説明

カルジオリピンを用いた疲労の判定方法

【課題】被験体より容易に入手し得る生体試料を用いた被験体の疲労の程度を判定する方法、被験物質の疲労に対する有効性を判定する方法、疲労を回復、改善又は予防し得る物質を探索する方法、及び疲労判定試薬又はキットを提供すること。
【解決手段】被験体由来の生体試料における、カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を分析及び/又は比較することを含む、疲労の程度を判定する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を解析することによる(1)被験体の疲労の程度を判定する方法、(2)被験物質の疲労に対する有効性を判定する方法、(3)疲労を回復、改善又は予防し得る物質を探索する方法、及び(4)疲労判定試薬又はキットに関する。
【背景技術】
【0002】
生活者の6割以上の人は、日常的に疲労を感じており、以前と比較して十分な作業活動を維持できないと感じている(非特許文献1)。疲労に悩む生活者は、企業間競争の激化や成果主義の導入による労働環境変化、生活習慣の乱れによる睡眠不足や栄養不足などによる心身負担の増大などに伴って、年々増加している。
【0003】
生活者は、日々の疲労を回復するために、入浴、コーヒーの飲用、一般用医薬品及び食品・サプリメントの摂取、アロマグッズの使用など、さまざまな方法を試行しているが(非特許文献2)、日々の疲労に対して適切に対処できなかった際においては、疲労は蓄積していく。今や、疲労の蓄積に関連する健康障害及び経済損失は大きく、社会的問題になっている。これらの社会的問題を解決するためには、生活者の疲労の程度を判定し、疲労の程度に応じた適切な対処方法を選択し、早期に疲労を改善又は回復することが必要である。
【0004】
疲労の程度を判定する方法については公的な対策も推進されており、広く知られている公的対策の一つとしては、睡眠の時間や質、労働時間、疲労感や抑うつ感などの項目からなる簡易な自己判断方法(労働者の疲労蓄積度チェックリストなど)が挙げられる(非特許文献3)。しかし、国内外における多数の研究にもかかわらず、疲労感などの自覚症状によることなく、疲労の程度を客観的に判定することが可能な方法として、広く認められた方法は未だにない。
【0005】
これまでにも、栄養素、サイトカインやその受容体、さらにはシグナルを受け取ってからの細胞内シグナル伝達機構などの研究から、疲労の程度を客観的に判定するための方法の開発が試みられている(非特許文献4)。例えば、血液中の複数のアミノ酸(特許文献1)、TGF-β(特許文献2)、網羅的ヒドロキシリノール酸(tHODE)など、唾液中のヒトヘルペスウイルス6型(HHV−6)の遺伝子の発現量(特許文献3)、コルチゾール、副腎性ホルモン又はそれらの代謝物、クロモグラニンA、モノアミン類など、尿中のイソプラスタン、8-ハイドロキシ−2’−デオキシグアノシン(8−OHdG)などの分析や測定などが挙げられる。
【0006】
これまでの研究において、尿中のイソプラスタンや8−OHdGは、運動による疲労時において増加することが報告されている。しかし、イソプラスタンや8−OHdGは糖尿病や動脈硬化などの生活習慣病と密接に関係しており、疲労の判定方法としての使用において課題が残されている。
また、血漿中のtHODEは、短時間睡眠を伴う連続デスクワーク作業により増加し、精神的疲労評価指標であるフリッカー値と関係することが知られているが、アルツハイマー患者、血管性痴呆患者の血漿においても、著しい上昇が認められている。
さらに、これら多くの疲労の判定方法は精神機能に大きく影響され、単にエネルギー代謝を反映している場合もあり、疲労の程度を客観的に判定していないと考えられる。
【0007】
上記の疲労の判定方法の多くは、免疫機能の乱れを背景とする中期的・長期的な疲労と関係するが、短期的な疲労によっては引き起こされ難いという課題がある。また、病的疲労の一つである慢性疲労症候群と深く関係しており、カルバマゼピン、フェニトイン、フェノバルビタール、ゾニサミド、サラゾスルファピリジン、メキシレチン、アロプリノールなどによる薬剤性過敏症症候群とも密接に関係していることが知られている(非特許文献5)。
【0008】
従って、生活習慣病やリンパ腺の腫れなどを伴う病的疲労や薬剤由来の疲労の判定方法として活用することは可能であるが、日常生活における疲労の判定方法としては、使用において課題が残されている。
【0009】
疲労の蓄積などによる社会的問題を解決するため、生理学的な特徴に立脚した疲労の程度の客観的な判定方法が望まれている。また、疲労の状態を確実に改善できる物質や医薬品も依然開発途上にあり、疲労の程度の判定に有用な方法は、そのような医薬品などの疲労に対する有効性の判定のためにも必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】WO2005/078448号公報
