説明

クラスリン重鎖に対する自己抗体の免疫測定方法、それに用いるキット、及びそれを用いた癌判定方法

【課題】本発明の課題は、癌判定に応用することのできる、クラスリン重鎖に対する自己抗体の測定方法を提供することである。
【解決手段】検体中のクラスリン重鎖に対する自己抗体を、試薬としてのクラスリン重鎖抗原と反応させて、生成する自己抗体とクラスリン重鎖抗原との免疫複合体を標識抗ヒトイムノグロブリン抗体により測定することにより、その自己抗体を測定することができ、それによって原発性肝細胞癌などの癌を判定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クラスリン重鎖に対する自己抗体を測定するための免疫測定方法及び免疫測定用キットに関するものである。クラスリン重鎖に対する自己抗体は、特に担癌患者の血中に特異的に出現するものであり、したがって、本発明は、自己抗体を単に測定する方法を提供するだけでなく、癌の判定にも利用することができる。
【背景技術】
【0002】
クラスリン(clathrin)は、細胞外マトリクスの分子がエンドサイトーシスにより取り込まれる際に形成される、エンドソーム外側を形作る骨格となるタンパク質である。クラスリン分子は三脚巴構造(triskelion)を取り、エンドソーム形成時は、複数のクラスリンが重合して格子を形成する。クラスリン分子は三つの足を持ち、三脚巴構造を取り、それぞれの足はクラスリン重鎖とクラスリン軽鎖からなる。クラスリン重鎖は1675アミノ酸残基よりなり、分子量は約192kDaである。クラスリン軽鎖の分子量は約25−29kDaである(非特許文献1)。
他方、アガロース2次元電気泳動に2D−DIGE法(two-dimensional fluorescence difference gel electrophrosis)を適用した改良アガロース2次元電気泳動法(非特許文献2)により、原発性肝細胞癌の癌部および周辺の非癌部組織の蛋白発現量の比較をプロテオーム解析を行ない、クラスリン重鎖が癌部に多く発現されることが明らかになっている(非特許文献3)
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Dodge GR et al., Genomics 1991; 11: 174-178
【非特許文献2】Takeshi Tomonaga et al., Clin. Cancer Res. 2004;10:2007-2014
【非特許文献3】Masanori Seimiya et al., Hepatology 2008;48:519-30
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者らは、癌が疑われる患者または癌患者由来の組織検体中に存在する、クラスリン重鎖の発現レベルを測定して、それらの組織の癌部と非癌部の判別することができることを見出し、これに対し特許出願した(特願2008年264794号)。本発明者らは、さらに血液検体中のクラスリン重鎖の存在について研究を続けたところ、驚くべきことに、血液検体中にクラスリン重鎖に対する自己抗体が存在する場合があり、癌患者の場合、その自己抗体の量が多いことを見出した。したがって、本発明の目的は、癌判定に応用することのできる、クラスリン重鎖に対する自己抗体の測定方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、検体中のクラスリン重鎖に対する自己抗体を、試薬としてのクラスリン重鎖抗原と反応させて、生成する自己抗体とクラスリン重鎖抗原との免疫複合体を標識抗ヒトイムノグロブリン抗体により測定することにより、その自己抗体を測定することができ、それによって癌判定が可能になることを見出し、本発明を完成させた。
従って、本発明は、検体中のクラスリン重鎖に対する自己抗体と試薬としてのクラスリン重鎖抗原とを反応させ、生成するクラスリン重鎖に対する自己抗体とクラスリン重鎖抗原との免疫複合体を測定することにより、その自己抗体を測定することを特徴とする、クラスリン重鎖に対する自己抗体の免疫測定方法に関する。
更に、本発明は、試薬成分として少なくともクラスリン重鎖抗原を含むことを特徴とする、クラスリン重鎖に対する自己抗体免疫測定用キットに関する。
