説明

エタノールの製造方法

【課題】雑菌の増殖や活動を抑制しながら、エタノールを効率的に生産し得る、エタノールの製造方法を提供すること。
【解決手段】本発明は、エタノールの製造方法を提供し、エタノール発酵し得る微生物を、雑菌の活動を抑制し得る濃度のエタノールの存在下で培養する工程を含み、該雑菌の活動を抑制し得る濃度のエタノールが、該培養の開始時から存在する。1つの実施態様では、上記方法は、エタノールを連続的または間欠的に回収する工程をさらに含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エタノールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物を利用したエタノール、アミノ酸、有機酸などの有用物質の生産は、国内外で広く工業的に行われている。中でも、再生可能な資源であるバイオマスを原料としたバイオエタノールは、化石資源を温存し地球温暖化を防止するという観点から注目されている。サトウキビやトウモロコシを原料としたバイオエタノールの生産は既に実用化され、ガソリンに混合するなどして使用されている。しかし、これらの原料は食糧でもあるため、バイオエタノールの普及は食糧の高騰や途上国の食糧危機を招くという問題点が指摘されている。このため、近年は、稲ワラ、コーンストーバー、バガス、木材など、植物の非可食部を原料とする研究開発が進められている。日本では、稲ワラや廃建材を原料としたエタノール生産プラントが一部で稼動しはじめているが、高コストという大きな課題が残されている。
【0003】
日本は緑に囲まれた国であるが実はバイオマスには乏しく、バイオマスニッポン総合戦略においても、日本で利用可能な全てのバイオマスからエタノールを製造しても600万kLに過ぎないことが指摘されている。このため、新たなバイオマスの開発が必要とされており、廃綿繊維、古紙などの廃棄物の有効利用、食品廃棄物などの腐敗しやすいため取り扱いが難しいバイオマスから、エタノールを生産する技術開発が進められている。
【0004】
日本のバイオマスは、単位面積あたりの収量が少ない上に、稲ワラを除けば少量多品種である。かさ高く、高水分のバイオマスの輸送に要するエネルギーを最少化し、個々のバイオマスからの生産効率を向上させるには、原料の輸送距離を短縮する小規模生産であっても、エネルギー消費が少なく低コストの生産システムの開発が必要である。さらに、従来のエタノール生産は、系の8割以上を水が占める液体発酵である。既往の蒸留法では、この多量の水を含めた発酵液の温度を操作するため、エタノールの回収に多大なエネルギーを必要とし、その後も大量の廃水と高水分の残渣の処分に多大なエネルギーとコストを費やす。さらに、残渣の多くは焼却され、これに含まれている窒素リン酸カリその他微量元素は農地に還元されていない。
【0005】
これに対して、本発明者らは、エタノールの生産システムとして、Consolidated Continuous Solid State Fermentation(CCSSF)システムを提案している(非特許文献1)。
【0006】
バイオエタノール生産においては、上述のように様々な技術が開発されているが、実生産においてなおも残されている課題が、発酵中の雑菌の増殖である。サトウキビなどに含まれる糖、あるいは、デンプンやセルロースを加水分解して得た糖などを、酵母などの微生物で発酵すればエタノールが得られるが、この時、雑菌が混入すれば、多くの雑菌は、糖を乳酸などのエタノール以外の物質に代謝してエタノールの収率を低下させ、場合によっては、酵母によるエタノール発酵自体を阻害してしまう(非特許文献2および3)。
【0007】
これを避けるために、原料を加熱滅菌して無菌的な環境で発酵を進める、雑菌の増殖を抑制する抗生物質や二亜硫酸カリウムなどの制菌剤を添加する、雑菌が増殖できないような低いpHでエタノール発酵を行う、などの対策が試みられている(非特許文献4〜6)。例えば、非特許文献4には、バイオエタノール生産において、乳酸菌混入を防ぐために乳酸塩(lactate)を培地に添加し、乳酸耐性酵母であるカンジダ・グラブラタ(Candida glabrata)を用いる方法が記載されている。非特許文献5には、バイオエタノール生産において、細菌混入を防ぐために酢酸塩(acetate)を培地に添加し、酢酸耐性酵母であるシゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)を用いる方法が記載されている。非特許文献6には、バイオエタノール生産において、細菌混入および感染を防ぐために抗生物質バージニアマイシン(virginiamycin)を培地に添加する試みが記載されている。
