説明

エマルション型水溶性切削油剤組成物

【課題】良好な切削加工性を損なうことなく不揮発成分含有量を低減した、省資源で環境負荷が軽減されたエマルション型水溶性切削油剤組成物を提供する。
【解決手段】水系分散媒中に、基油を含む不揮発成分が分散しているエマルション型水溶性切削油剤組成物であって、
(1)前記水溶性切削油剤組成物は、前記不揮発成分の含有量が55質量%未満であり、
(2)エマルションの粒子径は、0.001mm以上0.1mm未満である、
ことを特徴とする水溶性切削油剤組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種金属材料の切削加工に有用な、エマルション型水溶性切削油剤組成物に関する。なお、本明細書における「切削」には、切削と研削の両方が含まれる。
【背景技術】
【0002】
日本工業規格(JIS)における切削油剤(K2241)には、水溶性切削油剤としてA1種、A2種、A3種が分類されている。このうち、A1種は一般にエマルション型と称され、不揮発成分の含有量が80質量%以上であり、希釈液の外観が白色であることが規定されている。なお、コロイド化学では、エマルションの粒子径(分散質の粒子径)は、0.001〜0.05mmとされている。これに関連して、例えば、特許文献1には、鉱油及び合成油から選ばれる基油を50〜98.9重量%、過塩基性スルホン酸塩を0.1〜49重量%、及び水を1〜25重量%含有する金属加工油組成物が記載されている。
【0003】
上記A1種は、一般に他の2種に比べて切削加工の一次性能は優れているが、省資源、環境負荷の観点では改善の余地がある。即ち、A1種の切削油剤は基油を含む不揮発成分の含有量が80質量%以上と多いため、基油含有量も多い傾向であり、資源を多量消費し、廃液処理に際して環境負荷が大きい。また、水溶性切削油剤は一般に水で2〜15質量%に希釈して使用されるが、水溶性切削油剤の原液は安定性が優れていることが要求される。そのため、多量の基油を含有する点で、基油を安定化させる添加剤も多く必要とされる。このような添加剤は、切削加工には直接寄与しない安定剤としての位置付けであり、省資源化の観点からは使用を低減することが望まれる。なお、上記不揮発成分は、JIS K2241に規定の不揮発成分であり、105℃±1℃で2時間乾燥した際に不揮発である成分を指す。
【0004】
従って、良好な切削加工性を損なうことなく不揮発成分含有量を低減した、省資源で環境負荷が軽減されたエマルション型水溶性切削油剤組成物の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平09−151389号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、良好な切削加工性を損なうことなく不揮発成分含有量を低減した、省資源で環境負荷が軽減されたエマルション型水溶性切削油剤組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、O/Wエマルション型水溶性加工油剤組成物において、エマルションの粒子径を特定範囲に設定する場合には不揮発成分を低減しても切削加工性を維持できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明は、下記のエマルション型水溶性切削油剤組成物に関する。
1.水系分散媒中に、基油を含む不揮発成分が分散しているエマルション型水溶性切削油剤組成物であって、
(1)前記水溶性切削油剤組成物は、前記不揮発成分の含有量が55質量%未満であり、
(2)エマルションの粒子径は、0.001mm以上0.1mm未満である、
ことを特徴とする水溶性切削油剤組成物。
2.前記不揮発成分の含有量が1質量%以上55質量%未満である、上記項1に記載の水溶性切削油剤組成物。
【0009】
以下、本発明のエマルション型水溶性切削油剤組成物(以下、「水溶性切削油剤組成物」と略記する)について詳細に説明する。
【0010】
本発明の水溶性切削油剤組成物は、水系分散媒中に、基油を含む不揮発成分が分散しているO/Wエマルション型であって、
(1)前記水溶性切削油剤組成物は、前記不揮発成分の含有量が55質量%未満であり、
(2)エマルションの粒子径は、0.001mm以上0.1mm未満である、
ことを特徴とする。
【0011】
上記特徴を有する本発明の水溶性切削油剤組成物は、エマルションの粒子径が0.001mm以上0.1mm未満であることにより、不揮発成分の含有量が55質量%未満と少ないにもかかわらず切削加工性が良好である。また、基油を含む不揮発成分の含有量が55質量%未満と少ない点で省資源であり、廃液処理の際の環境負荷を低減できる。また、不揮発成分の含有量が少ない点で、安定性を高めるための添加剤の配合量を低減でき、この点でも省資源化を図ることができる。
【0012】
本発明の水溶性切削油剤組成物は、水系分散媒中に、基油を含む不揮発成分が分散しているO/Wエマルション型である。水系分散媒としては限定されず、一般に水(精製水)が使用できる。その他、水系分散媒としては、水/アルコール混合液も使用できる。
【0013】
