.5重量%未満含まれる場合、一般式(1)のpH緩衝領域拡大助剤としての役割が不十分となることがある。即ち、該インクのpH緩衝領域を十分に拡大することができず、この為、該発熱部接液面の溶解(削れ)を抑制する効果が十分でなく、該ヒータの削れを生ずる場合がある。タウリンが、インク中に5.0重量%よりも多く含まれる場合、該インクで印字を行うと、印字の書き出し部の印字品位が悪くなる場合がある。一般式(1)の化合物において、pH緩衝領域拡大助剤は、タウリンが望ましく、且つ、インク中に0.5重量%以上5.0重量%以下含ませることによって、該インクのpH緩衝領域を拡大でき、且つ、該発熱部接液面の溶解(削れ)を抑制し、更には、高品位な印字物を得ることができる。
【0088】
(緩衝領域)
緩衝領域とは、溶液がある程度の酸、又は、アルカリの添加や消失に関わらず、ほぼ一定のpHを維持しようとするpH領域である。溶液に、酸又はアルカリを添加し、pHの変化を測定した結果を図(滴定曲線:横軸は酸又はアルカリの添加量、縦軸はpHを示す)に表すと、本発明においては、緩衝領域は、pH変化の小さい領域の前後の領域(滴定曲線の2つの変曲点の間の領域)のことである。
【0089】
図1に、タウリン2%水溶液の酸アルカリ滴定曲線を示す。図1で、縦軸は、色材水溶液のpHを示す。横軸は、酸、又は、アルカリの添加量を表し、0よりも大きい数字は、水酸化ナトリウム水溶液の添加量、0よりも小さい数字は、硝酸水溶液の添加量を表す。該水溶液の滴定曲線を測定するための手順は、例えば、滴定する化合物10%水溶液を作成し、初期pHを測定する。色材水溶液の酸、又は、アルカリを使用してpHを7に調整する。一方の該pHを7に調整した色材水溶液に上記酸を添加し、他方の該pHを7に調整した色材水溶液に上記アルカリを添加していき、それぞれ色材水溶液のpHを測定するという方法がある。図1より、AからBの範囲が、タウリンの緩衝領域であり、pH6.5以上pH10.8以下である。
【0090】
図2に、例示化合物(*)の5重量%を含むインクの酸アルカリ滴定曲線を示す。図2の見方は、図1と同様である。図2より、CからDの範囲が、例示化合物(*)の緩衝領域であり、pH6.8以上pH10.8以下である。
【0091】
図3に、例示化合物(*)を5重量%とタウリンを2重量%含むインクの酸アルカリ滴定曲線を示す。図3の見方は、図1と同様である。図3より、EからFの範囲が、比較例の緩衝領域であり、pH7.3以上pH10.5以下である。
【0092】
図1、図2と図3を比較すると、タウリン2重量%水溶液、又は、例示化合物(*)の5重量%インクでのpH緩衝領域は、酸アルカリ添加量が、100mmol/Lから150mmol/Lなのに対して、タウリン2重量%と例示化合物(*)を5重量%含むインクでのpH緩衝領域は、酸アルカリ添加量は、220mmol/Lである。タウリンをインクに添加することで、インクのpH緩衝領域が拡大した。インクのpH緩衝領域が拡大するということは、pHの変化に対して、pHをより一定に保持できることを意味している。
【0093】
(酸性度定数pKa)
インクの酸性度定数(pKa)とは、上記緩衝領域の中点のことである。
【0094】
図1より、タウリン2%水溶液のpKaは、8.7である。
【0095】
図2より、例示化合物(*)の5重量%水溶液のpKaは、8.9である。図1、図2より、該緩衝領域をもつ色材の酸性度定数をpKaとし、該pH緩衝領域拡大助剤の酸性度定数をpKaとしたとき、pKaとpKaとの差が0以上1以下であり、且つ、該緩衝領域をもつ色材の酸性度定数(pKa)と該pH緩衝領域拡大助剤の酸性度定数(pKa)との関係が、下記式(A)の関係を満足していることがわかる。
式(A)
pKa≧pKa
【0096】
(pH緩衝領域拡大助剤)
本発明において、pH緩衝領域拡大助剤とは、上記一般式(1)の構造の化合物であり、該pH緩衝領域拡大助剤をインク中に含有させることで、インクのpH緩衝領域を拡大する化合物のことである。上記一般式(1)の代表例としてタウリンを、緩衝領域を有する色材の代表例として例示化合物(*)を例に説明すると、タウリンを2重量%含有する水溶液の滴定曲線は、図1である。図2は、例示化合物(*)を5重量%含有するインクの滴定曲線である。そして、図3は、例示化合物を5重量%とタウリンを2重量%含有するインクの滴定曲線である。図1と図3とを比較すると、図3の方が、緩衝領域が広くなっている。図2と図3とを比較すると、図3の方が、緩衝領域が広くなっている。このことから、タウリンと例示化合物(*)を一緒にインク中に含有させることで、緩衝領域が、拡大したことがわかる。
