説明

エバネッセント波励起蛍光観察における背景光低減方法及び部材

【課題】エバネッセント波励起蛍光観察を行う際に観察の最大の障害要因となる背景蛍光を生じさせる主因となる、光学的に非理想的な迷光の導波路基板上の被験分子固定領域上方への侵入を、簡便、安価かつ効果的に抑制する手段を提供する。
【解決手段】エバネッセント波励起蛍光観察において、導波路基板上に迷光吸収領域を基板上に効果的に配置することにより、反応槽内の被験分子固定領域上層のプローブ溶液層に到達する迷光を効率的に吸収することで、結果反応槽内への迷光の侵入を大幅に抑制し、さらに導波路基板への入射光の入射端面をレーザーカッティング加工することで、端面における散乱迷光の発生を抑制し、以ってエバネッセント波励起蛍光観察時に問題となる背景光を低減する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はエバネッセント波励起蛍光観察における背景蛍光を低減する方法及び該方法に使用する部材に関する。
【背景技術】
【0002】
エバネッセント波励起方式による蛍光観察手法は、顕微鏡の分野でタンパク質の1分子観察を可能とするなど、近年、高い成果を挙げている技術である。
【0003】
このようなエバネッセント波励起方式による蛍光観察手法は、基板上に蛍光標識したプローブ溶液を接触させた基板内で光を全反射させたときに界面近傍数百nmに限定的に発生するエバネッセント波により基板-液層界面近傍の蛍光標識プローブ分子が選択的に励起されることを利用したものである。すなわち、入射光をスラブ型導波路基板端面より入射し、スライド基板内を繰り返し全反射させて導波させてエバネッセント波を発生させ、このエバネッセント波により励起されるプローブ分子が発する蛍光を観察することによって、スライド基板表面に固定化した分子とプローブ分子間の相互作用を観察することが出来る(図1)。
【0004】
このようなエバネッセント波励起による蛍光観察は、特に、多数の被験分子を固定したマイクロアレイにおける上記分子と蛍光プローブとの結合状態の観察に適しており、このようなエバネッセント波励起方式を利用したマイクロアレイ技術としては、例えば、水平方向に設置したスラブ型導波路を具備する基板上に設置された反応槽内部に蛍光プローブ試料溶液を注入することにより、蛍光プローブ試料をスラブ型導波路に接触させるように構成し、導波路内にある角度をつけて入射光を導入することで、導波路上に生じるエバネッセント波により界面近傍領域のプローブ分子を選択的に励起することを可能としたものがあり(特許文献1参照)、また、本発明者も数件出願している(PCT-JP2004009600、PCT-JP2004019333、特願2005-184171)。
【0005】
しかし、エバネッセント波励起方式の選択的励起は理論上、界面結合分子に対する選択性ではなく界面からの距離の関数に依存した現象であり、界面よりはるか上層に存在する非結合分子の励起を完全にゼロにするものではない。また現実には装置内で非理想的に生じる全反射条件を逸脱した迷光が存在するため、実際の観察においてはエバネッセント領域よりも上層のプローブ溶液層が光る現象が観察されることが知られていた。このような迷光や導波路進行中に全反射条件を満たさなくなった光がプローブ液上層に到達し、プローブ分子を直接励起してしまうと背景光強度が上がる為結果的にS/N比の大幅な低下をもたらす。このようなことが、従来のエバネッセント励起方式で十分なS/N比と感度を両立させることを困難としてきた。また背景光が強い場合、高濃度プローブ溶液の使用が制限される要因になるため、弱い相互作用の検出が困難になるといった問題点があった。
【0006】
これに対し、本発明者らは、上記エバネッセント波励起蛍光検出における、基板上の反応槽内に進入する迷光対策として、プローブ液層にコロイド溶液を加えることでコロイドを分散させ、迷光によってプローブ溶液上層が励起されても発生した蛍光が検出器に到達しにくくする方法を開発している(特願2005-006298)。この方法は、背景光を簡便に減弱することが可能であるが、反面、添加するコロイド溶液の内容物によって、平衡反応が変化する可能性がある点や、コロイド粒子に対してプローブ分子が吸着するケースには不適であることから充分ではない点もあった。
【0007】
また、本発明者らはさらに一歩進んだ方法として、エバネッセント波励起蛍光検出における基板上の反応槽内に進入する迷光対策として、プローブ溶液層の厚みを極めて薄くすることで、反応槽内部を迷光が通過する際に励起されるプローブ溶液上層の蛍光分子の絶対数を減らす技術を開発している(特願2006-203257)。しかしこれらの技術のいずれもが、プローブ溶液上層の蛍光分子を励起してしまう迷光の発生源そのものに手をつけた方法ではなく、迷光は存在しているがその影響を抑える方法である為、背景光の低減できる下限にはおのずと限界があった。また迷光の存在そのものを反応槽内から除去するという根本的対策技術ついては、今まで全く報告がなされてこなかった。

