説明

カーボンナノチューブが分散した光硬化性樹脂コンポジット、並びに当該光硬化性樹脂コンポジット及びイオン液体からなる積層体。

【課題】カーボンナノチューブが均一に分散し、かつ簡便に固定化することが可能な樹脂コンポジットを提供すること、及び、当該コンポジットを利用したポリマー合成方法を提供すること。
【解決手段】カーボンナノチューブ及びタンパク質からなるカーボンナノチューブ−タンパク質複合体が、光硬化性樹脂中に分散してなる光硬化性樹脂コンポジット、並びに、光硬化性樹脂コンポジット、及びモノマーと架橋剤が溶解したイオン液体が接してなる積層体に光を照射し、ポリマーを合成する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光硬化性樹脂コンポジットに関し、詳細には、カーボンナノチューブ及びタンパク質からなるカーボンナノチューブ−タンパク質複合体が、光硬化性樹脂中に分散してなる、光硬化性樹脂コンポジットに関する。
【背景技術】
【0002】
カーボンナノチューブは、炭素を原料とした直径0.5〜50nm、長さμmオーダーの筒状物質である。これまで、グラファイトやフラーレンなどの炭素を原料とした材料が知られているが、それらよりも比重が低く、強度が高く、通電性に優れている等の有利な点が多い為、カーボンナノチューブを使用したフラットパネルディスプレイ、電子デバイス、走査型顕微鏡、複合材料など多くの用途開発が進められている。
【0003】
このようなカーボンナノチューブの特異で有用な性質にもかかわらず、これを均一に分散したポリマー系コンポジットなどを製造することは極めて困難であり、各分野への用途に対する大きな障壁となっている。その為、これまでにもカーボンナノチューブを安定的に均一に分散させる方法がいろいろと試されている。
【0004】
例えば、単層カーボンナノチューブの表面に卵白タンパク質を吸着させた単層カーボンナノチューブ−卵白タンパク質複合体(EW−SWNT)を製造し、これを水に溶解させてSWNTs水性分散液を提供する方法が提案されている(特許文献1)。また、カーボンナノチューブの表面を酸で酸化し、生成したカルボキシル基とアルコールを反応させ、アルキルエステル化する方法(特許文献2)、超音波をかけながらカーボンナノチューブをアセトン中に分散させるという方法(特許文献3)、アミド系極性有機溶媒及び非イオン性界面活性剤からなる溶液にカーボンナノチューブを分散させる方法(特許文献4)等が提案されている。
【0005】
しかしながら、これらの方法による分散は均一化が不十分であったり、カーボンナノチューブ本来の特性を損なうおそれがあったりするなど、改善の余地があるものである。さらに、これまでカーボンナノチューブが均一に分散した樹脂を簡便に固定化する方法は開発されておらず、応用面においても不十分な点が残るものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−161570号公報
【特許文献2】特開2005−133062号公報
【特許文献3】特開2000−086219号公報
【特許文献4】特開2005−075661号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、カーボンナノチューブが均一に分散し、かつ簡便に固定化することが可能な樹脂コンポジットを提供することを課題とする。さらに、当該コンポジットを利用した温度制御方法、ポリマー合成方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、驚くべき事に、カーボンナノチューブ及びタンパク質からなるカーボンナノチューブ−タンパク質複合体を光硬化性樹脂に分散させることで、カーボンナノチューブが均一に分散した光硬化性樹脂コンポジットを得られること、また、このようにして得られる光硬化性樹脂コンポジットとイオン液体が接してなる積層体を用いてイオン液体の温度を制御できること、当該イオン液体中でポリマー合成を行えること、等を見出し、さらに改良を重ねて本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明は例えば以下の項1〜8に記載の発明を包含するものである。
項1.
カーボンナノチューブ及びタンパク質からなるカーボンナノチューブ−タンパク質複合体が、光硬化性樹脂中に分散してなる、光硬化性樹脂コンポジット。
項2.
カーボンナノチューブが単層カーボンナノチューブであり、タンパク質がアルブミン、リゾチーム、ヘモグロビン、ミオグロビン及びヒストンからなる群より選択される少なくとも1種である、項1に記載の光硬化性樹脂コンポジット。
項3.
項1又は2に記載の光硬化性樹脂コンポジット、及びイオン液体が接してなる積層体。
項4.
イオン液体が、1-n-ブチル-3-メチルイミダゾリウムヘキサフルオロリン酸([C4mim][PF6])、1-n-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウムヘキサフルオロリン酸([C6mim][PF6])、1-n-オクチル-3-メチルイミダゾリウムヘキサフルオロリン酸([C8mim][PF6])、及び1-n-ブチル-3-メチルイミダゾリウムビス(トリフリルメチルスルホニル)イミド酸([C4mim][TF2N])からなる群より選択される少なくとも1種である、項3に記載の積層体。
項5.
項1又は2に記載の光硬化性樹脂コンポジット、及び、(水相/イオン液体相)エマルションが接してなり、ここで前記水相にはイソプロピルアクリルアミド及びN, N'-メチレンビスアクリルアミドが含まれる、項3又は4に記載の積層体。
項6.
項5に記載の積層体に、近赤外線光を照射し、ポリイソプロピルアクリルアミドカプセルを合成する方法。
項7.
項1又は2に記載の光硬化性樹脂コンポジットに近赤外線光を照射し、ヒドロキシラジカルを生じさせる方法。
項8.