【0097】
(水溶性有機溶剤及び添加剤)
本発明のインクでは、グリセリン及び上記の特定構造のアセチレングリコール化合物が含まれていれば、他に、どのような水溶性有機溶剤及び添加剤が含まれるかについては特に限定はない。任意で各種水溶性有機溶剤を用いることができる。水溶性有機溶剤には、水溶性であれば特に制限は無く、アルコール、多価アルコール、ポリグリコール、グリコールエーテル、含窒素極性溶媒、含硫黄極性溶媒等が挙げられる。下記に、本発明のインクで使用することができる水溶性有機溶剤について例示するが、これらの水溶性有機溶剤に限定されるものではない。具体的には例えば、メチルアルコール、エチルアルコール、nープロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n−ブチルアルコール、sec−ブチルアルコール、tert−ブチルアルコール等の炭素数1から4のアルキルアルコール類;ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等のアミド類;アセトン、ジアセトンアルコール等のケトン又はケトアルコール類;テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル類;ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等のポリアルキレングリコール類;エチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、トリエチレングリコール、1,2,6−ヘキサントリオ−ル、チオジグリコール、ヘキシレングリコール、ジエチレングリコール等のアルキレン基が2〜6個の炭素原子を含むアルキレングリコール類;ポリエチレングリコールモノメチルエーテルアセテート等の低級アルキルエーテルアセテート;エチレングリコールモノメチル(又はエチル)エーテル、ジエチレングリコールメチル(又はエチル)エーテル、トリエチレングリコールモノメチル(又はエチル)エーテル等の多価アルコールの低級アルキルエーテル類;トリメチロールプロパン、トリメチロールエタン等の多価アルコール;N−メチル−2−ピロリドン、2−ピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン等が挙げられる。上記のごとき水溶性有機溶剤は、単独でもあるいは混合物としても使用することができる。
【0098】
又、必要に応じて、上記の特定構造のアセチレングリコール化合物以外の界面活性剤、pH調整剤、防錆剤、防腐剤、防黴剤、酸化防止剤、還元防止剤、蒸発促進剤、キレート化剤、及び、水溶性ポリマーなど、種々の添加剤を含有させても良い。
【0099】
(インクセット)
本発明のインクは、他のインクと組み合わせて使用するインクセットとしても好ましく使用することができる。インクセットとして組み合わせることのできる他のインクについての限定は特にない。
【0100】
(記録媒体)
本発明のインクを使用して画像を形成する事ができる記録媒体としては、インクを付着して記録を行う記録媒体であればいずれのものでも使用することができる。
【0101】
(インクジェット記録方法)
本発明のインクを使用して、インクを記録信号に応じてオリフィスから吐出させて記録媒体上に記録を行うインクジェット記録方法を好ましく使用することができ、特に、インクに熱エネルギーを作用させて記録媒体に記録を行うインクジェット記録方法を更に好ましく使用できる。
【0102】
(記録ユニット)
本発明のインクを用いて記録を行うのに好適な記録ユニットとしては、これらのインクが収容されるインク収容部を有する記録ヘッドを備えた記録ユニットが挙げられ、この記録ヘッドの発熱部が、記録信号に対応した熱エネルギーを与えられ、該エネルギーによりインク液滴を発生させることを特徴とする記録ユニットが挙げられる。
【0103】
(インクカートリッジ)
本発明のインクを用いて記録を行うのに好適なインクカートリッジとしては、これらのインクが収容されるインク収容部を有するインクカートリッジが挙げられる。
