説明

キラルエピクロロヒドリンの合成方法

【課題】キラルエピクロロヒドリンを光学純度の低下を招かずに、効率よく合成する方法を提供する。
【解決手段】キラル3−クロロ−1,2−プロパンジオールを臭素化し、キラル1−ブロモ−3−クロロ−2−プロパノール、キラル2−ブロモ−3−クロロ−1−プロパノール、またはこれらの混合物を合成し、得られたキラル1−ブロモ−3−クロロ−2−プロパノール、キラル2−ブロモ−3−クロロ−1−プロパノール、またはこれらの混合物を閉環することによって、キラルエピクロロヒドリンを合成する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はキラル3−クロロ−1,2−プロパンジオールからキラル1−ブロモ−3−クロロ−2−プロパノール、キラル2−ブロモ−3−クロロ−1−プロパノール、またはこれらの混合物を合成し、それらを閉環することによって、キラルエピクロロヒドリンを合成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
キラルエピクロロヒドリンは医薬品などの重要なキラルビルディングブロックとして有用な化合物である。キラル3−クロロ−1,2−プロパンジオールからキラルエピクロロヒドリンを合成する方法として、下記式(V)
【化1】

で表されるトシル化合物を合成し、閉環する方法が知られている(非特許文献1参照)。
【非特許文献1】YuhsukeKawakami, Tamio Asai, Kiyoshi Umeyama, and Yuya Yamashita, J. Org.Chem., 47,3581 (1982).
【0003】
しかし、非特許文献1に記載されているような一般的なトシル化の方法では、下記式(VI)
【化2】

で表されるような1,3−ジクロロ−2−プロパノールが副生成物として生成する。上記式(VI)で表される1,3−ジクロロ−2−プロパノールを含んだままで閉環すると、光学純度が低下することになるために好ましくはない。更に、一般的なトシル化合物を閉環することにより、嵩高いトシル酸塩が生成するため、後処理の分液やろ過の操作が煩雑となる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、キラルエピクロロヒドリンを光学純度の低下を招かずに、効率よく合成する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決すべく種々検討を重ねたところ、キラル3−クロロ−1,2−プロパンジオールを臭素化し、キラル1−ブロモ−3−クロロ−2−プロパノール、キラル2−ブロモ−3−クロロ−1−プロパノール、またはこれらの混合物を合成し、得られたキラル1−ブロモ−3−クロロ−2−プロパノール、キラル2−ブロモ−3−クロロ−1−プロパノール、またはこれらの混合物を閉環することによって、キラルエピクロロヒドリンを合成する方法を見出した。
【0006】
すなわち、本発明は
下記式(I)
【化3】

