説明

カキノヘタムシガの交信攪乱剤、及びカキノヘタムシガの交信攪乱方法

【課題】 カキノヘタムシガの雌が分泌する性フェロモンを有効成分とするカキノヘタムシガの交信攪乱剤を提供することを課題とする。
【解決手段】 交信攪乱剤は、カキノヘタムシガの性フェロモンの成分として同定されたE4,Z6−16:OAc、E4,Z6−16:Ald、及びE4,Z6−16:OHを単独或いは適宜混合して形成される。そして、100mgのE4,Z6−16:OAcに対し、6mgのE4,Z6−16:Aldを混合した混合物を作成し、交信攪乱剤を二成分系とすることにより、一成分系と比べ、交信攪乱効果が著しく向上することが確認された。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カキノヘタムシガの交信攪乱剤、及びカキノヘタムシガの交信攪乱方法に関するものであり、特に、カキの果実に対して食害を及ぼすカキノヘタムシガの雌雄間の性フェロモンによる交信を攪乱し、交尾率を低下させるためのカキノヘタムシガの交信攪乱剤、及びカキノヘタムシガの交信攪乱方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、カキの果実に対する食害を発生させる最重要害虫として、マルハキバガ科ニセマイコガ亜科に属するカキノヘタムシガが知られている。このカキノヘタムシガの幼虫は、収穫前の未成熟の状態のカキの果実に侵入し果実を腐敗させ、または変色させるなどの被害を与えている。そして、腐敗等が進行した果実が樹木から落下する前に他の果実へと移動し、上記と同様の食害を繰返している。そのため、一個体当たりの幼虫でカキの果実が数個から数十個の被害を受けることがある。
【0003】
そこで、カキを栽培する栽培農家では、係るカキノヘタムシガによる食害を防ぐため、種々の方法を採用し、その防除にあたっている。最も一般的な方法としては、カキノヘタムシガの果実への侵入前或いは侵入後に、アセタミプリドからなる液剤、アセフェートからなる液剤、MEP剤、及びバイジット乳剤等の農薬または殺虫剤を散布し、カキノヘタムシガの成虫及び幼虫の侵入を防ぐものが知られている。この場合、幼虫が中齢期となり、一つのカキの果実を食害後、次に果実に移動(転食)する期間の間に、農薬等の散布を集中的に行うことが最も効果的であると知られている。そのため、カキの栽培農家は、農薬等の散布によって最も効果的にカキノヘタムシガを防除することができる散布時期の決定に細心の注意を払っている。
【0004】
一方、昆虫(特に蛾類)は、その生物学的な研究成果によって、雌が分泌する性フェロモンを利用し、交尾の際に雄との交信が行われることが知られている。この性フェロモンの成分は、蛾の種類によって異なることが知られ、それぞれの蛾に対して同定された性フェロモンを人工的に合成し、農作物が栽培される圃場に散布することにより、雌雄の交尾活動を攪乱し、交尾率を低下させることが行われている。その結果、産卵及び次世代となる幼虫の孵化が阻止され、圃場に農作物に被害を及ぼす昆虫が存在する確率が小さくなる。このとき、雌からの分泌と同様に全ての性フェロモン成分を、若しくはそれらの中から選別した成分を圃場内に大量に放出することにより、雄は性フェロモンに対する慣れによって神経中枢が麻痺したり、性フェロモンの放出源を特定するために行う無駄な定位行動によって、雌と遭遇して交尾する可能性が低くなる。
【0005】
上記の交信攪乱剤及び交信攪乱方法の一例を示すと、ヨモギエダシャクに対し、シス−3,4−エポキシ(6Z,9Z)−ノナデカジエンと、シス−6,7−エポキシ−(3Z,9Z)−ノナデカジエンと、シス−9,10−エポキシ−(3Z,6Z)−ノナデカジエンとを有効成分として含む交信攪乱剤を利用するものが開示されている(特許文献1参照)。なお、交信攪乱剤として使用される性フェロモンの成分は、蛾の雌から分泌される天然の化合物を化学反応によって人工的に合成したものであり、圃場の土壌や農作物に対する直接的な影響、及び圃場周囲の環境に対する影響はほとんどなく、また人体に対する影響もない。また、本発明者らは、既にカキノヘタムシガに係る性フェロモンの成分について同定している(非特許文献1参照)。