【0104】
(インクジェット記録装置)
本発明のインクを用いて記録を行うのに好適な記録装置としては、これらのインクが収容されるインク収容部を有する記録ヘッドの室内のインクに、記録信号に対応した熱エネルギーを与え、該エネルギーによりインク液滴を発生させる装置が挙げられる。
【0105】
以下に、本実施形態で用いるインクジェット記録装置の基後部の概略構成を説明する。本実施形態における記録装置本体は、各機構の役割から、給紙部、用紙搬送部、キャリッジ部、排紙部、クリーニング部及びこれらを保護し、意匠性を持たす外装部から構成されている。以下、これらの概略を説明していく。
【0106】
図2は、本実施形態で適用する記録装置の斜視図である。又、図3及び図4は、記録装置本体の内部機構を説明するための図であり、図3は右上部からの斜視図、図4は記録装置本体の側断面図をそれぞれ示したものである。
【0107】
本実施形態で適用する記録装置において給紙を行う際には、まず給紙トレイM2060を含む給紙部において記録媒体の所定枚数のみが給紙ローラM2080と分離ローラM2041から構成されるニップ部に送られる。送られた記録媒体はニップ部で分離され、最上位の記録媒体のみが搬送される。用紙搬送部に送られた記録媒体は、ピンチローラホルダM3000及びペーパーガイドフラッパーM3030に案内されて、搬送ローラM3060とピンチローラM3070とのローラ対に送られる。搬送ローラM3060とピンチローラM3070とからなるローラ対は、LFモータE0002の駆動により回転され、この回転により記録媒体がプラテンM3040上を搬送される。
【0108】
キャリッジ部では記録媒体に画像形成する場合、記録ヘッドH1001(図5)を目的の画像形成位置に配置させ、電気基板E0014からの信号に従って、記録媒体に対しインクを吐出する。記録ヘッドH1001についての詳細な構成は後述するが、本実施形態の記録装置においては、記録ヘッドH1001により記録を行いながらキャリッジM4000が列方向に走査する記録主走査と、搬送ローラM3060により記録媒体が行方向に搬送される副走査とを交互に繰り返すことにより、記録媒体上に画像を形成していく構成となっている。
【0109】
最後に画像形成された記録媒体は、排紙部で第1の排紙ローラM3110と拍車M3120とのニップに挟まれ、搬送されて排紙トレイM3160に排出される。
【0110】
尚、クリーニング部において、画像記録前後の記録ヘッドH1001をクリーニングする目的のために、キャップM5010を記録ヘッドH1001のインク吐出口に密着させた状態で、ポンプM5000を作用させると、記録ヘッドH1001から不要なインク等が吸引されるようになっている。又、キャップM5010を開けた状態で、キャップM5010に残っているインクを吸引することにより、残インクによる固着及びその後の弊害が起こらないように配慮されている。
【0111】
(記録ヘッド構成)
以下に本実施形態で適用するヘッドカートリッジH1000の構成について説明する。本実施形態におけるヘッドカートリッジH1000は、記録ヘッドH1001と、インクタンクH1900を搭載する手段、及びインクタンクH1900から記録ヘッドにインクを供給するための手段を有しており、キャリッジM4000に対して着脱可能に搭載される。
【0112】
図5は、本実施形態で適用するヘッドカートリッジH1000に対し、インクタンクH1900を装着する様子を示した図である。本実施形態の記録装置は、イエロー、マゼンタ、シアン、ブラック、淡マゼンタ、淡シアン、及びグリーンインクによって画像を形成し、従ってインクタンクH1900も7色分が独立に用意されている。上記において、少なくとも一種のインクに、本発明にかかるインクを用いる。そして、図に示すように、それぞれがヘッドカートリッジH1000に対して着脱自在となっている。尚、インクタンクH1900の着脱は、キャリッジM4000にヘッドカートリッジH1000が搭載された状態で行えるようになっている。
【0113】
図6は、ヘッドカートリッジH1000の分解斜視図を示したものである。図において、ヘッドカートリッジH1000は、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101、第1のプレートH1200、第2のプレートH1400、電気配線基板H1300、タンクホルダーH1500、流路形成部材H1600、フィルターH1700、シールゴムH1800などから構成されている。
