説明

カメムシ類の摂食行動促進剤

【課題】
水田に化学合成農薬を施用することなく斑点米の発生を抑えるための新たな技術を提供すること。
【解決手段】
有効成分としてコパエンを含有することを特徴とするカメムシ類の摂食行動促進剤等。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カメムシ類の摂食行動促進剤、より具体的には、有効成分として3環性セスキテルペン炭化水素類の一種であるコパエン(copaene)を含有することを特徴とするカメムシ類の摂食行動促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年全国的に斑点米の原因となるカメムシ類(以下、斑点米カメムシ類と記すこともある。)が増加傾向にあり、斑点米カメムシ類による水稲の被害が問題となっている。
一般に斑点米カメムシ類は、主にイネ科植物の繁茂地に棲息し、イネの出穂期前後に水田に飛来することが知られている(例えば、非特許文献1、非特許文献2、非特許文献3参照)。このため、斑点米の発生を抑えるためには、通常、水田に化学合成農薬を施用し斑点米カメムシ類を防除する方法がとられている(例えば、非特許文献4、非特許文献5参照)。
【0003】
【非特許文献1】植物防疫 第55巻第10号(2001年) 445頁−446頁
【非特許文献2】北日本病虫研報 第54巻(2003年) 105頁−109頁
【非特許文献3】今月の農業(2004年) 7月号 22頁−25頁
【非特許文献4】植物防疫 第55巻第10号(2001年) 455頁−458頁
【非特許文献5】今月の農業(2004年) 7月号 17頁−21頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、斑点米カメムシ類は、飛翔移動が旺盛で周辺雑草地から水田に次々に飛び込んでくることから、水田での化学合成農薬の施用のみでは、斑点米カメムシ類の防除は必ずしも十分ではない場合がある。また、当該防除方法では最近の化学合成農薬に関する減農薬を期待する意見には必ずしも十分に答えられない面がある。
このため、水田に化学合成農薬を施用することなく斑点米の発生を抑えるための新たな技術が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者等は、斑点米カメムシ類の一種であるクモヘリカメムシ(Leptocorisa chinensis Dallas)が出穂期のイネ科植物に飛来することに着目し、イネが発する揮発成分を採取・分析した結果、そのひとつとしてα−コパエンを同定した。さらに、α−コパエンが、クモヘリカメムシの摂食行動を促進することを見出し、本発明に至った。
即ち、本発明は、
1.有効成分としてコパエンを含有することを特徴とするカメムシ類の摂食行動促進剤(以下、本発明剤と記すこともある。);
2.コパエンがα−コパエンであることを特徴とする前項1記載の摂食行動促進剤;
3.カメムシ類が斑点米カメムシ類であることを特徴とする前項1又は2記載の摂食行動促進剤;
4.カメムシ類がクモヘリカメムシ(Leptocorisa chinensis Dallas)であることを特徴とする前項1、2又は3記載の摂食行動促進剤;
等を提供するものである。
【発明の効果】
【0006】
本発明により、カメムシ類の摂食行動を促進させることが可能となる。これにより、例えば、斑点米カメムシ類等のカメムシ類を本発明剤が施用された棲息区域にとどめ、ひいては、当該カメムシ類の水田への飛翔・侵入を抑制することに利用する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明剤において使用されるコパエン(copaene)は、3環性セスキテルペン炭化水素類の一種である天然化合物である。具体的には例えば、化1で示される化合物である「α−コパエン」(Cas No.3856-25-5)を代表例として例示できる。α−コパエン等のコパエンは、例えば、マキ科(Phyllocladus trichomanoides)、マメ科(Copaifera mannii Oliv., Sindora wallichii Benth., Sindora inermis Merr.)、シソ科等の植物から通常の方法によって精油を得、当該精油から精製することによって製造することができる。勿論、α−コパエン等のコパエンは単離されたものだけでなく、植物からの粗抽出物、製油からの粗精製物等の形態である組成物等を使用してもよい。またFLUKA(株)等の試薬会社から購入することもできる。因みに、α−コパエン等のコパエンは、香料の成分としても使用されており、これらの用途のための原料として使用されているものを使用してもよい。
