説明

ウイルス中空粒子の迅速除去および精製方法

【課題】ウイルスベクターの調製過程において、ウイルスベクター粗溶解物中に含まれる中空粒子を除去する方法を提供する。また、ウイルスベクター精製用のキットを提供する。
【解決手段】イオン交換膜を用いて、ウィルスベクター粗溶解物中の中空粒子を除去する工程を含む中空粒子の混入が低いウィルスベクターの製造方法。
【効果】ウイルスベクターは、従来の精製条件によって精製されたウイルスベクターに対して、優れた遺伝子導入効率を有するため、臨床での使用、特に遺伝子治療に好適に使用し得る。また、イオン交換膜を用いてウイルスベクター粗溶解物中の中空粒子を回収する工程を含むウイルス中空粒子の精製方法、および当該方法を行うためのキットを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルスベクターの調製過程において、イオン交換膜を用いてウイルスベクター粗溶解物を精製する方法に関する。本発明は特に、イオン交換膜を用いて中空粒子を除去する方法に関する。本発明はまた、本発明の方法に用いるイオン交換膜を含む、ウイルスベクター精製用のキットに関する。
【0002】
さらに本発明は、イオン交換膜を用いてウイルスベクター粗溶解物から中空粒子を精製して回収する方法に関する。また、本発明は、本発明の方法に用いるイオン交換膜を含む、ウイルス中空粒子精製用のキットに関する。
【背景技術】
【0003】
近年、培養細胞のみならず組織や個体において目的の遺伝子を発現させるために、様々な遺伝子導入技術が開発されている。ウイルスベクターについてもアデノウイルス、レトロウイルス、アデノ随伴ウイルス等に由来するものが開発されており、タンパク質の機能解析や遺伝子治療実験などで目的に応じて使い分けられている。
【0004】
例えば、アデノ随伴ウイルス(adeno-associated virus、以下AAV)に由来するベクターは、1)病原性がないこと、2)免疫反応性が低いこと、3)非分裂細胞への遺伝子導入が可能であること、4)導入遺伝子が長期間発現すること、といった特徴を備えており、安全面で優れている。また近年、血清型1〜9型のAAVに由来するベクターも開発されており、各血清型の感染性の違いを応用して、神経細胞・筋細胞・肝細胞など様々な組織での遺伝子発現が可能となっている。これらの特徴によりAAVベクターは遺伝子治療において有望視されている。例えば、神経変性疾患の中でも頻度が高いパーキンソン病や血友病を対象に、遺伝子治療への臨床試験が始まっている。さらに、筋肉で分泌型タンパク質を発現することにより、全身的な効果が得られるタンパク質補充療法が可能であり、高血圧、高脂血症や動脈硬化性疾患などの生活習慣病の治療への応用も強く期待される。
【0005】
生体内において、ウイルスベクターを用いて高い遺伝子導入効率を得るためには、不純物の混入が少ない精製度の高いウイルスベクターを迅速に調製する必要がある。ところが、従来の塩化セシウムを用いた密度勾配遠心と透析処理を用いた精製方法は非常に煩雑でコストがかかるため、効率の高い精製方法の開発が待たれている。
【0006】
また、ウイルスベクターを含む細胞破砕溶液中には、ウイルスの構造タンパク質からなるが内部にベクターゲノムを含まない中空粒子が含まれている。中空粒子は、ウイルスの構造タンパク質を有するため、ウイルスベクターによる感染を競合的に阻害し、遺伝子導入効率の低下およびそれに伴う導入遺伝子発現効率の低下を引き起こす原因となる。したがって、最小限のウイルスベクターの量で高い遺伝子発現を得るためには、生成過程において中空粒子が粗溶解物から除かれる必要がある。ところが、ウイルスベクターの精製度の判断に従来用いられていた電気泳動では、細胞由来の不純物の混入率を判定することは可能であるが、ウイルスの構造タンパク質からなる中空粒子をウイルス粒子と区別することは困難であり、精製されたベクターサンプル中の中空粒子の混入率については検討されていない。
【0007】
セシウム密度勾配超遠心を用いる従来のウイルス粒子の精製技術では、中空粒子をウイルスベクター粗溶解物から除去する条件や効果が検討されていない。原理的には、セシウム密度勾配超遠心を用いる方法では、中空粒子とウイルス粒子の比重が近接しているため、中空粒子をウイルスベクター粗溶解物から完全に除去することは困難である。
【0008】
また、イオン交換クロマトグラフィーを含む各種クロマトグラフィーを用いる、ウイルスベクターの精製方法についても報告されているが、ウイルスベクターを含む粗溶解物から中空粒子を除去する条件や効果については検討されていない(例えば、特許第3313117号、特表2000−510682号、特表平11−511326号、特表2001−513644号、特表2001−514845号、または米国特許第6,593,123号等を参照)。また、上記文献に記載の方法は、ビーズ充填カラムを用いることを主に意図しているが、ビーズ充填カラムはサンプルの拡散が不十分であり、吸着効率が低く、そしてカラムの容積が大きいため吸着・溶出に時間がかかる等、必ずしも効率がよい方法とはいえず、効率の良いウイルスベクターの精製方法の開発が期待されていた。
【0009】
米国特許第6,861,001号は、陰イオン交換膜を用いたウイルスの除去方法を記載している。しかしながら、この文献に記載された技術は、サンプルからウイルス粒子を除去することを目的としており、ウイルスベクターと中空粒子とを分離することについては検討されていない。
【0010】
また、ウイルスを吸着させる陰イオン交換クロマトグラフィーにおいて、同一pH条件下にて中空粒子とウイルス粒子を異なるピークとして分離することは困難であると一般的には考えられている。
【0011】
したがって、中空粒子をウイルスベクター粗溶解物から迅速かつ効率的に除去し、中空粒子を実質的に含まないベクターを効率よく大量に精製する手法の開発が、ウイルスベクターの臨床応用を成功させるための重要な技術として期待されている。
【特許文献1】特許第3313117号
【特許文献2】特表2000−510682号
【特許文献3】特表平11−511326号
【特許文献4】特表2001−513644号
【特許文献5】特表2001−514845号
【特許文献6】米国特許第6,593,123号
【特許文献7】米国特許第6,861,001号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、ウイルスベクターの調製過程において、イオン交換膜を用いてウイルスベクター粗溶解物中の中空粒子を除去してウイルスベクターを精製する方法を提供することにある。本発明はまた、本発明の方法に用いるイオン交換膜を含む、ウイルスベクター精製用のキットを提供することを目的とする。
