説明

エタノール+水+クエン酸K塩の液液相平衡を利用した、バイオ関連物質の連続抽出法

【課題】エタノール+水+クエン酸K塩系の液液平衡関係を、バイオ関連物質ならびに医薬品中間化学物等の連続抽出による分離・精製に適用することを課題とする。
【解決手段】エタノール+水+クエン酸K塩系を使用したミキサー・セトラー連続抽出装置または向流連続抽出装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主にバイオ関連物質(タンパク質、酵素、炭水化物等)をエタノール+水+クエン酸K塩系の液液相平衡を利用して、連続的に分離・精製する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
メタノール、エタノール、2−プロパノール、1−プロパノールおよびtert−ブタノール(2−メチル−2−プロパノール)は水と任意の割合で混合するが、tert−ブタノールを除いた、C4以上のアルコールは水と部分的にしか混合しない。さらに2−プロパノール、1−プロパノールおよびtert−ブタノール水溶液は、普通の良く知られた塩、たとえば食塩や塩化カルシウム等、を加えることによって容易に二液相になる。
【0003】
ある種のタンパク質(この中に酵素を含む)を水以外の溶剤(物質)に溶解させると、その性質が変り、元に戻らなくなる。このことはタンパク質の変性として良く知られている。そしてこの変性の度合いは、溶剤との接触時間、溶剤の濃度および温度に比例する。即ちタンパク質は、溶剤との接触時間が長いほど、溶剤の濃度が高いほど、溶剤の温度が高いほど大きく変性される。さらに溶剤の種類にも依存する。スコープスの「各種アルコールによるグリセルアルデヒドリン酸脱水酵素の変性実験」によると、アルコールの炭素数が長いほど、酵素が変性され易かった。彼の実験によると、酵素の溶剤に耐える強さは、メタノール>エタノール>2−プロパノール、>1−プロパノール>1−ブタノール>1−ペンタノールであった。即ち酵素はメタノール中で一番変性を受け難く、ついでエタノール中で2番目に受け難かった。酵素は1−ペンタノール中で一番大きく変性された。(非特許文献1)
スコープスの実験は、タンパク質(酵素を含む)は極性のより大きいアルコールに対して、より安定であることを示している。
【非特許文献1】ロバートK.スコープス著、塚田欣司訳、“新・タンパク質精製法−理論と実際”シュプリンガー・フェアラーク東京(株)、pp.89−91および318、1995(東京).
【0004】
エタノール水溶液に、通常の塩(食塩、塩化カルシウム等)を加えても溶液は二液相にならない。しかしながら前回(特許申請中文献1)、本発明者は、リン酸塩のうち▲1▼リン酸カリウム(KPO)または、▲2▼リン酸水素二カリウム(KHPO)または、▲3▼リン酸二水素ナトリウム(NaHPO)を加えると、この水溶液が二相を形成することを発見した。類似物質であるリン酸水素二カリウム(KHPO)やリン酸水素二ナトリウム(NaHPO)を加えても、エタノール水溶液は二液相にならなかった。さらに塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、硫酸ナトリウム、酢酸ナトリウムおよび酢酸カリウムを添加した時にも二液相は形成されなかった。
本発明は、前回申請した発明(特許申請中文献1)の補完的発明である。
現在のところ、エタノール水溶液を二液相にする塩として知られている物質は、本発明者が発見した上記の▲1▼、▲2▼および▲3▼のリン酸塩以外には、硫酸マグネシウム(非特許文献2)、硫酸セシウム(CsSO)(非特許文献3)および炭酸カリウム(非特許文献4)が知られている。
【特許申請中文献1】
申請者 片山 寛武、“エタノール(またはメタノール)+水+リン酸塩二液相を利用した、バイオ関連物質の連続抽出法”、特願2005−243382、受付日平成17年7月29日。
【非特許文献2】Zafarani−Moattar,M.T.:Salabat,A.;J.Chem.Eng.Data,42,pp.1241−1243(1997).25℃では液液平衡を形成しないが、35℃では液液平衡を形成すると記述されている。
【非特許文献3】Hu,M.;Zhai,Q.;Liu,Z.and Xia,S.;J.Chem.Eng.Data,48,pp.1561−1564(2003).