【特許文献1】特表2003−521684号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、スラブ型導波路を具備した基板を用いてエバネッセント波励起蛍光観察を行う際に、光学的に非理想的な条件下で発生した迷光が基板上の反応槽内のエバネッセント場よりも上部へ到達してしまう現象を効果的に抑制することで、高いS/N比での蛍光観察を達成する方法であり、しかも、上記迷光の抑制が簡便かつ安価に実施可能であるとともに、全自動化解析機器等へも適用し得る、迷光の新規抑制手段を提供することにある。

【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、エバネッセント波励起蛍光観察装置内に残存する、光学的設計意図から外れた非理想的迷光や、導波路内部に入射されて全反射を繰り返す間にスラブ型導波路基板内部での全反射条件を逸脱した迷光が、基板上の蛍光プローブ溶液上層へ達し、蛍光分子を励起してしまう現象が背景光の大きな一因となっていることに着目し、この迷光が基板上の反応槽に達することを抑制するための手段として迷光の吸収領域を基板上に効果的に配置することにより、プローブ溶液層の上層に到達する迷光の量を抑制し、エバネッセント波励起蛍光観察時の背景光の大幅な低減を達成し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち本発明は以下のとおりである。
(1)底部に被験分子を固定した導波路基板を有する反応槽に蛍光標識したプローブ分子を含有するプローブ溶液を導入して、上記固定分子とプローブ分子とを結合させた後、上記導波路基板に光を導入してエバネッセント波励起蛍光観察を行うに際し、該反応槽内への迷光の入射を抑制し、エバネッセント波励起蛍光観察における背景光を低減する方法であって、入射光入射端部から被験分子固定位置に至る間の導波路基板の上面または下面に、入射光方向に少なくとも3mm以上の幅を有する迷光吸収領域を設けたことを特徴とする、上記背景光低減方法。
(2)迷光吸収領域が導波路基板を挟んで上下両面に設けられていることを特徴とする、上記(1)に記載の背景光低減方法。
(3)迷光吸収領域が、光吸収部材の接着により形成されていることを特徴とする、上記(1)または(2)に記載の背景光低減方法。
(4)導波路基板の入射光入射端面がレーザーカッティング加工されていることを特徴とする、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の背景光低減方法。
(5)光吸収部材により反応槽が形成されていることを特調とする、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の背景光低減方法。
(6)底部に被験分子を固定した反応槽を有する、エバネッセント波励起蛍光観察に使用する導波路基板であって、入射光入射端部から被験分子固定位置に至る間の導波路基板の上面または下面に、入射光方向に少なくとも3mm以上の幅を有する迷光吸収領域を設けたことを特徴とする、上記導波路基板。
(7)迷光吸収領域が導波路基板を挟んで上下両面に設けられていることを特徴とする、上記(6)に記載の導波路基板。
(8)迷光吸収領域が、光吸収部材の接着により形成されていることを特徴とする、上記(6)または(7)に記載の導波路基板。
(9)導波路基板の入射光入射端面がレーザーカッティング加工されていることを特徴とする、上記(6)〜(8)のいずれかに記載の導波路基板。
(10)光吸収部材により反応槽が形成されていることを特徴とする、上記(6)〜(9)のいずれかに記載の導波路基板。
(11)底部に被験分子を固定した反応槽を有する、エバネッセント波励起蛍光観察に使用する導波路基板であって、入射光入射端面がレーザーカッティング加工されていることを特徴とする、エバネッセント波励起蛍光観察に使用する導波路基板。

