説明

キレーター化合物含有薬物輸送剤

【課題】生体分子機能解析すべき対象細胞に遺伝子や薬理作用発現物質を効率良く導入したり、診断すべき特定部位へ特異的に診断薬を輸送したり、治療すべき病変部位へ治療薬を特異的に輸送したりして、細胞レベルでの作用機序の解明や適切な診療を可能にするドラッグデリバリーシステムに用いられる薬物輸送剤を提供する。
【解決手段】薬物輸送剤は、コロイド粒子に、窒素含有複素環基と直鎖状又は分岐鎖状で飽和又は不飽和の脂肪族基とを有するキレーター化合物が含有され、該窒素含有複素環基が該コロイド粒子の表面から露出して金属イオンにキレートしており、該細胞の表面の細胞特異的に発現する特定分子に特異的に結合する認識タンパク質中のヒスチジン基が、コロイド粒子の周囲で該金属イオンにキレートしている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子や薬理作用発現物質等の薬物を標的とする器官や細胞へ輸送し、その機能を生化学的に解析したり診療したりするのに用いられるキレーター化合物含有薬物輸送剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特定の遺伝子、診断薬や治療薬のような薬理作用発現物質等の薬物を細胞内へ導入し、それの細胞内での機能や、細胞内での動態や、細胞への影響を調べる生体分子機能解析が、広く行われている。このような生体分子機能解析の際、薬物を対象となる細胞へ特異的に効率良く導入することが重要である。
【0003】
薬物導入手法として、薬物をカチオン性脂質に包含させ、対象細胞に貪食させるリポフェクション法が知られているが、貪食能がある細胞にしか適用できない。別な手法として、通電や超音波照射等の物理的手段により対象細胞に無作為に孔をあけ薬物を導入する電気穿孔法・超音波穿孔法も知られているが、細胞の種類によって導入効率に大きな差を生じるため、in vivoで導入できる細胞が限られている。さらに別な手法として、顕微鏡下で対象細胞に一つずつ直接、薬物を注入するマイクロインジェクション法が、知られているが、導入操作に熟練を要し、熟練者でも1日当たり高々100個の細胞への導入しかできず、しかもin vivoでの導入が不可能である。
【0004】
しかも非ウイルス性の手法は、一般的に導入効率が低かったり、細胞の特性によって効率が左右されたりする。また、細胞内に取り込まれる経路によって細胞内動態が変化したり、エンドサイトーシスを介して取り込まれるものはリソソームによって分解されたりするため、発現効率の改善が望まれていた。
【0005】
ウイルスベクターを用いるという別な手法も知られている。ウイルスベクターとしてアデノウイルスやレトロウイルスなどのベクターが利用されるが、これらは遺伝子導入効率が非常に高い反面、ウイルス自身が毒性や抗原性を有していたり、導入できる遺伝子サイズが制限されたりするという問題がある。
【0006】
本発明者らは、非特許文献1や非特許文献2に記載されているように、細胞表面に露出した糖鎖含有分子は、その糖鎖構造が、細胞の種類、発生段階、又は癌化によって変化することから、細胞を識別するのに適した生体分子であることを見出している。
【0007】
生体分子機能解析や診療を行うために、このような特定の細胞の糖鎖を利用して細胞へ薬物を効率良く選択的に輸送する薬物輸送剤が望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】本家孝一ら、「プロシーディングズ オブ ザ ナショナル アカデミー オブ サイエンシズ オブ ザ ユナイテッド ステイツ オブ アメリカ(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)」、2002年、第99巻、p.4227-4232
【非特許文献2】本家孝一ら、「グリココンジュゲート ジャーナル(Glycoconjugate Journal)」、2004年、第21巻、第1-2号、p.59-62
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は前記の課題を解決するためになされたもので、生体分子機能解析すべき対象細胞に遺伝子や薬理作用発現物質等の薬物を効率良く導入して細胞レベルでの作用機序を解明したり、診断すべき特定部位へ特異的に診断薬を輸送し、又は治療すべき病変部位へ治療薬を特異的に輸送して、細胞レベルで適切に診療したりするのを可能にするドラッグデリバリーシステム用の薬物輸送剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記の目的を達成するためになされた特許請求の範囲の請求項1に記載の薬物輸送剤は、コロイド粒子に、窒素含有複素環基と直鎖状又は分岐鎖状で飽和又は不飽和の脂肪族基とを有するキレーター化合物が含有され、該窒素含有複素環基が該コロイド粒子の表面から露出して金属イオンにキレートしており、該細胞の表面の細胞特異的に発現する特定分子に特異的に結合する認識タンパク質中のヒスチジン基が、コロイド粒子の周囲で該金属イオンにキレートしていることを特徴とする。
【0011】
請求項2に記載の薬物輸送剤は、請求項1に記載されたもので、該コロイド粒子が、輸送すべき薬物を内包していることを特徴とする。
【0012】
請求項3に記載の薬物輸送剤は、請求項1に記載されたもので、該キレーター化合物中、該窒素含有複素環基がフェナントロリル基、ピリジル基、又はターピリジル基、該脂肪族基が炭素数6〜20でアルキル基、アルケニル基又はアルキニル基であることを特徴とする。
【0013】
請求項4に記載の薬物輸送剤は、請求項1に記載されたもので、該キレーター化合物中、該窒素含有複素環基と該脂肪族基とが、ウレイル基、エーテル基、イミノ基、チオエーテル基、エステル基、アルキル基、若しくはアミド基を介して結合し、又は直接に結合していることを特徴とする。
【0014】
請求項5に記載の薬物輸送剤は、請求項3に記載されたもので、該キレーター化合物が、下記化学式(1)
【化1】

(式(1)中、Rは炭素数6〜20でアルキル基、アルケニル基及びアルキニル基から選ばれる脂肪族基)で示される尿素誘導体、又は下記化学式(2)若しくは(3)
【化2】

【化3】

(式(2)及び(3)中、R及びRは炭素数5〜19でアルキル基、アルケニル基及びアルキニル基から選ばれる脂肪族基)で示されるアミド化合物であることを特徴とする。
【0015】
請求項6に記載の薬物輸送剤は、請求項1に記載されたもので、該金属イオンが、ニッケルイオン、コバルトイオン、及び/又は銅イオンであることを特徴とする。
【0016】
請求項7に記載の薬物輸送剤は、請求項1に記載されたもので、該認識タンパク質が、該ヒスチジン基を含有するオリゴペプチドに結合したタンパク質であることを特徴とする。
【0017】
請求項8に記載の薬物輸送剤は、請求項7に記載されたもので、該細胞表面の細胞特異的に発現する特定分子が糖鎖含有分子で、該認識タンパク質が該ヒスチジン基を含有するオリゴペプチドに結合したレクチン及び/又は糖鎖抗体であることを特徴とする。
【0018】