【非特許文献4】Salabat,A;Hashemi,M.;J.Chem.Eng.Data,51,pp.1194−1197(2006).
【0005】
本発明者は、エタノール+水+クエン酸K塩系の液液平衡を288.15、298.15および308.15Kで測定して、その相平衡特性をしらべた。(図1参照。)さらに類似物質であるクエン酸三ナトリウム(CNa)では、エタノール水溶液が二相にならないことを、確認した。
【0006】
またクエン酸K塩は水溶液中では弱アルカリ性であるが、クエン酸を加えることにより、PHを調整できる。
両性イオンであるアミノ酸は、PH値によっても分配係数(二つの相中でのアミノ酸の存在比率)が異なるので、クエン酸添加によりPH値が可変になるのは、エタノール+水溶液+クエン酸K塩系の液液平衡に関する一つの特性になる。またクエン酸K塩は値段も安く、低濃度ならば人体に害はない。さらにクエン酸K塩は河川に流れても微生物により分解されるので、リン酸塩類と違って海を汚染しない。
【0007】
水にポレエチレングリコール(以下ではPEG)とデキストラン、またはリン酸塩、を加えると、水の相が二相になることが知られており、タンパク質の分離精製に使用されている。
この場合、上相はPEGを含む水相(PEGは9〜13wt%、水は86.4〜89.7wt%)で、下相はデキストランを含む水相(デキストランは10〜20wt%、水は74.3〜86.1wt%)になる。アミノ酸のような小さい分子では、両相でのアミノ酸の濃度が等しく、分配係数はほとんど1であるが、タンパク質のように大きな分子になってくると、溶解している高分子(PEG,デキストラン)とタンパク質との相互作用によりどちらかに偏って存在するようになるので、目的とするタンパク質を、他のタンパク質や、細胞片や、きょう雑物から分離できるようになる。(非特許文献5)
しかしながらこの水+PEG+デキストラン系および水+PEG+リン酸塩系の問題点は、上相と下相の密度差が小さいことである。このために前者では相分離のために遠心分離器を用いており、後者では相分離のために数時間要している。
【非特許文献5】Rydberg,J.;Musikas,C.and Chop−pin、G.R.(edited);“Principles and Practices of Solvent Extraction”,pp.340−343,Marcel Dekker,Inc.,New York(1992).
【0008】
水にエタノールを加えると、密度が1g/cmより小さくなり、逆に水にクエン酸K塩を加えると、密度が1g/cmより大きくなる。したがって、エタノール+水+クエン酸K塩系では、両相の密度差が大きいので、攪拌後、静置すると直ちに相分離が起きる。このことは、連続液液抽出には、重要な因子となる。
現在、水+PEG+デキストラン系や、水+PEG+リン酸塩系の液液平衡を利用したタンパク質の二水相抽出法は良く知られている。しかしながら、この抽出法は、前に述べたように、アミノ酸のような低分子物質の分離・精製には、その分配系数がほとんど1に近いので適用できない。さらに水+PEG+デキストラン系では、密度差が小さいので、上相と下相を混合した後、エマルションになった混合液を分離するのに遠心分離機を使っている。また水+PEG+リン酸塩系でも、密度差が小さいので、遠心分離法を使用しないときには、十分な相分離のために、数時間から一昼夜静置することが必要である。この二水相抽出方法は、現在、ある種の酵素の分離・精製に、工業的に利用されているが、その利用は限られたものである。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、バイオ関連物質等を連続的に抽出分離・精製することを課題とする。そのとき以下の利点をも有する。
(イ)高分子物質はもとより、アミノ酸のような低分子物質の分離・精製にも適用可能である。
(ロ)しかも必要に応じて溶剤のPHが調節できる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
以上の課題を解決するために、第1発明では、▲1▼エタノール+水+クエン酸K塩系が二液相を形成するとことをもちいた。
【0011】
エタノールと他の物質(1−、2−プロパノール、tert−ブタノール、アセトン等)の混合物に、上記請求項中のクエン酸K塩を加えた水溶液が液液平衡を形成することをもちいた。これらの混合溶媒を使用することにより、第1発明よりもより水性二相抽出に近づくことが期待される。すなわち両相での水の濃度が高くなることが期待される。
【発明の効果】
【0012】
本発明(第1および第2発明)により、多数のバイオ関連物質等が連続的に分離・精製できるようになることが期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