【0013】
本発明はさらに、イオン交換膜を用いてウイルスベクター粗溶解物から中空粒子を回収する方法を提供することを目的とする。また、本発明は、本発明の方法に用いるイオン交換膜を含む、ウイルス中空粒子回収用のキットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは上記課題の解決のために、鋭意研究に努めた結果、ウイルスベクターの精製にイオン交換膜を用いることで、簡便かつ効率的にウイルスベクター粗溶解物中に含まれる中空粒子の除去および回収が行えることを見いだし、本発明を完成した。
【0015】
当初、本発明者らは、ウイルスの構造タンパク質の中にベクターゲノムを含むウイルスベクター粒子と、ウイルスの構造タンパク質のみからなりベクターゲノムを含まない中空粒子を分離するためには、ベクターゲノムを構成するDNAが負電荷を帯びていることを利用し、低いpH条件で陰イオン交換体にウイルスベクター粒子を吸着させることで、中空粒子を除去できることを期待していた。より低いpH条件が好ましいとしたのは、DNAのリン酸アニオンがより解離した状態にあるため、ウイルスベクター粒子と中空粒子との性質の差をより引き出すことが可能となるためである。そこでまず、ウイルスが特に安定なpH6.5ないし8.0の範囲で、ウイルスベクター粗精製物を陰イオン交換膜を用いた膜クロマトグラフィーにかけ、ウイルスベクター粒子の回収率を検討した。検討の結果、低いpHではウイルスが陰イオン交換体に吸着されず、回収率が低くなることが判明した(実施例2を参照)。このことは、陰イオン交換体のみでは中空粒子の除去とウイルスの回収の双方を効率よく行うことは困難であることを示すものである。
【0016】
そこで、本発明者らは、ウイルスベクター粗精製物を陽イオン交換膜に通し、次いで陰イオン交換膜を用いて膜クロマトグラフィーを行った。すると驚くべきことに陽イオン交換体に中空粒子が吸着してウイルスベクター粗精製物から中空粒子が除かれ、その後の陰イオン交換膜クロマトグラフィーによりウイルスベクター粒子が効率よく回収できることを見いだした。本発明は上記の知見に基づいて完成したものである。
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
中空粒子の除去方法
本発明は、イオン交換膜を用いて、ウイルスベクター粗溶解物中の中空粒子を除去する工程を含む、ウイルスベクターの精製方法を提供する。
【0018】
好ましい態様において、本発明の方法は、ウイルスベクターの精製方法であって、前記中空粒子を除去する工程が、ウイルスベクター粗溶解物を陽イオン交換膜を用いる膜クロマトグラフィーにかける工程を含む、前記方法である。
【0019】
さらに好ましい態様において、本発明の方法は、ウイルスベクターの精製方法であって、前記中空粒子を除去する工程が、ウイルスベクター粗溶解物を陽イオン交換膜および陰イオン交換膜を用いる膜クロマトグラフィーにかける工程を含む、前記方法である。
【0020】
本明細書において、イオン交換膜とは、膜状のイオン交換体である。従来のイオン交換クロマトグラフィー担体(ビーズカラム)は、拡散孔が小さいため、流速の早い部分と遅い部分が生じ、マクロ分子(例えばDNA、プラスミド、ウイルス、分子量の大きなタンパク質など)の拡散に制限が生じる。しかし、イオン交換膜は、均一な孔径を有し、団塊状の表面が均一に分布するので、マクロ分子が拡散孔の全ての吸着部位に出入りするのに充分なスペースがあり、イオン交換の修飾基が広く均等に分布していることからマクロ分子に対しても迅速に吸着・溶出ができるというメリットがある(図1)。したがって、イオン交換膜をウイルスベクターの精製に用いることで、イオン交換樹脂ビーズを用いる場合とは対照的に高い流速、高い吸着容量が得られるので、迅速かつ効率よく精製を行うことができる。
【0021】
本発明の方法に用いるイオン交換膜の基材は、特に限定はないが、多孔質の基材であって、団塊状の表面が均一に分布している膜が好ましい。イオン交換膜の基材として利用可能なポリマーの例は、ポリ芳香族、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリオレフィン、ポリスチレン、ポリアミド、ポリイミド、酢酸セルロース、硝酸セルロース、ポリカーボネート、ポリエステルおよびフッ素ポリマーからなる群より選択されるポリマー、またはそれらの組み合わせであるが、これらに限定されない。好ましくは、本発明の方法に用いるイオン交換膜は、架橋重合されたポリエーテルスルホンで構成される基材で構成される。基材は親水性であることが好ましい。また、膜の孔径は、0.2μm〜3.0μmの範囲であればよく、好ましくは0.5μm〜1.2μmの範囲、最も好ましくは、約0.8μmである。
【0022】
イオン交換膜には、陽イオン交換膜および陰イオン交換膜が含まれる。陽イオン交換膜である場合は基材表面にスルホン酸基、カルボン酸基などを保持し、陰イオン交換膜である場合は基材表面に第四級アンモニウム、第三級アミノ基などを保持するが、これらに限定されない。好ましくは、陽イオン交換膜は基材表面にスルホン酸基を保持し、陰イオン交換膜は基材表面に第四級アンモニウム基を保持する。また、基材表面に提示された官能基は、基材に直接結合したものでもよく、または基材の表面修飾により導入されたものであってもよい。
【0023】
本発明の方法に使用可能なイオン交換膜は、高い生体高分子吸着能を有する物が好ましい。高い生体高分子吸着能を有するイオン交換膜は、迅速な吸着・溶出が可能であり、サンプルの流速による影響を受けにくいため、迅速かつ簡便なウイルスベクターの精製が可能になる。生体高分子吸着能は、便宜的には例えば、タンパク質結合容量を指標とすることができる。タンパク質結合容量は、陽イオン交換膜の場合はウシ血清アルブミンまたはイムノグロブリンなど、陰イオン交換膜の場合はリゾチームなどのタンパク質に基づいて決定される。本発明の方法に使用可能なイオン交換膜のタンパク質結合容量は、15mg/ml以上、20mg/ml以上、25mg/ml以上、または30mg/ml以上である。
【0024】
