説明

キチン単糖誘導体の製造方法および製造装置

【課題】酸・アルカリ触媒を用いず水だけで、さらに製造時間の短縮を図りながら、キチン単糖から誘導体を製造することができる方法および装置を提供する。
【解決手段】キチン単糖溶液を亜臨界水または超臨界水によって反応させることにより、キチン単糖の誘導体を製造する。亜臨界水または超臨界水中での前記キチン単糖の反応温度を100〜400[℃]の範囲に収まるように調節し、かつ、前記キチン単糖にかかる圧力を0.1〜40[MPa]の範囲に収まるように調節する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キチン単糖であるN−アセチル−D−グルコサミン(GlcNAc)から誘導体を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
キチン単糖は、関節痛軽減や美肌効果など医薬品として付加価値が高いものであるが、これを出発原料として誘導体化することで更に付加価値の高い化学物質を創りだせる可能性がある。キチン単糖は100[℃]以下の無触媒下の水中では安定に存在し、ほとんど反応を起こさない。
【0003】
そのためホウ酸など酸触媒存在下で反応させ、図1に示す有用性の高い物質(誘導体)を製造する手法が報告されている(非特許文献1参照)。
【0004】
また、水酸化カリウムなどアルカリ触媒存在下で誘導体を製造する手法も報告されている(非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Novel and facile synthesis of furanodictines A and B based ontransformation of 2-acetamido-2-deoxy-D-glucose into 3,6-anhydro hexofuranoses, M. Ogata et al. Carbohydrate Research 345(2010)230-234。
【非特許文献2】Analysis of the Morgan-Elson Chromogens by High-Performance Liquid Chromatography1, L. Roden et al. ANALYTICAL BIOCHEMISTRY 254 (1997) 240-248。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、従来手法によれば、酸・アルカリ触媒を用いるため、廃液処理や酸・アルカリ触媒と生成物の分離という問題があった。また、反応に要する時間が3時間〜3日と比較的長いため、その誘導体の製造効率の向上が望まれる。
【0007】
そこで、本発明は、酸・アルカリ触媒を用いず水だけで、さらに製造時間の短縮を図りながら、キチン単糖から誘導体を製造することができる方法および装置を提供することを解決課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するための本発明のキチン単糖誘導体の製造方法は、キチン単糖溶液を亜臨界水または超臨界水によって反応させることにより、キチン単糖の誘導体を製造することを特徴とする。
【0009】
前記課題を解決するための本発明のキチン単糖誘導体の製造装置は、特に制限はなく、公知の方法や装置が適用できる。例えばオートクレイブ式反応装置にキチン単糖および水を入れて加熱反応させるバッチ式反応方法、キチン単糖と水からなる水溶液を連続的に反応器に流通させる流通式反応方法などが挙げられる。
【0010】
本発明のキチン単糖誘導体の製造装置は流通式反応方法であり、反応管と、前記反応管に対して亜臨界水または超臨界水を流入させる第1供給手段と、前記反応管に対してキチン単糖溶液を流入させる第2供給手段と、前記反応管においてキチン単糖が亜臨界水または超臨界水により反応して生成された誘導体を含む溶液を冷却する冷却手段とを備えていることを特徴とする。
【0011】
本発明の方法または装置によれば、亜臨界水または超臨界水によってキチン単糖の反応が促される。酸・アルカリ触媒が不要なので、廃液処理や生成物と酸・アルカリ触媒の分離精製の問題も発生しない。また、従来手法(3時間〜3日)と比較して著しく短時間(1[sec]〜30[min]程度)で十分量のキチン単糖誘導体が製造されうる。
【0012】
また、本発明の方法において、亜臨界水または超臨界水中での前記キチン単糖の反応温度を100〜400[℃]の範囲に収まるように調節し、かつ、前記キチン単糖にかかる圧力を0.1〜40[MPa]の範囲に収まるように調節することが好ましい。さらに、反応温度120〜300[℃]、圧力0.15〜30[MPa]の範囲、特に反応温度140〜200[℃]、圧力0.2〜25[MPa]の範囲であることがより好ましい。
【0013】
同様に、本発明の装置において、亜臨界水または超臨界水中での前記キチン単糖の反応温度を100〜400[℃]の範囲に収まるように調節する温度制御手段と、前記キチン単糖にかかる圧力を0.1〜40[MPa]の範囲に収まるように調節する圧力制御手段とを備えていることが好ましい。さらに、反応温度120〜300[℃]、圧力0.15〜30[MPa]の範囲、特に反応温度140〜200[℃]、圧力0.2〜25[MPa]の範囲であることがより好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】キチン単糖から誘導体への反応経路の説明図。
【図2】本発明の一実施形態としてのキチン単糖誘導体の製造装置の構成説明図。