【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、迷光吸収領域を導波路基板に効果的な位置に設けることで、光学的に非理想的な迷光を反応槽に入射する前に吸収し、スラブ型導波路によるエバネッセント波励起蛍光観察を行う際に、観察の最大の障害要因となる背景蛍光の発生を抑制し、これにより高いS/N比での蛍光観察を可能とする。しかも、本発明の迷光抑制手段は簡便かつ安価に実施可能であり、その上、他の迷光の影響を低減する方法(液層厚制御法)と組み合わせて適応することで、背景蛍光の更なる低減を可能とする。

【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、スライド基板そのものをスラブ型導波路として用いるエバネッセント波励起蛍光観察する方式に関するものである。
【0013】
図1に示すように、エバネッセント波励起光観察においては、被験分子19を固定した導波路基板5上にプローブ溶液14を接触させた後、十分に結合反応を進行させた後に、入射光を導波路基板5の端面より入射し、基板内で繰り返し全反射させることで、導波路上にエバネッセント波15を発生させる。これにより、被験分子19と結合した蛍光標識プローブ分子13は、エバネッセント波により励起され蛍光を発し、該蛍光を検出器16で検出することにより、基板上のプローブ分子と結合した被験分子を特定できる。
【0014】
このとき界面から滲み出すエバネッセント場の強度は基板界面から鉛直方向に指数関数的に減衰する性質を持ち、蛍光分子の励起に関与する領域は界面から鉛直方向に数百nm程度であることが知られているので、残存するプローブ溶液の層が厚くても、原理的には導波路基板5上の被験分子19に結合したプローブ分子13が選択的に検出される。しかし、実際の光学系では導波路となるスライド基板に入射した光の中で全反射条件を満たす光(図2の破線)が基板内部を進むのに対し、入射または反射の過程で全反射条件を満たさなくなった光(以下迷光と呼ぶ)の一部(図2の実線)が残存するプローブ溶液上層中の蛍光標識プローブ分子を直接励起して背景光を発生させるため、S/N比が低下して良好な画像を感度よく得ることできないという問題点があった。
【0015】
これに対して本発明の迷光抑制手段は、エバネッセント波励起蛍光観察する導波路基板において、入射光入射端部から被験分子を固定した領域までの間の導波路基板に、入射方向の幅が少なくとも3mmの迷光吸収領域を設けるものである。
【0016】
この迷光吸収領域は、基板の上面または下面のみ、あるいは、上下両面に設けることにより、全反射条件を逸脱して反応槽内の被験分子固定領域の上方に抜けようとする迷光を補足するものである(図3)。これにより、光学系内にて生じた迷光が基板上反応槽内の被験分子固定領域の上方向に抜けるという従来のプロセスを抑制し、プローブ溶液上層の蛍光分子が迷光に直接励起される現象を抑制する。さらに導波路基板への入射光の入射端面をレーザーカッティング加工することで、端面における散乱迷光の発生を抑制する。このため本発明の迷光抑制手法を具備した基板を用いることで、エバネッセント波励起蛍光観察時の背景光を大幅に低減することが可能となり、S/N比の向上した良好な画像が得られる。
【0017】
本発明の迷光吸収領域を形成する手段としては、例えば、カーボンブラック等の黒色顔料を配合した塗料を塗布する手段、あるいは黒色顔料を含有するゴム、樹脂等の成型品からなる光吸収部材を、導波路基板に接着する手段等が挙げられる。
【0018】
本発明の光吸収部材を具備した導波路基板の形態は図6に示される。この形態の光吸収部材は、導波路基板上に上部防水仕切材1によって区切られ複数形成されている各反応槽中における上部及び下部光吸収部材3により、迷光吸収領域6を形成するために設計されたものであって、各光吸収部材は、各反応槽の位置と対応させて設けられている。上部防水仕切部材1と上部光吸収部材3とは接着剤等により接着することも可能であるが、図7に示すように上部光吸収部材3を構成する材料を使用して上部防水仕切部材と上部光吸収部材を一体成形し、光吸収部材を反応槽側壁の構成部材として用いて反応槽を形成してもよい。この方法は上部防水仕切部材の作製コストを省くことができるため、コスト面でより有利な手法である。本発明の光吸収部材は、入射光入射端部から被験分子を固定した領域までの間の導波路基板に、入射光方向に少なくとも3mm以上の幅を有する迷光吸収領域6を形成し得るものであればどのような形状のものでものでもよい。