上記に記載した性質を有するイオン交換膜は、例えば、米国特許第6,780,327号、米国特許第6,783,937号、米国特許第6,851,561号、および米国特許第6,860,393号に記載されるようなイオン交換膜であり、これらは引用により本明細書に完全に援用する。また、本願発明の方法に使用可能な市販のイオン交換膜には、以下:陽イオン交換膜として、Mustang(米国登録商標) S(以下、ムスタングS)(ポール コーポレーション)、ICE450メンブレン(ポール コーポレーション)、またはSarto-bind S(ザルトリウス)など;陰イオン交換膜として、Mustang(米国登録商標) Q(以下、ムスタングQ)(ポール コーポレーション)、SB-6407(ポール コーポレーション)、またはSarto-bind Q(ザルトリウス)など;が含まれるが、これらに限定されない。
【0025】
本発明の方法に使用するイオン交換膜のサイズは、当業者であれば適正なサイズを決定することができる。例えば、初期の実験には、まず最小のシリンジフィルタータイプで、標的とした物質が膜に効率的に吸着されるか、あるいは効率的に除去できる最適条件の設定を行うことができる。スケールアップする際には、シリンジフィルタータイプでの実験データに基づいて、実際の製造スケールに合った適正なサイズを決定し、スケールアップしていくことができる。また、例えば精製するウイルスベクターが遺伝子治療に用いる場合は、実際の製造に用いるイオン交換膜は滅菌されていることが好ましい。
【0026】
本明細書において、ウイルスベクターとは、細胞への外来遺伝子の導入法としてウイルスが本来細胞へ感染・維持される仕組みを応用しているベクターをいう。よって、本明細書においてウイルスベクターは、遺伝子組換え技術を利用して調製される、導入遺伝子を有するベクターゲノムを含むウイルスである。ウイルスベクターを組換えにより調製する際には、ウイルスの構造タンパク質にベクターゲノムがパッケージングされるが、中にはベクターゲノムがパッケージングされずにウイルスの構造タンパク質のみで存在する粒子が生じる。中空粒子とは、このようなウイルスの構造タンパク質からなるが、その内部にベクターゲノムを含んでいない粒子である。ウイルスベクター粒子と中空粒子は、その内部にベクターゲノムを含むか否かの点でのみ違いがある。本発明の方法はウイルスベクター粒子が負の電荷を帯びているDNAで構成されるベクターゲノムを有する点に着目して、その差異に基づいてウイルスベクター粒子と中空粒子を分離する方法であるので、原理的には、遺伝子組換え技術を利用して調製されるウイルスベクター全般について適用可能である。
【0027】
本発明の方法により精製されるウイルスベクターには、アデノ随伴ウイルス(AAV)、アデノウイルス、レトロウイルス、レンチウイルス、インフルエンザウイルス、センダイウイルス、単純ヘルペスウイルス、肝炎ウイルス、パピローマウイルス、バキュロウイルス、狂犬病ウイルス、および泡沫状ウイルスからなる群より選択されるウイルスに由来するベクターが含まれるが、これらに限定されない。好ましくは、本発明の方法により精製されるウイルスベクターは、AAVベクターである。
【0028】
また、本発明の方法により精製されるウイルスベクターは、好ましくは、ヒトを含む動物またはそれらの細胞に対する遺伝子導入または遺伝子治療に使用するためのベクターである。
【0029】
本明細書においてウイルスベクター粗溶解物とは、中空粒子が充分に除去さていないウイルスベクターを含む溶液または懸濁液を意味し、ウイルスベクターを内包する組換え細胞の細胞破砕液、または前記細胞破砕液から細胞由来の夾雑物を除去したウイルスベクター粗精製物がこれに含まれる。
【0030】
本明細書において、中空粒子が充分に除去されていないとは、中空粒子がウイルスベクター粒子に対して6%以上、好ましくは5%以上、4%以上、3%以上または2%以上、より好ましくは1%以上、含まれていることを意味する。一方、中空粒子を除去するとは、ウイルスベクター粗溶解物中に含まれる中空粒子を、ウイルスベクター粒子に対して6%未満、好ましくは5%未満、4%未満、3%未満または2%未満、より好ましくは1%未満、にまで減少させることを意味する。本明細書において、中空粒子を含まないウイルスベクターとは、中空粒子を除去したウイルスベクターを意味し、そのようなウイルスベクター中の中空粒子の割合は、ウイルスベクター粒子に対して6%未満、好ましくは5%未満、4%未満、3%未満または2%未満、より好ましくは1%未満である。中空粒子の割合は、例えば、電子顕微鏡により中空粒子とウイルスベクター粒子を検出し、それぞれを計数することにより算出することができる。
【0031】
中空粒子の除去にイオン交換膜を用いた膜クロマトグラフィーを採用することによるメリットとしては、以下のことが挙げられる。すなわち、(1)流速が早く短時間の処理が可能であること、(2)処理後の再生洗浄が不要であること、および(3)処理後にバッファー系を置換する必要がないことである。
【0032】
本明細書において、イオン交換膜を用いた膜クロマトグラフィーとは、サンプル中の物質のイオン交換膜への吸着の度合いの差を利用して、サンプル中の物質を分離する手法である。イオン交換膜クロマトグラフィーにおいては、塩強度の低い開始バッファーでイオン交換膜を平衡化した後、サンプルをロードして開始バッファーを流す。イオン交換膜に吸着しない物質は、素通り画分として得られる。その後、イオン交換膜を流すバッファー中の塩強度を高めていくことによって、イオン交換膜に吸着した物質を溶出する。その際、イオン交換膜を流すバッファー中の塩強度を徐々に高めていくと、イオン交換膜への吸着が弱いものから強いものへの順番で溶出することができる。イオン交換膜からの溶出液を分画して回収することによって、サンプル中の各物質を単離することができる。
【0033】
イオン交換膜を用いた膜クロマトグラフィーは、FPLC(Fast Protein Liquid Chromatography:中圧液体クロマトグラフィー)システムを用いて行ってもよい。膜クロマトグラフィーを行う条件を決定した後は、イオン交換膜をシリンジポンプ等につなぐなど、簡便な装置で本発明の方法を行ってもよい。
【0034】
本発明の方法において、中空粒子とウイルスベクターを分離するためには、陽イオン交換膜クロマトグラフィーを必ず用いる。これは、ウイルスベクター粗溶解物を陽イオン交換膜クロマトグラフィーに通すと、中空粒子が陽イオン交換膜に吸着し、ウイルスベクターは素通り画分として得られるためである。さらに、陽イオン交換膜クロマトグラフィーにかける前または後で陰イオン交換膜クロマトグラフィーにかけることで、精製度の高いウイルスベクターを回収することができる。
【0035】
したがって、本発明の方法は、ウイルスベクターの精製方法であって以下の工程:
(1)ウイルスベクター粗溶解物を陽イオン交換膜に通し;そして、