【特許文献2】WO2007/094472号公報
【特許文献3】特開2007−330263号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】疲労の実態調査と予防策、P222−228、疲労の科学 株式会社講談社、2001年
【非特許文献2】疲労回復ホームページ、P229−233、疲労の科学 株式会社講談社、2001年
【非特許文献3】厚生労働省 労働者の疲労蓄積度チェックリスト
【非特許文献4】疲労の生化学バイオマーカー(血液、尿)、P71−75、最新・疲労の科学、別冊・医学のあゆみ、医歯薬出版株式会社、2010年
【非特許文献5】薬剤性過敏症症候群とヒトヘルペスウイルス、臨床免疫・アレルギー科、50巻3号、P302−306、2008年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
疲労感に頼ることなく、日常生活における疲労の程度を客観的に判定することは、睡眠や休息の確保、栄養補給や摂取、さらには、医薬品投与を適切に行うことを可能とし、疲労の回復、改善及び予防が容易に可能となり、国民の健康維持・増進に大きく寄与することとなる。
従って、疲労の程度の判定などに有用な方法は、国民の健康維持・増進のためにも重要なものであり、医薬品などの疲労に対する有効性を判定するためにも必要である。
しかしながら、上述のように、疲労の程度の判定方法は提案されているが、客観的な判定方法としては極めて不十分であり、真に疲労の程度の判定に用いることが可能な判定方法は開発されていない。また、疲労状態を確実に治療できる医薬品も依然として開発途上にあり、学問上も大きな問題である。
【0013】
本発明は、被験体より容易に入手し得る生体試料を用いた被験体の疲労の程度を判定する方法、疲労を回復、改善又は予防し得る物質(被験物質)の疲労に対する有効性を判定する方法、疲労を回復、改善又は予防し得る物質を探索する方法、及び疲労判定試薬又はキットを提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、生理学的な特徴に立脚した手法によって、日常生活における疲労、特に生理的疲労により発現量が変動するカルジオリピンを見出し、カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を解析することにより疲労の程度を判定することに成功し、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明に係る疲労の程度の判定方法は、上記の課題を解決するために、被験体より容易に入手し得る生体試料を用い、カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量の変動(発現変動)を指標として疲労の程度を判定することを特徴とする。
【0015】
上記の方法では、疲労の程度を簡便かつ客観的に判定でき、疲労を回復、改善又は予防し得る物質の疲労に対する有効性を判定でき、これらの物質を探索することも可能である。さらに、疲労の程度が未知である被験体の疲労の程度を客観的に判定することにより、疲労の状態と判定された被験体は睡眠や休息の確保、栄養補給や摂取、さらには、医薬品投与を適切に行うことが可能となり、疲労の回復、改善及び予防が容易に可能となり、国民の健康維持・増進に大きく寄与することとなる。即ち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
【0016】
(1)被験体由来の生体試料におけるカルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を分析及び/又は比較することを含む、疲労の程度を判定する方法。
(2)被験体に被験物質を投与し、被験体由来の生体試料におけるカルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を分析及び/又は比較することを含む、被験物質の疲労に対する有効性を判定する方法。
(3)被験体に被験物質を投与し、被験体由来の生体試料におけるカルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を分析及び/又は比較し、当該カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を変動させる物質を、疲労を回復、改善又は予防し得る候補物質として選択することを含む、疲労を回復、改善又は予防し得る物質を探索する方法。
【0017】
(4)被験体由来の生体試料が、ヒト又は非ヒト哺乳動物由来の血液、精液、肝臓、心筋、骨格筋又は細胞である、(1)から(3)のいずれか1項に記載の方法。
(5)疲労が生理的疲労である、(1)から(4)のいずれか1項に記載の方法。
【0018】