【0008】
しかし、大量のバイオマスを加熱滅菌するには多大なエネルギーを必要とし、抗生物質や制菌剤の添加にはコストがかかるだけでなく環境を汚染するという問題点があり、pH3以下でも十分な発酵力を維持できる酵母はまだ開発されていない。
【0009】
稲ワラや廃建材を原料とする場合、糖化の前処理として、希硫酸による加熱や160℃以上の亜臨界水を用いて脱リグニンが行われるため、原料由来の雑菌は死滅するが、その後に添加する糖化酵素に含まれる雑菌や、発酵中に混入する雑菌が増殖することが問題となる。特に、脱リグニン処理が必要ない食品廃棄物や廃綿繊維、古紙を原料とする場合、原料由来の雑菌に対しても対策を講じなければ、エタノールの収率は著しく低下するという課題が未解決の状態となっている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Moukamnerd, C.ら, Appl. Microbiol. Biotechnol., (2010). DOI 10.1007/s00253-010-2716-y
【非特許文献2】Muthaiyan, A.およびRicke, C. S. Bioresour. Technol., 101, 5033-5042 (2010)
【非特許文献3】Schell, D. J.ら, Bioresour. Technol., 98, 2942-2948 (2007)
【非特許文献4】Watanabe, I.ら, J. Ind. Microbiol. Biotechnol., 35, 1117-1122 (2008)
【非特許文献5】Saithong, P.ら, J. Biosci. Bioeng., 3, 216-219 (2009)
【非特許文献6】Bischoff, K. M.ら, Biotechnol. Bioeng., 103, 117-122 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、雑菌の増殖や活動を抑制しながら、エタノールを効率的に生産し得る、エタノールの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、エタノールの製造方法を提供し、この方法は、
エタノール発酵し得る微生物を、雑菌の活動を抑制し得る濃度のエタノールの存在下で培養する工程を含み、
該雑菌の活動を抑制し得る濃度のエタノールは、該培養の開始時から存在する。
【0013】
1つの実施態様では、上記方法は、エタノールを連続的または間欠的に回収する工程をさらに含む。
【0014】
本発明はまた、微生物によるエタノール発酵において雑菌を抑制する方法を提供し、この方法は、
エタノール発酵し得る微生物を、雑菌の活動を抑制し得る濃度のエタノールの存在下で培養する工程を含む。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、雑菌の増殖や活動を抑制しながら、エタノールを効率的に生産し得る、エタノールの製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】CCSSFシステムの一実施態様を示す模式図である。
【図2】酵母および乳酸菌の4.5時間培養後の生菌数を初期生菌数で除した値の対数を初期エタノール濃度に対してプロットしたグラフである。
【図3A】エタノールを添加せずにグルコアミラーゼおよびα-アミラーゼをそれぞれ700units添加した場合のCCSSFにおける、反応槽内のエタノール濃度および乳酸濃度の経時変化(上)ならびに酵母および乳酸菌の生菌数の経時変化(下)を示すグラフである。
【図3B】エタノールを添加せずにグルコアミラーゼおよびα-アミラーゼをそれぞれ300units添加した場合のCCSSFにおける、反応槽内のエタノール濃度および乳酸濃度の経時変化(上)ならびに酵母および乳酸菌の生菌数の経時変化(下)を示すグラフである。
【図4】予めエタノールを添加した場合のCCSSFにおける、反応槽内のエタノール濃度および乳酸濃度の経時変化(上)ならびに酵母および乳酸菌の生菌数の経時変化(下)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、微生物によるエタノール発酵において、エタノールの存在下で微生物を培養することで、雑菌の活動または増殖を抑制できることを見出したことに基づく。