請求項9に記載の薬物輸送剤は、請求項8に記載されたもので、該レクチン及び/又は糖鎖抗体が、蛍光タンパク質融合タンパク質、又はコレラ毒素Bサブユニットであることを特徴とする。
【0019】
請求項10に記載の薬物輸送剤は、請求項1に記載されたもので、該コロイド粒子が、リポソーム、エマルジョン、合成高分子コロイド粒子、生体分解性樹脂コロイド粒子であることを特徴とする。
【0020】
請求項11に記載の薬物輸送剤は、請求項1に記載されたもので、該コロイド粒子が、リン脂質で形成されたリポソームであることを特徴とする。
【0021】
請求項12に記載の薬物輸送剤は、請求項2に記載されたもので、該薬物が、遺伝子、診断薬、又は治療薬であることを特徴とする
【0022】
請求項13に記載の薬物輸送法は、請求項1に記載の薬物輸送剤と非ヒト細胞及びヒト由来細胞のいずれかの細胞とを混在させて、薬物輸送剤中の認識タンパク質と該細胞の表面の特定分子とを結合させて該薬物輸送剤中の薬物を放出させることを特徴とする。
【0023】
請求項14に記載の尿素誘導体は、下記化学式(1)
【化4】

(式(1)中、Rは炭素数6〜20でアルキル基、アルケニル基及びアルキニル基から選ばれる脂肪族基)で示されることを特徴とする。
【0024】
請求項15に記載の尿素誘導体を製造する方法は、N−フェナントロリルカルバミン酸エステルと、炭素数6〜20でアルキル基、アルケニル基及びアルキニル基から選ばれる脂肪族基を含有する長鎖脂肪族アミンとを、1×10〜1×1010Paの高圧に晒して、エステル−アミド交換させることにより、前記化学式(1)で示される尿素誘導体を製造するというものである。
【発明の効果】
【0025】
本発明の薬物輸送剤は、リポソームのような人工小胞であるコロイド粒子にキレーター化合物を含有させ金属イオンを介し認識タンパク質をキレートさせることにより、特定の標的器官や標的細胞への指向性を発現するものである。またこの薬物輸送剤は、コロイド粒子が内包している薬物を効率良く放出して選択的に細胞へ輸送させることができるというものである。
【0026】
この薬物輸送剤は、免疫系を回避しつつ、標的とする組織や細胞表面まで到達し、細胞膜を通過して細胞内に浸入し、さらに薬物輸送剤に内包された薬物が作用するオルガネラに輸送することができる。
【0027】
この薬物輸送剤は、認識タンパク質がヒスチジンタグ(His−tag)を融合させたタンパク質であると、His−tagがコロイド粒子から露出したキレーター化合物のNi2+やCo2+やCu2+の錯体と強く結合することから、標的に応じて適当な任意のタンパク質をリポソーム表面に付加することが可能となる。特にタンパク質として、細胞膜と特異的に結合するものが選択される。
【0028】
この薬物輸送剤を用いた薬物導入法によれば、生体分子機能解析すべき対象細胞に遺伝子や薬理作用発現物質等の薬物を導入したり、診断すべき特定部位へ特異的に診断薬を輸送したり、治療すべき病変部位例えば神経細胞へ治療薬を特異的に輸送したりして、細胞レベルでの作用機序の解明や適切な診療を可能にする。
【0029】
生体内では多種多様な細胞が存在するため、選択的に高い効率で導入するポジティブターゲッティングに加え、さらに積極的に対象を補足するアクティブターゲッティングが求められており、この薬物輸送剤は、その役割を果たすようにキレーター化合物と生体分子間の親和性を利用したものである。糖鎖は、細胞の種類や分化、又はがん化によって構造が大きく変化することから「細胞の顔」と呼ばれており、標的指向性を得るのに最適な分子である。そのため、この薬物輸送剤の実施例で示すように、キレーター化合物が組み込まれたリポソーム膜表面にHis−tag付加したレクチンを発現させ、これにより標的とする細胞表面の糖鎖を認識させて、特異的に結合させることができるようになったのである。
【0030】
またこの薬物輸送剤の原料となるキレーター化合物、とりわけ窒素含有複素環基と該脂肪族基とがウレイレン基を介して結合した尿素類縁体は、簡便かつ大量に製造できるから、医薬品や実験材料として用いられる薬物輸送剤の生産性の向上に資する。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明を適用する薬物輸送剤を用いた薬物導入方法の概要を示す模式図である。
【図2】本発明を適用する薬物輸送剤に用いられるリポソームへのキレーター化合物の取り込みについての分析結果を示す図である。
【図3】本発明を適用する薬物輸送剤に用いられるリポソームにおける調製方法毎のHis−tagEGFP結合能についての分析結果を示す図である。
【図4】本発明を適用する薬物輸送剤に用いられるリポソームのためのコントラストの概要を示す図である。
【図5】本発明を適用する薬物輸送剤に用いられるリポソームのためのコントラストの電気泳動の結果を示す図である。
【図6】本発明を適用する薬物輸送剤に用いられるリポソームのためのタンパク質の電気泳動と精製との結果を示す図である。
【図7】本発明を適用する薬物輸送剤に用いられるリポソームのためのタンパク質の分析結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明の実施例を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0033】
本発明の薬物輸送剤は、以下のようにして製造される。
【0034】
キレーター化合物の一例の合成方法を下記化学反応式(4)に示す。
【0035】
【化5】

【0036】
先ず窒素含有複素環基である1,10−フェナントロリル基と、エステル基を構成する短鎖アルキル基Rとを有するN−フェナントロリルカルバミン酸エステルに、長鎖アルキル基Rを有する脂肪族1級アミンを、密封条件下で、高圧条件に晒すと、エステル−アミド交換して、尿素誘導体が得られる。
【0037】
短鎖アルキル基Rは、ハロゲン原子のような置換基で置換されていてもよい炭素数1〜6の飽和の脂肪族基例えば2,2,2−トリクロロエチル基が挙げられる。脂肪族基である長鎖アルキル基Rは、直鎖状又は分岐鎖状で炭素数6〜20の飽和のアルキル基例えばn−ヘキサデシル基、直鎖状又は分岐鎖状で炭素数6〜20の不飽和のアルケニル基やアルキニル基が挙げられる。高圧条件は、1×10〜1×1010Pa、好ましくは加熱しながら0.8〜1.5×10Pa、より好ましくは100℃加熱しながら0.8×10Pa(0.8GPa)に、塩基性下例えばトリエチルアミン存在下、1時間〜1週間、好ましくは2日間、晒すというものである。
【0038】
キレーター化合物として、窒素含有複素環基であるフェナントロリル基と脂肪族基とが、ウレイレン基(−NH−CO−NH−)を介して結合した尿素誘導体の例を示したが、エーテル基(−O−)、イミノ基(−NH−)、チオエーテル基(−S−)、エステル基(−CO−O−又は−O−CO−)、又はアミド基(−CO−NH−又は−NH−CO−)を介して結合したものであってもよい。例えば5−ヒドロキシ−1,10−フェナントロリンと脂肪族ハライドや脂肪酸とを反応させてエーテル誘導体やエステル誘導体にしたり、5−メルカプト−1,10−フェナントロリンと脂肪族ハライドとを反応させてチオエーテル誘導体にしたり、1,10−フェナントロリン−5−カルボン酸と脂肪族アルコールや脂肪族アミンとを反応させて別なエステル誘導体やアミド誘導体にしたり、5−アミノ−1,10−フェナントロリンから第2アミン誘導体や別なアミド誘導体にしたりしたものである。