(2)陽イオン交換膜を通したサンプルを陰イオン交換膜クロマトグラフィーによりウイルスベクターを含む画分を回収する;
を含む、前記方法である。
【0036】
また別の態様において、本発明の方法は、ウイルスベクターの精製方法であって以下の工程:
(1)ウイルスベクター粗溶解物を陰イオン交換膜クロマトグラフィーによりウイルスベクターを含む画分を回収し;そして、
(2)回収した画分を陽イオン交換膜に通して素通り画分を回収する;
を含む、前記方法である。
【0037】
また、ウイルスベクター粗溶解物は、例えば塩化セシウム溶液を用いる超遠心分離法により粗精製したものであってもよい。従って、さらに別の態様において本発明の方法は、イオン交換膜を用いて、ウイルスベクター粗溶解物中の中空粒子を除去する工程を含むウイルスベクターの精製方法であって、当該中空粒子を除去する工程が以下の工程:
(1)ウイルスベクター粗溶解物を塩化セシウム溶液を用いる超遠心分離により粗精製し;そして、
(2)陽イオン交換膜および陰イオン交換膜を用いる膜クロマトグラフィーにかけて、ウイルスベクターを回収する;
ことを含む、前記方法である。
【0038】
本発明の方法における膜クロマトグラフィーに使用可能なバッファーには、限定されるわけではないが、MES、HEPES、およびTris−HClからなる群より選択されるバッファー、または、それらの組み合わせ、が含まれる。好ましくは、本発明の方法に使用可能なバッファーは、MHNバッファー(3.33mM MES、3.33mM HEPES、3.33mM NaOAc)である。
【0039】
本発明の方法は、ウイルスが不活化されないpHの範囲で行われる限り、pHに特に制限はない。好ましくは、ウイルスが特に安定なpH6.5ないし8.0の範囲である。
ウイルスベクター粒子に含まれるベクターゲノムはより低いpHでより強く負電荷を帯びる。よって、ウイルスベクターと中空粒子を分離するために陽イオン交換膜に通す工程は、ウイルスが特に安定なpH6.5ないし8.0の範囲で行ってもよいが、より低いpH条件で行うことが好ましい。より具体的には、ウイルスベクター粗溶解物を陽イオン交換膜に通す工程はpH6.5〜7.0の範囲で行うことが好ましく、pH6.5で行うことがさらに好ましい。
【0040】
また、ウイルスベクター粒子は実施例2に示されるように、より高いpHにおいて陰イオン交換膜によく吸着され、高い回収率が得られる。よって、陰イオン交換膜で膜クロマトグラフィーを行う工程は、ウイルスが特に安定なpH6.5ないし8.0の範囲で行ってもよいが、より高いpH条件で行うことが好ましい。より具体的には、陰イオン交換膜で膜クロマトグラフィーを行う工程は、pH7.0〜8.0の範囲で行うことが好ましく、pH7.5〜8.0の範囲で行うことがさらに好ましい。
【0041】
本発明の方法により、ウイルスベクター粗溶解物中に含まれる中空粒子を除去することが可能である。塩化セシウムを用いた超遠心分離法による従来の精製を行ったウイルスベクターと、本発明の方法で精製を行ったウイルスベクターを用いてラットに対して遺伝子導入実験を行ったところ、本発明の方法で精製を行ったウイルスベクターを用いた場合、従来法で精製を行ったベクターを用いた場合と比較して、導入遺伝子産物の発現の向上が見られた。このことは、本発明の方法によりウイルスベクター粗溶解物中の中空粒子が除去された結果、遺伝子導入効率の高いウイルスベクターを得ることができることを示している。本発明の方法は、遺伝子導入効率の高いウイルスベクターを得ることを目的に使用される。
【0042】
本明細書において、遺伝子導入効率の高いウイルスベクターとは、塩化セシウムを用いた超遠心分離法による精製を行ったウイルスベクターを用いた場合の導入遺伝子産物の発現量と比較して、それより多くの導入遺伝子産物の発現を達成するウイルスベクターをいう。好ましくは、遺伝子導入効率の高いウイルスベクターは、塩化セシウムを用いた超遠心分離法による精製のみを行ったウイルスベクターを用いた場合と比較して、1倍より多い、より好ましくは、2倍以上、3倍以上、4倍以上または5倍以上の遺伝子導入率または導入遺伝子産物の発現量が得られるウイルスベクターである。
【0043】
中空粒子の精製方法
中空粒子は、ウイルスベクターによる遺伝子導入の際にウイルスベクターに混入していると、遺伝子導入効率の低下を引き起こす原因となり得る。しかしながら、中空粒子自体は、ウイルスの遺伝子を含まないことを利用して、中空粒子内に薬剤や核酸等の物質を封入することにより、細胞内にそれら物質を送達するために用いることができるので、高い利用価値がある。本発明は、イオン交換膜を用いて、ウイルスベクター粗溶解物中の中空粒子を回収する工程を含む、ウイルス中空粒子の精製方法を提供する。
【0044】
好ましい態様において、本発明の方法は、ウイルス中空粒子の精製方法であって、前記中空粒子を回収する工程が、以下の工程:
(1)ウイルスベクター粗溶解物を陽イオン交換膜に通し;そして
(2)陽イオン交換膜に吸着した中空粒子を溶出して回収する;
を含む、前記方法である。すなわち、本発明の中空粒子の精製方法においては、陽イオン交換膜クロマトグラフィーを用いる。
【0045】
また、本発明のウイルス中空粒子の回収方法において、ウイルスベクター粗溶解物は、塩化セシウム溶液を用いる超遠心分離法、または陰イオン交換クロマトグラフィー等により、あらかじめ粗精製されていてもよい。
【0046】
したがって、別の態様において本発明のウイルス中空粒子の精製方法は、以下の工程:
(1)ウイルスベクター粗溶解物を塩化セシウム溶液を用いる超遠心分離法によりウイルスの構造タンパク質を含む画分を回収し;
(2)回収した画分を陽イオン交換膜に通し;そして、
(3)陽イオン交換膜に吸着した中空粒子を溶出して回収する;
を含む、前記方法である。
【0047】
また別の態様において本発明のウイルス中空粒子の精製方法は、以下の工程:
(1)ウイルスベクター粗溶解物を陰イオン交換クロマトグラフィーによりウイルスの構造タンパク質を含む画分を回収し;
(2)回収した画分を陽イオン交換膜に通し;そして、
(3)陽イオン交換膜に吸着した中空粒子を溶出して回収する;
を含む、前記方法である。
【0048】
さらに別の態様において本発明のウイルス中空粒子の精製方法は、以下の工程:
(1)ウイルスベクター粗溶解物を塩化セシウム溶液を用いる超遠心分離法によりウイルスの構造タンパク質を含む画分を回収し;
(2)(1)で回収した画分を、陰イオン交換クロマトグラフィーにかけることによりウイルスの構造タンパク質を含む画分を回収し;