(6)被験体由来の生体試料におけるカルジオリピンが非疲労状態の被験体と比較して減少している場合及び/又はその代謝物の発現量が非疲労状態の被験体と比較して増加している場合に、被験体は疲労の状態であると判定することを特徴とする、(1)から(5)のいずれか1項に記載の方法。
(7)被験物質の疲労に対する有効性を判定するにおいて、被験物質の投与に伴って被験体由来の生体試料におけるカルジオリピンが増加及び/又はその代謝物の発現量が減少している場合に、被験物質は疲労に対して有効であると判定することを特徴とする、(1)から(6)のいずれか1項に記載の方法。
【0019】
(8)(1)から(7)のいずれか1項に記載の方法において上記カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を分析及び/又は比較するための疲労判定試薬又は疲労判定キット。
【発明の効果】
【0020】
生理的疲労モデルとして運動負荷を行った被験体由来の骨格筋において、カルジオリピンは、運動による疲労時において著しく減少し、休息により減少は低減することが認められた。このことから、被験体の生体試料を用いて、カルジオリピンを分析及び/又は比較することによって、疲労の程度を判定することができた。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明による、被験体の疲労の程度を判定する方法、被験物質の疲労に対する有効性を判定する方法、疲労を回復、改善又は予防し得る物質を探索する方法においては、被験体由来の生体試料における、カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を分析及び/又は比較する。
本発明の実施の形態について以下に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
<疲労>
【0022】
本発明における「疲労」とは、一般的な意味としては、例えば、身体作業あるいは精神作業などにより、身体あるいは精神に負荷を与えた際に生じる作業効率(パフォーマンス)が低下した状態を示す。この場合、「疲労の程度(疲労度)」とは作業効率の低下の程度(度合い)を意味する。
【0023】
本発明において、判定の対象となる疲労は、好ましくは生理的疲労であり、より好ましくは末梢性の疲労(末梢性疲労)であり、肉体疲労、身体疲労、筋肉疲労、運動疲労などがさらに好ましく、身体に負荷を与える作業(身体作業)により末梢組織(肝臓、心筋、骨格筋など)が疲労することに起因する肉体疲労(身体作業による肉体疲労)などが特に好ましい。ここで言う「身体作業」には、産業活動における労働作業のみでなく、日常生活における作業や運動、走行、自転車こぎ、階段の昇降などの動作も含む。
【0024】
「生理的疲労」とは、睡眠や休息の確保、栄養の摂取などを適切に得ることにより、自然の状態で回復が可能な範囲での疲労であり、病的疲労や薬剤由来の疲労を含まない疲労を示す。
「末梢性疲労」とは、脳が主体となって疲労を感じている中枢性疲労の状態でなく、脳以外の末梢組織に起因する疲労を示す。
「病的疲労」とは、慢性疲労症候群、悪性腫瘍、細菌又はウイルス感染、糖尿病、うつ病などの疾病に伴う疲労を示す。
「薬剤由来の疲労」とは、抗ガン剤、免疫抑制剤、向精神剤などの薬剤の使用によって引き起こされる疲労を示す。
「肉体疲労」、「身体疲労」、「筋肉疲労」、「運動疲労」などは、日常生活における生理的疲労及び末梢性疲労に含まれる疲労を示す。
従って、「非疲労の状態」とは、十分な睡眠や休息が確保されており、栄養摂取量を満たしており、精神あるいは身体などへの負荷が少なく、日常的に適度な運動を行い、さらに、生理的疲労、中枢性疲労、末梢性疲労、病的疲労又は薬剤由来の疲労を呈していない状態を意味する。
<被験体、及び生体試料>
【0025】
本発明における「被験体」とは、好ましくは、生体試料を採取することが可能なヒト又は非ヒト哺乳動物であり、ヒトであることが特に好ましい。
「非ヒト哺乳動物」とは、げっ歯類(例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモットなど)、霊長類(例えば、サルなど)、並びにイヌなど、医薬品、食品又は被験物質などの薬理試験や毒性試験などに汎用される動物が好ましく、上記の中でもマウス及びラットが特に好ましい。
【0026】
本発明における「生体試料」とは、カルジオリピン及び/又はその代謝物を発現しており、それらの発現量を分析及び/又は比較できる試料であれば、その種類は特に限定されない。
生体試料としては、血液、唾液、精液などの体液、肝臓、心筋、骨格筋などの組織や細胞が挙げられる。これらの試料は、倫理的な問題が生じないように採血、採取又はバイオプシーなどにより、被験体から分離されることが望ましい。好ましくは、生体試料は、血液、精液、肝臓、心筋又は骨格筋であり、より好ましくは血液又は骨格筋であり、さらに好ましくは血液である。