【0006】
【特許文献1】特開2003−81718号公報
【非特許文献1】Naka,H., et al,Sex pheromone of the persimmon fruit moth, Stathmopoda masinissa: identification and laboratory bioassay of (4E,6Z)−4,6−hexadecadien−1−ol derivatives., J. Chem. Ecol. Vol.29, p2429−2441, 2003
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上述したカキノヘタムシガによる食害を防ぐ方法は、下記に掲げるような問題を生じることがあった。すなわち、農薬等を利用し、化学的にカキノヘタムシガを駆除しようとする場合、農薬等の散布時期は、カキノヘタムシガの幼虫が中齢期に相当し、次のカキに移動する期間、或いは交尾した成虫によって産卵し、孵化した幼虫が果実に侵入するまでの期間等の非常に短期間に限定されていた。
【0008】
そのため、カキの栽培農家は、天候等の諸事情により、農薬散布の最適なタイミングを逃すことによって、農薬による十分な防除効果を得られない場合があった。さらに、農薬の使用は、圃場及びその周囲の環境等に影響を及ぼすことがあり、近年の消費者の無農薬栽培志向等からこれらの農薬の使用を躊躇し、使用を見送ることもあった。
【0009】
一方、性フェロモンを利用する交信攪乱剤は、農薬等に生じる問題を考慮する必要がなく、非常に有益な手段であった。しかしながら、個々の昆虫(害虫)によって、交信攪乱の対象となる性フェロモンの成分の種類及び化学的特性が異なるため、各害虫毎にその化学構造を明確に解明する必要があった。また、蛾類の種類は多種に亘り、カキの果実に対して食害を行うマルハキバガ科ニセマイコガ亜科に属するカキノヘタムシガに対する交信攪乱の研究等は未解明の部分が多く、特に同定された性フェロモンの成分の使用方法等の特定がなされていない現状にあった。そのため、カキの栽培農家は、カキノヘタムシガの性フェロモンの成分を交信攪乱剤として利用し、生物学的に防除を行う具体的な手法及び使用条件等が開発されることを期待していた。
【0010】
そこで、本発明は、上記実情に鑑み、カキノヘタムシガの雌が分泌する性フェロモンの成分を同定し、該性フェロモンの成分を交信攪乱剤に利用したカキノヘタムシガの交信攪乱剤、及びカキノヘタムシガの交信攪乱方法の提供を課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するために、本発明者らは、カキノヘタムシガの性フェロモンの成分について鋭意研究を重ね、カキノヘタムシガの交信を攪乱する有効成分を下記の三成分であることを同定し、該成分を圃場に効率的に散布することによってカキノヘタムシガの交信を攪乱し、交尾率の低下及び幼虫の孵化率を低下させることを知見した。
【0012】
すなわち、本発明のカキノヘタムシガの交信攪乱剤は、「カキノヘタムシガの性フェロモンによる雌雄間の交信を攪乱し、交尾率を低下させるカキノヘタムシガの交信攪乱剤であって、(4E,6Z)−4,6−ヘキサデカジエニルアセテートを有効成分として含有する」ものから主に構成されている。なお、(4E,6Z)−4,6−ヘキサデカジエニルを以降の本明細書中においてE4,Z6−16:OAc或いは交信攪乱剤Aと称するものとする。
【0013】
さらに、本発明のカキノヘタムシガの交信攪乱剤は、上記構成に加え、「(4E,6Z)−4,6−ヘキサデカジエナール、及び(4E,6Z)−4,6−ヘキサデカジエン−1−オールのいずれか一方を有効成分として含有する」ものから構成されている。なお、(4E,6Z)−4,6−ヘキサデカジエナール(4,6−hexadecadienal)を以降の本明細書中においてE4,Z6−16:Ald或いは交信攪乱剤Bと称するものとする。また、(4E,6Z)−4,6−ヘキサデカジエン−1−オール(4,6−hexadecadien−1−ol)を以降の本明細書中においてE4,Z6−16:OH或いは交信攪乱剤Cと称するものとする。