【0018】
本発明は、エタノールの製造方法を提供し、この方法は、エタノールの製造方法であって、エタノール発酵し得る微生物を、雑菌の活動を抑制し得る濃度のエタノールの存在下で培養する工程を含み、該雑菌の活動を抑制し得る濃度のエタノールは、該培養の開始時から存在する。
【0019】
本発明のエタノールの製造方法は、微生物によるエタノール発酵を開始する時点で、雑菌の活動を抑制できる濃度のエタノールを存在させることを特徴とする。
【0020】
本発明において用いられる微生物は、エタノール発酵能力があればよいが、サッカロミセス属(Saccharomyces)やシゾサッカロミセス属(Schizosaccharomyces)などの酵母やザイモナス属(Zymomonas)などの細菌のように、エタノールに耐性を有する微生物であることが望ましい。微生物は、エタノールに対する耐性を有する、すなわち、高濃度のエタノール存在下においてもなお、菌体あたり時間当たりのエタノール生産量を高く維持できる微生物であることが望ましい。
【0021】
具体的には、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisie)、特に清酒酵母、ビール酵母、ワイン酵母、パン酵母などの酵母(好ましくは、焼酎、日本酒、ウイスキーなど、アルコール度数が高い酒類の醸造に供される酵母)、ザイモモナス・モビリス(Zymomonas mobilis)などの細菌、エタノールに対して馴養したこれらの微生物、変異処理などの古典的な育種や遺伝子組換えによってエタノール耐性を強化したこれらの微生物などである。また、遺伝子組換えによってエタノール発酵能を付与した微生物、例えば、ピルビン酸からエタノールに至る経路の遺伝子を組み込んだ大腸菌またはコリネバクテリウム属(Corynebacterium)の細菌などを用いることもできる。
【0022】
エタノール発酵し得る微生物の培養には、発酵原料が用いられ得る。発酵原料としては、発酵に用いられてエタノールが得られる原料であればよく、ブドウ糖、ショ糖、麦芽糖、キシロース、ガラクトース、マンノース、デンプン、セルロース、ヘミセルロースなどの炭水化物が挙げられるが、例えばグリセリンなどのように、炭水化物以外の物質でもあり得る。また、発酵原料は、これらのうちのいずれかに限定されるものではなく、複数種類の混合物であってもよい。
【0023】
発酵原料がデンプン、セルロース、ヘミセルロースなどの高分子の炭水化物を含む場合、酵素、酸、アルカリ、亜臨界水、超臨界水などによって、該炭水化物を微生物がエタノール発酵できる糖(単糖や二糖など)に加水分解(糖化)し、その後に微生物にエタノール発酵をさせ得る。糖化のための酵素(糖化酵素)としては、原料の種類によるが、例えば、アミラーゼ、セルラーゼ、ヘミセルラーゼなどが挙げられ、これらを必要に応じて組み合わせて用いてもよい。これらの糖化酵素には、その基質に対する切断によって種々のタイプの酵素があり(アミラーゼには、α-アミラーゼ、β-アミラーゼ、グルコアミラーゼ、イソアミラーゼなどがあり、セルラーゼには、エンドグルカナーゼ、セロビオヒドロラーゼ、β−グルカナーゼなどがある)、必要に応じて組み合わせて用い得る。あるいは、高分子の炭水化物を含む発酵原料に糖化酵素とエタノール発酵し得る微生物とを同時に添加して、炭水化物の糖化および糖化により生じた糖を用いる微生物によるエタノール発酵を併行して行い得る(これを「併行複発酵」ともいう)。
【0024】
発酵原料は、デンプン、セルロース、ヘミセルロース、リグノセルロースなどを含む農業系、工業系、食品系の廃棄物でもあり得る。リグノセルロース、またはリグノセルロースを含む稲ワラや廃建材などの廃棄物を原料とする場合、糖化の前処理として、亜臨界水や希硫酸などによって脱リグニン処理が行われ得る。デンプン、セルロース、ヘミセルロースなどを含む食品廃棄物や廃綿繊維、古紙などの廃棄物もまた、必要に応じて前処理し、糖化および発酵に用いられ得る。
【0025】
微生物培養によるエタノール発酵の際に存在するエタノールの濃度は、雑菌の活動を抑制し得る濃度であり、好ましくは、エタノール発酵し得る微生物によるエタノール発酵を阻害しない濃度でもある。
【0026】
エタノール発酵中に混入し得る雑菌としては、ラクトバシラス属の乳酸菌、例えばラクトバシラス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)、ラクトバシラス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)、ラクトバシラス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)などが挙げられる。