迷光吸収領域の幅については、後記する実施例に示す実験例から明らかなように、5.4mmを超すといくら幅を増やしてもそれほど背景光低減効果が向上しない。この実験例で使用した導波路基板の厚みは通常される1mmであるが、これ以上の厚みがあっても、少なくとも幅3mm、あるいは3〜6.5mm幅の迷光吸収領域を設ければ背景光を効果的に低減できる。
基板に配置する光吸収部材の材質については、本実施例ではシリコンゴム20°(黒色)を用いたが、他のスライドガラスに密着する材質(樹脂・シーリング剤等)を用いてもよい。更には、色について、黒色が好ましいが変更しても良い。接着形体も材料自体の粘着性で接着してもよく、また入射光波長領域における自家蛍光のなるべく低い接着剤を用いることも可能である。光吸収部材層の厚さは特に限定されないが、通常1 mm以上が好ましく、操作上の便宜をはかるためであれば、もっと厚さを厚くしても構わない。このような導波路基板の好ましい例としては、導波路基板上に配置する反応槽の縦方向中心間隔は8.4〜9.6 mmとして、これを基板左右両側の迷光吸収領域の間に配置するものが挙げられる(図8)。
【0019】
また、反応槽の配置方法は横1列だけに限定されるものではなく、横2列以上でも構わない。例としてこれを基板左右両側の迷光吸収領域を除く反応槽領域の中で横2列に反応槽を仕切る方式を挙げることが可能である(図9)。なお、これら図8及び9の基板においては基板の長手方向左右両側に5.4mmの迷光吸収領域が設けられている。
【0020】
また、本発明の迷光抑制法における背景光を低減させる効果と組み合わせる導波路基板は光透過性のものであればよいが、好ましくは、自家蛍光ができるだけ少なくかつ、端面形状が光学的に散乱光を生じにくい特性を持つよう加工されたものがよい。このような板状体の材料としては例えば、ホウ珪酸ガラス、白板ガラス、石英ガラス、合成石英、その他光学用途ガラス(BK7, SF03等)を挙げることができる。またより好ましい形態として基板端面での入射光の散乱による迷光の発生を低減するため、基板端面においてレーザーカッティング処理が施された基板の使用を挙げることができる(図10)。さらに本基板はエバネッセント波励起蛍光スキャナー以外の共焦点蛍光観察スキャナーなどのスキャナーで観察することが出来る対応性を備えており、プローブ試料溶液を十分に基板上の固定化分子と反応させた後に、光吸収部材を取り除き、共焦点蛍光観察スキャナーなどで観察することも可能である。
【0021】
また、光吸収部材に重ねる形で上部修部飾部材や下部修飾部材を具備させることで、強度やサンプル注入時の操作利便性を高めても良い(図12)。さらに上部保護シールを配置することで基板上面からの物理的接触からの保護やプローブサンプル溶液の蒸発防止を図ることができ、さらに下部保護シールを具備することで基板下面からの物理的接触からの保護を図ることができる。
図12においては、上部修飾部材8・上部保護シール11を上部光吸収部材3の上に配置し、下部修飾部材9・下部保護シール12を下部光吸収部材4の下に配置した場合を示すが、これら修飾部材や保護シールの全部または一部を設けなくても特段の不都合はない。しかし、図13のように上部修飾部材8を導波路基板5の上の上部光吸収部材3の上に設けた場合、プローブ溶液の注入時の操作性が非常に向上する。またこの時、上部光吸収部材3の上に上部保護シール11を設けることで、プローブサンプル溶液の蒸発を防止することで取り扱いの利便性をより高める。下部保護シール12は、下部修飾部材9又は下部光吸収部材4に貼り付けることにより、下面からの物理的接触に起因する反応槽内導波路裏面の汚染を防止する役割を果たす。さらに上部保護シール11と下部保護シール12を遮光性素材又は波長選択的透光性素材で作製することで、蛍光プローブ溶液中の蛍光色素分子の長時間の光線暴露による退色(フォトブリーチング)を防止する機能を付与することが可能である。

