説明

ガスクラスレート生成促進剤及びガスクラスレートの生成方法

【課題】クラスレート化するガス量を実質上減少させることなく、クラスレートの生成条件をより高温側、より低圧側にシフトさせるガスクラスレートの生成促進剤及びその生成促進剤を使用してガスクラスレートを生成する方法を得る。
【解決手段】非イオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤または両性界面活性剤からなるガスクラスレート生成促進剤、及び、それら生成促進剤を使用してガスクラスレートを生成する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスクラスレート生成促進剤及びガスクラスレートの生成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガスを貯蔵する方法、あるいはガスを輸送する方法として、ガスをクラスレートの形にして貯蔵し、輸送する方法が考えられている。この方法は、同体積の気体を圧縮して貯蔵し、輸送する方法に比べてより低圧で扱うことができ、また低温液化して貯蔵し、輸送する方法に比べて高い温度で扱えることから実用性の高い有用な方法である。
【0003】
例えば、埋蔵量の多いガス田から大量の天然ガスを輸送するに際して、従来、天然ガスを低温液化してタンカーで輸送する方法が採られている。しかしこの方法では、例えば埋蔵量の少ない中小のガス田については、天然ガスを液化するプラントの建設、運用費用等が採掘量と経済的に見合わない場合が生じる。これに対して、クラスレートによる輸送方法では、そのようなプラント建設、運用費用等の経済的制約が少ないことから、中小のガス田からの小規模輸送であればクラスレートによる輸送に優位性があると言える。
【0004】
ガスクラスレートを利用するガスの貯蔵方法、輸送方法としては、例えば、生産地で採掘した天然ガスをガスクラスレート生成設備において天然ガスのクラスレート(すなわち天然ガスクラスレート)とし、これを輸送船等で消費地域や消費国の貯蔵基地まで運び、ここで天然ガスに再分解し、小口消費先へは天然ガスとして輸送される。この場合、生産地で生成した天然ガスクラスレートは、貯蔵設備に一時貯蔵した後、輸送船等で消費地域や消費国の貯蔵基地まで運ぶ場合も考えられる。
【0005】
天然ガスクラスレートを製造するためには通常、水が使用される。このとき、水は単にクラスレートを生成し運搬用として利用されるのみである。ガスが例えばメタンの場合、理論的には、1kgのメタンクラスレート中における水は0.866kgであり、メタンは0.134kg、すなわち13.4wt%であるに過ぎない。この点、他の低級炭化水素や炭酸ガス、硫化水素、ハロゲン、希ガスなどの場合にもほぼ同様である。このように輸送物中、水の占める割合が非常に大きい。また、この方法においては、天然ガスクラスレートを生成する速度如何も経済性に重要な影響を及ぼす。
【0006】
ここで、低級炭化水素のクラスレートを例に説明すると、例えばメタンクラスレートは水の分子でできた立体的な網目構造すなわちカゴ構造の中にメタンの分子が取り込まれた構造を有する。これは低温且つ高圧の状態で、水とメタンが共存しているときに生成し、その性状はシャーベット状乃至雪状の固体物質である。ところが、低級炭化水素のクラスレートは不安定な物質で、漸次分解する傾向があり、この分解を回避するためには低温状態、加圧状態、あるいは低温且つ加圧状態としておくことが必要である。
【0007】
一般に、ガスをクラスレートの形にする場合、ガスクラスレートの生成可能な温度圧力条件下で、水とガスを十分に接触させることが必要であるが、そのクラスレートの生成が可能な温度圧力条件を緩和する生成促進剤が各種提案されている。
【0008】
特開平4−316795号公報には天然ガスを水和物に転化して貯蔵するに際して水和物生成促進剤として例えば脂肪アミン類を用いることが記載され、特開平4−316797号公報には天然ガスサテライト基地におけるBOG(Boil Off Gas)を水和物に転化して貯蔵するに際して水和物生成促進剤として例えば脂肪アミン類を用いることが記載されている。