【0027】
適したエタノールの濃度は、エタノール発酵し得る微生物の種類、混入する雑菌の種類および濃度、発酵原料の種類、発酵原料に含まれる抗菌成分の濃度、発酵方式などの要因によって異なり得る。例えば、既に雑菌が相当な濃度にまで増殖した原料を用いる場合や、混入した雑菌がエタノールに対して比較的高い耐性をもつ微生物である場合には、発酵開始時に50g/kg前後の比較的高い濃度のエタノールを存在させることが望ましい。逆に、発酵開始時に存在する雑菌の濃度が低い場合や、混入した雑菌のエタノール耐性が低い場合には、発酵開始時に存在させるエタノールの濃度は20〜30g/kg程度であり得る。
【0028】
また、次のような場合にも、発酵開始時に存在させるエタノールの濃度を低く設定することができる。例えば、リグノセルロースを原料とする場合、前処理として亜臨界水や希硫酸などによって脱リグニン処理を行うが、この際に生成するフルフラール類やフェノール系化合物が原料に含まれており、これらは雑菌の活動を抑制し得る。また、食品系廃棄物を原料とする場合、もとの食品に防腐剤や抗菌成分(例えば、ワサビ、カラシ、トウガラシなどに由来する抗菌成分、キトサン、カテキンなどの抗菌成分)などが含まれている場合がある。このような場合、原料に含まれるこれらの物質とエタノールが相乗的に雑菌抑制に作用し得るため、存在させるエタノールの濃度を低く設定しても実質的な雑菌抑制効果を得ることができる。
【0029】
発酵開始以降のエタノール濃度は、上記の要因に依存するが、20g/kg以上、好ましくは40g/kg以上、より好ましくは50g/kg以上であり得る。できるだけ高い濃度のエタノールを存在させれば、その分だけ確実に雑菌の活動を抑制することができるが、エタノール発酵し得る微生物の発酵力を維持するという観点から、発酵開始以降のエタノールは、60g/kgを上回らない範囲に維持することが望ましい。
【0030】
エタノールを添加する時期および方法は、エタノール発酵のための微生物の培養を開始する時点で、発酵混合物中に適当量のエタノールが存在していれば特に限定されない。発酵に供するために、エタノール発酵し得る微生物および発酵原料(必要に応じて、糖化酵素を含む副原料)を含む発酵混合物を調製する(例えば、槽内に、微生物、発酵原料、および必要に応じて糖化酵素を含む副原料を仕込む)時点で添加し得る。腐敗しやすい原料であれば、原料が得られた時点で原料に添加し、発酵開始までの雑菌の増殖を抑制することもできる。例えば、食品工場から排出されるデンプン系廃棄物であれば、廃棄物として排出された時点で適当量のエタノールを添加すれば、保存中および運搬中の雑菌の活動を抑制することができる。この場合のエタノール添加量は、発酵混合物の調製の際に、エタノール発酵し得る微生物および必要に応じて副原料と混合した時点で、雑菌の活動を抑制し得る(好ましくは、エタノール発酵し得る微生物の発酵力もまた維持できる)濃度となるようにすればよい。雑菌に汚染されやすい原料や、既に雑菌に汚染されている原料の場合、例えば100g/kg以上になるようにエタノールを添加し、発酵混合物の調製の際に、水や副原料、または雑菌に汚染されていない別の原料と混合することによって、発酵開始時のエタノール濃度が所定の濃度になるようにしてもよい。添加の方法は、所定濃度になるようにエタノールを発酵混合物に添加する、所定濃度のエタノール溶液中に発酵原料を浸漬するなどが挙げられる。
【0031】
添加するエタノール自体の濃度は特に限定されるものではなく、エタノール発酵のための微生物の培養を開始する時点で、適当な濃度になればよく、添加するエタノールの由来や純度も特に限定されない。化学的に合成されたエタノール、醸造によって得られるエタノールなども用いられ得るが、コストの観点からいえば、当該エタノール製造方法で生産されるエタノール、品質や消費期限などの理由から廃棄される酒類などが好適に用いられ得る。
【0032】
エタノール発酵し得る微生物の培養のための条件は、用いる微生物の培養に適した条件を用い得る。本発明を適用するエタノール発酵プロセスは、水分が30〜80%のいわゆる固体発酵(例えば、非特許文献1に記載されるCCSSF)であってもよく、水分が80〜90%、あるいはそれ以上を占める液体発酵であってもよい。エタノール発酵し得る微生物の培養のための培地は、発酵原料、および必要に応じて糖化酵素を含む副原料を含み、そして微生物の培養に通常用いられる成分をさらに含み得る。