不揮発成分に含まれる基油は限定されず、例えば、鉱物油、動植物油、合成潤滑油等が幅広く使用できる。不揮発成分は、これらの基油を主成分とし、必要に応じて後述の各種添加剤を含む。不揮発成分の含有量は、水溶性切削油剤組成物中に55質量%未満となる範囲で調整可能であるが、通常は10〜50質量%程度が好ましく、20〜40質量%程度がより好ましい。なお、下限値は1質量%程度である。
【0014】
本明細書における不揮発成分は、JIS K2241に規定の不揮発成分であり、105℃±1℃で2時間乾燥した際に不揮発である成分を指す。
【0015】
エマルションの粒子径(分散質の粒子径)は、0.001mm以上0.1mm未満であればよく、0.01mm以上0.1mm未満であれば好ましい(より明確には0.01mm以上0.09mm以下)。なお、本明細書における粒子径は、光学顕微鏡観察により特定される数値である。
【0016】
本発明では、各種添加剤を用いることにより基油が容易に親水性粒子となり、その結果、不揮発成分が水系分散媒に安定に分散し易くなる。また、各種添加剤の効果により、エマルションの安定性が高まる。
【0017】
各種添加剤としては限定されないが、極圧添加剤、乳化剤(潤滑剤)、防錆剤、防食剤、界面活性剤、消泡剤、防腐剤等が挙げられる。
【0018】
極圧添加剤としては、例えば、硫化油脂等含硫黄化合物、ZDDPなどの含リン化合物、石油スルホン酸カルシュウム塩オーバーベース、金属石鹸類等が挙げられる。
【0019】
乳化剤(潤滑剤)としては、例えば、脂肪酸塩、エステル、アミド、イミド、ダイマー酸等脂肪酸誘導体、アルキレングリコール等が挙げられる。これらの中でも、炭素数18以上の長鎖の乳化剤が好ましく、特にTMP(トリメチレートプロパン)トリオレエート及びソルビタンモノオレエートの少なくとも1種を含むことが好ましい。この場合には、不揮発成分の含有量を低減しても所定のエマルション粒子径が得られ易くなる。
【0020】
防錆剤としては、例えば、石油スルホン酸塩、脂肪酸並びに誘導体塩、酸化パラフィン塩、アルキルアミン、アルカノールアミン、シクロヘキシルアミンなどのアミン類等が挙げられる。
【0021】
防食剤としては、例えば、イミダゾリン、ベンゾトリアゾール、ポリマー酸誘導体等が挙げられる。
【0022】
界面活性剤としては、例えば、陰イオン界面活性剤、陽イオン界面活性剤、非イオン界面活性剤、両性界面活性剤が挙げられる。
【0023】
消泡剤としては、例えば、シリコン系、アルキレングリコール類等が挙げられる。
【0024】
防腐剤としては、例えば、トリアジン系防腐剤、モルホリン系防腐剤、ピリジン系防腐剤、イソチアゾリン系防腐剤等が挙げられる。
【0025】
このように、本発明の水溶性切削油剤組成物は、切削加工性に影響を与えることなく、不揮発成分量が55質量%未満に低減されているため、従来品の水溶性切削油剤組成物と比較して省資源であり、廃液処理時の環境負荷が軽減されている。また、不揮発成分量の低減に伴い基油含有量も低減されているため、基油を安定にミセル化させるための各種添加剤の含有量が低減できるため、この点でも省資源化が図れる。
【0026】
本発明の水溶性切削油剤組成物の調製方法は限定されず、各成分を室温下又は加温下で混合する方法が挙げられる。通常は、水系分散媒以外の成分を予め加温下で十分に混合した後、当該混合物を水系分散媒に徐々に添加することにより調製する。
【0027】
本発明の水溶性切削油剤組成物は、実使用に際しては2〜15質量%程度に水希釈して用いる。用途としては、いわゆる切削油又は研削油として有用である。研削油の場合には、例えば、ステンレス鋼板のベルト研削加工、粗仕上げ及び仕上げ研削加工、クリープフィード研削加工、超仕上げ加工等に用いられる。切削油の場合には、例えば、旋削加工、ドリル、タップ、リーマ、中ぐりなどの穴加工、ブローチ加工、歯切加工、自動盤加工等に用いられる。
【発明の効果】
【0028】
本発明の水溶性切削油剤組成物は、エマルションの粒子径が0.001mm以上0.1mm未満であることにより、不揮発成分の含有量が55質量%未満と少ないにもかかわらず切削加工性が良好である。また、基油を含む不揮発成分の含有量が55質量%未満と少ない点で省資源であり、廃液処理の際の環境負荷を低減できる。また、不揮発成分の含有量が少ない点で、安定性を高めるための添加剤の配合量を低減でき、この点でも省資源化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】試験例1で用いたステップアップ荷重の条件(横軸:経過時間(秒)縦軸:負荷荷重(N))を示す図である。
【図2】試験例1におけるトルク特性(負荷荷重(N)とトルク(N・m)との関係)を示す図である。
【図3】試験例1における摩擦係数特性(負荷荷重(N)と摩擦係数との関係)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下に実施例及び比較例を示して本発明を具体的に説明する。但し、本発明は実施例に限定されない。
【0031】
実施例1及び比較例1
実施例1及び比較例1で調製する水溶性切削油剤組成物の組成を下記表1に示す。
【0032】
精製水以外の成分を約60℃で混合した後、30℃の精製水に徐々に加えることによりO/Wエマルション型水溶性切削油剤組成物を調製した。
【0033】
【表1】