【0027】
尚、身体作業による生体への刺激は、骨格筋などの末梢組織において、カルジオリピンの分解・代謝を引き起こす。これに伴い、カルジオリピンの発現量が変動し、これらのカルジオリピン及び/又はその代謝物が血液中へ移行する可能性が高い。
【0028】
また、本発明における「細胞」とは、カルジオリピン及び/又はその代謝物を発現しており、それらの発現量を分析及び/又は比較できる細胞である。
細胞としては、例えば、血液細胞、肝細胞、筋細胞、神経細胞、グリア細胞、骨髄細胞、繊維芽細胞、繊維細胞、間質細胞、又はこれら細胞の前駆細胞、幹細胞もしくはガン細胞などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。細胞は、好ましくは、筋細胞、肝細胞、血液細胞、又はそれらの前駆細胞もしくは幹細胞であり、ヒト由来の細胞であることがより好ましい。
<カルジオリピン>
【0029】
本発明における「カルジオリピン」とは、一般的に、ミトコンドリア内膜に局在するリン脂質の一つであり、チトクロームc をはじめとする種々のミトコンドリアタンパク質と結合する脂質である。別名、ジホスファチジルグリセロールともよばれる。
【0030】
カルジオリピンは、4つの脂肪酸と2つのリン酸部を持ったトリグリセリドであり、脂肪酸は不飽和脂肪酸であることが多い。
【0031】
カルジオリピンにおける「不飽和脂肪酸」としては、モノ不飽和脂肪酸であるクロトン酸、ミリストレイン酸、パルミトレイン酸、オレイン酸 、エライジン酸、バクセン酸、ガドレイン酸、エイコセン酸 、エルカ酸、ネルボン酸など、ジ不飽和脂肪酸であるリノール酸、エイコサジエン酸、ドコサジエン酸など 、トリ不飽和脂肪酸であるリノレン酸、ピノレン酸、エレオステアリン酸、ミード酸、ジホモ-γ-リノレン酸、エイコサトリエン酸など、テトラ不飽和脂肪酸であるステアリドン酸、アラキドン酸、エイコサテトラエン酸、アドレン酸など、ペンタ不飽和脂肪酸であるボセオペンタエン酸、エイコサペンタエン酸、オズボンド酸、イワシ酸、テトラコサペンタエン酸など、ヘキサ不飽和脂肪酸であるドコサヘキサエン酸、ニシン酸などが挙げられる。
【0032】
好ましい不飽和脂肪酸は、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、アラキドン酸、ドコサヘキサエン酸及び/又はエイコサペンタエン酸であり、リノール酸、アラキドン酸及び/又はドコサヘキサエン酸がより好ましい。
<カルジオリピンの代謝物>
【0033】
本発明における「カルジオリピンの代謝物」とは、脂肪酸が外れた分子である「リゾカルジオリピン」など、カルジオリピンが分解・代謝された分子、又は外れた「脂肪酸」を示す。
【0034】
カルジオリピン及び/又はその代謝物の多くは、日本国のLIPIDBANK、米国のLIPIDMAPS、欧州のEuropean Lipidomics Initiativeなどにて公知の脂質であり、化学構造は公知であり、当業者に利用可能な脂質である。
<カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量の測定>
【0035】
カルジオリピン及び/又はその代謝物を分離する方法としては、複数の有機溶剤を用いた薄層クロマトグラフィー(TLC)、液体クロマトグラフィー(LC)、二次元電気泳動などが挙げられるが、特に限定されない。
【0036】
カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を測定する方法としては、例えば、カルジオリピンなどに過塩素酸を加え、加熱分解後、モリブデン酸アンモニウム及びアスコルビン酸を添加し吸光度を測定することにより発現量を算出する方法がある。
他に公知の質量分析(MS)法、核磁気共鳴分光法、免疫沈降法、ELISAなどの方法でもよく、特に限定されない。
【0037】
カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を測定する他の方法としては、カルジオリピン及び/又はその代謝物の生理活性を測定してもよいし、抗体を用いてのカルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量などを測定する方法を用いてもよい。
カルジオリピン及び/又はその代謝物を認識する抗体は、ポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体のどちらでもよい。抗体が市販されている場合には、市販の抗体を用いてもよい。ポリクローナル抗体やモノクローナル抗体は、当該分野で周知の方法によって作製することができる。これらの抗体は修飾されていてもよい。
<カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量の補正>
【0038】
カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を分析及び/又は比較する場合には、予め発現量などの測定値を公知の方法によって補正することができる。補正により、独立した複数の生体試料におけるカルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量をより正確に比較することが可能となる。
測定値の補正は、内部標準試料を用いて補正する方法、疲労の状態の有無において発現量などが大きく変動しない脂質などの測定値に基づいて、カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量などの測定値を補正することにより行われる方法などがあり、その他にも公知の方法がある。
<疲労の程度の判定方法>
【0039】
本発明においては、疲労の程度が未知である被験体由来の生体試料における、カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を分析及び/又は比較することによって“疲労の程度”を判定する。
具体的には、被験体由来の生体試料におけるカルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量が非疲労の状態の被験体(健常対照体)における当該カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量と比較して増加又は減少している場合に、被験体は疲労の状態であると判定することができる。
【0040】
カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量の“増加”又は“減少”の判断をする際には、一定の倍率をもって“増加”又は“減少”と判断するFold Change比較の方法と統計処理により判断する方法が好ましい。例えば、一定の倍率を「1.3倍」とした場合には、被験体由来の生体試料におけるカルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量が非疲労の状態の被験体(健常対照体)における当該カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量と比較して1.3倍以上の増加(30%以上に増加)又は減少(−23.1%以下に減少)している場合に、“増加”又は“減少”と判断し、被験体は疲労の状態であると判定することができる。一定の倍率は1.3倍以上が好ましいが、特には限定されない。
【0041】
また、統計的処理によってカルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量の“増加”又は“減少”の判断をすることも可能である。例えば、T−検定(2群の場合)、分散分析(3群以上の場合)、多変量解析、クラスタリング、判別分析などの方法、回帰直線を求める方法、相関係数を求める方法など、公知の方法が広く知られている。これらの統計的処理における基準の設定は、当業者であれば、適宜行うことができる。
【0042】
また、疲労の程度の判定のために用いるカルジオリピン及び/又はその代謝物は、カルジオリピンを除く他のリン脂質、コレステロール(HDLコレステロール、LDLコレステロール、酸化LDLコレステロール)、中性脂肪、遊離脂肪酸、ケトン体、他の脂質酸化ストレスマーカーなどや疾患診断のための諸種検査項目などと組み合わせて用いてもよい。
また、本発明にかかる疲労の程度の判定方法の一部あるいは全部をコンピューター等の従来公知の演算装置(情報処置装置)を利用して用いることも可能であることは、当業者には明らかである。
<被験物質の疲労に対する有効性の判定方法>
【0043】
本発明によれば、被験体に被験物質を投与し、当該被験体由来の生体試料におけるカルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を分析及び/又は比較し、被験物質を投与した被験体の疲労の程度の判定をすることによって、当該被験物質の疲労に対する有効性(効果)を判定することができる。
【0044】
本発明における「被験物質」とは、本発明の方法を用いて被験体の疲労を回復、改善又は予防し得るか否かを評価するために用いる物質を意味し、ヒトを含む哺乳動物に投与可能な物質であれば特に限定されず、微生物、動物、植物などの天然成分、有機化合物、ビタミン類、アミノ酸類、ミネラル類、脂質類、糖質類、タンパク質類、核酸類などを挙げることができる。
【0045】
被験物質の疲労に対する有効性を判定する方法としては、例えば、疲労の状態である被験体において、被験物質の投与前と投与後におけるカルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を比較し、薬物投与によりカルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量が非疲労の状態の被験体における発現量に近い場合に、被験物質は疲労に対して有効であると判定することができる。
