説明

カーバイド誘導炭素の合成方法

【課題】カーバイド誘導炭素(CDC)を、穏やかな条件下で環境にやさしい態様で合成すること。
【解決手段】CDCは、Mn+1AX相(n=1、2または3)中のM及びA元素を選択的にエッチングすることによって製造される。ここで、Mは遷移金属、AはA族元素、またXは炭素である。形成されたCDCは、乱層状微小構造、樽状、リボン状、玉葱状、棒状等々の多様な種類の形態を有する。本プロセスは塩素ガスを使用しないため、従来技術によるプロセスよりもはるかに環境にやさしい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はカーバイド誘導炭素(CDC)の合成方法に関し、特に液相中でカーバイドから他の元素を除去することによってCDCを合成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
大きな比表面積を持ち、またナノサイズの細孔を有することによって、ナノポーラス炭素には濾過、ガス分離、ガス蓄積、及び電気化学分野への応用の可能性が見出されている。カーバイド誘導炭素(CDC)は、他の多孔質炭素材料に比較して、調節可能かつ狭い細孔サイズ分布を有することが確認されている。通常、CDCは400℃〜1200℃の高温での塩素化プロセスによって製造される。炭素以外の元素は塩素との反応によってカーバイドから選択的にエッチングされる。その結果、得られたCDCは元のカーバイドの形態を保持している。今日まで、SiC、TiC等の二元系のカーバイドやTiSiC、TiAlC等の三元系のカーバイドを使用して成功裏にCDCを作成することができた。しかし、塩素ガスは有毒で環境を汚染しやすいことが知られている。従って、環境にやさしい条件下でCDCを製造する新規な方法を見出すことが緊急に必要とされている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明の課題は、穏やかな条件の下で環境にやさしい態様でCDCを製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明の一側面によれば、以下のステップを有するカーバイド誘導炭素の合成方法が与えられる:Mを早期遷移元素、AをA族元素、XをC、またn=1〜3とするとき、組成式Mn+1AXで表されるMAX相材料を準備し、前記MAX相材料を酸またはアルカリ溶液中に保持して、前記MAX相材料から前記早期遷移元素及びA族元素を除去する。
前記早期遷移元素はTi、V、Cr、Nb、Ta、Zr、Hf、Mo及びScからなる群から選択してよい。
前記A族元素はAl、Ge、Sn、Pb、P、S、Ga、As、Cd、In、Tl及びSiからなる群から選択してよい。
前記MAX相材料はNbAlC及びTiSiCからなる群から選択してよい。
前記MAX相材料は0℃〜200℃の範囲内で1〜600時間、前記溶液中に保持してよい。
前記溶液はNaOH、KOH、HCl、HSO及びHNOからなる群から選択された1つまたは複数の物質の溶液であってよい。
前記溶液の濃度は0.1〜2mol/Lの範囲であってよい。
前記MAX相材料と前記溶液との質量比は1/50〜1/500の範囲であってよい。
前記方法は前記MAX相材料を前記溶液中に保持する前記ステップの後に更に前記溶液のpHの値を7に変更するステップを含んでよい。
前記MAX相材料はバルクまたは粉末の形態であってよい。
【発明の効果】
【0005】
本発明による方法は塩素ガスを使用せず、またその廃液は中性であるため、その環境負荷は上で説明した従来技術による方法よりもはるかに低い。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【図1】NaOH溶液中でNbAlC粉末から合成されたカーバイド誘導炭素(CDC)の高分解能透過型電子顕微鏡(HRTEM)写真。(a)凝集したCDC、(b)乱層構造CDC、(c)樽状CDC、(d)リボン状CDC、(e)玉葱状CDC、(f)棒状CDC。
【図2】NaOH溶液中でNbAlC粒子を分解して得られたCDCのHRTEM写真。(a)CDC粒子とNbAlC粒子の共存状態、(b)CDC粒子とNbAlC粒子との間の境界の拡大写真。
【図3】HCl溶液中でNbAlC粉末から製造されたCDCのHRTEM写真。(a)乱層構造CDC、(b)樽状CDC、(c)リボン状CDC、(d)棒状CDC。
【図4】NaOH溶液中でTiSiC粉末から製造されたCDCのHRTEM写真。(a)リボン状CDC、(b)樽状CDC、(c)チューブ状CDC、(d)針の孔状(needle eye-like)CDC。
【図5】NbAlC前駆体及びTiSiC前駆体から得られたカーバイド誘導炭素についてのラマンスペクトル。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本発明の発明者は、MAX相中のM元素及びA元素(Mは遷移金属、AはA族元素、Xは炭素)が化学反応により酸性溶液または塩基溶液中に溶け出し、残存した炭素がCDCとして形成され得ることを見出した。この知見に基づき、本願発明者は以下に説明するように本発明を完成したものである。
【0008】
本発明は溶液中でカーバイド誘導炭素(CDC)を製造する方法をサポートする。その出発物質は、Mを遷移金属、AをA族元素、Xを炭素とし、またnを1〜3とするとき、組成式Mn+1AXで表されるMAX相材料である。本発明は以下の合成ステップを含む。
【0009】
(a)MAX相材料を秤量する。MAX相材料は大きな塊でもよいし、粉末でも良い。
【0010】