項3〜5のいずれかに記載の積層体に光を照射し、当該積層体のイオン液体の温度を上昇させる方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、カーボンナノチューブが光硬化性樹脂中に均一分散した光硬化性樹脂コンポジットが提供される。また、当該コンポジットは、光照射により温度制御することが可能であり、これにより当該コンポジットと接する物質(例えばイオン液体)の温度制御を行うこともできる。さらに、当該コンポジットに光を照射するとヒドロキシラジカルが生成されることから、ラジカル重合反応によるポリマー合成に利用することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】BSA-SWNT複合体水溶液を示す。
【図2】Azide-unit pendant water-soluble photopolymer(AWP)の構造式を示す。
【図3a】光硬化性樹脂コンポジットであるBSA-SWNT−AWP複合体を光固定化したスライドガラスを作製する工程を模式的に表した図を示す。
【図3b】BSA-SWNT−AWP複合体を光固定化したスライドガラスを示す。矢印で示すスポットが、BSA-SWNT−AWP複合体固定化領域である。なお、中央の赤丸中に「AIST」の字が入ったマークは、当該スライドガラスの下に存在しているものであり、当該マークが見えることから当該スライドガラスが透明であることがわかる。
【図3c】BSA-SWNT−AWP複合体を光固定化したスライドガラスの模式図(左)、及びBSA-SWNT−AWP複合体固定化領域の模式図(右)を示す。
【図4】BSA-SWNT複合体水溶液、及び、BSA-SWNT−AWP複合体固定化スライドガラス作製工程においてUV照射後の洗浄に用いた蒸留水について、吸光度測定した結果を示す。
【図5a】BSA-SWNT−AWP複合体固定化領域(上図)及び未修飾SWNT−AWP固定化領域(下図)を光学顕微鏡(50倍)で観察した結果を示す。
【図5b】上から順に、BSA-SWNT−AWP複合体固定化領域(図5a上図の○1領域)、未修飾SWNT−AWP固定化領域(図5a下図の○2領域)、未修飾SWNT固定化領域(図5a下図の○3領域)、SWNT粉末、AWPの計5サンプルについてのラマンスペクトルを示す。
【図5c】BSA-SWNT−AWP複合体固定化領域(図5a上図の○1領域)及び未修飾SWNT−AWP固定化領域(図5a下図の○2領域)のSEM(走査型電子顕微鏡)観察結果を示す。
【図6】各種イオン液体の構造式を示す。
【図7a】イオン液体として[C4mim][PF6]を用い、当該イオン液体に溶解させたローダミンBの蛍光強度が温度に応じてどのように変化するかを測定した結果を示す。左図は各波長における蛍光強度を示し、右図は波長577nmにおける蛍光強度と当該イオン液体の温度の関係を示す。
【図7b】イオン液体として[C6mim][PF6]を用い、当該イオン液体に溶解させたローダミンBの蛍光強度が温度に応じてどのように変化するかを測定した結果を示す。左図は各波長における蛍光強度を示し、右図は波長577nmにおける蛍光強度と当該イオン液体の温度の関係を示す。
【図7c】イオン液体として[C8mim][PF6]を用い、当該イオン液体に溶解させたローダミンBの蛍光強度が温度に応じてどのように変化するかを測定した結果を示す。左図は各波長における蛍光強度を示し、右図は波長577nmにおける蛍光強度と当該イオン液体の温度の関係を示す。
【図7d】イオン液体として[C4mim][TF2N]を用い、当該イオン液体に溶解させたローダミンBの蛍光強度が温度に応じてどのように変化するかを測定した結果を示す。左図は各波長における蛍光強度を示し、右図は波長577nmにおける蛍光強度と当該イオン液体の温度の関係を示す。
【図7e】PBS緩衝液(100 mM、pH7.3)を用い、当該緩衝液に溶解させたローダミンBの蛍光強度が温度に応じてどのように変化するかを測定した結果を示す。左図は各波長における蛍光強度を示し、右図は波長577nmにおける蛍光強度と当該緩衝液の温度の関係を示す。
【図8】ローダミンB(100μM)(Wako)を含むイオン液体([C4mim][PF6])の液滴(白矢印)をスライドガラス上のBSA-SWNT−AWP複合体固定化領域(赤矢印)上にのせたところを示す。
【図9】ガラスに挟まれた、BSA-SWNT−AWP複合体固定化領域及びイオン液体が接してなる積層体に対し、BSA-SWNT−AWP複合体固定化領域側から近赤外(NIR)レーザーを照射したところの模式図を示す。なお、RTILはイオン液体を示す。
【図10a】BSA-SWNT−AWP複合体固定化領域及びイオン液体が接してなる積層体に対し、レーザー照射(210mW)したときの、照射部位を示す。なお、イオン液体には[C4mim][PF6]を使用している。
【図10b】BSA-SWNT−AWP複合体固定化領域及びイオン液体が接してなる積層体に対し、レーザー照射(30mW)したときの、照射部位を示す。なお、イオン液体には[C4mim][PF6]を使用している。
【図10c】BSA-SWNT−AWP複合体固定化領域及びイオン液体が接してなる積層体に対し、繰り返しレーザー照射(210mW)したときの、照射部位を示す。なお、イオン液体には[C4mim][PF6]を使用している。
【図10d】レーザー照射によるイオン液体の温度変化測定の結果を示す。赤▲はレーザーONを、青▼はレーザーOFFを示す。なお、イオン液体には[C4mim][PF6]を使用している。
【図10e】レーザー出力210 mWでレーザーのON、OFFを繰り返した際のイオン液体の温度変化を示す。赤▲はレーザーONを、青▼はレーザーOFFを示す。なお、イオン液体には[C4mim][PF6]を使用している。
【図11】レーザー照射によりイオン液体が上昇する温度を、イオン液体の種類及びレーザー出力ごとに検討した結果を示す。検討開始時のイオン液体はいずれも21℃であり、「Temperature differences」は、21℃から何℃上昇したかを示す。
【図12】BSA-SWNT−AWP複合体固定化領域、及び水相にイソプロピルアクリルアミドが含まれる(水相/イオン液体相)エマルションが接してなる、請求項3又は4に記載の積層体が接してなる積層体に対し、レーザー照射(30mW)したときの、照射部位を示す。なお、イオン液体には[C4mim][PF6]を使用している。