また、被験物質を投与する前に、疲労の状態である被験体を被験物質投与群と被験物質非投与群に分け、これらの群におけるカルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を比較し、被験物質を投与した群の発現量が、被験物質を投与しなかった群の発現量より非疲労の状態の被験体における発現量に近い場合に、被験物質は疲労に対して有効であると判定することができる。
ここで、被験物質投与群においては、複数の投与用量又は複数の被験物質の疲労に対する有効性を判定するために、群の数を適宜増減してもよい。
【0046】
被験物質の疲労に対する有効性の判定はカルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を変動させる行為と組み合わせて行うことも可能である。カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を変動させる行為としては、例えば身体作業による身体への負荷が挙げられ、走行、遊泳、跳躍などの運動を身体に負荷させることにより疲労を惹起し得る方法や随意収縮及び電気刺激により筋疲労を惹起し得る方法、睡眠や休息を除去する方法、栄養を低減する方法などが含まれる。
ヒト又は非ヒト哺乳動物への被験物質の投与は、経口投与又は非経口投与のいずれでもよく、身体作業による身体への負荷と組み合わせる場合は、被験物質の特性に応じて、身体作業の前でも後でもよく、前後でもよく、投与の時期は特に限定されない。細胞培養培地への被験物質の添加においても、カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を変動させる処置の前でも後でもよく、前後に添加してもよい。
<疲労を回復、改善又は予防し得る物質又はこれを含む製剤の探索方法>
【0047】
本発明においては、疲労状態の被験体に被験物質を投与し、被験体由来の生体試料におけるカルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を分析及び/又は比較し、当該カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を低減又は消失させる物質を、疲労を回復、改善又は予防し得る候補物質として選択することによって、疲労を回復、改善又は予防し得る物質を探索することができる。
【0048】
被験物質の疲労に対する有効性の判定はカルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を変動させる行為と組み合わせて行うことも可能である。カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を変動させる行為としては、例えば身体作業による身体への負荷が挙げられ、走行、遊泳、跳躍などの運動を身体に負荷させることにより疲労を惹起し得る方法や随意収縮及び電気刺激により筋疲労を惹起し得る方法、睡眠や休息を除去する方法、栄養を低減する方法などが含まれる。
ヒト又は非ヒト哺乳動物への被験物質の投与は、経口投与又は非経口投与のいずれでもよく、身体作業による身体への負荷と組み合わせる場合は、被験物質の特性に応じて、身体作業の前でも後でもよく、前後でもよく、投与の時期は特に限定されない。細胞培養培地への被験物質の添加においても、カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を変動させる処置の前でも後でもよく、前後に添加してもよい。
<疲労判定試薬及び疲労判定キット>
【0049】
本発明によれば、カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を分析及び/又は比較するための疲労判定試薬又は疲労判定キットが提供される。
本発明の疲労判定試薬又は疲労判定キットには、カルジオリピン及び/又はその代謝物に特異的な抗体、標識、標識二次抗体、担体、サンプル希釈液、酵素基質、反応停止液、標準物質、カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量や特徴などから疲労の程度を判定するための資料などを含めてもよい。さらに必要に応じて、洗浄バッファー、保存剤、防腐剤などを加えることもできる。
本発明の疲労判定試薬又は疲労判定キットに含まれる抗体などは、1種のみでもよいし、2種以上を組み合わせてもよい。これらは、固体でも液体でもよく、単一又複数の固相上に固定されているもの、例えば、マイクロタイタープレートのようなプレートに個別に分注された状態となっていてもよい。
【0050】
本発明にかかる疲労判定キットは、被験体の血液などの生体試料を採取するための手段を含んでいてもよい。