更に、本発明は、クラスリン重鎖に対する自己抗体を測定することにより、癌であることを判定する、癌判定方法に関する。
【発明の効果】
【0006】
本発明においては、検体中、特に、血液由来検体中に存在するクラスリン重鎖に対する自己抗体を簡単に測定でき、原発性肝細胞癌などの癌患者の判定に有効である。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】クラスリン重鎖抗原を感作したELISAプレートを用いて健常人検体、初発原発性肝細胞癌患者検体及び再発原発性肝細胞癌患者検体のクラスリン重鎖に対する自己抗体を測定した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明のクラスリン重鎖に対する自己抗体の免疫測定方法は、検体中のクラスリン重鎖に対する自己抗体と試薬としてのクラスリン重鎖抗原とを反応させ、生成するクラスリン重鎖に対する自己抗体とクラスリン重鎖抗原との免疫複合体を測定することによりクラスリン重鎖に対する自己抗体を測定することを特徴とする。
【0009】
本発明において、検体とは、生体由来の試料が好適で、特に、血液由来検体が好適であり、血液由来検体としては、全血、血漿、血清を例示できる。
【0010】
本発明の免疫測定方法の測定対象は、クラスリン重鎖に対する自己抗体であり、このクラスリン重鎖は、細胞膜および細胞内小器官の表面で細胞内輸送の受容体や様々な高分子物質の貪食に関与する蛋白質であるクラスリンの構成成分のひとつである。クラスリン重鎖は、CHCとも標記され、Swiss−ProtentryNo,Q00160でコードされる分子量192kDa、1675アミノ酸で構成される蛋白質であり、Hc;CHC;CHC17;CLH−17;CLTCL2;KIAA0034;CLTC等の略称を持つ。
【0011】
本発明の免疫測定方法を実施するには、試薬としてのクラスリン重鎖抗原を用いる。試薬としてのクラスリン重鎖抗原としては、クラスリン重鎖に対する自己抗体と抗原抗体反応しうる抗原であれば特に限定しないが、クラスリン重鎖全長蛋白質、クラスリン重鎖全長蛋白質の変異体であって該蛋白質と同様のクラスリン重鎖に対する自己抗体と抗原抗体反応しうる機能を有し且つ該アミノ酸配列と90%以上の相同性を有する蛋白質もしくはクラスリン重鎖全長蛋白質のアミノ酸配列において1個から数個のアミノ酸残基が欠失、置換もしくは付加したアミノ酸配列を有する蛋白質である変異体、クラスリン重鎖の断片ペプチドであってクラスリン重鎖の自己抗体と抗原抗体反応しうるペプチドを例示できる。クラスリン重鎖全長蛋白質は、シグマ社より入手可能であるが、全アミノ酸配列が上記の通り既知であるので、クラスリン重鎖全長蛋白質やその変異体は、遺伝子組換え技術によっても合成できる。本発明においてクラスリン重鎖の断片ペプチドを用いるときは、クラスリン重鎖全長蛋白質を酵素分解等によって各種のペプチド断片に切断して作成してもよいし、市販の自動ペプチド合成装置を用いても容易に作成することができる。また、標的のクラスリン重鎖の断片ペプチドを遺伝子組み換え技術によっても作成することができる。
【0012】
本発明においては、そのようにして得られたクラスリン重鎖全長蛋白質の変異体や断片ペプチドを、クラスリン重鎖に対する自己抗体と反応させ抗原抗体反応をするものを選択して試薬としてのクラスリン重鎖抗原として用いることができる。本発明においては、上記した各ペプチド断片の全体のほか、その一部も使用できるし、それらの混合物も使用でき、これらも試薬としてのクラスリン重鎖抗原に包含される。
【0013】
本発明においてクラスリン重鎖に対する自己抗体を免疫測定するには、例えば、試薬としてのクラスリン重鎖抗原をマイクロプレートその他の担体に固相化しておき、得られる水不溶化担体に該自己抗体を含有すると予想される検体を適用して試薬としてのクラスリン重鎖抗原と抗原抗体反応させて結合させ、次いで酵素等で標識した抗ヒトイムノグロブリン抗体を適用して該自己抗体に反応結合させる。
【0014】
水不溶化担体の調製は、蛋白質を固相面に結合する既知の方法を用いて容易に行うことができる。例えば、固相化担体としては、通常、ビーズ、マイクロプレート、チューブ等が用いられる。これらの固相面に試薬としてのクラスリン重鎖抗原を結合する方法としては、物理吸着、化学結合等既知の固定化技術が適宜利用できる。