【0009】
また、特開平6−17069号公報には炭化水素水和物の安定化に炭素数が2〜6で官能基としてアルコール基、カルボニル基、エーテル基またはエステル基を有する環状化合物を用いることが記載され、特開平9−49600号公報には高圧パイプラインからの天然ガスを、その需要が少ないときに水和物に転換するに際して水和促進剤としてアセトンなどのケトン類や脂肪族アミン類を用いることが記載されている。
【0010】
そのような各種水和物生成促進剤により、温度圧力条件がより穏和な状態でクラスレートが生成される。また、奥井智治著 石油技術協会誌第66巻第2号 p.168−174(平成13年3月)「ガスハイドレート輸送技術への期待」には、温度圧力条件がより穏和になる生成促進剤としてテトラヒドロフランや1,4−ジオキサンなどが開示されている。
【0011】
【特許文献1】特開平4−316795号公報
【特許文献2】特開平4−316797号公報
【特許文献3】特開平6−17069号公報
【特許文献4】特開平9−49600号公報
【非特許文献1】奥井智治著 石油技術協会誌第66巻第2号 p.168−174(平成13年3月)「ガスハイドレート輸送技術への期待」
【0012】
これらのクラスレート生成促進剤は、クラスレートの水分子のカゴ構造の中に生成促進剤自体が入ることでカゴ構造が安定になり、より穏和な温度圧力条件でクラスレートが生成することが知られている。
【0013】
ガスクラスレートの生成を促進するために、ガスクラスレートをより穏和な温度圧力条件で生成するのに加えて、クラスレートの生成速度を速めることも必要となる。このためより速くクラスレートを生成する生成促進剤も各種提案されている。例えば、特開平10−216505号公報には、より速くクラスレートを生成する促進剤としてシリコーン樹脂含有界面活性剤が開示され、シリコーン樹脂含有界面活性剤を用いることにより、ガスと水の接触が促進され、より速くクラスレートを生成するとされている。特開2002−60428号公報には特定のビニル単量体を重合または共重合させた高分子が開示されている。特開2003−105361号公報には速度論的な生成促進剤として親水性モノマー単位および/または両親媒性モノマー単位を含むゲル高分子が開示され、この生成促進剤は好ましくはアルキル(メタ)アクリレート類、アルキル(メタ)アクリルアミド類とされている。特開2004−115613号公報には速度論的な生成促進剤としてサリチル酸塩が開示されている。これらの生成促進剤により、クラスレートの生成が速度論的に促進され、生成したクラスレートをそのまま安定化させる効果もある。
【0014】
【特許文献5】特開平10−216505号公報
【特許文献6】特開2002−60428号公報
【特許文献7】特開2003−105361号公報
【特許文献8】特開2004−115613号公報
【0015】
以上の各種クラスレート生成促進剤のほか、クラスレートの生成を促進するものではないが、以下に述べる〈クラスレート生成後、クラスレートを安定化させる材料〉を纏めて表1に示している。なお、表1中スペースの関係で一部の表示は省略している。
【0016】
【表1】

【0017】
〈クラスレート生成後、クラスレートを安定化させる材料〉
クラスレートの生成時には生成を阻害するが、一旦クラスレートが生成すると、クラスレートを安定化させる材料も開発されている。特開2001−164276号公報には、表1中当該公報欄に示す化合物を共重合させたポリマーが記載され、特開2001−139966号公報には、表1中当該公報欄に示す3種の化合物のうち2種以上を共重合させたポリマーが記載され、特開2001−139965号公報には、水/オクタノール分配係数が0.5〜1.5の範囲のモノマーから少なくとも2種以上を共重合させたポリマーが記載されている。これらの材料は、クラスレートの生成時にはその生成を阻害し、一旦クラスレートが生成すると、その分解を遅延させる効果つまり安定化効果を奏する。
【0018】
【特許文献9】特開2001−164276号公報
【特許文献10】特開2001−139966号公報