【0114】
第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101はSi基板であり、その片面にインクを吐出するためのインクと接する接液面を備えた発熱部を含む複数の記録素子(ノズル)がフォトリソ技術により形成されている。各記録素子に電力を供給するAl等の電気配線は、成膜技術により形成されており、個々の記録素子に対応した複数のインク流路も又、フォトリソグラフィ技術により形成されている。さらに、複数のインク流路にインクを供給するためのインク供給口が裏面に開口するように形成されている。
【0115】
図7は、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101の構成を説明するための正面拡大図である。H2000〜H2600は、それぞれ異なるインク色に対応する記録素子の列(以下ノズル列ともいう)であり、第1の記録素子基板H1100には、イエローインクの供給されるノズル列H2000、マゼンタインクの供給されるノズル列H2100、及びシアンインクの供給されるノズル列H2200の3色分のノズル列が構成されている。第2の記録素子基板H1101には、淡シアンインクの供給されるノズル列H2300、ブラックインクの供給されるノズル列H2400、オレンジインクの供給されるノズル列H2500、及び淡マゼンタインクの供給されるノズル列H2600の4色分のノズル列が構成されている。
【0116】
各ノズル列は、記録媒体の搬送方向に1200dpi(dot/inch;参考値)の間隔で並ぶ768個のノズルによって構成され、約2ピコリットルのインク滴を吐出させる。各ノズル吐出口における開口面積は、およそ100平方μm2に設定されている。又、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101は第1のプレートH1200に接着固定されており、ここには、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101にインクを供給するためのインク供給口H1201が形成されている。
【0117】
さらに、第1のプレートH1200には、開口部を有する第2のプレートH1400が接着固定されており、この第2のプレートH1400は、電気配線基板H1300と第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101とが電気的に接続されるように、電気配線基板H1300を保持している。
【0118】
電気配線基板H1300は、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101に形成されている各ノズルからインクを吐出するための電気信号を印加するものであり、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101に対応する電気配線と、この電気配線端部に位置し記録装置本体からの電気信号を受け取るための外部信号入力端子H1301とを有している。外部信号入力端子H1301は、タンクホルダーH1500の背面側に位置決め固定されている。
【0119】
一方、インクタンクH1900を保持するタンクホルダーH1500には、流路形成部材H1600が例えば超音波溶着により固定され、インクタンクH1900から第1のプレートH1200に通じるインク流路H1501を形成している。
【0120】
インクタンクH1900と係合するインク流路H1501のインクタンク側端部には、フィルターH1700が設けられており、外部からの塵埃の侵入を防止し得るようになっている。又、インクタンクH1900との係合部にはシールゴムH1800が装着され、係合部からのインクの蒸発を防止し得るようになっている。
【0121】
さらに、前述のようにタンクホルダーH1500、流路形成部材H1600、フィルターH1700及びシールゴムH1800から構成されるタンクホルダー部と、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101、第1のプレートH1200、電気配線基板H1300及び第2のプレートH1400から構成される記録ヘッド部H1001とを、接着等で結合することにより、ヘッドカートリッジH1000が構成されている。