【図3】キチン単糖誘導体の製造結果の反応温度の影響に関する説明図。
【図4】キチン単糖誘導体の製造結果に関する説明図(第1実施例)。
【図5】キチン単糖誘導体の製造結果に関する説明図(第2実施例)。
【図6】キチン単糖誘導体の製造結果に関する説明図(第3実施例)。
【図7】キチン単糖誘導体の製造結果に関する説明図(第4実施例)。
【図8】キチン単糖誘導体の製造結果に関する説明図(第5実施例)。
【図9】キチン単糖誘導体の製造結果に関する説明図(第6実施例)。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(本発明の一実施形態としてのキチン単糖誘導体の製造装置)
本発明の一実施形態としてのキチン単糖誘導体の流通式製造装置の構成について説明する。図2に示されている製造装置は流通式の反応装置である。この装置は、反応管Aと、第1供給手段10と、第2供給手段20と、加熱手段30と、冷却手段40と、背圧調整バルブ50と、コンピュータ(CPU,ROM,RAM,I/O回路等を備えている。)により構成されているコントローラ60とを備えている。
【0016】
第1供給手段10は、反応管Aに対して亜臨界水または超臨界水を流入させるポンプ等により構成されている。第2供給手段20は、反応管Aに対してキチン単糖溶液を流入させるポンプ等により構成されている。冷却手段40は、反応管Aの加熱手段30の下流においてキチン単糖を亜臨界水または超臨界水により反応させて生成された誘導体を含む溶液を冷却するように構成されている。なお、反応系に酸・アルカリ触媒を共存させてもよい。
【0017】
コントローラ60は、加熱手段30による反応管Aを流れるキチン単糖溶液に対する加熱量を調節することにより、当該キチン単糖の反応温度を、反応管Aの内部温度の測定結果に基づいて調節するように構成またはプログラムされている。この意味で、コントローラ60は「温度調節手段」を構成する。
【0018】
また、コントローラ60は、背圧調整バルブ50の開度を調整することにより、反応系統の圧力を、反応管Aの内部圧力の測定結果に基づいて調節するように構成またはプログラムされている。この意味で、コントローラ60は「圧力調節手段」を構成する。
【0019】
反応管A内におけるキチン単糖溶液の滞在時間は、同管Aの容積を変更したり、流量を変更したりすることによって、任意に調整することができる。なお、反応管A内の溶液の滞在時間τは、反応管Aの容量をV、室温での質量流量をF、反応温度・反応圧力での水密度をρ(T,P)とした場合に、式(1)により計算される。
【0020】
τ=V・ρ(T,P)/F ‥(1)。
【0021】
(本発明の第1実施形態としてのキチン単糖誘導体の製造方法)
前記構成の製造装置を用いた、本発明の第1実施形態としてのキチン単糖誘導体の製造方法について説明する。第1実施形態によれば、次の手順でキチン単糖誘導体が製造される。
【0022】
まず、第1供給手段10により亜臨界水または超臨界水が反応管Aに供給される。また、第2供給手段20によりキチン単糖溶液(GlcNAc溶液)が反応管Aに供給される。この際、亜臨界水または超臨界水によってキチン単糖に与えられる反応温度100〜400[℃]、圧力0.1〜40[MPa]、反応時間1〜60[sec]の範囲になるように亜臨界水または超臨界水の温度および流量、ならびに、キチン単糖溶液の濃度および流量が制御される。製造装置出口から回収した試料は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による分析を行って、キチン単糖誘導体の収率を計測した。
【0023】
キチン単糖が亜臨界水または超臨界水により反応することによって、第1の誘導体としてのN−アセチルマンノサミン、第2の誘導体としてのChromogen1、第3の誘導体としての2−アセトアミド−3,6−アンハイドロ−2−デオキシ−D−グルコフラノース、第4の誘導体としての2−アセトアミド−3,6−アンハイドロ−2−デオキシ−D−マンノフラノースおよび第5の誘導体としてのChromogen3が製造されうる。
【0024】
反応液が冷却手段30により冷却されることにより、当該誘導体が回収される。
【0025】
図3には、反応温度と、第1〜第5の誘導体の収率との関係が示されている。図3から明らかなように、反応温度100[℃]以下では、キチン単糖は安定に存在するため収率約100%で回収される。このことから、キチン単糖誘導体を精製するためには100[℃]以上の反応温度が必要であることがわかる。100[℃]以上では、温度の上昇とともにキチン単糖から第1〜第5の誘導体が生成し、180[℃]付近で第1の誘導体(N−アセチルマンノサミン)、第2の誘導体(Chromogen1)、第3の誘導体(2−アセトアミド−3,6−アンハイドロ−2−デオキシ−D−グルコフラノース)、第4の誘導体(2−アセトアミド−3,6−アンハイドロ−2−デオキシ−D−マンノフラノース)の収率が極大を示した。また200[℃]付近で、第5の誘導体(Chromogen3)の収率が最大となった。
【0026】
(第1実施例)
図4には反応温度180[℃]における、反応時間と、第1〜第5の誘導体の収率との関係が示されている。図4から明らかなように、反応時間の増大とともにキチン単糖から第1〜第5の誘導体が生成し、主生成物として第2の誘導体(Chromogen1)が得られた。
【0027】
(第2実施例)