【実施例】
【0022】
以下に本発明の実施例を示すが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。

(1)蛍光標識化タンパク質プローブの調製
蛍光標識化タンパク質プローブは、アシアロフェツイン(以下ASF)(SIGMA社)またはウシ血清アルブミン(以下BSA)(SIGMA社)を550 nm付近に吸収極大波長を持つ蛍光色素であるCy3 Mono-reactive Dye(アマシャムファルマシア社、以下Cy3)を用いて蛍光標識化して調製した。手順としては、ASFやBSAをリン酸緩衝生理食塩水、pH 7.4(以下PBS)に終濃度1 mg/mLになるよう調製した後、1 mLについて1.0 mgのCy3粉末と混合させ、1時間、適時攪拌しながら暗所で反応させた。次に担体としてSephadex G-25(アマシャムファルマシア社)を用いたゲルろ過クロマトグラフィーにより未反応のCy3分子を除去することで、Cy3標識化タンパクプローブ標品として精製した。

(2)光吸収部材の設置位置と最適寸法幅の検討
より効果的に迷光を吸収する黒色光吸収部材の形状を設計する為には、スポット面積と背景光低減効果のもっともバランスのよい点がどこかという知見が必要となる。この検討には実際の実験系と同じ材質や形状の基板を用い、条件を変えて実験を行った。以下にその実施例を示す。
接着表面平滑性向上の為に打ち抜き加工された黒色のシリコンゴム20°製の光吸収部材(厚さ1 mm)を切断加工し、吸収材両端-スライド端の距離を6mmと一定にして吸収剤の横幅を2, 4, 6 mmと3段階に変えた反応槽を、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(信越シリコーン社、以降GTMS)によるコーティング処理を施した、長さ76.2 mm × 幅25.4 mm (±0.05 mm)、厚さ1.0 mm (±0.05 mm)の白板ガラス製スライド基板上に作製した。次にスライド基板裏面に100 ng/mL Cy3-BSAを溶解した精製水を1 mLスポットして乾燥させ、エバネッセント波励起による蛍光強度評価用スポットサンプルを作製した。続いて反応槽内に1% BSAを含むPBS溶液を100 μLずつ満たし、湿度を90%以上に保った保存容器中で25℃、1時間放置し、反応槽内スライド基板上面へのプローブ試料分子の非特異的吸着を抑制するためのブロッキング操作を行った。この基板上の各反応槽内に5 mg/mLのCy3-BSAを加え、1時間静置した。
結果として、入射光の入射方向のラバーの幅が広くなるにつれ、同容量の同一プローブ溶液でも背景光が下がる様子が観察された(図4)。この結果から入射光の入射方向のラバーの幅が背景光の低減に効果があることが確認された。またこの実験結果では各反応槽内のスポットのシグナル輝度値に大きな変化が見られなかったことから、背景光低下がおきた反応槽内では、励起光全体が下がったのではなく、プローブ溶液上層由来の背景蛍光が選択的に減少したことが分かる。
本実験では、本実験条件においては入射光の入射方向の光吸収部材の幅が広ければ広いほど背景光強度が減弱するという結果を得た(図4)。さらにこの関係をプロットしてみると両者の相関には曲線的な関係があることが示された(図5)。換言すると、入射光入射方向の光吸収部材の幅が5.4 mmを越えたあたりからは、いくら幅を増やしてもそれほど効果的にバックグラウンド低減効果が向上しないことがわかる。このような結果を踏まえ、本実験系においては、スポット面積と背景光低減効果のもっともバランスのよい寸法として、入射光入射方向の光吸収部材の幅を約5.4 mmという値を導き出した。