(3)(2)で回収した画分を陽イオン交換膜に通し;そして、
(4)陽イオン交換膜に吸着した中空粒子を溶出して回収する;
を含む、前記方法である。
【0049】
本発明のウイルス中空粒子の精製方法について、イオン交換膜、ウイルスベクター粗溶解物、および膜クロマトグラフィーという文言が意味するところは、上記中空粒子の除去方法の項目に記載したとおりである。
【0050】
本発明の方法により精製されるウイルス中空粒子には、アデノ随伴(AAV)ウイルス、アデノウイルス、レトロウイルス、レンチウイルス、インフルエンザウイルス、センダイウイルス、単純ヘルペスウイルス、肝炎ウイルス、パピローマウイルス、バキュロウイルス、狂犬病ウイルス、および泡沫状ウイルスからなる群より選択されるウイルスに由来する中空粒子が含まれるが、これらに限定されない。好ましくは、本発明の方法により精製されるウイルス中空粒子は、AAVに由来する中空粒子である。
【0051】
ウイルス中空粒子の精製方法について用いてよいバッファーは、上述の中空粒子の除去方法と同様のバッファーである。
本発明の方法は、ウイルスが不活化されないpHの範囲で行われる限り、pHに特に制限はない。好ましくは、ウイルスが特に安定なpH6.5ないし8.0の範囲である。また、ウイルスベクター粒子と中空粒子を分離するにあたっては、ウイルスベクター粒子に含まれるベクターゲノムがより低いpHでより強く負電荷を帯びることを利用して、それらの性質の差を引き出すことが有利である。よって、より低いpHで本発明の方法を行うことがさらに好ましい。例えば、ウイルスベクター溶解物について陽イオン交換膜クロマトグラフィーを行う条件は、pH6.5〜7.0の範囲で行うことが好ましく、pH6.5で行うことがさらに好ましい。
【0052】
ウイルスベクター精製用キット
本発明は、ウイルスベクター精製用キットであって、
イオン交換膜;および、
本発明の方法による遺伝子導入用または遺伝子治療用ウイルスベクターの精製に、当該イオン交換膜を使用するための使用説明書;
を含む、前記キットを提供する。
【0053】
本発明のウイルスベクター精製用キットに含まれるイオン交換膜は、上述した性質を有する本発明の方法に利用可能なイオン交換膜である。使用説明書には、キットに付属するイオン交換膜を本発明の中空粒子を除去する方法に使用するためのバッファー条件やpH条件などの実験条件、操作手順等が記載されている。本発明のキットはさらに、本発明の方法の実施に適切な条件のバッファー、パッケージなどを適宜含んでいてもよい。
【0054】
中空粒子回収用キット
本発明は、ウイルス中空粒子回収用キットであって、
イオン交換膜;および、
本発明の方法による中空粒子の精製に、当該イオン交換膜を使用するための使用説明書を含む、前記キットを提供する。
【0055】
本発明の中空粒子回収用キットに含まれるイオン交換膜は、上述した性質を有する本発明の方法に利用可能なイオン交換膜である。使用説明書には、キットに付属するイオン交換膜を本発明の中空粒子の精製方法に使用するためのバッファー条件やpH条件などの実験条件、操作手順等が記載されている。本発明のキットはさらに、本発明の方法の実施に適切な条件のバッファー、パッケージなどを適宜含んでいてもよい。
【発明の効果】
【0056】
本発明の方法は、従来は有効な対策法が開発されていなかった中空粒子の除去方法を提供する。また、従来の方法では密度勾配遠心だけで18時間以上かかっていたものが、本発明の方法では2〜3時間と大幅に時間短縮ができ、本発明の方法は非常に効率がよい方法である。
【0057】
本発明の方法より、中空粒子を含まない高い純度のウイルスベクターを迅速かつ効率的に精製することが可能となった。また、本発明の方法により精製された中空粒子を含まないウイルスベクターは、従来の精製法で精製したウイルスベクターと比較して、遺伝子を導入した際の遺伝子発現の効率が高く、本発明の方法により高い活性を有するウイルスベクターを得ることができる。

以下、本発明を実施例にて具体的かつ詳細に説明するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0058】
実験材料
特に断りのない限り、本実施例で使用する実験材料は以下の通りである。
(1)イオン交換膜
イオン交換膜としてムスタングQ(陰イオン交換)およびムスタングS(陽イオン交換)(いずれもポール コーポレーション)を用いた。ムスタングの膜基材は架橋重合されたポリエーテルスルホンで構成されている。その基材の表面に、独自の表面修飾技術により用途に応じた官能基が保持されており、ムスタングQは第四級アンモニウム基を、ムスタングSはスルホン酸基を保持している。この膜の孔径は0.8μmであり、均一に団塊状の表面が分布している(図1)。図1の模式図に示すように、左図の拡散孔が小さい従来のクロマトグラフィー担体(ビーズカラム)の場合は、流速の早い部分と遅い部分が生じ、生体高分子を含むマクロ分子の拡散に制限が出てくる。一方、右図のムスタングメンブレンの場合には、マクロ分子が拡散孔の全ての吸着部位に出入りするのに十分なスペースがあり、強イオン交換の修飾基が広く均等に分布していることからDNAやプラスミドのような生体高分子(マクロ分子)やウイルスのような大きさの粒子に対しても、迅速に吸着・溶出が可能である。ビーズとは対照的に高い流速、高い吸着容量が得られる。また、ムスタングは非常に高い生体高分子吸着能を有しており、流速に依らず安定した吸着量が確保できる。特にムスタングQは流速に依存されず高吸着能を有し、ムスタングSのクロマトグラフィーにおける分離能も流速に影響を受けにくい(例えば、米国特許第6,780,327号、米国特許第6,783,937号を参照。これら文献は引用により本願明細書に完全に援用される)。
(2)アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター
野生型AAVの生物学的特徴及び人に対する影響