【図13】BSA-SWNT−AWP複合体固定化領域、及び、水相にイソプロピルアクリルアミド及びN, N'-メチレンビスアクリルアミドが含まれる(水相/イオン液体相)エマルションが接してなる積層体に対し、レーザー照射(30mW)したときの、照射部位を示す。なお、イオン液体には[C8mim][PF6]を使用している。
【図14】カーボンナノチューブに近赤外光を照射することでヒドロキシラジカルが生成されるメカニズム(反応式)を示す。
【図15】BSA-SWNT−AWP複合体固定化領域、及び、水相にイソプロピルアクリルアミド、N, N'-メチレンビスアクリルアミド及びビタミンCが含まれる(水相/イオン液体相)エマルションが接してなる積層体に対し、レーザー照射(30mW)したときの、照射部位を示す。なお、イオン液体には[C8mim][PF6]を使用している。
【図16】BSA-SWNT−AWP複合体固定化領域、及び、水相にイソプロピルアクリルアミド及びN, N'-メチレンビスアクリルアミドが含まれる(水相/イオン液体相)エマルションが接してなる積層体に対し、近赤外レーザー照射することでポリイソプロピルアクリルアミド(PNIPAM)カプセルが合成されるメカニズムを模式的に示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について、さらに詳細に説明する。
【0013】
本発明で用いるカーボンナノチューブは、特に制限されず、例えば、多層のもの(多層カーボンナノチューブ:「MWNT」と呼ばれる)も、単層のもの(単層カーボンナノチューブ:「SWNT」と呼ばれる)も、使用することができる。好ましくは、SWNTである。用いるSWNTの製造方法としては、特に制限されるものではなく、触媒を用いる熱分解法(気相成長法と類似の方法)、アーク放電法、レーザー蒸発法、HiPco法(High-pressure carbon monoxide process)及びCVD法(Chemical Vapor Deposition)等、従来公知のいずれの製造方法を用いても構わない。
【0014】
本発明で用いるタンパク質は、カーボンナノチューブの表面に吸着するものであれば特に限定されるものではないが、特に表面に疎水性領域を有するものであることが好ましい。これは、カーボンナノチューブの表面は高い疎水性を有することから、表面に疎水性領域を有するタンパク質は、疎水性相互作用によってカーボンナノチューブの表面に比較的強く吸着し得るからである。特に、アルブミン、リゾチーム、ヘモグロビン、ミオグロビン、ヒストン等のタンパク質が好ましく本発明に用いられ、なかでもウシ血清アルブミン(BSA)が好ましい。なお、粗生成のタンパク質(例えば卵白タンパク質等)を用いてもよい。
【0015】
本発明に用いる光硬化性樹脂は、特に制限されず、公知のもの(例えば不飽和ポリエステル樹脂、ウレタンアクリレート樹脂、エポキシアクリレート樹脂、ポリビニルアセタール樹脂、水溶性ポリマーに感光基を直接結合させた光硬化性樹脂等)を用いることができる。また、水溶性であるものが好ましい。具体的には、例えばAzide-unit pendant water-soluble photopolymer(AWP)、エポキシアクリレート系UV硬化性樹脂(ビームセットAQ9)、N-ビニルホルムアミド型UV硬化性樹脂(ビームセット770)等が例示できるが、これらに限定されない。
【0016】
本発明の光硬化性樹脂コンポジットは、カーボンナノチューブ及びタンパク質からなるカーボンナノチューブ−タンパク質複合体が、光硬化性樹脂中に分散してなるものである。本来カーボンナノチューブは難水溶性であるが、カーボンナノチューブ−タンパク質複合体にすることで水溶性となるため、カーボンナノチューブは光硬化性樹脂中に均一に分散される。
【0017】
当該カーボンナノチューブ−タンパク質複合体は、カーボンナノチューブ表面が高い疎水性であることから、タンパク質表面の疎水性領域との間で疎水性相互作用が働き、これにより両者が吸着して生成される。カーボンナノチューブ−タンパク質複合体は、例えば、カーボンナノチューブをDMF等に溶解させ、これを水溶性溶媒(水、PBS等)へ置換した後、タンパク質を添加し混合することで得ることができる。カーボンナノチューブとタンパク質の混合比率は特に制限されないが、例えば(カーボンナノチューブ:タンパク質)の質量比が(1:0.1〜1000)であることが好ましく、(1:1〜100)であることがより好ましい。
【0018】
光硬化性樹脂コンポジットは、例えば、水溶性光硬化性樹脂をカーボンナノチューブ−タンパク質複合体が分散した水溶液に溶解させることで得ることができる。光硬化性樹脂コンポジットにおける、カーボンナノチューブと光硬化性樹脂との混合比率は、特に制限されるものではなく適宜設定することができるが、例えば(カーボンナノチューブ:光硬化性樹脂)の質量比が(1:1〜1000)であることが好ましく、(1:10〜100)であることがより好ましい。
【0019】
さらに、本発明の光硬化性樹脂コンポジットは、光の照射により硬化させ、簡便に固定化することができる。また、例えば、固相基板(中でも光を通す基板:例えばガラス基板等が特に好ましい)上に光硬化させる前の光硬化性樹脂コンポジットをのせ、各種光硬化性樹脂の硬化に適した光(例えば紫外線等)を照射することで、当該固相基板上に固定化し、光硬化性樹脂コンポジットを固定化した固相基板を得ることができる。上述のように光硬化性樹脂コンポジットが、光硬化性樹脂をカーボンナノチューブ−タンパク質複合体が分散した水溶液に溶解させて得られたものである場合は、固相基板上に当該光硬化性樹脂コンポジットをスポッティングして硬化させることにより、当該固相基板上に被膜状(フィルム状)に固定化することもできる。
【0020】
さらに、固定化した後であっても、本発明の光硬化性樹脂コンポジットにはカーボンナノチューブが均一に分散しているため、適当な光(例えば近赤外光)を照射するとこれを吸収し、当該コンポジットの温度は急激に上昇する。すなわち、光照射によりその温度を急激に高めることができる。また、当該光照射を止めることで、その温度を急激にもとの温度にまで下げることも可能である。このように、本発明の光硬化性樹脂コンポジットは光照射により温度制御を行うことができる。さらに、これを応用して、当該光硬化性樹脂コンポジットに接する温度感受性の固体又は液体の温度制御を行うこともできる。