【特許文献11】特開2001−139965号公報
【0019】
また、特開2002−60428号公報には、表1中当該公報欄に示すビニル単量体を(共)重合させた高分子が記載され、そのビニル単量体としては特にテトラヒドロフルフリル(メタ)アクリレートやテトラヒドロフルフリル(メタ)アクリルアミドなどが好ましいとされている。特開2003−321689号公報には架橋ポリスチレンが開示され、その実施例においては架橋ポリスチレンビーズが用いられている。これらの材料は、クラスレートの生成時に速度論的に生成を阻害し、一旦クラスレートが生成すると速度論的にも温度圧力条件としても(平衡論的にも)クラスレートを安定化させるとされている。
【0020】
さらに、特開2003−105361号公報には、クラスレートの生成時には生成を促進し、一旦クラスレートが生成するとより安定化させ分解しにくくする材料として親水性モノマー単位および/または両親媒性モノマー単位を含むゲル状高分子がが開示されている。親水性モノマーは特にN−(メタ)アクリルアミド、N−メチル(メタ)アクリルアミドが好ましいとされ、両親媒性モノマーは特にN−エチル(メタ)アクリルアミド、N−メチル(メタ)アクリルアミドなどが好ましいとされている。
【0021】
【特許文献12】特開2002−60428号公報
【特許文献13】特開2003−321689号公報
【特許文献14】特開2003−105361号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0022】
それらの生成促進剤のうち、アセトンなどのケトン類や脂肪族アミン類、炭素数が2〜6で官能基としてアルコール基、カルボニル基、エーテル基またはエステル基を有する環状化合物、テトラヒドロフラン、1,4−ジオキサンなどの生成促進剤は、クラスレートのカゴ構造の中にそれらの生成促進剤が入るため、ガスがカゴ構造の中に入る割合が低くなり、貯蔵性能が低くなる。
【0023】
また、シリコーン樹脂含有界面活性剤やサリチル酸塩は速度論的な生成促進効果はあるものの、クラスレートの平衡条件がより高温、低圧側へ変化して、すなわちクラスレートの生成に必要な温度圧力条件がより高温、低圧側へ変化して、クラスレートの生成を促進することはなく、従来のクラスレート生成の温度圧力条件、すなわち低温状態、加圧状態、あるいは低温状態、あるいは低温状態且つ加圧状態としておくことが必要である。
【0024】
さらに、親水性モノマー単位および/または両親媒性モノマー単位を含むゲル高分子は、一旦ガスクラスレートを生成した後は安定化し、クラスレートの分解が抑制されるものの、ガスクラスレートの生成時にはその生成を阻害する作用をする。そのため、ガスが例えばメタンの場合、その貯蔵・輸送を目的としてクラスレートを生成する場合には不利である。また、特定のビニル単量体を重合または共重合させた高分子はアクリレート類やアクリルアミド類の化合物を重合した物質であり、環境への影響や発がん性などが懸念される。
【0025】
本発明者らは、ガスをクラスレートとして貯蔵し、また運搬する場合における以上のような諸問題点に鑑み、鋭意実験、研究を続けた結果、ガスクラスレート生成促進剤として界面活性剤が有効であることを見い出し、本発明を得るに至ったものである。
【0026】
すなわち、本発明は、界面活性剤からなるガスクラスレート生成促進剤(すなわちガスクラスレートの生成を促進する剤)を提供することを目的とし、また、この生成促進剤を利用するガスクラスレートの製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0027】
本発明は、(1)ガスと水からのガスクラスレート生成促進剤であって、当該促進剤が非イオン性界面活性剤からなることを特徴とするガスクラスレート生成促進剤である。
【0028】
本発明は、(2)ガスと水からのガスクラスレート生成促進剤であって、当該促進剤がアニオン性界面活性剤からなることを特徴とするガスクラスレート生成促進剤である。
【0029】
本発明は、(3)ガスと水からのガスクラスレート生成促進剤であって、当該促進剤がカチオン性界面活性剤からなることを特徴とするガスクラスレート生成促進剤である。