【0039】
キレーター化合物は、窒素含有複素環基と脂肪族基とが直接、結合したものであってもよく、例えば窒素含有複素環化合物にWittig反応等により増炭することによって得られる。
【0040】
キレーター化合物は、窒素含有複素環基が、複数、例えば2〜3の窒素を有する基、例えばフェナントロリル基で例示される縮合多環式複素環基、ピリジル基、ターピリジル基で例示される複素環集合基であるものであってもよい。例えば前記化学式(2)で示されるアミド化合物は、ジ(2−ピリジル)アミンと、脂肪酸ハロゲン化物とノアミド化反応によって得られる。前記化学式(3)で示されるアミド化合物も、同様にアミド化反応によって得られる。
【0041】
このようなキレーター化合物と、コロイド原料のリン脂質であるホスファチジルコリンと細胞へ導入すべき薬物とを混合して、コロイド粒子であるリポソームの懸濁液を得る。キレーター化合物中の脂肪族基がリポソームの外套に埋没し、窒素含有複素環基がその表面から露出し、薬物がリポソームの内空に内包されている。
【0042】
キレーター化合物とコロイド原料と薬物との重量比は、1〜5:10〜50:0.001〜0.2であることが好ましい。薬物輸送剤は、1〜10mg/mlの濃度の懸濁液であってもよい。
【0043】
コロイド粒子として、リポソームの例を示したが、より具体的には、SUVリポソーム(small unilamellar vesicle liposome:小さな単ラメラ小胞リポソーム)、REVリポソーム(reversephase evaporation vesicle liposome:逆相蒸発法リポソーム)、又はMLVリポソーム(multilamellar vesicle liposome:多重ラメラ小胞リポソーム)が挙げられる。エマルジョン例えば脂肪の懸濁液、合成高分子コロイド粒子例えば平均粒径約200nm程度のポリスチレンビーズの懸濁液、生体分解性樹脂コロイド粒子例えばポリ乳酸粒子の懸濁液であってもよい。薬物は、診断薬であってもよく、合成医薬品、薬理活性タンパク質のような天然物由来医薬品で例示される治療薬であってもよく、DNA断片、ベクター、組換えベクターのような遺伝子であってもよい。
【0044】
リポソームは、例えば、以下のようにして調製される。
【0045】
(SUV(small unilamellar vesicles)の調製)
リポソームは、「ジャーナル オブ モレキュラー バイオロジー(Journal of Molecular Biology)」、1965年、第13巻、p.238-252のBanghamらによる所謂バンガム法に準じて調製した。先ず、20μmolの1,2−ジパルミトイル-sn-グリセロ-3-ホスホクロリン(1,2-dipalmitoyl-sn-glycero-3phosphocholine:DPPC)(日本油脂株式会社製)と、10μmolのコレステロール(和光純薬工業株式会社製)と、必要に応じキレーター化合物とを、ナスフラスコ中で10mlのクロロホルム/メタノール混合液(2:1,v/v)に溶かし、エバポレーターで溶媒を減圧留去して乾固させと、ナスフラスコの底に、脂質フィルムが得られた。それに、2mLのリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を加え、70℃のウォーターバスで3時間振盪した。なお、フルオロセイン イソチオシアネート(Fluorescein isothiocyanate:FITC)(SIGMA社製)を内封する際には、PBSの代わりに、3μMのFITC/PBSの2mLを用いて水和した。作製されたMLV(multilamellar vesicles)は、凍結融解法により、LUV(large unilamellar vesicles)化した。さらにエクストルーダーMini-Extruder set(AVANTI社製)を用いてLUVをSUV化し、平均粒径100nmに調製した。
【0046】
(キレーターリポソーム(ChLipo)の作製・精製)
SUVへのキレーター化合物の取り込みは、「ジャーナル オブ コントロールド リリース(Journal of Controlled Release)」、2005年、第108巻、p.453-459の記載に準じたフィルムローディング法で行った。2μmolのキレーター化合物を、5mlのクロロホルム/メタノール混合液(2:1,v/v)に溶かし、溶媒を減圧留去して、フィルム化しキレーター化合物のフィルムを調製した。別途調製したSUVの2mlをキレーター化合物のフィルム上に加え、70℃で3時間、インキュベートした。得られたChLipoを回収し、1/20量の1MのNiSOを加え、4℃で30分間、ローテーターを用いて振盪し、キレーター化合物にNi2+を結合させた。その後、結合していないNi2+イオンを取り除くため、PBSに対して透析した。透析後のサンプルを回収し、His−tagタンパク質を加え、スクロース密度勾配遠心法で分離した。PBSに溶かした500μlの64%スクロースに、得られたサンプルを300μl加えて40%になるよう調整し、ボトムから40%、30%、5%のスクロースを800μlずつ重層した。そのサンプルを超遠心機にセットし、スウィングローターにより200,000g、4℃で、4時間の遠心分離を行った。遠心分離後、サンプルを上部から、200μlずつ分画したフラクションを得た。各フラクションのコレステロールの定量には、コレステロール定量キットT−CholE(和光純薬工業株式会社製;商品名)を使用した。各フラクションのコレステロール量は、リポソーム量の目安となるものである。
【0047】
(リコンビナントタンパク質のコンストラクト作製)
コレラトキシンは、AサブユニットとBサブユニットとから成るA1B5型のタンパク質である。Bサブユニット(CTB)は、細胞膜表面の糖脂質であるガングリオシドGM1を認識して結合するレクチンである。リポソーム作製の各段階を検討するため、蛍光タンパク質であるVenusとCTBの融合タンパク質であるVenus−CTB(VCTB)を産生するためのコンストラクトを作製した。Vibrio cholerae569株由来のコレラトキシンBサブユニット遺伝子を用いた。Venus遺伝子を含んだプラスミドDNA(pQE30-venus A206K-161-297)は、「ジャーナル オブ バイオロジカル ケミストリー(Journal of Biological Chemistry)」、2005年、第280巻、p.24072-24084に記載されたものである。
【0048】
蛍光タンパク質であるVenusとCTBのキメラタンパク質VCTBの遺伝子が組み込まれた大腸菌発現用プラスミドpQE30−VCTBから、VCTBをコードしている部分をポリメラーゼ連鎖反応(PCR)で増幅した。5’末端と3’末端に、夫々NcoIとSmaIとの制限酵素サイト(forward primerとreverse primer中、夫々下線で表記)をつけ、小麦胚芽in vitro翻訳用pIVEXベクター(Roche社製)へサブクローニングを行った。プライマーは、配列表の配列番号1及び2に示される以下のものを用いた。