(3)エバネッセント波励起蛍光観察における背景光の低減
3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(信越シリコーン社)によるコーティング処理を施した、長さ76.2 mm × 幅25.4 mm (±0.05 mm)、厚さ1.0 mm (±0.05 mm)の白板ガラス製導波路基板上にレクチンを、非接触スポッターを用いて分注操作を繰り返すことで中心間間隔0.65mmのタンパク質43種を3スポットずつスポットしたタンパクアレイを作製した。ここに、黒色のシリコンゴム製の光吸収部材で一体形成した反応槽形成用ラバーを接着して基板上に8つの液体を満たすことの出来る反応槽を形成した。続いて反応槽内に1% BSAを含むPBS溶液を100 μLずつ満たし、湿度を90%以上に保った保存容器中で25℃、1時間放置し、反応槽内スライド基板上面へのプローブ試料分子の非特異的吸着を抑制するためのブロッキング操作を行った。
上記の工程を経て作製した反応槽内のマイクロアレイに対し、蛍光標識化タンパク質プローブとして通常の使用時より1000倍も高濃度の100μg/mLの濃度に調製したCy3-ASF溶液を加え、遮光して20℃に設定したインキュベーターの中に3時間静置し、アレイ上に固定化したタンパクと反応させた。このスライド基板に対し4つの異なる条件で観察を行い、迷光抑制法の効果を検証することとした。光吸収部材をスライド基板に貼り付ける際に、上面のみ貼り付けた場合と上下両面に貼り付けた場合の背景光の差を比較する実験を行った。100 ng/mLのCy3-ASFプローブにて全反応槽をプロービングした後のスライドを用いて、反応槽内のプローブ液をCy3-グリシン溶液に交換した後に、スキャンニングした。なお、スキャニングには、エバネッセント波励起方式マイクロアレイスキャナー(GTMAS Scan IV)を使用し、エバネッセント波励起蛍光観察を行った。スキャニング時のパラメーターはGain「4000倍」、積算回数「4回」、露光時間「34 msec」で行った。スキャニング画像の輝度の数値化には市販のマイクロアレイ用解析ソフトであるArray-Pro Analyzer (version 4.0 for Windows、Media Cybernetics社)を使用した。
結果、吸収材を上面のみ貼り付けた状態と、上下両面に貼り付けた状態でプローブ溶液上層の背景光の強度を観察したところ、光吸収部材をスライド基板の上下両面に貼り付けた方式が上面のみに貼り付ける方式に比べ、プローブ溶液上層由来の蛍光を大幅に減弱させる効果が高く、より背景光除去に有効であるという結果を得た(図10)。

(4)迷光抑制法と液層厚制御法の併用時の効果観察
光吸収部材を用いてプローブ溶液上層由来背景光を抑制した系に対し、液層厚制御部材として硼珪酸ガラス板を反応槽内にセットすることで、本発明の迷光抑制法と先に出願した背景光低減法である液層厚制御法(特願2006-203257)を併用した際のプローブ溶液上層背景光強度を観察した。100 ng/mLのCy3-ASFでプロービングした基板のプローブ液を反応槽から抜き、新たに高濃度の蛍光標識糖タンパク質プローブ溶液(10μg/mLのCy3-BSA)を意図的に高度に背景光が生じるように100 μL反応槽に注入し、エバネッセント波励起蛍光スキャナーで観察した。結果、迷光抑制法にてプローブ溶液上層由来背景光を抑制した系に対して、液層厚制御装置を用いて液層厚を制御することで更なる背景光減弱効果が観察された。本実験結果から、吸収剤の基板下面への貼付により液層厚制御装装置と併用することが可能であり、両手法はプローブ溶液上層由来の背景蛍光を減弱させる効果を互いに高めることが分かった(図11)。