【0030】
本発明は、(4)ガスと水からのガスクラスレート生成促進剤であって、当該促進剤が両性界面活性剤からなることを特徴とするガスクラスレート生成促進剤である。
【0031】
本発明は、(5)ガスと水からガスクラスレートを生成するに際して、ガスクラスレート生成促進剤として非イオン性界面活性剤を使用することにより、より高温且つ低圧側でガスクラスレートを生成することを特徴とするガスクラスレートの生成方法である。
【0032】
本発明は、(6)ガスと水からガスクラスレートを生成するに際して、ガスクラスレート生成促進剤としてアニオン性界面活性剤を使用することにより、より高温且つ低圧側でガスクラスレートを生成することを特徴とするガスクラスレートの生成方法である。
【0033】
本発明は、(7)ガスと水からガスクラスレートを生成するに際して、ガスクラスレート生成促進剤としてカチオン性界面活性剤を使用することにより、より高温且つ低圧側でガスクラスレートを生成することを特徴とするガスクラスレートの生成方法である。
【0034】
本発明は、(8)ガスと水からガスクラスレートを生成するに際して、ガスクラスレート生成促進剤として両性界面活性剤を使用することにより、より高温且つ低圧側でガスクラスレートを生成することを特徴とするガスクラスレートの生成方法である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
本発明(1)は、ガスと水からのガスクラスレート生成促進剤であって、当該促進剤が非イオン性界面活性剤からなることを特徴とする。この非イオン性界面活性剤の好ましい例としては、エーテル型の非イオン性界面活性剤、オキシエチレン鎖・オキシプロピレン鎖付加型の非イオン性界面活性剤または水酸基含有型の非イオン性界面活性剤が挙げられるが、これらに限定されない。この点、本発明(5)のガスクラスレートの生成方法で用いる非イオン性界面活性剤についても同様である。
【0036】
本発明(2)は、ガスと水からのガスクラスレート生成促進剤であって、当該促進剤がアニオン性界面活性剤からなることを特徴とする。このアニオン性界面活性剤の好ましい例としては、硫酸エステル型のアニオン性界面活性剤、スルホン酸型のアニオン性界面活性剤、重合型のアニオン性界面活性剤または縮重合型のアニオン性界面活性剤が挙げられるが、これらに限定されない。この点、本発明(6)のガスクラスレートの生成方法で用いるアニオン性界面活性剤についても同様である。
【0037】
本発明(3)は、ガスと水からのガスクラスレート生成促進剤であって、当該促進剤がカチオン性界面活性剤からなることを特徴とする。このカチオン性界面活性剤の好ましい例としては、4級アンモニウム型のカチオン性界面活性剤が挙げられるが、これに限定されない。この点、本発明(7)のガスクラスレートの生成方法で用いるカチオン性界面活性剤についても同様である。
【0038】
本発明(4)は、ガスと水からのガスクラスレート生成促進剤であって、当該促進剤が両性界面活性剤からなることを特徴とする。この両性界面活性剤の好ましい例としては、アミンオキサイド型の両性界面活性剤が挙げられるが、これに限定されない。この点、本発明(8)のガスクラスレートの生成方法で用いる両性界面活性剤についても同様である。
【0039】
表2に、本発明(1)−(4)におけるガスクラスレート生成促進剤である各界面活性剤及び本発明(5)−(8)のガスクラスレートの生成方法においてガスクラスレート生成促進剤として使用する各界面活性剤を分類して示し、表2中、分類(中分類)として示す界面活性剤の各型ごとに具体例を例示している。
【0040】
【表2】

【0041】
前掲表1に示すとおり、従来のガスクラスレート生成技術においてはその生成促進剤として界面活性剤を使用する技術はなく、この点からしても、本発明に係る界面活性剤からなるガスクラスレート生成促進剤は従来の添加剤とは異質のものと言える。
【0042】