【0008】
【化1】

【0009】
本発明剤の対象とするカメムシ類としては、例えば、トゲシラホシカメムシ、オオトゲシラホシカメムシ、シラホシカメムシ、ミナミアオカメムシ等のカメムシ科の斑点米カメムシ、ホソハリカメムシ等のヘリカメムシ科の斑点米カメムシ、クモヘリカメムシ、ホソクモヘリカメムシ、タイワンクモヘリカメムシ等のホソヘリカメムシ科の斑点米カメムシ、アカヒゲホソミドリカスミカメ、アカスジカスミカメ等のカスミカメムシ科の斑点米カメムシ等を挙げることができるが、特にクモヘリカメムシ(Leptocorisa chinensis Dallas)に対して有効である。
【0010】
本発明剤は、α−コパエン等のコパエンのみであってもよいが、α−コパエン等のコパエンに固体担体、液体担体等の担体を含んでもよい。また必要により、通常農薬に使用される副資材、例えば、界面活性剤、液性調整剤(pH調整剤等)、拡展剤、展着剤、湿潤剤、安定化剤(防腐剤、乾燥剤、凍結防止剤、固結防止剤、抗酸化剤、紫外線吸収剤)、ドリフト防止剤等が添加された、粉剤、粒剤、水和剤、錠剤等の固形製剤、乳剤、フロアブル剤、油剤等の液体製剤であってもよい。本発明剤に含まれるα−コパエン等のコパエンの比率は、通常0.1〜99.9重量%であればよい。
前記固体担体としては、例えば、粘土類(セライト、カオリンクレー、珪藻土、合成含水酸化珪素、ベントナイト、フバサミクレー、酸性白土等)、タルク類、セラミック、その他の無機鉱物等が挙げられる。
前記液体担体としては、例えば、水、アルコール類(メタノール、エタノール等)、ケトン類(アセトン、メチルエチルケトン等)、脂肪族炭化水素類(ヘキサン、灯油、軽油等)、芳香族炭化水素類(ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、メチルナフタレン等)、エステル類(酢酸エチル、酢酸ブチル等)、ニトリル類(アセトニトリル、イソブチロニトリル等)、エーテル類(ジイソプロピルエーテル、ジオキサン等)、酸アミド類(N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド等)、ハロゲン化炭化水素類(ジクロロメタン、トリクロロエタン、四塩化炭素等)、ジメチルスルホキシド、植物油(大豆油、綿実油等)が挙げられる。
前記界面活性剤としては、例えば、アルキル硫酸エステル類、アルキルスルホン酸塩、アルキルアリールスルホン酸塩、アルキルアリールエーテル類、アルキルアリールエーテル類のポリオキシエチレンアルキルエーテル、アルキルアリールエーテル類のポリオキシエチレンアルキルエステル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル類、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエステル類、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル類、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類、ポリエチレングリコールエーテル類、多価アルコールエステル類、糖アルコール誘導体等があげられる。
【0011】
さらに、本発明剤は、α−コパエン等のコパエンのみ、又は、α−コパエン等のコパエンを担体や副資材とともに適当な材料の表面に塗布若しくは適当な材料に含浸させたもの、をも含む。この際、適当な材料の表面に塗布若しくは適当な材料に含浸させるα−コパエン等のコパエンの量としては、例えば、前記材料に対して、通常0.0001〜10重量%の範囲を挙げることができる。
さらに、本発明剤は、前記コパエン塗布若しくは含浸させた材料を適当な容器、例えば、紙、樹脂等にて成型されてなる容器に包装して得られるものであってもよい。
【0012】