【0014】
さらに、本発明のカキノヘタムシガの交信攪乱剤は、上記構成に加え、「前記E4,Z6−16:OAcを80.0重量%以上、99.0重量%以下、E4,Z6−16:Ald及びE4,Z6−16:OHのいずれか一方を1.0重量%以上、20.0重量%以下含有してなる」ものから構成されている。
【0015】
したがって、本発明のカキノヘタムシガの交信攪乱剤によれば、E4,Z6−16:OAcをカキノヘタムシガに対する交信攪乱剤の主成分として使用し、E4,Z6−16:OAcを単独、或いはE4,Z6−16:OAcを80.0重量%以上、99.0重量%以下、E4,Z6−16:Ald及びE4,Z6−16:OHのいずれか一方を1.0重量%以上、20.0重量%以下の比率で含有してなる交信攪乱剤が形成される。これにより、カキノヘタムシガの性フェロモンによる交信を攪乱し、交尾率を低下させることができる。特に、E4,Z6−16:OAcに対し、E4,Z6−16:Ald及びE4,Z6−16:OHのいずれか一方を所定の比率で混合し、二成分を有効成分とする交信攪乱剤を利用することにより、その交尾率の交信攪乱作用が顕著に現れることが示される。
【0016】
さらに、本発明のカキノヘタムシガの交信攪乱方法は、「カキノヘタムシガの性フェロモンによる雌雄間の交信を攪乱し、交尾率を低下させるカキノヘタムシガの交信攪乱方法であって、(4E,6Z)−4,6−ヘキサデカジエニルアセテートを80.0重量%以上、99.0重量%以下、(4E,6Z)−4,6−ヘキサデカジエナール及び(4E,6Z)−4,6−ヘキサデカジエン−1−オールのいずれか一方を1.0重量%以上、20.0重量%以下含有してなる交信攪乱剤を圃場に散布する」ものである。
【0017】
したがって、本発明のカキノヘタムシガの交信攪乱方法によれば、前述した二成分を有効成分とする交信攪乱剤を用い、圃場に散布することにより、カキノヘタムシガの性フェロモンによる交信を攪乱し、交尾率を低下させることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明の効果として、カキノヘタムシガの性フェロモンの成分として同定された三成分(交信攪乱剤A、交信攪乱剤B、交信攪乱剤C)を使用することにより、カキの果実に対する食害を引起こすカキノヘタムシガに対して強い交信攪乱効果を生じさせることができる。これにより、圃場における雌雄の交尾率が減少する。その結果、圃場での産卵数を削減し、カキの果実を食害する次世代のカキノヘタムシガの幼虫の孵化及び発生を抑えることができる。そのため、圃場におけるカキノヘタムシガの幼虫の存在数を激減させ、食害を防ぐことができる。さらに、農薬等に比べ、圃場及び圃場周囲の環境に対する影響が少ないため、安全でかつ、効率的なカキノヘタムシガの防除が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の一実施形態であるカキノヘタムシガの交信攪乱剤(以下、「交信攪乱剤」と称す)、及びカキノヘタムシガの交信攪乱方法について説明する。ここで、本実施形態の交信攪乱剤では、カキノヘタムシガの性フェロモンの成分として同定された交信攪乱剤A(E4,Z6−16:OAc、化1参照)、交信攪乱剤B(E4,Z6−16:Ald、化2参照)、及び交信攪乱剤C(E4,Z6−16:OH、化3参照)が利用される。また、本実施形態では、交信攪乱剤Aをカキノヘタムシガの交信攪乱のための主たる有効成分として使用し、該交信攪乱剤Aの単一物、或いは交信攪乱剤Aに対し、交信攪乱剤Bまたは交信攪乱剤Cを所定比率で混合した二成分系の混合物として使用した交信攪乱剤及びカキノヘタムシガの交信攪乱方法について例示している。
【0020】
【化1】