一般に、界面活性剤は、非イオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性界面活性剤、含窒素界面活性剤、シリコーン型界面活性剤、フッ素型界面活性剤に分類されるが、本発明においてクラスレート生成促進剤として使用するのは非イオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性界面活性剤であり、前述特開平10−216505号公報に開示されているシリコーン樹脂含有界面活性剤とは異なる。
【0043】
本発明においては、ガスと水からのガスクラスレート生成促進剤として非イオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性界面活性剤を使用することにより、クラスレートの安定化に必要な温度圧力の条件をより高温、低圧側へシフトさせることができる。
【0044】
また、本発明のガスクラスレート生成促進剤は、先行技術で問題となっているような、貯蔵性能が低下したり、クラスレート生成時にその生成を阻害したり、毒性があったりせず、また本発明において使用する界面活性剤は水溶性であるので、固体やゲル状の物質を扱う必要もない。
【0045】
本発明の界面活性剤からなるクラスレート生成促進剤は、水と、メタン、エタン、エチレン、プロパン及びブタンから選ばれた少なくとも1種の低級炭化水素、それらの混合ガス、炭酸ガス、硫化水素、ハロゲンまたは希ガスから、これらのガスのクラスレートを生成するのに有効であり、使用される。
【実施例】
【0046】
以下、本発明に到達するに至った実験を含めて本発明の実施例を説明する。本実施例ではメタンを例に記載しているが、他のガスについても同様である。
【0047】
メタンのクラスレートが生成する圧力温度条件の測定は、E.D.Sloan 著“Clathlate Hydrate of Natural Gases”2nd Ed. p.297 (1998) Marcel Dekker, Inc. に開示されている操作方法に従った。
【0048】
図1に示す生成容器、すなわち高圧セルに500ccの促進剤の水溶液を入れ、セルの温度を20℃にし、セルや配管内のガスをパージした。パージ操作では、窒素ガスを封入してセル内を一旦1MPaにし、さらに減圧する操作を2回行った。パージ後、クラスレートを生成するガスであるメタンで、一旦セル内を1MPaにし、さらに減圧する操作を2回繰り返してから、7MPa〜12MPaの範囲の圧力にした。そのように一旦セル内をメタンで1MPaに加圧し、そして減圧する理由は、パージ時にセルや配管内に残留した窒素ガスをメタンでパージするためである。
【0049】
7MPa〜12MPaの範囲でセルを加圧後、セル内を攪拌しながら、セル内の温度を20℃から4℃/hの速度で下げていった。セル内の温度をある程度下げると、セル内でメタンのクラスレートが生成し始め、セル内の圧力が減少した。セル内の圧力の減少を確認すると、セル内の温度を1℃/hの速度で上げていった。温度上昇とともにセル内のクラスレートが分解し、セル内の圧力が上昇していった。セル内のクラスレートが完全に分解したとき、セル内の圧力は、その温度におけるクラスレート生成前の状態に戻った。その状態がクラスレートの生成の平衡条件となる。
【0050】
図2に、以上の測定方法における実験系の温度及び圧力を模式的に示している。図中の○て囲った部分が平衡点として示す箇所である。一般に、この温度圧力条件を平衡点といい、複数の平衡点を図示したものを平衡曲線と称している。
【0051】
本発明で使用する各種界面活性剤の水溶液は液体であり、高圧セルに入れてメタンとともに装置構成上、攪拌を容易に行うことができる。また、本発明で使用する界面活性剤はいずれも発がん性や環境への影響の点についても問題はなく安全であり、従来のアクリルアミド類等に比べてはるかに小さい。
【0052】
また、表2に示す各種界面活性剤の構造式から明らかなように、これらの界面活性剤はクラスレートを形成する水カゴの中には入り得ないほど分子サイズが大きい。このことからこれらの界面活性剤は、形成されたクラスレートにおいて、水カゴの中には入らず、水カゴの外周を囲って存在しているものである。このため脂肪族アミンや環状炭素、ケトンといった材料とは異なり、メタンの貯蔵性能が低下することもない。