【0021】
このように、本発明の光硬化性樹脂コンポジットは、簡便に固相基板等の固体上に固定化することができ、また、このように固定化した固定化光硬化性樹脂コンポジットに適当な光を照射することで、照射領域及び照射領域付近(当該領域に接する他の固体又は液体を含む)の温度を簡便に制御することができる。固体上への固定化についても、例えば本発明の光硬化性樹脂コンポジットを薄くのばした状態で光を照射するなどすれば、被膜として固定化することができる。
【0022】
特に、本発明の光硬化性樹脂コンポジット(特に固定化光硬化性樹脂コンポジット)と有機合成反応の溶媒として用い得る液体とが接してなる積層体を作製したとき、当該積層体の光硬化性樹脂コンポジットに適当な光(例えば近赤外光)を照射することで、当該積層体の溶媒の温度制御をも行うことができる。
【0023】
この場合、溶媒として用いる液体としては、特に限定されないが、イオン液体が好ましい。イオン液体は、公知の各種のイオン液体を用いることができるが、室温又は室温に近い温度(特に10〜35℃)において液体であって安定なものが好ましい。なかでも、下記の一般式(I)〜(IV)で表されるカチオンと陰イオン(X)よりなるイオン液体が特に好ましい。
【0024】
【化1】

【0025】
【化2】

【0026】
【化3】

【0027】
【化4】

【0028】
上記の式(I)〜(IV)において、Rは炭素数10以下のアルキル基またはエーテル結合を含み、炭素と酸素の合計数が10以下のアルキル基を表す。式(I)においてR1は炭素数1〜4のアルキル基または水素原子を表し、炭素数1のメチル基がより好ましい。また式(I)において、RとR1は同一ではないことが好ましい。式(III)及び(IV)において、Xは1〜4の整数である。
【0029】
陰イオン(X)としては、テトラフルオロホウ酸、ヘキサフルオロリン酸、ビス(トリフロロメチルスルホニル)イミド酸、過塩素酸、トリス(トリフロロメチルスルホニル)炭素酸、トリフロロメタンスルホン酸、ジシアンアミド、トリフロロ酢酸、有機カルボン酸、またはハロゲンイオンより選ばれる少なくとも1種である。
【0030】
なかでも、特に、1-n-ブチル-3-メチルイミダゾリウムヘキサフルオロリン酸(1-n-butyl-3-methylimidazoliumhexafluorophosphate;[C4mim][PF6])、1-n-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウムヘキサフルオロリン酸(1-n-hexyl-3-methylimidazolium hexafluorophosphate;[C6mim][PF6])、1-n-オクチル-3-メチルイミダゾリウムヘキサフルオロリン酸(1-n-octyl-3-methylimidazolium hexafluorophosphate;[C8mim][PF6])、1-n-ブチル-3-メチルイミダゾリウムビスビス(トリフリルメチルスルホニル)イミド酸(1-n-butyl-3-methylimidazolium bis(triflylmethylsulfonyl)imide;[C4mim][TF2N])が好適である。
【0031】
なお、イオン液体は、1種のみでも2種以上を混合して用いてもよい。
【0032】
温度制御を行うために照射する光としては、特に制限されないが、可視〜近赤外領域の波長(400〜1100nm)を有する光、特に近赤外光が好適である。また、指向性が極めて高く遠隔操作が可能なことから、レーザーを用いるのが好適である。例えば、近赤外線(NIR)レーザーを用いることができるがこれに限定されない。
【0033】
本発明の光硬化性樹脂コンポジット(好ましくは固定化光硬化性樹脂コンポジット)及びイオン液体が接してなる積層体(以下「本発明のコンポジット−イオン液体積層体」ということがある)は、上述のように、光照射による温度制御が可能である。この点を利用して、当該積層体のイオン液体を有機合成反応の溶媒として用いることができる。例えば、温度を上昇させることにより重合反応が開始されるモノマーを当該イオン液体中に溶解させておき、局所的に光硬化性樹脂コンポジットに光を照射することにより当該照射部分付近のイオン液体の温度を局所的に高め、これにより重合反応を開始させることができる。このような手法により、局所的な重合反応コントロールが可能となる。
【0034】
また、カーボンナノチューブに近赤外光を照射するとヒドロキシラジカル(・OH)が生成されることが知られている。これを利用することで、本発明のコンポジット−イオン液体積層体を用いれば、ラジカル重合反応を開始させることもできる。具体的には、当該積層体のイオン液体にラジカル重合反応を起こし得るモノマーを溶解させておけば、当該積層体に近赤外光を照射した際、当該積層体の光硬化性樹脂コンポジット中のカーボンナノチューブからラジカルが発生し、これにより前記モノマーのラジカル重合反応が開始されることになる。また、当該モノマーに加えて架橋剤を溶解させておいてもよい。例えば、このようなモノマーとしてはN−イソプロピルアクリルアミド(NIPAM)、N−ビニルイソブチルアミド、N−ビニルピロリドン、ビニルアルコール等が例示でき、また、架橋剤としてはN, N'-メチレンビスアクリルアミド(BIS)、エチレングリコールジメタクリレート、グルタルアルデヒド、ヘキサメチレンジイソシアナート等が例示できる。
【0035】
例えば、本発明のコンポジット−イオン液体積層体のイオン液体中に、N−イソプロピルアクリルアミド(NIPAM)及びN, N'-メチレンビスアクリルアミド(BIS)を有する水相粒子が含まれるとき(すなわち、当該積層体のイオン液体が(水相/イオン液体相)エマルションであるとき)、当該積層体の光硬化性樹脂コンポジットに近赤外光(好ましくはNIRレーザー)を照射することで、ポリイソプロピルアクリルアミド(PNIPAM)を合成することができる。このように、本発明は、イオン液体にイソプロピルアクリルアミド及びN, N'-メチレンビスアクリルアミドを有する水相粒子が含まれる、本発明のコンポジット−イオン液体積層体に赤外線光(特にNIRレーザー)を照射し、ポリイソプロピルアクリルアミド(PNIPAM)を合成する方法も提供する。