【化2】

【化3】

【0021】
上記に示すように、交信攪乱剤A、交信攪乱剤B、及び交信攪乱剤Cは、いずれも16個の炭素原子が直鎖状に結合してなる炭化水素を基本骨格とし、4位及び6位の二カ所の位置で二重結合が形成された化合物である。そして、直鎖端に各官能基(アセトキシ基、アルデヒド基、水酸基)が結合した近似の化学構造を有している。なお、交信攪乱剤A、交信攪乱剤B、及び交信攪乱剤Cは、通常の化学反応によって、人工的に合成することが可能であり、これを大量に合成し、本実施形態において使用した。なお、交信攪乱剤Aは、合成過程で生成される微量の幾何異性体を含んでいる。
【実施例1】
【0022】
まず、交信攪乱剤Aの単一の交信攪乱効果について示す。交信攪乱の前段階として外径1.41mm、内径0.81mm、長さ20cmのポリエチレン製のチューブを用意し、100mgの交信攪乱剤Aをチューブの内空間に封入し、徐放性のディスペンサーを複数(数百本程度)作製する。このディスペンサーは樹脂製のため容易に折曲げ可能に形成され、カキの樹木等に巻付ける際に容易に固定することができる。そして、このディスペンサーを樹木に巻付けることにより、カキの果実が栽培される圃場に対し、交信攪乱剤Aを徐々に放散させることができる。なお、本実施形態で使用したディスペンサーによる交信攪乱剤Aの放散速度は、約1.1mg/dayのものが使用されている。
【0023】
一方、カキの果実が栽培される50aの圃場を、10a(=「A区」)、10a(=「B区」)、30a(=「C区」)の広さにそれぞれ区分する。その後、A区に対して、作製した30本のディスペンサーを略均一に分布するようにカキの枝に巻付けて固定した。一方、B区に対しては、180本のディスペンサーを略均一に分布するようにA区と同様に固定した。そして、C区には実験の対照区としてディスペンサーの固定を行わず、通常のカキの栽培と同様にした。ここで、A区及びB区は、同一面積に対して巻付け固定したディスペンサーの本数が異なっている。すなわち、1a当たりのディスペンサーの本数(ディスペンサーの分布率)は、A区=3本/a、B区=18本/a、C区=0本/aとなっている。すなわち、B区にはA区の6倍の数のディスペンサーが巻付け固定されている。
【0024】
その後、A区及びB区に対するディスペンサーの巻付け後、所定の期間を経過し、交信攪乱剤Aの徐放作用を奏するディスペンサーから圃場内に十分に当該交信攪乱剤Aが放散されたことを確認し、巻付けから約二週間後(D1)、約三週間後(D2)、約四週間後(D3)、及び約五週間後(D4)のそれぞれにおける圃場での交尾阻害効果を確認した。具体的に説明すると、本実施形態の第一実施例においては、ディスペンサーの巻付けを7月10日に行い、D1=7月26日、D2=7月30日、D3=8月6日、及びD4=8月13日を調査日として、「つなぎ雌」による交信の有無を確認した。
【0025】
ここで、「つなぎ雌」による交尾の有無の確認の具体的な手法について説明すると、実験室内で飼育し、羽化させたカキノヘタムシガ(羽化後3日を経過したもの)の処女雌に対し、二酸化炭素を用いて麻酔し、活動を一時的に制限した状態にし、前翅の付け根部分を糸で結ぶことによって「つなぎ雌」を作成した。そして、調査日前日の夕方にA区乃至C区のそれぞれのほぼ中央付近の枝に、15匹/各区繋ぎ、翌朝(調査日当日)に回収した。その後、回収したつなぎ雌の腹部を実体顕微鏡下で解剖し、腹部に存在する精子の有無によって交尾率を算出した。ここで、交尾率は、下記の式(1)によって算出される。
交尾率 = 交尾雌数 / 供試雌数 × 100 ・・・ 式(1)
なお、調査前日の夕方から回収される翌朝までの間に、圃場に存在するカキノヘタムシガの天敵昆虫によって、当該つなぎ雌が損失しているケースについては、交尾率の算出から除外している。その結果を表1に示す。
【0026】
【表1】

【0027】
これにより、観察のためのディスペンサを巻付けていない対照区のC区では、処女雌による交尾率は、53.7%を示したのに対し、本実施形態の交信攪乱剤を適用し、有効成分として交信攪乱剤Aを用いたものは、A区及びB区のいずれの場合であっても、C区の交尾率から著しく低下した値を示した。特に、圃場に対するディスペンサーの分布率がA区に対して高いB区の場合、交尾率は0.0%であり、完全にカキノヘタムシガによる交信を攪乱することが可能であった。そのため、カキノヘタムシガによる交尾を完全に防止することが観察された。一方、B区と比較し、ディスペンサーの分布率が低いA区であっても交尾率を約10.0%以下に抑えることができ、従来と比してカキノヘタムシガによるカキの果実に対する食害を十分に防ぐことが可能であることが示された。
【0028】
次に、実施例1の調査期間のD1からD2の間に、各区(A区、B区、C区)のそれぞれの枝に対し、処女雌を誘引源としたトラップを設置し、圃場におけるカキノヘタムシガの雄の成虫の誘殺数をカウントした。ここで、トラップは、高さ10cm、縦30cm、横10cmの粘着式のものを用い、粘着板の中央付近に置いたステンレス製のカゴ(直径約60mm)の中に処女雌2頭を入れ、誘引源とした。一方、比較対照用に、何も入れないトラップを合わせて設置した。その結果を表2に示す。この場合、処女雌2頭からは天然の性フェロモンの成分が分泌されている。
【0029】
【表2】