【0053】
〈生成クラスレートのカゴ構造の中へ本発明に係る生成促進剤が入らないことの説明〉
ここで、本発明における界面活性剤からなる生成促進剤を使用して形成したガスクラスレートのカゴ構造の中へ当該生成促進剤が入らず、ガス貯蔵量が低下しないことを説明する。
【0054】
図3にアルキルポリグルコシドの0.1wt%濃度水溶液を添加した場合の温度圧力の変化を示し、図4に蒸留水のみの場合の温度圧力の変化を示している。なお、アルキルポリグルコシドは後述実施例4で使用した非イオン性界面活性剤に相当するものである。
【0055】
図3のとおり、アルキルポリグルコシド水溶液の場合、クラスレート生成時に、圧力が7.24MPaから3.90MPaへと減少し、3.34(=7.24−3.90)MPa変化した。これは減少した圧力に相当するガスがクラスレート化したためである。
これに対して、図4のとおり、蒸留水の場合は、圧力が7.10MPaから4.00MPaへと減少し、3.10(=7.10−4.00)MPa変化した。
【0056】
すなわち、圧力減少量は、界面活性剤であるアルキルポリグルコシドの水溶液の場合も蒸留水の場合にも、おおよそ3MPa程度である。このように界面活性剤を用いても、クラスレートのカゴ構造の中へ当該界面活性剤は入らず、クラスレート化されるガス量はほぼ同じで、減少しないことがわかる。
【0057】
また、本発明の界面活性剤からなる生成促進剤は、クラスレート生成後、外側からカゴ構造へ相互作用しカゴ構造を安定化していることから、生成クラスレートの分解を阻止し、安定化させる効果も奏する。
【0058】
〈実施例1〉
図5に、非イオン性界面活性剤であるポリオキシエチレンイソデシルエールの0.1wt%濃度水溶液を添加剤とした場合の、前述の測定法による平衡曲線を示す。非イオン性界面活性剤の親水性を表す度合いとしてHLB(Hydrophile-Lipophile Balance)という値があり、この値は下記式で求められる。
【0059】
【数1】

【0060】
本実施例では、HLBが12.3から15.5のポリオキシエチレンイソデシルエール水溶液を使用した。図5には比較例として蒸留水の平衡曲線も示している。図5の結果から、この界面活性剤により平衡点がより高温、低圧側へ変化することがわかった。
【0061】
〈実施例2〉
図6に、非イオン性界面活性剤であるポリオキシアルキレンデシルエールの0.1wt%濃度水溶液を添加剤とした場合の、前述の測定法による平衡曲線を示す。本実施例では、HLBが13.2から16.3のポリオキシアルキレンデシルエール水溶液を使用した。比較例として蒸留水の平衡曲線も示している。図6の結果から、この界面活性剤により平衡点がより高温、低圧側へ変化することがわかった。
【0062】
〈実施例3〉
図7に、非イオン性界面活性剤であるポリオキシエチレントリデシルエールの0.1wt%濃度水溶液、10wt%濃度水溶液を添加剤とした場合の、前述の測定法による平衡曲線を示す。比較例として蒸留水の平衡曲線も示している。
【0063】
本実施例では、HLBが13.3から13.8のポリオキシエチレントリデシルエール水溶液を使用した。図7の結果から、非イオン性界面活性剤により平衡点がより高温、低圧側へ変化することがわかった。また、この非イオン性界面活性剤の臨界ミセル濃度は室温で約0.005wt%であり、本実施例の濃度では臨界ミセル濃度を優に超えている。つまり、臨界ミセル濃度を超えた非イオン性界面活性剤水溶液では、クラスレートの生成促進効果は同じであることがわかった。
【0064】
〈実施例4〉
図8に、非イオン性界面活性剤であるポリオキシエチレンポリオキシプロピレンブロックポリマーの0.1wt%濃度水溶液、同じく非イオン性界面活性剤であるアルキルポリグルコシドの0.1wt%濃度水溶液を添加剤とした場合の、前述の測定法による平衡曲線を示す。
【0065】
本実施例では、平均分子量が2000でエチレンオキサイド鎖が50%のポリオキシエチレンポリオキシプロピレンブロックポリマー(非イオン性界面活性剤)の水溶液を使用した。比較例として蒸留水の平衡曲線も示している。図8の結果から、この非イオン性界面活性剤により平衡点がより高温、低圧側へ変化することがわかった。