【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】従来のエバネッセント波励起蛍光観察における、固-液界面近傍の選択的励起の原理を示す図である。
【図2】従来のエバネッセント波励起蛍光観察を行う場合に用いられてきた基板とその特徴を示した図である。
【図3】今回発明されたエバネッセント波励起蛍光観察に使用する、迷光抑制手段を具備した導波路基板の特徴を示した図である。
【図4】入射光の入射方向の光吸収部材の幅と上層の蛍光強度の関係を観察した結果を示す図である。
【図5】入射光の入射方向の光吸収部材の幅と上層の蛍光強度の関係を示す図である。
【図6】本発明の反応槽を設けた導波路基板上の迷光吸収領域に光吸収部材を具備した基板の、部材の配置形態を示す図である。
【図7】本発明の反応槽を設けた導波路基板上の迷光吸収領域に光吸収部材を具備した基板の、部材の配置形態を示す図である。
【図8】本発明の実施に際して設計した光吸収部材の寸法を示す図である。
【図9】本発明の実施に際して設計した光吸収部材の寸法を示す図である。
【図10】本発明の迷光吸収法の背景光減弱効果を、従来基板の背景光減弱効果と比較した実験の結果を示す図である。
【図11】迷光吸収法と液層厚制御法の組み合わせによる背景光低減効果を観察した実験結果を示す図である。
【図12】本発明の反応槽を設けた導波路基板上の迷光吸収領域に光吸収部材を具備した基板への付属修飾材の配置形態を示す図である。
【図13】本発明の反応槽を設けた導波路基板上の迷光吸収領域に光吸収部材を具備した基板に付属修飾材を装着させた、より好ましい使用形態を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
底部に被験分子を固定した導波路基板を有する反応槽に蛍光標識したプローブ分子を含有するプローブ溶液を導入して、上記固定分子とプローブ分子とを結合させた後、上記導波路基板に光を導入してエバネッセント波励起蛍光観察を行うに際し、該反応槽への迷光の入射を抑制し、エバネッセント波励起蛍光観察における背景光を低減する方法であって、入射光入射端部から被験分子固定領域に至る間の導波路基板の上面または下面に、入射光方向に少なくとも3mm以上の幅を有する迷光吸収領域を設けたことを特徴とする、上記背景光低減方法。
【請求項2】
迷光吸収領域が導波路基板を挟んで上下両面に設けられていることを特徴とする、請求項1に記載の背景光低減方法。
【請求項3】
迷光吸収領域が、光吸収部材の接着により形成されていることを特徴とする、請求項1または2に記載の背景光低減方法。
【請求項4】
導波路基板の入射光入射端面がレーザーカッティング加工されていることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の背景光低減方法。
【請求項5】
光吸収部材により、反応槽が形成されていること特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の背景光低減方法。
【請求項6】
底部に被験分子を固定した反応槽を有する、エバネッセント波励起蛍光観察に使用する導波路基板であって、入射光入射端部から被験分子固定領域に至る間の導波路基板の上面または下面に、入射方向に少なくとも3mm以上の幅を有する迷光吸収領域を設けたことを特徴とする、上記導波路基板。
【請求項7】
迷光吸収領域が導波路基板を挟んで上下両面に設けられていることを特徴とする、請求項6に記載の導波路基板。
【請求項8】
迷光吸収帯域が、光吸収部材の接着により形成されていることを特徴とする、請求項6または7に記載の導波路基板。
【請求項9】
導波路基板の入射光入射端面がレーザーカッティング加工されていることを特徴とする、請求項6〜8のいずれかに記載の導波路基板。
【請求項10】
光吸収部材により反応槽が形成されていることを特調とする、請求項6〜9のいずれかに記載の導波路基板。
【請求項11】
底部に被験分子を固定した反応槽を有する、エバネッセント波励起蛍光観察に使用する導波路基板であって、入射光入射端面がレーザーカッティング加工されていることを特徴とする、エバネッセント波励起蛍光観察に使用する導波路基板。

【図3】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図12】
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【図13】
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【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2008−64574(P2008−64574A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−242020(P2006−242020)
【出願日】平成18年9月6日(2006.9.6)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】