【0049】
配列番号1:〔forward primer〕
Forward:VCTB/Nco I/F primer
5'-tggatccatggtgagcaagggcgagg-3' (下線部ccatggがNcoI)
Tm値66.8
【0050】
配列番号2:〔reverse primer〕
Reverse:VCTB/tta/Sma I/R primer
5'-ctaattcccgggtaaatttgccatact-3' (下線部cccgggがSmaI)
Tm値59.0
【0051】
forward primerに組み込んだNcoIの配列中にあるATGが開始コドンとなる。またreverse primerに組み込んだSmaIの3’側の隣にあるtaaは、本来のCTBで終止コドンだったが、ここより下流にHis−tagの配列があるため、tta→taaに一塩基置換したプライマーを作製した。
【0052】
また、VCTB遺伝子を組み込んだ後、reverse primerのcccgggをXmaIで開き、「アナリティカル ケミストリー(Analytical Chemistry)」、2006年、第78巻、p.3072-3079に準じたdouble His−tag linkerの合成オリゴヌクレオチドを組み込んだ。組み込んだlinkerの配列は以下の通りである。配列表の配列番号3と、その相補鎖とを表記してある。
【0053】
5'−CCCGGGGGCGGCGGCAGCGGCGGCGGCAGCCATCATCATCATCATCATC−3'
3’−CCCGCCGCCGTCGCCGCCGCCGTCGGTAGTAGTAGTAGTAGTAGGGCCC−5'
GlyGlyGlySerGlyGlyGlySerHisHisHisHisHisHis
【0054】
(リコンビナントタンパク質の発現・分離・精製)
pIVEXベクターに組み込んだVenus−CTB遺伝子の発現をin vitroのタンパク合成キットであるRTS 500 Wheat Germ CECF kit(Roche社製;商品名)で行った。インキュベーションには、Thermomixer comfort(Eppendorf社製;商品名)を使用して、37℃、900rpmで24時間振盪した。
【0055】
精製はコバルトレジンを担体としたTALON RESIN(タカラバイオ株式会社;商品名)を、500μl用い、タンパク質のHis−tagへ特異的に結合するアフィニティークロマトグラフィーで精製した。合成直後のサンプルを、結合用緩衝液(50mMのNaHPO、300mMのNaCl、10mMのイミダゾール、pH7.0)の10mlに希釈し、さらに同じ緩衝液で平衡化したカラムにサンプルを通した。洗浄用緩衝液(50mMのNaHPO、500mMのNaCl、50mMのイミダゾール、pH7.0)でカラムを洗浄し、溶出用緩衝液(50mMのNaHPO、300mMのNaCl、300mMのイミダゾール、pH7.0)で溶出を行い、500μlずつに分画してフラクションを得た。溶出した各フラクションについて、ドデシル硫酸ナトリウム−ポリアセチルアミド ゲル電気泳動(SDS−PAGE)で確認し、ピークのフラクションのみを回収後、PBSに対する透析で脱塩を行った。
【0056】
図1に、キレーター化合物を付加したリポソームにNiを加え、Hisタグ融合タンパク質として、Hisタグレクチンを固定化したキレーター化合物付加リポソーム(Chlipo)レクチン複合体の模式図を示す。同図で示すように、このリポソームの懸濁液に、ニッケル塩水溶液を加えると、リポソームの表面から露出した窒素含有複素環基にニッケルイオンがキレートし固定される。さらに、標的細胞の表面の糖鎖含有分子へ結合するレクチンや糖鎖抗体に6〜10残基のヒスチジン含有オリゴペプチドを結合させたHisタグ融合タンパク質である糖鎖認識タンパク質を、リポソームに固定されたニッケルイオンへ、キレートさせ、薬物輸送剤とする(同図(a)、(b)参照)。これにより、標的細胞表面の特定の糖鎖含有分子を認識するHisタグ融合タンパク質が、リポソーム表面に現れる。
【0057】
薬物輸送剤を標的細胞の近傍に投与すると、このHisタグ融合タンパク質が、標的細胞の細胞膜の表面から露出した糖鎖含有分子の糖鎖に結合して架橋する(同図(c)参照)。
【0058】
必要に応じ、リポソームに内包された薬物が、例えば、リポソームから滲出したり溶出したり放出されたりして、終には細胞へ導入される。
【0059】
細胞膜の糖鎖含有分子は、N−ステアリルスフィンゴシンのようなN−アシルスフィンゴシンのセラミド(Cer)に糖が結合したGlcCer、LacCer、GM3、GM2、GM1のようなスフィンゴ糖脂質(ガングリオシド)が挙げられる。GM1は神経細胞で大量に発現するスフィンゴ糖脂質である。
【0060】
細胞表面にこれらの糖鎖は特定の細胞に特異的に発現している。従ってこの薬物を導入する方法は、糖鎖を利用して細胞特異的なトランスフェクション法である。
【0061】
レクチンや糖鎖抗体は、蛍光タンパク質であるグリーン フルオロセント プロテイン(GFP)やVenus等との融合タンパク質、又はコレラ毒素Bサブユニットが好ましい。コレラ毒素Bサブユニットは、とりわけGM1と特異的な結合能を有している。
【0062】
この薬物を輸送する方法によれば、例えばGM1が豊富に存在する神経細胞を標的細胞とし、従来のリポフェクション法や電気穿孔法で不十分であった導入効率を、飛躍的に向上させることができる。
【実施例】
【0063】
以下、本発明の薬物輸送剤を実際に調製し、それの物性、動態について検討した例を示す。
【0064】
先ず、キレーター化合物を、以下のようにして合成した。
【0065】
(実施例1)
(1.1 キレーター化合物の合成)
市販の5−ニトロ−1,10−フェナントロリン300mg(1.33mmol)を15mLのエタノールに加え、さらに、ヒドラジン一水和物0.39mL(7.98mmol)とパラジウム−炭素24mgとを加えた。それを70℃で5時間加熱した。反応混合物を濾過し、濾液から溶媒を減圧留去した。炭酸水素ナトリウム水溶液を加え、水層からクロロホルムで抽出し、有機層を乾燥し、溶媒を減圧留去すると、赤味がかった黄色の固体の粗生成物が得られた。シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより、クロロホルム:イソプロピルアミン(9:1)の溶出溶媒で精製すると、黄色固体の5−アミノ−1,10−フェナントロリン190mgが収率73%で得られた。
【0066】
この5−アミノ−1,10−フェナントロリン190mg(0.97mmol)と乾燥した塩化メチレン10mLとの混合物を氷浴で冷却しつつ緩やかに撹拌させた。それへ同温で、トリクロロエチル クロロホルメート0.16mL(1.16mmol)を加え、さらにピリジン0.16mL(1.94mmol)を加え、1時間反応させた後、室温まで昇温させた。それをシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより、クロロホルム:イソプロピルアミン(9:1)の溶出溶媒で精製すると、カルバメートであるN−フェナントロリルカルバミン酸2,2,2−トリクロロエチルエステルを65%の収率で得た。