本発明剤を使用してカメムシ類の摂食行動を促進させる際には、例えば、斑点米カメムシ類等のカメムシ類が水田に飛翔・侵入する時期までの期間に棲息している区域(例えば、水田周辺の雑草地等。以下、当初棲息区域と記載することもある。)において、当該カメムシ類の摂食行動を誘起し得る濃度になるように、前記区域に本発明剤を施用すればよい。ここで「水田周辺の雑草地」としては、例えば、イヌビエ、エノコログサ、イタリアンライグラス等イネ科雑草の繁茂する水田周辺の区域等を挙げることができる。また「カメムシ類の摂食行動を誘起し得る濃度」としては、温度、湿度、風速等の気象条件、施用時期、施用場所、製剤の種類、対象のカメムシの種、被害程度等の状況によって異なるが、例えば、約10−4ppm〜約10−1ppm程度の範囲を挙げることができる。
本発明剤を施用する場合には、前記製剤を当初棲息区域に散布したり、α−コパエン等のコパエンのみ、又は、α−コパエン等のコパエンを担体や副資材とともに適当な材料の表面に塗布若しくは適当な材料に含浸させたものを当初棲息区域に設置してもよい。
このようにして、斑点米カメムシ類等のカメムシ類を本発明剤が施用された棲息区域にとどめ、ひいては、当該カメムシ類の水田への飛翔・侵入を抑制することに利用する。そして、当該カメムシ類の水田への飛翔・侵入を抑制する結果として、水田に化学合成農薬を施用することなく斑点米の発生を抑えることが可能となる。
【実施例】
【0013】
以下、実施例及び試験例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
実施例1
試験に供するクモヘリカメムシ成虫を飼育ケージ内(容積79cm、上面直径約60mm、底面直径47mm、高さ35mm)に各1頭入れて、22℃〜26℃の温度にて飼育管理した。本発明剤としてn−ヘキサン1mlあたりα−コパエン(Fluka Chemie社製)0.5μgを含む希釈液10μlを7mm角の濾紙1枚に湿し1分間放置した後、これを飼育ケージの側面に開けた直径約17mmの穴から飼育ケージ内に入れた。その後、飼育ケージ内のクモヘリカメムシ成虫の行動を30分間観察した。
36頭のクモヘリカメムシ成虫について試験した結果、摂食行動をとったクモヘリカメムシ成虫は15頭(41.7%)であり、当該クモヘリカメムシ成虫は本発明剤が施用された飼育ケージ内で飛翔することはなかった。
対照として、n−ヘキサン10μlを含ませた7mm角の濾紙1枚に湿し1分間放置すること以外は上記と同様な試験を実施した結果、摂食行動をとったクモヘリカメムシ成虫は31頭中1頭(3.2%)に過ぎず、殆どのクモヘリカメムシ成虫では飼育ケージ内での飛翔移動等の行動が観察された。
以上より、本発明剤にはカメムシ類の摂食行動を促進する効果があることが明らかとなった。そしてカメムシ類を本発明剤が施用された施用区域にとどめることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0014】
本発明により、カメムシ類の摂食行動を促進させることが可能となる。これにより、例えば、斑点米カメムシ類等のカメムシ類を本発明剤が施用された棲息区域にとどめ、ひいては、当該カメムシ類の水田への飛翔・侵入を抑制することに利用する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有効成分としてコパエンを含有することを特徴とするカメムシ類の摂食行動促進剤。
【請求項2】
コパエンがα−コパエンであることを特徴とする請求項1記載の摂食行動促進剤。
【請求項3】
カメムシ類が斑点米カメムシ類であることを特徴とする請求項1又は2記載の摂食行動促進剤。
【請求項4】
カメムシ類がクモヘリカメムシ(Leptocorisa chinensis Dallas)であることを特徴とする請求項1、2又は3記載の摂食行動促進剤。

【公開番号】特開2006−273778(P2006−273778A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−97479(P2005−97479)
【出願日】平成17年3月30日(2005.3.30)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(592216384)兵庫県 (258)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】