このようにして固相化したクラスリン重鎖抗原とその自己抗体含有検体とを接触させると、クラスリン重鎖に対する自己抗体のみが特異的に試薬としてのクラスリン重鎖抗原と結合する。そこで、標識した抗ヒトイムノグロブリン抗体を加えると、抗ヒトイムノグロブリン抗体はクラスリン重鎖に対する自己抗体と結合するので、この標識を利用して測定を行うことができる。
【0015】
標識としては、酵素、ラジオアイソトープ、FITC、ローダミン、ルミノールといった蛍光物質、化学発光物質等常用される標識が適宜使用される。これらの各種標識を用いて、酵素免疫測定方法、放射免疫測定方法、蛍光免疫測定方法、化学発光免疫測定方法等の方法により、クラスリン重鎖に対する自己抗体を測定することができる。
酵素免疫測定方法に用いる標識酵素としては、西洋ワサビペルオキシダーゼ、ウシ小腸アルカリフォスファターゼ、β−ガラクトシダーゼ、ウレアーゼ、グルコースオキシダーゼ等の酵素免疫分析法(EIA)に常用される酵素が適宜使用され、これらの酵素に適合しEIAで常用される発色基質が適宜使用される。発色基質としては、例えばHRPの場合は、3,3′,5,5′−テトラメチルベンジジン(TMBZ)、TMBZ・HCl、TMBZ・PS、ABTS、o−フェニレンジアミン、p−ヒドロキシフェニル酢酸等が使用され、アルカリフォスファターゼの場合は、p−ニトロフェニルフォスフェート、4−メチルウンベリフェリルフォスフェート等が使用され、β−ガラクトシダーゼの場合は、o−ニトロフェニル−β−D−ガラクトピラノシド、4−メチルウンベリフェリルβ−D−ガラクトピラノシド等が使用される。
放射免疫測定方法、蛍光免疫測定方法、化学発光免疫測定方法等においても、通常用いられる公知の標識を採用することができる。
本発明の免疫測定方法においては、上記した方法のほか、ウエスタンブロット法、免疫組織染色法、ラテックス免疫比濁法及び免疫沈降法等の免疫測定法、液体クロマトグラフィー法によっても、クラスリン重鎖に対する自己抗体を測定することができる。
【0016】
本発明の免疫測定方法は、試薬成分として少なくともクラスリン重鎖抗原を含む、クラスリン重鎖に対する自己抗体免疫測定用キットにより実施することができる。クラスリン重鎖抗原は、例えば、マイクロプレートなどの水不溶性担体に結合させた形態で、キットの試薬成分とすることができる。キットの他の試薬成分としては、抗ヒトイムノグロブリン抗体が挙げられ、この抗ヒトイムノグロブリン抗体は、採用する酵素免疫測定方法、放射免疫測定方法、蛍光免疫測定方法、化学発光免疫測定方法などの測定方法に応じて、酵素、放射性同位元素、蛍光物質、化学発光物質などの標識物で標識されたものが用いられる。その他の試薬成分として、界面活性剤、緩衝剤を適宜、加えてもよい。
【0017】
本発明においては、クラスリン重鎖に対する自己抗体を測定することにより、癌判定をすることができる。クラスリン重鎖に対する自己抗体の量が多いと、原発性肝癌(原発性肝細胞癌、原発性胆管細胞癌など)、転移性肝癌等の肝癌、膀胱癌、乳癌、肺癌、卵巣癌、前立腺癌、甲状腺癌、皮膚癌などの癌が疑われ、本発明によりクラスリン重鎖に対する自己抗体を測定することは、患者の癌疾患の判別に有効である。本発明においては、原発性肝細胞癌の判別に有効であり、例えば、健常人と、初発原発性肝細胞癌患者や再発原発性肝細胞癌患者との判別に有効である。
【実施例】
【0018】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明は、これら実施例に何ら制限されるものではない。
実施例1
クラスリン重鎖に対する自己抗体の測定
健常人、初発原発性肝細胞癌患者、及び再発原発性肝細胞癌患者から採取した血清検体について、クラスリン重鎖に対する自己抗体を、以下に具体的に説明する酵素免疫測定法(ELISA法)にて測定した。
【0019】
1.方法
(1)クラスリン重鎖のELISAプレートの作成