【0036】
当該合成はレーザーが照射された部位に存在する各エマルション水相粒子内にて起こるが、連鎖的に別のエマルション水相粒子内においても起こり、レーザー照射領域から大きく外れた部位のエマルションにおいても当該合成反応が起こる。これは、光照射カーボンナノチューブによって発生するラジカル(・OH)、及び重合反応により連鎖的に生成されるラジカルが、イオン液体相を通じて各水相へと伝達されるためと考えられる。
【0037】
なお、当該重合反応により合成されるPNIPAMのほとんどはカプセル状(粒子状)である。限定的な解釈を望むものではないが、(水相/イオン液体相)エマルションの水相粒子中に溶解したNIPAM及びBISが当該水相粒子中で重合するために、粒子状のPNIPAMが合成されるものと考えられる。このように、本発明は、本発明のコンポジット−イオン液体積層体において、イオン液体中に水相粒子が存在し(いわゆる(水相/イオン液体相)エマルションであり)、さらに当該水相粒子中にイソプロピルアクリルアミド及びN, N'-メチレンビスアクリルアミドが含まれるとき、当該積層体に近赤外線光を照射し、ポリイソプロピルアクリルアミド、特に粒子状ポリイソプロピルアクリルアミド(PNIPAMカプセル)を合成する方法も提供する。
【0038】
また、当該PNIPAMカプセル中には、(水相/イオン液体相)エマルションの水相粒子中に含まれる成分が含有されることになるため、当該水相粒子中に有用成分を溶解させておくことにより、当該有効成分を含有するPINIPAMカプセル剤を製造することができる。例えば、有効成分として水溶性医薬品を水相粒子中に含ませておけば、当該PNIPAM合成方法により合成されるPNIPAMカプセル中に当該医薬品が含有されることとなり、非常に簡便に医薬品含有PNIPAMカプセル剤を製造することができる。なお、水溶性医薬品としては、ラジカル捕捉剤でない限り公知のものを目的に応じて適宜選択できる。
【0039】
このように本発明は、「本発明の光硬化性樹脂コンポジット」と、「イオン液体にイソプロピルアクリルアミド、N, N'-メチレンビスアクリルアミド及び有効成分を有する水相が含まれてなるエマルション」とが接してなる積層体を提供し、さらに、当該積層体に近赤外光(好ましくはNIRレーザー)を照射し、当該有効成分を含有するPNIPAMカプセル剤を合成する方法も提供する。
【0040】
なお、ポリイソプロピルアクリルアミド(PNIPAM)は感温性(転移温度と呼ばれる温度[約32℃]を境にして、低温では親水性、高温では疎水性に変化する性質)を有することから、PNIPAMカプセルはドラッグデリバリーシステム(DDS)に応用することを目的に盛んに研究されており、PNIPAMカプセル剤を簡便かつ大量に合成できる本発明の合成方法は、研究用又は臨床用PNIPAMカプセル剤を安定供給するために非常に有用である。また、当該カプセル剤の有効成分としては上述の水溶性医薬品に限られるものではなく、ラジカル捕捉剤でない限り公知の水溶性物質を目的に応じて適宜選択して用いることができる。
【実施例】
【0041】
以下、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の例に限定されるものではない。
【0042】
製造例1:BSA-SWNT複合体の調製及びBSA-SWNT水溶液の調製
単層カーボンナノチューブ(Single-walled carbon nanotube; SWNT)(4 mg)(純度>95%)(Hipco super-purified SWNTs; Carbon Nanotechnologies)をN,N-ジメチルホルムアミド(DMF; 30 mL)(Wako) 中で30 min間、超音波照射(USD-2R; AS ONE)を行った。SWNT/DMF溶液(1.7 mL)を遠心分離用マイクロチューブに入れ、phosphate buffered saline (PBS)緩衝液(30 mM、pH 7.3)(Oxoid)により溶媒を徐々に置換した。溶媒置換した本溶液に牛血清アルブミン(bovine serum albumin; BSA)(40 mg)(Wako) を添加し、氷冷下、超音波照射(< 8 ℃、15 min)を施した。得られたBSA-SWNT 水溶液 (2 mL) を遠心分離(11000 rpm、5 min、4 ℃)(1720; Kubota)に掛け、上澄み(1 mL)を注意深く回収することでBSA-SWNT複合体がPBS中に溶解したBSA-SWNT複合体水溶液を得た。得られたBSA-SWNT複合体水溶液を図1に示す。
【0043】
製造例2:BSA-SWNT複合体固定化スライドガラスの作製
6 % Azide-unit pendant water-soluble photopolymer(AWP:構造式を図2に示す)(100μL)(Toyo Gosei)をBSA-SWNT複合体水溶液(500μL)に溶解してBSA-SWNT−AWP複合体(光硬化性樹脂コンポジット)溶液を作製した後、当該溶液(5μL)をスライドガラス(Matunami)上でアレイ状にスポッティングした。紫外線(254 nm)(Chromato-Vue C-70G; UVP)を60〜70 min照射後、蒸留水で洗浄した。最後に室温で自然乾燥することでBSA-SWNT−AWP複合体を光固定化したスライドガラスを得た。
【0044】
当該工程の模式図を図3aに示す。また、得られたスライドガラスを図3bに示す。さらに、得られたスライドガラスの模式図を図3cに示す。
【0045】
なお、BSA-SWNT複合体水溶液、及び、上記工程においてUV照射後の洗浄に用いた蒸留水について、吸光度を測定した。具体的には、BSA-SWNT複合体水溶液および洗浄液の吸収スペクトルは、分光光度計 (UV-3100PC; Shimadzu) により室温で解析した。サンプルはPMMAセル(光路長= 1 cm)(Tokyo Glass Kikai)中でモニタリングした。
【0046】