【0067】
このカルバメート150mg(0.47mmol:1モル当量)、n−ヘキサデシルアミン137.6mg(0.57mmol:1.2モル当量)、トリエチルアミン6.5μL(0.05mmol:0.1モル当量)、及びテトラヒドロフラン1.6mLの混合物を、ポリテトラフルオロエチレン製の容器に入れて密閉し、加圧装置(光高圧機器株式会社製;製品番号HR−15型)を用いて0.8GPaの高圧に加圧しつつ、100℃で48時間反応させた。溶媒を減圧留去すると、深紅の固体の粗生成物が得られた。これをシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより、クロロホルム:イソプロピルアミン(5:1)の溶出溶媒で精製すると、N−ヘキサデカニル−N'−1,10−フェナントロリン−5−イルウレアの結晶が、25%の収率で得られた。これを、塩化メチレン−ジエチルエーテル−ヘキサン混合溶媒から再結晶した。
【0068】
(1.2 キレーター化合物の同定)
薄層クロマトグラフィーによるRf値及び融点の物性と、フーリエ変換赤外分光光度法(FTIR)、1H及び13C核磁気共鳴スペクトル測定法(NMR)による分光学的データとを示す。これらの結果は、N−ヘキサデカニル−N'−1,10−フェナントロリン−5−イルウレアの化学構造を支持する。
Rf 0.48 (展開溶媒 クロロホルム:イソプロピルアミン = 4:1)
融点 81-83℃
FTIR(KBr) ν 3341, 1635, 1573 cm-1
1H-NMR(400MHz,CDCl3) δ 0.87(3H, m), 1.25(26H, m), 1.48(2H, m), 2.78(1H, m), 3.27(2H, m), 6.15(1H, br), 7.16(1H, m), 7.48(1H, dd, J=7.6, 4.4Hz), 8.05(1H, m), 8.06(1H, s), 8.33(1H, m), 8.74(1H, m), 8.91(1H, m)
【0069】
次に、得られたキレーター化合物を用いて薬物輸送剤を調製し、その物性についての理化学的評価、動態についての生化学的評価を行った。
【0070】
(実施例2)
先ず、一般的培養方法、一般的評価方法を2.1〜2.6に示す。
【0071】
(2.1 細胞の培養方法)
HeLa細胞は、Dulbecco's modified Eagle medium(D-MEM)High Glucose with L-Glutamine and Phenol Red(和光純薬工業株式会社製:商品名)に、5%牛胎児血清(FBS)、100unit/mlのペニシリンと100μg/mlのストレプトマイシンを加えたものを用いて、37℃で培養したものである。
【0072】
(2.2 SDS−PAGE法)
発現タンパク質の解析をSDS−PAGEで確認することにより、行った。濃縮ゲル4.5%、分離ゲル15%のアクリルアミドゲルを作製し、サンプルバッファーには2−メルカプトエタノールを加えた。泳動後、クーマシーブリリアントブルー(CBB)によりタンパク質を染色した。
【0073】
(2.3 ウエスタンブロット(Western Blot)方法)
SDS−PAGEが終わった後、ゲルをポリビニリデンジフルオライド(PVDF)メンブレンImmobilon-P transfer membrane(MILLIPORE社製;商品名)に転写し、ウエスタンブロットを行った。ブロッキングには、5w/v%スキムミルク(雪印乳業株式会社製)をTBST(50mMのTris−HCl、0.15MのNaCl、0.1v/v%のTween20)で懸濁したブロッキング溶液を、使用した。一次抗体は、ウサギanti−コレラトキシン(CT)をブロッキング溶液で1/5000に希釈し、室温で2時間(又は4℃で一晩)、振盪した。二次抗体は、anti-rabbit IgG peroxidase conjugate(SIGMA社製;商品名)を、ブロッキング溶液で1/20000に希釈し、室温で2時間(又は4℃で一晩)、振盪した。その後、ペルオキシダーゼ活性について、Immobilon Western Chemiluminescent HRP Substrate(MILLIPOLE社製;商品名)を使用し、発光をフィルムに現像した。
【0074】
(2.4 フローサイトメトリー(Flow cytometry)法)
10cmディッシュに90%コンフルエントとなったHeLa細胞(≒5×10cell)をトリプシン処理(1.5ml、5分間、37℃)して剥し、7.5mlの培地(D-MEM High glucose(和光純薬工業株式会社製;商品名)、5%FBS、ペニシリンの100unit、ストレプトマイシンの100μg)を加えた。1200rpmで3分間遠心し、上清を捨て去り、PBSの5mlで懸濁した。更に一回遠心して細胞を沈殿させ、PBSの2.5mlでよく懸濁し、各500μlずつ計4本を、FACSチューブに分注した。懸濁した細胞に、VCTBタンパク質の2μg、又は前記のキレーターリポソーム(ChLipo)の作製・精製のようにして調製したリポソーム100μlを加え、そのまま氷上で、5分間インキュベートし、細胞と結合させた。1200rpmで3分間、遠心させた後、PBSに懸濁させた。フローサイトメトリー用チューブに移し、解析はFACSCalibur(Becton Dickinson社製;商品名)を用いて行った。なお、一連の操作を氷上で行った。
【0075】
(2.5 酵素結合免疫吸着法(Enzyme-Linked ImmunoSorbent Assay:ELISA))
ELISA用96穴プレートであるImmulon 1B Flat Bottom Microtiter Plates(Thermo社製;商品名)に、クロロホルム/メタノール混合液(2:1,v/v)で調製した糖脂質を、5nmolずつ分注した。そのまま風乾して、有機溶媒を完全に蒸散させた。1時間後、各ウェルに、PBST(上記のPBSに0.1%Tween20を加えたもの)を150μlずつ加え、軽く振盪して2回洗浄した。PBSTを捨て去り、次いで、PBSTに溶かした5v/v%スキムミルク(雪印乳業株式会社製)を、100μlずつ各ウェルに分注し、室温で1時間放置しブロッキングさせた。1時間後、150μlのPBSTで4回洗い、PBSに溶かした20ng/μlのCTBタンパク質又はVenus−CTBタンパク質を、20μlずつ加えた。ネガティブコントロールには、ブロッキングで用いた5%スキムミルクを使用した。PBSTで4回洗い、一次抗体は、ウサギ anti−CTを5%スキムミルクで1/1000倍希釈し、各ウェルへ50μlずつ加え、室温で1時間インキュベートした。PBSTで4回洗い、二次抗体はanti-rabbit IgG peroxidase conjugate(SIGMA社製;商品名)を、5v/v%スキムミルクで1/1000に希釈し、各ウェルへ50μlずつ加え、室温で1時間インキュベートした。4回洗浄した後、発色反応を行った。ELISAバッファー(80mMのクエン酸リン酸バッファー、pH5.0)の10mlに、3,3,5,5’−テトラメチルベンジジンタブレット(SIGMA社製;商品名)を溶かし、Hの5μlを加えたものを調製し、それを各ウェルへ50μlずつ加えた。37℃でインキュベートし、15分後に、1MのHSOを等量加え、反応を止めた。発色測定は、波長450nmの吸光度を測定することにより、行った。