また、疲労判定キットの包装材に付されたラベル又は添付された文書に、生体試料におけるカルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を指標として被験体の疲労の程度を判定するために使用できることを表示していてもよい。
さらに、本発明にかかる疲労判定キットは、コンピューターなどの従来公知の演算装置を用いてなるキットとなっていてもよい。
<疲労のバイオマーカー>
【0051】
本発明においては、疲労の程度が未知の被験体由来の生体試料において、カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を分析及び/又は比較することにより、被験体の疲労の程度を判定することができる。従って、カルジオリピン及び/又はその代謝物は、疲労のバイオマーカー(生物学的指標)として用いることができる。
【0052】
「バイオマーカー」とは、例えば、通常の生物学的過程、病理学的過程、もしくは治療介入に対する薬理学的応答の指標として、客観的に測定され評価される特性である。即ち、正常なプロセスや病的プロセス、あるいは治療に対する薬理学的な反応の指標として客観的に測定・評価される項目であり、治癒の程度を特徴づけるバイオマーカーは新薬の臨床試験での有効性を確認するためのサロゲートマーカーとして使われる項目である。
バイオマーカーは、疾患にかかった後の治療効果の判定だけでなく、疾患を未然に防ぐための日常的な指標として疾患の予防にも用いることができる。
【0053】
以下の実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0054】
試験例1:カルジオリピン及び/又はその代謝物による疲労の程度の判定
身体作業による肉体疲労の状態としたマウス由来の骨格筋におけるカルジオリピンの発現量を分析及び比較し、疲労の程度の判定方法を開発した。
【0055】
実験動物には、7から11週齢のBALB/c系マウス、オス(日本エスエルシー(株))を用いた。実験動物は入荷後、試験期間を通して標準飼料(オリエンタル酵母工業(株))及び滅菌水を自由に摂取させ、少なくとも1週間の馴化を行った。疲労の程度の判定方法の開発は、(1)運動の負荷、(2)骨格筋の採取、(3)脂質の抽出、(4)カルジオリピンの発現量の分析及び比較、及び(5)疲労の程度の判定、の工程よりなる。
【0056】
(1)運動の負荷
実験には、安静(非疲労)マウス(3匹)、運動負荷直後マウス(3匹)、及び運動負荷1時間後マウス(3匹)を用いた。
運動の負荷は、マウス・ラット用トレッドミル走行装置(バイオリサーチセンター(株))を用いて行った。走行条件は、傾斜角度10度、走行開始速度9メートル/分、漸増ステップ3メートル/4分とし、高強度(高速)走行での運動を負荷した。
走行の訓練のための運動の負荷時間は20分間とし、疲労を惹起させるための運動の負荷時間は40分間とした。
尚、訓練を3から4日間隔で4回実施し、疲労を惹起させる運動の負荷は最終訓練の3から4日後に実施した。訓練は全てのマウスに行った。
【0057】
(2)骨格筋の採取
運動負荷終了の直後又は1時間後にマウスを安楽死させ、後肢骨格筋(速筋及び遅筋より構成されているヒフク筋部位)を採取した。安静(非疲労)マウスは運動の負荷をすることなく安楽死させ、同様の方法を行った。
【0058】
(3)脂質の抽出
骨格筋からの脂質の抽出は、BlighとDyerらの方法に従い行った。
骨格筋にメタノール、水、クロロホルムを順次添加し、粉砕撹拌した後に遠心分離し、下層のクロロホルム層を回収し、カルジオリピンを含む脂質の抽出を行った。
脂質からのカルジオリピンの分離は、二次元TLCを用いて行った。TLCプレートシリカゲル60に一次元展開溶媒(クロロホルム:メタノール:酢酸=65:25:13)をしみこませながら展開層に入れ、展開溶媒が上がった後に、冷風にて乾燥させた。次に、一次元と垂直な方向から二次元展開溶媒(クロロホルム:メタノール:ギ酸:精製水=65:25:8.8:1.2)を用いて展開し、展開溶媒が上がった後に、冷風にて乾燥させた。乾燥後、カルジオリピンのスポットのシリカゲルをかき取り、BlighとDyerらの方法に従いシリカゲルよりカルジオリピンを抽出した。
内部標準試料としては、4つの脂肪酸の全てが飽和脂肪酸のミリスチン酸であるカルジオリピンを用いた。
【0059】
(4)カルジオリピンの発現量の分析及び比較
カルジオリピンを含む抽出溶媒を窒素で除去し、70%過塩素酸を0.2mlを加え、約1時間、200℃で分解させた。冷却後、精製水1.4ml、2.5%モリブデン酸アンモニウム0.2ml、10%アスコルビン酸0.2mlを加えた。5分間、加温した後、820nmの吸光度を測定し、カルジオリピン量とした。
カルジオリピンのスポットの同定は、予めカルジオリピンのスポットの移動距離を溶媒の移動距離で割った指標であるRf(rate of flow)値より行った(Rf値は溶離液組成、温度、担体、チャンバーの溶媒蒸気の飽和度、スポット量を管理すれば再現性がある指標であるので、サンプル同定にも使用できる)。