【0122】
尚、ここでは記録ヘッドの一形態として、電気信号に応じて膜沸騰をインクに対して生じさせるための熱エネルギーを生成する電気熱変換体(記録素子)を用いて記録を行うバブルジェット(登録商標)方式の記録ヘッドについて一例を挙げて述べた。
【0123】
この代表的な構成や原理については、例えば、米国特許第4,723,129号明細書、同第4,740,796号明細書に開示されている基本的な原理を用いて行うものが好ましい。この方式は、所謂オンデマンド型、コンティニュアス型の何れにも適用可能であるが、特に、オンデマンド型の場合には、液体(インク)が保持されているシートや液流路に対応して配置されている電気熱変換体に、記録情報に対応していて核沸騰を超える急速な温度上昇を与える少なくとも一つの駆動信号を印加することによって、電気熱変換体に熱エネルギーを発生せしめ、記録ヘッドの熱作用面に膜沸騰を生じさせて、結果的にこの駆動信号に一対一で対応した液体(インク)内の気泡を形成できるので有効である。この気泡の成長、収縮により吐出用開口を介して液体(インク)を吐出させて、少なくとも一つの滴を形成する。この駆動信号をパルス形状とすると、即時適切に気泡の成長・収縮が行われるので、特に応答性に優れた液体(インク)の吐出が達成でき、より好ましいといえる。
【0124】
又、第二の力学的エネルギーを利用したインクジェット記録装置の形態として、複数のノズルを有するノズル形成基板と、ノズルに対向して配置される圧電材料と導電材料からなる圧力発生素子と、この圧力発生素子の周囲を満たすインクを備え、印加電圧により圧力発生素子を変位させ、インクの小液滴をノズルから吐出させるオンデマンドインクジェット記録ヘッドを挙げることができる。
【0125】
又、インクジェット記録装置としては、上述のようにヘッドとインクタンクとが別体となったものに限らず、それらが分離不能に一体になったものを用いるものでもよい。又、インクタンクとしてはヘッドに対し分離可能又は分離不能に一体化されてキャリッジに搭載されるもののほか、装置の固定部位に設けられて、インク供給部材、例えばチューブを介して記録ヘッドにインクを供給する形態のものでもよい。さらに、記録ヘッドに対し好ましい負圧を作用させるための構成をインクタンクに設ける場合には、インクタンクのインク収納部に吸収体を配置した形態、あるいは可撓性のインク収容袋とこれに対しその内容積を拡張する方向の付勢力を作用するばね部とを有した形態などを採用することができる。又、記録装置としては、上述のようにシリアル記録方式を採るもののほか、記録媒体の全幅に対応した範囲にわたって記録素子を整列させてなるラインプリンタの形態をとるものであってもよい。
【実施例】
【0126】
(pH緩衝領域拡大助剤)
本実施例で使用している、pH緩衝領域拡大助剤は、市販品を購入し、そのまま使用した。本実施例では、タウリンを使用しているが、タウリンに限定されるものではない。
【0127】
(色材の調製)
例示化合物1は、以下のように合成される。キシレン中に下記化合物α、炭酸ナトリウム、ベンゾイル酢酸エチルエステルを反応させ、反応物を濾過、洗浄した。これをN,N−ジメチルホルムアミド中で、メタアミノアセトアニリド、酢酸銅、炭酸ナトリウムを順次仕込み反応させ、反応物を濾過、洗浄した。更にこれを、発煙硫酸中でスルホン化し、濾過、洗浄を行い、これを水酸化ナトリウム存在下、シアヌルクロライドと縮合反応を行った。
【0128】
この反応液中にアンスラニル酸を添加し、水酸化ナトリウム存在下、縮合反応を行った。これを濾過、洗浄し、下記例示化合物1を得た。
【0129】
例示化合物1
【0130】
【化12】

【0131】
(インクの調製)
下記表3に示すような処方でインクを調製し、それぞれ0.2μmのメンブランフィルターで加圧ろ過した後、実施例、及び比較例のインクを得た。尚、特に指定がない限り、実施例、比較例のインク成分は「質量部」を意味する。
【0132】
尚、実施例、比較例に示すインクにおいて、緩衝領域にあることをインクのpHを測定することにより確認した。
【0133】
(インクの評価)
下記インクを用い、印字耐久性で評価を行った。
【0134】
(1)印字耐久性