【0076】
(2.6 免疫染色と共焦点顕微鏡観察)
共焦点顕微鏡の観察用ディッシュとして35mmのGlass Bottom Dish(松波硝子工業株式会社製;商品名)を用いた。それに予めHeLa細胞を80〜90%コンフルエント(≒5×10cell)の状態に培養しておいた。培地を捨て去り、PBSの2mlで洗い、それを2回繰返し行った。4%パラホルムアルデヒドの1mlで細胞を固定し、そのまま10分間室温でインキュベートした。PBSの2mlで固定液を2回洗い、室温で10%ヤギ血清によるブロッキングを行った。1時間後、PBSの2mlで2回洗い、PBSの1mlに、前記のキレーターリポソーム(ChLipo)の作製・精製のようにして調製したリポソーム200μlを加えて、細胞にかけた。30分後、PBSで洗い、70%グリセロールで封入し、共焦点レーザー顕微鏡Fluoview FV1000(オリンパス株式会社製;商品名)で観察した。
【0077】
次に、具体的実施方法、及びその結果を2.7〜2.12に示す。
【0078】
(2.7 リポソームへのキレーター化合物の取り込み)
リン脂質であるDPPCとコレステロールとキレーター化合物を混ぜて有機溶媒に溶解させた後、脂質フィルムを作製してから、水和させるという所謂バンガム法で、DPPCとコレステロールを基材とし、キレーター化合物としてN−ヘキサデカニル−N'−1,10−フェナントロリン−5−イルウレアを組み込んだリポソーム(ChLipo)を作製した。組み込まれたキレーター化合物がNi2+を介してHis−tagタンパク質を捕捉するか否かを調べるために、His−tag標識した緑色蛍光タンパク質His−tag EGFPを用いて、ChLipoとの結合実験を行った。ChLipoに、NiSOを加え、又は加えずに、His−tag EGFPを結合させた後、スクロース密度勾配遠心法で分離した。分離後、12フラクションに分画し、それらのコレステロール量と蛍光強度とを測定した。
【0079】
ChLipoに含まれるコレステロールの量を測定することにより、リポソームを含むフラクションを、同定することができる。その結果を示す図2(A)から明らかな通り、リポソームは第3フラクションに分画されていた。さらに目視観察したところ、第3フラクションは白濁層が確認されたことから、そこに、リポソームが含まれていると同定された。
【0080】
また、ChLipoの蛍光強度を測定することにより、Ni2+を介してChLipoにHis−tag EGFPが配位結合しキレート錯体を形成しているリポソームを含むフラクションを、同定することができる。その結果を示す図2(B)から明らかな通り、ChLipoにNiSOとHis−tag EGFPとを加えた場合は、第3フラクションに蛍光が認められ、His−tag EGFPが結合したキレート錯体を形成していることが確かめられた。一方、NiSOを加えなかった場合は、リポソームを含んでいる第3フラクションに蛍光が認められず、His−tag EGFPがChLipoに結合していないことが確かめられた。なお、ChLipoのキレート錯体に結合しなかった遊離のHis−tag EGFPは、第8以降のフラクションに分画されていた。
【0081】
これらのことから、Ni2+依存的にChLipoとHis−tag EGFPとが、結合することが、分かった。
【0082】
このキレーター化合物であるN−ヘキサデカニル−N'−1,10−フェナントロリン−5−イルウレアは、長鎖アルキル基と複素環基とを有するから、その化学構造上、非常に脂溶性が高いものである。そのため、それと、リン脂質及びコレステロールとが含まれた脂質フィルムを水和させてリポソームを作製するバンガム法では、そのキレーター化合物が水和の際に析出して結晶化する結果、リポソームへのキレーター化合物の取り込み量がさほど多くなく、しかも微小なポアサイズの膜を通過させてリポソームの粒径を均一にするエクストルージョン操作の際に、その膜に析出した結晶が目詰まりしてしまい、通過し難くなってしまう。
【0083】
(2.8 フィルムローディング法によるキレーター化合物の効率的な取り込み)
脂溶性が高いキレーター化合物を効率的にリポソームに組み込むために、キレーター化合物のフィルムにSUVを加えるというフィルムローディング法によりリポソームを調製した。前記バンガム法とフィルムローディング法とにより調製したリポソームへのキレーター化合物の取り込み量を比較した。キレーター化合物の取り込み量を直接定量することができないので、リポソームに結合したHis−tag EGFPによる蛍光強度を夫々測定し、キレーター化合物の取り込み量の目安とした。その結果を、図3に示す。図3から明らかな通り、両方法で作製したリポソームとも、第3フラクションに、ピークが認められた。フィルムローディング法によりリポソームは、バンガム法によるものよりも、約2.75倍の蛍光強度を示した。このことから、脂溶性が高いキレーター化合物をリポソームに高濃度で取り込むには、バンガム法よりもフィルムローディング法でリポソームを調製することが有効であることが分かった。しかも、フィルムローディング法は、エクストルージョン操作を行った後にキレート化合物を取り込ませるのであるから、エクストルージョンの膜がキレーター化合物で目詰まりせず、生産効率よくChLipoを作製することができた。
【0084】
また、バンガム法は、リポソーム構成脂質であるリン脂質とキレーター脂質を全部一緒に混ぜて溶かしてから乾固させたフィルムを、水和するものであるから、リン脂質二重膜を形成しているリポソームが、その内側の膜も外側の膜も、均一な組成となっている。それに対し、フィルムローディング法は、予め作製されたリポソームに、高温でアモルファスな状態のキレーター化合物を後で取り込ませるものであるから、外側の膜に多くのキレーター化合物が取り込まれる結果、機能が向上し、His−tagタンパク質と結合することができる。
【0085】
そこで、以降の実験には、フィルムローディング法で作製したChLipoを用いた。
【0086】
(2.9 蛍光タンパク質VenusとコレラトキシンBサブユニット(CTB)とのキメラタンパクの作製)
蛍光タンパク質であるVenusとCTBとの融合タンパク質であるVenus−CTB(VCTB)を産生するためのコンストラクトを、作製した。コンストラクトには、Wheat Germ CECF kit(Roche)でタンパク質合成を行うためのベクターpIVEX1.3を用いた。pIVEX1.3ベクターは、図4(A)に概要図として示すように、C末端にlinkerとHis−tagが組み込まれるin vitroタンパク質合成用のベクターである。先ず、pIVEX1.3のNcoIサイトとSmaIサイトとを切断して開き、3194bpのDNA断片を得た。インサートは、pQE30−VCTBのプラスミドからVCTB遺伝子をPCRで増幅し、1045bpのDNAを増幅し、その増幅したDNA断片の両末端に組み込んだ制限酵素サイトを切断し、1030bpのインサートを、前記ベクターに組み込んだ。