[式中、*で示された炭素原子の絶対配置はRかSを意味する。]
で表されるキラルエピクロロヒドリンの合成方法であって、
下記式(II)
【化4】

[式中、*で示された炭素原子の絶対配置はRかSを意味する。]
で表されるキラル3−クロロ−1,2−プロパンジオールを臭素化し、
下記式(III)
【化5】

[式中、*で示された炭素原子の絶対配置はRかSを意味する。]
で表されるキラル1−ブロモ−3−クロロ−2−プロパノール、
下記式(IV)
【化6】

[式中、*で示された炭素原子の絶対配置はRかSを意味する。]
で表されるキラル2−ブロモ−3−クロロ−1−プロパノール、またはこれらの混合物を合成する工程と、
上記式(III)で表されるキラル1−ブロモ−3−クロロ−2−プロパノール、上記 (IV) で表されるキラル2−ブロモ−3−クロロ−1−プロパノール、またはこれらの混合物を閉環させる工程とを、含むことを特徴とする合成方法である。
【0007】
また、本発明においては、上記式(I)で表されるキラルエピクロロヒドリンの合成方法であって、
上記式(II)で表されるキラル3−クロロ−1,2−プロパンジオールを臭素化し、上記式(III) で表されるキラル1−ブロモ−3−クロロ−2−プロパノール、上記式(IV)で表されるキラル2−ブロモ−3−クロロ−1−プロパノール、またはこれらの混合物を合成する工程と、
上記工程で合成された上記式(III)で表されるキラル1−ブロモ−3−クロロ−2−プロパノール、上記 (IV) で表されるキラル2−ブロモ−3−クロロ−1−プロパノール、またはこれらの混合物を単離することなく閉環させる工程とを、含むことを特徴とする合成方法であることが好ましい。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、光学純度低下の原因となる1,3−ジクロロ−2−プロパノールの生成がなくなり、その結果、光学純度の低下を招かずに、効率よくキラルエピクロロヒドリンを合成することができる。そして閉環後は嵩の低い臭化物塩しか生成しないので、嵩高い塩の取扱に伴う煩雑な作業の問題を回避することができる。
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。
第一に、キラル3−クロロ−1,2−プロパンジオールを臭素化する工程について述べる。
上記式(II)で表されるキラル3−クロロ−1,2−プロパンジオールを臭素化して、上記式(III)で表されるキラル1−ブロモ−3−クロロ−2−プロパノール、式(IV)で表されるキラル2−ブロモ−3−クロロ−1−プロパノール、またはこれらの混合物を合成できる方法であれば、特に限定されることはない。例えば上記式(II)で表されるキラル3−クロロ−1,2−プロパンジオールと、臭化水素又は三臭化りんといった臭素化剤と反応させることにより、式(III)で表されるキラル1−ブロモ−3−クロロ−2−プロパノール、式(IV)で表されるキラル2−ブロモ−3−クロロ−1−プロパノール、またはこれらの混合物を合成できる。
【0010】
臭素化剤としては、臭化水素、または臭化水素酸が好ましい。また臭化水素は臭化水素ガス及び臭化水素ガスと不活性ガス(例えば窒素ガス、アルゴン及びヘリウム等)の混合物等を例示することができる。
【0011】
臭素化剤として、臭化水素又は臭化水素酸を用いる場合には、カルボン酸を触媒として用いることが好ましい。カルボン酸としては、1〜20の炭素数を有するモノカルボン酸、または、2〜24の炭素数を有するジカルボン酸とこれらカルボン酸の誘導体が好ましい。モノカルボン酸としては、酢酸、プロピオン酸、ブタン酸、ペンタン酸、ヘキサン酸、ヘプタン酸、オクタン酸、ノナン酸、デカン酸、ドデカン酸、テトラデカン酸、ヘキサデカン酸、ヘプタデカン酸及びオクタデカン酸、ジカルボン酸としては、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸およびウンデカン酸がより好ましい。
【0012】
臭素化剤としては、臭化水素又は臭化水素酸を用いる場合における反応温度は、50〜200℃であることが好ましく、70〜160℃であることがより好ましく、80〜140℃であることが特に好ましい。
【0013】
第二に、上記式(III)で表されるキラル1−ブロモ−3−クロロ−2−プロパノール、上記式(IV)で表されるキラル2−ブロモ−3−クロロ−1−プロパノール、またはこれらの混合物を閉環して、上記式(I)で表されるキラルエピクロロヒドリンの合成する工程について述べる。
閉環反応の工程としては、塩基により閉環する。本発明に使用する塩基は、キラル1−ブロモ−3−クロロ−2−プロパノール、上記式(IV)で表されるキラル2−ブロモ−3−クロロ−1−プロパノール、またはこれらの混合物を閉環できるものであれば特に制限されることはない。例示するとアルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物や酸化物、塩などのスラリーや溶液が挙げられる。
アルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物として、水酸化ナトリウムや水酸化カルシウム、水酸化カリウム等が例示できる。
アルカリ金属またはアルカリ土類金属の酸化物として、酸化ナトリウム、酸化カリウム、酸化カルシウム等が例示できる。
アルカリ金属またはアルカリ土類金属の塩として、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等が例示できる。
使用する塩基としては、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、炭酸カリウムもしくは炭酸ナトリウムであることが好ましい。
【0014】
閉環反応の工程は、溶媒中で実施してもよい。例えば、メタノール、トルエン、ジエチルエーテル、アセトン、ジクロロメタン等を例示することができる。
【0015】
上記式(II)で表されるキラル3−クロロ−1,2−プロパンジオールから上記式(III)で表されるキラル1−ブロモ−3−クロロ−2−プロパノール、式(IV)で表されるキラル2−ブロモ−3−クロロ−1−プロパノール、またはこれらの混合物を合成する工程とこれらを閉環する工程は、ワンポットで実施してもよい。本発明において、ワンポットで実施するということは、各段階の反応生成物を単離精製することなく、反応を行うことを意味する。ワンポットで行うことにより、反応を大規模な形態で行うことができるため、非常に反応工程全体として効率的であり、更に、精製工程が不要であるために、非常に経済的にも優れている。
【0016】
以下、本発明を実施例、比較例により具体的に説明する。但し、本発明はその要旨を逸脱しない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0017】
実施例1
S−3−クロロ−1,2−プロパンジオール50.0g(452mmol、99%e.e.)、酢酸5.4g(90.4mmol)および48重量%の臭化水素酸91.5g(543mmol)を加え、100℃で3時間撹拌した。その後、5℃まで冷却後、24重量%の水酸化ナトリウム水溶液113.1g(678mmol)を加え、20℃で3時間撹拌した。水層を廃棄し有機層を水洗した。蒸留して30.4gのS−エピクロロヒドリンを得た(収率76%)。得られたS−エピクロロヒドリンの光学純度は99%e.e.だった。
【0018】
比較例1
S−3−クロロ−1,2−プロパンジオール50.0g(452mmol、99%e.e.)、ピリジン500mLおよびトシル酸クロリド94.8g(497mmol)を20℃で加えた後、20℃で20時間撹拌した。その後、5℃まで冷却後、24重量%の水酸化ナトリウム水溶液165.7g(994mmol)を加え、20℃で3時間撹拌した。塩化メチレン500mLで2回抽出して、得られた有機層を蒸留して29.0gのS−エピクロロヒドリンを得た(収率70%)。得られたS−エピクロロヒドリンの光学純度は88%e.e.だった。反応途中をガスクロマトグラフィーで詳細に調べたところ、閉環反応前に副生成物として1,3−ジクロロ−2−プロパノールが12%生成していた。
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明により、キラルエピクロロヒドリンを光学純度の低下を招かずに、効率よく合成することができ、本発明で合成されたキラルエピクロロヒドリンは医薬、農薬などの分野において、極めて有用な化合物である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I)
【化1】