水不溶性担体としてELISAプレート(Nunc社製,Maxisorp)を用い、それにクラスリン重鎖全長体(Sigma社製12.5μg/mL,100μL/well)を1晩4℃静置して感作し、その後、0.05%Tween20を含むPBS(200μL/well)で3回洗浄を行った。ついで、1.5%BSA、10%サッカロースを含むPBS(200μL/well)で1晩コーティングしてクラスリン重鎖のELISAプレートを作成した。
【0020】
(2)クラスリン重鎖に対する自己抗体の測定
各サンプル血清はPBSにて100倍に希釈し、それを100μL/wellずつクラスリン重鎖のELISAプレートに加え、1時間37℃で静置し、その後、そのプレートを0.05%Tween20を含むPBS(200μL/well)で3回洗浄した。そのプレートもHRP標識免疫グロブリン(HRP標識されたanti−HumanIgG(Zymed社製)を0.05%Tween20を含むPBSにて4000倍に希釈したもの)を100μL/wellずつ加え、30分間37℃で静置した。ついで、そのプレートを0.05%Tween20を含むPBS(200μL/well)で3回洗浄した後、TMBを100μL/wellずつ加え、10分間室温で静置の後、反応停止剤として100μL/wellの1N硫酸を加えた。吸光度はマイクロプレートリーダー(BioRad社製)を用いて、波長450nmにて測定を行った。
なお、検体は健常人48例、初発原発性肝細胞癌患者検体20症例、再発原発性肝細胞癌患者検体20症例を用いた。
【0021】
2.結果
クラスリン重鎖のELISAプレートを用いてクラスリン重鎖に対する自己抗体を測定した結果を、図1に示す。有意差検定はKaleidaGraph4.0を用い、Wilcoxonの2標本検定にて統計処理した。
図1に示すように、健常人群と比較し、初発原発性肝細胞癌患者検体群、再発原発性肝細胞癌患者検体群は明らかな有意差を認めた。また、初発原発性肝細胞癌患者検体群と再発原発性肝細胞癌患者検体群に関しても有意差を認めた。
【産業上の利用可能性】
【0022】
以上に詳細に説明したように、血液由来検体などの検体中のクラスリン重鎖に対する自己抗体を、試薬としてのクラスリン重鎖抗原と反応させて、生成する自己抗体とクラスリン重鎖抗原との免疫複合体を測定することにより、その自己抗体を測定することができ、それによって、原発性肝細胞癌などの癌判定が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検体中のクラスリン重鎖に対する自己抗体と試薬としてのクラスリン重鎖抗原とを反応させ、生成するクラスリン重鎖に対する自己抗体とクラスリン重鎖抗原との免疫複合体を測定することにより、その自己抗体を測定することを特徴とする、クラスリン重鎖に対する自己抗体の免疫測定方法。
【請求項2】
検体が血液由来検体である、請求項1に記載の免疫測定方法。
【請求項3】
免疫測定方法が、酵素免疫測定方法、蛍光免疫測定方法、化学発光免疫測定方法、又は放射免疫測定方法である、請求項1又は2に記載の免疫測定方法。
【請求項4】
癌判定用である、請求項1から3のいずれかに記載の免疫測定方法。
【請求項5】
癌が原発性肝細胞癌である、請求項4に記載の免疫測定方法。
【請求項6】
試薬成分として少なくともクラスリン重鎖抗原を含むことを特徴とする、クラスリン重鎖に対する自己抗体免疫測定用キット。
【請求項7】
クラスリン重鎖抗原が水不溶性担体に結合されている、請求項6に記載のキット。
【請求項8】
さらに、抗ヒトイムノグロブリン抗体を含む、請求項7に記載のキット。
【請求項9】
抗ヒトイムノグロブリン抗体が標識物で標識されている、請求項8に記載のキット。
【請求項10】
クラスリン重鎖に対する自己抗体を測定することにより、癌であることを判定する、癌判定方法。
【請求項11】
血液由来検体中の自己抗体を測定する、請求項10に記載の癌判定方法。
【請求項12】
癌が原発性肝細胞癌である、請求項11に記載の癌判定方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−107064(P2011−107064A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−264694(P2009−264694)
【出願日】平成21年11月20日(2009.11.20)
【出願人】(000003975)日東紡績株式会社 (251)