【0060】
マウス骨格筋におけるカルジオリピンの発現量を表1に示す。
【0061】
【表1】

【0062】
次に、運動負荷直後と運動負荷1時間後のカルジオリピンの発現量について、Fold Change比較の方法を用い、安静(非疲労)時の発現量を分母とし、運動負荷後の発現量を分子として、安静時の発現量と比較した。
走行運動負荷後のマウス骨格筋におけるカルジオリピンの発現量の変動は、安静(非疲労)マウスと比較して、直後:−32.22%、1時間後:−24.13%であり、有意に減少していた。
【0063】
(5)疲労の程度の判定
骨格筋におけるカルジオリピンは、運動による疲労時において著しく減少し、運動負荷1時間後においても減少していることが認められた。これらより、運動負荷1時間後のマウスは疲労の状態であると判定することができた。
上記のカルジオリピンは、生理的疲労であり、末梢性疲労であり、運動などの身体作業に伴う、いわゆる肉体疲労の状態において、発現量が減少することから、被験体の生体試料を用いて、これらのカルジオリピンを分析及び/又は比較することによって、疲労の程度を判定することが可能であり、疲労の程度を客観的に判定する方法を開発することができた。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明は、疲労の研究や判定などの分野、疲労を改善するための医薬や食品の評価などの分野、そのためのキットの製造の分野などにおいて利用可能である。例えば、本発明を利用することにより、疲労感に頼ることなく、日常生活における生理的疲労、末梢性疲労、特に肉体疲労の程度を客観的に判定することが可能になる。また、医薬品や食品等による疲労の回復、改善及び予防の予測が容易になる。さらには、本発明により、疲労の程度の判定するために使用するバイオマーカーやサロゲートマーカーの提供が可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験体由来の生体試料におけるカルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を分析及び/又は比較することを含む、疲労の程度を判定する方法。
【請求項2】
被験体に被験物質を投与し、被験体由来の生体試料におけるカルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を分析及び/又は比較することを含む、被験物質の疲労に対する有効性を判定する方法。
【請求項3】
被験体に被験物質を投与し、被験体由来の生体試料におけるカルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を分析及び/又は比較し、当該カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を変動させる物質を、疲労を回復、改善又は予防し得る候補物質として選択することを含む、疲労を回復、改善又は予防し得る物質を探索する方法。
【請求項4】
被験体由来の生体試料が、ヒト又は非ヒト哺乳動物由来の血液、精液、肝臓、心筋、骨格筋又は細胞である、請求項1から3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
疲労が生理的疲労である、請求項1から4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
被験体由来の生体試料におけるカルジオリピンが非疲労状態の被験体と比較して減少している場合及び/又はその代謝物の発現量が非疲労状態の被験体と比較して増加している場合に、被験体は疲労の状態であると判定することを特徴とする、請求項1から5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
被験物質の疲労に対する有効性を判定するにおいて、被験物質の投与に伴って被験体由来の生体試料におけるカルジオリピンが増加及び/又はその代謝物の発現量が減少している場合に、被験物質は疲労に対して有効であると判定することを特徴とする、請求項1から6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか1項に記載の方法において上記カルジオリピン及び/又はその代謝物の発現量を分析及び/又は比較するための疲労判定試薬又は疲労判定キット。

【公開番号】特開2013−61207(P2013−61207A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−199082(P2011−199082)
【出願日】平成23年9月13日(2011.9.13)
【出願人】(000002819)大正製薬株式会社 (437)
【Fターム(参考)】