【0066】
〈実施例5〉
図9に、アニオン性界面活性剤である、ポリアクリル酸アンモニウム水溶液、ポリオキシエチレントリデシルエーテル硫酸ナトリウム水溶液、直鎖ドテジルベンゼンスルホン酸ナトリウム水溶液、ナフタリンスルホン酸ナトリウムホルマリン縮合物水溶液をそれぞれ添加剤とした場合の、前述の測定法による平衡曲線を示す。
【0067】
本実施例では、いずれも2.0wt%濃度水溶液を使用した。比較例として蒸留水の平衡曲線も示している。図9の結果から、アニオン性界面活性剤よっても平衡点がより高温、低圧側へ変化することがわかった。
【0068】
〈実施例6〉
図10に、両性界面活性剤であるラウリルジメチルアミンオキサイド水溶液を添加剤とした場合の、前述の測定法による平衡曲線を示す。
【0069】
本実施例では、2.0wt%濃度水溶液を使用した。図8には比較例として蒸留水の平衡曲線も示している。図10の結果から、両性界面活性剤によっても平衡点がより高温低圧側へ変化することがわかった。
【0070】
〈実施例7〉
図11に、カチオン性界面活性剤であるアルキルトリメチルアンモニウム塩化物水溶液を添加剤とした場合の、前述の測定法による平衡曲線を示す。
【0071】
本実施例では、2.0wt%濃度水溶液を使用した。比較例として蒸留水の平衡曲線も示している。図11の結果から、カチオン性界面活性剤によっても平衡点がより高温低圧側へ変化することがわかった。
【0072】
以上のとおり、本発明によれば、非イオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、両性界面活性剤、カチオン性界面活性剤のいずれの界面活性剤によってもガスクラスレートの生成条件をより高温、低圧側にシフトさせ、且つ、生成ガスクラスレートの分解を遅らせ、安定させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】クラスレートの生成速度試験に用いた試験装置を示す図
【図2】クラスレート生成条件としての温度及び圧力を模式的に示した図
【図3】クラスレートのカゴ構造と本発明に係る生成促進剤の位置関係を説明する図
【図4】図3に対比して蒸留水のみの場合の平衡点を示す図
【図5】実施例1における平衡曲線を示す図
【図6】実施例2における平衡曲線を示す図
【図7】実施例3における平衡曲線を示す図
【図8】実施例4における平衡曲線を示す図
【図9】実施例5における平衡曲線を示す図
【図10】実施例6における平衡曲線を示す図
【図11】実施例7における平衡曲線を示す図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガスと水からのガスクラスレート生成促進剤であって、当該促進剤が非イオン性界面活性剤からなることを特徴とするガスクラスレート生成促進剤。
【請求項2】
請求項1に記載のガスクラスレート生成促進剤において、前記非イオン性界面活性剤がエーテル型の非イオン性界面活性剤、オキシエチレン鎖・オキシプロピレン鎖付加型の非イオン性界面活性剤または水酸基含有型の非イオン性界面活性剤であることを特徴とするガスクラスレート生成促進剤。
【請求項3】
ガスと水からのガスクラスレート生成促進剤であって、当該促進剤がアニオン性界面活性剤からなることを特徴とするガスクラスレート生成促進剤。
【請求項4】
請求項3に記載のガスクラスレート生成促進剤において、前記アニオン性界面活性剤が硫酸エステル型のアニオン性界面活性剤、スルホン酸型のアニオン性界面活性剤、重合型のアニオン性界面活性剤または縮重合型のアニオン性界面活性剤であることを特徴とするガスクラスレート生成促進剤。
【請求項5】
ガスと水からのガスクラスレート生成促進剤であって、当該促進剤がカチオン性界面活性剤からなることを特徴とするガスクラスレート生成促進剤。
【請求項6】
請求項5に記載のガスクラスレート生成促進剤において、前記カチオン性界面活性剤が4級アンモニウム型のカチオン性界面活性剤であることを特徴とするガスクラスレート生成促進剤。