アデノ随伴ウイルス(AAV)は、パルボウイルス科デペンドウイルス属に分類され、1型から9型の血清型のAAVが知られている。中でも2型AAVは研究が進んでおり、その性質が解析されている。2型AAVは直径約26nmのエンベロープを持たない球形ウイルスである。VP1(82kDa)、VP2(65kDa)、VP3(60kDa)が1:1:10の比率で合計60分子が集まって約3600kDaのキャプシドを構成している。ゲノムは4679ヌクレオチドからなる1本鎖DNA(約1500kDa)であり、プラスとマイナス鎖がほぼ同じ比率で混在する。ゲノム両末端145ヌクレオチオドはT字型ヘアピン構造を形成しておりinverted terminal repeat(ITR)と呼ばれる。AAVゲノムにはrepとcap遺伝子がありそれぞれ非構造タンパク質とキャプシドタンパク質をコードしている。AAVはアデノウイルス、ヘルペスウイルスなどのヘルパーウイルスの存在下でのみ増殖でき、単独では増殖できない。単独で細胞に感染した場合、第19番染色体のAAVS1領域(19q13.42)に特異的にそのゲノムを組み込み、潜伏感染の状態となる。ヘルパーウイルスと同時に感染したり、潜伏感染状態でヘルパーウイルスが感染した時にAAVの増殖が起こる。2型AAVのヒトへの感染は不顕性感染であり、AAVの感染に伴う特有の疾患は報告されておらず非病原性と考えられている。米国での調査によると出生直後はAAVに対する抗体は検出できないが、学童期で人口の50%以上で抗体が陽性となる。rep遺伝子より合成されるRepタンパク質は過剰発現すると細胞増殖を抑制したり、ヘルパーウイルスを含めた他のウイルスの複製も抑制する。ウイルス粒子は物理化学的にきわめて安定で、pH3から9の間で不活化されず、また56℃、1時間の処理でも不活化されない。
【0059】
ウイルスベクターの構造と生物学的特徴
ウイルスキャプシドは野生型ウイルスと異ならない。キャプシド内に組み込まれているベクターゲノムは3466ヌクレオチドから成り、両末端のITRは野生型と同じであるが、その間はプロモーター、目的遺伝子、ヒト成長ホルモン遺伝子ポリAシグナルに置き換えられている。
【0060】
AAVベクターは人以外の動物でも感染が成立すると考えられている。AAVベクターは神経細胞、肝臓、骨格筋、心筋などで効率の良い遺伝子発現が起こる。一本鎖ベクターゲノムは核内でその相補鎖とアニールし、宿主のDNA合成酵素の働きで二本鎖となり導入遺伝子を発現できるようになる。また、二本鎖となったベクターDNAは複数が連なり環状DNAを形成するかコンカタマ―を形成して、その一部が染色体に組み込まれると考えられる。AAVベクターにより分裂細胞、静止期の細胞双方に遺伝子導入が可能であるが、発現様式に違いがある。分裂細胞では宿主DNA合成酵素の働きで発現型二本鎖に変換され感染直後より良好な導入遺伝子の発現が認められる。染色体に組み込まれていない導入遺伝子は細胞分裂に伴い希釈され失われてゆき、染色体に組み込まれた導入遺伝子を持つ細胞が最終的に長期発現を維持する。一方、静止期細胞では相補鎖同士のアニーリングが二本鎖ゲノムの主たる合成経路と考えられ、約1ヶ月程かかって徐々に導入遺伝子の発現が上昇してゆき、染色体外でコンカタマーの形態で長期間にわたって安定に保持される。動物実験では年余に渡る導入遺伝子の発現も報告されている。AAVベクターゲノムの染色体での組込み部位は、rep遺伝子を欠いているためAAVS1領域へは組み込まれず、ランダムに組み込まれるが、その組込み効率は極めて低いと考えられている。マウスの肝臓での組込み部位の解析では組込みは遺伝子存在領域に組み込まれていることが多く、組込み部位近傍のゲノムが約2kb程まで欠失していることもある。ITRは弱いながらプロモーター活性を持つが、内向きにプロモーター活性を持ち、また染色体への組込みに伴い欠失することが多く、組込み部位近傍の遺伝子の発現を誘導する可能性は少ない。

実施例1:ウイルスベクターの調製および粗精製
(1)細胞溶解液の調製
まず、1.4×10個のAAV−293細胞を、225cmフラスコ28本(または6,320cm10段フラスコ1個)を用いて10%FBS DMEM/F12培地で培養した。48時間後に燐酸カルシウム法にて、(i)AAVベクタープラスミド、(ii)AAVゲノムのITRを除きrep、cap遺伝子をクローニングしたAAVヘルパープラスミド、(iii)2型アデノウイルスのE2A、E4、VARNA遺伝子をクローニングしたアデノウイルスヘルパープラスミド(各々650μg)を導入した。72時間後に細胞を回収し、細胞ペレットを30mlのTBSにて懸濁した。このサンプルの凍結融解を4−6回繰り返し、毎回ボルテックス操作にてよく混和した。150μlの1M MgClと20μlの250U/μl Benzonaseを添加し、37℃で30分間反応させた後、300μlの0.5M EDTAを添加し反応を停止させ、900μl の5M NaClを加えてよく混和し、4℃で10,000×g、10分間遠心し上清を回収した。この宿主細胞の培養とトランスフェクションについては、より詳細には例えば以下の文献:Okada, T., et al., Methods Enzymol., Vol 346: Gene Therapy Methods (ed. by M. Ian Phillips), pp378-393, 2002; Okada, T., et al., Methods., 28: pp237-247, 2002;またはOkada, T., et al., Hum. Gene Ther., 16: pp1212-1218, 2005; (これらの文献は引用により本明細書に完全に援用される)に基づいて行うことができる。
(2)超遠心によるウイルスの粗精製
塩化セシウム溶液(1.50g/ml)の上に塩化セシウム溶液(1.25g/ml)を重層し、さらにこの上に回収したウイルス溶液(上記(1)で回収した細胞溶解液)を重層した。16℃で25,000×g、3時間遠心後、チューブの下に22G針にて穴を開けて塩化セシウムの層を0.5mlずつ回収した。各分画の屈折率(refractive index:RI)を測定し、RIが1.371−1.380の画分を回収した後、サンプルの約100倍量のMHNバッファー(3.33mM MES、3.33mM HEPES [pH6.5]、3.33mM NaOAc)に対し、30分間透析した。さらに16℃で3,000×g、2分間遠心して上清を回収し、サンプルの約5倍量の開始バッファーでサンプルを希釈した後、0.22μm、500mlフィルターシステムを用いてサンプルをろ過した。

実施例2:陰イオン交換膜クロマトグラフィーにおけるウイルスベクター回収率の検討
ウイルスが特に安定なpH6.5ないし8.0の範囲で、ウイルスベクター粗精製物を陰イオン交換膜を用いた膜クロマトグラフィーにかけ、ウイルスベクター粒子の回収率を検討した。陰イオン交換膜としてムスタングQ(ポール コーポレーション)を使用した。
【0061】
ムスタングQアクロディスクを、pH6.5、pH7.0、pH7.5またはpH8.0に調整した開始バッファー(3.33mM MES、3.33mM HEPES、3.33mM NaOAc)で平衡化した後、実施例1で得られたウイルスベクター粗精製物を吸着させた。その後、開始バッファーと同一のpHに調整した溶出バッファー(3.33mM MES、3.33mM HEPES、3.33mM NaOAc、2M NaCl)でウイルスを溶出して回収した。結果を表1に示す。