この発明の実施形態を、図2に示す。図2では、液液抽出で良く用いられるミキサー・セトラー型の抽出操作を考えた。この工程では、まず、▲1▼クエン酸K塩水溶液と、▲2▼エタノールと、▲3▼分離したいバイオ関連物質等を含む溶液を、ミキサーに入れて良く攪拌する。ついでこの混合液を静置槽に入れて相分離させる。そして上相と下相流出液を別々に取出す。この操作の後、バイオ関連物質等とその他の成分(細胞残さや、目的外のタンパク質等)は、互いに逆の相に多く溶解しているようになる。(注2)
(注2)現在はまだ、エタノール+水+クエン酸K塩系の液液平衡を測定しただけの段階なので、バイオ関連物質等の分配平衡特性は分かっていない。即ち、どのバイオ関連物質等が、上相または下相に、どれだけ多く分配されるかは分かっていない。
【実施形態の効果】
【0013】
「実施例1」 図2の実施形態により、実験室規模での回分操作から、工業的分規模での連続抽出によるバイオ関連物質等の分離・精製技術の適用例が可能になる。
【0014】
「実施例2」 図2の実施形態では、ミキサー・セトラー型を使用したが、工業的に広く使用されている、図3のような多段向流抽出装置も使用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】 本発明者は、288.15、298.15および308.15Kでエタノール+水+クエン酸K塩系の液液平衡を測定した。測定温度範囲では、相図の温度の変化は、ほとんどの無かったので、298.15Kの結果のみ示した。横軸はエタノールの質量分率を表し、縦軸は水の質量分率を表している。三角形の各頂点は、それぞれの成分が1(100%)であることを示す。図中の●印(2点)は、図2および3で、一例として使用する組成を示す。その組成は、(エタノール0.625、水0.366、クエン酸K塩0.009)および、(0.053、0.480および0.467)の組成である。
【図2】 この図は、連続ミキサー・セトラー抽出装置で、図1の印●の組成を用いたときの、バイオ関連物質等の分離を想定した。▲1▼高濃度のクエン酸K塩水溶液と、▲2▼純エタノールと、▲3▼バイオ関連物質等を、攪拌槽に入れる。そのとき▲1▼、▲2▼および▲3▼の混合液の組成が、上相と下相の平均組成(エタノール0.34、水0.42、クエン酸K塩0.24;質量比)になるように調整する。
【図3】 この図は、連続向流抽出装置で、密度の大きいクエン酸K塩rich相を上から、密度が小さいエタノールrich相を下から加えている。回転円盤をゆっくり回して、各段階で両相を攪拌して液液接触を良くして、両相間での物質移動を促進させている。上相では、▲1▼バイオ関連物質を含む水溶液と▲2▼高濃度のクエン酸K塩濃水溶液を混合して平均組成(水0.50,クエン酸K塩0.50;質量比:ほぼ図1中の左の●印の点)になるように流量を調整する。下から63wt%エタノール水溶液(エタノール0.63、水0.37;質量比:ほぼ図1中の右の●印の組成)を入れる。そして上の流量(▲1▼+▲2▼)(g/min)と下の流量(g/min)をほぼ等しくする。図2および3では、バイオ関連物質がエタノールrich相に、きょう雑物がクエン酸K塩rich相に抽出されると考えた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エタノール+水+クエン酸三カリウム(C)溶液(注1)が二液相を形成するとことを、バイオ関連物質ならびに医薬品中間化合物等(注2)の分離・精製にもちいたことを特徴とする抽出法。
(注1) 以降では、クエン酸三カリウムをクエン酸K塩と云う。
(注2) 以降では、「バイオ関連物質ならびに医薬品中間化合物等」を「バイオ関連物質等」と云う。
【請求項2】
エタノールと他の物質(1−プロパノール、2−プロパノール、tert−ブタノール、アセトン等)の混合物に、上記請求項中のクエン酸三カリウムを加えた水溶液が液液平衡を形成することを、バイオ関連物質等の分離・精製にもちいたことを特徴とする抽出法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2008−302350(P2008−302350A)
【公開日】平成20年12月18日(2008.12.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−176733(P2007−176733)
【出願日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【出願人】(505319234)
【Fターム(参考)】