(b)酸性溶液あるいは塩基溶液を準備する。溶液中の酸あるいはアルカリの好ましい濃度は0.1〜2mol/Lであり、より好ましくは0.1〜1mol/Lである。溶媒として脱イオン水を使用する。
【0011】
(c)MAX相材料を溶液中に入れる。MAX相材料と溶液との質量比は、好ましくは1/500〜1/50の範囲であり、より好ましくは1/500〜1/200である。
【0012】
(d)温度を適切な値に設定してそれを好ましくは1〜600時間、より好ましくは300〜600時間、一層好ましくは約360時間、保持する。使用する温度は好ましくは0℃〜200℃、更に好ましくは20℃〜100℃、一層好ましくは25℃である。
【0013】
(e)溶液のpH値を7に変化させてもよい。これは環境汚染を防止するためである。そして、処理されたMAX相材料を溶液から濾過により分離する。製造された直後の試料を脱イオン水にて例えば3〜5回洗浄する。
【0014】
(f)試料を空気中で乾燥してそれを清浄なガラス瓶中に入れる。
【0015】
上述のプロセスを用い、酸あるいは塩基溶液を使用してMAX相材料中のM元素及びA元素のエッチングによってCDCを合成する。残留した炭素はCDCを形成する。
【0016】
以下の例はMAX相材料と溶液の各種の組合せによりカーバイド誘導炭素を製造することについて説明している。合成条件を変更してもCDCの形成には影響しないと考えられる。
【0017】
しかしながら、本発明は本明細書中で説明したものだけに限定されないことに注意しなければならない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲に基づいて定められる。
【0018】
例えば、本発明に使用可能なMAX相材料は、早期遷移金属であるTi、V、Cr、Nb、Ta、Zr、Hf、Mo及びScから選択した少なくとも一つの元素を含むような多様なMAX相材料とすることができる。このようなMAX相材料としては例えばNbAlC及びTiSiCがある。酸性あるいはアルカリ性溶液に使用可能な酸及びアルカリとしては、これに限定するものではないが、NaOH、KOH、HCl、HSO及びHNOなどが挙げられ、これらのうちでNaOH及びHClが好ましい。溶液を作成するため、これらの物質は単独であるいは組み合わせて使用される。
【実施例】
【0019】
[実験1]
NbAlCを出発材料として使用し、カーバイド誘導炭素を製造した。0.1gのNbAlC粉末を秤量して20mlのNaOH溶液(1.0mol/L)に投入した。平均粒子サイズは0.91μmであった。100mlのプラスチック瓶を容器として使用した。粉末と溶液の入った瓶を25℃で360時間保持した。溶液のpH値を7に変更したあと、粉末を濾過によって分離し、脱イオン水で3回洗浄した。その後、粉末を空気中で乾燥して透過型電子顕微鏡(TEM)により調べた。図1は製造されたカーバイド誘導炭素の高分解能透過型電子顕微鏡(HRTEM)写真を示す。NbAlC粒子はエッチングされ、凝集したCDCを形成したことがわかる(図1(a))。出来上がったCDCの拡大像である図1(b)〜(f)は、上のようにして合成されたCDCの各所に観察することができる乱層構造、樽状、リボン状、玉葱状及び棒状の微細構造等の形態を示している。これらの黒鉛状炭素の構造は多壁ナノチューブと同様に粒子の縁でねじれている。原子層同士の間隔は約0.34nmであった。また、エッチング過程は、図2に示すように外側から内側へ進行することがわかる。図2(a)では、外側の層は規則的な炭素であり、中間層はアモルファス炭素、つまり規則性のない炭素であるのに対して、中心部はNbAlC粒からできている。NbAlC粒子は最初エッチングされて規則性のない炭素(図2(b))となり、次にこのアモルファス炭素が変化して規則性のある炭素になったと結論付けられる。更に、ラマン解析(図5中のカーブ(a))によれば、得られたままの状態のCDCは1350cm−1(Dバンド)及び1590cm−1(Gバンド)の2つのバンドを示すが、これは欠陥のある不規則な微細構造を表している。
【0020】
[実験2]
NbAlCを出発材料として使用し、カーバイド誘導炭素を製造した。0.1gのNbAlC粉末を秤量して40mlのHCl溶液(0.1mol/L)に投入した。平均粒子サイズは0.91μmであった。100mlのプラスチック瓶を容器として使用した。粉末と溶液の入った瓶を25℃で360時間保持した。溶液のpH値を7に変更した後、粉末を濾過によって分離し、脱イオン水で3回洗浄した。処理された粉末をHRTEMを使用して調べることで、乱層構造、樽状、リボン状及び棒状のCDCが存在することが観察された(図3(a)〜(d))。原子層同士の間隔は約0.34nmであった。ラマン解析に基づいて、Dバンド(1350cm−1)及びGバンド(1590cm−1)が確認された(図5中のカーブ(b))。この結果はCDCの欠陥のある不規則な微細構造を示している。
【0021】
[実験3]
TiSiCを出発材料として使用し、カーバイド誘導炭素を合成した。0.1gのTiSiCを秤量して20mlのNaOH溶液(1.0mol/L)に投入した。平均粒子サイズは0.36μmであった。100mlのプラスチック瓶を容器として使用した。粉末と溶液の入った瓶を25℃で360時間保持した。溶液のpH値を7に変更して濾過した後、処理された粉末を脱イオン水を使って3回洗浄した。この粉末をHRTEMによって調べた。図4(a)〜(d)はCDCの顕微鏡写真を示す。明らかに、ナノ構造の炭素が見出され、このカーボンはリボン状、樽状、チューブ状及び針の孔状の形態を示している。2つの原子層同士の距離は約0.34nmであった。更に、ラマン解析により、図5のカーブ(c)が示すようにDバンド(1350cm−1)及びGバンド(1567cm−1)が確認されたことで、CDCの欠陥のある不規則な微細構造の存在が示される。