作成したインクをインクタンクに充填し、該インクタンクをインクジェットプリンタ(F890;キヤノン製)に搭載し、A4判用紙に100%ベタに印字するパターンで印字耐久試験を行った。評価は以下のように行った。
◎:20000枚印字しても、不具合なし。
○:15000枚〜20000枚印字の間で、微小ヨレによる若干のかすれがあり。
△:10000枚〜15000枚印字の間で、微小ヨレによる若干のかすれがあり。
×:10000枚に至る前に、かすれ、及び、断線による不吐が発生。
◎、○は問題ないレベル、△は実使用上問題なく許容できるレベル、×は許容できないレベルと判断した。
【0135】
【表3】

【0136】
インク中に、pH緩衝領域拡大助剤を含有しないインク(比較例)を用いて、印字耐久試験を行うと、記録ヘッドの該発熱部の該発熱部接液面の断線による不吐が発生した。一方、インク中に、pH緩衝領域拡大助剤を含有するインク(実施例)を用いて、印字耐久試験を行っても、該発熱部の該発熱部接液面の断線は、発生せず、印字耐久試験終了まで、良好な印字が得られた。このことから、該pH緩衝領域拡大助剤が、該発熱部接液面の劣化を抑制していることがわかる。
【0137】
(2)印字品位
次に、印字品位の評価を行った。評価の内容は、作成したインクをインクタンクに充填し、該インクタンクをインクジェットプリンタ(F890;キヤノン製)に搭載し、A4判用紙に100%ベタに印字するパターンで印字耐久試験を行った。耐久試験中に、ヨレが発生した時点で、耐久試験を終了し、ノズルを光学顕微鏡で観察し、析出物の有無を確認した。評価は以下のように行った。
◎:20000枚印字しても印字ヨレを発生せず。
○:20000枚印字時点で、わずかな印字ヨレはあるものの、析出物は確認されず。
△:20000枚印字時点で、印字ヨレが発生し、いくつかのノズルで析出物も確認された。
×:20000枚印字時点で、目立つ印字ヨレが発生し、すべてのノズルで析出物が確認された。
【0138】
【表4】

【0139】
実施例3からわかるように、pH緩衝領域拡大助剤のpKaが、該式(A)を満たす場合、20000枚印字しても、印字ヨレ、析出物等も観察されなかった。一方、比較例2より、pH緩衝領域拡大助剤のpKaが、該式(A)を満たさない場合、20000枚印字した時点で、かなり目立つヨレを発生した。印字試験をした記録ヘッドを光学顕微鏡を用いて、観察すると、析出物がほぼすべてのノズルに付着していた。
【0140】
以上のことより、pH緩衝領域拡大助剤が、該式(A)を満たすことによって、20000枚印字しても、該発熱部の劣化を引き起こすことなく、且つ、析出物の付着もなく、高品位な印字物を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0141】
【図1】タウリン2%水溶液の滴定曲線である。
【図2】実施例の滴定曲線である。
【図3】比較例の滴定曲線
【図4】本発明の実施形態における記録装置の斜視図である。
【図5】本発明の実施形態における記録装置の機構部の斜視図である。
【図6】本発明の実施形態における記録装置の断面図である。
【図7】本発明の実施形態で適用したヘッドカートリッジにインクタンクを装着する状態示した斜視図である。
【図8】本発明の実施形態で適用したヘッドカートリッジの分解斜視図である。
【図9】本発明の実施形態で適用したヘッドカートリッジにおける記録素子基板を示す正面図である。
【符号の説明】
【0142】
M2041 分離ローラ
M2060 給紙トレイ
M2080 給紙ローラ
M3000 ピンチローラホルダ
M3030 ペーパーガイドフラッパー
M3040 プラテン
M3060 搬送ローラ
M3070 ピンチローラ
M3110 排紙ローラ
M3120 拍車
M3160 排紙トレイ
M4000 キャリッジ
M5000 ポンプ
M5010 キャップ
E0002 LFモータ
E0014 電気基板
H1000 ヘッドカートリッジ
H1001 記録ヘッド
H1100 第1の記録素子基板
H1101 第2の記録素子基板
H1200 第1のプレート
H1201 インク供給口
H1300 電気配線基板
H1301 外部信号入力端子
H1400 第2のプレート
H1500 タンクホルダー
H1501 インク流路
H1600 流路形成部材
H1700 フィルター
H1800 シールゴム
H1900 インクタンク
H2000 イエローノズル列
H2100 マゼンタノズル列