【0033】
エタノール発酵プロセスは、発酵中にエタノールを連続的または間欠的に回収するプロセス(例えば、CCSSF)が望ましいが、発酵中にエタノールを回収しない通常の生産プロセスでもよい。発酵中にエタノールを回収しない場合、一定量の糖を発酵させたときのエタノールの終濃度が、発酵開始時に存在するエタノールの分だけ高まるため、発酵の遅延や収率の低下を招きやすいが、本発明の適用を妨げるものではない。
【0034】
本発明を適用するエタノール発酵プロセスとして、好ましくは、CCSSFが利用され得る。図1は、CCSSFシステムの一実施態様を示す模式図である。CCSSFシステム10は、ドラム型反応槽11(発酵混合物12を内部に含む)、保温水槽13、凝縮塔14(エタノール15を回収する)、加湿槽16、およびポンプ17を備える。ドラム型反応槽11は、回転可能であり、内部の発酵混合物12(エタノール発酵し得る微生物および発酵原料を含む、必要に応じて糖化酵素を含む副原料をさらに含み得る)を発酵に供し得る。ドラム型反応槽11は、ヘッドスペースのガスが循環可能となるように凝集塔14および加湿槽16と連結され得る。保温水槽13は、反応槽内部を発酵に適した温度に維持し得る温度(例えば、37℃)の液体(例えば、水)を入れ得る。凝縮塔14は、冷媒循環経路およびエタノール回収容器を備え、該経路を用いて冷媒(例えば、市販不凍液を添加した水)を循環させることにより、ドラム型反応槽11から排出されたエタノールガスを凝縮し、生じた液体エタノール15を下部のエタノール回収容器内に回収し得る。ポンプ17は、ドラム型反応槽11のヘッドスペースガスを凝縮塔14および加湿槽16に循環させるために、凝縮塔14と加湿槽16との間に設けられ得る。発酵混合物中の水分は、エタノールとともにヘッドスペースに蒸散し、これによって発酵混合物の水分が低下するが、加湿槽16はこれを補い得る。CCSSFシステム10では、発酵混合物中のエタノール濃度は、ドラム型反応槽11のヘッドスペースガスの凝縮塔14への循環速度を調節することで調整し得る。また、発酵混合物中の水分は、加湿槽16の温度を調節することで調整し得る。
【0035】
CCSSFシステムでは、反応槽内で、エタノール発酵し得る微生物、発酵原料(必要に応じて前処理したバイオマス)、および糖化酵素を最小限の水の存在下で反応させる併行複発酵によりエタノールを生産させ、反応槽内のエタノールが適当な濃度に達した時点でヘッドスペースのガスを凝縮塔に循環させ、エタノールの回収を開始させ得る。凝縮塔内では、反応槽から排出されたエタノールガスを凝縮し、エタノールを液体として回収し得る。CCSSFシステムでは、発酵槽内での微生物によるエタノール生産にあわせてヘッドスペースのガスの循環速度を調節することで、反応槽内のエタノール濃度を一定に維持しながら、エタノールを回収し得る。
【0036】
このCCSSFシステムは、糖化、発酵、およびエタノールの回収を一つのシステムで行うため、シンプルかつコンパクトである。また、廃水が出ず、残渣も簡単な後処理で堆肥として再利用できる。よって、CCSSFシステムは、原料の輸送距離を最小限にする小規模なシステムでありながら、省エネ低コストを実現できる。
【0037】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこの実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0038】
エタノール発酵に混入する雑菌のモデルとして、乳酸菌(ラクトバシラス・プランタラム(Lactobacillus plantarum) NRIC1067)を選択し、MRS培地(Difco, Becton Dickinson)で37℃にて一晩静置培養した。また、エタノール発酵を行う微生物として、パン酵母(サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae))を用いた。
【0039】
(参考例:乳酸菌および酵母の生育に及ぼすエタノールの影響)
7×106 CFU (colony forming unit)の乳酸菌もしくは7×108 CFUの酵母を、4%グルコースおよび種々の濃度(0、20、40、または60g/kg)のエタノールを含むYP培地(1%酵母エキス、2%ペプトン、pH6.0)(いずれもDifco, Becton Dickinson)3.9mlならびにコーンスターチ5gを含む培養培地に接種し、37℃にて4.5時間静置培養した。培養前(初期)および4.5時間培養後の乳酸菌および酵母の生菌数を、それぞれMRS寒天培地およびYPD寒天培地を用いた平板培養法で測定した。