【0030】
表2に示すように、ディスペンサーを巻付けたA区及びB区では、それぞれ僅かに一匹が処女雌のトラップに誘引されたのに対し、交信攪乱剤Aの放散の行われなかったC区では109匹の雄成虫が誘引された。これにより、交信攪乱剤Aを有効成分として用いた本実施形態の交信攪乱剤の優れた効果が確認された。すなわち、処女雌から分泌された性フェロモンに混在される交信攪乱剤Aによって、雄のカキノヘタムシガは、通常の交信が不能となり、雌の存在する場所を特定することが困難となり、到達することができなくなった。これにより、交尾ができなくなり、産卵及び幼虫の孵化といったその後の段階を排除することができた。
【0031】
その後、最終的な効果を確認するため、カキの果実の収穫前に、各区(A区、B区、C区)のそれぞれ中心部付近及び圃場の端部(周辺部)付近のそれぞれ五樹を選定し、その樹に生育したカキの果実数、及びカキノヘタムシガによって食害を受けた被害果数を計測し、その被害果率を算出した。その結果を表3に示す。
【0032】
【表3】

【0033】
これにより、対照区として通常の状態でカキの果実が栽培されたC区に比べ、ディスペンサーの巻付け固定を行ったA区及びB区のいずれにおいても被害果率が減少することが示され、その値はC区に対して約1/3程度になることが確認された。特に、ディスペンサーの分布率の高いB区の場合、A区よりも被害果率の値が小さくなり、本実施形態の交信攪乱剤によるカキノヘタムシガのカキの果実の食害を著しく減少させることが示された。なお、上記結果から圃場の中央部と周辺部との間では、被害果率において特に有意となる差は見受けられなかった。すなわち、圃場にディスペンサーが均一に分布するように固定され、交信攪乱剤Aが十分に放散した状態であれば、中央部及び周辺部のいずれであっても交信攪乱による効果を享受することができることが示された。
【実施例2】
【0034】
次に、交信攪乱剤Aを主たる成分とし、所定の比率で交信攪乱剤Bを混合した二成分系の混合物を使用したカキノヘタムシガの交信攪乱剤について例示する。
【0035】
まず、実施例1と同様に、外径1.41mm、内径0.81mm、長さ20cmのポリエチレン製のチューブを用意し、100mgの交信攪乱剤Aをチューブの内空間に封入し、徐放性のディスペンサーEを作製する。さらに、100mgの交信攪乱剤Aに対し、6.0mgの交信攪乱剤Bを混合した混合物をチューブの内空間に封入した徐放性のディスペンサーFを作製する。すなわち、ディスペンサーEは一成分系の単一物、ディスペンサーFは二成分系の混合物が封入されている。なお、係るディスペンサーE及びディスペンサーFは、それぞれ前述した約1.1mg/dayの放散速度のものが使用される。ここで、混合物に含有する交信攪乱剤Bは、約5.7重量%である。
【0036】
そして、カキの果実が栽培される30aの圃場を、10a(=「G区」)、10a(=「H区」)、10a(=「I区」)のそれぞれ三等分に区分する。そして、G区に対して、作製した30本のディスペンサーEを略均一に分布するようにカキの枝に巻付けて固定した。一方、H区に対しては、同様に30本のディスペンサーFを略均一に分布するように巻付けた。そして、I区には実験の対照区としてディスペンサーの巻付けを行わなかった。すなわち、G区及びH区は、同一面積に巻付け固定されるディスペンサーE,Fの本数は同一であるため、上述した分布率は同じである。一方、各ディスペンサーE,Fから放散される交信攪乱剤の成分が一成分系、または二成分系であることが相違している。
【0037】
その後、それぞれ30本のディスペンサーE,Fを巻付けた後、所定の期間(約二週間)を経過し、各交信攪乱剤が圃場に十分に放散されたことを確認した後、圃場での交尾阻害効果を検証した。なお、具体的な手法については、先に述べた実施例1と同一であるため、ここでは説明を省略する。そして、下記の表4に示す結果を得た。
【0038】
【表4】