H2200 シアンノズル列
H2300 淡シアンノズル列
H2400 ブラックノズル列
H2500 グリーンノズル列
H2600 淡マゼンタノズル列

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属又は金属酸化物の少なくとも一方の化合物からなる発熱部接液面を有した記録ヘッドを備えたサーマルインクジェットプリンタに用いられる、色材を3重量%以上含有し、且つ、色材の緩衝領域のpHで使用するインクジェット用インクであって、緩衝領域をもつ色材と下記一般式(1)で表されるpH緩衝領域拡大助剤を含有することを特徴とするインクジェット用インク。
一般式(1)
【化1】

(但し、一般式(1)中、Xは、カルボキシル基又はスルホン酸基を表す。Yは、水素原子、カルボキシル基及びスルホン酸基のいずれかを表す。nは、0又は1の整数を表し、mは0乃至2の何れかの整数を表す。)
【請求項2】
該緩衝領域をもつ色材の酸性度定数をpKaとし、該pH緩衝領域拡大助剤の酸性度定数をpKaとしたとき、pKaとpKaとの差が0以上1以下であり、且つ、該緩衝領域をもつ色材の酸性度定数(pKa)と該pH緩衝領域拡大助剤の酸性度定数(pKa)との関係が、下記式(A)の関係である請求項1記載のインクジェット用インク。
式(A)
pKa≧pKa
【請求項3】
該色材が下記一般式(2)で表される構造を持つ請求項1乃至2に記載のインクジェット用インク。
一般式(2)
【化2】

(一般式(2)中、Arは、未置換又は置換されていてもよいベンゼン環、未置換又は置換されていてもよいナフチル環、又は下記一般式(3)で表される置換基を表し、Arは、未置換又は置換されていてもよいベンゼン環、未置換又は置換されていてもよいナフチル環を表す。)
一般式(3)
【化3】

(一般式(3)中、Rは水素原子、アルコキシカルボニル基又は、未置換又は置換されていてもよいベンゾイル基を表し、Rは水素原子、アルキル基、ヒドロキシ低級アルキル基、シクロヘキシル基、モノ又はジアルキルアミノアルキル基、シアノ低級アルキル基を表し、Xは、カルボン酸基、スルホン酸基、又はその塩を表し、lは、1又は2を表す。)
【請求項4】
該色材が下記一般式(4)で表されるアントラピリドン化合物又はその塩である請求項1乃至3のいずれか一項に記載のインクジェット用インク。
一般式(4)
【化4】

(一般式(4)中、Rは、水素原子、アルキル基、ヒドロキシ低級アルキル基、シクロヘキシル基、モノ又はジアルキルアミノアルキル基、シアノ低級アルキル基、R、R、R、R、R、はそれぞれ独立して水素原子、炭素数1から8までのアルキル基、カルボキシル基(但し、R、R、R、R、Rのすべてが水素原子である場合を除く。)である。)
【請求項5】
一般式(1)で表される化合物がタウリン(2−アミノエタンスルホン酸)であり、且つ、タウリンがインク中に含有される請求項1乃至4のいずれか一項に記載のインクジェット用インク。
【請求項6】
インクを記録信号に応じてオリフィスから吐出させて記録媒体上に記録を行うインクジェット記録方法において、該インクが請求項1乃至5のいずれか一項に記載のインクであるインクジェット記録方法。
【請求項7】
インクを収容したインク収容部及び該インクを吐出させるための記録ヘッドを備えた記録ユニットにおいて、該インクが、請求項1乃至6のいずれか一項に記載のインクである記録ユニット。
【請求項8】
インクを収容したインク収容部を備えたインクカートリッジにおいて、該インクが、請求項1乃至6のいずれか一項に記載のインクであるインクカートリッジ。
【請求項9】
インクを収容したインク収容部及び該インクを吐出させるためのヘッド部を有する記録ユニットを備えたインクジェット記録装置において、該インクが、請求項1乃至6のいずれか一項に記載のインクであるインクジェット記録装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−37062(P2006−37062A)
【公開日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−223575(P2004−223575)
【出願日】平成16年7月30日(2004.7.30)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】