【0087】
図4(B)に模式図として示すように、得られたコンストラクトのSmaIサイトをXmaIで切断し、そこにリンカーとHis6をコードする合成オリゴヌクレオチド48bpを組み込んだ。作製したChLipoにVCTBが結合する際、His−tagを介して結合すると考えられるため、pIVEXベクターは、組み込んだ遺伝子にリンカーとHis−tagの配列とを付加しさらに1セットのHis6リンカーを加えてより自由度を高くしたdouble−His6−tagをタンパク質に付加することにより、リポソームに固定化されたVCTBがより効率的に働くと考えられる。
【0088】
作製したコントラストを確認するため、SDS−PAGEを行った。その結果を図5(A)に示す。同図中、レーンMはマーカーであるλHind III/EcoR I、レーン1は環状のプラスミド、レーン2はSmaIでシングルカットしたもの、レーン3は制限酵素認識サイトNcoIとSmaIとでインサートを切り出したものを示している。同図から明らかな通り、作製したコンストラクトpIVEX1.3−VCTB/double−His6は、1030bpのインサートと、48bpのリンカー及びタグとの配列が入っており、全長4272bpのプラスミドであった(同図のレーン1及び2)。また、組み込んだインサートを切り出したところ、組み込んだ断片が認められた(同図のレーン3)。
【0089】
作製したVCTBコンストラクトの予想されるオープンリーディングフレーム(ORF)のアミノ酸配列は、配列表の配列番号4のように3文字表記で示されるものであって1文字表記では、
>1.3VCTB/W-His6
MVSKGEELFTGVVPILVELDGDVNGHKFSVSGEGEGDATYGKLTLKLICTTGKLPV
PWPTLVTTLGYGMQCFARYPDHMKQHDFFKSAMPEGYVQERTIFFKDDGNYETRA
EVKFEGDTLVNRIELKGIDFKEDGNILGHKLEYNYNSHNVYITADKQKNGIKANFK
IRHNIEDGGVQLADHYQQNTPIGDGPVLLPDNHYLSYQSKLSKDPNEKRDHMVLL
EFVTAAGITLGMDELYTPQNITDLCAEYHNTQIHTLNDKIFSYTESLAGKREMAIITF
KNGATFQVEVPGSQHIDSQKKAIERMKDTLRIAYLTEAKVEKLCVWNNKTPHAIAA
ISMANLPGGGGSGGGSHHHHHHPGGGSHHHHHH
で示される。第一の下線部分はVenusの配列、それと第二の下線部分との間はCTBの配列、第二の下線部分は追加で挿入したリンカーとHis6の配列を示している。
【0090】
(2.10 リコンビナントVCTBの発現と精製)
タンパク質の発現には、大腸菌よりもフォールディングが正確で、かつコドン使用頻度が広いと言われている小麦胚溶解分離物Wheat Germ Lysateのin vitroタンパク質合成キットを用いた。発現したVCTBタンパク質の予想される質量は、41,157Daである。産生したVCTBタンパク質を、TALON RESIN(タカラバイオ株式会社;商品名)で精製し、SDS−PAGEとWestern blotとにより確認した。その結果を図6に示す。
【0091】
同図(A)に、精製したVCTBのSDS−PAGEの結果を示す。同図(A)中、レーンMはマーカー、レーンCは反応液(10ml中の10μl)、レーンPはカラム素通りフラクション(10ml中の10μl)、レーン1〜3は精製したVCTBの3μl、1μl、0.5μlを夫々流した場合である。同図(B)に、精製したVCTBのWestern blotの結果を示す。同図(B)は、精製したVCTBの1μlを流した場合である。一次抗体はanti−CTを1/10000に希釈し、二次抗体はanti-rabbit IgG peroxidase conjugate(SIGMA社製;商品名)を1/20000に希釈し、反応させた。フィルムへの露光時間は、5秒間である。精製されたタンパク質がコレラ毒素の構造を持つことを確認するために抗コレラ毒素抗体でWestern blotを行ったところ、同図(B)のように所期のバンドが認められ、同図(A)及び(B)から明らかなように、目的の位置にバンドが確認された。しかし、同図(A)での反応液を流したレーンCとカラム素通りフラクションを流したレーンPとを比較すると、目的の位置にあるバンドが減少しており、resinへ吸着していることが、分かった。
【0092】
タンパク質量を多くすると多少の夾雑物が見られたため(不図示)、VCTBタンパク質濃度決定は、牛血清アルブミン(BSA)を標準タンパク質として用いて、SDS−PAGEのバンドの濃さからデンシトメーターで定量した。なお、デンシトメーターには、ソフトウェアのImageJを用いた。
【0093】
同図(C)に、VCTBの蛍光強度を測定した結果を示す。同図(C)は、TALON resinのカラムから溶出する際に各500μlずつ12フラクションに分画し夫々のフラクションのVCTBの蛍光強度を蛍光プレートリーダーFluoroskan(Thermo社製;商品名)で測定したものである。溶出後の各フラクションの蛍光強度を測定したところ、同図(C)に示すように、第1及び第2フラクションに、強い蛍光が認められた。
【0094】
(2.11 VCTBの活性測定とChLipo−VCTBの作製)
VCTBはHis−tagを含む蛍光タンパク質とレクチンとの融合タンパク質であるため、夫々の活性を維持している必要がある。VCTBの蛍光活性とGM1結合活性について検証した。
【0095】
先ずGM1とVCTBの結合活性を確認するために、ELISAを行った。5nmolの糖脂質GM1、GM3、seminolipidをコートしたウェル、及びネガティブコントロールとして何もコートしていないウェル(non−lipid)に、VCTBの400ngと抗コレラ毒素抗体を順次加え、各ウェルでの結合量をHRP標識二次抗体で検出した。その結果を図7(A)の棒グラフで示す。左縦軸は、HRP反応時の450nmの吸光度を示す。同時に各ウェルの蛍光強度を測定した。その結果を図7(A)の折れ線グラフで示す。右縦軸は蛍光を示す。同図(A)の横軸最右に示すように、GM1+CTBでは、先と同様に5nmolのGM1を固定し、VCTBを加える前に15倍量(モル比)のCTBで処理することにより、著しいVCTBの結合阻害が認められた。また、抗コレラ毒素抗体とHRP標識二次抗体を用いた検出では阻害に用いたCTBが大量に結合していた。
【0096】
次に精製後のVCTBと、GM1を発現しているHeLa細胞との結合能を確認するために、フローサイトメトリーの測定を行った。生きたままのHeLa細胞と4℃で20分間結合させ、FACSCalibur(Becton Dickinson社製)により解析した。その結果を図7(B)に示す。同図(B)中、横軸は蛍光強度、縦軸は細胞数である。左側データ曲線は細胞懸濁液のみの場合を示し、右側のデータ曲線は細胞懸濁液にVCTBを加えた場合を示す。同図(B)から明らかなように、蛍光強度の移動が認められた。