【0040】
図2は、酵母および乳酸菌の4.5時間培養後の生菌数を初期生菌数で除した値の対数を初期エタノール濃度に対してプロットしたグラフである。縦軸は、4.5時間培養後の生菌数を初期生菌数で除した値の対数を示し、そして横軸は、培養開始時のエタノール濃度(g/kg)を示す。白三角は乳酸菌、そして黒三角は酵母を表す。上記対数が正の値である場合は生菌数の増加を、負の値である場合は減少を示す。
【0041】
培養開始時のエタノール濃度が0および20g/kgでは、乳酸菌の生菌数は増加したが、40g/kgでは増加はほとんど見られず、60g/kgでは生菌数が減少した。これに対して、酵母の生菌数は、培養開始時のエタノール濃度を60g/kgとするとやや低下するものの、40g/kgまではほぼ一定であった。
【0042】
これらの結果は、培養開始時のエタノール濃度を20〜60g/kg、好ましくは40〜60g/kgとすれば、酵母の発酵力を維持しながら、乳酸菌の増殖を抑制し得ることを示している。20g/kgでは乳酸菌増殖が見られるが、問題ない程度である。
【0043】
(CCSSFシステムの構築)
図1に示すCCSSFシステムを構築した。CCSSFシステム10は、ドラム型反応槽11(発酵混合物12を中に含む)、保温水槽13、凝縮塔14(エタノール15を回収する)、加湿槽16、およびポンプ17を備える。ドラム型反応槽11は、直径10cmおよび長さ15cmの大きさであり、回転可能であり、発酵に供する発酵混合物12を内部に備えた。ドラム型反応槽は、ヘッドスペースのガスが循環可能となるように凝集塔14および加湿槽16と連結した。保温水槽13には、反応槽11内部の温度を維持するために、37℃の水を入れた。凝縮塔14には、冷媒循環経路およびエタノール回収容器を設け、冷媒としては、市販不凍液を添加した水を用い、ドラム型反応槽11から排出されたエタノールガスを凝縮し、生じた液体エタノール15をエタノール回収容器に回収した。ポンプ17を、凝縮塔14と加湿槽16との間に設け、ドラム型反応槽11のヘッドスペースガスを凝縮塔14および加湿槽16に循環させた。加湿槽16によって、発酵混合物中の水分がエタノールとともにヘッドスペースへ蒸散することによる、発酵混合物の水分の低下を補った。ドラム型反応槽11のヘッドスペースガスの凝縮塔14への循環速度を調節することで発酵混合物中のエタノール濃度を調整し、そして加湿槽16の温度を調節することで発酵混合物中の水分を調整した。
【0044】
(比較例1)
コーンスターチ50g、YP培地65mL、酵母30g(乾燥重量として6g:1×108 cfu/gに相当)、ならびに糖化酵素としてグルコアミラーゼおよびα-アミラーゼをそれぞれ700units含有する発酵混合物12を調製し、CCSSFシステム10のドラム型反応槽11に入れた。同時に、1×106 cfu/gとなるように乳酸菌もまた、このドラム型反応槽11内に添加した。このドラム型反応槽11を37℃の水を含む保温水槽13に入れ、5rpmで回転させ、CCSSFシステムによるエタノール発酵に供し、反応槽11内のエタノール濃度および乳酸濃度、ならびに乳酸菌および酵母の生菌数をモニタリングした。反応槽11内のエタノール濃度および凝集塔14に回収されたエタノール15の濃度は、酵素電極法で測定した。反応槽11内の乳酸濃度も、酵素電極法で測定した。乳酸菌および酵母の生菌数は、上記参考例と同様に測定した。
【0045】
反応槽11内のエタノール濃度が所定の濃度に達した後、反応槽11内のヘッドスペースガスを、-10℃に設定した凝縮塔14および47℃に設定した加湿槽16に、約0.5L/minの流速で循環させ、その後、エタノール濃度が所定の濃度に保たれるよう、循環ポンプの流速を適宜調節した。
【0046】
図3Aは、エタノールを添加せずにグルコアミラーゼおよびα-アミラーゼをそれぞれ700units添加した場合のCCSSFにおける、反応槽内のエタノール濃度および乳酸濃度の経時変化(上)ならびに酵母および乳酸菌の生菌数の経時変化(下)を示すグラフである。図3Aの上のグラフでは、左縦軸は、反応槽内のエタノール濃度(g/kg)を示し、右縦軸は、反応槽内の乳酸濃度(g/kg)を示し、そして横軸は、発酵時間(h)を示し、黒丸はエタノール、そして白四角は乳酸を表す。図3Aの下のグラフでは、縦軸は、生菌数(CFU/g)を示し、そして横軸は、発酵時間(h)を示し、黒三角は酵母、そして白三角は乳酸菌を表す。