結果を図4に示す。図4に示されるように、BSA-SWNT複合体水溶液(BSA-SWNT Conjugate solutuion)は波長約500〜800nmにおいてピークが複数観測され、溶液中にカーボンナノチューブが均一に溶解していることが確認できた。また、洗浄に用いた蒸留水(Rinse solution)では吸光は観測されなかったことから、カーボンナノチューブは当該洗浄液中には混じっておらず、従ってUV照射によりカーボンナノチューブはスライドガラスに固定化されたことが確認できた。
【0047】
さらに、BSA-SWNT複合体を調製せず、SWNTのみをPBSに溶解させたSWNT水溶液を用い、これにAWPを溶解して上記と同様にしてSWNTを光固定化したスライドガラスを比較のため作製した。当該スライドガラスの固定化領域(未修飾SWNT−AWP固定化領域)と、BSA-SWNT複合体を固定化した領域(BSA-SWNT−AWP複合体固定化領域)とを顕微レーザーラマン(NRS-3100CS; JASCO)および走査型電子顕微鏡(SEM)(JSM-6700F; JEOL)により解析した。顕微レーザーラマン解析は、785 nmの波長のレーザーを使用した。また、SEM観察においては、観察前にイオンコーター(IB-5; Eiko)により5 nmの膜厚で金をサンプル(固定化領域)表面にコーティングし、加速電圧15 kVで観察を行った。
【0048】
結果を図5a〜図5cに示す。図5aには、BSA-SWNT−AWP複合体固定化領域(図5a上図)及び未修飾SWNT−AWP固定化領域(図5a下図)を光学顕微鏡(50倍)で観察した結果を示す。図5aに示されるように、BSA-SWNT−AWP複合体固定化領域にはカーボンナノチューブの凝集は観察されないのに対し、未修飾SWNT−AWP固定化領域では多数のカーボンナノチューブの凝集が観察された。このことから、BSA-SWNT−AWP複合体水溶液に光硬化性樹脂を溶解させ、光固定することにより、カーボンナノチューブが均一に分散した樹脂を固相基板上に固定化できることが確認できた。また、図5bには、上から順に、BSA-SWNT−AWP複合体固定化領域(図5a上図の○1領域)、未修飾SWNT−AWP固定化領域(図5a下図の○2領域)、未修飾SWNT固定化領域(図5a下図の○3領域)、SWNT粉末、AWPの計5サンプルについてのラマンスペクトルを示す。BSA-SWNT−AWP複合体固定化領域からはSWNTと同様のラマンスペクトルが得られ、当該領域にカーボンナノチューブがよく分散していることが裏付けられた。また、未修飾SWNT−AWP固定化領域には、SWNTが凝集している部分と全くSWNTが存在しない部分があることがわかった。さらに、図5cにBSA-SWNT−AWP複合体固定化領域(図5a上図の○1領域)及び未修飾SWNT−AWP固定化領域(図5a下図の○2領域)のSEM観察結果を示す。当該結果からも、BSA-SWNT−AWP複合体固定化領域にカーボンナノチューブがよく分散していることが裏付けられた。また、未修飾SWNT−AWP固定化領域では、SWNTが凝集していることがわかった。
【0049】
以上のことから、BSA-SWNT複合体に光硬化性樹脂であるAWPを混合させて得られるBSA-SWNT−AWP複合体を用いることで、光(本例ではUV)により簡便に、固相基板上にSWNTが均一分散した固定化領域(例えば被膜)を製造できることがわかった。
【0050】
参考検討例1:イオン液体の温度測定系の構築
イオン液体の温度変化を簡便に測定できる系を構築するため、各種イオン液体及びPBS緩衝液にローダミンBを溶解させ、温度変化によりこのローダミンBの蛍光強度がどのように変化するかを検討した。
【0051】
ローダミンB(wako)の各種イオン液体およびPBS緩衝液(100 mM、pH 7.3)中での蛍光スペクトルは、蛍光光度計 (F-4500; Hitachi) により温度を制御しながら解析を行った。サンプル(各種イオン液体およびPBS緩衝液)は蛍光光度計用の石英セル(光路長 = 1 cm)(GL Science)中でモニタリングした。サンプル中のローダミンBの濃度は、1μMに設定した。イオン液体は以下の4種類を使用した。1-n-ブチル-3-メチルイミダゾリウムヘキサフルオロホスフェート([C4mim][PF6])(Tokyo Chemical Industry)、1-n-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウムヘキサフルオロホスフェート([C6mim][PF6])(Tokyo Chemical Industry)、1-n-オクチル-3-メチルイミダゾリウムヘキサフルオロホスフェート([C8mim][PF6])(Kanto Chemica)、1-n-ブチル-3-メチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド([C4mim][TF2N])(Tokyo Chemical Industry)。なお、図6にこれらイオン液体の構造式を示す。
【0052】
解析結果を図7a〜図7eに示す。これらの図に示されるように、いずれのイオン液体又はPBS緩衝液に溶解させたローダミンBも、イオン液体又は緩衝液の温度が高くなるほど蛍光強度が低下した。また、577nmでの蛍光強度を温度軸に対してプロットすると、いずれのイオン液体又は緩衝液においてもほぼ直線(最少二乗法による線形回帰分析でr>0.99)となった。以上のことから、イオン液体中にローダミンBを溶解させておけば、当該ローダミンBの蛍光強度を測定することで、イオン液体の温度を計測できることがわかった。
【0053】
検討例1:レーザー照射によるイオン液体の温度上昇解析
ローダミンB(100μM)(Wako)を含む各種イオン液体あるいはPBS緩衝液(100 mM, pH 7.3)の液滴(0.5μL)をスライドガラス上のBSA-SWNT−AWP複合体固定化領域上にのせ(図8)、次いでカバーガラス(Matunami)を置いて、ガラスに挟まれた、BSA-SWNT−AWP複合体固定化領域(光硬化性樹脂コンポジット)及びイオン液体が接してなる積層体を作製した。当該積層体に対し、近赤外(NIR)レーザー(1064 nm)(cw-Nd3+:YAG laser, Model G4PSU; Elforlight)を対物レンズ(LCPlan, ×20, N.A. 0.4; Olympu)を介してBSA-SWNT−AWP複合体固定化領域側から照射した。当該照射の模式図を図9に示す。