【0062】
【表1】

【0063】
低いpHではウイルスが陰イオン交換体に吸着されず、回収率が低くなった。一方、pH7.5ないし8.0の条件では約90%のウイルス粒子を回収できることが明らかとなった。

実施例3:陽イオン交換膜および陰イオン交換膜によるウイルスベクターの精製
イオン交換膜としてムスタングSおよびムスタングQ(ポール コーポレーション)を使用した。ムスタングの膜基材は架橋重合されたポリエーテルスルホンで構成されており、その基材の表面に、用途に応じた官能基で表面が修飾されている。ムスタングSは、基材表面にスルホン酸基を保持する陽イオン交換膜である。ムスタングQは、基材表面に第四級アンモニウム基を保持する陰イオン交換膜である。この膜の孔径は0.8μmであり、均一に団塊状の表面が分布している(図1)。
【0064】
FPLCシステムとして、 AKTA explorer 10S(アマシャムバイオサイエンス)を用い、精製操作を行った。サンプルを、開始バッファー(3.33mM MES、3.33mM HEPES [pH6.5]、3.33mM NaOAc)で平衡化したムスタングSアクロディスク(ポール コーポレーション)に通し、スーパーループに充填した。開始バッファーでムスタングQアクロディスク(ポール コーポレーション)を平衡化した後、流速3ml/分にてサンプルをムスタングQアクロディスクに吸着させ、開始バッファーにて洗浄し、0−100%B(2M NaCl)/50CVの濃度勾配条件下にてウイルスを溶出し画分量1mlにて回収した。B液は、2M NaClを含む他は開始バッファーと同一の組成のバッファーである。結果を図2に示す。
【0065】
ピークの画分を電気泳動したものを、精製前のサンプル(CVL)と比較した。結果を図3に示す。ムスタングSおよびQによる精製後(CsCl+MtgS/Q)のサンプルを用いた電気泳動解析では、AAVのVP1、VP2、およびVP3の3本のバンドが鮮明に認められ、NIH imageを用いてこの画像を解析したところ、その精製度は9割以上であった。
【0066】
電子顕微鏡により、塩化セシウムを用いた超遠心分離法による精製を行った1型AAVベクター、ムスタングSに吸着されたサンプル、および、ムスタングSおよびQを用いて中空粒子を除去した1型AAVベクターと比較した。結果を図4に示す。超遠心分離法による精製のみを行ったもの(図4A)では、中心に黒い部分がありウイルスゲノムが入っていない中空粒子(矢頭で示した粒子)が1割弱(6.7%、91/1350粒子)認められた。ムスタングSに吸着されたサンプルを解析すると、意外にも中空粒子がほぼすべて(97.3%、694/713粒子)を占めた(図4B)。よって、ムスタングSを通した段階で中空粒子がサンプルからほぼ除去されることが示された。ムスタングSおよびQを用いて精製したものでは、中空粒子の混入は1%未満(0.8%、26/3365粒子)であった(図4C)。

実施例4:ウイルスベクターの回収率
アクロディスク形状のムスタングQを2個用いた場合のAAVウイルスベクターの回収率を検討した。1型および5型のAAVベクターを含む細胞溶解液を、実施例3の方法と同様に精製した結果を表2に示す。
【0067】
【表2】

【0068】
アクロディスク形状のムスタングQを2個用いると、最大2.0×1014ウイルス粒子が吸着した。細胞溶解液と最終精製物を比較した場合、その回収率はいずれのAAVウイルスベクターについても約20%であり、本発明の方法によりウイルスベクターが高い効率で回収できることが示された。ただし、実施例2に示すとおり、pHを7.5ないし8.0に上げることによって、ムスタングQによるウイルスの回収率はさらに改善される。pHの調整は、透析操作によるバッファー交換や希釈によって可能である。

実施例5:中空粒子を除去したAAVウイルスベクターの活性
ラットIL−10発現1型AAVベクター(6x1010 ゲノムコピー)を3週令のWistarラット前脛骨筋に注入し、8週間後にIL−10の血中濃度をELISA法にて測定した。本発明の方法により中空粒子の除去を行ったウイルスベクターを用いた場合、セシウム密度勾配超遠心による精製のみを行ったベクターと比較して、遺伝子産物の血中濃度が約3倍増加した。結果を図5に示す。このことは、中空粒子の除去により、従来の塩化セシウムを用いた超遠心分離法と比べ顕著に遺伝子導入効率の高いAAVベクターの作製が可能となったことを示している。また、ウイルスを注入した前脛骨筋における病理所見を解析したが、炎症反応は認められず、安全性が高いことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明の方法により精製された中空粒子の混入が低いウイルスベクターは、従来の精製条件によって精製されたウイルスベクターに対して、優れた遺伝子導入効率を有している。したがって、本発明の方法により精製されたウイルスベクターは、臨床での使用、特に遺伝子治療に好適に使用し得る。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】図1は、ビーズ充填カラムとムスタングメンブレンの構造の比較を示す模式図である。
【図2】図2は、AAVベクターを、イオン交換膜であるムスタングQを利用して、細胞破砕液から精製した例を示すFPLC解析チャートである。左縦軸はUV吸光度を示す。右内側の縦軸はCond%(電気伝導度)を示す。Cond%は塩濃度を反映し、Cond 160%が2M NaClに相当する。右外側の縦軸は、溶出液中のB液の比率を示す。横軸は時間経過を積算流量で示す。
【図3】図3は、ピークの画分(CsCl+MtgS/Q)および精製前のサンプル(CVL)をSDS−PAGE法にて電気泳動し、両者を比較した解析結果を示す電気泳動の写真である。
【図4】図4は、塩化セシウムを用いた超遠心分離法による精製を行った1型AAVベクター(図4A)、ムスタングSに吸着されたサンプル(図4B)、および、超遠心分離法による精製の後、さらにムスタングSおよびQを用いて精製した1型AAVベクター(図4C)についての電子顕微鏡の写真である。中心に黒い部分があるウイルス粒子(図Aにおいて矢頭で例示した粒子)は、中空粒子である。また、図4C下方の白色のバーは50nmを表し、図4AないしCに共通である。