【0022】
カーバイド誘導炭素合成方法には実施に当たって多様な変更及び修正を行うことが可能となることを指摘しなければならない。このような変更及び修正は本発明の精神及び範囲を超えるものではなく、またそれに伴う効果を失わせるものでもない。従って、そのような全ての変更及び修正は添付の特許請求の範囲に包含される。
【産業上の利用可能性】
【0023】
上で説明したように、本発明は穏やかな条件下で塩素ガスなしでCDCを合成する方法を提供するので、従来技術の方法によるCDCの製造が引き起こす環境負荷を低減することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0024】
【特許文献1】米国公開特許2009/0258782A1
【特許文献2】米国公開特許2009/0301902A1
【特許文献3】米国特許7,744,843
【非特許文献】
【0025】
【非特許文献1】Y. Gogotsi et al., “Nanoporous Carbide-derived Carbon with Tunable Pore Size”, Nature Mater., 2: 591-4 (2003).
【非特許文献2】J. Chmiola et al., “Monolithic Carbide-derived Carbon Films for Micro-supercapacitors”, Science, 328: 480-3 (2010).
【非特許文献3】E. Urones-Garrote et al., “Electron Microscopy Study of Porous Carbide-derived Carbons Obtained from B4C”, J. Argentine Chem. Soc., 97: 13-24 (2009).
【非特許文献4】E. N. Hoffman et al., “Synthesis of Carbide-derived Carbon by Chlorination of Ti2AlC”, Chem. Mater., 17: 2317-22 (2005).
【非特許文献5】S. -H. Yeon et al., “Enhanced Volumetric Hydrogen and Methane Storage Capacity of Monolithic Carbide-derived Carbon”, Microporous and Mesoporous Mater., 131: 423-8 (2010).
【非特許文献6】M. Kormann et al., “Processing of Carbide-derived Carbon (CDC) using Biomorphic Porous Titanium Carbide Ceramics”, J. Eur. Ceram. Soc., 28: 1297-1303 (2008).

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下のステップ(a)及び(b)を設けたカーバイド誘導炭素の合成方法。
(a)組成式Mn+1AXで表されるMAX相材料を準備する。ここでMは早期遷移元素、AはA族元素、XはC、n=1〜3である。
(b)前記MAX相材料を酸またはアルカリ溶液中に保持して、前記MAX相材料から前記早期遷移元素及びA族元素を除去する。
【請求項2】
前記早期遷移元素はTi、V、Cr、Nb、Ta、Zr、Hf、Mo及びScからなる群から選択される、請求項1に記載のカーバイド誘導炭素の合成方法。
【請求項3】
前記A族元素はAl、Ge、Sn、Pb、P、S、Ga、As、Cd、In、Tl及びSiからなる群から選択される、請求項1または2に記載のカーバイド誘導炭素の合成方法。
【請求項4】
前記MAX相材料はNbAlC及びTiSiCからなる群から選択される、請求項2または3に記載のカーバイド誘導炭素の合成方法。
【請求項5】
前記MAX相材料を0℃〜200℃の範囲内で1〜600時間、前記溶液中に保持する、請求項1から4の何れかに記載のカーバイド誘導炭素の合成方法。
【請求項6】
前記溶液はNaOH、KOH、HCl、HSO及びHNOからなる群から選択された1つまたは複数の物質の溶液である、請求項1から5の何れかに記載のカーバイド誘導炭素の合成方法。
【請求項7】
前記溶液の濃度は0.1〜2mol/Lの範囲である、請求項1から6の何れかに記載のカーバイド誘導炭素の合成方法。
【請求項8】
前記MAX相材料と前記溶液との質量比は1/50〜1/500の範囲である、請求項1から7の何れかに記載のカーバイド誘導炭素の合成方法。
【請求項9】
前記MAX相材料を前記溶液中に保持する前記ステップの後に更に前記溶液のpHの値を7に変更するステップを含む、請求項1から8の何れかに記載のカーバイド誘導炭素の合成方法。
【請求項10】
前記MAX相材料はバルクまたは粉末の形態である、請求項1から9の何れかに記載のカーバイド誘導炭素の合成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−166980(P2012−166980A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−29140(P2011−29140)
【出願日】平成23年2月14日(2011.2.14)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】