【0054】
イオン溶液内の温度はローダミンBの蛍光強度を画像解析ソフト(ImageJ; NIH)により測定した。焦点位置での近赤外レーザーの出力は30、110、210 mWとした。蛍光観察は、対物レンズ(×5, N.A. 0.15; Olympus)を介したグリーンレーザービーム(cw-Nd3+:YAG laser, DPSS 532; Coherent)(5 mW)をサンプルに照射することで行った。リアルタイム観察は、本顕微鏡に搭載したカメラ(COOLPIX5000; Nikon)で撮影することで行った。
【0055】
レーザー出力210 mWの時のイオン溶液における照射部位を図10aに、30 mWの時のイオン溶液における照射部位を図10bに示す。レーザー出力210 mWでレーザーのON、OFFを繰り返した際の照射部位を図10cに示す。レーザー照射によるイオン液体の温度変化測定の結果を図10dに示す。また、レーザー出力210 mWでレーザーのON、OFFを繰り返した際のイオン液体の温度変化を図10eに示す。なお、図10a〜図10eは、いずれもイオン液体として[C4mim][TF2N]を用いた時の結果である。
【0056】
図10a〜図10eから、レーザー照射によりイオン液体の温度は上昇し、また、レーザー照射を止めるとイオン液体の温度はもとに戻ることが確認できた。
【0057】
イオン液体の種類を変えて当該解析を行った結果を図11に示す。図11に示されるように、イオン液体のなかでも、[C4mim][TF2N]が最も温度上昇効率が高く、優れていることが解った。
【0058】
なお、当該解析において用いたレーザー照射のレーザー密度はいずれも1×10W/cmであり、このような小さなレーザー密度であっても、イオン液体の温度を大幅に(イオン液体の温度を約100℃以上にまで)上昇させることが可能であった。
【0059】
以上の結果から、BSA-SWNT−AWP複合体固定化領域及びイオン液体が接してなる積層体であれば、当該固定化領域にレーザーを照射することで当該イオン液体の温度を上昇させることが可能であり、レーザー出力を変化させることで温度上昇幅も調整できることが確認できた。
【0060】
検討例2:レーザー照射によるポリイソプロピルアクリルアミドカプセルの合成
N-イソプロピルアクリルアミド(NIPAM)(500 mg)(Tokyo Kasei)を蒸留水(5 mL)に溶解後、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)フィルター(孔径:220 nm)(Millipore)でろ過した。本溶液(0.5 mL)をイオン液体([C4mim][PF6])(0.5 mL)に添加し、約15秒間シェイキングすることでエマルションを形成させた。得られた(水相/イオン液体相)エマルション(0.5μL)をスライドガラス上のBSA-SWNT−AWP複合体固定化領域上にのせ、次いでカバーガラスを置き、ガラスに挟まれたBSA-SWNT−AWP複合体固定化領域及び(水相/イオン液体相)エマルションが接してなる積層体を作製した。当該積層体下側(BSA-SWNT−AWP複合体固定化領域側)から近赤外レーザー(1064 nm)を照射し、暗視野像によりリアルタイム観察を行った。なお、レーザーの照射方法は、検討例1と同様とした。
【0061】
結果を図12に示す。図12に示されるように、近赤外レーザー照射により、球状の物体が数多く出現し、レーザーを止めると、これらの物体はすぐさま消滅することがわかった。なお、[C4mim][PF6]以外のイオン液体([C6mim][PF6]、[C8mim][PF6]、[C4mim][TF2N])を用いたときも同様の結果が得られた。
【0062】
そこで、(水相/イオン液体相)エマルションの水相に、さらに架橋剤であるN,N’-メチレンビスアクリルアミド(BIS)が含有される積層体を作製した。具体的には、NIPAMモノマー(500 mg)(Tokyo Kasei)とN,N’-メチレンビスアクリルアミド(BIS)(150 mg)(Kishida Chemical)を蒸留水(5 mL)に溶解後PVDFフィルターでろ過し、これをイオン液体([C8mim][PF6])に添加して、後は上記と同様にして、ガラスに挟まれたBSA-SWNT−AWP複合体固定化領域及び(水相/イオン液体相)エマルションが接してなる積層体を作製した。当該積層体を用い、上記と同様にしてリアルタイム観察を行った。その結果、レーザー照射後、白色の球状物質が出現し、これらはレーザーの照射を止めても消失しなかった(図13)。当該白色の球状物質は、球状に重合したPNIPAM(PNIPAMカプセル)であると考えられた。なお、[C8mim][PF6]以外のイオン液体([C4mim][PF6]、[C6mim][PF6]、[C4mim][TF2N])を用いたときも同様の結果が得られた。
【0063】
このことから、(水相/イオン液体相)エマルションがBSA-SWNT−AWP複合体固定化領域に接してなる積層体において、当該エマルションの水相にNIPAMモノマー及びBISが溶解している場合、レーザー照射により、微細なPNIPAMカプセルが簡便かつ大量に合成できることがわかった。
【0064】
また、当該検討におけるレーザー照射はレーザー密度1×10W/cmで行っており、イオン液体温度は40〜50℃程度に上昇するにすぎないため、加熱とは異なるメカニズムにより重合反応が行われているものと考えられた。
【0065】
カーボンナノチューブに近赤外光を照射するとラジカルが生成されることが知られているため(図14)、BSA-SWNT−AWP複合体固定化領域にNIRレーザーを照射することでラジカルが生成し、これがNIPAMモノマーの重合反応を起こしているものと予想された。
【0066】