【0097】
これらのことから、リコンビナントVCTBはGM1結合活性と蛍光活性を有することが実証された。
【0098】
次に、合成したVCTBタンパク質を用いて、ChLipoへの結合を確認するために、前記のリポソームへのキレーター化合物の取り込みでのChLipoとの結合実験と同様に、コレステロール量と蛍光強度とを測定した。その結果を図7(C)及び(D)に示す。同図(C)及び(D)から明らかなように、VCTBがNi2+に依存してChLipoに結合していた。
【0099】
キレーター化合物がNi2+依存的にHis−tag EGFPや、His−tag VCTBのChLipoへ結合していたことから、キレーター化合物はリポソーム膜上に固定化されていてもキレート錯体を形成することができていた。しかもHis−tagを介していても、EGFPやVCTBの蛍光活性に影響がなかった。リポソーム膜上に分子を固定化することができるChLipoは、膜上でタンパク質を正常に働かせることが重要である。細胞表面には細胞を特徴づける分子が多数表現されているので、ChLipoに表現されるタンパク質を適切に選ぶことにより、さまざまな細胞に対して標的指向性を得ることができる。
【0100】
(2.12 ChLipo−VCTB又はChLipo−EGFPとHeLa細胞との結合)
ChLipo−VCTB及びChLipo−EGFPの何れかのリポソームとHeLa細胞との結合を確認するために、共焦点レーザー顕微鏡による観察を行った。先ず、生きたままの細胞に血清中でリポソームを加え、4℃で20分間処理した。PBSで3回洗い、4%パラホルムアルデヒドで細胞を固定した。室温で10分間処理し、固定液を捨て去り、PBSで2回洗浄した。観察には、共焦点レーザー走査型顕微鏡FV1000(オリンパス株式会社製;商品名)を用いた。ChLipo−VCTBの処理をしたHeLa細胞ではドット状の蛍光が認められた。これに対しVCTBの代わりにEGFPを結合させたChLipo−EGFPの処理をしたHeLa細胞では、蛍光が殆んど認められなかった。
【0101】
このことから、ChLipo−VCTBには、GM1を発現するHeLa細胞への特異的な結合能があることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0102】
本発明の薬物輸送剤及びそれを用いた薬物導入方法は、生体分子機能解析すべき非ヒト細胞やヒト由来細胞に遺伝子や薬理作用発現物質を効率良く導入して、細胞内での機能や細胞内での動態や細胞への影響を調べ、細胞レベルでの作用機序を明らかにするのに用いられる。
【0103】
また、薬物輸送剤は、患者の診断すべき特定部位へ特異的に診断薬を輸送したり、治療すべき神経細胞や癌病巣のような病変部位へ治療薬を特異的に輸送したり、再生すべき部位へ薬物を特異的に輸送したりして、適切な診療をするのにも用いられる。
【0104】
この薬物輸送剤の原料は簡便かつ大量に純度良く製造されるから、薬物輸送剤は、生化学的研究や診療に汎用でき有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コロイド粒子に、窒素含有複素環基と直鎖状又は分岐鎖状で飽和又は不飽和の脂肪族基とを有するキレーター化合物が含有され、該窒素含有複素環基が該コロイド粒子の表面から露出して金属イオンにキレートしており、該細胞の表面の細胞特異的に発現する特定分子に特異的に結合する認識タンパク質中のヒスチジン基が、コロイド粒子の周囲で該金属イオンにキレートしていることを特徴とする薬物輸送剤。
【請求項2】
該コロイド粒子が、輸送すべき薬物を内包していることを特徴とする請求項1に記載の薬物輸送剤。
【請求項3】
該キレーター化合物中、該窒素含有複素環基がフェナントロリル基、ピリジル基、又はターピリジル基、該脂肪族基が炭素数6〜20でアルキル基、アルケニル基又はアルキニル基であることを特徴とする請求項1に記載の薬物輸送剤。
【請求項4】
該キレーター化合物中、該窒素含有複素環基と該脂肪族基とが、ウレイル基、エーテル基、イミノ基、チオエーテル基、エステル基、アルキル基、若しくはアミド基を介して結合し、又は直接に結合していることを特徴とする請求項1に記載の薬物輸送剤。
【請求項5】
該キレーター化合物が、下記化学式(1)
【化1】

(式(1)中、Rは炭素数6〜20でアルキル基、アルケニル基及びアルキニル基から選ばれる脂肪族基)で示される尿素誘導体、又は下記化学式(2)若しくは(3)
【化2】

【化3】

(式(2)及び(3)中、R及びRは炭素数5〜19でアルキル基、アルケニル基及びアルキニル基から選ばれる脂肪族基)で示されるアミド化合物であることを特徴とする請求項3に記載の薬物輸送剤。
【請求項6】
該金属イオンが、ニッケルイオン、コバルトイオン、及び/又は銅イオンであることを特徴とする請求項1に記載の薬物輸送剤。
【請求項7】
該認識タンパク質が、該ヒスチジン基を含有するオリゴペプチドに結合したタンパク質であることを特徴とする請求項1に記載の薬物輸送剤。
【請求項8】
該細胞表面の細胞特異的に発現する特定分子が糖鎖含有分子で、該認識タンパク質が該ヒスチジン基を含有するオリゴペプチドに結合したレクチン及び/又は糖鎖抗体であることを特徴とする請求項7に記載の薬物輸送剤。
【請求項9】
該レクチン及び/又は糖鎖抗体が、蛍光タンパク質融合タンパク質、又はコレラ毒素Bサブユニットであることを特徴とする請求項8に記載の薬物輸送剤。
【請求項10】
該コロイド粒子が、リポソーム、エマルジョン、合成高分子コロイド粒子、生体分解性樹脂コロイド粒子であることを特徴とする請求項1に記載の薬物輸送剤。
【請求項11】
該コロイド粒子が、リン脂質で形成されたリポソームであることを特徴とする請求項1に記載の薬物輸送剤。
【請求項12】
該薬物が、遺伝子、診断薬、又は治療薬であることを特徴とする請求項2に記載の薬物輸送剤。
【請求項13】
請求項1に記載の薬物輸送剤と非ヒト細胞及びヒト由来細胞のいずれかの細胞とを混在させて、薬物輸送剤中の認識タンパク質と該細胞の表面の特定分子とを結合させて該薬物輸送剤中の薬物を放出させることを特徴とする薬物輸送法。
【請求項14】
下記化学式(1)
【化4】

(式(1)中、Rは炭素数6〜20でアルキル基、アルケニル基及びアルキニル基から選ばれる脂肪族基)で示されることを特徴とする尿素誘導体。
【請求項15】
N−フェナントロリルカルバミン酸エステルと、炭素数6〜20でアルキル基、アルケニル基及びアルキニル基から選ばれる脂肪族基を含有する長鎖脂肪族アミンとを、1×10〜1×1010Paの高圧に晒して、エステル−アミド交換させることにより、前記化学式(1)で示される尿素誘導体を製造する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−203228(P2009−203228A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−18226(P2009−18226)
【出願日】平成21年1月29日(2009.1.29)
【出願人】(504174180)国立大学法人高知大学 (174)
【Fターム(参考)】