【請求項7】
ガスと水からのガスクラスレート生成促進剤であって、当該促進剤が両性界面活性剤からなることを特徴とするガスクラスレート生成促進剤。
【請求項8】
請求項7に記載のガスクラスレート生成促進剤において、前記両性界面活性剤がアミンオキサイド型の両性界面活性剤であることを特徴とするガスクラスレート生成促進剤。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項において、前記ガスがメタン、エタン、エチレン、プロパン及びブタンから選ばれた少なくとも1種の低級炭化水素であることを特徴とするガスクラスレート生成促進剤。
【請求項10】
請求項1〜8のいずれか1項において、前記ガスが炭酸ガス、硫化水素、ハロゲンまたは希ガスであることを特徴とするガスクラスレート生成促進剤。
【請求項11】
ガスと水からガスクラスレートを生成するに際して、ガスクラスレート生成促進剤として非イオン性界面活性剤を使用することにより、より高温且つ低圧側でガスクラスレートを生成することを特徴とするガスクラスレートの生成方法。
【請求項12】
請求項11に記載のガスクラスレートの生成方法において、前記非イオン性界面活性剤がエーテル型の非イオン性界面活性剤、オキシエチレン鎖・オキシプロピレン鎖付加型の非イオン性界面活性剤または水酸基含有型の非イオン性界面活性剤であることを特徴とするガスクラスレートの生成方法。
【請求項13】
ガスと水からガスクラスレートを生成するに際して、ガスクラスレート生成促進剤としてアニオン性界面活性剤を使用することにより、より高温且つ低圧側でガスクラスレートを生成することを特徴とするガスクラスレートの生成方法。
【請求項14】
請求項13に記載のガスクラスレートの生成方法において、前記アニオン性界面活性剤が硫酸エステル型のアニオン性界面活性剤、スルホン酸型のアニオン性界面活性剤、重合型のアニオン性界面活性剤または縮重合型のアニオン性界面活性剤であることを特徴とするガスクラスレートの生成方法。
【請求項15】
ガスと水からガスクラスレートを生成するに際して、ガスクラスレート生成促進剤としてカチオン性界面活性剤を使用することにより、より高温且つ低圧側でガスクラスレートを生成することを特徴とするガスクラスレートの生成方法。
【請求項16】
請求項15に記載のガスクラスレートの生成方法において、前記カチオン性界面活性剤が4級アンモニウム型のカチオン性界面活性剤であることを特徴とするガスクラスレートの生成方法。
【請求項17】
ガスと水からガスクラスレートを生成するに際して、ガスクラスレート生成促進剤として両性界面活性剤を使用することにより、より高温且つ低圧側でガスクラスレートを生成することを特徴とするガスクラスレートの生成方法。
【請求項18】
請求項17に記載のガスクラスレートの生成方法において、前記両性界面活性剤がアミンオキサイド型の両性界面活性剤であることを特徴とするガスクラスレートの生成方法。
【請求項19】
請求項11〜18のいずれか1項において、前記ガスがメタン、エタン、エチレン、プロパン及びブタンから選ばれた少なくとも1種の低級炭化水素、炭酸ガス、硫化水素、ハロゲンまたは希ガスであることを特徴とするガスクラスレートの生成方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2008−231176(P2008−231176A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−70013(P2007−70013)
【出願日】平成19年3月19日(2007.3.19)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(経済産業省資源エネルギー庁、独立行政法人産業技術総合研究所「メタンハイドレート資源開発研究コンソーシアム」、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(000220262)東京瓦斯株式会社 (1,166)
【Fターム(参考)】