【図5】図5は、ラットIL−10発現1型AAVベクター(6x1010ゲノムコピー)を3週令のWistarラット前脛骨筋に注入し、8週間後にIL−10の血中濃度をELISA法にて測定した結果を示すグラフである。対照は、セシウム密度勾配超遠心による精製を行ったベクター、CsCl+MtgS/Qは、超遠心の後さらにムスタングSおよびQで精製を行ったベクターを用いた場合の結果である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン交換膜を用いて、ウイルスベクター粗溶解物中の中空粒子を除去する工程を含む、ウイルスベクターの精製方法。
【請求項2】
中空粒子を除去する工程が、ウイルスベクター粗溶解物を陽イオン交換膜を用いる膜クロマトグラフィーにかける工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
中空粒子を除去する工程が、ウイルスベクター粗溶解物を陽イオン交換膜および陰イオン交換膜を用いる膜クロマトグラフィーにかける工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
中空粒子を除去する工程が、以下の工程:
(1)ウイルスベクター粗溶解物を塩化セシウム溶液を用いる超遠心分離法により粗精製し;そして
(2)陽イオン交換膜および陰イオン交換膜を用いる膜クロマトグラフィーにかけて、ウイルスベクターを回収する;
ことを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
ウイルスベクター粗溶解物のpHレベルを、pH6.5ないし8.0の範囲で適切に調節して行う、請求項1ないし4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
イオン交換膜が、架橋重合されたポリエーテルスルホンで構成される基材を含む陽イオン交換膜および/または陰イオン交換膜である、請求項1ないし5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
陽イオン交換膜がMustang(米国登録商標) S(ポール コーポレーション)であり、陰イオン交換膜がMustang(米国登録商標) Q(ポール コーポレーション)である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
ウイルスベクターが、アデノ随伴ウイルス(AAV)、アデノウイルス、レトロウイルス、レンチウイルス、インフルエンザウイルス、センダイウイルス、単純ヘルペスウイルス、肝炎ウイルス、パピローマウイルス、バキュロウイルス、狂犬病ウイルス、および泡沫状ウイルスに由来するベクターからなる群より選択される、請求項1ないし7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
ウイルスベクターが、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターである、請求項1ないし7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
ウイルスベクターが、ヒト、動物またはそれらの細胞に対する遺伝子導入または遺伝子治療に使用するためのベクターである、請求項1ないし9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
遺伝子導入効率の高いウイルスベクターを得ることを目的とする、請求項1ないし10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
ウイルスベクター精製用キットであって、
イオン交換膜;および、
請求項1ないし8のいずれか1項に記載の方法による遺伝子導入用または遺伝子治療用ベクターの精製に、当該イオン交換膜を使用するための使用説明書;
を含む、前記キット。
【請求項13】
イオン交換膜を用いて、ウイルスベクター粗溶解物中の中空粒子を回収する工程を含む、ウイルス中空粒子の精製方法。
【請求項14】
中空粒子を回収する工程が、以下の工程:
(1)ウイルスベクター粗溶解物を陽イオン交換膜に通し;そして
(2)陽イオン交換膜に吸着した中空粒子を溶出して回収する;
を含む、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
ウイルス中空粒子精製用キットであって、
イオン交換膜;および、
請求項13または14に記載の方法による中空粒子の精製に、当該イオン交換膜を使用するための使用説明書;
を含む、前記キット。

【図2】
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【図5】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−117003(P2007−117003A)
【公開日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−314476(P2005−314476)
【出願日】平成17年10月28日(2005.10.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り (1)Elsevier Inc.発行、“Molecular Therapy”誌、Volume 11、Supplement 1、S337頁 発行年月日:平成17年(2005年)5月2日 (2)掲載年月日:平成17年(2005年)5月2日 掲載場所:http://www.abstracts2view.com/asgt/view.php?nu=ASGT5L1_868 (3)日本癌学会主催、第64回日本癌学会学術総会 開催日:平成17年(2005年)9月14日〜9月16日 (4)日本遺伝子治療学会主催、第11回日本遺伝子治療学会総会 開催日:平成17年(2005年)7月28日〜7月30日 (5)掲載年月日:平成17年(2005年)9月6日 掲載場所:http://www.sciencedirect.com/science?_ob=MImg&_imagekey=B6WNJ−4H23FOX−131−1&_cdi=6964&_user=10&_orig=browse&_coverDate=08%2F15%2F2005&_sk=999889999.8998&view=c&wchp=dGLbVtb−zSkWz&md5=2e7903cfccd48085706076715852f241&ie=/sdarticle.pdf
【出願人】(505404792)日本ポール株式会社 (1)
【Fターム(参考)】