図5には反応温度190[℃]における、反応時間と、第1〜第5の誘導体の収率との関係が示されている。図5から明らかなように、反応時間の増大とともにキチン単糖から第1〜第5の誘導体が生成し、反応時間23[sec]付近までは第2の誘導体(Chromogen1)が主生成物として得られ、反応時間23[sec]以上では第5の誘導体(Chromogen3)が主生成物として得られた。
【0028】
(第3実施例)
図6には反応温度200[℃]における、反応時間と、第1〜第5の誘導体の収率との関係が示されている。図6から明らかなように、反応時間の増大とともにキチン単糖から第1〜第5の誘導体が生成し、第5の誘導体(Chromogen3)が主生成物として得られた。
【0029】
(本発明の第2実施形態としてのキチン単糖誘導体の製造方法)
公知の回分式反応装置を用いた、本発明の第2実施形態としてのキチン単糖誘導体の製造方法について説明をする。第2実施形態によれば、次の手順でキチン単糖誘導体が製造される。
【0030】
まず、キチン単糖0.03[g]、水3.0[g]を高温高圧対応の回分式反応器(内容積6[ml])に収納され、それを温度100〜400[℃]の範囲にあるおさまるある温度それぞれに設定した溶融塩炉に入れることで反応を開始させた。また、0〜60[min]の範囲に収まるある時間にわたって反応させた後、反応器を溶融塩炉から取り出し、冷水浴に入れ反応器を冷却することで反応を停止させた。反応器から回収した試料は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による分析を行って、キチン単糖誘導体の収率を計測した。
【0031】
(第4実施例)
図7には反応温度140[℃]における、反応時間と、第1〜第5の誘導体の収率との関係が示されている。図7から明らかなように、反応時間の増大とともにキチン単糖から第1〜第5の誘導体が生成し、反応時間15[min]付近までは第2の誘導体(Chromogen1)が主生成物として得られ、反応時間15[min]以上では第5の誘導体(Chromogen3)が主生成物として得られた。
【0032】
(第5実施例)
図8には反応温度160[℃]における、反応時間と、第1〜第5の誘導体の収率との関係が示されている。図8から明らかなように、反応時間の増大とともにキチン単糖から第1〜第5の誘導体が生成し、反応時間15[min]付近までは第2の誘導体(Chromogen1)が主生成物として得られ、反応時間15[min]以上では第5の誘導体(Chromogen3)が主生成物として得られた。
【0033】
(第6実施例)
図9には反応温度180[℃]における、反応時間と、第1〜第5の誘導体の収率との関係が示されている。図9から明らかなように、反応時間の増大とともにキチン単糖から第1〜第5の誘導体が生成し、反応時間5 [min]付近で第2の誘導体(Chromogen1)の収率が極大値を示し、反応時間8[min]付近では第5の誘導体(Chromogen3)が極大値を示した。
【0034】
(本発明のキチン単糖誘導体の製造装置および方法の作用効果)
本発明の装置または方法によれば、亜臨界水または超臨界水によってキチン単糖の反応が促される。酸・アルカリ触媒が不要なので、廃液処理や生成物と酸・アルカリ触媒の分離精製の問題も発生しない。また、従来手法(前記のように3時間〜3日程度)と比較して、1[sec]〜30[min]程度の著しく短時間で十分量のキチン単糖誘導体が製造されうる。
【符号の説明】
【0035】
10‥第1供給手段、20‥第2供給手段、30‥冷却手段、40‥圧力調整手段、50‥制御手段、A‥反応管。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
キチン単糖溶液を亜臨界水または超臨界水によって反応させることにより、キチン単糖の誘導体を製造することを特徴とするキチン単糖誘導体の製造方法。
【請求項2】
請求項1記載の方法において、
亜臨界水または超臨界水中での前記キチン単糖の反応温度を100〜400[℃]の範囲に収まるように調節し、かつ、前記キチン単糖にかかる圧力を0.1〜40[MPa]の範囲に収まるように調節することを特徴とする方法。
【請求項3】
反応管と、
前記反応管に対して亜臨界水または超臨界水を流入させる第1供給手段と、
前記反応管に対してキチン単糖溶液を流入させる第2供給手段と、
前記反応管においてキチン単糖が亜臨界水または超臨界水により反応して生成された誘導体を含む溶液を冷却する冷却手段とを備えていることを特徴とするキチン単糖誘導体の製造装置。
【請求項4】
請求項3記載の装置において、
亜臨界水または超臨界水中での前記キチン単糖の反応温度を100〜400[℃]の範囲に収まるように調節する温度制御手段と、
前記キチン単糖にかかる圧力を0.1〜40[MPa]の範囲に収まるように調節する圧力制御手段とを備えていることを特徴とする装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−149019(P2012−149019A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−10261(P2011−10261)
【出願日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度 独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術研究支援センター イノベーション創出基礎的研究推進事業 産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504237050)独立行政法人国立高等専門学校機構 (656)