【0039】
これにより、ディスペンサーE,Fの巻付け固定をしなかった対照区Iでは、交尾率が28.6%であった。これに対し、一成分の単一物からなるディスペンサーEを巻付けたG区では、22.2%であった。なお、上記実施例1と実施例2との間で同一条件で交尾率が異なる(実施例1:9.3% → 実施例2:22.2%)のは、圃場の周囲の条件や調査期間等が異なるためである。一方、二成分の混合物からなるディスペンサーFを巻付けたH区では、交尾率が0.0%であった。すなわち、同一条件下では、二種類の交信攪乱剤A及び交信攪乱剤Bを所定比率で混合した混合物を利用することにより、カキノヘタムシガの性フェロモンの交信攪乱効果が著しく高くなることが示された。
【0040】
さらに、各区(G区、H区、I区)のそれぞれの樹に対し、処女雌を誘引源としたトラップを設置し、圃場におけるカキノヘタムシガの雄の成虫の誘殺数をカウントした。ここで、トラップは、前述の実施例1において示したものと同様のものを使用した。その結果を表5に示す。
【0041】
【表5】

【0042】
これにより、対照区のI区に対し、G区は数頭の雄の成虫が誘引され、一方、H区は全く誘引されなかった。そのため、交信攪乱剤を二成分混合したものがさらに交信攪乱効果を有することが示された。
【0043】
なお、実施例2においては、100mgの交信攪乱剤Aに対し、6mgの交信攪乱剤Bを混合するものを示したが、係る比率は特に限定されるものではなく、交信攪乱剤Aが80.0重量%〜99.0重量%、一方、交信攪乱剤Bが1.0重量%〜20.0重量%の範囲で混合するものであればよい。ここで、交信攪乱剤Bの重量%が1.0重量%を下回ると、二成分の交信攪乱剤を混合した交信攪乱効果を十分に得ることができない。一方、20.0重量%を越えると、それ以上、交信攪乱効果を向上することが見込まれない。そのため、交信攪乱剤Aに対する交信攪乱剤Bを1.0重量%以上、20.0重量%以下にすることが好適である。
【0044】
以上、本発明について好適な実施形態を挙げて説明したが、本発明はこれらの実施形態に限定されるものではなく、以下に示すように、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、種々の改良及び設計の変更が可能である。
【0045】
すなわち、本実施形態の交信攪乱剤において、交信攪乱剤Aを単独、或いは交信攪乱剤Aに対して交信攪乱剤Bを所定比率混合したものを示したが、例えば、交信攪乱剤Aに対して交信攪乱剤Cを混合した混合物を用いるものであってもよい。交信攪乱剤Cは、交信攪乱剤Aの直鎖端の官能基が水酸基に置換したものであり、カキノヘタムシガの性フェロモンの一成分として確認されている。したがって、係る交信攪乱剤Cを交信攪乱剤Aに混合することによっても上述と同様に交信攪乱効果を奏させることができるようになる。ここで、交信攪乱剤Aに対する混合比率は、交信攪乱剤Bと同様の理由から1.0重量%以上、20.0重量%以下に設定することが最適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カキノヘタムシガの性フェロモンによる雌雄間の交信を攪乱し、交尾率を低下させるカキノヘタムシガの交信攪乱剤であって、
(4E,6Z)−4,6−ヘキサデカジエニルアセテートを有効成分として含有することを特徴とするカキノヘタムシガの交信攪乱剤。
【請求項2】
(4E,6Z)−4,6−ヘキサデカジエナール、及び(4E,6Z)−4,6−ヘキサデカジエン−1−オールのいずれか一方を有効成分としてさらに含有することを特徴とする請求項1に記載のカキノヘタムシガの交信攪乱剤。
【請求項3】
前記(4E,6Z)−4,6−ヘキサデカジエニルアセテートを80.0重量%以上、99.0重量%以下、(4E,6Z)−4,6−ヘキサデカジエナール及び(4E,6Z)−4,6−ヘキサデカジエン−1−オールのいずれか一方を1.0重量%以上、20.0重量%以下含有してなることを特徴とする請求項1に記載のカキノヘタムシガの交信攪乱剤。
【請求項4】
カキノヘタムシガの性フェロモンによる雌雄間の交信を攪乱し、交尾率を低下させるカキノヘタムシガの交信攪乱方法であって、
(4E,6Z)−4,6−ヘキサデカジエニルアセテートを80.0重量%以上、99.0重量%以下、(4E,6Z)−4,6−ヘキサデカジエナール及び(4E,6Z)−4,6−ヘキサデカジエン−1−オールのいずれか一方を1.0重量%以上、20.0重量%以下含有してなる交信攪乱剤を圃場に散布することを特徴とするカキノヘタムシガの交信攪乱方法。

【公開番号】特開2006−213622(P2006−213622A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−26458(P2005−26458)
【出願日】平成17年2月2日(2005.2.2)
【出願人】(304019399)国立大学法人岐阜大学 (289)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【出願人】(391016842)岐阜県 (70)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】