【0047】
反応槽内のエタノール濃度は発酵開始から約7時間後に50g/kgに達した。その後、循環速度を調節することによって、反応槽内のエタノール濃度を50g/kgに維持した。乳酸菌は12時間目まで増殖を続け、発酵終了時の乳酸菌の生菌数は初期の3倍にまで増加した。これに伴って、1.5g/kgの乳酸が生産された。
【0048】
(比較例2)
CCSSFを含めた併行複発酵においては、一般に糖化プロセスが律速段階であり、糖化速度が遅いほど、エタノール濃度が所定の濃度に達するまでに時間を要し、その間、雑菌の増殖は続き、結果としてエタノールの収率は低下する。そこで、糖化速度が遅い場合を想定し、上記発酵混合物においてグルコアミラーゼおよびα-アミラーゼの量をそれぞれ300unitsとした場合も検討した。グルコアミラーゼおよびα-アミラーゼの量以外は、上記比較例1と同様にして、CCSSFシステムによるエタノール発酵に供し、反応槽内のエタノール濃度および乳酸濃度、ならびに乳酸菌および酵母の生菌数をモニタリングした。
【0049】
図3Bは、エタノールを添加せずにグルコアミラーゼおよびα-アミラーゼをそれぞれ300units添加した場合のCCSSFにおける、反応槽内のエタノール濃度および乳酸濃度の経時変化(上)ならびに酵母および乳酸菌の生菌数の経時変化(下)を示すグラフである。図3Bのそれぞれのグラフの軸および記号は、図3Aのそれぞれのグラフと同様である。
【0050】
反応槽内のエタノール濃度は発酵開始から12時間後に50g/kgに達した。その後、循環速度を調節してエタノール濃度を50g/kgに維持した。その後(発酵開始から12時間より後)、乳酸菌の増殖は見られなかったが、発酵終了時の乳酸菌の生菌数は初期の10倍にまで増加した。これに伴って、2.3g/kgの乳酸が生産された。
【0051】
上記比較例1および2の結果から、エタノール濃度が低い間に乳酸菌が増殖し、エタノール濃度が一定濃度に到達すると乳酸菌の増殖は止まることが分かる。しかし、乳酸菌の増殖が停止してもなおそれまでに増殖した乳酸菌によって、糖を乳酸に変換してしまうことが分かる。このことは、乳酸菌の活動は、エタノール濃度の上昇が遅いほど顕著になることを示している。
【0052】
(実施例1)
上記発酵混合物中のグルコアミラーゼおよびα-アミラーゼの含有量をそれぞれ300unitsとし、そして発酵開始時の反応槽内のエタノール濃度が40g/kgとなるように上記発酵混合物に予めエタノールを添加したこと以外は、上記比較例1と同様にして、CCSSFシステムによるエタノール発酵に供し、反応槽内のエタノール濃度および乳酸濃度、ならびに乳酸菌および酵母の生菌数をモニタリングした。
【0053】
(実施例2)
上記発酵混合物中のグルコアミラーゼおよびα-アミラーゼの含有量をそれぞれ300unitsとし、そして発酵開始時の反応槽内のエタノール濃度が50g/kgとなるように上記発酵混合物に予めエタノールを添加したこと以外は、上記比較例1と同様にして、CCSSFシステムによるエタノール発酵に供し、反応槽内のエタノール濃度および乳酸濃度、ならびに乳酸菌および酵母の生菌数をモニタリングした。
【0054】
(実施例3)
上記発酵混合物中のグルコアミラーゼおよびα-アミラーゼの含有量をそれぞれ300unitsとし、そして発酵開始時の反応槽内のエタノール濃度が60g/kgとなるように上記発酵混合物に予めエタノールを添加したこと以外は、上記比較例1と同様にして、CCSSFシステムによるエタノール発酵に供し、反応槽内のエタノール濃度および乳酸濃度、ならびに乳酸菌および酵母の生菌数をモニタリングした。
【0055】
上記実施例1〜3の結果を図4に示す。図4は、予めエタノールを添加した場合のCCSSFにおける、反応槽内のエタノール濃度および乳酸濃度の経時変化(上)ならびに酵母および乳酸菌の生菌数の経時変化(下)を示すグラフである。図4の上のグラフでは、左縦軸は、反応槽内のエタノール濃度(g/kg)を示し、右縦軸は、反応槽内の乳酸濃度(g/kg)を示し、そして横軸は、発酵時間(h)を示し、黒の記号はエタノールを表し、白抜きの記号は乳酸を表す。図4の下のグラフでは、縦軸は、生菌数(CFU/g)を示し、そして横軸は、発酵時間(h)を示し、黒の記号は酵母を表し、白抜きの記号は乳酸菌を表す。それぞれのグラフにおいて、四角は実施例1(反応槽内のエタノール濃度40g/kg)、丸は実施例2(反応槽内のエタノール濃度50g/kg)、そして三角は実施例3(反応槽内のエタノール濃度60g/kg)の結果を表す。