そこで、(水相/イオン液体相)エマルションの水相に、NIPAMモノマー及びBISに加えてビタミンC(ラジカル捕捉剤)を溶解させて同様の実験を行った。具体的には、ビタミンC(Wako)(200 mg)、NIPAMモノマー(500 mg)、BIS(150 mg)を蒸留水(5 mL)に溶解後、PVDFフィルターでろ過し、これをイオン液体([C8mim][PF6])に添加して、後は上記と同様にして、ガラスに挟まれたBSA-SWNT−AWP複合体固定化領域及び(水相/イオン液体相)エマルションが接してなる積層体を作製した。当該積層体を用い、上記と同様にしてリアルタイム観察を行った。その結果、レーザーを照射しても全く変化が見られなかった(図15)。なお、[C8mim][PF6]以外のイオン液体([C4mim][PF6]、[C6mim][PF6]、[C4mim][TF2N])を用いたときも同様の結果が得られた。このことから、NIPAMモノマーの重合反応はカーボンナノチューブから生成されるラジカルにより起こることが確認できた。
【0067】
当該重合反応によりポリイソプロピルアクリルアミドカプセルを合成する模式図を図16に示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カーボンナノチューブ及びタンパク質からなるカーボンナノチューブ−タンパク質複合体が、光硬化性樹脂中に分散してなる、光硬化性樹脂コンポジット。
【請求項2】
カーボンナノチューブが単層カーボンナノチューブであり、タンパク質がアルブミン、リゾチーム、ヘモグロビン、ミオグロビン及びヒストンからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の光硬化性樹脂コンポジット。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の光硬化性樹脂コンポジット、及びイオン液体が接してなる積層体。
【請求項4】
イオン液体が、1-n-ブチル-3-メチルイミダゾリウムヘキサフルオロリン酸([C4mim][PF6])、1-n-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウムヘキサフルオロリン酸([C6mim][PF6])、1-n-オクチル-3-メチルイミダゾリウムヘキサフルオロリン酸([C8mim][PF6])、及び1-n-ブチル-3-メチルイミダゾリウムビス(トリフリルメチルスルホニル)イミド酸([C4mim][TF2N])からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項3に記載の積層体。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の光硬化性樹脂コンポジット、及び、(水相/イオン液体相)エマルションが接してなり、ここで前記水相にはイソプロピルアクリルアミド及びN, N'-メチレンビスアクリルアミドが含まれる、請求項3又は4に記載の積層体。
【請求項6】
請求項5に記載の積層体に、近赤外光を照射し、ポリイソプロピルアクリルアミドカプセルを合成する方法。
【請求項7】
請求項1又は2に記載の光硬化性樹脂コンポジットに近赤外光を照射し、ヒドロキシラジカルを生じさせる方法。
【請求項8】
請求項3〜5のいずれかに記載の積層体に光を照射し、当該積層体のイオン液体の温度を上昇させる方法。

【図1】
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【図2】
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【図3a】
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【図3b】
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【図3c】
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【図4】
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【図5a】
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【図5b】
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【図5c】
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【図6】
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【図7a】
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【図7b】
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【図7c】
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【図7d】
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【図7e】
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【図8】
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【図9】
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【図10a】
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【図10b】
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【図10c】
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【図10d】
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【図10e】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2010−235379(P2010−235379A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−84499(P2009−84499)
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】