[式中、*で示された炭素原子の絶対配置はRかSを意味する。]
で表されるキラルエピクロロヒドリンの合成方法であって、
下記式(II)
【化2】

[式中、*で示された炭素原子の絶対配置はRかSを意味する。]
で表されるキラル3−クロロ−1,2−プロパンジオールを臭素化し、
下記式(III)
【化3】

[式中、*で示された炭素原子の絶対配置はRかSを意味する。]
で表されるキラル1−ブロモ−3−クロロ−2−プロパノール、
下記式(IV)
【化4】

[式中、*で示された炭素原子の絶対配置はRかSを意味する。]
で表されるキラル2−ブロモ−3−クロロ−1−プロパノール、またはこれらの混合物を合成する工程と、
上記式(III)で表されるキラル1−ブロモ−3−クロロ−2−プロパノール、上記 (IV) で表されるキラル2−ブロモ−3−クロロ−1−プロパノール、またはこれらの混合物を閉環させる工程とを、含むことを特徴とする合成方法。
【請求項2】
合成された上記式(III)で表されるキラル1−ブロモ−3−クロロ−2−プロパノール、上記式 (IV) で表されるキラル2−ブロモ−3−クロロ−1−プロパノール、またはこれらの混合物を単離することなく閉環させる請求項1に記載の合成方法。
【請求項3】
上記式(II)で表されるキラル3−クロロ−1,2−プロパンジオールの臭素化を、臭化水素ガス、または臭化水素酸で行う請求項1または2に記載の合成方法。
【請求項4】
請求項1〜3の合成方法により合成された、光学純度が90%e.e.以上である上記式(I)で表されるキラルエピクロロヒドリン。

【公開番号】特開2009−235037(P2009−235037A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−86004(P2008−86004)
【出願日】平成20年3月28日(2008.3.28)
【出願人】(000108993)ダイソー株式会社 (229)
【Fターム(参考)】