試験例1
実施例1及び比較例1で調製した水溶性切削油剤組成物の性能評価を行った。
【0034】
具体的には、各水溶性切削油剤組成物の10倍希釈溶液(水希釈)を試験液とし、四球式摩擦摩耗試験機(神鋼造機製)を用いて、ステップアップ荷重下における各試験液が示すトルク及び摩擦係数を測定することにより行った。なお、ステップアップ荷重は、図1に示す経過時間(横軸:秒)と負荷荷重(縦軸:N)との関係となるように設定した。
(トルク測定結果)
負荷荷重変化とトルク変化の関係を調べた。結果を図2に示す。
【0035】
各試験液が示すトルクは負荷荷重に比例し増大するため、負荷荷重と同じような階段状変化を示し、且つ、各々の段が平坦になることが望まれる。この点、実施例1(粒子径大)から得られる試験液を用いた場合には、負荷荷重と対応した階段状変化を示し、且つ、各々の段が比較的平坦である。これに対し、比較例1(粒子径小)から得られる試験液を用いた場合には、油膜強度が不安定であるため、階段状変化及び平坦性の何れにおいても実施例1の結果より劣っている。
(摩擦係数測定結果)
負荷荷重変化と摩擦係数の関係を調べた。結果を図3に示す。
【0036】
摩擦係数は水溶性切削油剤組成物の潤滑を示す指標であり、負荷荷重変化にかかわらず一定の値を保持することが望まれる。この点、実施例1(粒子径大)から得られる試験液を用いた場合には、負荷荷重変化にかかわらずほぼ一定の摩擦係数を維持している。これに対し、比較例1(粒子径小)から得られる試験液を用いた場合には、摩擦係数の振れ幅が大きく、試験面には筋傷が付いており、実施例1の結果よりも劣っている。
【0037】
実施例2
実施例2で調製する水溶性切削油剤組成物の組成を下記表2に示す。
【0038】
精製水以外の成分を約60℃で混合した後、30℃の精製水に徐々に加えることによりO/Wエマルション型水溶性切削油剤組成物を調製した。
【0039】
【表2】

実施例3
実施例3で調製する水溶性切削油剤組成物の組成を下記表3に示す。
【0040】
成分(A)の精製水以外の成分を約60℃で混合した後、30℃の精製水に徐々に加えることにより混合物Aを得た。
【0041】
次に、成分(B)の半量の精製水に(B)の他の成分を約80℃で混合して完全溶解後、残りの精製水を混合して40℃以下に冷却することにより混合物Bを得た。
【0042】
混合物Aと混合物Bと撹拌しながら徐々に混合することによりO/Wエマルション型水溶性切削油剤組成物を調製した。
【0043】
【表3】

実施例4
実施例4で調製する水溶性切削油剤組成物の組成を下記表4に示す。
【0044】
精製水以外の成分を約60℃で混合した後、30℃の精製水に徐々に加えることによりO/Wエマルション型水溶性切削油剤組成物を調製した。
【0045】
【表4】

実施例5
実施例5で調製する水溶性切削油剤組成物の組成を下記表5に示す。
【0046】
精製水以外の成分を約60℃で混合した後、30℃の精製水に徐々に加えることによりO/Wエマルション型水溶性切削油剤組成物を調製した。
【0047】
【表5】

実施例6
実施例6で調製する水溶性切削油剤組成物の組成を下記表6に示す。
【0048】
精製水以外の成分を約60℃で混合した後、30℃の精製水に徐々に加えることによりO/Wエマルション型水溶性切削油剤組成物を調製した。
【0049】
【表6】

実施例7
実施例7で調製する水溶性切削油剤組成物の組成を下記表7に示す。
【0050】
精製水以外の成分を約60℃で混合した後、30℃の精製水に徐々に加えることによりO/Wエマルション型水溶性切削油剤組成物を調製した。
【0051】
【表7】

試験例2
試験例1同様に実施例2〜7で調製した水溶性切削油剤組成物の性能評価を行った。
【0052】
性能評価の結果、実施例2〜7から得られる試験液は、いずれもトルクについては負荷荷重の変化に応じて階段状の変化を示し、いずれもほぼ平坦となった。また、摩擦係数については負荷荷重の変化にかかわらずほぼ一定の数値を保持した。この結果、実施例2〜7で調製した水溶性切削油剤組成物についても、実施例1と同様に、各種金属材料の切削加工に有用であることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水系分散媒中に、基油を含む不揮発成分が分散しているエマルション型水溶性切削油剤組成物であって、
(1)前記水溶性切削油剤組成物は、前記不揮発成分の含有量が55質量%未満であり、
(2)エマルションの粒子径は、0.001mm以上0.1mm未満である、
ことを特徴とする水溶性切削油剤組成物。
【請求項2】
前記不揮発成分の含有量が1質量%以上55質量%未満である、請求項1に記載の水溶性切削油剤組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−189530(P2010−189530A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−34723(P2009−34723)
【出願日】平成21年2月18日(2009.2.18)
【出願人】(509048015)エバーケミカル工業株式会社 (1)
【Fターム(参考)】