【0056】
発酵開始時からエタノール濃度を40g/kgに保った場合、乳酸菌の生菌数は増加せず、発酵18時間後までの乳酸濃度は上記比較例1および2よりも低く、0.7g/kgであった。50g/kgに保った場合、乳酸菌の生菌数は増加せず、発酵18時間後までの乳酸濃度はさらに低く、0.2g/kgであった。60g/kgに保った場合、乳酸菌の生菌数は次第に減少し、発酵18時間後までの乳酸濃度も0.1g/kg以下まで低下したが、発酵12時間を経過後に酵母の生菌数が減少し、図には示していないが、回収したエタノールの量の経時変化から求めたエタノール生産速度は減少した。
【0057】
以下の表1は、上記比較例1および2ならびに実施例1〜3の反応槽内のエタノール濃度(発酵開始時および定常時)、発酵開始時の発酵混合物中に含有される糖化酵素濃度(グルコアミラーゼおよびα-アミラーゼの合計量)、発酵終了後の乳酸濃度、およびエタノール収率のそれぞれを示す。
【0058】
【表1】

【0059】
上記表1中のエタノール収率は、(回収されたエタノールの量(g)+発酵槽内のエタノール量(g)−添加したエタノール量(g))/(発酵開始時の培地中のデンプンから計算したグルコース量(g)−発酵終了後の残存グルコース量(g))によって算出した。
【0060】
グルコースからのエタノールの理論収率は0.51g(エタノール量)/g(グルコース量)(=46×2/180)である。比較例1および比較例2においては、乳酸菌が増殖し、デンプン由来のグルコースを消費して乳酸などを生産するため、エタノール収率は著しく低い。特に、糖化が遅くエタノール濃度の上昇がゆっくり上昇する比較例2では、エタノールの収率は0.34で、理論収率の2/3にとどまった。これに対して、実施例1〜3では、添加するエタノール濃度とともにエタノール収率は上昇した。60g/kgを添加した場合、ほぼ理論収率に匹敵する0.50g/gの収率となった。
【産業上の利用可能性】
【0061】
微生物発酵によるエタノール生産において、エタノールの存在下で微生物を培養すれば、雑菌の増殖を抑えることができ、かつエタノールの収率を高く保つことができる。CCSSFシステムの場合、添加したエタノールもまた凝縮塔に回収することができるので、コストはかからない。凝縮塔に回収したエタノールの一部を反応槽に戻して、次回の発酵を行うこともできる。腐敗しやすい食品系廃棄物を発酵の原料とする場合、廃棄物が発生した時点で適量のエタノールを添加して移送し、CCSSFを行えば、コストをかけずに雑菌対策を講じることができる。
【符号の説明】
【0062】
10 CCSSFシステム
11 ドラム型反応槽
12 発酵混合物
13 保温水槽
14 凝縮塔
15 エタノール
16 加湿槽
17 ポンプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エタノールの製造方法であって、
エタノール発酵し得る微生物を、雑菌の活動を抑制し得る濃度のエタノールの存在下で培養する工程を含み、
該雑菌の活動を抑制し得る濃度のエタノールが、該培養の開始時から存在する、方法。
【請求項2】
エタノールを連続的または間欠的に回収する工程をさらに含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項3】
微生物によるエタノール発酵において雑菌を抑制する方法であって、
エタノール発酵し得る微生物を、雑菌の活動を抑制し得る濃度のエタノールの存在下で培養する工程を含む、方法。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−50376(P2012−50376A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−194832(P2010−194832)
【出願日】平成22年8月31日(2010.8.31)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「新エネルギー技術研究開発/バイオマスエネルギー等高効率転換技術開発(先導技術開発)/セルロースエタノール高効率製造のための環境調和型統合プロセス開発」に係る業務委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(390006264)関西化学機械製作株式会社 (20)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】